●Fake
月明かり照らし出す、夜。
ほとんどの者が次の日に向けて休んでいる深夜。作業服を着た者が一人、闇の中を歩く。
「わはー☆ふゆみってば、ツナギも似合っちゃうのだっ」
この夜闇には不釣合いな声を出したのは、新崎 ふゆみ(
ja8965)。
折角の仮装(作業員風)なので、写メも取っちゃったりする。
送り先は勿論、大好きな彼氏。
「うぐぅ‥‥これはかわゆくない」
ヘルメットも被ってみた。が、どうも合わない。左にずらしたり右に回したり。道端で苦戦する彼女の前に。
コトリと音を立て、三つの工具箱が落ちてくる。
「出てきたねー☆」
素早く偽装を解き、戦闘体制。一番壁に近い箱に向かって突進。靡くワイヤーが風を切り裂き、工具箱に向かって振るわれる!
シュパッ。
ヘッドライトの光が、箱に攻撃が来る場所を教えたのか。間一髪でワイヤーを回避し、空に舞い上がる工具箱。
「飛べば届かないと思ったのでしたら」
「大間違いだぜ!」
光と闇。
白と黒の翼が、空中で交差する。メレク(
jb2528)と天耀(
jb4046)、翼を持つ二人が上方から振り回したワイヤーが、四方からボックスに巻きつき、絡め取る。
箱を開閉不能とし、その間に撃破するのが、彼らの目標。
だが、箱――ディアボロとてそのまま黙って撃破される訳ではない。強引に抉じ開けた一筋の隙間から差し出されたのは‥‥回転する凶刃!
金属同士が摩擦しあう甲高い音と共に、飛び散る火花。
「「っ!」」
元より『縛る』事ではなく『切り裂く事』を目的としていた、メレクの『パイオン』と天耀の『ゼレク』がそれ程長い間持ちこたえられる筈も無く。ピシリ。糸が切られるような音を立て、切断される事となる。
ワイヤーを強く引っ張っていたがために後ろに仰け反り、体勢を崩した二人に追撃を行おうと、工具箱の蓋が大きく開かれるが‥‥
「防御が自慢のようだが、動けなければ意味がないだろ?」
ワイヤーは、完全に箱を拘束できはしなかったものの、その動きを一瞬止めていた。
そして、それは、ある者の計画に、十分な機会を与えていた。
――四方から伸びる、白い鎖。
『星の輝き』を全身から放ち、無表情のまま、ルーノ(
jb2812)が召還したそれは、冥界に属する存在であるディアボロを今度こそ縛り上げ、その場に留める。
「はっ!!」
翼を推進力に変換し、急降下。猛烈なメレクの蹴りが、工具箱を地に叩き落していた。すかさず、ふゆみが刀を構えながら駆け寄り――
「ええーい☆ミ」
横に薙ぎ払い、更にそれを壁に叩き付ける。
衝撃によって、一時的に動きを止めた工具箱。それに、羽を羽ばたかせて着地した天耀が、楽しそうな笑みを浮かべ、歩み寄る。
「まだまだ、楽しませてくれるんだろ?」
●Stop the Two
一方。天耀たち四人が、1つの箱を集中攻撃しているのと同時期。
他の四人は、残りの二つの箱を足止めしていた。
「くぅっ‥‥!」
箱の一つから放たれたボルトの内三発を、高虎 寧(
ja0416)は左右に揺れるような足捌きで回避する。だが、残りの二発がそれぞれ脇腹、太ももに直撃。僅かながら、彼女のその圧倒的な速度は弱まる。
「人型でなくなると、こうも読みにくくなる物なのですね‥‥」
相手が人間タイプならば、その視線や、僅かな仕草から、予定される行動を読み取る事も或いは出来たのかも知れない。 然し、相手が無機物――この様な『箱』であるのならば。その様な読み取りが効く筈も無い。
素早く影手裏剣を大量に生成、反撃しようとする彼女に、もう一体の箱が接近。突き出される、何かの噴出口。
「甘い‥‥!」
その上方から降下、大上段から二刀を振り下ろし、強引に地に向かいツールボックスを叩き落とす東雲 奏多(
jb4542)。その代償として、噴出された炎に彼は炙られてしまうが‥‥その価値は十分にあった、と言える。
