●紅葉 公(
ja2931)の場合〜それでも地球(セカイ)は回り続ける〜
「あれから‥‥もう5年になるのですね‥‥」
空を見上げ。公は、あの日を思い出す。
5年前。大挙して久遠ヶ原に押し寄せた悪魔や、その配下たち。
目の前で、友人が、そして家族が――なす術もなく、それに蹂躙され、殺害された。
伸ばした手は届かず。戦力の差は埋まらず。
自分に出来た事は、ただその場を脱出する事のみ。
――だが、脱出したからと言って、何が出来るのだろうか。
悪魔に包囲され、文字通り孤島と化した日本。
どこに行っても、悪魔が我が物顔で歩く始末。
それに戦いを挑む気力は、彼女にはない。守るべき物は、既に全て、失われたのだから。
「私が本当に望んでいることは‥‥なんだったのでしょう」
空を見上げて自問する。幾度と自身に問いかけたが、未だに回答は見つからず。
何となく訪れた、この岡山の街。
ここは日本の中でも悪魔の管制が比較的に厳しい街。その悪魔の設置した検問を、撃退士としての持ち前の身体能力を以って、乗り越える。
彼女は元々魔術を主要たる戦闘方法とし、他の撃退士と比べれば身体能力自体は高いほうではないが‥‥それでも、一般人の進入を防ぐための検問を乗り越える程度、造作も無い。
「よい‥‥しょっと」
すたっと検問の内側、人目に付かない場所を選び、着地。
悪魔の統制下の日本を渡り歩いて5年。その経歴は、マイペースだった彼女に、警戒心を付けさせるのに十分であった。
建物の隅から歩き出し、周囲を見渡す。人々は常に空を見上げ、周囲を見渡し、どこから来るとも限らない悪魔の暴虐に備えている。
「皆‥‥怯えていますのね」
自分も、そうではないか‥‥と彼女は考えてみる。
(「怯える?私が?全ての守るべき者が死んだ今、怯える事など何も‥‥」)
ならば何故、この際に至ってまで生き延びてきたのか。目的も、何も無いままに――
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
男の叫びが、彼女の思考を現実へと引き戻す。
「父さん‥‥父さん!!」
男の屍の上に覆い被さるようにして、泣き叫ぶ少女。
その前に立つは、異形の剣士。
「ウォォォォォ!」
剣を振り上げ、少女ごと粉砕すべく――
「っ‥‥‥待ちなさい!」
咄嗟に、体が動いていた。
この力を使うのは、何年ぶりだろうか。隠しているつもりはなかったが、使うつもりも無かったその力。
公は、光纏の力を全身に張り巡らせ、突進する。
隠し持っていたヒヒイロカネから、霊符を取り出し。異形――ディアボロの足元に滑り込むと共に、炸裂させる!
「グゥゥゥッ!?」
バランスを崩した事により、剣は少女ではなく、その横の壁を引き裂く。その隙に大地を蹴り方向転換。公は、男の屍と少女を抱きかかえ、全速で異形から距離を取る。
「もう‥‥同じように、目の前で誰かが亡くなるのを見るのは、嫌なんです」
多数の術式が、同時に彼女の周囲で組み上げられる。
轟く雷光が視界を塗りつぶし、直後火球が散弾の如く異形に直撃する。
尚も剣を振り上げ、突進する異形。だが、それすら予想の範囲内。
振り下ろされた剣に、彼女の後ろに居る少女は死を覚悟して、目を瞑る。
だが――
「大丈夫、ですよ」
その剣は届く前に空中で静止する。見えない障壁が、それの前進を阻む。
そして、公の掌は、異形の腹に当てられ‥‥
「これで、おしまい!」
爆発は異形を飲み込み、それを粉砕する。
●氷月 はくあ(
ja0811)の場合〜命を賭すに値した物〜
「ふぅ‥‥あと少し、かな」
ペンを走らせていた手を休ませるかのように、逆側の手でマッサージする。
目の前の設計図に、目をやる。ミスはない。‥‥少なくとも、今考えられる限りでは。
「はくあさん、少し休憩しませんか?」
「ありがとう」
