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マスター:剣崎宗二
シナリオ形態:イベント
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/11/12


みんなの思い出



オープニング

●闇夜の密会

 岡山市付近のとある場所。
 ‥‥不思議な、神秘的な形相すら漂う、その建物の中。
 まるで空気から固形化したかのように、そのスーツの男は現れる。
 銀髪を靡かせ、コツ、コツと足音を立て。
 その男は、部屋の中央へと歩み寄る。
 その中央では、一人の老人が、安らかな寝息を立て、眠っていた。

 恭しく、その老人の前で一礼する銀髪の男。
「もう少々お待ちくださいませ、三崩様。‥‥必ずや、貴方に力を取り戻させましょう」
 その後ろから、ガシャリと金属音が。振り向けば、その後ろに居たのは、右腕に鈍い光を宿す、別の老人。
「ロイ坊。全ての準備は整っておるのじゃろう? また上の者が使いをよこしおった。上納分はまだかと、のう」
 その老人‥‥八卦・「雷」の轟天斎は、確かめるように、右手をガシャリと握り締めた。

「まったく、あの方もせっかちですね。三崩様の命が掛かっているのでなければ気にも留めませんでしたが‥‥」
 はぁ、とため息をつく。
「準備は、無論です。皆さんは、全員集まっていますね?」
「当たり前じゃな。普段はなかなか来ない陽子とたつさきの夫人まで来ているのは、最初は驚いたんじゃがな。‥‥けど、早く行かんと、バートが暴れだすやも知れんぞ?」
「それは大変です。急ぎましょう」
 冗談か本気か、分からない笑みを浮かべ。銀髪の男は歩き出す。
 その前に、彼に向かってくる人影が。
「余を待たせるとは、何たる無礼か」
 腕を組む少年。その表情には、苛立ちが見て取れる。
「‥‥これは、申し訳ありませんでした。今行きますので、平にご容赦を‥‥」
 頭を下げる銀髪の男。それを見るなり、満足げに背を向け、歩み去る少年。

「‥‥カインの扱いが上手くなっておるのぉ」
 呆れた顔で、それを見つめる老人。
「この作戦、我ら全ての力が必要となります。‥‥そのためでしたら、これくらいは何と言うことはありません」
 涼しい顔を浮かべ、二人の姿は闇へと消えていく。
 ――岡山を舞台にした、ヴァニタス「八卦」による作戦が、開始されようとしていたのだった。


●平穏が終わる時
 岡山市北、病院前。
 二度に渡るヴァニタス襲撃によって、市内の大きな病院は‥‥撃退士による厳戒態勢が敷かれていた。無論、この病院も例外ではない。

「っつーか、平和だな‥‥」
 撃退士たちの一人が、ぽつりと漏らす。
 前回の襲撃から、既にある程度日にちが経っていた。だが、未だに、異変の兆候はない。
 それならば、彼らの気持ちが多少緩むのも当然と言えよう。
 ――だが、そんな彼らの平穏は、突如届いた連絡に砕かれる事となる。

「市内にディアボロが現れたぁ? 偵察班は何をしていた!?」
「付近のルートを通ってきた痕跡はありません。まるで突然現れたかのようで‥‥」
「‥‥たく、役にたたねぇ――いや、今はそれどころじゃねぇか。急いでそっちに増援を回せ!市内の他の病院に駐在しているヤツらにも連絡しろ!」
「え、でも、ここを空けた隙に、ヴァニタスが来たら‥‥」
「最小限の足止めに長けたヤツらだけ残しとけ! ‥‥俺の勘が正しけりゃ‥‥病院を襲ったのも、陽動だぜ」
「は、はい!」

 ‥‥振り向き、出て行こうとする若い撃退士を、もう一度呼び止める。
「ああ、それと‥‥」
 頭に手を当て、考え込む。
「久遠ヶ原学園に連絡して増援を要請しろ。‥‥なーんかいやな予感がするからな‥‥」


