●Command Center
「‥‥それじゃ、俺はここで、連絡役‥‥をしよう」
胸を押さえ、軽く蹲る龍崎海(
ja0565)の背中を獅堂 遥(
ja0190)が軽くさする。
既に前の一件で受けた傷は完治した‥‥そう思ったのは良いのだが、どうやらそうではなかったらしい。
周囲に満ちる重力によって傷は開き、今は歩くのも困難な状況となっていたのだ。
「本当に大丈夫か?」
心配そうに銅月 零瞑(
ja7779)が問う。
「ああ、こんな体でも、雑魚の足止めくらいはできる。それに――」
「いざと言う時は私が護衛するから、大丈夫です」
腰の刀を叩き、遥が構える。
「それじゃ、皆‥‥事前の作戦通りに、それぞれの場所へ!」
●West〜The Cannon War〜
「おーおー、来テル来テル!」
その身に掛かる重圧に耐え。
シノブ(
ja3986)が、遠くに見える狼の群れを見据えながら、ストレッチ。
「さあ、はじめましょうか。是が非でも止めなければ」
銀の髪を夜空に靡かせ、弓を引くはテレジア・ホルシュタイン(
ja1526)。
その目に映るは、打ち抜くべき敵。その背にある「平穏」を守るため、矢を解き放つ!
「やれやれ、団体戦は好まないのだがね」
愚痴を零しながら、杖を構える鷺谷 明(
ja0776)。その杖からは一直線に炎が放たれ、狼の陣を割る!
「敵さんのボスが来てくれれば、嬉しいのだが」
その目は、敵の後方にいる、機械の老人を見据えていた。
先制で遠方からの、撃退士たちによる雨のような攻撃を受け。
前方の狼1体が、反応する暇も無く撃破される。
「うぉぉ、これは不味いわい。‥‥停止!横一列に、砲撃陣を並べぃ!」
これに対し、轟天斎が指示した陣形は至ってシンプル。
縦陣で進行した狼を横に展開。撃退士たちの目標を分散させると共に――
「電磁砲、てぇぇい!」
叫ぶと同時に、狼たちの背がせり上がり、砲口が露出される。そこからは‥‥猛烈な電撃が迸り、一直線に一点‥‥明を狙う!
「ぐっ‥‥魔法攻撃か。これはまた‥‥」
発動していた金剛の術は物理的な打撃には強かった物の、魔術的な攻撃にはほぼ無力と言っていい。それ故に、集中攻撃を受ける明のダメージは、低くは無い。
「一点狙いとはな‥‥」
合金の盾を構え、銅月 零瞑(
ja7779)が横から滑り込み、明の前に立ち塞がり‥‥追撃の雷を受け止める。この盾も、魔術的な電撃による攻撃にはそれ程効果がある訳ではなかったが。無いよりはマシであった。
『CHARGE-UP』
機械音と共に、ガシャ、ガシャ、と。黄金のパーツが、体に装着されていく。
そして、「ヒーロー」は、銃を両手で構える。
「ゴウライショット!」
連射する「ゴウライガ」こと、千葉 真一(
ja0070)。銃弾が狙うのは関節部等‥‥であったが、距離が余りにも離れすぎていた。
放たれた銃弾は、精密に装甲プレートの間を抜ける事はできず、その装甲に弾かれてしまう。――最も、ダメージが入らなかったわけではない。衝撃で、狼は後ろに仰け反る。
銃撃を放ちながら障害物に隠れ、ゆっくり前進するゴウライガの横で。
「すごい数だけど、やってやんよー!」
まどろっこしいのは嫌い、とばかりに、盾を構えたまま武田 美月(
ja4394)が一気に前進。それを援護するように、「アウルの衣」を華成
希沙良(
ja7204)が展開する。
美月と同様にアウルの衣を受けた零瞑が、共に前進し‥‥それぞれの武器が振り上げられる!
「このまま斬っちゃうよー!」
振るわれた銀の焔を纏った槍。それは、一直線に狼に向かい、その肩関節にあたる部分に突き刺さる!
