●スタジアム
「ロープはこんな物でいい?」
柱にロープを結びつける雪室 チルル(
ja0220)が、暮居 凪(
ja0503)へと呼びかける。
「ええ、いいわよ」
振り向いてそれを確認する凪。その間にも、第二の罠‥‥同様に柱を結んだネットを設置する。
その更に先では、亀山 淳紅(
ja2261)が、床に広いブルーシートを敷き、後ほど流すオイルの確認をしている。
「うぇ‥‥臭いぃ・・・」
彼らが行っている作業は、トラップの敷設。
今回の敵は機動力に優れる。いきなり突破、逃走されないために、撃退士たちは、足止め用の物を多数用意していた。
「これで良し、っと」
チルルが、念のため阻霊陣の発動ができる事を確認する。それとほぼ同時に携帯電話が響き‥‥屋上で監視していた、樋渡・沙耶(
ja0770)から連絡が入る。
「北の一本道で‥‥光源を発見‥‥。暗くて‥‥良くは見えないけど‥‥多分ディアボロ」
同時に、正面で監視していた鴉守 凛(
ja5462)、九十九(
ja1149)からも連絡が入る。
「あ、あの‥‥こちらでも確認‥‥しまし、た。一旦、な、中に戻ります‥‥」
「自分はこちらで監視を続けますねぃ。」
言葉の通り、凛がスタジアム内へと戻って来る。同時に上に上がっていた沙耶と雪那(
ja0291)も、スタジアム内へと降りて来る。
「上からだと‥‥暗すぎて‥‥見えない。バイクやバギーの申請も‥‥準備するのに時間が掛かるって‥‥断られた」
どうやら、上に居る間に電話で沙耶に連絡も来ていたらしい。スタジアムは無人、もう直ぐディアボロが到着する。この状態で現地にない設備の用意は‥‥困難だった。
「エンジン音は聞こえるんだけどねー。レイダーさん、そろそろいらっしゃる、かな?」
「仕方ありません。このスタジアムに繋がる道路は南北共に一本だけ‥‥エンジン音がする方から来ると思うのが正解でしょう。‥‥必要な道具が揃っていたのは幸運ですが」
周囲の仕掛けられた罠を見回す凪。
「然し、どうしてここに来る事が予測できたんだろう」
「ディアボロが降りたあの高速出口からは、ここにしか繋がらないからよ。ここら辺は田舎寄りだから、道路も少ないしね」
別天地みずたま(
ja0679)の疑問にも、事前に調査を行っておいた凪が回答する。
「お喋りはここまでですねぃ。‥‥来ましたね」
入り口を監視していた九十九から連絡が来る。ディアボロは彼には気づかず‥‥そのまま物資運搬用の通路を通過し、内部へと向かう。
そのまま後を追った九十九。包囲、挟み撃ちの形を形成するためだ。
内部では、淳紅とチルルがこの一報を聞き、ブルーシートの上にオイルを流し広げ、最後のトラップを形成する。
戦いの時は、刻一刻と、迫っていた‥‥‥
●スリップパーティ
轟音を鳴らし、バイクが猛然と突進して来る。
黒い騎士は、前方で大剣を構え、正面からこちらを見据える凛を見つける。
明らかに敵である事を示すその構えに、左腕を前に突き出し、二の腕から伸びる銃口を向けるディアボロ。
‥‥然し、前方の敵に注目する余り、彼は足元を疎かにしていた。
見事に、オイル溜まりに踏み込む事になってしまったのだ。
バイクのタイヤがスリップし、ディアボロは転倒する。
急いで地面に右腕から伸びるブレードを突き立て、次のトラップ――横に張ったロープに突っ込むのだけは回避する。
「小細工と思うなよ。罠も立派な戦術なのさぁね‥‥」
にやりと笑う九十九。
「さーて、歓迎させてもらうよ、盛大にね!」
これをチャンスと見、ショートソードを振り回し突進するチルルだったが‥‥‥
「うわっと!?」
オイル上で滑って転倒してしまう。
‥‥忘れてはいけない。ディアボロが転倒したのはオイル溜まりの中。一気に接近し攻撃しようとした近接勢は殆どがオイルを踏んで滑っていた。
「あちゃー、これじゃ近づけないね」
踏み込まないよう気をつけていた雪那は滑るには至らなかったが、オイル溜まりの問題で接近できずに居た。
もう少しシートとオイルを流す範囲を狭めればあるいはこの事態は避けられたかも知れない。‥‥だが、オイルの範囲を狭めるほど、ディアボロがそれを踏まずに外す可能性は高かったのだ。
前衛陣が近づけない中、遠距離武器を持っていた淳紅、九十九は、オイルの範囲外から攻撃を仕掛ける!