●護送、強奪
「つまんなーい」
 口を尖らせ、少女が呟く。

 彼女が座っている場所は、牛のようなディアボロに引っ張られる車の、巨大な檻の上。
 その中には、多数の一般人が詰め込まれていた。泣き出す子供たちも居る。
「あーあ、うっるさいったらありゃしない。こーんな仕事を任せられるなら、帰ってくるんじゃなかったなぁ」
「‥‥ならば来なければ良かろう」
 冷たいツッコミが、隣の車の上に腕を組んで立つ、和服の男性から放たれた。
「じょーだん!あたしだって、三崩様の役に立ちたい。ああなったのは、あたしのせい――」
「――我らが全員が、あの状態の原因だ」
 ぴしゃりと言葉を遮られ、セーラー服の少女は暫く押し黙る。
 それを言いすぎと感じたのか、和服の男性は口を開く。
「我ら全員が、責任を取るべきだ」
「‥‥もうちょっと楽しめれば、と思ったのけど‥‥そうも言ってられないか」
「いや、そうでもないらしい。‥‥ロイのやり方は好かんが、ヤツは読みを外した事はまだ無いからな」
「えっ?」
「‥‥来たようだぞ」
 嘶きを上げ、檻車を引っ張っていた牛型ディアボロがその場に止まる。
 振動に怯えた一般人が、更に泣き出す。

「貴様も感じるだろう?‥‥敵、の気配を」
 腰の二刀に手を掛ける、和服の男。
「うん。‥‥こっちの仕事も、捨てたもんじゃないね。じゃ、見回り行って来るよ」
 ひょいっと檻の上から飛び降りると、一瞬でその姿が掻き消える。魔術的な物ではなく、これは純粋な「速度」。
 その後ろ姿を見送り、和服の男はそこに立ったまま、両目を瞑り周囲の気配を感じる。

「さぁ、来い‥‥!」


リプレイ本文

●Wind〜Flow of 〜

「風ちゃ〜ん、遊びましょ〜!」
 戦場には似つかわしくない、青柳 翼(ja4246)の呼びかけ。まるでナンパでもしているのかと言うようなノリだ。
「あれ、あたしかな?」
 だが、呼びかけられたと言う事で、「風」のヴァニタス‥‥久宮 陽子の動きが一瞬止まる。

「如何に素早くとも、動きを止めてしまえば‥‥!」
 その一瞬。大鎌を振るい、Rehni Nam(ja5283)の作り出した魔方陣から、白き鎖が奔る。
 普段なら、これが高速を誇る陽子に当たるはずはない。しかし、一瞬彼女の動きが止まったその隙を狙ったタイミングの良さが、この足止めを成功させていた。

「ふむ。様子見はここまでか」
 本来、陽子の速度を見て、目を慣れさせる予定だった影野 恭弥(ja0018)。だが、その相手が足止めされているのならば、様子見は意味を成さない。金色の光をその目に宿し、ガチャリと銃弾をチェンバーに装填。狩人は、静かに目標を狙う。

 初手で拘束が成功するとは思っていなかった撃退士たちは、猛攻よりも準備行動を選択した者が多い。そして、ヴァニタス級の敵ともなると、黙って拘束されているだけの者は少ない。

「このあたしを、止めていられると思った?はぁぁぁぁ!」
 気合と共に、陽子の全身から、激しい風が迸る。それにより、鎖が千切れ、彼女は自由を取り戻す。

(「このまま、救出を妨害されると大変困ります」)
 英国紳士らしく、軽やかな笑みで、カーディス=キャットフィールド(ja7927)が前に歩み出る。
「私はカーディス=キャットフィールド。恐れぬならば、こちらへ来て頂きましょう」
 ニンジャヒーロー。名乗りを上げて、周囲全ての敵の注意を集める技。

 ――そう、周囲全ての、敵の注意が集まったのだ。

「困りましたね‥‥!」
 表情は崩さない。だが、ピンチである事は変わりない。
 エプロンドレスを二枚、空蝉に使い、狼1体の飛び掛りと牛の突進をそれぞれ回避する。回避の地力に優れる彼は。回避した狼と牛の背を踏みつけるようにして、二体目の牛の突進を空中に飛ぶ事で回避。空中で飛び掛ってきた狼すら、回るようにして体を捻り、僅かに服を爪がかすめた程度で受け流すが‥‥直後、その真上に、陽子が出現していた。
「兄さんも、中々いい動きをしてるね。けど――」
 叩き付けるような、踵落とし。セーラー服でこれをやればパンツが見えているだろうが気にしてはいけない。
「速さは、あたしの方が上だよ」
 だが、風を纏ったその威力は本物で‥‥更に、乱気流を巻き起こしている事で受身が取りずらい。