「よくやったの。一体犠牲にして、力で上回る敵一体を倒せたのじゃったら、儲けじゃな」
轟天斎の冷たい言葉に、嫌な予感を感じ。飛び退こうとした際は既に時遅し。武器は狼の口に噛み付かれていた。
周囲の狼‥‥その数、十体以上はあろうかと言うディアボロたちが、一斉に電磁砲口を彼女に向ける。
「道連れ、じゃな」
言葉と共に、砲撃が放たれ。
アウルの衣を以ってしても防ぎきれないその連撃が、美月を地に伏した。
「っ!」
倒れた彼女を援護すべく、シノブが壁を蹴り、そちらへ向かう。
だが然し、「天」の八卦による重力陣の下では、壁走り中は姿勢の制御はしにくく‥‥彼女の回避能力を、大きく減らしていた。
――そして何よりも、前衛が突出のタイミングを一緒に合わせなかったと言う事は、轟天斎の指揮下にあり、統制が取れた動きを取る狼たちに「各個撃破」のチャンスを与えると言う事。
「止まる‥‥の。こっちを向くの」
柏木 優雨(
ja2101)の弾丸が右端の狼を撃つ。だが、主である轟天斎の命令は絶対なのか。狼は彼女に見向きもせず、尚も発射の準備を続ける。
「不味い‥‥ですわね」
テレジアの矢が、別の一体に突き刺さる。
撃退士たちの攻撃は、横並びの陣形を取った狼たちに満遍なくダメージを与えていた物の‥‥指揮者の不在。及び目標設定方針の欠如から、初手の一体を除き、未だに一体も完全に落とせずにいたのだ。
砲撃が、一斉にシノブに向かって放たれる。
「中々‥‥キツイ、ネッ!」
一発目は体を捻って、掠めたのみにすませる。
二発目は壁から足を離し、地面へと落下する事で何とか回避する。壁に突き刺さった電磁砲が、それを抉り、ぱらぱらとコンクリート塊を地面に落下させる。
だが、着地によって、体勢を崩した彼女はには、三発四発五発と襲い来る、残りの電磁砲を回避できるはずは無く‥‥打ち据えられ、倒れこむ。
「仕掛けさせてもらう‥‥!」
事前にビルの間の横道に潜み、機を覗っていたサガ=リーヴァレスト(
jb0805)。その指先に不可視の弾丸を生み出し、狼の一体に向かって放つ。それ程大きなダメージは与えられなかった物の、
「なんじゃ?奇襲かの?」
轟天斎の注意を彼の方に引き寄せる事に成功する。
「‥‥このまま、分断させてもらうとしよう」
すぐさまサイレントウォークを発動して後退。その勢いで敵を引き寄せ、分断するはずだった。
――唯一誤算があるとすれば。最初に周囲の人を攫うためばらけたグールの一体が。それなりの迷走の末、彼の後ろに忍び寄っていた事か。
「くっ‥‥!」
すぐさま指に再度不可視の弾丸を生み出し、目の前の動く屍に撃ち放つ。それは肉をちぎり、骨を散らすが‥‥目の前の敵を撃破するには至っていない。それもその筈。この動く屍が速度と引き換えに得たのは、「耐久力」なのだ。
「ならば‥‥」
抜刀し、そのまま袈裟斬りに斬り付ける。動きは遅く、敵の反撃が間に合う様子はない。
サガが「勝てる」と思った瞬間。背後から、電磁砲の斉射が、彼を襲った。
「このままうるさくされては、年寄りはかなわんからのう」
そちらに軽く目をやった後。
轟天斎は、再度前方に向き直る。
●East〜When the Earth Rages〜
「これでいいでしょうか」
「うん、大丈夫だと思うよ!」
頭の汗を軽く拭く立花 雪宗(
ja2469)の横で、因幡 良子(
