●Stop it!
「ちっ‥‥」
終に狙撃銃を放り出し、その場に座り込むヘンドリック。
その横から、すっとクッキーの皿が差し出される。
「竜の時の嬢ちゃんか。どうした?」
「皆から‥‥言いたいお話があるの。これを食べて休んだら‥‥一緒に来るの」
過去にヘンドリックから援護射撃を受けた事のある橋場 アトリアーナ(
ja1403)が、自作クッキーの皿を持って立っていた。ヘンドリックはそれを一つつまみ‥‥
「わりぃが、今はちょっと無理――」
「一緒に来るの!無理をして、体に負担をかけたら本末転倒なの!」
いつも静かな彼女が大声を挙げた。その事実にヘンドリックは少し驚き、言葉を止める。
「今は‥‥無理をして欲しくないの。皆も‥‥そう思っているから、一緒に来て欲しいの‥‥」
うつむくアトリアーナの肩に、ヘンドリックはそっと手を置く。
「分かった分かった。女の子を怒らせんのは、俺のスタイルじゃねぇからな‥‥一緒に、行ってやるよ。」
顔を挙げたアトリアーナに、ヘンドリックは微笑を浮かべた。
学園内。このためにだけ、貸切にしていた教室の内一室。
片腕のみで扉を開け、アトリアーナを伴い入って来たヘンドリックを撃退士たちが出迎える。
「この間の依頼、避難の連絡を聞いて貰って感謝やな」
先ず、歩み寄ったのは宇田川 千鶴(
ja1613)。頭を下げ、ヘンドリックに礼を言う。
「ああ、結局は何もしてやれなかったけどな」
苦笑いするヘンドリックに、横から虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が口を挟む。
「ヘンドリック殿が負傷したのは、ついこの間で御座ろう?」
「ああ。」
「この短時間でもうリハビリを始めるのは、少し無理があるでござるよ? そもそもリハビリは長期間かけてやるモンで御座る」
「本気で命かけられるんやったら、少しの時間くらい安いもんやろ」
小野友真(
ja6901)も、そんな虎鉄の意見に賛同する。
「そんなに深刻な負傷でもねぇ。もう体力自体は戻ってるんだ。直ぐにでも――」
「‥‥いい加減にするでござるよ」
虎綱の声が、急激に険しくなる。
「それは単に、腕を失った喪失感を‥‥忘れるためなんじゃないですか?‥‥一度冷静になって周りと、自分の状況を見つめ直すべきじゃないですか?」
押し黙るヘンドリックに、鈴代 征治(
ja1305)が、冷静に突っ込みを入れる。然し、ヘンドリックの表情は変わらず。
「腕については、後悔はこれっぽっちもねぇよ。‥‥けど、俺は戦わなきゃいけねぇ。守るために戦わなきゃいけねぇのさ」
「言いたくはなかったが・・・今のそなたの状態では足手まといになりかねん」
虎鉄の言い分はもっともだ。然し、それで引き下がるヘンドリックではない。
「何故、そこまで、戦おうとするんや?」
その目に、強い意思を見た千鶴の問いに、ヘンドリックはただ一つ答えた。
「約束のため」、と。
●Selection
「僕たちはなにも、戦うなと言っている訳ではありません」
ふっと表情を緩め、征治が言葉を続ける。
「今までどおりの狙撃手を続けるなら問題を明確に。クリアする段取りを組むべきですし、別の道を探すならまず知る必要があります」
「キミ自身は、どうしたいの?」
栄養ドリンク「爆裂元気エリュシオンZ」を渡しながら新井司(
ja6034)が、
「選択肢は色々あるわ。現場に行かずとも情報支援を行う事もできるし、現場に行くにしろ参戦する以外にも出来る事はある」
一児の母でもある青木 凛子(
ja5657)が、
「難しい事とかよくわからへんけど。ヘンドリックさんは一番どうしたいん? それが一番重要なんじゃないかな?‥‥例えば、他の銃とか」