「ぐ‥‥」
 受身が取れないカーディスが地に叩き付けられる。そして一斉に、そこへディアボロたちが‥‥押し寄せた。

「っ、こちらに来なさい!」
 カーディスが倒れたのを見て、暮居 凪(ja0503)がすぐさま、丸で「自分の方が速い」と見せ付けるかのようなポーズを取り、陽子の注意を引く。
「ふふっ‥‥面白いね、お姉さん!」
 それに乗せられたか、全力で一直線に。陽子が彼女の方へと向かう!
「B.S.B補佐役。お相手するわ」
「どーでもいいよっ!」
 名乗りを上げた直後、加速された蹴りが襲来する。
「っ、緊急コード展開‥‥実行!」
 叫ぶと共に目の前にヒヒイロカネから呼び出された盾が出現。それを片手で凪ぐ様にして掴み、正面から蹴りを受け止める。
「ぐっ‥‥重っ‥‥」
 目の前の少女の体格は、見た所自身とほぼ変わらないか、少し痩せているくらいだ。それがどうやって、これだけの威力を出しているか――
「隙あり、だ」
 白銀の弾丸が、飛来する。
 狙い済まし、狩人は必中の一撃を放った。
 恭弥が放ったその弾丸は、陽子の注意が凪に向いていたのもあり、見事にそのかかと部を打ち抜く。
 ――だが、これは諸刃の剣。カオスレートの変動により、ヴァニタスさえ打ち抜く事が出来るこの弾丸は。同時に、唯でさえ防御面で不利である彼が、ヴァニタスから受けるダメージが更に高くなる事を意味していた。
「あー痛っい。兄ちゃん、よくもやってくれたね!」
 逆の足で凪の盾を蹴り丸で空中でステップを踏むようにして。陽子が恭弥に迫る。後退して距離を離そうにも、陽子の速度は、「思ったよりは」減ってはいない。
 彼女の本当の速度は、「足で地を蹴る事」によって生み出される物ではなく、空気に後押しされ、文字通り「風に乗る」事で生まれる物。故に、足の負傷による影響は無い訳ではないものの、常人に比べ低かったのである。無論、ヴァニタスである事による身体能力や、再生能力もあったのだろう。

「止まるのですよ!」
「おっと、同じ手は食わないよ!」
 再度レフニーが審判の鎖での足止めを試みるも、警戒されているのか軽やかに回避されてしまう。
「なら‥‥」
 木の後ろに回りこみ、一旦隠蔽しようとする恭弥。だが、陽子の足は、その木を「すり抜ける」ようにして、銃を持った彼の腕を猛然と蹴り付ける。

 ――阻霊符を持っていた撃退士は数多く居れど、誰一人として。それを使用していなかったのだ。

「貴方の相手は‥‥こっちよ!」
 再度「CODE:LP」を発動。注意を引き付ける凪。
「お姉さん、うっとおしいよ!」
 猛然と突っ込む陽子。その横から一発の弾丸が飛来し、彼女のバランスを崩す。
「もっと遊んでいこうよ?」
 相変わらず軽口を叩く翼。乱射しながら、ゆっくりと近づく。

 その時、遠くから、声が伝わってくる。
「何時までそこで遊んでいる、陽子。お前の役目は遊撃だ。さっさと回って来い」
「はいはい、分かってるから怒鳴らなくてもいいよ、ムゲン」
 背を向けるようにした陽子の背中に、

「行かせるか‥‥っ!」
 突撃銃のスコープを覗き込みながら、モードを切り替える。
 トリガーを引く腕は、しかし先程の一撃により負傷していたのか、照準が僅かに揺れ‥‥
 恭弥の突撃銃から吐き出された白銀の弾丸は、陽子の肩を掠めるに留まる。
「負けを認めて逃げるのかな?」
 アウルの力を乗せて、放たれた最後の挑発。
「うーん、そう思われるのも癪だしなぁ」
 一瞬、迷う陽子。
「隙ありっ!」
 サーバルクロウに武器を切り替えた翼が、大きく跳躍。重力を乗せた一撃を叩きつけるべく、拳を振り下ろし‥‥
「そうだ。お姉さんも連れて行けばいいんだ!」
「えっ!?」
 高速での推進により、僅かな差で翼の振り下ろしは空を切り、地面に穴を開ける。動きを読んだ凪は、即座に盾で受け止めるが‥‥衝撃は、先程の蹴り程ではない。
「このまま一緒に、連れて行くよ!」
「っ、これは‥‥!」
 がががっと地を抉りながら、周囲に風を噴射し。陽子が前進する。
 盾を用いて直接的なダメージを防いでいる物の、陽子は盾に両手を当て‥‥凪ごと「押して」次の檻車に向かっていたのだ。
「全力で足を止めるのです!」
 弓を引き絞り、連続で矢を放つレフニー。だが、矢は推進のため噴射される乱気流に阻まれ、陽子に届くまでには一歩、足りない。

