●Make a Turn
「あ、あの、すみません。あなたがこのチームの‥‥リーダーですか?」
「ああ、そうだが、お嬢ちゃんは‥‥久遠ヶ原学園からの、増援か?」
「は、はい。‥‥前方のあの方は私たちが引き受けますので、皆様はこちらへ‥‥」
ヴァニタス、「火」のバートを前に‥‥立ち往生している駐在撃退士チーム。
それに微風(
ja8893)が駐在撃退士のリーダーらしき者に話しかけ、迂回させるように勧告したのだ。
「アスハさん、こっちでいいんだよね?」
「ああ‥‥横道には‥‥入らないように、な。‥‥狭いから‥‥ゴホッ、ゴホッ」
同様に氷月 はくあ(
ja0811)の持つ携帯の先。繋がっているのは、病院で多数の地図を周囲に広げたアスハ・ロットハール(
ja8432)。偶にナースが来て、点滴を変えたりしている。
と言うのも、彼は前の依頼により重傷になっていたために、この様に情報伝達の役を申し出たのである。
「幻影の‥‥位置‥‥は?」
「えーっと‥‥目の前にあるんだけど‥‥この座標、どうやって言えばいいんだろ?」
「なら‥‥無理しなくていい。護衛‥‥に、専念してくれ」
書きかけたペンを、再度持ち上げる。
本来ならば、見かけた「湖」のロイの幻影の場所を、地図に記録し、情報とするはずであった。誤算だったのは、「位置情報は口頭では伝えにくい」事。故に、このマーキングは不可能であった。
だが、その様なズレは些細な事。気を取り直し、彼は再度情報の伝達と分析に入る。
(「たつさきの‥‥位置は‥‥、未だ不明‥‥。どこだ、何処にいる‥‥?」)
●幕間〜Trick to Flame〜
時は少し遡り、バートたちが駐在撃退士たちの前に姿を現す以前。
「バート。貴方の『力』を、これに使ってくれませんか?」
ロイがバートに差し出した手には、多数のネズミがちょこんと乗っていた。まるでそこが彼らの巣と言うかの如く、ぴくりとも動かない。
「あ?てめぇの催眠術は小動物にも効くのは知ってたけどよ‥‥こんなもん、何に使うんだ?」
「仕込んでおくのですよ。‥‥あなたも傭兵でしたら、進軍に対する防衛側の使う常套手段は‥‥分かってますね?」
「そーゆー事か。ま、気は進まねぇが、やってやらぁ」
バートは、そのネズミたちに、手を当てる。
●Blazing Sudden-Death
一方。バート側。
彼を担当する撃退士たちが到着した際、それは動かず‥‥ただ、自信ありげな笑みを浮かべ、そこに立ちすくむのみであった。
「おい、俺達の相手してくれよ」
弓を引き絞り、挨拶代わりとばかりに矢を放つマキナ(
ja7016)。
その他の撃退士たちも思い思いの遠距離攻撃を放つ中、突進するは――
「さぁ‥‥存分に喰らい尽くすとしよう」
中津 謳華(
ja4212)が、その肘に黒炎を纏い、一撃が狙うは腹部。
「バート・グレンディ‥‥今度こそ、お前を撃ち退ける!」
ワイヤーを振り回し、薙ぎ払うは「交響撃団ファンタジア」団長、君田 夢野(
ja0561)。その手に、悔恨と怒りを込め、薙ぎ払う!
だが、数々の攻撃は何れも、バートの体を空気のように素通りする。
「幻影か!?」
戻ってきたチャクラムを回収しながら、鳳 覚羅(
ja0562)は周囲を見回す。
他に敵の姿は見当たらない。索敵スキルがあれば別だったのだが‥‥
だが、その瞬間、突如バートの幻影の足元で爆発が起きる。
爆煙を切り裂き、上方から、本物のバートが‥‥一直線に降下してくる!
