●囲いの中へ
鹿嶋宅、表庭。
ザクリ。
槍が、一体の狼に突き刺さる。
「カジマ=サン‥‥ですか。ここの主は」
表札に書かれた名前を思い出しながら、槍を引き抜き横に一回転。付近の狼を払い退ける彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)。
『遁甲の術』を応用した彼女の奇襲に狼たちが反応できる前に、空中から雷撃が降り注ぎ、一体の狼を打ち据えた。
「一方的に一般人を襲われると言うのは、面白くないわね。‥‥悪いけど、阻止させてもらうわ」
雷神の如く地上の敵に雷撃を落としたイシュタル(
jb2619)は、然し次の瞬間、自身に向けられた多数の砲口を目の当たりにする。
――狼たちが、背の電磁砲で、彼女に狙いをつけたのだ。
「あら、慌てんぼうね‥‥っ!!」
くすりと、笑いを浮かべると共に。光の網が彼女の目の前に展開される。
だが、斉射を四発まで受け止めた所で、網は砕け散り‥‥残りの五発が、彼女の体に直撃する。
「‥‥っ、やってくれるじゃない?」
並みの撃退士なら、この斉射を受ければ戦闘不能になっていても不思議ではない。イシュタルがこれに耐え切れたのは、彼女の防御力による所も大きい。――最も、体力はギリギリまで削られ‥‥あまり余裕のある状況、とは言い難いが。
だが、イシュタルへの集中攻撃を行った事により、戦いのイニシアチブは、再度撃退したちに渡る事となる。
森田良助(
ja9460)が裏庭へ通じる道の前へと滑り込むと共に、
「千里眼を司る我が司よ、来たれい!」
白蛇(
jb0889)が、己の『司』――僕たる白の飛竜を召還する。
その翼を羽ばたかせ、飛龍は家の屋根を越え、裏庭へと侵入する。
「裏に居るのは‥‥狼一体だけじゃのう‥‥っと!?」
電撃が走った様に、白蛇の体が震える。
「撃ってきおったか‥‥!」
裏庭に居た狼の放った電磁砲は、『司』に直撃し‥‥そのダメージが、決して防御力が高いとは言えない白蛇の体にフィードバックされたのだ。
「なら、今のうちに‥‥!」
白蛇からもたらされた情報を確認し、華成 希沙良(
ja7204)が良助の横へ通り抜け、裏庭へと向かう。
「先にゆけい!わしも直ぐに続こう!」
白蛇の叫びに、今度は鴉守 凛(
ja5462)が裏庭へと向かおうとする。
「‥‥体が‥‥うまく、動かない‥‥先に、行って」
重傷の体である彼女。例えリジェネレーションで無理やりドーピングしても、その移動力は並みの撃退士以下であり、一ターンで裏庭への入り口へは辿り着けなかったのだ。
尚も足を引きずるようにして裏庭に向かう彼女に、先程の斉射の際、唯一動いていなかった天魔‥‥鍛冶間 轟天斎の右腕が向けられる!
「それだけゆっくりと動いていれば、狙ってくれと言っている様なものじゃのう」
ガシャリ。右腕は、砲に変形した。
「させない!」
声と共に横から、扇が轟天斎の腕を狙って飛来する。
カン。金属音と共に、砲身がやや横に逸れる。
「ちぃ‥‥小癪な!」
なおも腕をずらし補正を試みる轟天斎だが‥‥
「なら、これはどうかな?」
「うぉっ!?」
今度は良助の回避射撃が放たれ、弾丸は腕を下に跳ね下げる。発射された電磁砲は芝生を抉り、周囲一帯が土煙に包まれる事となる。
ギリッ、と歯噛みする轟天斎に、笑顔で良助は語りかける。
「目的を果たすのは、僕達と遊んでからでも遅くはないんじゃない?」
ブーメランが如く帰ってきた扇をキャッチ。そのまま体の前で構えた龍崎海(
ja0565)もまた、言葉での牽制を試みる。わざとらしく携帯を取り出し、誰かと会話しているフリをする。
「八卦の爺さんを確認。至急増員よろしく」
『増援要請』と『遊んでいかない?』。この二つが合わさった時、示される作戦は何か。
「‥‥お前さんたちは時間稼ぎか。ならば尚更、急がねばのう」
轟天斎の表情が、変わる。
●人の事情
裏庭に到着した希沙良は、そこで待ち構えていた唯一のメタルウルフの砲口が、自身に向いている事に気づく。
「‥‥っ!」
砲口が光る瞬間、とっさに顔と上半身を両腕でガード。彼女の防御力もあり、多少腕を焼かれただけで‥‥それ程致命的なダメージとはなっていない。
「‥‥単独だと、隙だらけですね」
狼の注意が希沙良に向いた機を突き、何もなかった場所から実体化したかのように、彩が狼の背後に出現し、槍を大きく振り上げる。
――『兜割り』。敵の脳天を強打し、一時的に意識を失わせる事を目的とする技。
彩が振るったそれは、見事に油断したメタルウルフの意識を刈り取り、地に伏せる。
そこへ防御の構えを解き、両手で銀色の銃を構えた希沙良。ありったけの力をその拳銃に注ぎ、生身の部分が露になったメタルウルフに向ける!