「このまま、目的地まで行かせて貰うよ!」


●Mountain〜The Unmoved〜

「全く動く様子は無い。‥‥嘗めているのか?」
 陽子との激戦の同時刻。「山」の無幻が乗る檻車が付近。
 盾を構えるのは、シルヴァ・V・ゼフィーリア(ja7754)。
「さて、行くとする‥‥か。安心しろ。攻撃は通さん」
「うん。ありがと」
 その背に神喰 茜(ja0200)を守りながら、シルヴァは前進する。

「皆を無事に帰還させる為に‥‥この命を捨てる覚悟で参ろうか」
 別の方向からは、柊 朔哉(ja2302)が、
「あの時の借り、返させて貰う。‥‥『山』を蹴り飛ばしてな」
 戸次 隆道(ja0550)を守りながら、前進する。

「ほう‥‥来たか」
 接近する4組の撃退士の気配を確認した無幻は、目を見開く。
 その中には、懐かしい気配も居る。だが、それよりは、先ずは新たなる強者の能力を確かめるのが先だ。
 抜刀術が如く、鞘から直接、振るわれる刀。
 生み出した二本の不可視の風刃は、それぞれ鳳 静矢(ja3856)とファング・クラウド(ja7828)に向かっていく。

「皆を守る‥‥守ってみせる‥‥!」
 後ろには、最愛の人がいる。故に、回避などと言う選択肢は静矢には残されていない。
「むうっ‥‥!」
 剣で見えない刃を、横に流すように受ける。
 不可視である故に完全に受け止める事は出来ず、肩から血が噴出する。
「静矢さん、大丈夫?」
 心配そうに、後ろから。彼の妻である鳳 優希(ja3762)が、その傷を見つめる。
「ああ、思った程深刻ではない」
 血を振り払い、前進を続行する。

「――!!」
 その身が風刃に削られるのを気にもせず、ファングはひたすら、銃弾をその狙撃銃から放ち続ける。
「‥‥鬼気に飲まれたか」
 刃で飛来する弾丸を切り裂き、弾きながら。無幻が呟く。
「システム起動ォォォ!」
 ファングの目には、既に狂気の赤しか残っておらず。己の身を省みぬ猛攻を以って、突進する。
 体が切り刻まれるのを気にせず、接近と共に武器をパイルバンカーへと換装。手の甲から火炎を噴出し、一撃!
「‥‥だが、『技』無き力は恐るるに足らず」
 右手の刃で、バンカーを弾く。火炎は依然として無幻の体を焼いたが‥‥彼の表情が変わる様子はない。
 二発目。今度は先程よりもっと、力を込めて。自身の体に刃が突き刺さるのも厭わず、叩き付けようとする。だが、その前に、雨宮 祈羅(ja7600)が、抱きつくようにして彼を突き飛ばす。
「何をする?離せッッ!!」
 彼の拒絶の言葉を聴かぬまま。祈羅は、彼を抱きかかえたまま、猛然と仲間たちの方へと離脱していく。
「これ以上やれば、ファングちゃんの命はないかもしれない。‥‥うちは、それが嫌なの。何があっても、絶対、皆で戻るんだ!」
「離せェェェ!」
 叫んだ瞬間、意識が途切れる。‥‥彼の体を奔るナノマシンシステムの、効果が切れたのだ。

「あのように鬼道に落ちた者まで居るか。‥‥この戦場も、捨てた物ではないな」
 感心したように、ファングの方を見送る無幻。――だが、次の瞬間。その身はワイヤーに絡め取られていた。

「今度こそ、倒れてもらおう!」
 ファングに気をとられていた隙に。無幻に、他の3組が‥‥何れも近づいていたのだ。
 優希のマジックスクリューが直撃した、その瞬間。隆道が、ワイヤーを引っ張ると共に、跳躍した茜と静矢が、一斉に飛び掛る!
「退いて貰おう!」
「私自身の矜持の為に、斬る!」
 放たれた、ウエポンバッシュと烈風突。マジックスクリューを武器で切り払った物の、朦朧効果を受け回避がままならなかった無幻には、それを回避する術はない。

