●王の問答
爆音。
地に落ちた砲弾を気にもせず、まるで散歩するように前進するヴァニタスの少年。
その進路上に、歩み出る人影が。
「‥ほう、余の行く手をその身で阻むとは、中々に根性がある」
「‥我が名はフィオナ・ボールドウィン。円卓の主。その立ち居振る舞い。貴様も王たらんとするなら名乗れぬことはなかろう」
「‥名乗らぬのは王の礼に反するか。‥よかろう。‥我が名はカイン・ファウスト‥八卦が一人、『天』のカインにして、王たる者なり!」
その身から放たれるプレッシャー。流石はヴァニタスと言うべきか。
だが、それを物ともせず、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は平静な顔で言葉を紡ぐ。
「まずは語ろうではないか。その余裕を見せるも王の格を上げるものであろうさ」
「よかろう」
その場に留まり腕を組み‥‥次の言葉を待つカイン。
フィオナの横からは月詠 神削(
ja5265)が歩み出、低い声で問う。
「八卦‥‥と言う事は、ロイ‥‥轟天斎たちと、知り合いなの――」
「誰が汝と話すと言った。余が話すと言ったのはそこの女のみ。分を弁えよ!!」
「っ‥」
攻撃行動は行われていない。だが、プレッシャーは一層強まる。
(「さっきのフィオナさんへの名乗りで、欲しい情報は得られた‥弾が落ちた事、それと称号の『天』‥重力使い、か」)
既に目的を達した神削は、それ以上言葉を続けず、フィオナに目配せする。
「ならば問う。何のために、この様な行動に出る?‥何を企んでいる?」
「知れた事。我らの領地に蔓延る『人』と言う害虫を、駆逐するためなり。さすれば彼のお方も、元気を取り戻すであろう」
「彼のお方‥?」
「汝らには詮無き事」
「貴様は‥人の身を捨ててまで、王になりたかったのか?」
「何を言っている?‥我が身は生まれた時より王なり」
最早会話は平行線。王であると信じて止まない少年と、自身が人である事に誇りを持つ少女。
二人の信念は交わることはなく、戦端は開かれる。
「身の程を知るべきだな‥悪魔の下僕よ。所詮貴様は下僕の王に過ぎぬ。真の王たるなら人の器のままでなるが道理!」
「その言葉、そのまま返そう‥!力で劣る者は所詮駆逐される定め‥王にはなれず、王の礎の『賊』に過ぎぬのが定めよ!」
●攻勢
一歩下がり、剣を構える。
剣で陣を描くと共に、その剣は魔弓と化す。それを構え――
「王が避けるか?そのような無粋をすることは無かろう」
挑発の言葉と共に、一直線に矢を放つフィオナ。
「成る程、道理だ。余には避ける理由も無いがな」
そのまま堂々と構え、手を翳しその矢を地に落とそうとしするカインだが‥‥
――矢が、そのまま彼に突き刺さった。
「ぐっ‥!? 賊が、やってくれるな‥?」
神削の推察通り、カインの能力は「重力」。その力は物理法則に沿う万物に影響を与える物の、物理法則に従わぬ物には意味がない。矢の衝撃により、一歩、後ろへ下がるカイン。
魔の矢が刺さった箇所を抑えるカインに向かい、銃弾が飛ぶ。
「銃が効かない?そんな筈はないのだ。狙いが外れただけなのだ」
だが、フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)が行った銃撃は、見えない手で引っ張られるが如く、下へと逸らされ、地面に突き刺さる。そしてそれは、神埼 まゆ(
ja8130)が放った矢も同じ。
「魔法攻撃が有効ですか‥皆さん、遠距離攻撃は魔法で!」
この様子を見た鳴上悠(
ja3452)が号令を飛ばすと共に、その手に十字槍を握る。
横に大きく、薙ぎ払うようにして振るわれたそれから放たれる光の刃は、フィオナの矢同様、重力の防壁を貫き、その服を裂く。
前方のフィオナたちに注意が向いた隙を突き、後方からマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が出現する。その身に加速を促す黒焔を纏い、驚異ともいえる神速で、カインの後方へ回り込んだ!
