●Approach
強さとは、往々にして代償を要する物である。
来栖 大河が支払った「強さの代償」。それは、即ち「全ての者に避けられる」事。
故に、彼の「食事場所」を見つけることも、それ程困難ではなかった。
「やはり、風宮さんの情報通り、ここでしたか‥‥」
手作りの弁当を持ち。牛図(
jb3275)が、屋上への扉から、外を覗く。
一人ぼっちで食事を食べるといえば、屋上かトイレに他ならない。そして、風宮は、昼には良く「屋上で見かける」と言っていた。故に、来て見たのだが‥‥当たりだったようだ。
(「しかし‥‥この距離からでも、きついですなぁ」)
思わず鼻を押さえる。こう言った方法で耐えられるのも、今の内。面として会い、座ってしまったのならば、こうはいかない。そして、結構離れた状態でもこんな酷い匂いなのだから。至近距離で座った場合は‥‥推して知るべきだろう。
(「今一度、人のぬくもりを思い出してもらうため‥‥頑張ります」)
ぐっとガッツポーズ。自分に気合を入れ。
深く息を吸い込み、牛図は、目の前の扉を押し開けた。
「こんにちわ。良かったら、一緒に‥‥ゲホッ‥‥ご飯食べませんか」
「あ、ああ、構わないが」
思わずあまりの臭さに吐きそうになり、咳き込んで誤魔化す。
幸いにも大河に怪しまれることはなく、何とかそのまま座り込む牛図。
「ありあとうごあいます。これ‥‥私の作っあおかずえすが、よろしえれば」
呂律が怪しいのは、恐らく可能な限り鼻で息をしないよう我慢しているからだろう。
「え、いいのか?んじゃ、遠慮なく」
箸を伸ばし、卵焼きを一口。「おいしい」と言う意を込め、大河はサムズアップ。
だが、牛図の反応はない。
「おい、大丈夫か?」
大河に揺らされ、ぶるっと頭を振って意識を取り戻す。
「あ、ああ、ちょっお考え事をしていあした」
あまりの臭さに気絶していた、とは死んでも言えない。
「なんだ、悪魔特有の病気の発作かと思ったぜ‥‥」
はっはっ、と笑う大河。その拍子に、匂いが更に拡散され‥‥
「ああ、今ので思いあしました」
丁度いい話題。事前に用意していた、「お告げ」と称して人を騙す悪魔の話を、「悪魔の囁き」を全開に、大河に告げる牛図。
それを聞いた大河の表情が一瞬、険しくなる。しかし、それは直ぐに元に戻り‥‥
「そんなヤツがいたら、俺がぶっ潰してやるぜ! あっはっはっは」
大笑い。
だが、先程の一瞬の表情の曇りで、自らの煽りが効果を成したと確認した牛図。
授業の準備と嘘をつき、急いでその場を離れる。
廊下に着き、扉を閉じた瞬間。その場にバタりと倒れこむ。
「私‥‥頑張っ‥‥た」
風宮の意を受けた風紀委員により、保健室へと運び込まれる牛図。幸いにも、ダメージはそれ程大きいわけではない。
●Stalker
「一年間洗ってない‥‥!? 近づいたら死ぬぞ‥‥!?」
作戦計画を考慮していた月詠 神削(
ja5265)は、そんな彼の考えを裏付けるようにして風紀委員からもたらされた「牛図が倒れた」と言うニュースを受け、更に頭を抱える。
だが、数々の強敵と戦い、彼らの戦い方を観察して来た彼は、一つの作戦を思いつく。
「名付けて『ストーカーの恐怖』作戦。これなら‥‥俺自身は来栖さんと直接接触しなくて済むところだ!」
本音が出てるぞ。良いのか。
「だって、彼に近付くなんて、俺、絶対無理だし!」
兎も角、作戦はシンプル。
事前に依頼仲間の女性に手伝ってもらい、できるだけ女性に近づけた字で「貴方の匂いが大好き」「貴方の匂いをもっと嗅がせて!」と書いた手紙を、大河の自宅のポストへと差し込む。