「今すぐ戦線に戻りたいのかい? それとも――その銃を抱えて戻りたいのかい?」
友真と、加倉 一臣(
ja5823)が。それぞれ、ヘンドリック自身の、「本当にやりたい事」を問う。
「俺は‥‥俺は、皆を守るために、戦いたいんだがな」
ぽろりと零される、その言葉。
「どんな結論であれ、それがキミの決断であれば尊重すべきよ。でも、やり直さないといけない以上、一つのやり方に固執するのも良くないんじゃない?」
この回答は、ある意味予想できていた事だった。故に、司は次の句を継ぐ。そして、それは友真もまた同じ。
「必ずしも、その武器だけでしか、守れないわけじゃないだろう!?」
「他にも方法はあるわ。たとえ直接戦わなくともね」
「今、焦る必要はない。全てを『今』に詰め込む必要は、ないんだよ」
凛子が、一臣が、言葉を紡ぐ。
その裏にある物は、彼への心配。‥‥「今」に執着しすぎて、「未来」に於いて彼が居なくなる事。
そんな最悪な事態への心配。
そして、その思いは、確かにヘンドリックへと伝わった。
「わりぃな、皆。ちっと頑固になりすぎてたみてぇだ。 ‥‥もうちょい、考えてみる事にするぜ」
その言葉に安心したかのように、その場に居る者たちの間の空気が、緩む。
「腕を失っても‥‥戦い続けようとするその姿勢。同じ撃退士として、誇りに思うわ」
まるで我が子を見るかのような、凛子の顔にも、僅かながらの安堵が。
「出来れば、私は今は休んで欲しかったけど‥‥ね。気持ちは私にはわからないけど‥‥それでも心配なんだよ? その腕‥‥私の責任も、あるんだし」
下を向く、神喰 茜(
ja0200)の肩に、ヘンドリックが手を置く。
「分かっているさ。‥‥もう無理はしねぇ。‥‥ただ、お前も余り気に病むなよ? ‥‥あれは俺が下した選択だ。お前も、それをないがしろにするような事は‥‥したくはねぇだろ?」
そっと、手に力を入れる。
「お前にそんな顔は似合わねぇ。それじゃ、俺だって笑えないぞ?」
その言葉に、顔を上げ、茜は何時もの笑みを浮かべた。
「また、一緒に戦える日を‥‥楽しみにしているんやで」
友真の言葉は、その場の撃退士全ての意を、代弁しているようであった。
●Another Route
次日。訓練場の横を通りかかったヘンドリック。
「あ、ヘンドリックさん。こっちに来るの」
「ちょ、引っ張らなくてもついていくって」
再度、アトリアーナに呼び止められる。 圧倒的な力で、引きずられるようにして訓練場に入ったヘンドリックが見た物は‥‥そこに待つ4人の少女の姿。
その内、高速で走り回っていた一人は、ヘンドリックの姿を認めると急速に接近し‥
‥キキーッと、まるで車がブレーキを掛けるかのように、滑って急停止する。
「私は銃器の類はにがてでして、あまりよくわからないので、別の角度からの戦法というのをお見せしましょう」
再度加速すると共に、急ターン。
「片腕を失っても、戦えない訳ではないんです。私のように、素早さを生かして囮役になるとか!」
二階堂 かざね(
ja0536)は、その場でジャンプし、空中で一回転してみせる。ツインテールの髪が、空にまるでリボンのように舞う。
その場に着地すると、周囲で見ていた野次馬から、拍手が起こる。
一方、アーレイ・バーグ(
ja0276)が見せた物は、シンプル極まりない物であった。
「戦うのが目的で、狙撃銃は手段であるというのであれば狙撃銃に拘る必要はないでしょう。まあこれを見て下さい」
自ら片手を背中に回し、そのまま片手のみで書を持ち、花びらのような魔法を前方へと放ってみせる。
