●高速・強襲
「やらせるかァ!」
壁を蹴って、虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が大ジャンプ。付近のグール一体をすれ違いざまに『迅雷』で斬り付け、蹴り飛ばす。そしてその反動によって、チンピラたちの前に着地する。
「あ、あんたら‥‥助けに来てくれたのか!?」
怯えながらも、何とか言葉を紡ぐチンピラの一人。
「安心せい。助けるのが、我らの仕事に御座る」
「その通りよ」
その後ろに、暮居 凪(
ja0503)を初めとする、撃退士たちが次々と着地する。
黒夜(
jb0668)、ステラ シアフィールド(
jb3278)の二名は、一般人たちの『後ろ』に。他は全員、彼らの前に着地し、レオンと‥‥それに続くグールの群れに相対する。
「邪魔するようなら‥‥貴方たち諸共、斬るよ」
『仇』を眼前にした、レオンの目から‥‥狂気が迸るのが見える。
そのプレッシャーに撃退士が構える前に、周囲の土石がレオンの剣の周囲に集まり‥‥剣が、巨大化していく。
「油断はしちゃいけないね、これは。‥‥全力で行かせて貰う」
永連 紫遠(
ja2143)の頬を、一筋の汗が伝う。
「‥‥ここで無様な姿は見せられないな、な?凪ねぇ」
「ええ、そうね‥‥団長。そう、私の手が届く以上は、助けるわ」
背中合わせになるようにして、君田 夢野(
ja0561)が凪と、武器を取り出し、構える。
矛と盾。お互いを信じているからこそ、できる戦術か。
かくして死闘の幕は、上がったのだった。
●舞台裏の闘い
ゆっくりと、自らの方へと歩み寄るグールたちを、黒夜はじっと見つめる。
「ウチは肉も脂肪もねーからうまかねーぞ、グールども」
全力で、グールへの中央地点へとダッシュ。滑り込むと共に走りながら全身に溜めた冷気を一斉開放し、周囲のグールたちを甘美な眠りへと誘う。
直後、ヒュッと風切り音がしたかと思うと、一枚の符が、三体のグールの中央へと投げ込まれる。
「余り、力の余裕はございませんから‥‥こうやって援護する事しか出来ない事を、お許しください」
爆音。ステラが投げた符は建物の壁を揺らすほどの衝撃波を起こし、三体すべてを巻き込んだ猛烈な爆発は、しかし同時に、彼らを眠りの中から呼び起こしたという事に他ならない。
元より、このグールたちはタフネスが取り得。この二撃のみで駆除できると予測していたのなら、それは少々予測が甘かったと言わざるを得ない。
「ちょ、離れろよ」
起き上がったグールたちが先ず狙ったのは無論、至近距離に居た黒夜。
一体目に飛び掛って来るグールを、すれ違いざまに、回避すると共に体を捻り、バネを開放しての太刀一閃。足を切り落とす。
「――悪く思うなよ。足止めが目的なんだ」
次の一体の飛び掛りにも、回避で対処しようとするが‥‥
(「足が動かない‥‥?」)
肩を噛みつかれながらも、何とか負傷を免れた首を僅かに動かし、下を見れば、先ほど切られたグールが、足にしがみ付き‥‥噛み付いていたのである。
足を切り、移動力を殺ぐと言う判断は悪くは無かった。が、既に至近距離に近づいていたその場から退かなければ、敵の移動力があっても無くても同じ事なのだ。
(「どうしましょうか‥‥?」)
ステラは、この時点で判断を迫られる事となる。
先ほど使用した炸裂陣は、今の状況に於いては黒夜を巻き込んでしまう。
ならば、とばかりに接近。近距離から『治癒膏』を以って、彼女は黒夜の傷を癒す。
――状況は、好転せず。
治癒膏を用いるためにステラが接近した為に、彼女を巻き込まないために黒夜は『氷の夜想曲』を使用できない。それなら、と、刀を逆手に持ち替え、真っ直ぐに下へと突き下ろすが‥‥後一歩で、足にしがみ付いたグールの命脈を絶つに至らず。そして、その間に‥‥初手を当てる為に突出しすぎていた彼女の前に、更に一体のグールが迫る。
