●Black Sky
「あちら側ですじゃ。ほれ‥‥」
農家の老人に案内され、撃退士たちは田の中の細い道を歩く。
「こういうの、始めてみたー!‥‥っとと」
「落ちたら危ないよ? あんまり走るとだめだよ」
はしゃいで細い道を走り始めたジョー アポッド(
ja9173)が、足を滑らせ田に落ちそうになるのを、雪村 楓(
ja0482)が腕を掴んでキャッチ。「ありがとー、おねーちゃん」とばかりに引っ付くジョーを、彼女も無理に払わず、そのまま手を繋いで歩き出す。
彼女たちの前に見えたのは、空を覆わんばかりの数の大量の昆虫型ディアボロ。
「足場は極悪ですし。敵は多いですね。だけど、正義の味方である私たちが、あのような醜悪な輩に負けるはずがありませんわ」
有安 巳緒(
ja7265)の台詞には少々妄想による誇張も入っている気がするが‥‥気にしないで置こう。彼女の評価は概ね正解だ。
だが、それを緩和すべく、彼女らは策を用意していた。
●Decoy in Air
「ほな、うちらは先に、時間稼いでおきましょうか」
烏丸 あやめ(
ja1000)、神埼 煉(
ja8082)、久井忠志(
ja9301)の三人は、後方で足場を整える仲間のため、先行で囮として虫の群れに向かう。
このうちあやめは水上歩行で泥の上に僅かに浮いている水の幕に乗り、他の二人はそれぞれ小天使の翼を使い空中から虫の群れへと接近する。
「虫サイズと言っても放っておいたら、みんなが迷惑をするの。だから、愛ちゃんたちがきちんと退治するの」
地上から前衛を援護すべく、周 愛奈(
ja9363)が周囲に六花護符を浮かべる。その符が、白い光を放ち‥‥冷気で付近の水分を集結、雪の玉と化す。
螺旋の軌道を描く、その雪玉が、群れに向かって放たれる!
「あれっ‥‥」
‥‥が、まだ足場を整えるための「策」が完成していないこの時間。足場の悪さから、ずぼりと足が泥に嵌ってしまい、発射した雪玉の軌道は逸れてしまう。
虫の注意が愛奈に向かった瞬間。僅かに翼を使って高度を稼ぎ、前へ縦に回転。遠心力をつけたその勢いに、上から一気に踵落しを放つ煉。
遠心力、重力、そして自身の力を注ぎ込んだその蹴りはまるで布を裂くように、虫の群れを引き裂く!
「さすがに空中だと踏ん張りがききませんね」
地面すれすれで何とか踏みとどまり、見上げる。慣性の問題で、どうしても「止まる」と言う動きが行いにくい。そして見上げたその先では、先ほど引き裂いた虫の群れが、再度集結するように元に戻っていた。
「‥‥やはり、何体か落としただけでは、大した被害にはなりませんか」
「これでどうか」
虫たちの更に上。上空から縦横に網を編むような軌道を取りながら、殺虫剤を空中から散布し、ディアボロの駆逐を試みる忠志。だが、全く効果は見られない。
それもその筈、ディアボロは一般的な生物とは全く違う存在であり‥‥一般的な毒程度で駆除されるようならば、撃退士の必要すらなく毒ガス兵器の類によってこの世界から排除されているはずなのだ。
「やはりダメか」
注意を引き付けるように、スピアを振り回す。
回された槍の穂先は、まるで流れ星のような軌道を描き‥‥切り裂くように虫の群れを振り払う。彼‥‥忠志の役目は、元より敵の撃破ではなく「囮になって味方を守ること」。つまりはその耐久力を生かしての盾なのだ。
その槍の光に引き寄せられた虫の群れが忠志に群がったその隙を突き、真下から火炎放射機を構え、トリガーを引くあやめ。噴出された赤い炎は、動物の赤い舌が舐め取るように、虫たちを焼き払っていく!
