●Entry
「無事に帰れるんですかねぇ‥‥」
鴉守 凛(
ja5462)の呟きは、白き霧の中で響く。
周囲を包む霧は濃く、文字通り「一寸先も見えない状況」であった。
「こんなか抜けるのか・・・割ときついな」
「大丈夫やで、帰り道はマーキングしてあるから」
四方を見渡したカイン 大澤 (
ja8514)の呟きに、地面にスプレーでマークを吹き付けながら、亀山 淳紅(
ja2261)が振り向いて微笑む。
だが、心配すべきなのはそちらではなく、寧ろ――
「地図によると〜、北に行けばいいんですね。ならばこっちですよ〜」
「博士さん‥‥逆ですよ。そっちは南です」
歩き出した博士・ひな(
jb0694)を、慌てて礼野 智美(
ja3600)が引き止める。
どこかのコントのようだが、本人たちは至極真面目である。というのも、ひなは、極端とも言える方向音痴であるからだ。
その度合いたるや、「必ず」逆方向へ歩いていくという事であり‥‥撃退士たちは、これを利用し、霧の中で駐屯所に近づいていたのである。
‥‥霧が何かしら影響を及ぼしているが為に、方位磁石が微妙に揺れ、精度が下がっているのも、この技――『ここはどこかしら〜?』に頼る事になった原因の一つだ。
「つまりは‥‥博士さんが指す方角と逆に行けばいいんですね。了解です」
人の適応能力とは、かくも素晴らしい物である。
●幕間〜東風吹く〜
霧の中の何処か。
剣を構えたまま、ピクリとも動かない鎧の青年の前に、シュッ、と鎧騎士が現れる。
「‥‥なるほど、消耗戦になったか。ま、想定してた事ではあるな。けど‥‥」
眉が、ピクリと動く。まるで虫が自身に纏わりついたかの如く不快感を露にする。
「増援が来たみたいだ。‥‥二体だけ向かわせて、『足止め』をさせておいて。倒そうとしないで、足止めだけでいいよん」
その命を聞き届けたのか、シュッと、鎧騎士の姿は霧の中へと消える。
●Risk of Slowdown
帰り道を1m毎にスプレーでマーキングしながらの進軍。
撃退士たちの進軍速度は、決して速いとは言えなかった。
そして、そこへと、シュトラッサー「東風の騎士」の命を受けた二体の騎士が襲来する。
「うわっ!?」
最初に攻撃を受けたのは、囮となるため声を上げていた淳紅。
ネットが投げつけられ、移動を封じられる。
直後、別の方向からナイフが飛来。間一髪で首を横に傾け急所に突き刺さることは回避した物の、肩に刃が突き刺さる。
‥‥数々の強敵との対戦。そして赤き炎鬼との戦いでの臨死体験が、彼にこの回避をもたらしたのだろうか。
「ボクの力では発見できなかったか‥‥今回復します!」
生命探知を解除したシャルロット(
ja1912)のライトヒールの淡い光が、霧の中淳紅を癒す。
と同時に、智美が阻霊符を発動。地面からの奇襲を封じる。
「そこかぁぁ!」
罵声交じりの乱暴な言葉で、魔法書が読み上げられる。
テト・シュタイナー(
ja9202)の目の前に光の羽が生み出され、矢の如くネットの飛来したと思われる方角に飛んでいく。
カカカッ、と命中音はした。しかしそれがそこにいる敵に当たった物か、それとも立ち並ぶ木々に当たった物かは分からない。
そもそも、視界が異様に低減している状態では、飛来して来る大体の方角は分かっていても、正確な位置を掴むのは困難――手元ではたったの10度の偏差でも、10m先では2m近くのズレが生じるのだ。
そして、その耳に挟んだ懐中電灯を狙って‥‥もう一本のナイフが飛来し、それを打ち落とす。
ひなが投げた炸裂符も、空を切ったのみ。目標に当たれば爆発する、と言うこの攻撃の特性から。爆発が起こらなかったと言う事は命中しなかったと、判断するのは容易であった。
一方、ネットに囚われた淳紅を救出しようと、両手に黒き焔を纏い、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)がネットの両端を鷲掴み、力を入れる!