(「力は不十分ですが‥仕方ありませんね」)
本来。彼女はその身に纏う黒焔以外の、もう一つの「制限解除」――『九界終焉・序曲』を併用し、強大な一撃を叩き込むつもりであった。
‥だが、この制限解除は、使用直後の次の一撃しか効果がなく‥その上、その行動まで「移動できなくなる」と言うペナルティを抱えていた。
故に、彼女は黒焔のみを使い、背後からカインに襲い掛かった。
突き出される、黒焔を帯びた拳。その限りなく重い一撃がカインの背に叩き込まれると共に、無数の黒き鎖が出現し、その四肢を縛り上げる!
「今だ!」
霧状の吐息を吐き出す。その霧が、まるで、生き物かのようにカインに纏わりつく。
「他の八卦たちは、この技を避けようともしなかった。お前は?」
挑発的な言葉と共に、拳を霧に叩きつける神削。
爆発は一直線にカインに向かうが‥‥その途中で、地面に向かって曲がり、その足元で爆破される。 当たってはいない‥だが、これですら神削の計算通りであった。
何故ならば、この爆発は、視界を遮り――味方の接近を援護するための物であったから。
猛然と、宇田川 千鶴(
ja1613)、鴉守 凛(
ja5462)、それとフラッペの三人が、爆煙と砂塵に乗じ、カインへと迫る!
「上からなら‥阻まれない」
凜はジャンプ。上空からの落下の勢いに乗せハルバードを振り下ろし、
「さっさと、倒れてもらわへんとな」
千鶴は、一撃離脱の一閃を放つべく、背の刀に手を掛ける。
(「避難が不可能な以上、ここで阻止するしかあらへん」)
戦闘開始前に、密かにヘンドリックへ連絡。病院内の人間を避難させるようヘンドリックに願った千鶴。然し、帰ってきたのは、動かせない重病人もいるので不可能と言う回答。
『そんな選択肢があるなら、お前らにこんな危険は犯させはしない』
だが、せめての保険はつけた。避難させられる人は全て避難させると。その約束を、取り付けたのだ。
この事実を思い出し、少し緩んだ心を改めて引き締める。
ここを通せば誰か死ぬのは間違いない。
(「そうなる前に、大人しくお引き取り願おか‥」)
●王の宮殿
試験的な攻撃を以って、何が有効で何が無効かを試すと言う撃退士たちの作戦自体は悪くはない。ただ、予想外だったのは、放たれた技が予想以上の威力を持った事。
その身に矢と刃と拳の傷が刻まれ、意外な反撃を受けた「重力使い」カインが行う行動は、予想されるべき物であった。
「余は、どうやら汝らを甘く見たようだ。‥だが、調子に乗るなよ下郎どもがぁぁぁぁ!」
咆哮。その身に似合わぬ大音量と共に、彼の身を絡め取っていた炎の鎖が引きちぎられる。
「王の宮殿に依って、ひれ伏せぇ!」
「ぐっ‥体が重く‥?」
「なんや‥て?」
接近していた千鶴、マキナは、急に体が重くなり、動作が緩慢になったのに気づく。
周囲の木々でさえ、バキバキと音を立て、折れ始めている。
「広範囲の重力増加、か!?」
リビングワンドを放ち、魔法での追撃を行いながら、呟く神削。
近接していた撃退士たちの動きを止めたこの技は、然しある一人に対しては利となっていた。
「好都合‥このまま力を加えて、斬る」
上方から更なる重力に乗り、加速度を増す凛。
それをカインは拳を振り上げ迎撃を試みるが‥その視界は、数々の雑物によって遮られる。
「これなら‥どうかな?」
「へへっ、しっかり味わいな!」
重圧に耐えながらも何とか銃口を上に向け、付近の枝等を打つことで雑物を落下させたフラッペ。
そして、蓋を開けたコーヒーを投げつけたまゆ。
空をまう黒い水や枝が、カインの拳の照準をずらし、風切り音を挙げるそれは凛の肩を掠めるに留まる。
