●始まりはいつも唐突に
「【超速報】リアル鴨南蛮なう」
その日、とあるソーシャルサイトのルーガ・スレイアー(
jb2600)のアカウントに。上の様なエントリーが投稿された。
人の注意を引きにくいネタではあったのだが、その裏では‥‥
「よし、投稿完了。‥‥それじゃ、ばさぁっとな!」
目の前の空を飛ぶ鴨。それを鍋と言う料理と化す為に、黒き翼を広げ、ルーガは飛び立つ。
自在に飛べると言う事による、飛行速度の利を利用し。金色の瞳の悪魔は鴨の上方に陣取る。
「えぇーい!」
猛然と体重を乗せ突き下ろされる槍。
だが、即座に周囲を飛行していた三本のネギが三角形に並び。障壁を形成し、槍の切っ先を阻む。
「ぬう、この飛行ユニット、只者ではないな‥‥!」
ギリギリと槍の先から伝わる圧力。全力で押し貫こうとするが、うまくいかない。
ならば、三本のネギを拘束している今のうちに――
「今だ!叩け!」
●羽舞い散る戦場で
「アレをつくったののも同族じゃと思うと何だか複雑よの〜 ま、粉砕せしめて駄作とわらってやろうかの」
傲岸不遜。されど、その口調はどこか抜けている。ハッド――その全名を、バアル・ハッドゥ・イシュ・バルカ3世――は、書物のページをめくる。
超長射程の雷剣が飛ぶ。されど、それは鴨の撒き散らす羽の帳に阻まれ、僅かな差でネギの横を掠める。
チリチリと、接近した部分が電撃によって焼き焦げたのか、ネギの香ばしい匂いがその場に充満する。
それに伴い、天風 静流(
ja0373)が、槍を引きずるようにして突進。回転して遠心力をつけ、そのまま跳躍、弧を描くようにして、付近のネギを狙って振り上げる!
「ぐっ‥‥届かんか!?」
だが、稲妻を模った槍は空を切り、静流は回転しながらスライディングし、着地する。
――全てのネギの注意力は、指揮官を上から襲撃したルーガに一時的に向いており‥‥それは即ち、全てのネギが鴨を伴う形で最高高度を飛行していたと言う事。静流の攻撃は、「高度」の壁に阻まれたのである。
「なら、届く物で攻撃するだけよ!」
手に持った数珠の、その中央に火球を形成し。撃ち放つ。月丘 結希(
jb1914)が放ったそれは、またもや羽の帳に阻まれ、ネギの表面を掠り、炙るのみに過ぎなかったが。火炎は撒き散らされた羽を焼き‥‥ネギたちの回避を助けていた陣に、穴を空けていたのだ。
そして、そのチャンスを、十分に生かした者がこの場には存在した。
「さぁ、ここから先は真剣に行きますよ!」
隊の後方から、銃弾が飛来する。
その目に翠の光を宿し、狙撃手、佐藤 としお(
ja2489)のアサルトライフルによる3点バーストが、先程結希が空けた穴を針を通すような精密度で通過。障壁を構築していたネギの一本に直撃する。
バランスを崩したネギがもんどりうって地面に落ちるのと共に、
「――ネギのくせに生意気だぞ」
フィールドと拮抗していたルーガの槍が、一角を失い弱まったそれを貫通。別のネギに突き刺さる!