「はぁぁぁぁ!!」
だが、物理的な破壊力に優れる彼女は、しかし魔術に於いてはそれ程得手ではない。黒焔はネットを構築する白き光と拮抗するのみ。
テトへの一撃の直後、アサシンナイトたちからの攻撃は止んでいる。
撃退士たちには知る由はなかったが、これは御門の命令が「足止めのみ」であったため。
撃退士たちが迎撃のため構え、足を止めているのならば、彼らはそれを様子見するだけでよかったのだ。
そして、敵の攻撃により位置を察し、反撃を行う事を方針とした撃退士たちも、その「敵の攻撃」を待つため、動かない。
――時間が、過ぎていく。
(「このまま足止めされていては‥‥中の撃退士たちが危ない」)
何人かが、この事実に気づく。
そして、皆が一斉に駐屯所に向かおうとした瞬間‥‥再度、霧の中からネットが飛来する!
「残念でしたね〜 ハズレですよぉ〜」
自らの持った剣を投げつけ、ネットをそれに絡ませるひな。
「私の事お侍さんだと思いました? 御免なさいね、得意な武器って無いのよ〜」
即座に次の武器‥‥三節棍を取り出し、前進すると共に横に薙ぎ、逆にアサシンナイトに絡ませ捕縛、地面に叩き付ける。直後、低姿勢からスライディングで接近したカインが、騎士の腹を猛烈に蹴り上げる!
「‥‥たく、捕まえるのに苦労したな」
そのまま右肘を地面に打ちつけるようにして、反動で飛び上がり、騎士の上を取る。回転するように振るわれた大剣は、強かに騎士を地面に叩きつける!
金属の砕けるような音が響き、暗殺騎士は‥‥動かなくなる。
「逃げた‥‥か?」
更なる敵の襲撃に備えるテト。だが、味方が前進を始めても、次の攻撃は来ない。
多大なる時間の消費を強いられながらも、撃退士たちは、駐屯所へと進んでいったのだった。
●幕間〜生きるために〜
「はぁ‥‥はぁ‥‥先輩、もう限界です‥‥っ!」
「諦めるな!絶対に援軍は来るはずだ!!」
駐屯所内。
地面にへたり込む後輩に、先輩撃退士が檄を飛ばす。
地形を利用し。防衛用の武器や仕掛け等をフル稼働させ、何とかここまで持たせたが‥‥もはや、体力、精神力、共に限界。
彼らを支えていたのは、援軍が来るだろうという信念‥‥「希望」だけであった。
「っぁ!」
飛び掛っている獣の牙を、かろうじて剣で受け止める。直ぐに援護射撃が後方より飛んでくるが、それが命中する前に、獣の姿は霧の中へと消えた。
「‥‥キリが、ないな‥‥」
不利な状態において。一瞬の気の緩みは、そのまま致命的な結果をもたらす事になる。
‥‥ため息をついたこの一瞬。伏せた姿勢で近寄ったアサシンナイトの振るうナイフが、彼の足を切り、血を噴出させる。
「ぐ‥‥っ!」
座り込む勢いで剣を縦に振り下ろし、騎士のナイフを持った腕を切り落とす。だが、お互い致命傷ではない。
「援軍は‥‥まだか‥‥!」
●Combined Force
「暗殺」を主要目的とする以上。アサシンナイトたちの思考パターンは、極めて慎重。
先ず遠距離から動きを止め、体力を削り‥‥確実に屠れると確認してから接近しての、トドメの一撃。
然し、この騎士が、座り込んだ撃退士にトドメを刺そうと、ナイフを振り下ろそうとした瞬間。その腕を、黒焔を纏った手が掴む!