だが、ここで一つの誤算が発生する。その匂いのあまりの濃度は、付近の「物」にも、染み付いていたのである。
「うっ‥‥ぐっ‥‥」
ポストを開けた瞬間、逆流しこみ上げて来る胃液を強引に飲み込む。
流石に直接接近よりは濃度が低いようで、気絶には至らなかったが。‥‥神削は、手紙を押し込み‥‥ガン、と叩くようにポストの蓋を閉め、急いで付近の裏通りへと逃げ込む。
そこで何があったかは、本人のみぞ知る。
だが、裏通りから出てきた神削は、全てを吐き出してしまったかのような表情をしていたという。
●Jinx Reversal
「ふーむ‥‥まさか、あいつの言っていた事は本当なのか?」
「ストーカー」からの手紙を読みながら、牛図の言葉を思い出す大河。匂いで人に避けられるのは、既に「強さの代償」として慣れていたが‥‥流石にこの「異常趣味」は、彼も始めて見る。
元より、思い込みの強さのために現状に至った彼である。神削の煽りは、彼に牛図の話を信じさせ始めていた。
その事を考えていた彼の思考は、急激に断たれる。頭の中に声が響き始めたのだ。
「前回、君に助言を与えた者の後任だ。君のジンクスの内容が変わったので、知らせに来た」
「へーえ、またそんな事を言って俺を騙そうと?」
牛図との、言葉の齟齬。既に神削が前者を信用させようと影響を与えたために、大河は、亜(
jb2586)が意思疎通で語りかける内容に、懐疑的であったのだ。
「信じなくても構わない。どちらにしろ、私は告げるだけだからな」
亜が大河に告げたのは、これから、ストレイシオンの幼生に会うと言う事。そして、これから色んな学園生が彼のジンクスを修正しようと接触するが、彼らの言う事をキチンと聞く、という事。
懐疑的であった大河は、「ま、とりあえず考えておくぜ」と、その場を誤魔化す。
だが、その3分後。亜が召還したストレイシオンが、彼の目の前を通り過ぎる。
バハムートテイマーが豊富な学園内ならばストレイシオンも珍しくない、としたが、思い込みやすい彼の心には、確かに「疑いの種」は植えつけられたのである。
●Battles
亜のストレイシオンと会った、その放課後。
靴を替え、学園の玄関から外に出た大河。
「っ」
ヒュン、とその頬を弾丸が掠める。桐村 灯子(
ja8321)のストライクショット。だが、高まった勘がそれを可能にしたのか、弾丸は大河の頬を掠めるに留まる。
すぐさま、後ろを向き逃走を始める灯子。大河から距離を維持するのが狙いだ。
だが、「実力が高まっている」と言うのは伊達ではないようで、移動速度に際しては大河の方が上。段々と、距離が縮まる。そして、それは即ち、灯子が匂いの領域の中へと入れられてしまうという事でもあり‥‥
「くっ‥‥」
「待てっ!ストーカーはてめぇか!」
全力移動で逃走する灯子に、こちらも全力移動で追う大河。お互い全力移動ならば、依然としてい移動力は大河が有利‥‥時間は、過ぎて行く。
「うっ‥‥もうダメ」
気絶し、その場に倒れ込む灯子。
「捕まえたぜ‥‥ストーカー!」
誤解なのだが、気絶した灯子には弁解する機会はない。
「そんな事より、俺と勝負だー!」
飛び込んできたのは、彪姫 千代(
jb0742)。
彼が大河に模擬戦を申し込んでいる間に、灯子が運び出され‥‥色々な物が、守られた。
「流石に強いんだぞー‥‥」
拳打から打ち出された封砲をギリギリで回避し、壁につけられた跡を見てひゅーと回避できた事を祝う千代。事前に闇を纏っていなければ危なかっただろう。
フェイントのワイヤーも、拳撃も、もう使用した。後は‥‥!