「‥‥よく‥‥狙わない‥‥と」
ドン。
重い音と共に、弾丸はメタルウルフの喉元へと貫通。
彼女ら二人は、何れも非常に高い攻撃力を持つとはいえない。その彼女らがこうも早くディアボロを排除できたのは、一重に連携が噛み合った、と言える。
「おお、遅れてすまんのう」
スキル交換を済ませた白蛇が、白い水竜を伴って駆けつける。
多くのスキルを同時に交換してから召還を行う、と言う行動を取ったが故に。やや初動が遅れていたのだ。
「あの‥‥貴方たちは」
きゅっとその服を握り締めて背に隠れる鏡花の頭を撫でながら、九郎が恐る恐る、声を撃退士たちにかける。
「おお、すまなんだ。わしらはおぬしらを助けに来た撃退士じゃ。‥‥おぬしらの名は、鹿嶋 九郎殿、鹿嶋 鏡花殿で間違いはないな?」
「はい、そうですが‥‥ただ、苗字の読みは少し違いますな。『かしま』ではなく『かじま』です」
それを聞き、思わず彩は希沙良と顔を見合わせる。
――表にいるヴァニタスの名は、何だっただろうか?
「それで‥‥九郎、とか言ったか。この怪物たちが、おぬしを狙う理由は、分かっているかのう?」
白蛇の問いに、九郎の顔色が変わる。明らかに何か知っている。そう考えた撃退士たちだったが。
「いえ。分かりません」
――返ってきたのは、意外な答えであった。
(「師は確かに死んだ筈だ‥‥なら、狙いが『アレ』であるはずはない‥‥! アレは‥‥師以外の誰にも解明はできないのだから」)
そこに、
「遅れて‥‥ごめんなさい」
凜が到着する。
既に裏庭の敵は現状クリアされているが‥‥前から追加が来る可能性もある。
油断はならない、と、アサルトライフルを携え彼女が物置の上に登ったその瞬間。
――爆音とともに、人影が表の方から出現する。
●統制されし軍・群
時は少し遡る。
表庭、白蛇と彩、希沙良が裏庭へと侵入した直後。
「まとめて刻む‥‥!」
黒い力をその手に装着した爪に纏い、縦に、獣が敵を引っかくが如く、サガ=リーヴァレスト(
jb0805)が振り下ろす。
爪に纏った黒い力が消えると共に、無数の三日月の刃が、轟天斎の周りの空間に嵐が如く吹き荒れる!