「‥‥油断、しましたね」
体を捻り、遠心力をつけ‥‥顔面へと猛烈な肘撃を叩き込む。物理攻撃に特化したマキナのこの一撃は威力だけでも驚異だった物の、更に恐るべき付加効果が存在していた。
――四方から、黒い焔の鎖が伸び、打たれた場所に絡み付き、騎士の動きを封じる。
「逆に捕縛されるとは思わなかったのだろうな」
バルチザンではこの狭所で取り回しにくいと感じたのか、カーマインに持ち替えた智美の弾丸が、動きの取れなくなった騎士の眉間にめり込み、それを地に沈める。
「大丈夫ですか?」
剣をまっすぐ縦に構え。警戒を怠らずに摺り足で駐在撃退士たちに近づくシャルロット。
ちらりと目をやり――
(「出血は酷い‥‥けど、命に別状は‥‥これなら!」)
最後のライトヒールを放つ。光は傷口に張り付くようにして、その出血を止める。
駐在撃退士の消耗は何れも激しく、ここまで戦ってこれたのすら奇跡的な状態。戦力としてはとても否めない。
一方、サーヴァントたちも、仲間の一人がさっさと撃破された事実にショックを受けたのか、様子見に切り替わっている。
戦場は、一時的な膠着状態となっていた。
「どうや?システムは戻りそう?」
「ダメだ。電源切られてるぜ」
トワイライトを設置しながら放たれた淳紅の問いに、バンっと拳でコントロールパネルを叩きながらテトが答える。換気システムや空調を作動させ、霧を晴らせれば‥‥と言う試みだったのだが、先の戦闘で既に電源システムが破壊されているらしく、どのシステムも働かない。
ウォォン、と低音が駐屯所の全体に響く。だが、それは決して空調システムが作動した音ではなく、寧ろ頭をかき回すような不快な音。
思わず耳を押えるテトに、ヒュっと一本のナイフが飛来する。騒音により集中力を殺がれていたためか、回避できず、ナイフは足に刺さる。
「しくじったぜ‥‥!」
すぐさま飛来した次のナイフを見、回避行動を取ろうとするが、足の負傷が影響してか思うように動けない。ナイフはその直ぐ目前に迫り‥‥
「‥‥仲間は、やらせはしません」
裏拳で叩き落され、空中で黒い炎に包まれ、燃え尽きる。
黒い炎を両手に纏い、敵の攻撃が来るだろうその一瞬を狙い。マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は、構えた。
●Requirement for a good Decoy
「‥‥うーん、囮だけど、狙われない感じ‥‥?」
「おかしいな」
ゆったりとした口調で呟く凛に、彼女と背中合わせのまま前進していたカインが頷く。
彼ら二人は、囮役を担当した。担当したのだが、具体的に「如何にして注意を引き付けるか」が無かった故に、暗殺を得意とするサーヴァントたちは、ナチュラルに「厳重に守られている物」‥‥即ち後衛の淳紅やテトと、そして駐在撃退士に、攻撃を向けたのであった。
「っ‥‥通しません!」
それでも重傷の駐在撃退士が守りきれたのは、事前に敵の目的が撃退士に向く可能性を考えていたシャルロットとテトの功績による所が大きかった。
「なら‥‥こうする!」
テトに投げられたナイフがマキナに弾かれた直後。そのナイフの出所に当たりをつけ、凜が飛び込み、ハルバードを振り下ろす! 天井をガリガリと引っかき、引き裂き。それによって勢いは減じられた物の‥‥斧槍は地を割り、砂塵を巻き上げる。
「おお、鴉守の目がいきいきしてる、やってることは死にそうなのに」
以前見た彼女とは違う動きに、カインが感心したような声を出す。
この一撃に怯んだサーヴァントに、更にダメ押しとばかりに――
「‥‥さぁ‥‥来て」
斧槍を回転させ、白い気を放つ。その気に当てられたサーヴァントたちは‥‥まるで餌に群がる動物かの様に、一斉に彼女に襲い掛かる!