「往生せぇ、あんたのガレージはここやで!」
スクロールから生み出した光弾を、まるでマシンガンのようにディアボロに叩きつける淳紅。無論、バイクが倒れている状態になったディアボロに回避等という事ができるはずも無く、全弾の直撃を人型の部分に受けてしまう。 同時に、九十九のロングボウから矢が、後輪を狙って放たれる!
「殺すのは機動力。砂利とオイルとこの矢で踊るが良いのさね」
だが、バイク部分の硬度は並みならぬらしく、九十九の攻撃力を以ってしても火花と共にかすり傷が付いた程度であった。狙いを人型の部分に定めなおすが、その時は既に、腕の銃口が淳紅と九十九に向けられていた。
「‥‥手強いねぇ‥‥だが想定外ではないさ‥‥ねっ!」
銃声を聞き、ロングボウを構え僅かに弾道を逸らす九十九。依然として肩を掠めてしまうが、直撃よりは大分マシである。だが、淳紅の方はそうは行かず‥‥直撃で銃弾を受けてしまう。
「痛た‥‥ドジ、踏んだやなぁ」
元より防御力は余り高くない淳紅。直撃のダメージは決して軽くは無い。だが、ディアボロと彼の間に、雪那が割り込む。
「ここは任せて!」
同時に、弾丸を受け流した九十九の後ろからもみずたまが現れ――
「黒い煙出させてやるよ!」
と、横振りで苦無が投げつけられ、ディアボロの背後に突き刺さる。
二本目を投げつけようとするみずたまだが、突如噴出した黒い煙に視界を遮られ‥‥外してしまう。
この隙にディアボロは猛然とタイヤを空転させ下に敷いたブルーシートをオイルごと巻き込み、そのまま空中へ蹴る様にしてバイク部分を持ち上げ、ブルーシートを空中に飛ばす。
シートは風に流されるように、遠くへ落下した。
だが、この攻防の間に、撃退士たちの陣形構築は既に完了していた。
チルル、凛、凪がこのディアボロ‥「ゴーストレイダー」の前方に構え、雪那、沙耶、淳紅が横から挟み込み、みずたまと九十九が後ろから狙う。
かくして、本当の「正面対決」が、開始されたのであった。
●正面衝突
包囲された状態を良しとせず、猛然と前輪を挙げ正面突破を試みるディアボロ。
それを、凛がツーハンデッドソードを横に掲げ、受け止める!!
「‥‥‥っ!」
ガリガリと、前輪と大剣が擦れ合い、火花を上げる。
「‥‥一瞬で手折られそうな力‥‥これが貴方なんですね」
細身の体からは考えられないパワーで、凛は確かにディアボロの突進を受け止めたのだ。
だが、ジリジリと押されている。やはり体勢が悪い。それをフォローしたのは、みずたまだった。
「これでどうよ?」
ビニール紐を巻きつけた苦無が、後輪に巻き込まれる。それを猛然と引っ張ったみずたまにより、やっと力が拮抗し‥‥ディアボロは、一時的ながら前進を停止した。
この隙を周辺で伺っていた撃退士が見逃すはずも無く、攻撃が一斉にディアボロに向かう!