――今回の敵は密集している群れ‥‥群れが一個体として、統制した行動を取っている状態だ。
その密度故に、点より線、線より面に対する攻撃の方が、群れ全体に与える被害は大きい。
普通のサイズのディアボロならば、幾ら密集していようと一体にしか炎が届かない火炎放射器でも、このサイズ、この密度を持つ群れに対しては、面に対する攻撃となる。
他の二人が「線」の攻撃を行ったのに対し、彼女が行った「面」に対する攻撃の効果は絶大で‥‥大量の虫がボトボトと落ちていく。
「ほな、このまま追い詰めておくで」
更にスイッチを少し捻ると、噴出された炎が青に変わる。縦横無尽に水上を駆け、走り回りながら、虫を焼却して行くあやめ。
彼女を忠志以上の脅威と判断したのか、虫たちは一斉に周囲から囲むようにして彼女へ押し寄せる!
「え、ちょ‥‥」
流石に周囲を焼き払うには、範囲が狭い。周囲全方向から襲来する虫を退ける事は出来ず、持ち前のスピードで脱出を試みるが、それでも何発か刺されているようだ。ダメージはそれ程でもなかったのだが‥‥
「あれ‥‥足が、動かへん」
‥‥どうやら刺した虫の一体は麻痺毒を含んでいたようで、群れの外周まで駆けた所で、段々スピードが落ち‥‥終にあやめの動きが止まってしまう。
足が止まってしまった彼女へ、襲い来る黒い群れ。
「くっ‥‥まずい」
庇おうと上空からドロップキックのように急降下する忠志だが、高度による数のため僅かに間に合わず――
「ちょっと、嫌がらせさせてもらおうかなぁ」
大量の水流によって、群れの前進は阻まれた。
●Support Blast
手に持ったホースから水を噴出しながら、それを振り回し、群れを押し戻す楓。
その姿は、丸で水龍を操る使者のよう。
「ほれほれ、ぬれちゃえぬれちゃえ!」
その後ろから、更に夏とは不似合いな雪の玉が飛来する。
「異界の門を叩きし落ちた魂よ、その欲望ここで鎮めます」
中二全開な台詞を放ちながら、周囲の六方向に六花護符を展開し‥‥魔法陣を構築。 その中で雪玉を精製、マシンガンの様に連射する巳緒。群れの中央を貫く雪玉の、その冷気によって先ほど吹き付けられた水が凍り始めたのか、群れの動きが少し鈍る。
「おにーちゃん!足場の設置、終わったよ!」
「‥‥下に板は敷いたか?」
「言われたとおりにね!」
大きな声で、空中に居る忠志に報告するジョー。
今回はビニールシートだけではなく、その下に木の板を浮かべるという工夫が忠志の発案によって成されており‥‥これが高い効果を発揮し、後衛陣は安定した状態で戦闘する事が出来ていたのだ。
「‥‥後ろ」
「えっ‥‥? っと」
忠志に促され、後ろを確認するジョーは、主たる群れから分かれた虫の一部が、自身の後方から忍び寄っていた虫に気づく。咄嗟に両手に持った自作の虫取り網を右斜めに向かって振り上げ、直後に上段から振り下ろし、その群れを一網打尽として地面に押し付ける。
「逃がさないよっ!!」
駆け寄った藤咲千尋(
ja8564)が素早く阻霊符を取り出し、力を込めてを展開、捕縛されたディアボロの群れの透過能力を封じる。
これで虫ディアボロは捕縛されたはずだったのだが‥‥
「あっと、危ない!!」
異様な動きに気づき、咄嗟にジョーを突き飛ばす千尋。咄嗟に使用した急所外しはダメージを軽減させた物の、元より「回避のための技」ではないこのスキルで回避をする事はできず‥‥針が、彼女の肌を掠める。
一般的な糸で編まれた虫取り網では、普通の虫とはレベルが違う能力を持つディアボロを閉じ込めておく事はできず‥‥結果として、爆発するように、虫取り網からディアボロが噴出したのだ。
「くそっ‥‥この!」
突き飛ばされた勢いのまま地面に背中を擦りつけ、そのまま背中で滑るように距離を離しながら‥‥デリンジャーで射撃し、ライトヒールで千尋の傷を癒すジョー。
