●降り立ちし者
「‥‥何だか、入りづらい雰囲気だけど‥‥天魔を放ってはおけません、失礼しますッ!」
バツが悪そうな顔をしながら、レグルス・グラウシード(
ja8064)が、通路に降り立つと共に盾を構える。
「あなたたちを守るためなんです、許してくださいッ!僕たち、撃退士です!」
「人の事情に勝手に手を出さないで!」
予想外の叫びに、レグルスの肩がぴくりと震える。叫びの主は、今回守るべき対象‥‥秋月 遥だったのだから。
「これはあたしたちの事情よ!部外者が‥‥」
「話にならんな‥‥ファリス殿、後は任せる」
飛び出そうとした遥を、ケイオス・フィーニクス(
jb2664)が肩を掴んで、引き戻すようにしてファリス・フルフラット(
ja7831)の方へと無造作に投げる。
それをキャッチしたファリスは、無言で1つ頷き、遥を担いだままリビングへと移動する。
片方の刀に、手をかけた瞬間。ヴァニタス‥‥秋月 無幻の全身は、黒い手によって捕らえられる。
「‥‥あの方をどうするのですか、無幻」
降下の砂煙から立ち上がる姿――鳳 優希(
ja3762)を見て、無幻の口には、僅かながらの笑みが浮かぶ。
「知れた事。我らが一般人を狙うその目的は、貴様も前見たようにただ一つ」
すらりと、両刀を抜き放つ。
「殺す事のみ、だ」
●幕間〜悔やみ〜
「何をするの?離しなさい!」
暴れる遥に、ファリスは冷静に答える。
「‥‥奥様、死にに行くつもりだったのでしょう?」
「っ‥‥ええ」
「ならば、それは承服はできません。‥‥人の命を守るのが、私たちの目的ですから」
「貴方に何が分かるって言うの!?」
激昂する遥。
「私は‥‥殺したのよ。‥‥最愛のあの人を‥‥殺したのよ!!」
遥の剣幕に、僅かに気圧されるファリス。
だが、そこへと、ケイオスが飛び込んでくる。
「何をしている!?早く下へ行け!」
叫ぶと同時に放たれた矢は壁に突き刺さり、更にヒビを入れる。
「ええ、そうですね。‥‥話は安全な場所でも遅くはないでしょう」
遥を担いだまま二刀を振るい、壁を破壊するファリス。
「ここからは、我が運ぼう」
「ええ、お願いします」
背に黒い翼を展開したケイオスに遥を渡し、ファリスは夜の闇へと飛び降りていく。
「さて、我らも行くとしよう」
翼を広げ、夜の闇へケイオスが舞った直後。彼らの後ろの、リビングと廊下を隔てる壁が、爆発した。
●通路の死闘
ファリスがリビングへと遥を運んだ直後。
「無幻、勝手に借りてる借り、熨斗つけて返すよ。さあ、死合おうか‥‥!」
着地すらせず、左右の壁を交互に蹴り。神喰 茜(
ja0200)は、大太刀を引きずり獣のように無幻に飛び掛る。
僅かに大太刀の切っ先が壁を引き裂き、剣速が低下したのが影響してか。斬撃は無幻に、体を捻るように回避され、床を抉る。
その一打の威力に、館全体が揺れる気がした。
「人の気配が一階にもありますわ。‥‥このままでは危険ですので、わたくしが」
物質透過で、そのまま一階へ向かうフィンブル(
jb2738)。
「早速だけど、あんたの相手は俺たちがさせてもらうよ、っと」
「相手をするつもりはないが、邪魔ならば排除しよう」
銃を構えた御伽 炯々(
ja1693)の放った強撃矢は、見事に無幻の胴体へと直撃する。
直後、彼の居た場所を、風の刃が引き裂いた。
「大丈夫ですか!?」
防御の構えを解き、レグルスが彼に癒しの術を施す。
見れば、風の刃はそのまま壁に衝突、大きなヒビを入れていた。
「直接ここからリビングを狙うつもりですか‥‥!」
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)が、攻撃の方向を見て、敵の意図を察する。けれど、彼の顔には冷静な笑みが。