一斉に、覆い被さるように襲来するグールたち。元より防御を得意としない黒夜には、これに耐えられる可能性は存在しなかった。
●地対空高射砲
一方、レオンと相見える撃退士たちは、予定通りに動いていた。
「ほんじゃ、こっちは頂いて行くで御座る」
チンピラの片方を肩に担ぎ上げ、壁を駆け上がる虎綱。無論、そんな経験をした事がないチンピラは――
「離せ、何すんだよ!離せ!!」
「本当に落とすでござるよ?――選べ、落ちて死ぬかおとなしくするか」
下に居る、こちらに向かって手を伸ばすグールの群れがチンピラの視線に入るように、わざと少し肩を揺らす。
「ひぃ!? 分かった、分かったから、助けてくれ!!」
「よろしい、何としても助けるで御座るよ」
そんな虎綱の後ろから、声が伝わる。
「忘れ物よ」
振り向くと、凪がもう一人のチンピラを担ぎ上げ、放り投げてきた所であった。
「うわっとと!? 感謝するでござる」
既に片肩に人を担いでいた虎綱は、バランスを崩しそうになりながらも何とかそれをキャッチする。
本来ならばこのまま迅雷を使用し、脱出するつもりだった。だが、迅雷は攻撃の反動を以って再移動する技‥‥グールの攻撃を回避するため壁の上方を走る虎綱には、攻撃対象が居なかったのである。まさか、肩にある一般人を蹴るわけにも行くまい。
「汝、朱なる者。其は滅びをもたらせし力。我が敵は汝が敵なり。バーミリオンフレアレイン!」
魔力を練り、雲と化す。
だが、その雲から降り注ぐは恵みの雨ではなく、殲滅のための灼熱の炎。
氷雨 静(
ja4221)の放った『朱炎雨』は、レオンと前方から出現したグールたちに等しく降り注ぎ、その体力を削っていく。
「逃がさんぞぉぉぉ!!」
攻撃を受けても尚、狂気の表情を浮かべたレオンの狙いは虎綱。
「コンサートの邪魔はマナー違反だな、お客さん?‥‥聖歌よ、俺たちを祝福しろ!」
至近距離から放たれる、白の音刃。グールの足が一瞬止まった隙に飛び込んだ夢野が放ったそれは、然し重厚な土石の大剣に阻まれる。
返されたのは、地面を切り取るようにして作られた、土の巨弾。
「ちぃ‥‥っ!」
ギリギリで、それを夢野はかわすが‥‥元よりこれは彼を狙った物ではなく、射線上にいた故に巻き込んだだけ。土弾はそのまま一直線に‥‥元の目標、虎綱の背を狙う!
「狙えるか‥‥!?」
龍仙 樹(
jb0212)が、それを破壊すべくクロスボウを構え、発射するが‥‥高速で飛来する物体を迎撃するには、相当の精確度、若しくはその為のスキルが必要となる。矢は岩を外れ、壁に突き刺さる。
‥‥若しも当たったとしても、質量差からその軌道を変更するのは難しかっただろう。
「がっ‥‥しまったでござる!?」
普段の虎綱ならば、この様な直線的な攻撃、直撃所かかすりもさせずに回避する事も可能だったのかも知れない。だが、二人同時、一般人を担ぎあげた状態では、敏捷性が著しく低下する。それに加え、『絶対にこの二人には攻撃を掠らせてはいけない』と言う制約が、彼に『跳躍』と言う回避方法を選択させた。
だが、高度は僅かに足りず‥‥岩の様な弾丸が、彼の足を薙ぐようにしてバランスを崩させる。
そのまま彼は、グールの群れの中へと、担いだチンピラ二人諸共落下して行き――
「――おぉぉぉぉ!」
空中で、半回転し、無理やり足を下に向ける。
「忍者の底力を、」
強引にグールの顔を踏みつけ、伸びてくる腕に足を掴まる前に筋肉に全力を注ぎ、跳躍。
「嘗めるなぁ!」
伸ばされた腕の林を越えるように空を舞い、再度壁に着地する。
「なら、もう一度落としてやるぜぇ!」