彼が飛び退いた瞬間、寧が放った影手裏剣の雨が、無慈悲に地に落ちた箱に降り注ぐ。
打ち据えられた箱は、しかし蓋の隙間からドリルを突き出し‥‥猛上昇!ドリルで影手裏剣の一部を弾きながら、彼らの飛行限界である10mまで再度上昇する。
「物は全て使いようなのでしょうね。‥‥最も、少し想像していたのとは違いますが」
呟きながら、寧に歩み寄り。鍋島 鼎(
jb0949)が『治癒膏』を以って、ボルト二発分のダメージを回復させる。
彼女の想定では、蓋がフルに開き、その中からツールが『飛び出してくる』と言うイメージがあるのだが‥‥隠密性を重視したのかどうなのか、ツールは寧ろ『僅かに開いた蓋の隙間から差し出される』と言う感覚に近い。故に予想外であり‥‥タイミングを見て魔法攻撃で妨害する筈が、機を逃してしまっていた。
一方。上空。
奇怪な、無機質な‥‥丸で怪物のような翼を羽ばたかせ、ルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)は、残る一つの箱と対峙する。
「これでも空中戦は得意でね。お前ら等に遅れを取る訳にはいかんのだよ」
左右に大きく、揺らめくような機動で大きく回避行動を取りながら連射されるボルトをかわす。何発か体に命中する事もあったが、彼女の圧倒的な防御を貫けず、衝撃によるかすり傷程度のダメージであった。
カン、カン。
返礼とばかりに手に持った拳銃で、掃射するように撃ち返す。銃弾によりバランスを崩し、空中で一回転する箱。
ボルトの威力では、ルナリティスの防御を貫通するのは無理と判断したのか。回転して再度隙間を彼女に向けた箱は違う手段に出る。
「っ、こしゃくな‥‥!」
閃光。
箱の中の何かから放たれた強光に、とっさに腕で目を隠す。
だが、あまりの光量に、多少の影響を受けることは避けられない。
「む‥‥!」
気配のみで箱のいる方向を感じ、そちらに向かって連射。だが、外したようだ。
ギュイーン。
その瞬間、背中に機械音を感じ、咄嗟の回避行動を試みる。だが、元より回避を得意とせず、更にフラッシュによって目潰しを貰った状態では、背後からの襲撃をかわせる筈も無い。ドリルが、背後から彼女を貫く!
「今助ける!」
足止めメンバー中、ルナリティスを除けば唯一飛行能力を持つ奏多が、翼を羽ばたかせ急上昇。X字に双刀を構え、突進の勢いで挟むようにしてドリルを持った箱を引き抜く!
彼がルナリティスに接近したその瞬間を狙い、再度フラッシュが放たれようとする。だが、それを阻むようにして、影手裏剣の雨が遠方にいた箱を襲う。
「忘れてもらっては困りますからね」
寧の影手裏剣・烈に続いて、再度鼎の放つタロットのイメージが飛来し、奏多が押さえつけた箱へと直撃。拮抗していたパワーバランスが崩れたその瞬間、翼を大きく羽ばたかせ、再度箱を地に落とすべく推進した奏多であったが――
「ぐっ!?」
至近距離。箱僅かな隙間から打ち出されたレンチを、片方の剣で弾こうとするが、剣を既に「押さえつける」事に使用していたためか僅かに反応が遅れる。正面から額を直撃するレンチに、視界が歪み、そして黒くなる。
落下こそしなかった物の、一時行動不能になった奏多を放り出し、ドリルを突き出した箱が再度ルナリティスを襲おうと突進する。
「なら‥‥!」
影縛りの術を空に放ち、それを食い止めようとする寧だが、運悪く、外してしまう。
「不味い‥‥!」
空挺していたがために、距離が届かない故に回復が受けられず‥‥また唯一空を飛べる同僚もスタンしたために援護が受けられないルナリティス。
フラッシュの影響下ではこれを回避できる筈もなく‥‥そのまま、同時に二つのツールが、彼女の体を貫き、落下させる!
