――私の人生は、悲劇に満ちていた。
――それ故に私は、人に「悲劇」を与える存在となった――
さぁ、ドラマの、幕を開けるとしよう――
●Arrival
対峙するヴァニタスと、サーバントの一隊。
その傍の少女は、怯えるようにしてヴァニタスのコートの裾を握る。何故か?少女にも良くは分からない。強いて言えば、ヴァニタス――「たつさきさん」が彼女を見る目が、母のそれと似ていたからだろうか。
だが、この二勢力の他にも‥‥「第三の勢力」がこの場に近づいていた事を、少女はおろか、対峙している彼らですら、知る由もなかったのである。
「‥ったく。面倒ごとになる前に保護しとこうと思って探してたら‥‥すでにめんどくせぇ状況になってやがるな」
愚痴をこぼす御暁 零斗(
ja0548)。本来は簡単な仕事であるはずだったのだが、天魔が絡んで来るとなると、話は別だ。
――最も、だからと言って諦めるつもりは、毛頭ないのだが。
「今回だけ、帰りが遅くなった事に感謝かな」
「前回止められちゃったしねー。やっと仕掛けられる‥‥ってあっちも取り込み中みたいだね」
「丁度いい。他は任せたから、あたしは‥‥あれを斬るよ!」
以前、このヴァニタスと交戦した経験を持つ神喰 茜(
ja0200)と、雨野 挫斬(
ja0919)が、顔を見合わせている。口調は二人とも至極軽いのだが、言っている事は至極物騒だ。
「私はさして興味がある訳ではありませんが‥‥丁度他にも『味方』が来ているようですし、ね。‥‥ここはひとつ、助けておくことにしましょう」
グラン(
ja1111)の目線の先には、もう一隊の撃退士たちの姿が――
●Coincidence in Making
「うわー、遅くなっちゃったよ‥‥っ」
依頼帰り。早急に帰ろうとして、路地裏を通った一条 朝陽(
jb0294)は、然し角から伸びる手に引っ張られ、引っ張った者‥‥アスハ=タツヒラ(
ja8432)の「シーッ」と言うポーズに、押し黙る。
角から顔を出し――
(少女が一人。あちらの角にはその少女を見る人が四人)
チキチキチキ、チーン。
(少女が、狙われている、OK!)
周りの仲間に目線で合図。皆の了承が得られるとみるや、アスハは銃を取り出し、ボウガンをも持ったサーヴァント一人に狙いをつける。
「誰であれ・・・撃ち貫く」
放たれたのは、螺旋の風を纏う魔槍。それは鎧騎士を背後から貫通、そのまま前から飛び出す!
「来い、銀朱雀!」
同時に、白銀の鎧を召還、その身に纏いし闘士が、前方へ躍り出る。
「お前達の相手はこっちだ、かかってきな!」
焔 戒(
ja7656)の、炎を纏った回し蹴りは、然しハルバードに受け止められ、それを揺るがすだけに留まる。
――気づかれない程の遠距離からの狙撃。これは確かに高い効果を発揮したのだが、代償として‥‥近接を攻撃主体とする味方が接近する前に、既にサーヴァントたちに気づかれるという結果となっていた。
一斉に撃退士たちに向き直ったサーヴァントたちは、然し剣を持ったサーヴァントが何か音を発すると共に、ハルバート持ち、そして先ほど貫かれたボウガン持ち一体が、少女とヴァニタスの方に向き直る。
――どうやら、剣持ちが指揮官らしい。任務の達成を優先し、自身と他二体で撃退士を牽制しながら、少女を撃ち殺すつもりなのだろう。
「そうは‥‥させないよ!!」
普段の明るい彼女からは想像できない真剣な表情で、サーバントの間を駆け抜け、ボウガン持ちのサーバントへ突進する朝陽。
鞘の留め金を外した、腰の刀に手を掛けたまま‥‥肩や拳で振り下ろされるサーヴァントの腕を弾き、武器の軌道を逸らしていなす。そして、射程内に入ると共に‥‥抜刀する。
(「後手は不利。先手必勝、全力で…押し止める!」)
放たれるは、必殺の一閃!