――慌てる事はない。この様な時の準備も、してあったのだから。
「私はカーディス=キャットフィールド‥‥まずはこちらからお相手いただきましょう!」
堂々とした名乗りに、無幻の視線がそちらへと向けられる。
二発目の風の刃が、彼に向けて放たれる。
「ふっ‥‥甘いですね‥‥」
回避に優れた彼は問題なくそれを回避するが‥‥直線上を攻撃する風の刃は、彼の後ろに居た者‥‥優希へと、向かっていた。
――ここは狭い廊下。風の刃の直線的な攻撃範囲を、最大限発揮できる戦場。
誰かがかわせば、別の誰かに当たりかねない。そんな戦場なのだ。
「っ!!」
手をかざし、優希は障壁を自らの前へ展開する。風の刃は障壁と接触し、爆風となり周りに散る。
「ほう‥‥耐えたか。少しは鍛えてきたようだな」
感心したような笑みを漏らす無幻。
障壁でダメージを軽減したとは言え、まともにヴァニタスの一撃を受けたのだ。額から垂れる血に片目を閉じながらも、その目に宿る闘志は消えず。
優希は、キッと無幻を睨みつける。
「優希はまだ、倒れませんよぉ‥‥あの恨み、返してませんからぁ‥‥!」
幽鬼の如く、ぬらりと立ち上がる優希に‥‥僅かながら、無幻がひるんだ気がした。
(「‥‥私が気圧されるとはな‥‥」)
「今です、手筈通りに!」
カーディスの合図に、茜が頷き、二人は左右から無幻へと向かう。
「‥‥来るかっ‥‥!」
気合でカーディスの『注目』の効果を振り払い、無幻は迎撃の構えを整える。だが――
「援護させてもらうよん!」
炯々の放った矢が無幻の腕に当たり、僅かにその初動を遅らせる。
「やらせん‥‥」
更にケイオスの放った矢が連続で飛来し、一瞬のみ彼の視界に陰りを落とす。
「さて、頂きましょう」
「もらったよ!」
カーディスと茜。大太刀と大剣が、それぞれ左右の刀を押さえ込む。そしてその間に、接近した優希が無幻の左腕を掴む!
「左腕の痛み、思い知れ!」
「ぬうっ‥‥!?」
優希の腕の間で、激しい魔力が渦巻き始める。
(「このまま左腕を捻り落とす気か‥‥!」)
無論、ただでやられる無幻ではない。その左腕に握った刀を扇風機の如く回転させ、純粋な腕力で多少劣るカーディスの大剣を横にずらし、弾く。
「っ‥‥!」
「剣士は剣術のみならず。‥‥体術も嗜まねばならん。剣なくば、己を剣と化すのみ」
同時に、足払いで、僅かに茜の体勢を崩した無幻は叫ぶ。
「裏刃返しッ!!」
風切り音、そして爆発。
――ぱらぱらと、天井から瓦礫が落ちる。
――魔法の風に切り刻まれた無幻の左腕から、血が滴る。
だが、右腕に握った刃は、優希の胸に深く突き刺さっており、左腕の刀は、未だ右腕を掴んだままの茜の首を掠め、血の跡を残していた。
左腕の自由を取り戻した後、強引にそれを以ってして優希のマジックスクリューを天井へと跳ね上げ、茜ごと右腕を動かして刃を優希に突き刺した。そして、空いた左腕で、無幻は茜の首を薙いだのである。
押さえられていたせいで裏刃返しの発動が不完全であり、左腕を依然として切り刻まれていなかったのならば、この薙ぎ払いは茜の首を落としていたかもしれない。
だが、風の大半を天井へと流されたせいで。優希の捨て身の一撃は、無幻の意識を刈り取る事はできなかった。
ブシュ。
刃が引き抜かれ、優希がその場に倒れる。
「っち、カーディスさん!」
「ええ、分かっております‥‥!」
炯々の矢が雨霰と放たれ、弾幕を形成する。その隙にカーディスが優希を抱え上げ、全力で後退する。
「今、回復させます‥‥!」
レグルスが癒しの風を準備する。だが、最初からセットしていたスキルではないが故に、そこには1行動のタイムラグが形成される。
「まったく、無幻が女の人ひとりに執着するってどういう風の吹き回し?」