デリンジャーによる射撃は「点」に対する攻撃だったため、虫を2匹落としただけであり‥‥「群れ」の総数から見れば決して高い効果とは言えない。だが、彼の攻撃は敵を倒すためではなく‥‥牽制だったのだ。
「殺! 敵は倒すの!」
更に追加で、展開された白い符によって構築された陣から、雪玉が飛来する。駆け寄りながら陣の六方へ雪玉を生成、次々と連射しているのは、愛奈。今回は足場がしっかりしているので、外さない。先ほどの巳緒の攻撃同様、雪玉の冷気は虫たちについた水を冷却させ、動きを鈍らせていた。
一連の行動の間。煉が、動けないあやめを運び出そうと急降下する。
そこへ群れの一部が襲来するが、
「面倒なものです‥‥」
体を捻り、後ろへ螺旋の力を込めた蹴りを放ち、群れに命中したその反動力で加速。両脇下に腕を差し込むようにして抱え上げたあやめを戦闘区域外へと運ぶ。
追撃しようとした群れの前に、忠志が立ちはだかる。
「追わせはせん」
槍を車輪のように回して、粉砕機の如く突っ込んで来る群れを迎撃する。
●Decisive Hit
忠志や煉の尽力により、ほぼ後衛にダメージは向かってはいない。
だが、攻撃手段が「面」や「線」ではなく、「点に」対する物になってしまうメンバーが多い以上。決定的な打撃を「群れ」には与えにくく‥‥戦いは、長期戦の傾向を呈していた。
そして、それは、前衛の消耗をも意味していた。
「このっ‥‥大人しく、世界に還れ!」
縦に六角形に展開させ、六芒星を描く。
巳緒の展開したその符、その陣から放たれた光の矢――多数のエナジーアローが、群れに穴を穿つ。すぐに穴は埋まったものの、その一瞬の間に――
「おにーちゃん、頑張って!」
駆け寄ったジョーが忠志へライトヒールを放つ。
運よく幻惑や麻痺、睡眠は受けていなかった物の、毒は少しずつ、忠志の体力を削っていた。
「しつこい‥‥です、よ!」
十字型に、碧緑の光が、空を裂く。
乱れ蹴りはフェイント。本命の「エメラルドスラッシュ」を十字型に放った煉。
その蹴りは、再度群れを4つに引き裂く。だが、虫の群れはその勢いのままに四隊に分かれ‥‥彼の四肢を襲う!
「くっ‥‥しまっ‥‥」
強烈な眠気に襲われ、空中から落下する煉。それに駆け寄る千尋。上段に弓を構え――
「ごめんね!一発失礼します!!」
思いっきり、振り下ろした。
「げはっ‥‥ありがとう」
一撃によって起き上がった煉が、再度戦線に復帰する。
それと同時に、戦線復帰した者がもう一人。
「うっし、やったるかー!」
麻痺から開放され、再度火炎放射器を構え、水上歩行で縦横無尽に駆け回るあやめ。放たれた炎は、ぼとぼとと虫を地に落としていく。
十分後。全ての虫が、地に落ちたのだった。
●Time of Rest
「うっわ、もう完全に泥まみれ‥‥このまま帰るのもキツイなぁ」
忍刀で地面に落ちて未だもがいている虫を突き刺しながら、楓が愚痴を漏らす。
そのタイミングで、依頼人であるおじいさんが、家から出てくる。
「ありがとうございますじゃ。一応スイカは頼まれたとおり冷やしておりますし、お風呂もつかってもらって構いませんぞい」
「わーい、おじいちゃんありがとー!」
「こら、先にお風呂に入らないとですよ!!」
急いでスイカを食べようと居間に駆け込もうとするジョーを引っ張るように、千尋が風呂場に連れて行く。
「生き残った虫はいないようなの」
「全員焼き払ったみたいやな」
最終チェックを終わらせたあやめと愛奈が戻って来ると、既にそこには切り分けられたスイカが。
納涼の如く、農園の中で食べるスイカの味は格別だった。それが、一仕事終えた後ならばなお更である。
「畑荒しちゃってごめんなさい!!」
深く頭を下げる千尋に、おじいさんは‥‥
「大丈夫べさ。あの虫さえなければ、すぐにでも元に戻せるからのう」
スイカの味に、傷ついた体ですら、少し回復するような気がした。