ja8039)が別の車を押して来て、彼が先程まで押していた車の横に並べる。
「これはこっちか。ったく、重いな」
「お疲れ様です」
黒夜(
jb0668)の運んできた車両を最後に、簡易バリケードが形成されたのを見て。ハートファシア(
ja7617)が阻霊符に力を込め、念じる。
これで、壁は構築できたはず。良子は、この簡易バリケードの上へとそっと首を伸ばし、迫り来るグールの群れを見据える。
動きが遅いだけあって、この敵の隊が到着するまでに。東側の撃退士たちは、バリケードをほぼ完全な形でセットする事に成功したのである。
(「ここまで仕込みをして、何が目的だろうね?」)
そんな、思考をしているうちに。グールたちは撃退士たちの、射撃武器の射程範囲内にまで近づいていた。
「下郎共‥‥燃え尽きよ!」
炎球が奔る。
威風堂々とバリケードの上に立ったフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が放った炎の魔術は、目の前の屍を焼いた。だが、炎を纏いながらも、その屍は前進する。
「これは違うか‥‥次ッ!」
別の屍に放たれる、もう一発の火球。彼女の目的は即時のグールの撃破ではなく、毒気を帯びた屍のあぶり出し。そしてそれは、良子もまた同じ。
「これも違うかな?」
何発か銃撃を行い、倒れないと見ればすぐさま次の者に狙いを切り替える。
だが、彼女たちの狙いは、思わぬ形で達成される事になる。
「とりあえず、ここは攻撃でしょうか」
アーレイ・バーグ(
ja0276)が魔術書を読み上げ、作られた雷球が付近の一体のグールへと向かう。だが、今まで共に行動はすれど、味方に「協力」はしようとしなかった付近の屍が、一斉にそれを庇うように接近。壁となり、雷球を受け止める。
「むっ‥‥?」
アーレイの圧倒的な魔力の前では、如何に生命力の高いグールと言えど無事では済まない。だが、フィオナが気になったのは。グール共がお互いを「庇った」と言う事実。
「試してみるに他ないか」
再度火球を発し、グールを燃やす。やはり、その後ろの一体を庇っているようだ。
「‥‥あれが目標か」
「そういうことね」
フィオナ、良子の二人は、その一体に狙いを定める。
その前に、壁のように多数のグールが立ちはだかった。
「はい‥‥こちらは今の所、問題はありません。バリケード作戦が成功して、敵の進軍は止められています」
『そう‥‥か。それは良かった。』
海と通話しながら、月乃宮 恋音(
jb1221)は、戦場を見渡す。重力増加により車は軋みを上げているものの、未だ保っている。動きが緩慢なグールたちはこれを飛び越える事は出来ず、よじ登って来た何体かも、ハートファシアが生み出す黒曜石の刃や、アーレイの魔術、そして雪宗の剣閃によって地に戻っている。このまま行けば――
「うっとおしいですわね。纏めて死んでもらいましょう」
「そうだな‥‥行くぜ」
フィオナ、良子の前で固まっている一団を見て、範囲技が使えるアーレイと黒夜は、軽く顔を見合わせて、笑う。
「これは‥‥痛いですわよ!」
呪文と共に、その手には巨大な火球が。
「あー、めんどくせぇ」
念じると共に。その手には、黒い光が。
黒夜とアーレイの、ダークブローとファイヤーブレイクがそれぞれ放たれ、グールの群れを飲み込む!
