●Ignorance
「出てきおったか、カトンボ共が」
街の外れ。白衣の老人が、目の前に並んだ少年少女たちを、まるで見下すような目線で見据える。
「嫌な目・・・私達に対して憎しみも蔑みも無い、観測物として見る無機質な目をしてますね」
嫌悪感を浮かべる雫(
ja1894)。それは恐らく、老人の目に‥‥自分を助けた時の医者と同様の、研究者の「感情を持たない」と言う光を見つけたからだ。
「こんなでっかいの引き連れて…。巨人も水晶もじいさんが作ったものなのか?あんたは科学者か何かなのか?」
桐生 直哉(
ja3043)の問いに対し、老人は直接答えない。
「カトンボに、ワシの研究が理解できるとは思えんがのう。‥‥ゆけい、鬼機! ヤツらを踏み潰し、街を破壊するのじゃ!」
老人の言葉に応じるように、一旦は停止した鉄の巨人が動き出し、前進する。
「鬼機を街へは入れさせませんわよぉ。みんなー!頼むよぉ!」
鳳 優希(
ja3762) の声と共に、撃退士たちは一斉に動き出す。
●Waiting
撃退士たちは、敢えて鬼機の接近を待っていた。
鬼機の目標が街である事を考えると、一刻も早く撃破したいのは明白。だが、老人の能力は不透明だ。
接近しすぎれば、老人の未知の能力によって一網打尽にされる可能性もある。
そこで、彼らは、直ぐに老人の攻撃は届かないだろう、と言う距離に陣取り‥‥先に鬼機の動きを止める事に集中したのだ。
「先ずは‥‥移動力を殺ぎます!」
最初に動いたのは、それなりに速度に優れる雫。抜かれた大剣を上段に振るい、空中から巨人の足を狙い斬りかかる。
だが、鋼の腕がそのサイズに任せ、彼女の一撃を食い止める。
強烈な力を持つ彼女の一撃は腕に大きく食い込むものの、切断には至っていないようだ。
反撃として、逆の腕が彼女に向かって飛ばされる。
「‥‥腕を飛ばすのも、まるで大昔のロボットアニメのノリだな‥‥。まぁ、操ってるのは少年ではないようだが‥‥」
冷ややかな目で老人を見据えながら、水無月 湧輝(
ja0489)が駆ける。
右手で逆手に抜いた白き剣で、最小限の力を用いて雫を横に押し回避させると共に、回転しながら歯車のように鉄の拳を受け流す。
直後、その後ろの直哉が飛来した鉄の拳の横を踏みつけるように加速、突進。
猛然と勢いがついた飛び蹴りは、鬼機の右足に直撃。ぐらりと、鬼機がそちらに傾く。
その機を逃さず、忍刀を外側に向けたまま疾走する月詠 神削(
ja5265)。
(「‥‥何だ、この胸騒ぎ?」)
彼はこの時知る由はなかったが‥‥老人、「鍛冶間 轟天斎」は、彼が以前交戦した事のあるヴァニタス「ロイ・シュトラール」「たつさきさん」と同類のヴァニタス。恐らくは以前戦ったあの者たちと、同じ空気を感じ取った故の反応だろう。
(「‥‥何にしろ、作戦通りにやらないと‥‥また、あの惨劇を繰り返すわけには‥‥!」)
構えた忍刀は、ハサミが布を裂く様に、巨人の足の表面を引き裂く。
だが、やや浅いと言わざるを得ない。速度を重視した武器選択のせいか。
「なら‥‥これですね」
着地後、大きく円形に剣を引きずるようにして振り回し大剣を舞わせる雫。
遠心力をつけた一撃が、終に鬼機の片足を折る。
「時間は稼ぎませんと、ね!」
魔術能力を増強させる、青の光の舞い。それを終わらせた優希が放つ「マジックスクリュー」の風が、折れた片足を遠くに吹き飛ばす。
「念のタメ、デス」
空き缶が放たれる。‥‥フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(
ja7905)が、ある「確認」を行うために投げた物だ。
鬼機の体に当たった物は、何事もなく‥‥カンっと弾かれただけであったが‥‥
「光の糸」に放たれた物は、直前で糸に吸い寄せられたかと思うと‥‥一瞬で、黒こげとなる。
「っ!? ‥‥皆サン気をつけてください、あの『糸』は‥‥『電撃』デス!」
「光の糸のような物」は、実体のあるケーブルではなく‥‥持続的な稲妻のような物だったのだ。水晶玉も老人も移動する必要がないのは、「実体がなく伸縮自在であったから」なのだ。
「あちゃー、それじゃ切れないわねぇ」
いざと言う時に「糸」の切断を目論んだ優希が、少しだけ苦い顔をする。実体がないのならば、切断はできない。
「ま、どっちでも関係ねぇ‥コイツをまずぶったおさなきゃいけねぇからな!」
鬼機の横へ移動した子猫巻 璃琥(
ja6500)が、近距離から電撃を放とうと構える。だが、その直前に‥‥鬼機の表面が発光したかと思うと‥‥猛烈な電撃がその全身から放たれ、接近していた撃退士全員を直撃する!