一方、落下したネギには、ここぞとばかりに、一斉に近接攻撃をメインとする撃退士たちが襲い掛かる。
「最初はネギを刻んで、下ごしらえだぜ!」
支えるようにして大剣を振り上げ跳躍し、大きく斜めに叩き落すが如くなぎ払う、天険 突破(
jb0947)。強烈な衝撃力が地面スレスレを飛行し、元の高度へと戻ろうとしたネギの動きを完全に停止させ、地に落とす。
「これだけあれば、鴨鍋何人分くらいつくれるかな?」
既に、もう鴨を倒した後の事を考えているのか。一度鴨を見上げてから、目の前のネギに目を戻し。
「先ずは調味料の準備だよね」
湖城 雅乃(
jb2079)は、突破同様、先にネギの下ごしらえをする事にしたようだ。
野菜を刻むが如く細かく大剣を振るい、ネギに叩き付けて行く。
流石に補強されているのは伊達ではないようで、即座にネギがみじん切りになる事は無かったが、無傷とは行かない。それどころか、相当のダメージを食らっているようだ。
死に物狂いになったのか、最後の力を振り絞り、突破が次の薙ぎ払いを放てる前に。ネギは雅乃の大剣で地に叩き付けられた反動で少し浮かび上がり‥‥全力で推進。雅乃を狙って飛来する!
一瞬、武器を構えてそれを受け止めようとしたかに見えた雅乃。しかしそれは飽くまでも、誘うためのフェイント。
武器がネギと接触する直前。ギリギリの所で猛然と身を引き、横に滑り回避に移る。勢い余ったネギの突進は、そのまま地に突き刺さる!
「良い動きだ」
雅乃が仕掛けた策に賞賛の言葉を投げながらも、真っ直ぐ、揺ぎ無く直線に振り下ろされた槍。
静流の、全力を込めたその一撃は、ネギディアボロを根っこの部分から真っ二つにした。
●ツキササル(いろんな意味で)
一方、空中。
味方の援護を受け、ルーガの一撃はネギの一体に突き刺さった。
だが、この状態で不利なのは彼女なのである。
と言うのも、飛べるのが彼女一人である以上、味方の援護が受けにくく――これは後衛が攻撃を受けないよう射程ギリギリに立っていたのも原因の一つだが――槍の間合いは羽の帳の半径より短かった故に、彼女はネギが羽による回避能力を盾に、自由に動ける範囲内に入っていたのである。
――鴨を味方が狙わないのであれば、無理に鴨の盾を、空中に向ける必要は‥‥なかったのだ。
そして。至近距離まで近づいた敵を、指揮官である鴨が脅威と認識しない筈はなく。周囲のネギが、一斉に彼女に襲い掛かる!
「お前たちなんてみじん切りにしてやるー、えいっえいっ」
気の抜けるような台詞と共に、ルーガの槍が振り回され、襲い来るネギを阻もうとする。
「あつっ!?」
急に手の平に感じた熱と共に、思わず槍を取り落とそうになる。
見れば、先程槍で突き刺したままのネギ。一撃だけでは完全に絶命させる事はできなかったのか、炎焼突進の機構を起動させる事で、熱を発し、ルーガの武器である雷桜を熱していたのだ。
何とか武器を取り落とす事態は避けたが、僅かに振るう速度が落ち。‥‥その隙を突き、ネギが一斉に突進してくる!
「ちょ、よくもやったな!貴様など延々と回し続けてやるわ、ふぃんらんど民謡に――ちょ、まっ――」
剣魂で回復しようにも、余りに攻撃の間隔が短すぎた。ルーガがスキルを使える前に‥‥
――突き刺さる。
「アッー!」
ルーガが、地に墜落する。
‥‥どう言う状態になっているのかは、まぁ、想像にお任せしよう。
●舞台は地上へと
ルーガを突き刺したネギが、彼女と共に地面へと墜落するのと共に。飛行する体力を失った鴨もまた、着陸する。