「ウシシシ!本命はこっちなんだぞ!」
「しまった‥‥っ!?」
振り上げた拳から、氷の虎が具現化する。それは抱きつくようにして、大河を眠りに誘おうと――
「ぐはっ、くっさー!」
技を使用するために、息を大きく吸ったのが仇となった。そのあまりの臭さは、彼の集中を一気に奪っていた。氷の虎が、大河に触る前に、霧散する。
「今度はこっちの番だぜ!」
「やばっ――!」
発煙筒を取り出し、離脱しようとする。
だが、千代もまた、範囲内に長居しすぎた。匂いが、彼の意識を刈り取る。
「ありゃ。疲れすぎてたのかな。‥‥ま、俺の勝ちか?」
●Prepare the Talk
「うっわ。‥‥覚悟はしてたけどきっつ。超帰りたい」
模擬戦を終わらせ、全力で汗をかき‥‥その匂いが更に爆増した大河からかなり後方。
顔をしかめながら、東 冬弥(
jb1539)は眉をしかめる。
(「しっかし、なんであんなんがモテるのかね‥‥」)
嫉妬は心に隠し、すちゃりと拡声器を用意。
一方、鳥海 月花 (
ja1538)は、ラブコメある所私あり!とでも言うが如く、目を輝かせていた。
――少なくとも、最初は。
大河に接近し、その匂いの濃度が上がるにつれ。
「戦闘でもないのに、なぜ‥‥こんなに身の危険を感じるんでしょうか?」
と、僅かに震えるようになってしまった。
だが、依頼達成のため、怖がってばかりではいられない。
(「あの人があんなことになったら意識刈り取ってでもお風呂につき落t‥‥いれますね」)
自らの恋人があんな感じになったら。その思いを思い浮かべ、気合と怒りを自ら溜め込む。
●Love is ‥‥in the Air?
「えーと、来栖、聞こえてる?」
拡声器から響く冬弥の声に、大河が不思議な表情を浮かべる。
「話を‥‥聞いて欲しいんだけど‥‥」
「なんだ?」
遠くにいて顔も見えない。大河の顔には、不審な色が浮かぶ。
「事情は聞いている。その‥‥寂しくない? 俺も人と面と向かって話すのが苦手だから、こうやって話してるんだけど‥‥」
「ええいまどろっこしい!」
冬弥が句を終える前に、エルザ・キルステン(
jb3790)が、拡声器を奪い取る。
「あのな‥‥その様な状態で、人に避けられた事はないか? 入店を拒否された事は? いい加減、その匂いのせいで、色々不便になっているのに気づけ」
「気づいているさ」
帰ってきたのは、意外な答え。そりゃ、いくら鈍感といえど、1年もこの状態が続けば‥‥人間各種兆候から、事実に気づく物だ。
「だが、若しもこれが強さの代償ならば、俺はそれを受け入れよう」
「なんちゅー石頭だ‥‥」
はぁ、とため息を一つつき。エルザは悪魔の囁きを全開にし、最後の手段に出る。
「風呂に入って体を洗えば、美人な女性にモテるぞ?」
この話題を聞いた瞬間。飛び上がったのは、大河‥‥ではなく、ラブコメに敏感な月花。
「不潔な男性は恋愛対象としてないですねぇ‥‥あ、そう言えば、一つ洗うことについてのジンクスを思い出しました」
それらしく目を輝かせ、月花は言葉を続ける。
「全身綺麗に洗った後、お湯の中で1分息を止めたら、異性との出会いが。‥‥実は今の彼と出会う前、私もやってたのですよ?」
恋愛関係(風宮との)に付け込もうとした撃退士たち。その着眼点は、決して悪くはない。
だが、そこに一つ誤算があるとすれば――
風宮が来栖を好きになったという事は、初見の撃退士たちすら気づいた事実だ。
それを、当の来栖本人が気づかないと言う事は――
「それは最初から俺には無縁だ」
大河は、ドがつく、 朴 念 仁 だったのである。
「まったく、これでは風宮嬢は‥‥」
苦労しそうだ、と。はぁ‥‥と、エルザはまた、深くため息をついた。
●SHUGYOU!