「へっ‥‥面白いじゃねぇか。だけどな‥‥」
逃げ場なしの全方位電撃。それに直撃されながらも、璃琥はにやりと笑みを浮かべた。
「電撃なら‥‥私の方が強いんだぜ!」
無理やり押し返すように放たれた「スタンエッジ」の電撃。それは終に鬼機に届き‥‥一時的に火花を散らし、その動きを止める。
「今の内だね‥‥」
忍刀で駆け抜けるようにし、再度鬼機の足の表面を引き裂く神削。
と同時に、地面スレスレのスライディングがその足を折る。ミリアム・ビアス(
ja7593)の一撃だ。
「こっちも、吹っ飛んじゃえ!」
優希の言葉と共に旋風が再度巻き起こり、その足を吹き飛ばす。
「その程度で鬼機を止められると思ったかね? 引き戻せい!」
老人が軽く笑う。だが、これこそが撃退士たちの狙い。
「異物が挟まったら、どうなるんだろうな」
「これも一緒ニ、引き寄せてクダサイ」
フィーネが銃を。湧輝が苦無を、それぞれ両足の切断面に向かって投擲する。ガシャンと、関節に雑物は挟まる。
「今だっ!」
そして、撃退士たちの作戦は第二段階へ移行する。
――目標、水晶玉の撃破。
●The Wall of Power
「縮地」を発動させ、駆け抜ける直哉。水晶玉まで半分ほどの距離を稼いだ所で‥‥
「当然、そうなるよのう」
水晶玉の横に居た老人が、ゆったりとした歩みで、その前へ出る。
「さて、他にも実験したい物は色々あるのでのう。‥‥精々、生き残るが良い。カトンボどもよ」
ガシャリ、と音をたて。その右腕が「変形」する。
青い光を湛えた、鉄の円柱。それが、直哉に向けられる。
――次の瞬間。雷光が、駆け抜けた。
「ぐうっ!」
一瞬、直哉の周りに障壁のような物が発生するが、それはすぐさま貫通される。
電撃が彼の体を貫き、その場に留める。
「こんな技術を持っているのに悪魔側についたのは‥‥成し遂げたい事や心残りがあるからなのか‥‥?」
敢えて語りかけた直哉。
少しでもこの未知の敵に対する情報を得るため‥‥そして、注意を引き、仲間たちの接近を援護するため。
「ワシは研究さえ出来ればどこでもよいのじゃよ。‥‥死んでしまっては、研究もできぬからのう」
回答した老人、轟天斎の動きが止まった隙を突き、更に雫が同様に接近。そして老人の視線がそちらに向いた所で‥‥上空から神削と、ミリアムが降下する!