「よっしゃ、貰ったぜ!」
待ってました、とばかりに、突破が動く。
付近に舞う羽にちらりと目をやり、武器をチタンワイヤーへと素早く切り替え、薙ぎ払う。
高い精度を以ってワイヤーは羽の間を丸で意思を持つかのように縫い、一番早く飛び上がったネギへと叩き付けられる。
「改めて見ても、気の抜ける見た目ですわね」
ため息を一つ付き。蜜珠 二葉(
ja0568)もまた、同様にワイヤーを振るう。
違いは、彼女のワイヤーは丸で血の色の如く赤かった事。そして、彼女が狙うのは動きの停止ではなく、実際にネギを切り刻む事‥‥だろうか。
紅のワイヤーは、先程とは別のネギの表面へと巻きつき、切り裂く。だが、本物のネギ同様、多層の皮で構成されているのか。行動を制限される前に、このネギは表皮を犠牲にして脱出した。
羽は、未だに舞い落ちている。
撃退士たちはそれぞれ違うネギを相手にしている。統制が取れず、どれに集中攻撃をするかが確定されていなかったからだ。
静流、としお、そして結希は、それぞれ援護するような動きを取っていたものの‥‥そもそも援護される者の目標がばらけて居た場合、「誰を援護するか」すら問題になっていたのである。
「ったく‥‥避けるんじゃねえぞこの野郎!」
罵声を飛ばしながら、三度目にして最後の「薙ぎ払い」を使用した突破。ワイヤーの効果も合わさり実に高い命中率を発揮し、再度巻き取るようにしてネギの動きを止める。
「‥‥ちょこまかしやがって」
再度大剣に持ち替え。今度こそネギにトドメを刺すべく、それを振り上げる。
「皆、散開して!」
結希の声に、前を見る。そこでは鴨が‥‥二連結した砲を構え、彼の方を狙っていた。
●減らせ減らせ
打ち出される、光線のような砲撃。
元々これを警戒していた撃退士は多く、散開陣形を取っていたために、射線上に居たのは突破一人のみ。
構えた大剣を素早く横に倒すようにして、その重みで横に転び、ギリギリで回避を試みる。が、僅かに遅い。元より回避は得意ではないからか、光線は脇腹を掠め、焼き焦げた跡を残す。
「仲間までお構いなしか‥‥!?」
自らの傷を確認する前に、突破は鴨の方を見る。‥‥この光線の一撃で、同じく射線上にあった‥‥先程スタンさせたネギが、吹き飛んだのである。
「多分、消耗品という扱いなのだと思いますわ」
横に接近した二葉が答える。
「ったく、手間かけさせないでよねッ‥‥プログラム化が終わってないから、発動させるの面倒なのよ」
愚痴を言いながらも、生命力を活性化させる光を放ち。突破の傷を多少回復させる結希。
流石に二本連結の分のダメージを完全回復させるには至らなかったが、突破に戦闘能力を取り戻させるには十分であった。
そして、爆風の中で、静かに、そして素早く動く――影が一つ。
「回避能力が下がる今がチャンスじゃの。行くぞよ!」
闇に潜む「ハイドアンドシーク」の技を使い。ハッドは、自分が望む場所へと、忍び寄る。
「焼き討ちじゃあぁ!」
その手に宿した炎を、一斉に投射する。
奇襲であるこの一撃に、鴨は反応する所か、ネギ共にバリアを張らせる機すらなく。ディアボロたちは一斉に炎に巻き込まれた。
炎の中、先程既にルーガの突き刺しを受けていたネギが、こんがりと焼きあがる。
周囲に焼いたネギの香ばしい匂いが漂う。
「鍋料理の季節という事‥‥いや、違った、油断は禁物ですね」
思わず本音が漏れたとしお。だが、彼の言う事もまた正しい。‥‥後半含め。
炎の中、残る三本のネギを直列させ。鴨が狙いを定めたのは、攻撃を終えた直後のハッド!