首についた血を手で拭い、ぺろっと嘗め。茜は大太刀を構え直す。
カーディスが負傷した優希のために後退し、レグルスと炯々がそれを援護。ケイオスが遥の脱出を手助けするため戦場から離れた今、無幻と正面から相対しているのは彼女のみ。
無謀は覚悟の上。だが、それでもやらねばならないのだ。
「貴様には関係のない事だろう、剣鬼の娘よ。‥‥それより、死合うのではなかったか?」
「そうだね。詳しい事情は、後であの人に訊けばいいか」
お互い、油断は見せず。構えを変えていく。
「むん!」
先に動いたのは無幻。振るわれた刃は空を切り、そこに真空の刃を形成する。
だが、彼が予想だにしなかったのは、茜がそれを回避せず、突撃して来た事。
「ぬぅ‥‥!」
「っ、痛いけど、耐えられないほどじゃないよ!」
体を捻り、風の刃に晒される面積を最小限にする。腕や足を丸めるようにし、全ての人体の急所を防御する。風の刃が過ぎた後、その体には痛々しい傷跡が残されていたが‥‥彼女は、彼女の望んでいた機を、得たのである。
「片方の刀を使っちゃったら、もうさっきみたいな手は取れないよね!‥‥こっちには、後ろの人を守る、頼れる盾もあるしね!」
ちらりと、盾を構え風の刃を受け止め、カーディスと優希を守ったレグルスを見やる。
戦闘可能なメンバーが減った事で彼はある程度自由に動き回る事が出来、その防衛能力を遺憾なく発揮していたのだった。
「殺させるもんか‥できやしないさ、僕を盾ごと壊さない限り!」
目線を戻し。‥‥茜は、持てるだけの全ての力を注ぎ込み、大太刀を大きく薙ぎ払う。
その刀は鉄槌が如く、無幻の肩に叩き付けられる!
ゴン。
鈍い音。
衝撃は無幻の全身に伝わり、彼は両手の刀を取り落とす。
「その首‥‥もらったよ!」
刀を、横に振り上げる。
「茜さん、危ない!」
「え!?」
後方から飛来する炯々の矢は、しかし茜自身が射線に入っていた事もあり、攻撃を逸らすには至らない。とっさの警告に茜は反応し‥‥四肢で体をガードするが。
――黒い剣気を纏った無幻の手刀が、彼女の腕に突き刺さり。剣気は、その体を貫いた。
(「確かに‥‥動きは止めたはずなのに‥‥!?」)
そちらを見やると、無幻の目に生気の光はない。
(「まさか‥‥無意識で戦っているの!?」)
ぐちゅ。
「ぐあぁ!」
体に突き刺さった手刀が捻られる。と共に、剣気もまた、動く。
この感覚は恐らく――であれば、防御を中心とするレグルスが、彼を相手にするのは危険だ――
「‥‥っ、吹っ飛べっ!」
最後の力を振り絞り、至近距離から螺旋の風を太刀に纏わせ、突き出す。
回避する、と言う意思すらない意識を失った無幻を弾き飛ばすのはそれ程難しい事ではなく。無幻は壁を突き破り、庭へと落下していく。
空中で、意識を取り戻す無幻。
「来い、『雪無』『風無』」
地に落ちたはずの二本の刀がガチャガチャと揺れだし。そして夜の闇の中へと飛んでいく。
●信念と執念と
「お逃げなさい!」
ガシャリ、とフィンブルの剣が地に突き立てられる。
それに恐れをなしたのか、渋々逃げていた使用人たちも、1階から一斉に庭へと逃げ出す。
それに続くようにして庭に出たフィンブルの前に、飛び降りたファリア、そして空中から遥を担いで降下したケイオスが着地する。
「大体家屋からの避難は成されましたわ」
「あの状態を見るに、我らのこの選択は正しかったようだな‥‥見よ、今にも屋敷は崩れ落ちそうだ」
直後、どさっ と、何かが落下する音がする。
「ファリス殿、かわせ!」
闇の中を見通すケイオスの目が、落下した者の正体‥‥無幻を捉える。だが、闇の中視界を確保できなかったファリスはうまく回避できず‥‥その背に、刀が突き刺さる!