「なるほどのう。こうやって空襲する気じゃったか。‥‥敵軍の絨毯爆撃で揺れる防空壕。懐かしい物じゃ」
言いながらも攻撃の手は止めず。光の軌跡は、自らに一番近かった神削と、ミリアムを薙ぎ払う。
「っち、厄介な爺さんだぜ」
味方の被害を見て、全力移動を以って、横から璃琥が接近。やや回り込むのに時間が掛かった物の‥‥全力移動は、一気に水晶玉へ迫ることに成功した。
「奇襲かえ? ‥‥隙だらけじゃ」
全力移動直後で隙が出来た彼女に、老人は腕を向ける。
「邪魔はさせない‥‥!」
老人と水晶玉‥‥その直線上に、黒い気体が漂う。
「爆破する‥‥『破軍』!」
再度移動した神削が右拳を突き出すと同時に、気体が火薬のように爆発していく。
「ぬおぅ!?こしゃくな‥‥」
老人は攻撃を中断、腕を引っ込めると共に神削の方へと突き出す。
その腕は再度「変形」しており、その前に青い火花と共に円を作り出す。
爆発はその円に触れた瞬間、まるで見えない壁に衝突したかのように、前進を阻止されてしまう。
「電磁障壁じゃな。これも、開発に成功したものの一つじゃ」
「ありがとさん!」
だが、老人がそんな解説を行っている間に、璃琥は攻撃のチャンスを得ていた。
(「鬼機がディアボロだとすると、こりゃ多分魂だ。解放してあげてぇな」)
まだ全力で走った状態から体勢は整えられていない物の、神削の牽制攻撃により老人から一撃を食らう事を避けた彼女は、無理やり持っている符から火の玉を放ち、水晶玉に叩きつける!
「なっ‥‥!?」
その効果は、期待とは程遠かった。
僅かに水晶の表面に傷がついただけで、大きなダメージとはなっていない。
「あのデカイの相手に3人相手で大丈夫かな‥‥さっさと破壊したい所だけど」
未だ鬼機の猛攻を受けている仲間を心配しながらも、ミリアムも銃撃で追撃する。
だが、これは水晶玉ではなく、その前に立ちはだかった老人の金属の腕に命中し‥‥カン、と弾かれる。
「そこのガキんちょが本命じゃったか。‥‥油断したわい」
老人の逆の腕が「変形」し、ドリル状となる。
突き出されたその腕は、接近しており、体勢を立て直せなかった璃琥の脇腹を抉るようにして貫く!
「ち‥‥っくしょー‥‥」
崩れ落ちる璃琥。それに注意を向けた老人の背後から、急速に接近する影。
「油断大敵。これは貰いますよ」
雫が素早くその隙をつき、水晶玉を持ち上げ、全力疾走で離脱する。老人が気づいた時には時既に遅し‥‥彼女は、既に極めて離れた所に居た。
あと少しで、仲間たちと合流できる――
その時、彼女の体を猛烈な電撃を襲った。
「うっ‥‥」
目の前が点滅する。その場に倒れこんだ雫が目にした電撃の元は、彼女が先ほどまで持っていた、あの水晶だった。
●Jumping Jacks
「ふん‥‥」
もう何度目になるか。発射された空飛ぶ鉄拳を、湧輝は回避した。そのすぐ後ろに居たフィーネは、防壁陣を展開し‥‥ハンマーで横に拳を叩き、地面に打ち下ろす。
「ううーん。硬いなぁ」
優希が、最後の一発のマジックスクリューを、糸‥‥電流が繋がっている付近へ叩き込む。
少々疲労や負傷があった物の、足止め班は、十分にその役割を果たしていた。
両足の関節が動かない鉄巨人は、ほぼ移動せず、拳のみを飛ばし周囲の撃退士たちを迎撃していた。
「なーにをしておるか鬼機!その様な者は放って置いてさっさと街に向かわんか! 移動モードを参式に切り替えろい!」
遠くから、老人の物と思われる声が響く。
それを聞いた鉄巨人は、再度その拳を飛ばす。
「バカの一つ覚えか‥‥つまらん」
体を回転させ、ギリギリで刃で拳を逸らす湧輝。
「まともに受ければ刀でも折れるだろうが、これなら‥‥っ!?」
振り向いた彼は、その「変化」に、少し不意を突かれる。
黒い、巨大な影が、既に彼の至近距離に迫っていたのだ。