肉を引き裂き、血が噴出す音。
いくら防御に優れる彼女と言えど、この数を相手にするには不利が否めない。ましてや、防御スキルの回数は1回攻撃され、対応する毎に消費されるため。直ぐに使い尽くされる事になる。
「早く戻って来い!このままじゃ打てねぇ!」
凛の尽力で敵の位置は大体掴めた。だが、視界なき霧の中で彼女が囲まれているのならば、誤射の可能性がある。テトの「奥の手」は特に大範囲に効果が及ぶため、この状態では使用が不可能であった。
「力が‥‥」
早期にライトヒールを使い切ったが為に、回復が出来なくなったシャルロットが歯軋りする。
彼女のみならず、持続して力を解放し続けたマキナも、開放の続行が不可能になっている。
「今、助けるで!」
位置がつかめないならば、近づけばよい。音のする方向へと突進した淳紅は、凜への攻撃に集中しており、背中を向けていた獣の背に向かい詠唱。旋風が、その一体を巻き上げ、地に叩き付ける。
「‥‥よそ見しちゃ、だめ」
突然の襲撃にひるんだ別の獣を、ハルバードで持ち上げるようにして壁に叩き付ける。‥‥だが、既に多大なダメージを受けていた凜は、そのままアサシンナイトの一体のナイフを背中から突き刺され‥‥崩れ落ちる。
「っち、無茶してるな」
カインが素早く滑り込み、飛び掛った一体の獣をパイルバンカーで正面から迎撃。吹き飛ばし、そのまま凜を救出する。
「今だっ!食らえぇぇぇ!」
詠唱と共に、アウルが投下された目標地点の周囲に、文様が浮き上がる。
異様を察した獣の一体が逃げようとするが、その足は、影の手に掴まれていた。
「逃がさへんで」
にやりと、淳紅が笑う。
「――地中の子等よ。奮起し、蜂起し、穿ち尽くせ!」
バリ、バリと地面が割れ。その中から、結晶の槍が突き出され、下から次々とサーヴァントたちを貫いていく!
完全撃破には至らなかった物の、殆どのサーヴァントの体力は大きく削られた。
後は――
ヒュッ。
そう思ったのもつかの間。ナイフが飛来し、今度こそ徹底的に淳紅を地に沈める。
「血迷ったか‥‥!?」
誰ともなく、呟く。
命を果たすために。サーヴァントは、特攻も辞さない構えであった。そして、彼らの注意を引き付けていた凜が戦闘不能になった今。その狙いは、テトに集中していた。
●The Objective
「これで〜、最後ですかねぇ〜」
三節棍でアサシンナイトを地に叩き伏せた、カシャリと直棍型に戻したひな。その呟きに智美が答える。
「油断しないでください。‥‥まだ居るかも知れません」
言うと共に、扇子を纏め棍状とし。疾風の如き突きが、飛び掛った獣の腹部を打ち据え、そのまま後ろの壁に叩き付ける。
テトが集中攻撃された事で、撃退士たちはその戦闘不能と引き換えに、敵全員の位置を大体特定する事に成功し、撃破したのだった。
その直後、シャルロットが、異常に気づく。
「霧が‥‥晴れた!?」
その目の前に立つのは、異様な鎧を纏うシュトラッサー。
「いやぁ、参ったな。こりゃ姫様に怒られちまうか」
武器を構える撃退士たち。しかし、シュトラッサーは構えない。
「そんなに身構えないで欲しいかな。俺ちゃん、戦うの面倒くさいし」
おどけてみせる。だが、それくらいで撃退士たちの警戒が解ける筈もない。
「あの視界の悪さをあそこまで利用するとは‥‥かなり性格が悪いですね」
「あーらら、まぁ強ち否定できないけど」
シャルロットの皮肉をも、笑って流す。
「あんたらの目的はなんや‥‥?」
智美に肩を貸してもらいながら、何とか声を絞り出し。淳紅が問う。
「それを言うほど、俺ちゃん馬鹿じゃないからね。‥‥ま、手勢失っちゃったし。ジェイから大目玉は免れないだろうけど」
撃退士たちを見つめ、にやりと笑う。
「次に来るやつは、俺ちゃんほど甘くはないかもしれないよ?」
その姿は、一陣の霧となりて、消えていった。