その魔法は前方にあった的に衝突、粉々に打ち砕いた。
「このようにダアトであれば片手で充分戦えます。適正さえあればおそらく一番片腕での戦闘に適した職と言えるでしょう。勿論1から学び直しになりますし、同じ遠距離支援とは言っても魔法と銃では随分勝手が違いますが‥‥」
語るアーレイとは裏腹に、ヘンドリックの顔色は余り芳しくはない。
「‥‥今までずっと物理だけを鍛えたのに、今更魔法適正ってのは、ちょっと無理があるかも知れねぇな。それに、俺の戦法は、今までの経験にバックアップされた部分が大きい。戦力はかなり下がるぜ」
「早期に復帰したいヘンドリックさんとしては、あまり望ましくはないでしょうね」
横から、余り表情の変化を見せずに‥‥マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が、冷静な突っ込みを入れる。
日々の鍛錬を欠かさぬ彼女は偶然この場に居たのだが‥‥同じ依頼を受けており、他人事ではないと言う事から口を出したのだった。
少し凹むかざねとアーレイに、ヘンドリックは明るい表情に戻り、
「ま、お前たちの言い分は分かったぜ。道は一つではねぇ、ってことだろ?」
「そうですね。また、戦う‥‥と言っても、直接相手と向かいあう事だけが、戦いではありません」
四人の少女の内、最後の一人‥‥今まで黙ってこの状況を静観していたヴィーヴィル V アイゼンブルク(
ja1097)が、口を開く。
「この状況となっても、なお戦わんとする、その信念の強さには武門に名を連ねる者として敬意を抱かざるを得ません。ですが‥‥」
目の前のテーブルに、地図のような物を広げる。
「腕と片眼を失ってなお戦った名将も居ます。‥‥今まで狙撃手として動いていた、その視野の広さを生かし‥‥作戦立案側で、動いてみませんか?」
ヘンドリックは、暫くその地図を見つめ‥‥そして、首を横に振った。
「作戦立案ってのは、既に協力しているぜ。‥‥オペレーターの仕事をする事もある。‥‥けど、俺が一番耐えられないのが、仲間が傷ついている中、後ろからそれを歯噛みしながら、何も出来ないまま、見ている事だかんな」
そもそもヘンドリックが腕を失った一件自体、仲間が危険に晒されるのを見ていられず、弾薬を使い切った彼が自ら戦場に出た事による物だ。若しも彼が、大人しく後方で見ていられるような人間だったのならば。そもそも腕を失う事自体、無かったのだろう。
「そうですか‥‥」
地図を巻き上げ、見上げるヴィーヴィル。
「けれど、戦う道は相対するだけではないって事、覚えて置いてくださいね」
「ああ、それはな」
ウィンクして、サムズアップするヘンドリック。
「お、ここに居たんだな」
「お久しぶりです」
訓練場に到着したのは、久遠 栄(
ja2400)と石田 神楽(
ja4485)。
この二人の目的は、何れも、ヘンドリックの現状を調査し、銃の改造を考慮している班へ伝える事。
神楽がヘンドリックに来意を説明し始めたのと同時に、栄は遠くへ、自作の的を設置し始める。
――ガォン。
銃声と共に、ヘンドリックが横に転がり、それを栄が受け止める。
「ズレ具合以前の問題だな、これ」
的の端すら掠ってもおらず、壁に刻まれた弾痕を見やる。
重心などの問題ではない。純粋に、余りにも大きな衝撃力が重心を伝わり、それを片手では抑え切れないと言うのが問題だったのだ。
発射の瞬間。長大な銃口から弾が吐き出される前に、反動力が既に銃身に伝わり狙いが逸れるのが問題だった。
「そんなに簡単に諦められることじゃないと思う。一つずつ試していこうぜ」
思慮をめぐらせる栄。