ヴァニタスの一撃は、掠めただけでもダメージは低くは無いが‥直撃よりはマシだ。
「まだ‥終わらない‥同じだけの傷を貴方へも‥」
一閃。
頭上から大きく振りかぶった、ハルバードの振り下ろしは、カインの肩を叩きつけるような形で、大きくよろめかせる。
だが、着地した彼女は、他の二人同様に‥ほぼ動けなくなっていたのだった。
「っ!?」
振るわれる拳に対し、防壁陣を展開。ハルバードを縦に構え、正面からで一撃を受ける。
拳にも重力を付加しているのか、みしみしとハルバードが音を立てる。無論、彼女本人にも、衝撃は伝わっている。
「もう一矢、食らってもらうぞ!」
正面から、再度魔弓に矢をつかえ‥一条の光とし、射るフィオナ。
「正面から撃って来るとは、豪胆な物だな。応じぬは王が廃ると言う物!」
そのまま右拳を真っ直ぐ前に振るうカイン。打ち出された重力球が、光の矢と正面から衝突し‥‥両者が、消失する。
(「まだ多少の油断があるみたいだ‥やるとしたら今しか!」)
悠は、神削と顔を見合わせる。
封砲を使うには、動けなくなった味方が余りにもカインに近づきすぎている。とすれば――
一方、近接組。
重圧に耐えながらも、体を回転させるようにして忍刀を振るい、足を刈るようにして攻撃を仕掛ける千鶴。
正面からのフィオナの攻撃に気を取られていたカインは、それを回避できず――最も、気づいたとしても、先のフィオナの挑発から回避は行わなかっただろうが――足を切られる形でバランスを崩す。そこに叩き落とすようなマキナの拳が振り下ろされるが、これは彼に当たる直前。壁の様な物に阻まれてしまう。
(「‥力が」)
重力の爆増により、思うように踏み込めないせいで、彼女の拳の威力は低減していた。でなければ、この程度の障壁、ぶち破っていた事だろう。
「余に土をつけた報い、受けてもらうぞ!」
波動が放たれる。狙うは攻撃を行ったマキナと千鶴。 だが、そう簡単に攻撃は通さない。
――誰の心にも残らなかったはずの、自分を見て欲しいが故に。
「力押しなら‥負けない‥」
庇護の翼を展開し、ハルバードを前にして‥‥何とか衝撃波から千鶴を守り切る。
「友達‥等とは言わない。せめて、私を刻むように‥」
意識を失い、その場に崩れ落ちる。
無理もない。ヴァニタスの攻撃を、二撃半、受け止めたのだ。防御していたとは言え、重圧による消耗も有る。
限界、だったのだ。
同様に一撃を受けたマキナは、その攻撃の勢いに乗り、何とか重力場のエリア外へと脱出する。
その横を通るように、神削‥そして悠が、前線へと進む。
●血戦
「逃げるのか?自ら余に戦いを挑んだのに」
挑発の言葉を意に介さず、凜を担ぎ上げたフラッペは、接近した悠の力を借り、強引に後方へと抜け出す。
「ん、‥参ったのだ!キミには勝てそーにないのだ‥っ、でも!ボクたちだって、病院のヒトだって、まだ死ぬわけにはいかないのだ!」
仲間の安全を確保するため、潔く後退するフラッペの背に向け、カインは拳を構える。
「だが、余はそこまで寛大ではない。一度余に傷をつけた者を、見逃す事はない」
その重力弾が放たれる前に、カインは、周囲から伸びる無数の影によってその場に縫い付けられていた。
「それはやめておきましょか」
印を結んだのは、千鶴。
(「凜さんは私を庇って倒れた。それを追撃させるような真似は‥させられへんな」)
拘束されたカインに向かい、大きく体を捻り、空中から切り下ろすようにしてその逆手を持った曲刀を振るう。
