●Conspiracy
「‥‥んぅ‥‥っ、どうして‥‥どうしてこんな事に‥‥っ‥‥」
人質のうち、泣き出しそうになっていた、高校生の少女が、必死で涙を堪える。
――ショットガンを構えた強盗たちの一人が、ギロリと、丸で「うっせぇ、殺すぞ!」とでも言っているかの如く、彼女を睨んだからだ。
怯え、僅かに体を震わせる彼女を、視線から覆い隠すようにラグナ・グラウシード(
ja3538)が移動し、肩に軽く手を置く。「非モテ騎士」らしからぬ動き――いや、これを行っても意識していない所が、「非モテ騎士」と呼ばれる所以なのだろうか。
「大丈夫です‥‥きっと、無事に終わるはずです」
「どうして‥‥どうして、そう落ち着いていられるの?あいつらは銃を――」
「だからと言って、震えていても事態は全く好転はしまい」
落ち着いた声が、逆側から彼女へ届く。
「‥‥慌てても、嘆いてもこの状況に変化は生まれまい。‥‥ならばただ、機を待つべきだ」
両目を閉じ、休憩でもしているのかの如く、悠然と振舞っているのは獅童 絃也 (
ja0694)。
彼のその姿を見て、少女は少しだけ落ち着きを取り戻す。
(くそ‥‥通帳記帳をしておこう、なんて考えるべきではなかった!どちらにしても‥‥この状態を何とかせねば!)
表向きは少女を宥めていても、ラグナの心中は穏やかではなかった。「騎士」である彼にとって、一般人が危険に晒されるのは‥‥何よりも耐え難き事。そして、心が穏やかではなかったのは彼だけではない。
「‥‥銀行が嫌いになりそう‥‥でござ〜‥‥」
人が逃げ回る際に押し倒されて打ったのか、頭をさすりながら座りなおす断神 朔樂(
ja5116)。
「全く、警察は何をやってるのでござるかね」
外を包囲するだけで、一向に突入しようともしない警察機関に苛立ちを募らせる。だが、幾らそう考えても、念力で警察が動くわけではない。ここは‥‥一般人に紛れ込んだ彼ら撃退士だけで、何とかするしかないのだ。
「然し‥‥この場にこの数の撃退士が居たのは僥倖なのか否か‥‥」
見渡す絃也。そう。彼らだけではない。この場の撃退士は計8人。人質の、約半数に当たるのだ。
●Talks and Diplomacy
周りの仲間に目配せし、仕事のため‥‥女性の姿をした、佐野 和輝(
ja0878)が立ち上がる。
「発言いいか?―――俺は撃退士だ。お前達より俺の方が警察に対して、何かと交渉しやすいだろう。やらせてもらえないか?」
一斉に彼に銃を向ける強盗たちだが、「撃退士」と言う単語を聞いた瞬間、やや怯む。
女性の姿で相手を油断させたのはいいが、撃退士と自ら名乗った事は、一気にその「自身を弱く見せる」と言うアドバンテージを覆す事になる。
「慌てんな!」
一喝。
窓際から戻ってきたのか、リーダーの声により、一斉に強盗たちの動きが止まる。恐怖によりすでに神経が敏感になっていた人質たちも、その声にぴくりと震える。
「ジョウ、リュウ、てめぇらはコイツに銃を向けろ! 他は全員人質たち見張ってろ!」
指示により、浮き足立っていた強盗たちが一斉に落ち着きを取り戻し、それぞれ指示通りに人質や和輝に銃を向ける。
(「あいつが、この隊のリーダーか」)
しゃがんだまま少しずつ位置をずらし、背中に人質たちが来るようにしながら、鳳 静矢(
ja3856)が敵の位置を確認する。
「う‥‥」
先ほどの一喝により、元より精神的には強くはなかった人質の内の子供一人が、泣き出しそうになっている。
「大丈夫だよ。ほら、これでも含んでおきなさい」
差し出された飴玉。子供が見上げると‥‥
――そこには、大きなブラウン管テレビが。
ウキグモ・セブンティーン(