再度レオンが大剣を突き立て、地に手をかざす。
「同じ手は、使わせないよ!」
夢野の攻撃を防ぐためそちらに向けられた土石の大剣に対し、回り込むようにして紫遠が走る。斜めに振り下ろされた大剣はレオンの肩口を切り裂き、その狙いを僅かに左にずらす。だが、未だに虎綱は狙いの範囲内――
「休ませませんよ‥‥!」
同時に逆側から回りこんだ樹の、白に光る刃が振るわれる。天界の気を纏ったそれは、レオンの脇腹を引き裂き、バランスを崩す。放たれた岩弾は、虎綱の脇下2cm程を掠めるようにして飛び、壁に衝突しパラパラと土灰を撒き散らす。
凪がグールたちを集めるために放った『CODE:LP』が、ここでレオンに対しても効果を発揮し‥‥レオンの注意は彼女に向けられる。
「フハハ!援護感謝で御座る!」
全速で壁を駆け、虎綱が範囲外へと脱出する。事前にヘンドリックに連絡し、やや遠めの場所に救助班を待機させてある。これだけ離れれば、恐らくは安全に脱出できるだろう。
「さて、連中も逃したし、後は余興だ。楽しんでいこうか、レオン?」
大剣を肩に担ぎ上げ、薄ら笑いを浮かべ。
交響撃団ファンタジア団長、君田 夢野は、ヴァニタス‥‥レオン・ファウストを挑発した。
「丁度、憂さ晴らしをしたかったんだよぉぉ!」
ヴァニタスの少年は、大剣を上段に構えた。
●「地」の戦い方
「すみません、抑えられないかもしれません」
相方である黒夜が戦闘不能になった今。ステラ一人で、後方から接近するグールを押し留めるのは困難であった。炸裂陣を使い切り、味方の付近ギリギリまで後退し、霊符による単体攻撃のみになった今。グールの数は、徐々に増えていったのである。
「さぁ、こっちにきなさい、この薄汚い屍ども!」
声に魔力を乗せ、凪がグールたちを引き寄せる。本来この技は論理的に言葉で敵を挑発するものであったのだが、言葉を解さず意を理解しないグールたちにはそちらの意味合いは薄い。だがそれでも、声に篭った魔力が、グールたちを彼女の方に向かわせる。
「良い位置でございますね」
レオンごと巻き込む、藍色の霧。静が放ったそれが晴れた時には、グールたちは眠り込んでいた。
「あぶねぇぜぇぇ!?」
咄嗟にグールを盾にしたのか。レオンの土石大剣が、霧を裂くように突き出され、薙ぎ払われる!
「ぐっ‥‥!? あの時の二の轍は踏みたくなかったのですが‥‥」
至近距離まで接近する必要がある技を飛び込みで放った以上。直ぐには後退出来なかった樹が、薙ぎ払いに巻き込まれ、地に叩き付けられる。自身の気を天界側に傾けていたせいもあり、ダメージは猛烈な物となっていた。
同時にその一撃は、他の撃退士たちをも薙ぎ払い‥‥それ所か、グール共も死体と化していた。
「樹様!?」
樹を気遣うように、近づき、しゃがむ静。その痛々しい傷を見た彼女の心が、静かに黒に染まる。
「‥‥許せませんね」
無表情で。無感情で。彼女は呪文を紡ぐ。
「汝、緋なる者。其は焼き払う力。立ち塞りし者全てを貫け。ブリリアントレッドレイ」
緋色の閃光が、空気を裂き。レオン諸共その後方から新たに出現した三体のグールを焼き払う。尚も前進を続けるグールの一体を、凪は切り捨てると共に、先ほどレオンに吹き飛ばされたグールに接近する。
「これは退かさないと」
手を伸ばす。その指が、グールを持ち上げるべく触れた瞬間。
「!?」
爆発。
緑の霧が周囲を覆い、一瞬ながら視界を潰す。すぐさま後退し、霧の外に出る事で、彼女の高い特殊抵抗も相まって毒を受けるには至らなかったが‥‥爆発自体によるダメージを多少は受けていたようだ。
視界を覆う緑の霧。それを切り裂くようにして、突進と共に再度薙がれたレオンの大剣が、撃退士たちを強襲する!