――その時。
人影が滑り込み、彼女を受け止めた。
●Kill the One
一方、やや時間は巻き戻り、攻撃班。
「おお、中々素早いじゃないの」
斜めに振るった、空を切り裂く爪の一撃をかわされたにも関わらず、天耀の顔に苛立ちはない。
寧ろそこにあるのは、まるで玩具で遊ぶ子供の様な笑顔。
ギリギリでスタンから脱した箱は、正面からチェーンソーを以ってして爪を受け止める。
――逃げる、と言う選択肢はない。未だにその体は、白の鎖に縛られているのだから。
「動けない感覚というのは、如何でしょうか?‥‥その体に『感覚』と言う物があれば、ですが」
上空から降り注ぐ蛇の幻影。
メレクの図鑑から飛び出したそれは、容赦なく箱に喰らいつき、引き裂こうとする。
その攻撃に危険を感じた故の、火事場の馬鹿力か。それとも、単に運の関係か。
箱は力づくで白の鎖を引きちぎり、前方にレンチを射出する!
「おっと、事前に注意しておいてよかった」
レンチが出た時の為に、味方と並ばず位置をずらしたルーノと、事前に空中に飛行していたメレクは何れもレンチの影響を受けなかったが‥‥最初から近距離で戦っており、緊急飛行が間に合わなかった天耀と、攻撃のため接近を開始したふゆみが巻き込まれ、スタンしてしまう。
「少し待っていろ。回復させる」
星の輝きをライトヒールに切り替えるルーノ。行動可能な者がメレクのみになったこの機に、メレクに向かって箱が強光‥‥『フラッシュ』を照射!
咄嗟に盾を構えそれを防いだがために、ダメージはほぼ無いに等しいメレクだが‥‥
「‥‥しくじりましたね」
『当たった』と言う事実には代わりは無い。フラッシュの効果によって視界を潰される。
「おっと、余所見してていいのか?」
爪跡が、空を裂く。
スタンから回復した天耀が、馬乗りのようにして箱の上に飛び乗る。
そのまま加えられた、両手による乱打が、箱の表面を紙くずのように引き裂いていく!
「あ、楽しそう。ふゆみもやるー☆」
刀を振り上げ、ふゆみもまた乱打を開始する。
その後ろから、静かにルーノが彼女らに回復を施す。
元より、初期の攻撃によってそれなりのダメージを受けていたこの箱。この乱打に耐えられる筈もなく‥‥粉砕される事となる。
●Solid Fight
牽制側。
気絶し、落下するルナリティスを受け止めたのは、ルーノ。
と同時に、上空から奇襲したメレクの体重を乗せた蹴りにより、箱の片方が地に叩き落される。
「おまたせー☆」
ふゆみが突進する。振り上げられた、刀による薙ぎ払い。衝撃力によって箱の動きが止まったその隙に、寧が一気に踏み込み‥‥槍を一閃!
箱を両断する。
合流した撃破組により、一気に士気が高まる撃退士側。
対する箱は、既に残り一つ。状況を不利と見て、逃走を図るのも、仕方の無い事であろう。
だが――
「どこに行こうってんだ?」
立ち塞がる天耀。
元より、飛行可能な者の合計数では、撃退士側が上回っている。
天耀に加え、メレク、そして‥‥
「隙有り、です!」
二人に気をとられた隙に、奏多が重い大剣に武器を切り替える。その重さを使い、箱を押さえ込み、そのまま翼の推進力で猛下降!
箱は素早くドリルを突き出し、奏多の体を貫くが‥‥
「このくらいで‥‥!空中から落下の勢いを利用して斬ればオレでも‥‥!」
歯を食いしばり、全力で耐え。地に敵を叩き付ける!
「よくやりました。後はこれで」
鼎のタロットの魔力が、最後の箱に叩き付けられ、それを粉砕した。
●End of Tools
全てのツールボックスを撃破した撃退士たちは、回復技を持つ鼎とルーノが中心に治療を施した後、一息つく。
「よ、お疲れさん。いい戦いだったぜ」
奏多の肩を軽く叩く天耀。
「‥‥本当なら、誰かが犠牲になる前に倒せればよかったんだけど‥‥」
寂しそうな奏多の声に、天耀は笑って答える。
「誰も、世界全員を救えるってのは、できやしねぇ。だから、できる事をやるしかねぇ。そうじゃないのか?」
一方、戦場の一角で、鼎は、手に持ったライターの火をつけ、揺らめくその炎を覗き込む。
(「人の命は、こうも簡単に消える‥‥私の記憶も、そうやって消えたのでしょうか」)
カチリ。ライターの火は、消え。そこには、暗闇のみが残った。