「悪く思うなよ!先制攻撃や待ち伏せってのも、戦いの一環だからな!」
円を描き、振り下ろされた斧が狙うのは、深入りした謳華と夢野。
「生きて帰らないと、怒られちゃいますからね‥‥させませんよ!」
笑顔を崩さず、しかしその目には、強い「守る」と言う意思を込め。漆黒の銃弾が石田 神楽(
ja4485)の銃から放たれ、
「未来は‥‥誰にも渡さない!無論、特にお前には!」
震える指を意思の力で抑え込み、青き迎撃弾がフェリーナ・シーグラム(
ja6845)の銃口から放たれる。
二つの弾丸は、それぞれバートの斧に直撃し‥‥青の弾丸は、一閃の軌道を逸らし、体を伏せた夢野の頭上をかすめ、僅かな髪を散らしたのみで済ませたが、黒の弾丸は謳華が元より回避を得意としなかったのもあって、完全に軌道は逸らせず。斧は謳華への直撃となってしまう。
「ぐ‥‥っ!」
後方へ滑り、唇の血を拭う。
見上げたその先では、覚羅のチャクラムがバートの目の前を横切るその一瞬を突き、マキナの戦斧がバートの肩に叩き付けられていた所だった。
「あんたに受けた前回の屈辱‥‥倍返しさせてもらうぜ‥‥!」
「ちぃ‥‥っ!」
即座に体表で爆発を起こし、僅かながらダメージを相殺すると共にマキナを吹き飛ばす。
だが、その体に、後方から小銃を構えた夢野、フェリーナの掃射が突き刺さり‥‥更に風の渦が彼を巻き込む!
「あんたの奪った命の重さ‥‥受けてもらうで」
静かな炎を瞳に秘め、亀山 淳紅(
ja2261)は呟いた。
「面白ぇ。今回は前回よりも楽しめそうだぜ」
その闘志を表すが如く。バートの体に纏った炎が、一層強くなる。
「破れるもんなら‥‥破ってみせやがれぇぇぇ!」
絶叫と共に、炎の輪が広がる。
その輪を境界とするが如く。火の海が、周囲に広がった。
●Stream Dividing Flame
バートと学園の撃退士の一隊が戦っているのと、同時刻。
「止まって」
落ち着いた声を、東雲 桃華(
ja0319)が発する。
増援チームを誘導していた一隊の目の前には、多数のロイが立ちはだかっていた。
「さて、機械の目を通せば、どうなるかな」
携帯を構え、ぱちりと、下妻笹緒(
ja0544)が目の前のロイたちを撮影する。
だが、画面に表示されたのは‥‥全てのロイ。
「とすると、光学的な物か」
ふむ、と頷き、メモに書き込む。
「索敵、全ての幻影の下から微量な生物反応が出ています。恐らくは小動物だと思いますね」
「こちらも同じ結果ですよー?」
はくあと、櫟 諏訪(
ja1215)のサーチの結果。全て幻影だと言う可能性が高いと出ていた。
「他に生命サインは発見できない。‥‥ちょっと人が多くて自信はないけど」
平山 尚幸(
ja8488)も同様に索敵を使用し、「たつさきさん」を探そうとしていたが、撃退士たちの大群が付近に居るがために、その方向への索敵精度は低下しているのだ。
「どこかの建物にでも隠れているのでしょうかねー?」
「念のため、俺も確認しよう」
「中立者」を目の前に居る「ロイ」に使うが、まるで空気であるかのように、何も判別できない。
月詠 神削(
ja5265)は、ため息をつく。
(「でも‥‥あいつが、無駄な事をする訳はない。こんな能力を使ってまで、ただの脅しであるはずは‥‥」)
二度もロイと相対した経験が、神削の中で警報を鳴らす。だが、違和感の正体は分からず。
そしてそれは、月臣 朔羅(
ja0820)も同様。
手製のボーラを投げつけ、それが透過した事で確かに目の前にある物が幻影であるのは確認した。だが、それでも、何か違和感を感じたのだ。
(「「あいつの技が、ただの幻影であるはずはない――」」)
そうこう考え込んでいる内に、目の前の「ロイ」たちがただの幻影であると、学園生たちから聞いた増援チームは、前進を始める。
「けっ、ただのこけおどしか」
半分くらい進み。一人の撃退士が横の幻影を顔を向け、睨んだ瞬間。
四方の幻影の足元で一斉に爆発が起きる!