(「やれることは全て試して‥‥全てやりつくした後で、また他の手を考えたいけど‥‥」)
栄が目線を向けると、神楽は静かに頷き、
「その銃、私にも撃たせて貰えませんか?」
そう、ヘンドリックに聞いた。
●Test Shot
「流石に‥‥反動が、大きいですね。マズルブレーキなら‥‥」
ガォン。
「折角ですから全力で――」
その瞳が、紅に光りだす。
集中力が研ぎ澄まされ、全てがスローモーションに見える。
――ガォン。
放たれた銃弾は、的の中央、僅か紙2枚分ほど、右にずれる。
「少しでも力を緩めると、ズレますね」
震える自身の左腕を見やる。反動の衝撃力によって、多少なりとも痛みを感じる。
狙撃銃を銃身で持ち、ヘンドリックに返す。常識では考えられない重さだ。地面に設置しなければいけないのも、頷ける。
「私もマーベルさんと同じタイプ、支援型狙撃手ですが‥‥」
「道理で、狙撃銃の扱いに慣れていると思ったわけだぜ」
「同じ狙撃手。経験の長いそちらから、何かアドバイスはありませんか?」
笑顔を浮かべたままの神楽に対し、ヘンドリックは少し顎に手を当て、思案する。
「敵を倒す事に執着するな、だな」
「‥‥どう言う事ですか?」
「俺たちには、殆どの場合観測手はいねぇ。俺たちの視力で、十分賄えるからだ。‥‥前線に居れば、近すぎて見えない物はある。俺たちは、そう言う仲間たちの眼であり、敵の要所を突き、味方にチャンスを作るための『隠し手』でもあるべきだ。‥‥まぁ、俺個人の意見だけどな」
「ありがとうございます」
「礼には及ばねぇよ。お前たちが、俺のためにあちこち動いているのは、分かってるからな」
頭を下げる神楽に、笑って答えるヘンドリック。
「いえ、それだけではないのですよ。‥‥これは、大切な友人を救ってくれた、そのお礼でもありますから」
神楽の笑顔が、一瞬だけ真剣な表情に戻ったような。そんな気すら、ヘンドリックにはしたのだった。
●Train Up
次日。栄と神楽の観察結果を受け取った撃退士たちは、二手に分かれる。
「どうするんだ?」
目の前に並ぶ、武闘派の撃退士を見るヘンドリック。
「俺たちで相談したんだ。ヘンドリックさんが、もう一度あの銃を扱うためには、銃自体の改造以外にも、ヘンドリックさん自身を鍛えないとだめだって」
「銃の改造は確かに許可したけどよ‥‥」
栄の言葉にやや渋るヘンドリック、だが、直ぐに表情を引き締め直し‥‥
「分かった。お前らを、信じてみようじゃねぇか」
先ず前に歩み出たのは、レーヴェ・クライン(
ja2304)。
その脇には大量の訓練用の銃類を抱えている。
「先ずは、これを使って戦ってみてくれ」
そう言われたヘンドリックは、歩みより、オートマチック銃を拾い上げる勢いのままに付近の壁にある的へ3連射。全てど真ん中に命中する。
(「ほう‥‥片腕でも予想以上に戦えるようだな」)
少し感心した事等は露にも表情に出さず、飽くまでもクールに言葉を続けるレーヴェ。
「片腕でも‥‥今のように、戦えるんじゃないのか?」
「これは‥‥俺の戦い方じゃねぇけどな」
「なら、体を鍛える事だ。‥‥元の銃を使いたいのならな」
あの狙撃銃の反動はその程度で相殺できる代物ではないのは、昨日現場で打ち方を見た栄から伝えられている。それでも彼は、あえて鍛錬を提案する。
改造班の行う改良は完全に衝撃を相殺できるとは限らないし、何よりも‥‥身体能力を向上させることで、次に同じ状況になった際の生存力を高めるという狙いもあった。
「先ずは俺らだな」
月居 愁也(
ja6837)が、厚い資料を後ろ手に隠し、前に出る。その横には彼の友人であるリュカ・アンティゼリ(
ja6460)も居る。
