斬撃により、廃墟と化した高速の上。
その爆心地から丁度50mの場所に、8人の撃退士は立っていた。
「うわーっ!バラバラですよ!バラバラ!」
周囲に散らばる瓦礫、残骸を見て、丁嵐 桜(
ja6549)が目をキラキラと光らせる。
「トラックまで真っ二つとか‥‥憧れるねぇ」
高野 晃司(
ja2733)も、同様の感覚があるのだろう。遠くにある、割られたトラックを見回す。
「けど、今は一刻を争うからね。‥‥分析は、後だ」
「待ってるのでしょうね‥‥強敵を‥‥ならば‥‥闘ってあげれば」
その隣から、少女が歩みを進める。
紅の瞳に、しかと和服の剣士を映し。アイリス・L・橋場(
ja1078)は、光纏を展開する。
「I desert the ideal!」
●Investigation
意気込みに反して、最初から突入する撃退士は居なかった。
桜とアイリス、この二人が、ボールを取り出していたのである。
「先ずは‥‥私が」
手に持ったテニスボールを一直線に投げ込むアイリス。
そのボールは、範囲内に侵入した直後、真っ二つに分断される。
「なら、これでどうだー!」
地面にたたきつけられた桜のゴムボールも、地面スレスレで切断される。
「一定速度以上で接近する物体に反応しているのかな‥‥?」
「試してみるか‥‥」
撃退士中、最も反応速度に優れる戸次 隆道(
ja0550)が、少しずつ接近する。だが、彼の足が僅かに範囲内に踏み込んだ直後。
「ッ‥‥!!」
風斬り音を聞き、とっさに横に体をずらす。
斬撃は地を抉り、コンクリートに深い跡を残す。
「速度に関わらず範囲内に居れば、斬撃を飛ばしてくるようだな‥‥仕方ない、予定通りに進むぞ!」
●Advance
全員が範囲内に入った後、桜は「依然と、ボールを投げればそちらを斬撃が狙う」と言う事に気づく。
「なら‥‥アイリスさん!」
それを聞いたアイリスが、今度はペイントボールを取り出し、一直線に投げつける。すぐさまそれを切り裂こうと斬撃が飛んでくるが、ボールに向かって飛んでくると分かれば、回避は容易い物。舞うように体を回転させ、横に飛び――アイリスは、斬撃を回避した。
「ペイントのついた物はなし‥‥実体はありませんか」
「‥‥とすると‥‥真空波か?」
事前に撒いてあった粉が、真ん中から裂かれたのを見て、隆道が考え込む。
「次は私の番ですね」
ボールを投げ、すぐさま回避を行う桜。これも回避には成功する。
これを繰り返して、少しずつ近づいていけば‥‥そう考えた矢先、変化は起こる事となる。
「こっちを狙って来た!?」
囮班の様子を見ながら前進していた名芝 晴太郎(
ja6469)が、ヴァニタスの顔が自分に向いたのに気づき、とっさの回避行動を取る。次の瞬間、彼の袖の一部が切り取られ、布片として空を舞った。
ヴァニタスがボールを狙ったのは、速度の関係ではなく‥‥単に「一番自分に近い物体」を狙っただけなのだ。それ故に、囮班の作用を過信し‥‥一気に接近した救出班に、狙いは向いたのだった。
「囮」となるためには無論、注意を自身に引き付ける為の「何か」が必要となる。
囮班の大半には、それが欠けていたのだった。
急激な回避で一度目の斬撃をギリギリで回避した物の、体勢を崩し瓦礫に躓き、転倒した晴太郎を、更なる斬撃が襲う!
「させません‥‥!」
一瞬にして、アイリスの顔の上半部を、血の様な文様が浮かび上がった黒いバイザーが覆う。
身体能力を最大限に引き出すための技――「Alternativa Luna」を使用したアイリスは、最大速度で晴太郎の前へと滑り込み‥‥青銅の盾を構えると共に、花びらの防壁をも展開する!