「ぐっ‥‥大丈夫か!?」
「ああ、死んではいねぇ。けど足をやられた‥‥!」
爆煙の中、学園生たちはお互い声を掛け合い、そして増援チームの無事をも確認する。
足をやられて歩行速度が遅れた者は多いものの、命に関わる者はいない様だ。
「‥‥対人地雷見たいに使ってくるとは」
呟きながらも、門倉 静馬(
jb0804) は、四方の仲間たちに、先程配布したトランプカードの提示を願う。混乱に乗じて、ロイ本体が紛れ込んでいないかを確認するためだ。
「あら、面白い事をやっているのね」
「っ!!」
振り向くと共に炸裂符を叩き付ける。それは目の前のフードの女‥‥「たつさきさん」の顔面へと炸裂するが、直ぐに傷は癒えていく。
「あら、いきなりとは、酷いですわね」
「トラップを仕掛けるような人には言われたくないですね」
元より、この一撃で撃破できるとは思っていない。それでも符の爆音は、仲間を呼び寄せるのには十分であった。
●幕間〜不見の制約〜
「そこの方。止まって‥‥ください」
煙の中、自分の方に接近する人影を見、微風は警告の言葉を紡ぐと共に、武器を構える。
「止まらないと――っ!?」
言葉が出ない。まるで口を「手」で塞がれたかのように。
腕も足も動かない。まるで誰かに掴まれているかのように。
彼女の腕力は決して強いとは言えず、故に振りほどけず。
周囲には、味方は居らず‥‥手薄な場所を選び、防衛したのだから、当然だったのだろう。
そして、目の前の人影からは、男性の声が。
「止まらないと、どうなりますか?」
●Faker's Trick
後方に「たつさきさん」が出現したのとほぼ同時。前方でも、騒ぎが起こっていた。
「ぐうっ!?」
増援チームの一人が、まるで何かに殴られたが如く、横に吹き飛ぶ。
見れば、先程の爆煙に紛れ、そこには銀髪の男の姿が出現していた。
腕を組み、薄ら笑いを浮かべ、まるで「いつでも迎撃できる」とでも言わんばかりに、動かない。
「ロイ‥‥お前の好きには、させない!」
直ぐにでも飛び掛ろうとした神削は、然し理性で強引に己を落ち着かせ、「中立者」のスキルを発動させる。
駆けつけたロイ対策班の朔羅も、同様にボーラを投擲。
ボーラは、そのロイの足首に巻きつき‥‥それが実体を持つ物だと確認させる。
確信を得た朔羅が霧の刃を振り上げると共に。それを見たマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が、合わせるようにして己の力を開放。全力でその拳を振り上げる!
「待てっ!!」
神削が叫ぶ。「中立者」が読んだカオスレートは、0。
即ち、その「ロイ」は、本物ではない。
「生を司りし南斗星君、その生死簿を書き換えたまえ!」
声を聴いた、様子見中であった九十九(
ja1149)は、即座に矢を放ち、それを一陣の紫風と化し、朔羅の霧刃を巻き上げ、逸らす。
しかし、マキナの拳は止められる者が居らず‥‥幻影を打ち抜き、その中に居た、微風に叩き付けられたのだった。
「しまった‥‥っ!?」
「‥‥近く、に」
倒れる寸前。最後の力を振り絞り、微風は付近を指差す。その意味に気づいた朔羅が、粉袋をそちらの方に投擲。空中に、腕が浮かび上がり‥‥その根元は、一人の撃退士風の男に繋がっていた。
「逃がさないさね!」
九十九が即座にマーキングを放ち、ロイの位置を把握。と同時に、朔羅の放つ霧の刃が、その幻影を切り裂き‥‥ロイの姿を露にする!