 ――だが、隆道が引っ張り、両斜めから茜と静矢が「突き飛ばした」が為に。
 三つの力は、丁度Y字形を形成し、その中央に居た無幻は、動かなかったのだ。

「成る程。狙いは分かった」
 すぐさま逆手に持った刀で自身を絡め取るワイヤーを切断する無幻。朦朧状態での2発の攻撃によるダメージは、決して小さい物とは言えない。
「先ずはお前からだ」
 自身の後ろに着地した静矢に向かい、逆手で刀を脇下に通すようにして突きを放つ。
「甘いな‥‥っ!?」
 剣で受けた静矢は、しかし逆側の脇腹に刃が突き刺さっている事に気づく。
 二本で一セットの攻撃。片方は防いだ物の、もう片方は防げなかったのだった。

「っ、静矢さんをやらせはしません!」
 蟷螂が鎌の如く、刃を振り上げた無幻の前に、優希が滑り込む。
 その目の前に、青い鳳凰が現れ、無幻の刃を受け止める。
「あの時の恨みは、忘れていないのですよ」
 きっと、睨みつける。
「そうか。それは重畳」
 刃に力が込められる。
「だが、私の一撃を受け止めたいならば。もう少し鍛えてきた方がいい」
 言葉と共に、青き鳳凰が霧散、刃は優希の体を袈裟斬りに前から引き裂く。

「貴様は‥‥!」
 怒りを刀に込め、引き回すように叩き付ける。重い一撃だ。当たれば今度こそ吹き飛ばされる事は免れまい。
 その刃が無幻に触れたかと思う瞬間。ヴァニタスの体は、丸で刃に張り付くかのように。ぬるりと後ろへと倒れ‥‥刃の横から回り込むようにして元の場所へと復帰する。
 檻車の上‥‥即ち木の骨組みのみで、踏み所が少ないと言う事もあったのだろう。踏み込みが浅く、十分な精度を持たなかったのも、回避された一因だ。

「目的は既に分かっており‥‥まともに受ければ吹き飛ぶ事も分かった。それでも敢えて、私が受けると思うか?」
「っ!」
 尚も攻撃を仕掛けようとする静矢を、しかしシルヴァが止める。
「ここは‥‥俺たちに、任せろ」
「しかし‥‥!」
「早く奥さんを救護班へ送り届けろ」
 上から下まで、静矢の体を見回す。
「あんたも‥‥負傷は軽くない。身を挺して助けてくれた、奥さんの意志を‥‥無駄にするのか?」
 この至近距離で、剣魂を使用すれば。それを黙ってみているヴァニタスではない。
「‥‥分かった。後は‥‥任せる」
 優希を抱きかかえ、静矢は撤退する。
「一旦仕掛けておいて‥‥逃がすと思うか?」
 剣を縦に振るう。生み出された不可視の刃は、静矢の背を狙い、飛来する。

 ガキン。
「皆が無事に帰るためだ。‥‥この身、どうなろうと‥‥!」
 魔術の盾を展開し、朔哉が斧で刃を受け止める。余力がその体に傷をつけるが、気にせず、その場から微動たにしない。
「ならばお前ごと――」
「忘れてもらうと困るよ!」
 烈風を纏った突きが隣から放たれ、無幻は回避を余儀なくされる。
 足場の悪さもあり、茜の攻撃精度は多少落ちていた。ぬるりと体を揺らして反らす様に回避し、体勢を立て直した彼が目に見たのは、回転するように振るわれる茜の刃。
「‥‥っ!」 
 その場で逆方向に回転し、歯車の如く刃を受け流す。キンキンと剣撃の音がなり、弾かれた茜はバックステップを取る。