ja8025)は、飴玉を子供に渡し、同時に周囲を見渡す。
(「お金をおろそうと思ったのに‥‥こんな小さな子まで巻き込まれている、か」)
強盗の仲間と思われる者は発見できない。いや、仮に居たとしても、どうやって判断すべきか。その標準を固めねば、無実の者を攻撃してしまう事になるかもしれない。故に、彼は動けずにいた。
‥‥幸運だったのは、ミントとハッカを含んだその飴を食べた少年が、泣き止んでくれた事か。
一方。交渉中の和輝。
「‥‥てめぇが撃退士だって、どうやって証明する気だ?」
「‥‥どうすればいいと思う?」
「おい、ジョウジ。こいつの腕に一発ぶち込め」
ためらわず銃を構える、強盗の一人。それに対し、和輝は微動だにしない。
ドン。
銃声に、一斉に伏せる人質たち。
外を囲む警察の間にも、緊張が走る。
「警視!やはり突入を‥‥」
「ダメだ。」
「何故ですか!今さっき‥‥」
「‥‥子供たちに任せるのを、俺が好きだとでも思うか!?」
「ではどうして――」
「あの子供たちは、俺たちよりもずっとつぇぇんだよ。‥‥俺たちが入っても、足手まといにしかならねぇ。邪魔するくらいなら、こうやって待つべきじゃねぇか?」
●Sudden Strike
銃声の後。無表情なまま、和輝は立っていた。
袖は貫かれ、僅かにその弾痕が焦げていた物の‥‥肌は僅かに赤くなっただけであり、負傷はしていない。
「これで証明できたか?」
飽くまでも無表情のまま、和輝が問う。
目線で「人質から銃を離すな」と指示をし、強盗たちのリーダー‥‥「おやっさん」は、沈重なトーンで言葉を紡ぐ。
「で、何で俺らはあんたに頼らなきゃならねぇ?」
「―――俺は撃退士だ。お前達より俺の方が警察に対して、何かと交渉しやすいだろう。だから――」
「それが何の関係があんだ?わしらが人質を取っている限り、警察は手は出せんよ。ワザワザあんたを外に出して、撃退士の大軍でもつれてこられたらそれこそ一巻の終わりだ」
「――俺が出ようと思ったなら、お前達に止められると思うか?」
「止められねぇだろうな。だが、人質たちはみーんな、道連れになるぜ」
言葉の応酬を続けながらも、静かに「鋭敏聴覚」を発動。
(「まだ地面を擦る様な音がする‥‥もう少し、引き伸ばすべきか」)
元より交渉のみで事を済ませるつもりはない。もう少し時間さえ稼げれば、仲間の準備が完了する。そうすれば、力づくでこの者たちを制圧する事が可能だ。
だが、そんな和輝の打算は、とある者の行動によって、破られる事となる。
「いい加減、見てるのも飽きてきた。延々とつまんない話しかしないからね。‥‥さっさと強いヤツ、勝負しなさい!」
一陣の風が駆ける。
(「戯けが‥‥始まるまで動くなと言ったはずだ!」)
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)の伸ばした腕は届かず、
(「危ないぞ‥‥!」)
鳳 静矢(
ja3856)の放った「気迫」は、飛び出した少女に確かに届いたはずだった。然し、その動きは、止まる様子はない。
(「これは‥‥ただの人間ではない?」)
加速度をつけた少女の蹴りは、強盗のリーダーへ――
「ぐっ‥‥何のつもりだ?」
――直撃する、その寸前に、滑り込む絃也。
少女の蹴りは、強盗たちを狙うと見せかけて実は、和輝の背中を狙っていたのだ。
加速度によって、壁に叩きつけられる絃也だが‥‥ダメージは大きくはない。
「強いのは、拳銃で撃たれてもなんともないそこのお兄さんだって分かったからね!」
「ちっ‥‥何で中身のねぇ交渉をしてきたのかと思えば、こう言う事だったか」
「アレは俺の仲間じゃない」
「知るか!野郎ども、人質を撃ち殺せ‥‥」