「お久しぶりね、ロイ。‥‥まともに見えない状態で、どこまで幻影を展開できるかしら?」
朔羅の影に隠れるようにして、猛然と神削が接近。痛烈な一打を放ち、ロイを吹き飛ばす!
「今のうちに通過を‥‥!」
更にマキナ・ベルヴェルクと共に、ロイを押さえ込むべく接近する。
拳を引き、腹部へのボディブローを放つマキナ。視界を遮られたロイにこれを受けることは出来ず、地に叩きつけられる。
だが、その顔には、相変わらずあざ笑うような笑顔が。血を口角から流しながらも、その笑みは、一抹の不安を、彼と戦った事のある撃退士3人に、刻み込んでいた。
「‥‥先程、『まともに見えない状態で、どこまで幻影を展開できるか』と聞かれましたが――」
血を拭い、立ち上がる。
「少し時間は掛かってしまいましたが、これが私の答えです。‥‥『ワンマンアーミー』」
声が放たれると共に、辺り一帯は――ロイの姿で埋め尽くされた。
●Stablizer
後方。たつさきさんは、何時もない苛立ちを覚えていた。
「うっとおしいですわね‥‥!」
放たれた獣の牙は、鬼無里 鴉鳥(
ja7179)の斬撃によって打ち払われる。
すぐさま横の建物の中から、機嶋 結(
ja0725)の風の刃が放たれ、背後からこのヴァニタスを切り裂く。そちらに視線を向ければ、攻撃は東雲 桃華(
ja0319)が受け止め、地を転がって受身を取り、ダメージを軽減させる。その攻撃の一瞬の隙を突き、はくあが、膝立ちになるようにし、銃を構える。
「‥‥喰らい尽くせっ、オーバーキラー!」
放たれた過剰とも言えるアウルは、空中で3つの弾丸に分裂し‥‥それぞれが螺旋を描き、たつさきへと襲い掛かる!
「くっ!?」
流石に直撃は不味いと思ったのか、珍しくたつさきは回避行動を取る。
3発中の2発は回避する物の、残り一発を肩に受け、体勢を崩す。
そして、この隙を見逃すほど、桃華は甘くは無い。斧槍を大きくなぎ払うようにして、たつさきの動きを止める事を狙う!
ガチン。
鈍い金属音と共に、その斧槍は、噛み付かれるようにして獣の口に受け止められる。
同時に別の口が噛み付こうと襲来するが、諏訪の弾丸と、自己回復を終えた鴉鳥の真空刃がそれを阻む。
(「いい加減、このままではジリ貧だわ。腹も減ってきたし‥‥どうするかな」)
一瞬考え込んだのが、決定的な隙。
「都市伝説‥‥本当に、話の中だけの存在になってしまってはどうです?」
鴉鳥の後ろに姿を隠していた機嶋 結(
ja0725)の風の刃が獣の口を弾き上げ、
「また会えたね。ふふ、今度こそ解体してあげる! ‥‥な〜んてね」
空中から急降下。雨野 挫斬(
ja0919)によって振り下ろされた刀は、反撃を警戒してか微妙に勢いが無いものの、肩口からたつさきを切り裂く。
そして、十分に削ったと判断したのか‥‥はくあが、銃を横に持ち、一気に走りこみ距離を詰める!