「ちっ‥‥どうやって飛んだ‥‥!?」
「引力を逆利用シテいるようデスネ」
防壁陣を展開、横から湧輝を守ったフィーネが呟く。
よく見れば、飛ばされた拳は、その先の地点で指を地面に食い込ませている。
鬼機のパーツとその本体の間に何かしらの「引き寄せる力」が発生させられる以上。こうやって逆に使用して、足を動かさずに移動すべき事も可能だったのだ。
「何とか‥‥止めないと!」
再度飛ばされた拳を見、可能な方法を模索する優希。だが、彼女の主力とされる技は、既に今までの戦闘で使い切られていた。「蒼の舞姫打鈴」がまだ有効な内に‥‥少しでもダメージを与えるべく、彼女は魔術書を読み上げる。
雷の弾が、足の部分に直撃する。そのパーツが吹き飛び、間に挟まっていた鉄板が落ちる。
すぐさま鉄巨人はそのパーツを引き戻そうとするが‥‥動かない。
湧輝の剣によって、地に縫い付けられていたのだ。
ギリギリと、引き寄せようと鉄巨人は蠢く。然し、先ほどの体当たりで地に伏せながら、執念で剣を突き刺した湧輝は動かない。
「行かせない‥‥絶対に!」
この引っ張り合いは、巨人の足のパーツが剣で引き裂かれる事で、決着がつくこととなる。
電撃を纏いながら、鉄巨人は街に向かって飛来し――
●Break
水晶玉から発生した電撃によって倒れこんだ雫を、更に光の砲撃が直撃する。
「全く‥‥油断も隙もないわい」
腕を再度「変形」させながら、老人は呟く。
破壊に向かった撃退士たち5人の内、既に二人が戦闘不能だ。だが、雫の行動は水晶玉を老人が防衛できない場所まで引きずり出す事に成功しており‥‥これが、撃退士たちのチャンスとなっていた。
「っ!?」
そちらに駆け寄ろうとした直哉は、然し足が動かない事に気づく。
「対人電磁力発生装置‥‥人の体にも金属は含まれているのじゃよ」
右腕をコイルのような物に変形させ、地面に突きつけた老人がにやりと笑う。
だが、その笑みは直ぐに消える事になる。
「要は足を地面につけなきゃいいんでしょ?」
全力跳躍。このスキルによって空中に浮かび上がっていたミリアムと神削は、範囲より逃れる事に成功する。どうやら磁力発生の範囲は狭いようだ。
着地すると共に、疾走。
深く息を吸い込み、黒い気体を吐き出す。
「今度こそ‥‥!」
右拳を突き出し、爆発を起こす神削。その爆発は一直線に水晶玉に向かい、それを飲み込む!
その爆煙を貫き‥‥銃弾が、抜ける。
「これで終わってくれるといいね」
ミリアムが放ったその銃弾は、水晶のヒビに直撃し――破壊した。
●The Master Plan
水晶が破壊されると共に、街に接近した鉄巨人はばらばらとなり、地に落ちる。
「やれやれ、やはりこうなったのう。もう少し損害を与えておきたかった所じゃが」
悪びれない様子で、老人が頭を横に振る。
「‥‥色々と事を‥‥起こしているみたい‥‥ですが、拠点でも‥‥作る気ですか?」
何とか意識を取り戻した雫が、老人に問う。「アウトロー」は使用済み。少しでも情報がほしい所だった。
「ワシらには既に拠点はある。今回はあくまでも『準備』の一環じゃ。次は――」
「そこまでです、轟天斎。喋りすぎですよ」
空気から固形化するかのように、スーツの男が現れる。
「ロイ‥‥‥シュトラール!!」
仇敵の登場に、ギリッと奥歯をかみ締める神削。
「今回は私に戦意は御座いません。ただ、轟天斎にこれ以上喋られては困りますのでね」
「良いではないか、ロイ。どうせカトンボどもじゃよ」
「油断はなりません。轟天斎。現に貴方の鬼機は敗れたではないですか。‥‥それでは皆さん、失礼致します」
「待てっ!」
追おうとした撃退士たちだが。その次の瞬間、二人のヴァニタスの姿は消える。
「‥‥何か、起こりそうだよね」
ミリアムの呟きは、ただ風に流された。