彼女と同様の白衣を着用した、中年の男性が、コーヒーと軽食であるサンドイッチを簡素なトレーに乗せ、持ってきている。それを取り、一口食べる。
――味は、しない。
別に材料が悪いわけではない。人を食料として見るディアボロたちは、その食料の流通を阻害するような手段は取らない。
問題があったのは、サンドイッチの方ではなく――
(「終わりも、近いのかもね」)
若いとは言え、彼女は余りにも無理をしすぎた。
過労により幾度もダウンし。その度に強力な薬物を飲み、強引に仕事を続けた。体に影響が出ない方がおかしいであろう。
だが、それでも尚、仕事に必要不可欠である視覚と聴覚が失われていないのが、彼女にとっては幸いであった。味のしないサンドイッチを、同様に味のしないコーヒーで、強引に流し込む。
「既にお風呂は沸いています。‥‥久しぶりに、入ってきては如何ですか?残りのチェックは私が行っておきます」
幾ら彼女が、周りが研究に集中できるようにと自身の状況をひた隠しにしようとも。隠しきれる物では到底無い。男性の、彼女を休ませようと言う意を察したのか察しなかったか。
「そうだね、じゃあ、任せる」
―――
「あれから‥‥五年か‥‥私も変わったかな‥‥」
風呂場で。伸びた長い髪を洗い、櫛で溶かしながら、はくあは過去を振り返る。
久遠ヶ原学園が崩壊した、あの日。全ての大事な者たち。そして親しい者たちが、炎に飲まれ消え去った。
その景色は未だ悪夢となりて、彼女を蝕む。
あの日から、まともな睡眠を取った事はただの一度もない。目を閉じるたびに、あの時の惨劇が蘇るからだ。
睡眠を失った彼女は、その分の時間を、武装の開発に費やす。悪魔を打倒する復讐のため。そして、まだ見ぬ未来のため。
その為に全てを捨てた。人脈を得るために、資金を得るために。身を売るような事すら、厭わなかった。
悔いは無い。数々の努力の末、終に、理論上対天魔で最強といえる、武装が完成に近づいていたのだから。
さばーっとお風呂から上がり、軽く体を拭き、髪を乾かして服を着る。
「ん、どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません。武装の試作品が先ほど、届きました。」
男は振り返り、一丁の銃を差し出す。
男の声がやや震えているのに、疲弊したはくあが気づくわけもなく。彼女は、ただ、自らの努力の結晶を見つめていた。
「お疲れさま。‥‥これで‥‥ついに」
この夜も、はくあは眠らなかった。彼女には、最後の仕事が残っていた。
世界の各国に。この武装のデータと、その設計方法を。
たとえ自身が死しても、誰かがそれを使ってくれる事を願い。
「久々の陽の光‥‥皆、行くよ」
朝焼け浮かぶ空を見上げ。手に馴染む、試作品の銃を構える。
五年間、戦場を離れていても。未だに体は武器の扱い方を覚えているらしい。
「行って、くるよ」
武器を構え、戦場へ赴く。例えそれが、永遠に戻れぬ、地獄への入り口だったとしても――
●セラフィ・トールマン(
jb2318)の場合〜壊れた人形〜
――わたしのせいで、パパはしんだのだろうか。
幼い少女は、自問する。
あの時。撃退士になりたい、等と言わなければ。
愛するパパは、今でも隣に居たのだろうか。
ゆるせない。ゆるさない。
パパをころしたあくまも、ママをうばったてんしも。
すべてすべてすべて、ころしころしてころしつくす。
――そして少女は、復讐のため、魔となり、鬼となる。
「‥‥‥」
今日も、岡山に住む人々にとっては、普段と同じ一日でしかない。
同じように朝起き、同じように朝食を食べ、同じように仕事へ行き、『同じように生贄に捧げられる』。
その、生贄の人々の中に。セラフィは、紛れ込んでいた。
既にその目には生気はなく。口元は、何かをぶつぶつと呟いている。
