●Stop the Flame
「ったく、どいつもコイツも逃げ回ってるだけでつまらねぇな‥‥ま、そう言う事なら、殺すだけだけどな」
爆発に逃げ惑う人の中。赤い髪のヴァニタス‥‥バート・グレンディは、猛然と目的地に向けて突進する。
強者と戦うのは一興だが、破壊の限りを尽くすのも、また一興。
だが‥‥彼を止めようとする者が居ないか、と言えば‥‥そうではない。
「挨拶代わりだ、受け取れ」
視界外から猛然と接近。勢いと、闘気を乗せた獅童 絃也(
ja0694)の拳が、正面からバートの胸にめり込み、吹き飛ばす。
本来は錬気も上乗せしたかったのだが‥‥該当の技は使用後、移動不能になる。故に、接近を要するこの一撃には使えなかったのだ。
当たったと確認した直後、その場で爆発が起きるが‥‥すぐさまその反動で絃也は距離を離す。
だが、歴戦であるバートの反応もさるもので‥‥自らも爆発により吹き飛ばされた勢いで、滑るように体勢を低くする。その頭上、髪一本の所を‥‥鎖鎌の分銅が掠めた。
(「無敗のヴァニタスか……心躍るな」)
鎖を引き戻し、マキナ(
ja7016)が僅かに好戦的な笑みを浮かべる。
彼もまた、表には出さないが『戦いを楽しむ』タイプの人間だ。敵対していると言えど‥‥バートには共感できる所もあったのだろう。
――最も、できない所の方が大きいだろうが。
「へっ、やっぱり来たか。ロイの情報ってのも、捨てたもんじゃねぇな」
獰猛とも言える笑みを浮かべ、バートは斧を握る右手に力を込める。
だが、その言葉が終わる前に、水がその身に掛けられる事になる。
「一度はやってみたいだろう?」
掛けた張本人――鷺谷 明(
ja0776)は、にやりと冷たい笑みを浮かべる。
「ったく‥‥てめぇら――」
再度、水を振り掛ける明。だが、その水がバートに降りかかる前に、彼の身から噴出した炎により、水蒸気の霧と化し周囲の視界を遮る!
「同じ手は二度効かねぇよ!そしてこれは‥‥俺の挨拶代わりだぜ!」
直ぐ横に居た一般人を掴み上げ‥‥次に攻撃を仕掛けようとした君田 夢野(
ja0561)に向かって投げつける!
「っ‥‥!悪魔の手先。無抵抗の人間よりは骨のある奴と戦いたくないのか!?」
「ああ、そうだ。‥‥ただ、俺ぁつかえるもんは何でも使うぜ‥‥勝つためならな!」
何とか一般人をキャッチし、押しのける夢野。だがその眼前には既に、戦斧が迫っており――
カキン。
瞬時の判断により放たれた「迎撃のため」の銃弾は、戦斧を横に弾き‥‥それは夢野の肩を掠め、地にめり込んだ。
「‥‥誰かが戦わなければ、もっと多くの人が死んでしまう。護るために戦った父のように、わたしも、役割を果たすだけだ」
チャキ、と銃を構えなおす。自らの最愛の人を助けた、フェリーナ・シーグラム(
ja6845)の照準は、再度バートに向けられた。
●〜幕間〜救いの手
一方、病院。
バン、と院長室の扉は開け放たれ‥‥翡翠 龍斗(
ja7594)と、亀山 淳紅(
ja2261)の二人が入ってくる。
「何用かね、君たち!?」
驚く院長の手は、電話に伸びる。だが、それを制し‥ ‥龍斗が、自らを撃退士と示す、久遠ヶ原学院の生徒手帳を見せる。
「あなたが院長ですか?俺たちが、これから話すことを落ち着いて聞いてください。そして、協力をお願いします」
彼らの口から、この病院がヴァニタスに狙われていると語られた直後。
「‥‥分かった。一刻も早く、患者たちを避難させよう」
電話を手に取り、連絡する。
「ああ、桐生くん。ああ、私だ。‥‥実は、今日は避難訓練があったのを忘れていてね。消防署からの方が来てやっと思い出したのだよ。ああ、直ぐにこの方たちの指示に従ってくれ。私服なのは気にしないでくれたまえ」
少々苦しい言い訳となったが、と、院長は電話を下ろした直後、一息つく。
