「さて、今年も元気な者が揃ってるな」
「ええ、楽しみにしてもらって問題ないんじゃねぇか?」
観客席から、先生方との談論の後‥‥ヘンドリックが、体を乗り出す。
「‥‥始めていいぜ!」
●第一試合「バーグvs氷雨」
「江戸時代には遺恨試合というものがあったと聞きますが‥‥氷雨様とやりあうのは二度目ですね。正々堂々受けて立ちましょう」
自信ありげにその巨大な胸を揺らし、アーレイ・バーグ(
ja0276)が、訓練場の片端で仁王立ちする。
対する氷雨 静(
ja4221)の顔には油断等一切無く、頭を下げ「よろしくお願いします」と簡潔に言ったのみ。
(「閃光弾の用意は出来ませんでしたが‥‥仕方ありませんね」)
本来準備するはずだった、秘密の道具。だが、学生である彼女の知識では安定した物は製作できず‥‥結果、これ無しに交戦する事となったのだ。
だが、これも戦場の常道。全ての「準備」がうまく行くとは限らない。
礼儀正しく挨拶されたアーレイは、釣られるかのように一礼。その瞬間、静が急接近し‥‥戦闘が開始されたのだった。
(「――束縛させしめ給え。グレイバインディングハンズ!」)
先手を取り接近した静は、走りながらも口の中で静かに唱え、術を発動させる。
最後の1文字が吐き出されると共に、周囲の空間が黒く染まり‥‥その穴のような空間から灰色の手が伸ばされ、アーレイの四肢を掴む!
「いきなりですか‥‥けれど、この程度で私は止まりませんよ? ダアト相手なら状態異常対策をするのは当然ですからね」
伊達に高い特殊抵抗を持つわけではない。直ぐにアーレイは体を捻り、自らを縛る腕を引きちぎるようにして解除し‥‥その手に雷撃の刃を生み出し、振り下ろす!
小柄な体を存分に生かししゃがみ、下段から至近距離へと潜りこもうとする静だったが、アーレイの攻撃の精度は高く‥‥雷撃の刃は空中で軌道を変え、彼女に突き刺さる!
「くぅ‥‥っ!?」
雷撃が体を貫く。だが、彼女とて魔力の極めて高いダァトが一人。己の体内で魔力で高速循環させ電撃を排し、何とか動きを止められる事は回避する。
一瞬スタンのの成功を確信し、そこへラリアットを仕掛けてきたアーレイ。伏せる形となっていた静は、素早く地面の土を掴み‥‥顔に向かって叩きつけることで、目隠しとする!
「うわっ!?」
素早く目を拭うアーレイ。だが、強者同士のバトルでは、僅かな隙が勝負を分けることがある。
低姿勢のまま、背中に手を伸ばし‥‥手錠を1つ取り出す静。視野を取り戻したアーレイが自分を発見するまでの僅かな隙を突き、それらでアーレイの足を縛り上げる!