――捧げられる『生贄』が狂っていようが、悪魔はそれを気にする事はない。どうせ直ぐに、その命は奪われるのだから。
だが、今日の生贄は、一味違っていた。
――『毒』が、紛れ込んでいたのだから。
口の中に隠していたヒヒイロカネを、ペット吐き出し、そのまま自らの得物である白銀の大鎌を具現化する。
見張りのディアボロが後ろを向いたその瞬間を見計らっての、一撃。
無防備にも背中を見せたのは、一般人にはディアボロは殺害できないと踏んでいたからか。金色の光の刃に、袈裟斬りに両断され、ディアボロの上半身がずるりと地に落ちる。
周囲に響く悲鳴。それを聴きつけ、駆けつける増援のディアボロ。
「いいよぉ、いいよぉ!まとめて、ころしてあげる!!」
既に、その心の殆どが、狂気に飲まれているのだろう。
狂ったような微笑をあげながら、セラフィはディアボロたちへ向かう。
数では圧倒的に不利だ。だが、死をも恐れぬ‥‥寧ろ、「死んだ方がいい」と望む、彼女のその精神が。ディアボロたちすら、恐怖させていた。
円を描くような、一閃。
血飛沫が飛ぶ。
飛び掛って来た者は縦に鎌を振るって、壁に引っ掛けたまま擦りつけ。挽肉と化す。
後ろから飛び掛って来た獣型の爪が、脇腹に食い込む。
痛い。
――だが、その痛みも、自分のわがままによって、大事な人を失ったその罰だと思えば――
「しねるのなら、それもいいかな」
後ろに向かって猛烈に後退。背中に張り付いたディアボロを壁に叩き付け、そのまま振り向いての横なぎ払い。壁ごと。ディアボロを両断する。
振り向く。周囲には、血の海『しか』残っていなかった。
「あは、あははははは!」
狂った笑いをあげる。そこにあった、致命的な『事実』に気づく余裕が無いほどに‥‥その心は、既に壊れていたのだろう。
「っ‥‥これは、貴方が‥‥?」
駆けつけた、赤髪の撃退士の女性は、口を覆いながらセラフィに問いかける。
最早敵味方の認識すらつかなくなったのか。それとも、目の前の女性もまた、ヴァニタスの変装だと思ったのか。
振り上げられる、大鎌。
「っ‥‥!!」
その鎌の刃が、赤髪の女性に届く前に。その手に付けた、白き三本爪が‥‥セラフィの腹部を、貫いていた。
――ああ、パパ。もうすぐあえるんだね。
●暮居 凪(
ja0503)の場合〜奪われた未来〜
「今日の講義は、これにて終わり。理解できたわね?」
パン、と手を叩くと、座っている子供たちから、一斉に『はーい』と言う声が上がる。
「よろしい。‥‥これが私の最後の授業よ。皆さん、明日からは予定通りに動く事。いいわね」
満足げな笑みを浮かべ、先生――凪は、教室を離れる。
ここは、秘密裏に、アウルを持つ者たちを育てるために作られた『学校』。彼女なりに、久遠ヶ原学園を再現しようとした結果なのだろう。
幾度か、天魔に襲われた事もあった。だが、その度に。『アウルを発現しなかった者』を囮にし、見捨てる事によって‥‥彼らは、生き延びてきたのである。
「私は、きっと良い死に方はしないわね‥‥けど、これが私なりの責の取り方、よ」
自嘲気味に呟く。『戦力を得るために』一般人を犠牲にしたそのやり方は、正道とは言いがたいだろう。
だが、それでも‥‥戦力を得るために。未来へと、希望を繋ぐために。心を鬼にして、誰かがやらなければいけなかったのである。
彼女が『学校』を出、家に帰ると‥‥そこには、白銀の翼を持つ金髪の者が。
「‥‥そう、私のメッセージは届いたのね」
「ええ。それでは、お嬢さん。私をこのような悪魔の蔓延る地に呼び寄せてまで‥‥貴方は、何が欲しかったのだろうか?」
かくして、密約が交わされる。自らの死に際の感情を代償に。彼女は天使をその場に召還する。そして、自らの教えた教え子も、悪魔ではなく彼らに捧げる。
次の朝。教え子たちの旅立ちを見送った後。凪は、現役時代の装備を、装着する。