「‥‥ま、とりあえずは体力補給が優先よね」
よろめいたのは、油断を誘うための一瞬の装い。自己再生を持つこのヴァニタスには、「削り」はほぼ無意味と言っていい。
「お嬢ちゃん、覚えておきなさい。弱みを見せるのも女の武器よ」
近距離で銃を構え、大技を放とうとした、その一瞬。大量に湧き出した獣の口により、はくあは飲み込まれた。
「きゃはは!食べたら腹を壊すわよ! 吐き出しなさい」
即座に挫斬による掌底が叩き込まれ、完全にはくあが飲み込まれる前に、たつさきを吹き飛ばす。だが、それでも多数の口による攻撃のダメージは、決して軽い物ではない。
「一緒に、踊りましょう」
飄々と後方から接近した尚幸が、近距離から黒い魔弾を打ち込む。
炸裂する魔弾は、たつさきさんの腹部に穴を開けるが‥‥
「あら、今度は坊やが食われてくれるのかしら?」
一撃で斃せる自信がないのならば、防御策も無く強敵に近づくのは相当のリスクを担う事となる。
そして、たつさきさんは‥‥その再生能力から、「一撃では斃せない強敵」の類に入っていたのである。
獣の口が尚幸の脇腹に噛み付いたその瞬間。周囲は、押し寄せるロイの幻影に埋め尽くされた。
●幕間〜Change it〜
(「どうしたのロイ、取り込み中よ?」)
(「どうやら私たちの戦法はある程度読まれているようです。‥‥バートの力が必要でしょう。交代、ですね」)
(「はいはい、分かったわ。でもその前にある程度補給しておきたいわね」)
(「屋上に一人居ます。障害物なども利用し、追いにくいように時間は稼ぎますので、そちらを」)
(「ついでに『目』を一つ潰すわけね。了解了解。でもその前に――」)
幻影の群れは、同時にたつさきの視界をも潰していたが‥‥「匂い」を頼りに、たつさきは自ら望む目標の後ろに出現する。
「先ずは、おやつ‥‥とね」
腹から開いた獣の大口は、がぶりと目の前の少女‥‥マキナ・ベルヴェルクに噛み付いていた。
「このっ‥‥!」
即座に裏拳で背後に居る筈の敵を狙うが、それは寸前で止められた。
――全力を開放した、己の拳がこうも簡単に食い止められるとは。
そこまで考えて、マキナは異常に気づく。――開放したはずの力が、抑え込まれているのだ。
「成る程、これが力の解放、と言う感覚なのね」
後ろに立つフードのヴァニタス。その身には、黒き炎が纏われていた。
本来の担い手ではない故に、その効果は半減していたが‥‥それでも、ヴァニタスに加えられた力は、それを更に脅威としていたのだった。
「さて、いただきまーす」
●Behind the Scene
同時刻。
この戦を、舞台裏から支えている者たちがいた。
「こちら甲賀です。状況は混沌としていますが、増援チームへの直接的な危害はないようです」
「こちら雀原よ。各チーム共にうまく牽制しているみたい」
雀原 麦子(
ja1553)、甲賀 ロコン(
ja7930)の二人は、それぞれ屋上と戦場から、場を観察し‥‥それを情報を統括しているアスハへと伝えていた。
「ちょっとジリ貧気味ね。何人か倒れてるし‥‥でも、もう直ぐで突破できそ‥‥」
「雀原さん‥‥離脱の、準備を」
「え、どうしたの?」
急に携帯から伝わる緊迫した声に、思わず麦子が聞き返す
「マーキングを‥‥使っていた、櫟さんから‥‥連絡が、あった。たつさきが‥‥そちらに‥‥向かっている」
「あっら、それは大変。急いで退かないとね」
ぴっと携帯を切り、振り向く。
「あら、お邪魔しましたかしら?」
そこには、既にたつさきさんが立っていた。
「出来れば、このまま通してくれるとありがたいんだけどね」
涼しい顔で言いながらも、頭を高速で回転させ、取れる手段を模索する。
遁甲の術が使えるロコンならば、そもそもロイに気づかれる事も無かったかもしれない。