「おおっと、厳しいのう」
四方から襲い来る刃には対応できなかったのか。轟天斎は障壁を展開せず、その身は刃によって、隣の狼と共に切り刻まれる。
――だが、無差別に吹き荒れる刃の嵐は。白兵戦を挑むべく接近していた、海の体をも刻んでいた。
「くっ‥‥!!」
受身を取る事で、素早く刃の嵐からは脱出した。ダメージが大きいわけでもない。
だが、表庭に居るメンバー中、唯一の前衛であった彼が後退した事により‥‥前衛不在となり、突破を狙う轟天斎に行動の隙が与えられる事となる。
ガシャリ。
右腕がと変形を始める。
「そこが‥‥隙だ!」
受身の体勢そのままに、オーバーヘッドで扇を投擲し、轟天斎の右腕を狙う海。
(「各種の攻撃は右腕からだ。腕一本ぐらいなら‥‥!」)
回転しながら、弧を描き、扇は腕に吸い込まれるように直撃――
カキン。
――そして、弾き飛ばされた。
「小僧。お前さんは人と戦う時。その生身の部分を捨てて武器を狙うのかの?」
薄ら笑いを浮かべる轟天斎に、はっとする。
あの機械の腕は、ヴァニタスの『武器』。直接攻撃も行うのであるからして、相当の硬度を持つ。
‥‥武器破壊の技術を持つならば兎も角。並みの『攻撃』では、剣の打ち合いをしているような物だ。
変形した右腕の形態は、ドリル。
それを前に突き出し、一直線に突き進む!
「止めますわ‥‥!」
空中である事による位置取りの利を生かし。無防備な轟天斎の背へと雷撃を連射するイシュタル。
それらは命中――寧ろ、轟天斎が突破を優先したため回避をしていなかった――が、その動きは止まらず。
「なら、止まるまで打ち続ける‥‥くぁっ!?」
一発目の電磁砲が彼女の首の横を掠め、次の一発が攻撃に気を取られた彼女を打ち据える。そして、三発目の砲撃が飛来し‥‥
「間に合わない‥‥!? 邪魔、すんなって!」
狙撃銃を以って、一体目の砲口を逸らした良助は、しかし二射目を放てる前に、メタルウルフに飛び掛られる事となり、地に押し倒される。
――圧倒的な物量での不利、そして表庭の前衛、及び回復役の欠如。
裏庭に重兵を置いた影響が、ここで出ていた。
「通すわけには‥‥」
地に押し倒された良助は、片腕で狼の牙を遮りながらも、なおもスナイパーライフルの狙いを轟天斎の足に定め、片腕のみでトリガーを引く。しかし、無理な体勢での部位狙いは、彼の精密な狙いを以ってしても、尚無理があった。
弾丸は上に逸れ、突き出されたドリルに当たり、弾かれる。
「小僧、大人しくそこで見ている事じゃな!」
あざ笑うような轟天斎の声。だが――
「それはどうだろうな?」
冷たい声が、轟天斎の後ろから響く。
空中に、突如として出現したサガ。ナイトウォーカー特有の隠蔽の技により、轟天斎の背後に忍び寄った彼は‥‥そのまま凍気を全体に集め‥‥一斉に周囲に解き放つ!
「奇襲じゃと!?」
慌てたような、轟天斎の声と共に、二体のメタルウルフが彼とともに飲み込まれ。眠り込む。
「貴様は磁力で接地する相手の動きを止めると聞いた‥‥だが、空中なら――」
言葉が終わる前に、鋼鉄の手が伸ばされ、彼の肩を掴む。
「中々やりおるのう。一瞬文字通り、肝が冷えたわい」
苦笑いを浮かべる、ヴァニタス。
「じゃが、わしはこんな体での。眠ろうとしても、電子信号でそう簡単には行かんのじゃよ」
機械の腕から放たれる雷光が、サガを焼いた。
●計略・「走」
そして今。裏庭。
砂煙の中から現れるは、ヴァニタス、『雷』の轟天斎。
表庭の撃退士の奮戦により、決して無傷とは言えず‥‥所々の装甲に損傷が見られ、口元には血の跡もある。
「ほう‥‥お前さんも孫を授かる年になったか、のう九郎」
その姿を見て。その声を聞き。九郎は、目を大きく見開く。
「師‥‥いや、鍛冶間 轟天斎‥‥! 貴方は確かに、処刑された筈‥‥!」
「お前さんがそう思うのも、無理はないじゃろうな。何せ、わしを陥れたのは、お前なのじゃから」