「っ‥‥重いわね‥‥!」
咄嗟に盾を空中に出現させ、それを以ってして攻撃を受け止める凪。大剣の勢いは止められず、そのまま壁に叩き付けられるように盾ごと押し込まれてしまうが――
「けれど、まだまだ‥‥!」
ダメージは、思う程深くは無い。それよりも、大剣が振り抜かれた今こそが好機。重い武器は往々にして、返す刃は取れない。
「今よ!」
彼女は叫ぶ。味方の中で「切り札」を持つ二人に。
●覆される物
後方のグールたちは、既にステラの努力空しく防衛を突破し――場は混戦状態に陥っていた。
高威力を持つ静の広域殲滅呪文は、この状態に於いては味方を巻き込まないようにするために威力を発揮できない。ならば、この状況を無事に切り抜けるには‥‥頭であるレオンを押さえるしかない。
「凪ねぇ、頼む!」
「ええ、分かったわ」
大剣によって壁に押さえつけられながらも、夢野の声を聞き。凪は誘導の言葉を紡ぐ。
それによって、周囲に散らばり乱戦状態と化したグールたちが、彼女の近くに集まり始める。
「じゃ、先にやらせてもらうよ!」
牽制すべく、空いた道に紫遠が飛び込む。下段からの切り上げが、レオンの体に傷を刻む。
「てめぇ‥‥死にたいかぁぁぁぁ!?」
叫びに、紫遠はニッと笑って返す。当たり前だ。本番は『これから』なのだから。
「この――――ッ!」
紅の力が刃に流れ、幻想の具現を促す。
その幻想の刃をかざし、夢野は突進する。大上段から、レオンを両断するために、その剣を振り下ろす!
爆音。爆煙。
切り裂かれたのは‥‥一体のグール。
レオンは、咄嗟に付近に居たグールを盾にしたのである。
夢野の強烈な一撃により、ほぼ四散に近い形でグールは粉砕された物の‥‥レオンに一撃を入れることは叶わなかった。
「‥‥今のうちに、やれ!!」
更に後続の者達に、彼は叫ぶ。手に届く範囲のグールはもういない。後一撃、重い一撃を入れられれれば‥‥
「遅いぜぇぇ!」
その呼び声の先――静が、切り札へのスキル交換を終わらせられる前に。レオンの手が、土石の大剣を叩く。
「四散しろぉぉぉ!斬城刀ォ!!」
声と共に土石部分にひびが入り‥‥四方へ、まるで爆発かのようにばら撒かれる。
それは、撃退士たちとグールを、一様に薙ぎ倒していく!
「団長‥‥!」
夢野を守るべく手を伸ばす凪。しかし、壁に押し付けられている状態ではそれも叶わず。
「絶対に‥‥守って見せます!」
身を挺し、樹は静を庇うようにして、地に伏せる。
嵐が去った後。爆心地から遠かったり、庇われた撃退士たちが立ち上がる。
けれど彼らとて満身創痍。これ以上戦える筈も無い。冷静さを取り戻したレオンは、静かに告げる。
「斬城刀をもう一度作るのも‥‥結構力を消耗する。今日は一旦退こう。目標の人はもういなくなったし」
「よくも‥‥よくも!!」
恋人を傷つけられて怒りに震える静。しかし、今戦場のありとあらゆる所では、グールの死体が散らばっている。残り体力が少ないこの状態で追えば、自ら死にに行く様な物だろう。そして何より――今は、まず恋人と仲間たちを助ける事が重要だ。
「この恨み、覚えておきます‥‥!」
それにレオンは、僅かに振り返り。嘲笑うかのように、言葉を発する。
「恨み‥‥僕たちの恨みは、誰が晴らしてくれるの?」