次の日。大河にアプローチを掛けたのは、マイケル=アンジェルズ(
jb2200)。昨日に余りにも奇妙な経験をした大河は最初は警戒心を露にしていたが、亜から言われた「お告げ」を思い出し、とりあえずは話を聞いてみる事とした。
「成程、ゴッド界で流行のフレグランスがこの香りなんですネー‥‥1年経ったならそろそろ流行変わるかもデース☆」
いきなりこれである。
大河が振り向いて帰ろうと思ったのは無理もあるまい。
「待ってくだサーイ!」
何とかして鼻を押さえながら、引き止める。
「拙者幸運の女神に微笑まれし勇者マイケルと申しマース。GODに祝福された仲間なナイスガイの噂聞きつけやってきまシタ☆ 是非とも大河殿と供に修行したいデース☆」
「あ、ああ。つまりはあのお告げをあんたも聞いたのか」
見事な脳内翻訳。
「して、どう言う修行なんだ?」
「よくぞ聞いてくれマシタ! 案内しマース☆」
そうして案内されたのは、ホースを吊り下げた洗い場。
「これはウォッシュではありまセーン。滝行デース」
オイオイ。
「神秘の国ジャパンに代々伝わる修行デース。これをやれば今よりも更にストロングな男になれる事、間違いナシデース☆」
怪しすぎるだろ、いくらなんでも。
ははっ‥‥と、苦笑いを浮かべ、断ろうとする大河。
「何故デスカ!強くなれるんですヨ!」
怪しすぎるからです。これは普通の人でも断るでしょう。
だが、この取っ組み合いは‥‥匂いのせいでマイケルが不利になっていた物の、意外な効果を齎した。
「ったぁ、このガスは流石にやべぇ‥‥でかしたぜ、マイケルの兄ちゃん!」
ぶはっと息を吐き出し、近くの草むらに潜んでいた花菱 彪臥(
ja4610)が飛び出す。
そのまま、転がるようにして、付近の消火栓へと突撃!
「ったぁ、あいたた‥‥」
頭をぶつけたようだが、とりあえず消火栓にたどり着いた。
「にーちゃん‥‥心配してる人もいるんだ!目に見えて危ないガス発生させてる場合じゃねぇだろ!」
拡声器を落としたので、全力で叫ぶ。元気な彼の声は、それだけでもかなり響き、大河の注意を引き付ける。
「だから‥‥大河にーちゃん、目ぇ覚ませっ!」
そろそろ自分も(匂いのせいで)限界だ。最後の力を振り絞り、彪臥の全力の踵落としが、消火栓の蓋を吹き飛ばす!
「ぶっ‥‥ぐはっ!?」
猛烈な水流が、マイケルに押さえ込まれている大河の全身を洗い、押し流す!
「だぁぁ!何をするんだてめぇら!」
振り上げた拳は、大きくマイケルを吹き飛ばす。
「‥‥ん?」
「ほら、力は減っていないだろ?」
すかさずアンパンと牛乳を口から離し(何故アンパンと牛乳かといえば、本人曰く「ふふふ、人間諸氏ですらやってみたいと思うこの組み合わせを天使たる私がやらずにいられようか、いやできない!」)、監視を行っていた亜が、「お告げ」を告げる役となり、「意思疎通」を用いて語りかける。
「ん、ああ‥‥」
その後。キチンと体を洗い、清潔になった大河が出て来た時。風宮が思わず抱きついてしまい、周囲にあたふたしながら弁解する羽目になったのは秘密である。
無論、朴念仁である大河は、それがどう言う意味であるか気づいていなかったが。
「こりゃ、大変そうだな」
「ウフフ。ラブコメはそこが楽しいのではないでしょうか?」
「そんなものか‥‥」
ため息を付くエルザに、笑って返す月花。
まだまだ問題は、尽きなさそうだ‥‥