「さながら騎兵狩りってところね!カッコイイじゃない!」
前方から、凜を押さえ込んでいる前輪を狙いショートソードでの横薙ぎ斬撃を放つチルル。だが、高速回転している前輪の前に、火花を起こし剣を弾かれてしまう。
淳紅がスクロールから光弾を連射するのと共に、九十九も回避を阻むように矢を放とうとするが‥‥突如後方のパイプから噴出された煙で視界が覆われてしまい、外れる。
煙を払って突出したのは雪那。素早く接近、ゴーグルを外し視界を回復し‥‥
「その首、もらっちゃうよ!」
首狙いの袈裟斬りは、完全に煙が晴れていなかった事もあり首を飛ばすには至らなかったが‥‥ディアボロの胸に、斜めの大きな傷をつける事に成功する。
「‥‥!!」
この時に至って初めて、ディアボロは目の前の人間を「脅威」と認識した。
今捕獲した人間で‥‥ここまで自分を追い詰めた者はいない。それが、このディアボロ‥‥「ゴーストレイダー」に、死に物狂いの本気を出させるきっかけとなったのだ。
「‥‥‥!」
煙の中からぬうっと銃口が突き出され、両方共に凜に向けられる。
至近距離で剣と車輪の鍔迫り合いが行われている状態では剣で受ける等と言う事ができるはずも無く‥‥味方を守ろうとした凪も、この至近距離では間に入って庇う事は出来ない!
銃声。左肩と脇腹に一発ずつ受け、血を流す凜。剣でガードできればここまでダメージは受けなかったのだが‥‥
この隙に猛然と両方の車輪を「逆回転」させ凜の剣を弾き、後方で紐を引いていたみずたまに激突するディアボロ。みずたまは両足のメタルレガースでバイク部分の後方を踏みジャンプ、轢かれる事を回避し、そのまま蹴りを放つ!
「ここで止めなきゃ……いいや、絶対に止めて見せるよ! 水玉キィィィック!!」
空中からの蹴りは見事に命中するが、みずたま自身も人型の部分に体当たりする形になり弾き飛ばされてしまい、痛み分けとなってしまう。この勢いで、ずっと引っ張られていたビニール紐は、終に耐え切れずに切れてしまったのだった。
‥‥ディアボロの下半身のバイクは、ディアボロと完全に「融合」しており、言えば彼の体の一部。車輪の逆回転も、二輪駆動も、不可能ではなかった。
前の一手を煙幕に阻まれた沙耶は、注意しながらやや後方から回り込み、突進の勢いに合わせ薙刀を横に振り回し、円を描くようにしてレイダーを両断しようと取り掛かる!
ザシュッ。
攻撃は確かにディアボロに当たった。だが、浅い。
ディアボロの腕のブレードにガードされたのだ。
猛然と後退し、包囲圏を脱しかけたディアボロに、高速で迫る影が居る。
「逃がさない‥‥です‥‥」
傷ついた体を押して、血を流しながらも接近する凜。
猛然と横に回転、振り回された大剣が、ディアボロの横腹に叩き付けられる!