複数の人間で上がってきていれば、あるいはこのまま牽制する事も可能だったかもしれない。
だが、そんな仮定は意味はない。今すべきは、目の前の事態を切り抜けること。
階段はたつさきさんの直ぐ後ろ。そこまで一気に駆け抜ければ――
「あいにく、今はかなりお腹が減ってますの。これ以上待てませんわ」
黒い炎を纏ったヴァニタスの、腹部から、黒い影が飛び出した。
●Shadow and Bombs
大量の幻影にて「視界を完全に遮断する」と言うロイの策が、唯一見逃したのが、寸前で彼に九十九が打ち込んだ「マーキング」。
諏訪がたつさきさんに打ち込んだ物は、幻影で障害物の視認を妨げられたため彼女に追いつけなくなった物の、その位置を特定し。そして、追いつくのを諦めたたつさき対策チームが、共にロイに当たると言う状況を作り出していた。
「近くにロイが居るさね」
九十九の言葉に、一斉に武器を振り回す学園生たち。その中で、桃華は、武器が何かを掠めた感触を確認する。
「そこっ!!」
仲間ならば恐らく何かしら言葉を発する。なのに、相手はそれを行わなかった。それはすなわち、「敵」と言う事。そこまで考えた桃華は、大きく斧槍を振り上げ、叩き付ける。
と同時に、声を聞き付けた挫斬の掌底が地を割り、声を頼りに放たれた結の風刃が何かを捕らえる。
そこから噴出す血が、一瞬、ロイの位置を皆に示す事になる。
「‥‥もう少しですよー!」
銃撃を血が噴出した場所に放ちながら、足音から、増援チームが遠ざかるのを諏訪は確認する。ロイは自分たちの近くだ。このまま距離が離れれば――
「ぐあぁ!」
その希望は、爆発音によって打ち砕かれた。
思えば、それも当然。先程、「爆発を起こしていなかった」幻影も、大量の幻影によって覆い隠されていたのだ。故に、この一帯は、地雷原と化したと言っても、過言ではない。
撃退士たちの「時間稼ぎを重視する」と言う作戦は、決して悪いわけではない。
実際、熟練した連携によってヴァニタス3人を牽制し、増援チームの被害を最低限に抑える事には成功したのだ。
――ただ、誤算があるとすれば。「時間稼ぎ」は、ロイたちの目的の一つでもあったと言う事か。
何も撃破せずとも‥‥付近での交戦や、幻影による疑心暗鬼で増援チームを「足止め」すれば、その分中央への到着は遅れ、そちらの戦況は悪化するのだ。
この大量の幻影も、極めれば、それが目的だったと言えよう。
「やはりさっさと、ヤツを斃すべきか‥‥!」
ぎりっと奥歯を噛み締め、神削が、その武器を振り上げる。
●Sacrificial Blowout
「ったく、ロイめ‥‥俺の力をこんな事に使いやがって。後で絶対ぶん殴るぜ」
ぱちりと指を鳴らし、事前に仕掛けておいた「炎の種」を爆発させたバートが忌々しく愚痴をもらす。
「余所見をしている暇があるのか?」
その隙を突き。背後から襲い掛かった謳華の、黒い炎を纏った肘‥‥「爪」による、強烈な一打。後頭部へ命中したその一撃は、バートの意識を刈り取る!
即座に援護射撃が、炎の海の外から放たれる。
「さっさと‥‥」
「‥‥くたばれっ!」
フルオートでの掃射が、フェリーナの銃口から放たれると共に、夢野が大剣を地面に突き刺し、それに手を当てる。
直後、剣から強烈な振動が発され、それは音の砲弾となり、地を割る!
火の海の陽炎により、それらはバートを掠めるに過ぎなかったが‥‥砲弾の衝撃によって、地の火がかき消される!
「嗚呼、愉しい‥‥愉しいな!」
叫びながら、空けた道を、爆発的な加速を以って謳華が突き進む。狙うは一撃。必殺の一撃。
だが、バートの目の前に至った瞬間。彼は、周りに散る、粉のような物を目撃する。
そして、次の瞬間。周囲で、爆発が巻き起こる!
