●Cemetery Entrance
「死人まで利用か‥‥碌なもんやないな」
周辺を漂う死臭。
墓地に踏み入れた瞬間、宇田川 千鶴(
ja1613)はそれを感じ、吐き捨てるように言う。
「利用出来る物は何でも利用する。人間の兵法にも、そう言った物があったはずだよ‥‥」
闇の中から浮かび上がる、大剣を担いだ少年の姿。
すぐさま櫟 諏訪(
ja1215)と千鶴自信のペンライトが彼に向かって照らされ、その姿を露にする。
「死者を呼び覚まし、人を殺させるなどという冒涜‥‥高くつくぞ、下僕」
諏訪たちが居るのと反対側の入り口。門の上に立ち、傲慢その物の態度で、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が少年を見下す。
「家畜相手に、冒涜も何もないよ‥‥」
涼しい顔で返す少年。その台詞に、彼に話しかけ今回の一件の情報を引き出そうとしたアイリス・ルナクルス(
ja1078)が、出かけた言葉を飲み込む。
(「やはり、このままでは情報が引き出せそうにないですね」)
「‥‥で、何しに来たの?」
逆に聞き返す少年に、撃退士たちは一斉に武器を構える事を以って、返答とした。
「なるほど、そういうこと‥‥か。‥‥けど僕も、果たさなきゃいけない義理があるんだ。‥‥そう簡単には、止めさせてあげないよ」
その言葉が終わると共に。一斉に、死体たちが動き出した。
●Advance Without Fear
「HAHAHA、夜のお墓なんて全然怖くないわよ? 目から出てるのは汗だから。ちょっと汗が目から出てるだけだから!」
明らかに苦しい言い訳をしているA班、フレイヤ(
ja0715)を他所目に、死体たちは、一直線に目の前に居たB班へと向かっていく。
「先ずは数、減らさないとですねー」
接近前に迎撃すべく、諏訪が銃弾を最も近かった1体に向かって放つ。
命中。だが目標は爆発せず。
「どうやらグールを盾にして来ているようですねー」
「なら‥‥動けなくするの」
氷の蝶が夜に舞う。
柏木 優雨(
ja2101)が作り出したその魔蝶の群れは、先頭のグールへと押し寄せ、その足を連続で傷つける。だが、さすが耐久に長けるディアボロと言うべきか。一撃で足を折るには至っていない。
「はぁ‥‥たまには真面目に殺りますか」
反対側に位置するA組。ため息をつきながら、九重 棗(
ja6680)がスナイパーライフルを構える。
「八卦、四象、両義、太極‥‥宇宙の万物生成過程を表しているのだ、太極は万物の根源の一つなのだから、何かしらの創造に関するー‥‥やっぱり小難しい事なのだから考える止めたー」
それでいいのか。
そう言いたくなるような台詞を放ちながら、アサルトライフルを構える鈴蘭(
ja5235)。
棗はいざと言う時に即刻移動できるように立ったまま狙いをつけ、鈴蘭は精度を高めるため片膝を着いたまま構えを取っている。実に対照的だ。
だが、その二人の目的は同じだった。前方に居る「グールを」を盾にしてB班に向かっている「死体」を撃破する事。
銃声。
と同時に死体2つが爆ぜ‥‥緑の霧を周辺に撒き散らす。
「挟み撃ちか‥‥」
少年が呟くと共に、二体の死体が、「群れ」の後方へ移動する。と同時に、鈴蘭と棗の下から腕が伸び‥‥彼らの足を掴む!
「やっぱ直に下から召還してきやがったか」
エネルギーブレードを抜刀、そのまま腕を切り付ける棗。一方、鈴蘭は、素早く地面に付き腕を振るい‥‥大剣を取り出し、大きく遠心力をつけ回転、地面の腕に向かって振り下ろす!