よく見れば分かる事だが、この時の愁也の目は、僅かに充血している。それもそのはず、彼は昨夜、寝ずに学園を駆け回り‥‥友人たちと相談した結果を元に色々な者から鍛錬法を聞き出していたのだ。
「これで、最後でしょう」
協力者の一人、夜来野 遥久(
ja6843)が整理、装丁した資料を持ち、彼はこの場へ来たのだった。
リュカは、ヘンドリックに歩み寄ると、急に体を捻り、風切り音と共に回し蹴りを繰り出す。ヘンドリックはそれを手に持った、訓練用銃の柄で受け止める。
僅かな膠着。だが、リュカが渾身の力を足に一瞬にして込めると、弾かれるようにヘンドリックが後ろへと歩を踏む。
「手の力は、足の力と比べるとかなり劣る。‥‥それでも両腕があったなら、こう簡単に押せなかった筈だ」
足を下ろし、腕を組み、リュカがヘンドリックを見やる。その隣で資料をめくりながら、愁也が目をこすり‥‥それから、資料をめくる。
「片腕しかないと言う事実は変えられない。けど、体の他の部分で、補う事はできると思う」
「足とかで腕の力を補うって事か?」
「これについて詳しい人も着ているよ」
愁也が目線を向けた先は‥‥中津 謳華(
ja4212)。
彼は一つ頷くと、言葉を続ける。
「我が流派‥‥『中津荒神流』の祖は、『両腕を失った剣士』だった。彼はその状態になっても、再び戦に立つ事を望み、戦場を駆ける事を望んだ。その結果、到った結論が‥‥」
鋭い蹴り上げ、直後にかかと落としを放つ。震動は、訓練所を駆け抜ける。
「――腕を失ったのなら、脚を使えばいい」
今一度、信念を確かめるかのように、「拳士」は問う。
「‥‥その銃を担い、再び死を伴う戦へと赴きたいか?」
ここで否と答えられれば、放り出してこの場を離れるという考えもあった。
だが、「狙撃手」の出した答えは、彼が望むものであった。
「‥‥これ以外に、俺に生きる道はねぇからな」
「俺の鍛錬は‥‥厳しいぞ」
謳華は‥‥それに微笑を以って答える。
その後方から、レーヴェが、ミントのキャンディーをヘンドリックに差し出す。
「まぁアレだ、‥‥‥男なら気合と根性で貫き通せよ」
●Engineering Ring
一方、同時刻。
とある空き教室で、別の撃退士たちの一団が、ヘンドリックの狙撃銃‥‥AMSN-003H『Cathedral』を囲んでいた。
「撃ってみた所、反動は普通の狙撃銃とは桁が違いますねぇ。私もあれを使った後暫くは、腕が痛かったですから」
笑顔で喋る神楽の右腕の動きはぎこちない。恐らくは、昨日の試射で掛かった負担がまだ完全に回復していないのだろう。ヘンドリックとて、何年もあの銃を使い続けて‥‥衝撃に慣れたのだろう。
「狙撃手用の義手を作ってみては如何でしょうか。ヘンドリック殿の日常生活も考えますと、義手の有無では違ってきますので」
先ず提案を出したのは、遥久。
「その件については先ほど学園に問い合わせてきましたが‥‥義手自体は作れる物の、アウル技術を含める事ができないので、あの反動には耐えられそうにないですね」
自分の腕を見やりながら、マキナが答える。
‥‥彼女の師‥‥彼女に義手を作ってあげた人間ならば。或いはその衝撃に耐えうるような義手を作れる可能性も有る。だが、その者は今、ここに居るわけではないのだ。研究費用を湯水の如くつぎ込めば或いはそれを再現する事も可能やも知れないが、改造費用すら学友たちのポケットマネーで出ている現状、そのような予算はどこにもない。
「だとしたら、やっぱり銃自体の改造かな」
「‥‥ヘンドリック様‥‥は‥‥愛用の‥‥銃‥‥の‥‥方が」
友真の言葉に華成 希沙良(
ja7204)も頷く。