「撃退士が命かけても『人を守ること』が仕事なように、医師と看護師の仕事は『患者を助ける』ことや。‥‥自分達だけでは、あなた方全員を助けることは不可能なんです。どうか、よろしゅうお願いします」
連絡された副院長が到着する、その直前。
淳紅は、院長に‥‥深く、頭を下げたのだった。
●Stability
「今、癒します!」
「すまんな」
神城 朔耶(
ja5843)の唱える祝辞が光と化し、投擲された炎を纏う戦斧の一撃を受けた絃也に纏わり付き癒す。
彼女の「アウルの衣」は纏わりつく火炎によるダメージを軽減させた物の、戦斧自体の打撃を軽減する事はできない。
「つまりぁ‥‥てめぇが、生命線って訳かぁ!」
放たれる炎の一閃。火は地を伝い、朔耶へ向かっていく。だが――
「やらせるものかよッ!」
朔耶の前に滑り込む夢野。地に大剣を突き刺し、目の前に両手を翳す。それと共に、周囲の音が一時的に静かになる。
――「音」を戦闘法とする、「交響撃団ファンタジア」が隊長である彼ならの、無音の壁だ。
‥‥だが、音の壁は、物理的な衝撃は防げても、魔術的な熱は防げない。その為に作られた武器を支えに使ったのならば、また違った話だったのだろうが‥‥ほぼ素通りの様な形で、炎は夢野の体を焼く!
「ぐぅっ‥‥!ま‥‥けるかぁぁぁ!」
事前にマキナによって体に掛けられた水が一瞬にして蒸発する。だが、耐えた。アウルの衣の効果もあったのだろうが。
「大丈夫ですか!?」
慌ててその背に手を当て、癒しの光を送り込む。この一撃のダメージは相当な物で、朔耶の癒しの術を以っても、完全には癒しきれて居ない。
「よくも‥‥っ!!」
大切な人が傷つくのを見るのは、決して気分の良い物ではない。だが、その大切な人は‥‥自分を信じ、この機に乗じ猛攻しろと言った。ならば‥‥彼の決意を無駄にしないためにも。全てをこの弾丸に込め、打ち抜くのみ。
「あなたの敵は、わたしが撃ち抜く‥‥!」
青く輝く弾丸は一直線バートへと向かっていき、その側頭部を猛烈に打ち据える!
込められたエネルギー故に攻撃の精密度は落ちたが、注意が朔耶と、その前に立った夢野に向いたバートにはそれを回避する術はなかった。
「っぁ‥‥やってくれるじゃねぇか‥‥」
ギラリと、その目線はフェリーナに向く。
殺気が込められたその目に危険を感じ、彼女を背に庇うように、夢野は僅かに横に移動する。
「ったく、やりにくいったらありゃしねぇ。ちょっと本気‥‥出さねぇとな‥‥!」
斧を横に振り、火花を振りまく。
次の瞬間、周囲一帯は‥‥炎に包まれた。
●幕間〜避難訓練〜
「こっちや!担架は落ち着いて、こっちに運んでや」
淳紅の指揮の下、担架が救急車に運ばれる。彼自身も、一つの担架を龍斗と一緒に運んでおり‥‥口頭のみでの指示となっていた。
「全く、何でこう大掛かりな訓練をするのかしらねぇ‥‥」
皮肉を込めた冷ややかな、病人の言葉が、淳紅に突き刺さる。
パニックを起こさないためにも、この避難の本当の意味合いを教える訳には行かない。ただ、黙って耐えるしかなかった。
「鈴代さん、そう言う風に言ってはいけませんよ」
後ろから、声が掛かる。
「院長さん‥‥」
「避難訓練とは、緊急時に、皆様の命を守るために行われる物です。なので、緊急時の状況を全て再現する必要があります。ご理解を、お願いします」
軽く頭を下げる院長。そして、顔を上げた際に、軽く龍斗と淳紅にウィンクする。
(「院長さん‥‥」)
(「こちらは、大丈夫そうだな。‥‥さて、迎撃班の方はどうなっているか」)
精神を、一時的にイヤホンに集中。そこから聞こえる声によって、状況を判断しようとする龍斗。
●Burn Down
「‥‥もらった!」
マキナの投げた鎖の分銅がバートの斧に巻き付くのを確認し、再度水を掛けようとする明。それが火によって蒸気と化したのを見ると、腕を獣の爪に変化させ、バートの頭部へと腕を伸ばす!