――銃声。
凜の大剣は、紙一重の所で停止し‥‥彼女は意識を手放した。
彼女のダメージは余りにも大きく蓄積しすぎていた。天界側の影響を受けるディバインナイトであり、悪魔の手下であるディアボロからのダメージは増幅されるのも一因だろう。
そのまま車輪で轢きトドメを刺そうとするディアボロ。だが、それは‥‥‥
「やらせないわ」
凪が大きく上に半円型に振り回したサバイバルナイフに弾かれ、凪の肩を掠めただけで空を切った。
●崩れる物
凜の最後の一撃により、ディアボロに包囲から脱出される事は回避した撃退士たち。
だが、凛は既に気絶‥‥他の者も半分ほどが多少なりともダメージを受けていた。
「‥‥くっ」
悔恨の表情を浮かべる凪。
彼女にとって、自分より年下の者が傷つくのは最も避けたかった事態であり‥‥凛が倒されるのを阻止できなかった自分を、彼女は恨んでいた。
「ここは通行止めよ。‥‥これ以上、誰も‥‥!」
サバイバルナイフで、雨の如く降り注ぐブレードの突きをいなす。
――煙幕への対策を行っていたのは雪那のみ。これが思いの他大きなペナルティとなった。
先ほどとは打って変わり惜しみなく煙幕を放出するゴーストレイダーの前では‥‥雪那の他には命中に優れる九十九の矢や、後方を取ったみずたまの連続蹴りが多少命中しているが、バイク部分に当たった物も多く決定打には至っていない。
前方からのチルルの攻撃は、多くがウィリーによる防御で弾かれ、これまた決定打に至らず。
淳紅は射程ギリギリまで後退して煙幕の影響を避けようとしたが、ディアボロが煙に包まれている事実は変わらず、煙が晴れるまでは攻撃のタイミングを逃す事が何度かあった。
――戦況は、膠着へと向かっていた。
「ふう‥‥不味いわね」
幾度目となるウィリーによる押しつぶしをサバイバルナイフで何とかいなす凪。すぐ次来るであろう射撃や斬撃に備えるが、予測に反して攻撃は来ない。
煙幕に紛れて‥‥雪那は、自分へ襲い来る二本の銀光を目の当たりにする!
「危なっ!?」
とっさに剣でガードしようとする。だが、僅かに遅い。
ゴーグルは持続的な煙の影響を避けるだけで、煙がまだ出ている間は依然として多少視界に影響は出るのだ。
ブレードが、肩と太ももに突き刺さる。痛みが走る。だが――
「この程度じゃ、あたしは止まらないよ!」
弧を描くようにして振るわれた大太刀が、両腕を突き刺しに使用しているため回避行動が取れないディアボロの右腕を、まるで大根のように切り落とす!
「‥‥!!!」
痛みに暴れだすディアボロ、ゴーストレイダー。猛烈に残った腕を振り回し雪那を地面に叩き付け、銃撃を乱射する!
連続して至近距離からダメージを受けた雪那は、終に意識を手放す。
大太刀が、カランと地に落ちる。
この一合は痛み分け。撃退士側は雪那が気絶し、ゴーストレイダーは片腕を失った。
だが、近接陣で唯一煙幕対策をしていた雪那が戦闘不能になった事で、撃退士側はダメージを与える方法を大きく限定された事になる。
「気をつけて‥‥何か、来る」
動きに不穏な物を感じた沙耶が周囲に呼びかける。依然包囲されたままのディアボロは、その場を小さな円を描くようにして回転走行していた。
そして、フロントタイヤを挙げウィリーの体制に入ったかと思うと‥‥猛然と前方に突進しながら、銃を乱射する!
元々は両手で行うべき動きだったのだろう。右腕を失ったため右側に死角はできたが、それでも左側、前方の全員に、銃弾の雨が浴びせられた!
ダメージを受けており、これを受ければ危険な状態となる淳紅を凪が庇う。
だが、銃弾の嵐をナイフ一本で捌くのは、困難であった。 嵐が通り過ぎた後、凪が崩れ落ちる。
●苦渋の決断
このまま走らせていれば、スタジアム外へ突破される可能性がある。
そう考えたチルルは、淳紅の光弾の弾幕に紛れ、剣をタイヤと車体の間に差し込み、動きを止めようとする。
だが、高速で突進して来る車両のその小さな隙間に剣を差し込むことは撃退士の能力を以ってしても難しく‥‥衝突し、吹き飛ばされてしまう。
「撤退‥‥しましょう」
片腕を落とされた事により怒り狂ったのか、ゴーストレイダーはそのまま脱出せず、依然として突撃の構えを見せている。
煙幕対策がなく、更に防御力に優れる前衛二人と攻撃の要の雪那が戦闘不能、後衛である九十九、淳紅がそれなりのダメージを受け、他の者も多少の負傷をしている現状。全滅する前に撤退するのが、撃退士たちの最良の選択肢であった。
かくして、今日も夜にバイクの爆音が響く。
それは更なる虐殺の予兆か。それとも復讐を誓う願いか。
唯一分かっているのは、戦いは、まだ終わらないと言う事だった。