「‥‥ケイオスさん、奥方を連れて下がってください!」
がっしりと、自分に突き刺さった刀を掴むファリス。
「今、灯りをつけます!」
降下してきたレグルスが点けた、『星の輝き』。
それに照らされたファリスの表情は、決意に満ちていた。
「奥方‥‥貴方は本当にそれでいいのですか!?」
「えっ‥‥」
「例え貴方が死んでも‥‥貴方の愛した男は、魔の意のままに殺戮を続けるでしょう。貴方は、それでいいのですか!?」
俯く様に。遥は、小さく呟く。
夜闇の中。その言葉は、かき消される筈だった。‥‥だが、その意は、確かに、ファリスに伝わった。
「‥‥戦いましょう。あなたを守った上で、その意思を、貫かせたい、それがこの場での勝利となるのであれば」
確かな信念を持って、少女騎士は、己の武器を抜く。
敵を切り裂くために。勝利を得るために。その双刃を、彼女は振り下ろす。
だが。
「‥‥貴様は知っているか? 最愛の者が自分を刺したと知った時の。その絶望が」
自らの腹部に食い込む双剣を、無幻は受け止めなかった。
撃退士たちに信念があるのと同様に。彼にもまた、『執念』があった。
薙がれる刃は真空を作り、ファリスの体を貫き、遥の方に飛来する。
その中に、割って入る影一つ。
(「僕の盾よ、耐えてくれ‥‥僕が、兄さんみたいに人を護れ‥‥るよ‥‥う‥‥に‥」)
数々の攻撃に耐え切り、後衛を守って来たレグルス。
だが、回数が切れたスキル切り替えが間に合わず、終に彼は、その場に倒れ伏す。
――光が、消える。
●暗闇の中で
茜、優希、レグルスが倒れ。カーディスが優希を運び出すため一時的に戦線離脱した現状。
残る四人の中で暗闇対策を行っていたのは、炯々とケイオス。
「こちらです!」
大声で叫ぶファリスを、無幻は不思議に思う。だが、その答えは直ぐに明かされる。
――背中の壁から、フィンブルが出現し、無幻の首を狙って、輝く光刃が振るわれる。
それと同時に、目の前の敵に向かって、挟み込むようにファリスの双剣が振るわれる!
ザシュ。
「「っ!?!?」」
急に無幻の姿が掻き消える。
それにより、ファリスの肩に光る刃が突き刺さり。二刀はフィンブルの腹部を抉る。
――良く見れば、無幻の下半身は、地中へと沈み込んでいた。
「物質透過を使えるのは、貴様らだけではない」
改めて上に上がった無幻が、両方の刃をそれぞれフィンブルとファリスに向かって振るい‥‥風の刃を作り出す。
最初に撃退士たちと出会った時にも、両目を瞑ったまま応戦していた無幻にとっては、視界は必要不可欠な物ではなかったのだろう。
彼女らを貫いた風の刃はそれぞれ、その後ろに散らばり、視界を失っていた使用人たちに向かっていく!
「‥‥っ!!」
必死で弓を引き絞り、炯々の回避射撃は片方の風刃を逸らした。
だが、既に回数を使い切っていた彼には、もう片方の刃に対応する方法はなかった。
スパン。
大根でも切るかのように、風刃は使用人の胴体を真っ二つにする。
「‥‥退くぞ」
「何であんたはそんなに冷静でいられるのかね?」
「我らの目的を忘れるな。‥‥このままでは、夫人まで死ぬ事になる。‥‥聞きたい話もあるし、な」
遥を担ぎ上げ、翼を広げ全速で後退するケイオスは、最後に後ろを一度、見やる。
「あの者が噂に聞く八卦とやらの一人か‥‥成る程。この屈辱‥‥忘れんぞ」
次日、残った使用人たちは救出された。
死亡した使用人は、風の刃で斬られた一人のみだと言う。