「ちっ‥‥!」
直ぐ横に居た、炎に巻き込まれた一般人の死体を掴み上げ盾にする。
だが、明の爪は容易にそれを引き裂き、バートの頭を鷲掴みとする!
「私はヒトデナシなのでね。そう言ったトリックが通じるとは思わないことだ」
「ぐおぉぉ!?」
ギリギリと、腕に力を入れる。頭蓋骨を揺らすその剛力に、ヴァニタスの動きは止まる!
「今だっ!」
炎の海の外から、加えられる連射。動けなくなったバートへの攻撃は然し‥‥痛みによって、彼に意識を取り戻させる結果に至ってしまう。
「おっと‥‥あぶねぇな‥‥!」
離脱が間に合わず、腕を戦斧を手放したバートに掴まれ引っ張られるようにし‥‥猛烈な炎を纏った拳が放たれる!
「やらせるわけには‥‥!」
フェリーナの最後の一発の迎撃弾が放たれるが、距離と‥‥熱による蜃気楼効果の関係から完全に攻撃を逸らす事は出来ず、胸部を打ち抜くようなストレートが明に叩き込まれる事となる。
「ぐうっ!」
吐き出しそうになるのを耐える。本来ならば火の海による消耗も相まって、意識を手放してもおかしくはない。
「‥‥護ってもらうだけでは駄目‥‥。私も‥‥護る者として応えなければ。」
だが、朔耶の「神の兵士」の効果が、その事態を防いでいた。
‥‥最も、炎の海の範囲内に入っている前衛を含む味方全員を範囲内に入れるため、彼女は炎の海に入らざるを得ず、少しずつ、彼女自身の体力も削られる結果となったのだが。
すぐさま明は銀糸を振るい、自らを掴むその腕を抉り、切り裂く。バートはすんなりと、腕を放した。
(「何故だ‥‥?」)
戦闘狂であるこのヴァニタスが、目の前の敵を放したと言う事実に、僅かな違和感を覚える明。だが、その答えは直ぐに示される事となる。
思い切り足で地面を踏みつけると共に小さな爆発を起こし、反動で猛然と突進。狙うはサポートの生命線である朔耶!
それを守るはずだった夢野は、明を掴んだの見て一時的に後退しスキル交換を行っていた。朔耶自身も、ヒールを使い切ったが為に、スキルをライトヒールに交換している途中であった。
「しつこく纏わりついてきやがって‥‥先にてめぇをぶっ倒さねぇと、ダメみてぇだな!」
振るわれる拳。武器の交換は、この状態では間に合わない。振り下ろされる拳によって、吹き飛ばされ、地に伏せる。
運が悪かったのか、それとも、彼女が炎の海の中に居過ぎて、既に体力が削られすぎていたのか。どちらにしろ、「神の兵士」の再度の発動は‥‥失敗する事となる。
「フッ‥‥!!」
気合と共に、強烈な踏み込みを以って絃也が踏み込む。闘気を纏ったその肘撃は、攻撃を放ったバートの背後にめり込み、僅かに前につんのめらせる。
が、猛烈な一撃と言うのは往々にして急に止まれないもので‥‥そのまま至近距離から、爆発を食らってしまう。
だが、これですら、彼の計算の内。
「この程度は日常茶飯事」
効かぬ、とばかりに更に前進。山を砕くが如く拳を振り下ろし、頭を狙う!
直撃こそしなかったが、肩に一撃が入り、バートの体はカクンと前に傾く。
「へっ、‥‥やってくれるぜ!」
その腰から、炎の鎖が伸びる。それは先程手放した斧に絡みつき、引き寄せる!