倒れこむ勢いのまま、然しアーレイは再度静に雷撃の刃を飛ばす。すぐさま次の手錠を取り出し、更に足をロックしようとして体勢を低くした静はこれを回避できず‥‥直撃を受け、今度こそ動きを止められてしまう。
「きゃああ!?」
「油断しましたね、氷雨様? ステイツのパワーを思い知るのです!」
すぐさま両足を開くようにして、足に掛かった手錠――ワイヤーが巻かれているとは言え、『腕』に掛けるためにデザインされた物だ。腕よりも三倍強い撃退士の足の力の前では紙程度の耐久力しかない――を引きちぎり、そのまま静の後ろに回りこみバックドロップを仕掛ける。アーレイはそれほど力が強いわけではないが、それでも立ち上がり、勝ち誇るように見下ろす。
‥‥魔術のみで攻撃した方が確かに「簡単」ではある。然し、それでは「美しく」はないのだ。
然し、立ち上がったその一瞬が、致命的な隙となる。
「まだ‥‥倒れていません!」
腕を支えにして放たれた下段回し蹴り。直撃を受けてしまい、今度はアーレイが倒れこんでしまう。
「やりますね‥‥!」
体勢を崩したにも関わらず、何とか振り向き、マジックスクリューを放つアーレイ。然しそれは、静が眼前に展開した橙色の魔方陣によってシャットアウトされてしまう。そして、静は、その身に持つ最大の一撃を放つ用意が出来ていたのだ。
「――汝は闇、其は無に還す力。ありとある全て虚無に還るがよい。ダークルーイニングエクスプロージョン!」
「消滅」の意を孕んだ力が、周囲の全てを飲み込み、土煙を巻き上げる。
それが晴れた時、立ち上がったのは――
――アーレイであった。
静が放った技は、アーレイに大ダメージを与えた物の‥‥彼女自身の身をも焼き、結果、倒れたのだった。
「工夫じゃ氷雨が勝っていたが、序盤にダメージを与えられねぇで、食らい過ぎてたのがちっとな。」
観客としてみていたヘンドリックが、放送を流す。
●第二試合「獅堂vs鬼無里」
「実技‥‥天魔に刃を向けずして‥‥いえこれも研鑽の場、なのですね」
最初は、余り乗り気ではなかった獅堂 遥(
ja0190)。だが、天魔と戦うためには、時には鍛錬も必要だ。そう自分を納得させ、訓練場に立つ。
それに相対する鬼無里 鴉鳥(
ja7179)は、刀を構え、闘気を体から迸らせる。
「さて、では始めるとしようか――加減はなしだ、全霊を以て応じよ!」
気合を込めたその声は、まるで実体を持った壁かのように、遥に届く。
それにまるで動じぬように、遥はその場で剣舞を始める。
光纏を開放した、まるで相対する相手と同様の姿。
ゆっくりとした動きでありながら、随所に少しでも隙を見せれば攻撃に転じられるような、そんな流れるような剣舞。観客席の先生方も、それに多少ながら感心の声を漏らすものは居る。
そして、その剣舞が、ぴたりと止まる。
「‥‥良いですか?」
「待ちくたびれたぞよ」
簡潔な言葉を交わして束の間。遥の足の周りを、花びらが舞う。
そして、神速の踏み込みを以ってして、遥は鴉鳥へと迫る。
――弧月の軌跡を描いたのは、その刃のみに非ず。遥の歩法もまた、弧の軌跡を描いていたのだ。
煌く白刃。しかしその刃が鴉鳥の首を捉える前に、空中で甲高い金属音をあげて阻まれる。
そこに顕現するは、鴉鳥の持つ刃。「防禦斬撃」‥‥彼女は己の刃を打ち付ける事で、遥の一撃を防いだのだ。
「愚直だな。好ましくもあるが――同時に、読み易くもある」
余裕を見せるかのような台詞と共に、剣をはじきあげる様にして一回転。一瞬のみ鞘に収め、抜刀術の構えに入る。そして、その刃が抜かれるのと、姿が掻き消えるのは同時。
「これが‥‥見えるか!」
神速の一閃。見えぬ剣閃は、とっさに横に跳んだ遥の脇下を引き裂く。
「くぅっ‥‥」
血の軌跡が、血桜の様に空に軌跡を描く。
そう。ただでやられるほど、遥もまた甘くはない。
斬られた衝撃をそのままに体を浮かし体を捻り、バネを開放し螺旋のように後ろへ剣斬を放つ。
それは剣閃を放ち終え、一瞬のみ動きが止まった鴉鳥の背中に刻み込まれる!
「ほう‥‥一筋縄ではいかないと思ったが、やはりな」
痛み分け。再度向き直り、お互いの状況を観察した鴉鳥は、その結論を出した。
構えを解かず、警戒状態を維持したまま、その身にアウルが巡り、傷を癒していく。
‥‥無論、これを黙ってみている遥ではなく、再度その足に宿る桜の力を噴出させ、顔の横に刀を構えたまま突進。一直線に突き出す!