言いながらも視線を鏡花に向ける轟天斎に、彩は思案する。
(「‥‥ヴァニタスは恐らくカシマ=サンに敵意を持つ。そして鏡花は彼の孫娘だと言うのは知っている‥‥まさか。けれど、念のために‥‥」)
目をきゅっと一回閉じ、思考を整理する。保険は掛けて置くに越したことはない。
遁甲の術を開放し、手を伸ばして鏡花の腕を掴み、懐に抱え込むようにして抱き込む。
けれど、ここで誤算が一つ。遁甲の術は飽くまでも『自身の』気配を薄める術。他に人間を抱え込んでしまったのならば、その人間の気配が漏れてしまうのだ。
「逃さんぞい‥‥!」
彩の方に向けた轟天斎の右腕が、ガシャガシャと変形を始める。
「孫は見逃してくれ!!」
その前に飛び込む九郎。
「皆を守れい!」
ストレイシオンに防壁を展開させ、皆を守らんとする白蛇。
「‥‥危‥ない!」
九郎を守るため、彼を突き飛ばす希沙良。
「無理は出来ない‥‥けど、今を置いて何時無理をする‥‥?」
屋上から狙撃を行い、轟天斎を牽制する凛。
雷撃は僅かに左上に逸れ、希沙良の肩を焼く。直撃を受けず、水竜の障壁があったものの、ヴァニタスの一撃は重い。
それに庇われる形で、彩は鏡花を引き連れ、庭の外へと脱出していく。
――戦力差は明白。敵はヴァニタスのみ、しかも多少ダメージを受けているとは言え‥‥撃退士側は彩が離脱、希沙良は大きくダメージを受けており。凛は負傷のため実力が出せない。表の味方も、何かの問題があるのか、増援に来ない。
(「‥‥こちらも脱出すべきじゃろうな」)
意を決した白蛇は、頷く。
「凛殿、希沙良殿! ‥‥任せても、よいじゃろうか?」
静かに頷き返す二人。
「ならば‥‥!」
ストレイシオンを収納。スキルを交換する。
「隙だらけじゃな」
「‥そう‥は、‥‥いかない」
砲身を白蛇に向ける轟天斎に、希沙良が体当たりするようにして動きを止める。そこへ、凛の放った銃弾が降り注ぐ。
「ええい、うっとおしいわい!」
腕を薙ぎ払うようにして希沙良を振り払い、轟天斎は磁石型に変化させた右腕を改めて、九郎とともに召還した白馬に乗った白蛇に向ける。
「対人磁力には、こう言う使い方もあるのじゃよ」
「だから‥‥させない‥‥って」
射線を遮るようにして、希沙良は立ちはだかる。
その体は、磁力に引き寄せられ、轟天斎の方へと飛ばされる。
そしてその先には、回転するドリルが――
「せめて‥‥最後に‥‥!」
至近距離から、希沙良は剣を突き立てる。
●救えた者
希沙良が倒れ、白蛇が離脱したその後。
裏庭に残るのは、ただ凛と轟天斎のみ。
「どうする、娘っこ。九郎が逃げた以上、引くならば追いはせぬが」
愚問だ。と凛は考える。
先程から心は騒いで仕方がない。仲間の足を引っ張るまいと、必死で我慢してきたのだ。
例え我が身が無様に転がろうと、この機は逃すものか。
――爪が、自分の傷口に食い込む。痛みが、生の実感を与えてくれる。
嗚呼、待ち構える死闘の、なんと甘美たる事か。
「っ!」
表庭。自らに掛かっていたネットを引き裂き‥‥更に槍を横に薙ぎ、良助を押し倒していたメタルウルフを破壊する海。
「ありがとう‥‥」
手を差し伸べ、良助を起こす。
その瞬間、空中に信号弾が打ち上げられる。
それを見た狼たちが、一斉に撤退を始める。
(「追うか‥‥?いや‥‥」)
先ずは事情を聞くのが先だ。撃退士たちは、九郎から話を聞くため、避難先へと向かう。
●幕間〜新たなる雷閃〜
「成る程‥‥思い出したぞい。全く、年を取ると物忘れが激しくていかんわい」
轟天斎の目の前にあるのは、一枚の古びた設計図。標題は「伍式・天雷」。
「ま、もう必要ないじゃろうな」
設計図を隣の暖炉に投げ入れ、轟天斎は部屋の外へと向かう。
――その日、岡山市郊外では、異常気象とも言える局地的雷雨が観測された。
幸いにも人員の死傷はなかったが、記録された地上への雷撃は、悠に五十を超えたと言う。