「こらー!リリーは脆弱なのだから近距離戦をさせるなー!ぷんぷん、なのだよー!」
この行動は、彼らを見事腕の拘束から解除する事に成功する。‥‥のだが。
次の瞬間、爆発が起こり、緑のガスが周囲に撒き散らされる事となる。
「危ないっ!」
フレイヤが肩から二人に激突、彼らを範囲外へ突き飛ばす事に成功する。
無論、彼女自身は毒気を浴びてしまうが‥‥
「まだ‥‥大丈夫みたいね」
事前に「レジストポイズン」を使用したため、事なきを得たようだ。
それでも長時間このガス内に居れば、何れ侵食される。そのため、彼女は急いでガス外‥‥レオンやグールの方向へと移動した。
ファイヤーブレイクの詠唱しようとした彼女は、然し思いとどまる。
グールの一団の位置は少年に近く‥‥このまま放てば少年を挑発する事となり、開戦は免れない。ケーンで魔術を放とうにも前進する必要があり‥‥物理を得意としない、魔女である彼女にとってのリスクは余りにも大きかった。
「退けっ!私がやる‥‥!」
コンポジットボウを構え、前に出るフィオナ。その連射は然しグールに阻まれ、「死体」には届かず。
死体群は、一歩ずつ、B班に近づいている。
●Deadman's Strategy
「私の蝶は‥‥冷たいよ?」
再度、優雨が大量の氷の蝶をばら撒く。それは既に満身創痍であった先頭のグールを更に切り裂き、動きを止める。
「集中攻撃ですよー!」
諏訪の号令に合わせ、アイリスのオートマチック、千鶴のコンポジットボウによる攻撃が一斉に降り注ぐ。弾丸の雨に、体力が高いとは言え既に大量のダメージを受けたグールは、その場に倒れこんだ。
「‥‥灰は灰に‥‥塵は塵に‥‥!」
即座にアイリスが前進。腰から予備の剣を抜き、倒れたグールの頭部に突き立て、その場に縫い付ける。
「一体倒されちゃったか‥‥」
抑揚の無い声で、少年が呟く。
即座に別の一体が間に入り、穴を塞ぐ。
「下にも気をつけてくださいねー」
別班からの連絡を受けた諏訪が、墓石の上に立ちながら、「ストライクショット」を放つ。
弾丸はグールの頭部に命中、少しその行動を遅らせるが‥‥やはり、多大な耐久力の前には、撃破する事は敵わないでいた。
「なら‥‥!」
超大型剣「ブラストクレイモア」を抜刀。足を開いて横に大きく体を捻り、姿勢を低く。
その剣を黒き光が覆う。「Regina a moartea」――死の女王の名を冠した、彼女の技。
一気にバネを開放し、振るわれた剣閃は、目標の体を両断し――
――目標が、緑の霧となる。
「一瞬で‥‥入れ替わった、の?」
僅かに。ほんの僅かに、驚愕の色を浮かべる優雨。
どうやら諏訪が攻撃する際に、ペンライトの照射が一瞬だけズレた隙に、グールは死体と入れ替わったようだ。
全く同じその姿だったからこそ。
すでに傷だらけの死体で、撃退士たちがつけた傷が目立たなかったからこそ。この様に入れ替わる事ができたのだ。
「げほっ‥‥げほっ」
ロングコートで飛び散る液体を防ぎ、全力で後退するアイリス。だが、そこには、更なる緑の霧が広がっていた。
「僕の好きな時に、こいつらを爆発させる事もできるんだ」
淡々と呟く少年。
「面倒な方法、仕掛けてくれやがりますな」
一陣の風が駆ける。
千鶴が、迅雷を使い‥‥至近距離にいた本物のグールに一撃を与えようとするが、霧に視界を阻まれ命中せず。だが、この技で稼いだ距離は、彼女にアイリスを引っ張り、共に霧の外へ脱出する機を与えたのだ。
「今‥‥直すの」
即座に「レジストポイズン」を2人に使用する優雨。これは千鶴の毒を消し去ることに成功し、アイリスの毒をも軽減させる。完全に消えなかったのは、恐らく2倍で毒霧を受けたからだろう。