「見事な連携だね!」
手で爆煙から目を守りながら、良子はその中を覗き込む。
既に事前にダメージを受けていた三体のグールが倒れ、それが守っていた毒ガスグールも爆散。この一撃は、見事に目的を達していた。
――いや、達しすぎたと言うべきか。
「フ‥‥フフ、僕に攻撃を仕掛けてくるとは‥‥よほど、死にたいみたいだね」
少年の声が聞こえる。
グールたちの死骸の下から、ヴァニタス‥‥「地」のレオン・ファウストが立ち上がる。
体格が「少年」である彼は、グールの中に紛れ、指揮を行っていたのだが‥‥体格が「大人」相当が多いグールに覆い隠され、撃退士たちからは見えなかったのである。
体の所々からぷすぷすと煙を上げる彼が‥‥撃退士たちを見据えるその目は、異端の色に染まっている。
「真っ二つにされなよ、お詫びに」
周囲の大地が揺れる。彼の持つ大剣に、岩や石が集まっていき、巨大な剣を形成する。
そしてそれは、先程車から剥がれ落ちたパーツ類も例外ではない。
「地の能力‥‥地、即ち無機物を操る事。‥‥邪魔だよ、死んで」
なぎ払われた大剣は、いともたやすく一部の車を吹き飛ばし、バリケードに道を開ける。
「‥‥っ!」
伏せるようにして、飛来する車を回避した恋音。顔を上げた彼女が見たものは、バリケードの欠けた部分から、押し寄せるようにして侵入するグールの姿であった。
●Detached Force〜Hide and Seek〜
東西で共に激戦が行われている際。別働隊として行動し、舞台裏で散開したディアボロに攫われた一般人を救う為、奔走している撃退士たちがいた。
「ちっ‥‥ちょこまかと‥‥!」
壁から壁へと渡りながら、神凪 宗(
ja0435)が空中からクナイを扇状に投げつける。
三本のクナイは、何れも僅かに遅れて地面に突き刺さり‥‥僅かな差で、彼の狙う目標である‥‥子供二人をその背に背負った機械狼には届かない。
本来ならば、狼の動きが早けれど、宗の速度を以ってすれば追いつけない事は無い。だが、この場に掛かる多大な重力は、彼の壁走りの移動能力を制限すると共に‥‥その投擲武器の精度をも落としていた。
「‥‥何とかせねばな」
頭を全力で回転させ、出来る一手を考える。
だが、考え込んだその一瞬が、油断となった。
「しまっ‥‥!」
横のビルの上から回り込んだのか。空を切るようにして、彼に機械狼が飛び掛る。
即座にエネルギーブレイドの柄で受けるようにして、その牙を受け止めるが、勢いまでは相殺しきれず壁に叩きつけられる。
そのままの勢いで機械狼が落下。宗の首を狙い、その牙が光るが‥‥
「――攻撃‥‥それだけが能だと思ったら、大間違いだ」
円盾を構え。牙を受け止める翡翠 龍斗(
ja7594)が、自信ありげな笑みを浮かべる。
バックステップして僅かに距離を離したかと思うと、再度狼が、今度は彼に目標を変更して飛び掛るが‥‥
――空中で、光の刃が、その頭部を貫いた。
「ありがとう、だな」
投げつけ、手から離れたために、段々と薄れ行くエネルギーブレイドの柄をキャッチし、宗が立ち上がる。
「助けられたか?」
「いや‥‥残念だけど、動きが早すぎる。何人かは食いつかれる前に追い払ったが‥‥」
そこまで言って、即座に二人は振り向く。
背後にディアボロの気配を感じたからだ。
そこには、三体のグールが、立っていた。
「戦えるか?」
「大丈夫だ」
顔を見合わせ、目の前の敵を撲滅するため、彼らは進む。
だが、その前に、雷の吐息が、背後から生きる屍を打ち据えていた。
「丁度良かった。運ぶのを手伝ってほしかった所だ」
肩に負傷した一般人を担いだまま。ヒリュウを伴い、アッシュ・クロフォード(
jb0928)が、グールに向けて攻撃命令を出す
「一般人を助けられたのか。 なら‥‥尚更、頑張らないとな」
アッシュを狙ったグールの拳の一撃を龍斗が盾でいなし、即座に壁を蹴り上方から宗が急降下。その頭部に、エネルギーブレードを突き刺す。
「さっさと倒して、こいつを龍崎さんの所に送らないとね」