鍛錬を怠った事は無い。故に体は、未だに異様な重量を持つそれを支えられる。
手入れを怠った事はない。故にそれは、未だ体に馴染む。
「決戦、ね」
レジスタンスへの約束の場所へと、彼女は急ぐ。
教え子たちの半分は天使に託し、もう半分はレジスタンスのバックアップ組織に託した。最早思い残すことは無い。
かくして、レジスタンスの総力を賭けた一大攻勢。その先陣を切る一人として、凪は『塔』の中へと突入する。
ディアボロをその爪で切り捨てながら、塔の中の一室へ到達した凪。
その目に見たものは‥‥血の池。
ディアボロ、人間。全てが引き裂かれ、切り捨てられた中に立ち、狂ったような笑いをあげる一人の少女。
「っ‥‥これは、貴方が‥‥?」
口を覆いながら、凪は彼女に問いかける。
返事は、振り上げられる大鎌。
「っ‥‥なら、容赦はしない!」
その鎌が凪の体に届く前に。凪の爪が、彼女の腹部を貫く。
そのまま引き抜くと、大量の血が噴出し‥‥少女は、血の池の中へと沈む。
「人間‥‥なら何故‥‥?」
考えている暇は無い。その背に、ディアボロが忍び寄っていたからだ。
ディアボロの一撃。振り下ろされた刃は、しかし凪から見れば『遅い』と言う以外ない。軽々とそれを後ろに一歩下がる事で回避し、そのまま逆手に持った白剣で首に向かって薙ぎ払う。
輪郭がぶれると共に、そこからは血が噴き出す。血を浴びて、『幻想』は消えていく。
「な‥‥!?」
凪のショックは、計り知れない。
『幻想』の下にあった者は。天使の元に預けた筈の、教え子の一人。
「‥‥ふふ、こういう趣向は、如何でしたでしょうか」
虚空から、白いスーツの男が現れる。
『湖』のロイ。八卦の内、幻惑を司る男。
「何故‥‥!?」
「確かに送り届けた筈なのに、でしょうか。‥‥貴方が契約した天使は、こんな感じでしたか?」
ぱちり、と指が鳴る。
と同時に、ロイの姿は、白い翼を持つ金髪の天使に変わって行く。大仰な身振りを以って、彼は放す。この5年間は、彼に幻像を自在に動かす能力をも与えたのだろうか。
「天使とは言え、どうやってこの厳重な魔界の警備を潜り抜けてきたのか。不思議には思わなかったのですか?」
周囲に、多数のディアボロが、槍を構えて現れる。
果たしてその中の、どれだけが本当のディアボロで‥‥どれだけが『見知った者』なのだろうか。
自ら、彼らを手にかける事は、凪には出来なかった。仮にも長い時間、共に過ごした教え子であるのだから。
故に、彼女に出来る選択は、ただ一つ。
「‥‥貴方達には、私の魂は、あげない」
銃声。
そして、静寂が訪れた。
●アリシア・タガート(
jb1027)の場合〜生と死の弾丸を〜
「‥‥ちっ、割りに合わない仕事を請けたもんだぜ」
タワー付近のビルを占拠し、アサルトライフルのバースト射撃で、一体ずつディアボロを打ち倒しながら。アリシアは毒づく。
久遠ヶ原学園崩壊後、戦争を担う民間の軍事会社に所属した彼女。今回はレジスタンスの依頼を受け、外周でのディアボロの戦力を削る役割を担っていた。
「ま、塔の中に入るやつらと比べれば、マシな方か」
一弾一弾に、自身の憎しみを込めるが如く。
確実に、ディアボロの数を減らして行く。
この位置を選んだのは、少しでも長く生きるため。少しでも長く、悪魔を殺し続けるため。
圧倒的に有利な場所から、彼女の銃は、命を奪う弾丸を吐き出し続ける。
そうしている内に、肩に装着したトランシーバーから連絡が来る。
どうやら南側の戦線が危ない状況であるので、増援が欲しいと言うことだ。
地図を見る。あちらは平地に近い。危険は免れないだろう‥‥
故に、応答はしない。あちらへ行っても、少数では「どうにもならない」からだ。
一箇所からの狙撃が続けば、それに敵が気づき、そのポイントに到達して狙撃手を排除しようとするのは当然の道理。少しずつ、彼女の居る建物に接近する敵は増えていき‥‥また、張り巡らされる弾幕の密度も高まっている。