「‥‥ッ、ヤァッッ!!」
横に薙ぎ払われた刃は、先ほど撃ち貫かれた事で弱くなっていた鎧の部分を引き裂く。両断された鎧騎士は、そのままガシャリと地に倒れ、動けなくなる。
●Injury
「良かった‥‥やれたんだね」
大きく息を吐き出す。朝陽にとっては、これがサーヴァントとの初戦。無事一手目でサーヴァント一体をしとめたのは、誇るべきであろう。
だが、この特攻とも言える行動は‥‥同時に、彼女がサーヴァントたちのど真ん中に移動した、と言う事をも意味する。
「ッ!?」
彼女がそれに気づくのに時間は掛からなかった。中段と下段、同時に二本のハルバードが、彼女を襲ったからだ。下段のは小さくジャンプし、かわしたが、空中にいる状態で中段は回避できない。強引に剣を縦にし、一撃を受け止めるが‥‥防御のためのスキルを持たない朝陽は、その斧槍の衝撃をまともに受けてしまう!
「ストレイシオン!」
呼び声と共に、幼き水竜の展開したバリアが、朝陽を覆い、その衝撃を軽減する。
「私たちが払うわけでもありませんが、治療費とてタダではありません。損害を出すような戦い方は控えていただきたいのですが‥‥仕方ありませんね」
髪をかき上げ、時駆 白兎(
jb0657)が召還したストレイシオンに前進を命じる。水竜の吐き出す水弾が、ボウガン持ちの鎧騎士を横から直撃する。
――しかし、命令を忠実に守っているのか、ボウガンの騎士はストレイシオンに目もくれず、朝陽へ向かい矢を連射!
「くっ‥‥しつこいなぁ」
ストレイシオンのバリアがあるとは言え、防御能力が高いとは言えない朝陽は、確実に突き刺さる矢によって体力が削られていく。
「一発限りのとっておき、だ‥‥避けきれると思う、な」
サーヴァントが、朝陽への攻撃に夢中になっている隙を突き‥‥それを一網打尽にせんと、アスハは目の前の魔方陣に、右手のパイルバンカーを突き入れる!
「これが‥‥僕の、切り札だ」
呟くと共に、その武装を通し、アウルが魔方陣に打ち込まれる。それは分裂を繰り返し‥‥無数の弾丸となり、雨のように四方に展開された魔方陣からサーヴァントたちに降り注ぐ!
降り注ぐ無数の弾丸はボウガン騎士の体を削り取り‥‥粉砕する物の、遠隔操作を行うこの技の精度はそれ程高い訳ではない。
他の三体のサーヴァントは、うまい具合に壁等を利用して、弾丸を回避する事に成功していた。
「ふう‥‥っ!?」
一瞬サーヴァントたちが離れ、朝陽が一息ついた瞬間。隠れていた物陰から剣の騎士が飛び出し、その刃を深く彼女の腹部にめり込ませる!
「ちっ‥‥奇襲とはな!」
すぐさま戒の蹴りがその騎士を壁に叩きつけるが、ダメージを受けすぎていた朝陽は、既に戦闘の継続が不可能な状態。
「ふむ‥‥」
そのまま壁に叩きつけられた騎士へ突進、正面からパイルバンカーを叩き込むアスハ。
壁にヒビが入るほどの衝撃にも怯まずそのまま剣を振るう騎士だが、アスハの纏う風の壁に剣は弾かれてしまう。
直後、白兎操るストレイシオンが水弾を吐き出し、その騎士を粉砕する。
「ぐっ!?」
目の前の騎士に気をとられていた隙に、背後の騎士のハルバードによる叩きつけを受けてしまうアスハ。徹底的に壁を背にしていたのならば、風の壁の効果もあって回避できたはずだが‥‥攻撃するために振り向き、背を向けた一瞬を狙われたのだ。
片側に壁があり、回避スペースが狭まっていたのも原因の一つだ。
だが、彼とてタダでは一発を受けはしない。すぐさま振り向き、カウンターのパイルバンカーを無防備になったその腹部に、ボディブローの如く叩き込む!