左拳によって、この一撃は受け止められる。‥元から彼はそこまで攻撃力に特化した訳ではない。更に重力場の影響を受けていると言うのならば、なお更だ。
然し。この一撃もまた、直撃を狙っての物ではない。本命は、後ろにあった。
「悪魔の下僕よ、散れ!」
神削の姿に隠れるようにして、大剣を引きずるように突進するフィオナ。右手を強引に影の鎖から引きちぎり、彼女の薙ぎ払う一撃を受けるカインだが、不完全な受けであるため体勢を崩してしまう。
更なる追撃を行おうと、大剣を頭上に掲げるフィオナ。
「むうっ!?」
然し、すぐさま、突き刺すように大剣を地面に突き刺し、杖として立つ。
――周囲の重力が、一段と強まったのだ。
「はっはっは。如何に論を並べようが、余の前に平伏すのは変わらぬようだぞ?」
「‥戯言を。我は円卓の騎士。我が膝をつくのは、我が認めた者以外にありえぬ!」
その言葉の通り、多大な重圧を受けながら‥未だ、剣を杖にし‥彼女は立っていた。
「ならば、そのまま叩き潰して地に這わせるまで!」
左拳を振り上げたカインの背中に、ハルバードが突き刺さる。
「忘れてもらっては困りますよ」
悠が、突き刺した槍を、少し捻り‥更にダメージを与えようと。
だが、そちらには目もくれず、フィオナに向かって拳を振り下ろす。
多大な重圧が掛かっているこの状況。防御しようとも、恐らくはままらない。故に、フィオナは、正面からの迎撃を選択した。
「騎士王の剣よ、我が手にその力を顕現せよ!」
空に現れた、その半透明の黄金の剣を振るい、体を持ち上げるようにして切り上げる。
剣は拳とぶつかり合い、光が、四方に散った。
●拘りと誇り
光が収まった後。立っていたのはカイン。
一刻も早くフィオナを戦場から脱出させるべきだが、手は足りず。
前衛三人では抑えるのがやっと‥千鶴のダメージも、否めない。
元より、この重力場の中で戦う近接戦を選択したのは、戦略的には良い選択ではなかった。
(「OK、あたしは決めたぜ」)
そのフィールドに全力で突入したのは、まゆ。
(「‥‥あたしの萌えはその程度で止められる程安くねぇ! 絶対、やってやらぁ!」)
彼女を軽視し、カインが注意を向けなかったのを良い事に、彼女は至近距離まで接近し‥‥
――カインの、唇を奪った。
「っ!? ‥はっはっはっは! 中々豪胆な物だ」
大笑いを挙げるカイン。この隙に、既に退意が芽生えていた悠は、すばやく槍を抜き、それを支えにして勢いをつけ、フィオナを攫うようにして重力場外へと脱出する。
「その豪胆さ、我が妃に相応しい。‥ただ、一度死んでもらわねばならぬがな」
振り上げた拳が後頭部へと叩きつけられ、まゆの意識を刈り取る。
更に一撃を加えようとしたカインは、その後方で、力を溜める影には気づかなかった。
「これが真の――私の全力!」
終焉の炎を纏った、猛烈な一撃が、カインの脇腹へとめり込む。
一瞬だけ意識を刈り取られたのか、カインはまゆを手放し、同時に重力場が解除される。
「引き時だ!」
神削と千鶴はお互い目を合わせると、動き出す。空中で前転するようにまゆをキャッチし、そのまま走り去る千鶴と、必殺の一撃を放った直後にカウンターの重力球を受け、動けないマキナを脇に抱えるようにして運び出す神削。
間一髪であった。次の瞬間、周囲の地面は一斉に轟音を上げ、凹んでいたのだから。
「王たる余を、ここまで傷つけるとは、な」
木へ叩きつけられたカインは、口元の血を拭い、人の居なくなった戦場を見渡す。
「次は、確固たる敵と認めよう‥王の全力を持って、排除しよう‥!」
彼もまた、人の居なくなった戦場から‥去った。
好敵手に、敬意を示し。王は撤退したのだった。