「‥‥やっぱ、同じ手を使ってきたか」
バートは、その手を伸ばす。
「準備しといてよかったぜ。意識を失った瞬間、俺の肌の表面に張り付いていた小型の火種が落ちて、自動的に爆発するって寸法だ」
思い起こすのは、黒い爪を持った狂戦士。以前の戦にて、彼に意識を刈り取られ、危うくそのまま斃されそうだったために。バートは、準備をしたのだった。
ただ、彼自身にも反動はあるようだ。その服は破れ、体の表面は痣がついている。
「っ・・・?」
意識を失った謳華をその手に掴む寸前。彼の手は銃弾によって弾き上げられていた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥っ、させ‥‥ない!!」
炎の海に作られた道は、既に自然な延焼により塞がれている。それに尚も踏み込み、強引に銃弾を以って攻撃を弾いたのは、フェリーナ。
前回の教訓を得て。覚悟を以って。
今度こそは、と。
「なら‥‥っ!?」
逆の腕を振り下ろそうとするが、しかしそれは、ワイヤーに絡め取られていた。
「甘いな」
覚羅が、ぎゅっとワイヤーを引っ張る。
彼らが作った機に、マキナが、謳華を担ぎ上げ、火の海の外へと運ぶ。
「謳華は、大丈夫ですか?」
銃を構え、一瞬の油断も無く。神楽が問う。
「ああ、命に別状はありません」
けれど、負傷は深刻。それが、「言わなかった」後の半分。
「そうですか。‥‥それは良かったです」
その表情の笑みは変わらず。けれど、声には僅かな揺らぎを以って。神楽は目の前の敵へと向き直った。
●Escape
「む‥‥ぐっ‥‥!」
静馬の炸裂符が幻影たちを揺らし、どうやらロイの本体にもヒットしたようだ。
命中の面では撃退士たちの方が不利だったとは言え、この数の撃退士たちが一斉に攻撃を行えば、何かしらに当たる物である。マーキングされ、大体の方角が分かれば尚更だ。
何よりも、この術を発動している間は彼の攻守の要である「見えない腕」が発動できないのが、ロイ・シュトラールにとっては大きな痛手となっていた。
「この‥‥っ!」
終には神削のウエポンバッシュをまともに受け、ロイは幻影群の範囲からはじき出される。すぐさま幻影群を解除、見えない腕を展開し、桃華の斧槍での叩き付けと鴉鳥の一閃、結の「フォース」を同時に受け止めるが‥‥完全には相殺できず、近くのビルに叩き付けられる。
「参りましたね。‥‥流石にこれだけの数を私一人で、と言うのは無理がありすぎました」
幻影群が解除された事で、増援チームの進軍が再開される。
「さて、私も撤退すると致しましょう」
「待てっ!」
追おうとする神削を、朔羅が押しとめる。
「私たちの目的は、増援チームの護衛よ。‥‥既に、かなり時間をとられてしまったし」
ロイが撤退したとはいえ、何時たつさきさんが戻ってくるとも限らない。
たつさき対応チームが、マーキングを頼りにそちらに向かう中。残りの学園生たちは、再度護衛についたのである。
●Flaming End
「たつさきがそちらに向かっている‥‥気をつけろ!」
「っ‥‥後ろか!?」
アスハからの通信に、周囲を警戒していた覚羅が、とっさに片手を離し、チャクラムを殺気を感じた方へと投げつける。
「あら、いい勘ね」
それは、たつさきさんの胸に食い込み‥‥
「でも、前がお留守よ?」
声も止まぬうちに、がくんと覚羅の体が引っ張られる。
「あんただけは‥‥絶対に、その命ごと、消火してやる!」
淳紅のマジックスクリューと、
「因果応報、という物を‥‥受けてもらいたいですねぇ」
神楽の黒き銃弾を。
――覚羅を盾にする事で、バートは回避した。
「はぁ‥‥くっ‥‥」
終には、フェリーナが。炎に炙られ、その場に倒れる。
それを見たマキナが、直ぐに彼女を引きずり出すが‥‥彼の体力もまた限界であり。これ以上戦うのは困難であった。
そしてそれは、初期から炎の海の中で戦い続けた淳紅もまた同じ。魔術耐性の差でまだ倒れてはいないものの、もはや遠くは無い。
「不味いですねぇ」
にこやかに微笑を浮かべているが、神楽も危機的な状況にいた。
「わわっと!?」
雪室 チルル(
ja0220)がたつさきさんの獣の牙を受けた隙に、腕を手に持つ銃と「融合」させる。
そして、強烈な銃弾を、たつさきさんに炸裂させ、吹き飛ばす。
すぐさまチルルは前進し、バートの戦斧から、淳紅を庇う。
だが、すぐさま淳紅は、彼女を押しのける。
「え‥‥」
そして、その手は、バートの体を掴む!