鴉鳥は再度これを防御しようと刀を顕現させるが‥‥僅かに防御ポイントがズレ、鎖骨の辺りを貫かれてしまう。
「むうっ‥‥逆光を使ったか!」
そう、遥は照明を利用し、逆光の方向から攻撃を仕掛ける事で、鴉鳥の目測をずらしたのだ。
「だが‥‥この間合いだ、かわせんぞ!」
体に刀を刺されたまま、瞬時に抜刀。胴に向かい横に一閃!
刀を手放さねば回避できず、離せば不利は確定。
裏拳を叩きつけるようにして剣の勢いを多少殺いだ物の、依然として腹部に一撃を受ける結果となる。鴉鳥の体を蹴りつける様にして、太刀を抜くと共にお互いの距離を離すが、これは再度鴉鳥に息を継ぐチャンスを与える事となり、その傷は巡るアウルによって多少、癒える。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
攻め手に欠く遥。防御斬撃の上から何発か攻撃は入れられている物の、それは直ぐに回復されてしまっている。
(「まずは、あの防御を‥‥!」)
手数を重視した、流れるような連斬。ひとつの動きが直ぐに次に繋がり、隙のない攻撃の雨を降らせる。
上、下、左、右。ありとあらゆる方向から襲い来るそれを、鴉鳥は悉く、剣をぶつける事で防御する。
だが、それは飽くまでもフェイント。終に、鴉鳥の防御が解かれる時が来る。
(「今っ!」)
桜の花びらを伴った、大上段からの縦一閃。それはスキルを入れ替えていた鴉鳥の肩を捉える!
「さすがじゃな。‥‥じゃが!」
体勢を崩しながらも、後方に転がり勢いを殺し、そのまま地を蹴って納刀。空中で体に傾ける形で軌道を変え、斜め下へと一閃!
後一撃。後一撃受ければ、倒れる事は免れない。そう考えた遥の唇に、さっと朱が差す。
それは彼女が覚悟が証。不倒であるという、覚悟が証。
「獅堂‥‥悪手だぞ、それは」
僅かに失望の色を浮かべ、鴉鳥がその見えぬ刀を構え直す。
自身が倒れるのが先か、それとも獅堂の力が切れるのが先か。回復スキルを使える彼女には、絶対の自信があったのだ。
「悪くない、良い勝負であったよ」
――地に倒れた遥に、鴉鳥は手を差し伸べた。
「防御とか、スキルをフルに使いこなした鬼無里が一本上手だったな。ま、獅堂も不利な戦術下でよく頑張ったと思うぜ」
●第三試合「與那城vs御子柴」
試合開始前。突如、どこかで聞いたようなアニメの主題歌が、訓練場に流れ始める。
‥‥本来なら試験中にこの様な事、許されるはずもないのだが‥‥今回は特別だ。と言うのも、両者、プロレス風に戦闘するとしてある。そのため、入場主題歌が許可されたのだった。
「あたいに勝とうなんて1万秒はやいっ!」
入場するなり、宣言する御子柴 天花(
ja7025)。
‥‥その理論だと、2時間46分40秒後に彼女は敗退すると言う宣言でもあるのだが、ここは突っ込まないでおこう。
「天花ちゃん!今日はよろしくね!」
音楽が一旦止まり、逆側から入場するは與那城 麻耶(
ja0250)。彼女の入場音楽は、スタンダードなプロレス用の物。プロレス一筋の、彼女らしい物だ。
お互い、一礼。
「大人な女のあたいは、まず先手を譲るんだぜ!」
腰に手を当てて仁王立ち。正々堂々と挑発する天花。対する麻耶は‥‥
「それじゃ、色々試させてもらうよ!」
地面を蹴りダッシュ。先ずはその勢いのまま、猛烈なドロップキック!