雷撃を帯びたヒリュウのブレスによって、グールの一体を押し退けたアッシュが呟いた。
一方、同時刻。物陰に隠蔽し、ヒリュウに偵察させる‥‥と言う行動を繰り返しながら、雪風
時雨(
jb1445)は、着実にディアボロたちの街への侵入路を割り出していく。
「2箇所の内、一つはここか‥‥」
痕跡を辿った、彼がたどり着いたのは墓地。
何かしら異端の理が使われた感覚がある。しかし、それが何であるかは分からない。
「口惜しいが未だ我は未熟、この状況の調査は、他に任せるしかあるまい‥‥!」
ぴっと携帯電話を開き、彼は中央で待つ海に、この事実を連絡した。
●West〜Collapse〜
西方戦線。
前衛3名が倒れ、戦線には大きな動きも無く‥‥膠着していた。
「むうっ‥‥狙ってきたか」
集中攻撃の目標とされた零瞑は、再度盾を構える。
彼の息は既に荒い。幾度も無く電磁砲で打ち据えられては盾で耐える、を繰り返し、既に体力は限界に達しようとしていた。
「‥‥たく、おじさんに余り無理をさせるんじゃないっての!」
ガォン、とショットガンの音がする。
横のビルから綿貫 由太郎(
ja3564)が放った弾丸が、狼の一体を揺らし、一瞬だけ弾幕に隙を作る。
「‥‥癒し‥‥ますね‥‥」
希沙良の献身的な回復魔法が彼を癒し、体力を取り戻させる。
集中的に狙われた零瞑が現在まで戦線を維持できたのは、彼女の力による所が大きい。
だが、その回復の力を以ってしても、完全にダメージを回復しきる事は出来てはいない。魔力防御に優れるわけではない零瞑では、受けるダメージは余りに大きすぎたのだ。
「早く‥‥倒れる、の」
優雨の放った銃撃が、終に狼の一体の目の部分を打ち据え、貫通。破壊する。
だが、狼は未だ10体近くが残存している。攻撃が集中しない事による破壊の遅れは、即ち、敵に集中的に狙われた者のダメージの増加を意味していた。
「これでもう一人減った、と言う事じゃな」
自身の顎を撫でながら、轟天斎は、電磁砲撃が零瞑を地に伏せた事を確認する。
「しかし、このままでは、ラチがあかんのう」
ひゅん、と彼の肩‥‥機械部を弾丸が掠める。
ゴウライガ、真一が放った一発だ。放った当人は、「よそ見してていいのか?」とばかりに、マスクの下で笑みを浮かべる。
「全く、余り年寄りをからかう物ではないぞい?」
怒りとも苦笑いとも取れない表情で、轟天斎はそちらを見渡す。そして、突如、何かに気づいたとばかりに、飛び上がる。
「砲撃対象変えぃ!あやつらのとなりのビルを砲撃するのじゃ!」
そして、自身も腕を変形させる。
形成されたのは、巨大な黒い筒。それは紛れなく‥‥「砲」であった。
「あちゃー、外しちまったか」
変形の瞬間を狙ったが、弾丸を外したゴウライガが舌打ちする。
「っ‥‥中々きついですね、これは」
回避しきれず、電磁砲の直撃を受けたテレジアは、直ぐに次の攻撃に備えて弓を前に突き出し、身構えるが‥‥
「‥‥‥?」
次の攻撃は、来ない。
弓を下ろしてみれば、狼たちの砲口が狙うは、彼女ではなく、その隣‥‥高層ビルの、ど真ん中の部分。
「やらせるか!!」
「止める、の」
ゴウライガと優雨の必死の射撃が、もう一体、狼を仕留める。だが、この数の前に、一体の損害は些細な事でしかない。
――そして、砲撃が放たれた。
撃退士たちの身体能力を持ってすれば、弾丸すら、かすり傷にしかなりえない。それが落ちる瓦礫ならば、尚更。例え増加した重力を以ってしても、ダメージは入る物の、致命傷とはなり得ない。
――だが、重力増加されたその瓦礫に埋められた後に、動けるかどうか‥‥と言えば、別問題である。
「‥‥あーらら、位置がつかめても、これじゃどうにもならないねぇ」
埋められた状況でも、軽口を忘れない由太郎。実際、突破される事は予測済みでマーキングを打ち込んで置いた物の、位置が掴めても追えないのでは、意味は無い。
瓦礫の上を踏み越えるようにして、ヴァニタスとディアボロは進む。
だが、その横から、影が沸き出て、飛び掛る!