昨夜の内に個人的にヘンドリックに接触、他の銃ではダメなのか、と聞いては見た物の、彼女の感覚では、ヘンドリックはこの銃に相当の愛着があったらしい。
義手も期待できない以上、残るのは銃自体の改造のみだ。
「‥‥そうすると、銃の威力自身を減らすのはどうだろう? 反動ってのは弾を加速させるための衝撃によるもんだし、弾速を減らせば」
「それだと射程自体も落ちますし‥‥元々特注の弾を使っていますから、そこのメカニズムは複雑そうですね」
銃の後方を分解し、その構造をノートにメモしていた雫(
ja1894)が答える。
「一旦外付けのチェンバーに発射時に発生する圧力ガスを溜め、直後に背後から噴出させる事である程度軽減できるのではないでしょうか」
ノートに、軽いスケッチを描く。
「その機構を利用すりゃ、駐退機代わりにもなるかもしれねぇぜよ」
元々、駐退複座機で衝撃を相殺しようとしていた麻生 遊夜(
ja1838)も、その意見に賛同する。
「ただ、そうすると‥‥接続位置から見て、左腕との接続はやめておくべきであるかな」
もう一つのアイデアを書いた紙を、ぐしゃりと握りつぶす。
位置的に見て、この二つの機構は衝突するのだ。
「後は‥‥前の支脚に、アンカーの様な物を取り付ければどうかな?」
「‥‥ヘンドリックさんの参戦した依頼の報告書を見ましたが、有効そうですね。狙撃する際はその場から動く事はありませんでしたし」
雫が、ノートに綿貫 由太郎(
ja3564)のアイデアを付け加える。
「アンカーが、衝撃に耐えられるかどうかは気になりますが‥‥」
「‥‥それは‥‥大丈夫‥‥だと‥‥思う」
唇に手をあて、考え込む雫の肩に希沙良が手を置く。
「中津様が‥‥足を鍛える‥‥トレーニング‥‥ヘンドリック様に」
「ま、そういうこった。足で抑えれば大丈夫よ」
発案者である由太郎が、最後に一筆加える。
かくして、銃の改造案は完成した。
少しばかり金は掛かる物の、この依頼を出したヘンドリックの学友たちは、喜んでその改造費用を出してくれたのだった。
残るは、実際にヘンドリックがこれを試す事だけ。
●Final Shot
一週間後。
「‥‥どう‥‥でしょう‥‥、まだ‥‥手に‥‥合う‥‥でしょうか」
心配そうに、ヘンドリックを見つめる希沙良。
射撃場。ヘンドリックは後ろへ仰向けになるような感じで寝そべり、足で支脚のアンカーを地面に押し込んでいた。
「んぁ、まだちょっと慣れねぇが、多分大丈夫だぜ」
スコープから覗き込む。元のやり方と姿勢は違うが、大した問題ではない。
撃退士たちが見守る中、ヘンドリックは引き金を引く。
――ガォン。
銃弾が前方から吐き出されると共に、後方からはガスが噴出される。それが衝撃を相殺し、轟音を挙げる。
ギシリと軋むアンカー。
一斉に、的のほうを見やる撃退士たち。
――銃弾は、的の中央を貫通していた。
一斉に歓声を挙げ、拍手する皆。
その中で、人混みを掻き分け、二人の女性がヘンドリックに歩み寄る。
‥‥優しい光。ライトヒールが、軽くヘンドリックを癒す。
「忘れないで欲しい。一人ではないことを」
「ああ、お前ら全員が、俺の支え‥‥だぜ」
回答を得たアレクシア・フランツィスカ(
ja7716)は微笑を浮かべ‥‥
「貴方によって、救われたと思う人も多くいるんやからな‥‥私たちは、皆、貴方の事を心配し‥‥また共に闘いたい、と思っているんや」
一呼吸置き、もう一人の女性‥‥千鶴が、ヘンドリックの目を見つめ、言葉を続ける。
「やから、決して無理はしないで欲しい。周りを見て、私らをも頼って欲しいな」
ヘンドリックは、それに対し、そっと頷いたのだった。