リーダーが言葉を言い終える前に、その動きが止まる。
静矢の「気迫」だ。
だが、その言葉の意は、既に部下たちに伝わった。
窓側から戻ってきた一人をも含め、一斉に人質たちの側へと銃を向ける。
「おい、こっちだ!」
ラグナの声と共に、強盗たちの注意がそちらへと引き寄せられる。
銃弾が一斉に彼に向かって放たれるが‥‥メンバーの内でも更に防御能力に特化した彼に対しては、その肌を傷つける所か‥‥痛みを感じさせることすら出来ていない。
スキル「タウント」の魔力は、一般人には思った以上に効果を発し‥‥彼らは、まるで呪いにでも掛けられたように、ラグナから目を離せずに居た。
「いたたた‥‥」
「痴れ者が。射殺されぬだけ慈悲と思え。」
注意がラグナに引き付けられている間に。しゃがんだ状態からバネを全開にし、一瞬で体を伸ばしたフィオナがアッパーを目の前の強盗に叩きつけ、そのまま足を引っ張り引き倒す。
「よっしゃ、行くで御座る‥‥!」
縮地の高速移動を以って窓際から戻ってきた者の背後に回りこみ、鞘に入れた刀の打撃でその者を昏倒させる。鞘に入れたままの「黒漆太刀」を下ろし、一息つく朔樂。
一瞬で、強盗の内、リーダーを含む三人を制圧した撃退士たち。
だが、全てが予想通りに進んでいる訳ではない。
●Accelerating Wind
「あはっ、中々やるじゃない、お兄さんたち。今までで一番楽しめてるよ!」
雨霰の様な蹴りを空中から降らせながら、少女は笑う。
「端‥‥そう、そこのお兄さんの後ろに寄っておくんだ。絶対に出てくるなよ!」
攻撃をいなし、かわしながらも、静矢は後ろの人質たちに、ラグナの後ろ‥‥部屋の角に隠れるよう指示を出す。
目の前の少女は人質を気にする様子はない。その攻撃が人質を掠めれば‥‥そう考えての判断であった。
だが、目の前の少女は、集中せずに楽に戦えるような相手ではない。
「下が‥‥がら空き!」
静矢が目線を人質たちの方に向けたその一瞬。
回し蹴りにより足を払われ、そのまま鳩尾に蹴りが入る。熟練の撃退士である彼は直撃の寸前、刃を自分と相手の間に挟む事で衝撃を軽減した物の‥‥それでも吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる事だけは避けられなかった。更に追撃すべく静矢の方へ駆け寄る少女。だが、その間に高速で割り込む影が一つ。
巨大な刀閃が地を割り、少女の行く手を阻む。
「どう言うつもりでござるか‥‥?」
巨大な刀が、光の花びらと共に散り‥‥元のサイズに戻る。
その刀をキャッチし、再度構える朔樂。
その問いに、少女が答えたのは唯一つ。
「強い者と戦いたいから」
●Reflection
一方、強盗側。
「おやっさん、金庫はそう簡単には‥‥っ!?」
金庫へ向かっていた二人組みが、報告のため戻ってきたようだ。
だが、彼らが銃を構える前に、その一人の手が矢によって壁に縫い付けられる事となる。
「全く‥‥面倒さね。皆張り切りすぎ」
弓を構えた九十九(
ja1149)が、眠たげな目をしながら、弓で彼の手を打ち抜いたのだ。
「けど、仕方ない。さっさと帰るためさね‥‥」
元より休日での「仕事」は彼の本意ではない。さっさと制圧して、帰宅する‥‥それに越した事はないのだ。
もう片方の強盗はタウントの魔力に当てられ、銃をラグナ向け引き金を引く。
銃声に、角に居た人質が、「ひっ」と軽く悲鳴をあげ、頭を抱える。
「大丈夫だ‥‥私が守ろうッ!」
頼もしい言葉と共に、その身で銃弾を受けるラグナ。
騎士である彼は同時にドMでも‥‥閑話休題。