ガシャリと音を立て、騎士の動きが止まる。その背後から、鳳凰の如き炎のオーラを纏い、戒が襲来する!
「切り裂け、炎の刃!」
火炎をその腕に纏い、繰り出す一閃は烈火のごとく。
騎士を両断し、その鎧を灰塵と化す。
リーダーである剣騎士を失った最後の一体は、背中を向けて逃げ出そうとする。
だが、それを撃退士たちが見逃すはずはなく。その前に、水龍が立ちはだかる。
「逃がしてしまっては、臨時収入が減ってしまうかもしれませんからね」
にやりと、白兎の顔に冷たい笑みが浮かんだ。
●Rescue
一方、同一時刻。
別チームがサーヴァントたちの注意を引いたのを確認した、「たつさきさん」の近くに居た撃退士たちは、少女を救出すべく動き始める。
「あらあら、なんとも愉快な光景ですねぇ。‥‥けれど、私も混ぜてもらいたいですわ」
目の前の撃退士とサーヴァントの争いに、「たつさきさん」が手を出そうとした瞬間。
「きゃはは!また会ったね、ちょっとそこから退いてもらうよ!」
猛烈な勢いで接近した挫斬の掌底が、その背へと叩き込まれる!
「折角のチャンス。存分に戦わせてもらうよ!」
髪を金に染め、その身を「強者への殺意」で満たした茜が、剣の柄を、更に突き出す。叩き込まれた猛烈な衝撃力を持った一撃に、「たつさきさん」がたたらを踏んで更に後退する。
「あら、私に遊んでほしい方がいましたのね」
コートの前をゆっくり広げる。その正面には、挫斬と茜の他に、少女の姿も――
「‥‥ちっ、めんどくせぇ状況にしてくれるぜ」
まるで、無からそこに現れたのかのように、零斗が少女の前に出現する。
実際に瞬間移動したわけではない。鬼道忍軍の持ち前の移動力と、遁甲の術の隠蔽効果のあわせ技が、この現象を作り出したのだ。
本来なら迅雷を以ってしてこのまま離脱したかったのだが、迅雷は「攻撃後」に、その反動で移動する技だ。さすがにこの状態で少女を殴りつける訳にも行くまい。
だが、彼とて高速を誇る鬼道忍軍。素早く、体で押しのけるようにして少女を横に移動させ、背中ぎりぎりで襲い来た「何か」を回避する!
ちりっとした痛みが背中に走る。掠られたか‥‥だが、「たつさきさん」の目がこちらに向いた、と言う現実が‥‥彼に「遁甲の術」が解除された事を教える。
「ちっ‥‥考えている暇はねぇか。サクッと逃げるからしっかり掴まっていろよ!」
彼が目的は、少女の救出のみ。
全ての力を、その双脚に集中させ‥‥一瞬にして、戦場より離脱する!