「そろそろ頃合、か」
銃撃を途切れさせないようにしながらも、じり、じりと。ゆっくりと後退する。命あっての物種だ。次の場所へ移動するか‥‥それとも。
「っ‥‥もう来たのか!?」
振り向いたその後ろで、黒衣の男が彼に銃を向けている。
横にロールし、放たれた銃弾を回避すると共にアサルトライフルを掃射する。だが、長らく狙撃を続けていた事実が、彼女の戦いを不利にしていた。
死なば諸共――その考えが、彼女の脳裏を過ぎったその瞬間。相手は意外な行動に出る。
武器を落とし、1枚のディスクを投げ渡してきたのだ。
男が言うに、その中にあるのは、宮殿内ののデータだと言う。
‥‥完全に信用はできない。しかし、見逃してくれるのならばそれに越したことは無い。
ディスクを掴み、そのまま全力で脱走するアリシアを、男は見送る。
‥‥2km程、走った頃だろうか。息を切らし、壁に手をつく。
手に持ったディスクを見る。これは若しかして、本当に――
「やーっと見つけた」
風切り音と共に、セーラー服の少女が降りてくる。
「ロイにパトロールしろって言われた時はあんまし気が乗らなかったけど‥‥居るもんだね、逃げた人ってのは」
既に戦闘と長距離の逃走で、アリシアの体力は尽きかけている。今、ほぼ無傷のヴァニタスと戦っても勝ち目は恐らくあるまい。
――かといって。アレだけの距離、彼女を追って尚見失わなかったのだ。ここで逃げても、またいたちごっこでしかない。
構える右手には、自分の全身に仕込んだ爆弾の起爆スイッチ。
「とっとと地獄へ帰りな、クソッタレ共め」
そのスイッチを押す瞬間――
スパッ。
右手の感覚がなくなる。‥‥いや、右手自体が、無くなっていた。
「窮鼠猫を噛むと言う。‥‥油断しすぎたな、ヨーコ」
二刀を構えた剣士が、遠くに立っている。あの距離から、斬撃を放ったのか‥‥?
「どうする?ムゲン」
「どうやら轟天斎が新しい『母体』を欲しているようだ。‥‥四肢を切り落とし、『生きたまま』持って帰れ」
●マーシー(
jb2391)の場合〜裏切りし者のその末路〜
レジスタンスたちが、城攻めを開始するその前夜。
コードネーム「マーシー」。そう呼ばれるその男は、悪魔蔓延る宮殿に居た。
周囲のディアボロたちが、彼に攻撃を加える様子は無い。それもその筈。悪魔にとって、彼は『協力者』だったのだから。
(「成る程、こう言う配置‥‥ですか」)
探索系のスキルをフル動員し。彼は周囲の様子を探る。
先ほど、ヴァニタスから新たな任務を言い渡されたばかり。明日のレジスタンスの攻撃に於いて、危険となる者を‥‥戦闘中に暗殺して欲しいとの事だ。
(「気は進まないが‥‥データを渡すならば、このチャンスが最良か」)
レジスタンスへの誘いを、「悪いね、もう就職してるんだ」の一言で蹴り。
敢えて悪魔側についた。‥‥‥いや、ついたフリをした、というべきか。
友も恋人も裏切った。数々の撃退士の血で、その手を染めた。
‥‥だが、その全ては未来のため。希望を。未来へと繋ぐため。
――戦場は、彼の意識を『今』へと引き戻す。襲い来る撃退士の斧を紙一重でかわし、銃口をその腹部へ当てトリガーを引く。顔に掛かった返り血を、ハンカチでふき取りながら。彼は前へと進む。
――与えられた任務は、屋上に居る狙撃手の排除。そこに向かうためには、数々のレジスタンスたちを、『排除』しなければならなかった。
そして、彼は相対する。
「‥‥あんたは『殺した』と報告しておく。だからこれを持って、逃げるんだ」
銃を下ろし、1枚のディスクを投げつける。
それを、敵対した金髪の女性は、不承ながらも拾い上げ。
見届けたマーシーは、そのまま屋上から飛び降りる。
――屍の山の上に着地したその瞬間、猛烈な拳打が彼を襲う。
ムーンサルトでそれを回避し、周囲の状況を見る。