「はぁぁぁぁ!」
直撃は盾が受け止めている物の、衝突による衝撃波は止められず、彼女の体を傷つける。唇をかみ締め、大きく上に盾を押し上げると共に、何とか斬撃を受け流す。
「はぁ‥‥はぁ‥‥っ」
荒く息を吐くアイリスの横に滑り込む九十九(
ja1149)。
「癒せ。花信風(ファシンフォン)」
言葉と共に小さな旋風がアイリスに纏わり付き、僅かながらその体力を取り戻させる。
僅かに揺れながらも立ち上がり、剣をヴァニタスに向け、挑発する。
「‥‥剣士‥‥の‥‥つもり‥‥なら‥‥私‥‥と‥‥相対しろ‥‥!」
その言葉が聞き取れたのか否か。剣士の顔は改めて彼女に向く。
「今の内に接近しろ」と言うハンドサインを九十九と晴太郎に示すと、改めて盾を構えなおすアイリス。
そこにあるのは、戦士としての意地か。それとも、守りたい物への誓いか。
次の瞬間、再度、巨大な斬撃が飛来し‥‥爆煙を引き起こす。
「ぐぁ‥‥っ」
衝撃に、地に叩き付けられ、2度ほどバウンドする。
再度花びらの盾――「Scut de Ajax」にて、斬撃自体を受け止めたものの‥‥彼女の体力は最早限界。だが、それでも彼女はその場で立ち上がり、挑発を続ける。
「‥‥強敵と‥‥戦いたいのでしょう‥‥?‥‥それなら‥‥私が‥満足させて‥あげましょう‥」
急いで回復のため九十九が引き返そうとする物の、時は既に遅く‥‥3度目の斬撃が、彼女を襲っていた。
●Rescue Attempts
「っ‥‥お前らが死んだら、元も子もねぇからな‥‥!」
鈍金色の銃弾が、遠方から放たれる。音速で飛ぶその弾丸がアイリスの横を過ぎり、斬撃を受けて両断されるまでの間に。決死の覚悟で侵入した医療隊が、アイリスを救出する。
だが、彼女は確かに十分な時間を稼ぎ‥‥救出班、囮班の両方が、斬撃が激化するとされている20mの範囲内へと侵入していた。
救出班。
「ヘンドリックさーん、援護お願いしまーす☆」
鳳 優希(
ja3762)のコールと共に、一発の弾丸が遠方から飛来。それを斬撃が切り裂くまでの間に、彼らは動けなくなった運転手と接触していた。
「しっ‥‥静かに。今、助けますから」
運転手に声を出さないよう言い、ジャッキでトラックの残骸を持ち上げる晃司。出来たその僅かな隙間から、晴太郎が彼を引きずり出す。
「あんちゃんたち、何もんだ?」
小声で問いかける運転手に、彼を背負い上げた晃司は、軽く微笑んで答える。
「久遠ヶ原学園の、撃退士です」
●Close Quarter
一方、囮班。
未だ距離はある程度あり、飛来する風の刃も精密度を増している。
「どれが正解かねぃ‥‥?」
弓を構えた九十九の目は、僅かながら見開かれている。
「生を司る南斗老君、その生死簿に一筆加えてもらうさね!」
飛来する不可視の刃。九十九は、素早く隆道に向かって矢を放つ。その矢は一陣の紫紺の風と化し、彼の前で逆巻く。
飛来した刃が、隆道に向かった物ならば、この風はその軌道に干渉し‥‥隆道自身の反応能力と相まって、簡単に回避ができた事だろう。
だが、その刃が狙ったのは‥‥桜であった。
「うわっ‥‥いたたっ‥‥」
攻撃能力に特化した彼女だが、その分、防御能力は犠牲になっている。
故に、この一撃は、既に彼女の体力の大半を奪っていた。
距離が中程度でしかないこの状態に於いて、不可視の風の刃が誰を狙っているのかを判断するのは、非常に困難であった。それ故に、回避を誘う紫紺の風も、目標が定められず、その効果が半減していた。
即刻桜の周りをそよ風が纏わりつき、その傷を癒すが、ダメージは大きく完全な回復には至っていない。
「まどろっこしい‥‥。近付かれるのがイヤなんて随分臆病なんだね。直接斬り合う度胸もないのかな?」
高速で駆けるは、神喰 茜(
ja0200)。姿勢を低く、前かがみのようにして突っ込む。
友を傷つけられた怒りもその刃に込め、逆手に抜刀するは細身の大太刀。
動かざるヴァニタスの横を抜けると共に、すれ違い様の一閃はその首を狼の牙の如く狙う!