それを大きく後ろに吹き飛び、受身を取って一回転して受ける天花。ダメージを最低限まで減らし、そのまましゃがんだ状態から立ち上がる。
「やるねぇ‥‥っとぁ!?」
「これだけじゃ終わらないよ!」
立ち上がった直後の天花に麻耶が追撃。腰へのタックルから押し倒すようにして地に倒し、そのままバックドロップに持っていく!
だが、脳天が地面に衝突する、その直前――
「ピンチはここまでだよん!次は反撃!」
受身を使用し、両腕を地面に当てすんでの所で体を抑え、そのまま踵落しで麻耶の腹部を蹴り付ける。
「ぐっ‥!?」
僅かにホールドが緩んだ一瞬の隙を突き、下半身を捻り――「はいてない」天花の動きに先生方が一斉に顔を背けたのは仕方ない事なのだろうが――足を麻耶の体に絡ませ、そのまま僅かに反動で浮き、パイルドライバーの体勢に持っていく!
「やっば‥‥!」
まともに喰らえば色々と面倒な事になる。猛烈な力で天花の懐を蹴り付け、距離を離す。背中から着地し少し滑り、体勢を立て直す麻耶。
「やっぱり、強いね!」
「当たり前よ!超S級撃退士として向こう隣3軒先まで恐れられているあたいの拳で、こっぱみじんにしてやんよっ!」
どこから来ているのか。たっぷりの自信を以って、天花は宣言する。
「へへっ!そうじゃなきゃ、面白くないよ!」
言い放った直後、接近し、そのまま顔面への膝蹴りを放つ麻耶。直撃を受けた天花が僅かにのけぞった隙に、掴み掛かるようにして大技に繋ごうとする。だがその直前‥‥肘打ちと共に、天花の姿は掻き消えていた。
意図した物ではないのだろう。しかし、サイドステップに繋げたこの一撃は、見事に麻耶の技の連携を断ち切り、その大技の回避に成功していた。
「っ!?」
直後に放たれたストレートを回避する。一本気の通った天花の攻撃を回避する事は、しっかり集中できていれば、速度で上回る麻耶にとっては難しくはない。そのままその腕を自身の両腕で引くようにし――
「しゃあぁいにんぐぅ!めーごーさー!」
再度顔への膝蹴り。そのまま片手で拳を握り――光る拳でボディブロー!
「うぐっ‥‥」
「今度こそ、決める!QBボムだー!」
だが、伸ばしたその手は再度空を切る。サイドステップで回りこんだ天花が、背中から手を回し‥‥麻耶をがっちり固定。そのまま地面に逆さに叩きつける!
「が‥‥はっ!?」
腕力では天花の方が上だ。強烈な叩き付けを受けた麻耶は、起き上がれずにいる。そのまま、振り下ろされる拳は‥‥顔の2寸前で、停止した。
「あははは、あたいの勝ちだなっ!」
「楽しかったー!また闘いたいね!」
天花に腕を引っ張られるままに立ち上がり、そのまま彼女とがっちりと握手する麻耶。
「二人ともよくやったと思うぜ。與那城
は‥‥作戦の相性が悪かったな。御子柴は体力が高いんだから、一撃受けても致命的な隙が出るとは限らないぜ。丁度サイドステップで次の大技かわしてたしな。投げで動けなくしてから打撃に入る逆のつながり方だったら、どうなってたはわかんなかった試合だぜ」
「あ、アドバイスありがとう!これを実戦に」
「おっと、ちょっと待った。‥‥対人で有効な行動があっちにも効くとは限らないぜ。アウル全開の技ならまだしも、普通の投げだったら地面のほうが耐えられず割れちまう可能性もあるからな。何より、あっちには物質透過能力があるんだぜ」
●Evaluation
「で、先生方。今年の生徒はどうです?」
慣れない敬語を使い、ヘンドリックが評価を行っている先生方に問う。
「工夫の度合いはあるが、全員それなりに良くやってたと思うよ。これは‥‥来年の成長も楽しみにできそうだ」
微笑を浮かべ、先生の一人が答えた。