「こちらも疎かにしてもらっては困る」
 蹴撃。
 横に薙がれた赤き目の阿修羅の足が、無幻の腹部に食い込む。
 フェイントの左ハイキックからすぐさま右のミドルキックを流れるような動きで連続で繰り出すが、これは両足それぞれを刃で受け止められた事で、止められてしまう。
「格闘技がお前の専売特許だと思うな、赤き修羅よ」
 両足を受け止めたまま、猛然と前に頭を出す。
 その場での回避選択肢を封じられた隆道は後退するしかなかったが、刃が、横に薙がれ空を切る。
「不可視の刃か!」
 回避しようとした足が、しかしずぼりと枠組みの間を踏み外し、嵌ってしまう。
「ぐ‥‥」
 本来、回避を中心にする故に出来るだけ当たらない彼が、覚悟を決めて、強行に受ける準備を整える。
 だが、刃が彼に届く前に、シルヴァがそこに滑り込み、強引に一撃を受け止める!
「はぁ‥‥はぁ‥‥守りきる‥‥開け、ディバイン・プライド‥‥!」
 騎士の誇りに賭け、仲間を守るための聖なる翼を展開する。
 衝撃にて散った刃は、小さく分裂し、彼の四肢を引き裂くが‥‥その目に宿る意思を砕く事は出来ず。
「何度でも守ってくれよう‥‥だから、この者を、打ち砕け!」
「言われるまでもないさ」
 赤き修羅は、再度、空中から飛び掛る。


●Rescue〜Rush〜

「全部で十二台、と言う所でしょうカ」
 檻車を数え、フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(ja7905)が呟く。
「先ず、邪魔な物を片さないと厄介そうだな?んじゃ、始めるかな」
 弓を構え、神楽坂 紫苑(ja0526)が、敵陣に狙いを定める。

 「山」のムゲン。引き離す事には失敗していたが‥‥その程度の事で、この作戦を諦める訳にはいかない。幸いにも、牽制は十分に機能しており‥‥無幻と、それを乗せた檻車が、その場から動く様子はない。故に、撃退士たちは、先に他の車から襲撃する事に決めた。

「数を減らす‥‥」
 ガォン、と銃声が響く。
 谷屋 逸治(ja0330)の、長距離からの狙撃だ。弾丸は機械狼に当たり、それをよろめかせる。
 直後、紫苑の矢が、別の一体に突き刺さる。

 撃退士たちの攻撃は機械狼を狙う事に終始していたが‥‥この場には、その機械狼が多数居た事が仇となり。目標が分散し、その完全なる排除には手間取っていた。そして、排除を試みている間に‥‥グールが、ゆっくりとした速度で、彼らの直ぐ近くまで迫っていた。

「迎撃、しておかないとね」
 狼二体に攻撃を仕掛けた紫苑が、素早く弓を引き。散弾のような矢をを放つ。
 矢はまるで削るようにして雨の雫が意思を削るが如く、グールの体を抉り、その場に倒す。
 そして、その屍は爆発し、緑の霧を周囲一帯に撒き散らす!
「今助けます‥‥!」
 若菜 白兎(ja2109)のクリアランスが即座に彼を癒し、毒を排除する。
「ありがとう」

「ラチが開かんな‥‥!」
 低姿勢からの突進と共に大きく斜めの軌道を描いてバルチザンを振り、自身が狙っていた狼を終に両断した天風 静流(ja0373)が呟く。本来は牽制に徹するつもりだったが、中々に護衛の排除ができない現状ならば仕方ない。
 武器を収納、大きく跳躍。
 そして、空中から斜め下への加速。痛烈な蹴りを放つ!
 「雷打蹴」と呼ばれるこの技は‥‥狼の一体を、大きく吹き飛ばす。だが、その技の特徴たる点は、ここではない。‥‥周囲全ての敵の注意が、この瞬間、彼女に向いたのである。

「ちょっと、多すぎ、ですかね‥‥」
 眠そうな表情を浮かべながらも、猫谷 海生(ja9149)は氷の矢で静流に向かう敵を迎撃する。
「‥‥ああ、流石に迎撃が間に合わん」
 次々と狙撃していく逸治も、僅かながら焦りの表情を浮かべる。
 元より、一発で撃破出来るほどこのディアボロたちは柔らかくは無い。団体戦に於いて敵全員から集中攻撃を受けるという事は、長く持たないという事を意味するのだ。

「っ‥‥!それでも‥‥!」
 狼の飛び掛りをバルチザンで受け止める静流。目の前でガチガチと、狼の牙がぶつかり合う音がする。
「救うために、私は全力を尽くす!」
 腕に、全ての力を注ぎこみ。ぶん、っと武器を横に振るい狼を投げ飛ばす。
 そして、それは空中で、不可視の弾丸によって打ち抜かれる。
「皆様、今のうちに積み込んでください」
 前進を続けるトラックから片腕のみ出し、弾丸を打ち出した八重咲堂 夕刻(jb1033)が叫ぶ。
「分かりました!」
 そう言うと、白兎の「審判の鎖」が、カシモラル=ファウスト(jb0689)の召喚した龍に足止めされていた一体の牛を縛り上げる。
 無論、その車両の護衛は反転。白兎に攻撃しようとするが、龍の吐くブレスが、それを牽制する。
「おうおう、働いてるねぇ」
 後方の車両から、カシモラルが自身の召喚獣の様子を見る。