「なるほど。中々の速度だ」
首筋に血が滲む。が、それ以上は切り込めていない。ヴァニタスの右の刀が鞘ごと持ち上げられ、寸での所で大太刀の刃を阻んでいたのだ。
(「突きは危なそうだね‥‥なら!」)
直線に飛ぶ風の刃を警戒し、あえて突きを行わず、銀光を舞わせ大太刀を四方から振るい、首を狙う。
「狙いが一点である分、防ぎやすいと言う物だ」
金属音が、連続で響く。
殆どの斬撃は鞘で防がれ、通った一部の攻撃も、ずらされ、服を切り裂いたのに過ぎない。
だが然し。攻撃を行っているのは、何も彼女だけではない。
紅の闘神が、彼の逆側には立っていた。
「何の事はない、俺はお前が気にくわない。」
その怒りを表すかの如く、赤き髪。
炎の如きその力を示すが如く、赤き闘気。
持てる力を全開にした、赤き闘神――戸次 隆道が、そこには居た。
「蹴り飛ばす‥‥それだけだ!」
回し蹴り。大きく体を捻った遠心力と共に、中段へ放たれたそれは、シンプルながら猛烈な威力を持ち‥‥受けに使われた、左の刀の鞘に、ひびを入れていた。
鞘を元の場所に戻し、逆手でそれに手を掛ける。
「ぬっ!?」
「‥‥抜かせはしない。抜撃を撃たせる訳には行かないからな」
その鞘には、既に赤い糸が纏わりついて、刀が抜かれる事を封じていた。
「面白い‥‥これなら、楽しめそうだ!」
「何を面白がってる‥‥っ!?」
一瞬、右の刀を茜の大太刀ごと大きく上に弾き、手を離したかと思うと、その手は茜の首を掴む。
そしてそのまま強引に‥‥茜の体を隆道に叩きつける!
「くぅ‥‥っ!」
そのまま地に叩き付けられる二人。倒れた事により糸の拘束が緩み、左の刀の拘束が解かれる。逆手に、刀が抜き払われる!
風斬り音。
斬撃は床に倒れた二人の内、上に居た茜の背を切り裂き‥‥一直線に、救出班の方へと向かっていく。
並ばぬよう、包囲の構えを取ったのは良かった。だが、自分たちの後ろには救出班と‥‥一般人である運転手が居る事への注意を、怠っていた。
「っ‥‥守りますです‥‥!」
未だ属性が不明なその風の刃に、正面から両腕を広げ、立ちはだかる優希。
その眼前に、複雑な陣が空気中に形成され‥‥魔法の障壁が、前方に広げられる!
「負けられ‥‥ないのです‥‥」
後方に居る、背負われる直前の運転手に目をやり、改めて「守るべき物」を確認、気力を振り絞る優希。
けれど、気力だけで持ちこたえるには‥‥力の差が、余りにも大きすぎた。
障壁を透過した斬撃の余波が、無数の小さな刃と化し、運転手と、それを背負った晃司を切り裂く!
撃退士であり、防御能力に優れた晃司には、殆どの斬撃は効果を成さず‥‥軽く足を切られた程度の負傷である。だが、既に弱っていた運転手には、多くの小さな傷が刻まれ‥‥血を流していた。
「怪我した人と、運転手さん連れてさっさと逃げてー!」
桜が、立ち上がった隆道と、再度ヴァニタスの前に立ちはだかる。
再度放たれようとしていた風の刃は、然し飛来する弾丸により、ヴァニタスが剣で阻む事を余儀なくされた事で、阻止される事となる。
●幕間〜Final Bullet〜
遠方。「全ての弾丸」を撃ち尽くしたヘンドリックは、再度スコープを覗き込む。
戦況は極めて劣悪。既に撃退士たちのうち、交戦可能なのは桜と隆道、それと運転手を背負った晃司の3人のみ。実質2人がヴァニタスを押さえ込んでいる事となる。
「‥‥拳銃、持って来るべきだったな。‥‥仕方ねぇ。最後の弾丸、使うしかねぇか」
●The Blade
「それで強くなったつもりか!? 与えられた力でふんぞり返っている癖に!」
紅の闘神の、雨のような蹴り。然し、長髪の男は、両の刀でそれを払い、弾き、受け流す。
「如何なる方法を用いようと、力は力だ。‥‥卑怯だと思うのならば、貴様は戦場には向かん」
「卑怯だと思ってはいない‥‥ただ、気に入らないだけだ!」
一刀を踏みつけるようにして足で地に押し付け、そのまま跳躍。体を捻り、頭部への下向きの回し蹴りを繰り出す。僅かに頭をずらし、肩でそれを受けた長髪の男。
ガン。
鈍い音と共に、その足が踏みしめている地面に、ひびが入る。
「その力‥‥覚えておこう。そして貴様には、名乗っておこう。‥‥我が名は秋月 無幻。八卦が一人、『山』のムゲンだ」
「知った事ではないな!」
更にその勢いのまま逆に体を捻り、もう片方の足をも回転させ、叩きつける!