「不味い、気づかれたのかのう」
アレだけ派手な技を放てば、気づかれるのも道理。仲間によるサポートが得られればまた別ではあるが、NEGIキャノン回避のため散開していた状態では、それもままならない。
「く‥‥っ!」
元より防御より攻撃を圧倒的に得意とするハッド。この近距離で砲撃を回避することはできず‥‥彼は、ネギが放つ光の中へと飲み込まれたのだった。
●着火したので後はクッキング
「条件は整いました‥‥!」
光の中、二葉が紅のワイヤーを舞わせ、まるで赤いドレスのようにその身に纏いながら光を切り裂き接近する。
薙ぎ払われたワイヤーは、その見た目に似合わぬ強烈な衝撃力を内包し、鴨の動きを停止させる。
動けるネギは残り二本。バリアを形成するには至らないのもあった。最も、形成できたとしても、この衝撃はその障壁を貫通し、鴨の動きを止めていたであろう。
未だ動けるその二本のネギが、背後から二葉に襲いかかろうとするが‥‥
「そう簡単にやらせる訳ないでしょ!」
としおの銃から吐き出された魔弾が、ネギの先に衝突。その切っ先を逸らし僅かに二葉の髪を掠めるだけに留める。
「どんなに頭が良くたって、手足を潰しちゃえば何にも出来ないわよッ!」
もう一本のネギに対しては、結希の生み出す火球がそれを包み込み‥‥燃やす。
――周囲の香ばしい匂いが一層強まる。「鴨鍋‥‥」と、雅乃が思い浮かべるのも、無理はあるまい。
スタンは、意外な効果を奏し。鴨による統制を失ったネギたちは、目標がバラけ、それぞれ違う目標に襲い掛かる。
「狙わせはせん」
静流のリボルバーが、としおと結希を狙い飛来する二本を弾き、その前進を阻止する。
その機に弾幕が張り巡らされ、鴨の羽による援護を失ったネギたちに次々に命中していく。
「よっし、これでもう一体!」
突破のチタンワイヤーが空をまるで意思を持ったように舞い、ネギに叩き付けられる。衝撃によって地に叩き付けられたネギは、その次の瞬間、雅乃の槍上の戦利品と化した。
●煮えた鴨が‥‥飛んでいった
既にネギの半数が撃破された。撃退士側も2名が戦闘不能となっているとは言え、状況は圧倒的に彼らに有利だ。
スタンから回復しようとしている鴨に向かい、スタン技を扱う二葉は再度前進。薙ぎ払う!
「なっ!?」
驚愕の声を上げるのも無理はない。今まで回避に徹していた筈のネギが、彼女の振るうワイヤーに自らぶつかるようにして、飛び込んできたのだ。
動きが止まり地に落ちたネギを、「よっしゃ。もう一体ゲット!」とばかりに突破が切り刻むが‥‥その機に鴨は空へと舞い上がる。
「届かない、かな‥‥」
雅乃の振るう大剣は空を切る。彼女も二葉同様に、敵の動きを止める薙ぎ払いの技を持つ。だが、雅乃が薙ぎ払いを使えなくなってから代わりに使う予定だったために。僅かに反応が遅れ、届かなかったのである。
「逃がしはしませんよ!」
「大人しく焼かれなさい!」
チーム中、遠距離攻撃を重視していたとしおが銃撃を、結希が火球を放ち追撃するが、それはネギのバリアによって阻まれる。
――自らの兵力が減らされ、勝ち目がないと見た指揮官はどうするか。
その指揮官が常識的な考えを持つ者ならば、撤退し、体勢を建て直し、兵力を再編させる事を選ぶだろう。
そのためには、例え多少の兵を犠牲にしても、である。
空挺した鴨を撃破するだけの遠距離火力が撃退士たちには残っておらず、空挺追跡が出来たルーガが戦闘不能になった以上。鴨が視界より消失するのは、時間の問題であった。
●見えぬ料理に思い馳せ
「鴨鍋、鴨鍋はどこじゃ!」
何とか意識を取り戻したハッドに、撃退士たちは状況を説明する。
「どうせディアボロは喰えるかどうか分からん。帰って、一緒に学食で食べよう」
静流の言葉に、同じくそのつもりであった雅乃が頷く。
「ぬう‥‥ちょっと残念じゃが、仕方ないのう」
渋々、ハッドもそれに了承する。
後日、ソーシャルサイトのルーガのページに、新たなるエントリーが追加された。
「学食で鴨南蛮食べたなう( ´∀`)」
皆で、鴨鍋を囲んでいる写真と共に。