「おい、放せ」
炎が、彼の体を飲み込む。だがその手は離れる事はない。魔術が流れ込み、バートの魔術的防御を弱める。
「離せと言ったろ?」
拳がたたきつけられる。がはっと、血を吐くが、それでも離れない。
「あんたが埋めた悲哀や」
その手に、丸で全ての悔恨が込められるように、魔力が溜まる。
「大輪咲かして散るまで、よう目に焼き付けといてーな‥‥!!!」
次の瞬間。彼の強化された全魔力を込めた爆発が、二人を飲み込む。
●Victory or Not
爆発の後。気を失った淳紅を、バートは掴んでいた。
その右腕は既にぼろぼろとなっており、一見焦げ炭に変わりは無い。最も、それは自身も同様に爆発に巻き込まれた、淳紅も殆ど同じなのだが。
「‥‥妙な真似してくれるぜ‥‥!」
怒りを込め、その手に炎を発しようとした瞬間。
「仲間を殺すのなら、先ずはあたいと勝負してからなのだ!」
チルルの体当たりで、既に多大なダメージを受けたバートはよろめく。
そして、それは、奇しくも、バートの視線から、突進する夢野を隠す形となっていた。
「ここで勝たなければ、俺は前に進めない!」
白き「音」に包まれた刃が振るえ、聖歌のようなメロディーを放つ。くいっと刃を捻り、それを憎むべき仇敵に向ける。
「だから‥‥無尽の光よ、俺の復讐を祝福しろォォォ――――ッ!」
振るわれた剣は、バートを袈裟斬りに切り下ろす。
「ぐぉ‥‥てめぇも‥‥死にやがれェェ!」
吹き飛ばされた瞬間。空中でぱちりと、指がなる音がする。
と同時に、夢野の脇腹で‥‥爆発が起きた。
●Pain Divided
「さて、トドメを‥‥」
神楽が、銃で倒れたバートに狙いを付ける。だが、その前にたつさきが立ちはだかった。
「どかないと、貴方ごと打ち抜きますよ?」
「あら、それはいいのですけど‥‥後ろに居るお仲間さんの生死は、構わないのかしら」
振り向くと、そこにはロイ・シュトラールが。
彼の「見えない腕」は、見えないが故に。何時振るわれるか分からない。
その彼が、倒れた仲間たちの直ぐ近くに立っていた。
「中々、楽しませてもらいました。‥‥では、ご縁がありましたら」
一礼すると共に、すーっとヴァニタス3人の姿が薄れていく。恐らくはこれも幻術の類だろう。
たつさき対応班の撃退士たちが到着したのは、その直ぐ後であった。その直後。マーキングの効果が‥‥切れたのであった。
●幕間〜Conspiracy〜
「良かったの?ロイ」
「あの状態では、私たちの方が不利です。バートは戦闘を続ける事が不可能ですし、さっさと腕を癒す必要もあります。私も多少負傷‥‥貴方一人では、対応策を講じてきている方々と戦うのは難しいでしょう」
「ま、そうよね。私たちの方が、彼らを嘗めすぎていたのかしら」
「目的の半分は達成されました。後は轟天斎やカイン、レオンたちに期待しましょう」