逆手の剣により、この蹴りは防がれ‥‥すぐさま反撃を警戒し、蹴りの反動で空中を舞い、後方に着地する。
直後、桜が猛然と距離を詰め寄り、四股を踏み‥‥力を溜めるための儀式を行う!
「この一撃‥‥受けてみ――」
「次があったら覚えておけ。援護もなしに敵の直前で力を溜めるのは、攻撃してくれと言っているようなものだ」
かの技は、使えば移動する事はできなくなる。故に、必然と敵の直前で使う事になる。だが、それは即ち‥‥無防備な姿を晒すと言う事でもあった。
両の刀による、交差一閃―― 既に多少なりとも負傷していた桜は、そのまま倒れこむ事になる。
●The Price of Final Bullet
隆道が、桜を連れての撤退を余儀なくされた頃。
「なぁ‥‥あんちゃん。あんた‥‥そこに、まだ居るのか?」
「っ!?おっさん?」
「なんかさ、目の前が白くなってな。俺はもうだめかもしれねぇ」
「そんな事言うな!あと少しで‥‥」
「‥‥女房とガキにゃ、よろしく言ってくれや‥‥」
「おい、おっさん、おい!」
包帯で押さえるには余りに多い傷口からの失血は、運転手の体力を‥‥予想よりも早く、奪っていた。
全力で前方に走る晃司は、然し石につまづき、倒れこむ。
そうして‥‥彼は、運転手の体が冷たくなったのを、感じ取った。
「くっそぉ‥‥くっそぉぉぉぉぉ!」
死の恐怖を誰よりも深く感じていたからこそ、他者をそれから守りたかった。
だが、人を超えた暴力は‥‥それを、引き起こしてしまったのだ。
「戦えるのは‥僕だけか」
最後の一筋の望みを託し‥‥運転手を晴太郎に預け、最後の一矢を報いるべく。漆黒の‥‥死神の大鎌を握り締める。
自身の後ろに、恐怖の形である死神の幻影を顕現させ、晃司は、己の怒りを一閃に込め‥‥
「食らえ‥‥最後の、一撃ぃぃぃぃ!」
叫びと共に、光の軌跡が、一直線に長髪の男に向かう。
「むぅっ!?」
正面から、両刀を鞘に収め‥‥交差させるようにして風の刃を飛ばす。
爆音。
爆発。
光の軌跡は男の肩を掠め、傷口を残す。
風の刃は、二つの刃に分裂し、晃司の体を斬る。
「危険だな‥‥ならばここで‥‥」
目に見えぬほどの速度で二刀を腰の鞘に収め、風の刃を放つ。
動けなくなった晃司に、刃は向かっていき‥‥
「――てめぇに、俺の仲間は殺させはしねぇ」
駆け込んだヘンドリックの、左腕を切断した。
「てめぇに‥‥くれてやらぁ。仲間の命に比べりゃ‥‥安いもんだ」
ヘンドリックが、残った片腕のみで晃司を担ぎ上げる。
更に襲い来る風の刃。だが
「ここは通さん!」
晴太郎と隆道が、仲間の運搬を終え、立ちはだかり二人掛りでそれを受け止める。
仲間を、無事に撤退させるために。
暫くして、敵を失った剣士が‥‥その場から、姿を消した。