「いやはや、実に退屈していた所だ。来てくれて幸いだ」
静かな中に狂気を秘め。先程とは打って変わり、生き生きとした表情で、僅かながらのタイミングで生き埋めを免れた、明の鉄槌が轟天斎に向かって振り下ろされる。
だが、この一撃に、轟天斎の顔色は変わる様子は無い。
――明の鉄槌は、ヴァニタスの顔の横、紙一重で。‥‥止まっていたのだ。
「その勇気は賞賛すべきじゃ。が――」
よく見れば、轟天斎の右腕が変形し。電磁障壁を展開していた。
「戦場では、勇気と無謀は紙一重‥‥そして無謀は、死と紙一重じゃ」
四方から、明に電磁砲の砲口が向けられる。
それでも尚、戦意は昂ぶる。強敵を前にした彼の辞書に、「撤退」「降参」等と言った言葉はなし。
更に右腕を異形に変化させ、轟天斎に叩き付ける明。が、後一歩で、電磁障壁を破るには足りない。
「大人しく、寝ている事じゃな」
そして砲撃は放たれた。
●幕間〜Central〜
「応答してくれ!鷲谷さん!」
中央の駐在ポイントから、必死に呼びかける海。だが、返事がない事で、彼は西の陣が突破された事を理解する。
「東陣、月乃宮さん‥‥戦況は?」
こちらも‥‥返事はない。
「くっ‥‥」
人員調整を行おうにも、現状が把握できないのでは進みようがない。
「この体が動くなら‥‥!」
動かない、自身の体が恨めしい。
それを、宥めるように、そっと傍に立つ遥。
だが、その直ぐ前から。轟天斎が、出現していた。
「っ!」
すぐさま大剣を抜き、構える遥。だが、轟天斎は、その横をすたすたと歩いていく。
「嘗めてるのですか?」
振り向き、剣を袈裟斬りに振り下ろす
「‥‥おなご一人に、重体人一人。気にする必要はないじゃろう?」
靴底から熱気を噴射し、バックステップで距離をとったヴァニタスは、さも面倒くさそうに言う。
「このまま通しは‥‥!」
再度接近しようとする遥。だが、腕をコイル状に変化させた、轟天斎がそれをかざすと、まるで見えない壁に阻まれたかのように、前進できなくなる。
「つまらん実験をする気はない。さっさと通らせてもらうぞい」
重傷を負っている現状の自身の技で、轟天斎の防御を貫通できる物は恐らく無い。
そう考えた海は、ただ、それを睨みつけるだけしかできなかった。
●East〜Swarm〜
通信機から響く声に、恋音は応答しようとする。だが、その暇はなかった。
――何故ならば、直ぐ目の前で、緑の毒ガスの爆発が起こったからだ。
すぐさまに、恋音が爆発に巻き込まれた自身にレジストポイズンを施すと共に、アーレイは同様の方法でフィオナの毒を治療する。
だが、煙の中からレオンが飛び出し、その異常な程巨大化した、ジャンクの大剣を横に振るい、なぎ払う!
「頭自身が飛び込んでくるとは、好都合!」
この状況に於いても強気を崩さないフィオナがアーレイを守り、
「此方としては引いて頂けると助かるのですが‥‥引かぬと言うなら――」
目を見開いた雪宗が、蜥蜴丸を斜めに構え、重い剣撃を上に受け流す。
「止む終えません。貴方を倒す事になります」
そのまま低姿勢から、足を切るようにして円を描くように繰り出される一閃。だが、敵とて戦技に優れるヴァニタス。大剣を地に突き立てるようにして、一撃を防ぐ!
「フフッ‥フッ」
不気味な笑いを浮かべながら、突き立てた剣を支柱にするように一回転。蹴りつけるようにして雪宗の胸を蹴り、反動で黒夜に飛び掛る!
「またあの黒いのを使われては面倒だから、ね‥‥」
振り回された剣が、縦から彼女にたたきつけられる。
事前に撤退ルートを調べておいたアーレイが、黒夜を運ぶようにして撤退した後。グールの群れがさらに撃退士たちに襲いかかっていた。
「ええい‥‥うっとおしい。下がれ!」
三体のグールに掴まれそうになるのを、振り払うようにして一閃。
下がった所へ、優雨の斧槍が振るわれる。それは届かないはずの距離だったが――
「魔力で、こういう事もできるの」
その先から、魔力が発生させられ、もう一枚の刃が作り出される。そして、それは、グールの片足を切り落とす。揺らいだグールに、後ろから良子のライトニングロッドがその頭部へと叩き付けられ、粉砕する。
この三人を一網打尽とすべく、レオンが引きずるように巨大剣を回し、なぎ払う。
「く・・・!」
既に満身創痍の身でありながら、雪宗が蜥蜴丸を用いて、強引に一撃を受ける!