――襲ってきたのは、撃退士と思われる銀髪の女性。武装はガントレット。
――ああ、そういうことか。この状況は、僕がやったとしか思えない。‥‥実際、半分くらいは、目標に到達するために僕が殺してきた、撃退士たちなのだが。
襲い来る拳打は、今まで相対したどんな撃退士の物よりも、重く、強い。
何よりもそこには、確かな信念が込められており。それこそが、マーシーと、その相手の。最大の差だったのだ。
(「もう‥‥疲れてしまった。‥‥いいよね、もう眠っても‥‥」)
防御が緩んだ、その僅かな隙。腕の間を縫って。拳が、彼の胸を貫通する。
「‥‥ごめんね、皆」
目が、閉じられた。
●マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の場合〜渇望は永遠に〜
ドシャリ。
目の前の男を、血溜まりに沈めた。
しかし、少女には何の感慨もない。‥‥‥その心には、ただ一つ。
悪魔の討滅を以って、この戦争を終焉させる事のみ。
その力は敵味方を選ばぬ無情な物。故に彼女は、ただ只管に。全ての仲間を置いていく様にして、鏃の如く突き進み、引き裂く。
鎧袖一触。飛び掛るディアボロを、裏拳の一打で粉砕し、肉片と化す。
――五年間。その全てを、自分の力を磨き、高める事に費やしてきた。
今の彼女は、五年前とは比べ物にならない程の力を、その身に得ていた。
そんな彼女が、その全ての力を惜しみも無く開放し。それを以って突き進んでいたのならば。
「並みのディアボロでは、相手にすらなりませんか」
影から苦笑いする、一人の男。
「よろしいでしょう。お相手して差し上げてください」
爪を振りかぶった狼型ディアボロの一撃を、右腕で受け止める。
爪が右腕に接触した、その瞬間。反応するかのように四方の空間から黒い鎖が伸び、ディアボロを空中に磔にする。
鎖を伝う様にして、黒い炎が走り、ディアボロを焼き尽くす。
「このような世界は‥‥終わらせなければなりません」
その渇望、その信念は、もはや狂気の域に他ならない。
例え、悪魔の撲滅が叶ったとして。‥‥彼女の滅びの炎が今度は人に向けられないと、誰が約束できようか。
最早、マキナを止められる者は誰もいないと思われた、その刹那。
彼女の前に、人影が歩み出る。
「‥‥滅びろ」
振るわれた拳は、しかしその人影に届く前。丸で何かに繋ぎ止められるかの如く、空中にて静止する。
「‥‥余に拳を向けるとは無礼千万。‥‥頭を垂れよ!」
ドン。
周囲の床が、一斉にひび割れ、地に沈む。
「‥‥ほう」
感心したような声を漏らす、金髪の男性。
八卦が『天』にして王を自称する男は、重力の牢獄に囚われながら、未だ拳を振り上げるマキナに感心していたのだ。
だが、振るわれる拳は、以前のキレに欠ける。無理もない。この重力下ならば、常人は指一本動かす事すらできぬはず。
打ち出されたマキナの拳を自らの腕で上に軽く受け流し、王を自称する男は、一歩、後ろに下がる。
「‥‥下かっ!?」
気づくのが、僅かに。一歩遅かった。
地面が巨大な顎と化し、マキナの両足に噛み付く。
そこから、力が吸われて行くのを感じる。以前にもあった、この感覚は‥‥
「おいしい。このまま、丸ごと食べちゃってもいいのかしらね?」
隣に、地面から生えるようにして現れるフードの女性。その体は、巨大な顎に変化する。
――五年の歳月で、能力が増強したのは、何も撃退士だけではない。
潤沢に供給される魂は、悪魔やヴァニタスたち‥‥その『敵』の能力をも、大幅に強化させていたのだ。
既に、増強された力ではなく、元よりあった力すら、殆ど足から吸い尽くされている。
それでも、重力場の元で尚、倒れなかったのは‥‥その信念が、彼女を支えていたからか。
「やめなされ、たつさきの」
雷光が空を切り裂き、マキナに噛み付こうとしていた顎を下がらせる。