「折角の『お気に入り』ですので‥‥奪わせませんわ」
無論、「たつさきさん」はそれを追おうとするが‥‥
「もう行くつもり?最後まで付き合ってもらわないとだめだよ!」
目に殺気を湛えた茜の刃が、その下腹部に突き刺さり、動きを止める。
「キャハハ!そうだよ、楽しまないとー!」
挫斬による、後頭部への偃月刀による猛烈な一撃。普通の人間なら意識を失う‥‥以前に、即死している事だろう。
だが、まるで何事もなかったように、ゆっくりと「たつさきさん」は頭を上げる。
「己の体の一部を変化して伸ばす、類の攻撃でしょうか。ならばこれを通れば、貴方とて唯では済まないでしょう」
その目の前には、緑の霧。毒を孕むその霧の横に立つのは、魔術師グラン。
毒の壁で視界をさえぎると共に、通行を阻んでいたのだった。
「どうやら、ここは付き合うしかないようね」
気だるげな口調とは裏腹に、その目には怒りの色が。
「ちょっと、私は機嫌が悪いんですの。‥‥死んでしまっても、恨まないでくださいね?」
●Scylla
「はぁぁぁ!」
大上段からの振り下ろし。
細身のその大太刀は、「たつさきさん」の肩口からわき腹まで引き裂いた。
――はず、だった。
「っ!」
コートの中から飛び出る、狼の口。素早く後方へジャンプし、噛み付きをかわす。がちりと、目の前で狼の牙がぶつかりあい、音を鳴らす。
「効いて‥‥いない!?」
何度も何度も、茜のその刃は敵たるヴァニタスの体を抉った筈だ。しかし、その度に青髪のヴァニタスは、まるで何事も無かったかのように反撃をしてくる。
「いや‥‥効いていない訳ではありません。どうやら、受けたダメージを再生しているようです」
観察に徹していたグランが、冷静に分析する。
「アハハ、なら再生できなくなるまで、叩き潰すだけよ!」
大きく振り回した大鎌が、足を抉る。だが、大振りである分、その隙も大きい。
直後に、斬られた筈の太ももの部分から獣の口が伸び、挫斬の脇腹に噛み付く!
「ハハ、やるじゃない!?」
素早く大鎌を回すように振るって、その獣を断つ。だが、思ったように腕に力が入らない。‥‥挫斬のその身に纏う闘気は、消え失せていたのだ。
「何か、可笑しい事でもあった?」
微笑を浮かべながら、放たれる次の攻撃。それが向かう先は、挫斬ではなく‥‥後ろから奇襲を仕掛けようとした茜。まるで後ろに目があったかのように。コート下から獣の口が伸びたのだ。
「っ!?」
後ろからの攻撃に、微動たにせず応じられるとは思わず、僅かに反応が遅れる。それでも何とか肩を抉られただけで済ませたが、彼女の髪色は‥‥元の紅に戻っていた。
「なるほど。こういう味だったのね」
舌なめずりする、「たつさきさん」の髪は金に染まっていた。
更に追撃を行おうとした「たつさきさん」の動きを止めたのは、水竜の吐き出す魔弾。
「大丈夫か?」
駆け込んで来た戒の拳には、炎が宿っていた。
「受けろ、不死鳥の羽ばたきを!鳳翼天翔!!」
放たれた火の鳥は、嘶き、「たつさきさん」を焼く。
その炎を割るようにして、アスハが突進。ストレートと共に打ち込まれたバンカーは、吸い込まれるように敵の肩に突き刺さる。
「ちょっと‥‥小腹が空いてきましたね」
アスハに付けられた傷は、直ぐには回復していない。明らかに回復速度が下がっている‥‥?
「――喰らい尽くせ」
そして周囲は、黒い「物体」に飲まれた。
黒い波が戻った後。立っていた撃退士は、アスハと戒、そして範囲外に居たグランのみ。
白兎が残した水竜ですら、消え去っていたのだ。
「ふむ‥‥少し話せるだろう、か?レディ」
傷を抑えながらも、努めて冷静に。声を絞り出すアスハ。
「何故‥‥あの少女を狙ったの、だ?」
「何故と言われましても‥‥気まぐれですわね」
口に指を当て、考え込むヴァニタス。
「ただ、あえて言えば‥‥私に、本当の『悲劇』を思い出させてくれたから、かしらね。‥‥私は、その『悲劇』から生まれましたから」
更に攻撃を続けようとする戒を、アスハは手で制する。
三人だけで倒せるような相手ではない。故に、この場は‥‥撤退を優先せざるを得なかったのだ。
●幕間〜その理由〜
生命力を共有している水竜を撃破されたため倒れた白兎を安全な所へと移動させた後。
零斗は‥‥少女を、その父の所へと、送り届ける。
「そう言えばお嬢ちゃん、どうしてあの人の傍から離れようとしなかったんだい?」
ぶっきらぼうに頭を掻きながらも、零斗は問う。
「あのおばさんの、私を見る目が、お母さんみたいだったから」
無邪気に、少女は答えたのだった。