だが、後ろの仲間を守るためには、「流す」ではなく「止める」でなければならない。そしてそれを成功させるためには、質量差が余りにも大きすぎた。
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「‥‥さーて、どう‥‥しようかな」
不気味な笑みを浮かべたまま、レオンが撃退士たちを睨む。
だが、その瞬間、北で騒ぎが起きた。
駐在撃退士の応援が、到着したのである。
●Retreat of Vanitus
「レオン!撤退じゃ!」
駐在撃退士たちの到着と、轟天斎がレオンの元にたどり着くのは、ほぼ同時。
「えー、まだ楽しめてないよー」
「なーにを言うとるか!目をさませい!」
右手をスタンガンに変形させ、それをレオンに押し当てる。パチンと電撃音がすると共に、レオンの目から狂気の色が消える。
「あ、あれ‥‥」
「十分な人数は確保した。さっさとカインを引き上げて撤退するぞい!」
後退するヴァニタスたち。
残りのディアボロが、増援撃退士と残存の学園生によって片付けられるのに、それ程時間は掛からなかった。
だが、その騒ぎの中。一人、ヴァニタスの後を追う者が居る。
――仇敵。「王」を名乗る、悪魔の眷属と。決着を付けるために。
●Sky Runner
「兄さん」
「おお、首尾はどうだった?」
「それなりの数を確保できた。これ以上戦う必要はないぞ――」
「―――逃げるのか?王と名乗る者が、敵を前にして」
聞き覚えのある声に、踵を返したカインの足が止まる。
「『賊』ではないか。はっは、終にこの王に、投稿でもしに来たか?」
「冗談ではない。‥‥天のカイン、最早貴様は王ではない。彼のお方などと己が従う立場の者の存在を示唆したのだからな」
彼の存在の根本を突いた、一点の挑発。これでカインが怒ってくれるのならば――
だが、その予想に反し、カインは涼しい顔をしていた。
「何を言うかと思えば、その様な事か。――王とて、従う存在がいる」
「何?」
「それは――神だ。あの方こそ、我が神。我に大恩ある『神』だ。‥‥それとも、貴様は、王は恩知らずであるべき、とでも言うのか?」
「悪魔が神であると等、戯言をぬかすようになったか。――やはり、我と貴様は、相容れぬようだ」
符を目の前に浮かべ、全力をそれに注ぎ込む。
「貴様の命、我が喰らう。そして、その名を刻もう!」
だが、彼らの間には。轟天斎が立ちはだかった。
「カイン。この様な挑発に乗せられるでない」
どかどかと、足音が。フィオナの後ろから、ディアボロを片付けた増援部隊が登場する。
「お互い、邪魔が入るようでな。‥‥ここは決着の場ではない」
背を向ける。
「逃がすか!」
符から、空気が固形化するかの如く、剣が具現化される。そして、それが、カインの背に向けて投擲される!
「試作参拾参式閃光砲、発射じゃ」
轟天斎の腕が変形すると共に、猛烈な光が一帯を包む。
そして光が止んだ時には‥‥ヴァニタスたちの姿は、消えていた。
●幕間〜When the disaster ended〜
「攫われた住民、トータルで120人でしょうか」
統計役の撃退士が、頭を引っかく。
「ああ、侵入を許しちまったのと、別働隊が重力のせいでまともに動けなかったのが痛手になったな」
頭を押さえるようにして、下を向く。
「けど、こういう時に備えた、救出作戦が実行されるって話だ。そいつらに期待するしかねぇ」
「そうですね‥‥」
二人は、静かに空に祈る。攫われた住民たちの、無事を。