「これだけ強い『母体』じゃ。さぞかし強い、ディアボロを『生産』できるのじゃろうな」
にやりと、現れた老人の顔に、笑みが浮かぶ。
「そう言えば轟天斎‥‥命を取らずにディアボロを作る方法が出来たといってたけど、どうやって?」
「まだ小僧には早いわい。‥‥まぁ、何と言う事は無い。ただ生命の自然な生まれ方をするだけ、じゃな」
それを聴いたマキナの顔が、歪む。
彼女が唯一恐れていた事。終焉が存在せず。永遠に自由を奪われ続ける事。
その一つの可能性が、そこにはあったのだ。
●片瀬 集(
jb3954)の場合〜未来へ、望み繋ぐため〜
レジスタンスによる、『塔』の襲撃と同時刻。
岡山の地下のスラムにも、悪魔の訪問者が来ていた。
「帰ってください!ここにはレジスタンスなんて居ません!」
ガード代わりの女性が、箒を横に構え、進入を阻む。
その前に立つのは、戦斧を担いだ、逆立つ赤髪を持つ戦鬼。
「何もやましい事がないなら、調べさせてくれるくれぇ大丈夫だろ?」
「っ‥‥」
このままでは止められそうにない。ギリッと歯を食いしばる女性の後ろから――
「はいはい、何かあったら、俺に言ってね〜」
長髪の、ずぼらな男性が歩み出る。
「リ、リーダー‥‥」
「その呼び方はやめてって言ったでしょ?俺は俺だから」
人の上に立てる人物でもないし、能力もないんだから、とばかりに、だるそうな表情で立ちはだかる。
「で、どうする?退くか、退かないか」
「残念だけど、退く訳には行かないね」
飄々とそれを言ってのけたずぼらな男性――集の言葉に、逆立った赤髪の戦鬼は、凶悪な笑みを浮かべる。
「なら、実力行使しても、文句は言えねぇよな‥‥?」
「そのつもりなら、付き合うよ」
相手が肩に担いだ戦斧を下ろしたのを確認し、集もまた、武器である二本の槍を構える。
―――
アジト内。
「皆、逃げて!悪魔が襲ってくるよ!」
先ほどの対峙の際に、集から受けたアイコンタクトの意を察し。ガードの女性は、アジト内の人間を、事前に作った秘密通路へと誘導していた。
「僕たちも、加勢します!」
勇み立ち武器を構えたのは、昨日、凪の所から送られてきた、撃退士の子供たち。
「僕たちが『技』を習ったのは、きっとこういう時のために――」
「馬鹿言うんじゃないよ!」
有無を言わせずに子供たちを掴み上げ、通路へと押し込む。
「ここであんたたちが死んだら、未来の希望は失われる‥‥何のためにリーダーが今無謀な戦いに挑んでいるのか、考えてみな!」
―――
アジト外。
集は善戦していた物の‥‥やはり、長らく戦線から離れていた影響は否めない。その双槍が受け止め切れなかった斧撃が、彼の体に刻まれる傷跡と化していた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥えい!」
投げつけられる符が風となり、赤髪の男の首を狙う。
「しゃらくせぇ!」
炎を頭上に集中。そのまま『頭突き』で、風の刃を打ち砕く。
そのまま振るわれた斧は地を裂き、炎の軌跡を作り出す。
「くっ‥‥!」
双槍を交差させ、炎の波を受け止める。だが、物理的な衝撃を殺すまでは至らず。背中から扉にぶつかるようにして、アジトの中へと弾き飛ばされる。
「ちっ‥‥もぬけの殻か‥‥」
ゆっくりと、中に足を踏み入れた赤髪の男は、周囲の状況を見て舌打ちする。
机の上にある料理はまだ湯気を挙げている。逃げてからそれ程時間は経っていない筈だ。
だが、一目見て脱走路は見つからない。隠されているのだろう。
床に叩き付けたまま、肩で荒く息をする集。
だがその表情は、勝ち誇る勝者の物に他ならない。
「気にいらねぇな」
炎を纏った戦斧が、振り下ろされる。
(「未来に、希望を繋いだんだ。‥‥文句は、言わないさ」)
逃走に成功した、民衆の事を思いながら。集は、そっと目を閉じた。