この間に、ショットガンを持った男に至近距離まで詰めよる和輝。その銃を跳ね上げると共に、自身の拳銃の持ち手で一撃を加え、ダウンさせる。そのまま至近距離からトリガーを引こうとする彼を、駆け寄ったウキグモが制止しようとずらす。放たれた銃弾は、強盗の肩を貫き、血を噴出させる。
「この方は強盗ですが、一般人です。‥‥人殺しをする気ですか?」
「そのつもりはなかったんだが‥‥」
撃退士は身体能力、武器威力が共に常人より優れるのだ。このまま撃っていたら、即死させてしまっていた可能性もあるのだ。
他の二人にはフィオナと絃也がそれぞれ詰め寄っており‥‥それぞれが、腕を捻りあげるようにして銃を取り落とさせようとする。
だが‥‥腕にくわえられた痛みによって‥‥彼らは、無意識にトリガーを引いていた。
「ッ!」
放たれた銃弾は、皮肉にも強盗防止のため金属柵が多かったカウンターの上方部分に当たり、跳弾。不規則な軌道を描いて、人質の方へ飛来した。
自身に目標を集める事で完璧な人質の防衛を成し遂げていたラグナだったが、この弾丸二発の不規則な軌道を読みきることは出来ず‥‥結果、人質に、突き刺さったのであった。
「大丈夫!?」
体勢を崩さず、そちらを見やる。
血は出ている物の‥‥それぞれ腕とふくらはぎに当たっており、致命傷ではない。
ラグナ同様、防衛に当たっていたウキグモが制止のため、代わりに弾を受ける事ができなかったのだ。
暫くして、強盗たち全員の制圧は成される。だが、入り口では‥‥依然、戦闘が行われていた。
●Burst Out
(「ぬう‥‥手加減できる相手では‥‥!」)
相手がアウル発現者である可能性も考え、全力を出さなかった静矢。だが、天魔か発現者か。その判定法を持たなかった彼は、力を押さえ‥‥結果として、同様の方針を持っていた朔樂共々、不利な状態に陥っていた。
「どうしたの、その程度の実力ではないのは、分かってるんだよ?」
打撃力はそれほどでもない物の、速度に任せて動き回り、隙を見てのスピードを乗せたスライディングを仕掛ける少女。僅かに回避が遅れ、転倒した静矢にの上へ飛び上がり、踵落としを仕掛ける。
だが、その横から矢が飛来し‥‥回避するために彼女が体を捻ってスピードが減ったその僅かな隙に、巨大な刀が正面から彼女の蹴りを受け止める。
押し切ろうとはせず後ろにジャンプした少女の居た場所を、銀色の閃光が通過する。
「外に出して戦うさね!」
矢で援護した九十九の言葉に、静矢が答える。
「なら‥‥!」
柳一文字を横に構え、アウルをその刃に集中する。
斜めに振りぬいた瞬間、巨大な黒い鳥がその剣先から出現、一直線に少女へと向かっていく!
「うはっ、怖っ!」
横にジャンプし回避する少女だが、壁を破壊するその一撃の衝撃波に煽られ、外に吹き飛ばされてしまう。
「あっちゃー、人前でやるのはダメっていわれてるからね‥‥撤退撤退!」
そのまま壁を蹴り駆け上がり、ビルを渡る。
撃退士たちが外に出た時は既に、彼女は遠くへと消えていた。
かくして、負傷者は出した物の、病院に搬送された事で、何れも無事に一命を取り留めた。
死者はなかったため、報奨金が多少なりとも撃退士たちに出される事となる。
●幕間〜流れる風〜
白いスーツの男の元に、ミニスカの少女が、近くの建物から飛び降りるように着地する。
「おや、貴方が戻ってくるとは珍しいですね。ヨーコ」
「ロイくんか。いやー、いい戦いをしたから、満足しちゃってさ」
「全く、私には貴方が分かりません。その様に自分を抑えて戦う事の、何がいいのでしょうか」
「まぁまぁ、そんな事言ったら、あたしだってあんたの戦法わかんないよ?」
「‥‥まぁ、いいでしょう。貴方が戻ってきた事で、丁度いい事ができますからね‥‥」