「っ、ちょこまかト‥‥」
 檻を破壊し、一般人を救おうとしている撃退士たち。だが然し、キャリアーオックスまでもが静流に引き付けられ、突進している現状。安全に一般人を救うのは、困難な状況であった。
 キャリアーオックスを無視し、護衛のディアボロを優先したのが仇となった形であった。

「しまっ‥‥」
 狼をなぎ払った直後。両サイドから同時に檻車を引っ張るキャリアーオックスが突進してくる。
 静流を挟むようにした、激突。既に体力が消耗していた静流は、その場に倒れたのだった。

 だが、この激突によって、キャリアーオックス二体の動きが止まったのは変わりない。
「今のうちです。急いで積み込んでください」
 影縛の術が、目の前のグールを押しとどめ、直後に槍の一閃が横の狼を貫く。高虎 寧(ja0416)の護衛の下、檻車二両分の人質が、トラックに積み込まれる。
「八重咲堂さん、行って下さい!」
 白兎の合図を聞き、
「皆様、しっかり掴まっててくださいな」
 ゆっくりと、夕刻のトラックは発進する。

「‥‥限界か。まぁ、仕事だし、頑張りましょうか」
 自身の体力の減少具合から、召喚獣が限界である事を悟り、カシモラルが召喚獣を呼び戻し、夕刻のトラックと入れ替わりに戦場の付近にて待機する。
 だが、この隙に、挑発の効果が解除されたオックス二体が、山中へと猛進する!
「こちらでス!」
 銃撃でその牛の気を引こうとするフィーネ。しかし、一旦走り出した牛は攻撃を受けても停止する事は無く、そのまま山中へと――


●Mountain Slasher

「‥‥ほう、連れ去るつもりか」
 遠目にて、去り行くトラックを見た無幻は、その剣を振り上げる。
 作り出される不可視の刃、しかしそれは、トラックに届く事無く‥‥シルヴァと朔哉によって阻まれる!
「まだ戦えるか?」
「当たり前‥‥だ‥‥」
 味方の猛攻を支え続けた、二枚の盾。今の今まで無幻を牽制し続けることができたのは、彼らの功績による部分も大きい。だが‥‥それは彼らにも多大な消耗を強いる事になり、今の一撃は‥‥彼らの、最後の気力すらも奪い取っていた。
 その場に倒れたシルヴァと朔哉を見て、隆道は茜と顔を見合わせる。
「何の因果か、最後に残ったのは、前回もヤツと渡り合った俺たち二人だけになったな」
「ええ、そのよう‥‥ね!」
 声が早いか、動きが早いか。次の瞬間、金の髪を靡かせ、無幻の背後に回りこむ茜。腰を狩るような剣閃は、しかし刀の片方に受け止められる。
 無幻の逆の刃が、茜の首を狙い振り下ろされるが、それはしかし、隆道のカーマインによって絡み取られる。その一瞬。刃を引き身を翻し、刀を踏みつけるようにしてジャンプ。
 至近距離の一閃は、隆道が腕を全力で引いた事により体勢を崩した無幻の、後ろ髪をばっさり切り落とす。
「‥‥さすがだ。だが」
 無幻を動かす事が出来なかった撃退士たち。既にその力は、余りにも高まりすぎていた。
 隆道をも上回る腕力で、逆に彼を引き寄せ、茜の刃の下へと突き出す!
「くっ‥‥」
 急激に刃を引く茜。刃は、隆道の肩に浅く突き刺さるに留まる。
 だが、次の瞬間。二本の刀が、彼女の脇腹に左右から突き刺さっていた。

●Wind in Chaos

「がはっ‥‥」
 推進力を付けた陽子の突進に押され、檻車の一つに叩き付けられる凪。
 既に檻車は四台分が山中へ逃走し、四台分が撃退士たちによって運搬されている。残りは、無幻が乗っている物を含む四台。
「あっちゃー‥‥結構取られたみたいだね。ほら、残りの牛さん行って行って!」
 さっさっと手を振ると、無幻の乗っていた物を除く三両が、山中へと向かう。