背後から斧が、離脱しようと後ろにステップを取った絃也を地に叩きつける。
「返礼、させてもらうぞ」
更に鉄槌を両手に持った明が後ろから振り上げるが‥‥
「‥‥てめぇ、さっき俺に触られたよな?」
「‥‥!!」
指すと共に、逆の手を振り下ろすバート。
その瞬間、空蝉を発動させるつもりだった。
‥‥だが、如何に奇跡的な回避を行う技と言えど、「既に命中した攻撃」を回避する事は出来ない。
爆発。それでも強引に鉄槌を振り下ろすが、それは空を切り‥‥煙の中から、斧が伸ばされた。
前衛二人と、後衛一人を既に地に沈めたバート。狙うは‥‥既に手負いである夢野。
「やらせるか‥‥!」
飛び掛ろうとした所で、後方から鎖を絡ませ、バートの動きを止めるマキナ。
スキルを切り替え、守るための最後の一撃を繰り出す準備をするフェリーナ。
――だが、強者との戦いでは僅かな隙が命取りとなる。
「そうのんびりとさせるかよぉ!」
動けないならば、と、腰から再度炎の鎖を発射、斧に絡ませフェリーナの方へと振り回す。
スキルをセットしている途中であるフェリーナにその技を回避する術は――
ガキン。
正面から、受け止める。
「約束したからな‥‥両手両足を吹き飛ばされても、学園に帰るって」
その前に立ちはだかっていたのは、夢野。
「だから‥‥だから、こんな所で俺は立ち止まれやしないだよッ!」
傷つく体を押しての、最後の行動。大切な人を守るための、挺身の行動。
「いい覚悟だぜ。‥‥久しぶりに、楽しく戦わせてもらったよ!」
炎を纏った右拳が、その腹部にめり込む。
「ああぁぁぁぁ!!」
その様子を見、絶叫と共に、フェリーナが、爆裂する光弾を目の前に投射!
爆発。煙の中から出てきたのは‥‥マキナを鎖で手繰り寄せ、盾にしたバートであった。
●幕間〜背水の戦〜
「自分らの出番やな」
携帯電話から、状況を察知した淳紅が、戦闘の準備を始める。
「やれやれ、戦闘狂には困ったものだ。だが、避難が終わるまでは食い止める…俺の命に代えても‥‥だ」
自信ありげに言い放つ龍斗。
六人がかりで勝てなかった相手に、どれだけの時間持つかは分からない。
だが、それでも彼らは、最後に残る僅かの者を守るため‥‥敢えて戦場へと向かう。
「お前は炎を使わなければ、俺たちに勝てないんだな。自分が、戦闘狂と思うならば、その斧だけで勝負してみろよ‥‥腰抜け」
「なら、お前らも、その妙な力を使わずに‥‥肉体だけで俺と勝負してみるか?」
結果として、彼らは倒される物の‥‥避難のための十分な時間を稼ぐ事に、成功する。
●Beyond the Flame
バートが病院を破壊し、離脱した後。
撃退士たち自身の希望で、彼らは24時間隔離される事となる。
「例え死のうとも‥‥常に共に居たい」
「‥‥そう、か」
愛する者と共に過ごす者。
「水中ならば‥‥ふむ」
修行の如く、人知れぬ場所の川中にて時を待つ者。
そして時は経ち――
「‥‥何とも無いようだな」
ざばっと川の中から立ち上がる絃也。その瞬間、遠くで爆発音がした。
●幕間〜避けられぬ惨劇〜
「いたたっ‥‥」
この男は、悪運が強いと言える。
天魔に掴まれながらも、投げられながらも‥‥撃退士に無事キャッチされ、逃走できたのだ。
ただ、その途中でどうやら足を挫いた様で‥‥付近の病院が破壊されたのもあり、このようにほかの病院を訪ねた。
「私とて医者の端くれだ。‥‥こういう時に役に立たねばな」
自分に出来る事はまだあるはずだ。命を賭したあの少年たちのように。
そう考えた院長は、一介の医師として、このように診断に当たっていたのである。
「次の方、どうぞ入りたまえ」
「あ、はい」
――そして、男が椅子に座ったその瞬間。
爆発が、病院の診察、待合室を‥‥飲み込んだ。