「‥‥止める!」
 牛の足を狙った、逸治の狙撃。しかし、その弾丸は、陽子の横を通過する瞬間。空中で静止する。

「奇襲ならともかく、見えた所からの射撃だったら‥‥効かないよ?」
 ぱちりと指を鳴らすと、弾丸が地に落ち、消える。
「さて‥‥」
 鞘に、刀を納め、逆手抜刀の構えを取る無幻。
「我らの目的は既に大体達した。報告に戻らねばならぬ故、この場は引くのならば追撃はしない」
「それが通るとでも――」
「自らの状態を見て見たまえ。戦える状態だと思うか? ‥‥それでも命を捨てるというのならば、全力でお相手しよう」
 長らく移動していない状態にあった、無幻から放たれるプレッシャーは、既に尋常ならぬ状態であった。
 負傷者、戦闘不能者も多く、更に一部の撃退士が護衛のためトラックに同伴し離れた状態の撃退士たちでは、勝ち目が薄いのは明白であった。
 ――故に、選択されたのは、「撤退」。

「楽しかったよ!また機会があれば、遊びに来るよん」
 一陣の風を纏い、陽子は無幻と共に檻車に乗り。ヴァニタスたちも、撤退した。

 結果として、攫われた一般人は、計80人。
 死者は出されず‥‥この被害は、事前予測された「50〜100人」という、駐在撃退士の予測に合致する形となったのだ。
 決して、低くない被害。それでも、最悪の事態には至らなかったのである。


●幕間〜Phone〜

「何をしている?」
「いやー、なははは」
 無幻の目から隠れ。陽子は、先程の戦いの最中、翼から投げられた紙を読む。
(「これは‥‥携帯番号、かな?どう言うことなんだろ、あたし携帯持ってないし‥‥ロイに頼めば何とかしてくれるかもしれないけど」)
 携帯を使うには、何かしらそのサービスを提供する機関と契約する必要がある。誰かのを奪って使用するのならともかく、一般社会的な生活に適さない類のヴァニタスが持っているはずは無かった。
(「ま、でも持ってればいつか役に立つよね」)
 そっと、その紙を。陽子はポケットにしまった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: 撃退士・天風 静流(ja0373)
   <全敵の注意が向いてしまい、集中攻撃>という理由により『重体』となる
 茨の野を歩む者・柊 朔哉(ja2302)
   <山の攻撃を一手に受け止め>という理由により『重体』となる
 蒼の絶対防壁・鳳 蒼姫(ja3762)
   <山の攻撃から仲間を庇い>という理由により『重体』となる
 死者の尊厳を守りし者・シルヴァ・V・ゼフィーリア(ja7754)
   <山の攻撃を一手に受け止め>という理由により『重体』となる
 二月といえば海・カーディス=キャットフィールド(ja7927)
   <全敵の注意が向いてしまい、集中攻撃>という理由により『重体』となる
面白かった!:31人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
寡黙なる狙撃手・
谷屋 逸治(ja0330)

大学部4年8組 男 インフィルトレイター
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
先駆けるモノ・
高虎 寧(ja0416)

大学部4年72組 女 鬼道忍軍
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
命繋ぐ者・
神楽坂 紫苑(ja0526)

大学部9年41組 男 アストラルヴァンガード
疾風迅雷・
御暁 零斗(ja0548)

大学部5年279組 男 鬼道忍軍
修羅・
戸次 隆道(ja0550)

大学部9年274組 男 阿修羅
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
茨の野を歩む者・
柊 朔哉(ja2302)

大学部5年228組 女 アストラルヴァンガード
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
『力』を持つ者・
青柳 翼(ja4246)

大学部5年3組 男 鬼道忍軍
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Shield of prayer・
サー・アーノルド(ja7315)

大学部7年261組 男 ディバインナイト
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
死者の尊厳を守りし者・
シルヴァ・V・ゼフィーリア(ja7754)

大学部7年305組 男 ディバインナイト
特務大佐・
ファング・CEフィールド(ja7828)

大学部4年2組 男 阿修羅
銀光鉄槌・
フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(ja7905)

大学部7年165組 女 ディバインナイト
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
猫谷 海生(ja9149)

大学部4年68組 女 ダアト
撃退士・
カシモラル=ファウスト(jb0689)

大学部6年235組 女 バハムートテイマー
黄昏に華を抱く・
八重咲堂 夕刻(jb1033)

大学部8年228組 男 ナイトウォーカー