(「タオルは効果なしか‥‥空気に近いのかな?このガス」)
完全に酸素ボンベでも背負わない限り、空気と完全に混ざり合う毒気のようだ。
それこそ、目の前の空気を呼吸しない‥‥と言う事以外では、防御は困難だった。
「げほっ‥‥ありがとう‥‥」
咳き込みながらも、アイリスは思慮を巡らせる。
あの霧自体は衝撃も熱も、ダメージを伴う要素は何一つない。ただ人の体を毒に犯し、その毒が体力を削るのだ。
それ故に、彼女の盾‥‥「Scut de Ajax」を展開しようとも、これを防ぐ事は出来ない。何故ならば‥‥盾とは、傷害を防ぐ物。「毒の付与」と言う動作に対しては、無力であったからだ。
元より、幽霊や怖い物が苦手な彼女の事。ここまで頑張ったのは、既に賞賛すべきだろう。
●Changes
変わって、A班。
依然として一斉射撃は続いている物の、こちら側に立つグールが「2体」だったがために、目標、ダメージが分散され、1体も倒せずにいた。
「ゴキブリ並みにしつこい輩だな‥‥いや、下僕以下‥‥ゴキブリで正しいか」
フィオナの自信に満ちた顔に僅かな苛立ちの色が浮かぶ。だが、それでも攻撃の手は休めない。
放たれた矢が、正確にグールの右手を打ち抜く。
遠距離攻撃を持たない相手に対し、遠距離から一方的な射撃で攻撃する彼女らの戦術は正しい。
だが、誰一人として指揮協調を行わず‥‥また、「優先度が同じである目標が複数居る」と言う状況が作り出されていたがために。このように攻撃が分散し、敵物量の減少が捗らない状況を作り出したのだ。
「リリー、カンカンなのだよー!」
痺れを切らした鈴蘭が、アサルトライフルに更に力を込める。
「ブーストショット」‥‥命中率を犠牲にし、威力を増したその一撃は、終にグールの一体を正面から捉え、貫通。
地に倒れさせ、動けなくする。
「いい加減、面倒になってきたから‥‥」
棗の放った弾丸が更に倒れたグールの場所から防衛を抜け、後方の死体一体に直撃して緑の霧と化す。
「こっちが劣勢か。‥‥んじゃ、こう言うのはどうかな」
少年の声と共に、更に三体の死体がA班の足元から出現。
「ううひゃーぁぁぁ!」
怖がって居ない、と言い張っていても、怖い物はやはり怖い。
足首を掴まれたフレイヤは、パニックの勢いそのままに、魔力を込めた杖を振り下ろし、掴んだ腕を粉砕する。無論それは爆散し、緑の霧となって彼女を包むが‥‥先ほど同様、事前に毒への耐性を高めてあった彼女には意味がない。
然し、即座に墓石の上に乗った鈴蘭は兎も角‥‥フィオナ、棗の二人は、フレイヤ同様、死体に掴まれていた。
「離せ‥‥下郎が!」
アイリスと同様の大剣‥‥「ブラストクレイモア」を抜刀。処刑ギロチンの如く振り下ろし、フィオナは首を地面から出したばかりの死体の首を刎ねる。
「ったく、調子に乗っちゃって‥‥」
同様にエネルギーブレードで腕を焼き切る棗。
次の瞬間、緑の霧が一帯を包み‥‥彼らを、毒が犯す。
それを確認した少年は、薄らな笑みを浮かべ‥‥手を挙げる。
次の瞬間、B班に向かっていた筈の死体の群れは、横にある金属フェンスへと向かっていった。
●Blocking Mist
「フェンスに向かってるで!」
千鶴の警告に反応し、諏訪が銃を構える。
「させませんよー!」
放たれた銃弾が、外側の死体の一体に当たり、緑の霧と化す。どうやら今回はグールを盾にしていないようだ。
「急いで‥‥倒すの」
優雨から放たれた光弾が、もう一体をも霧と化す。
「この魔女が、一気に殲滅するわよ!」
群れが少年から離れ、金属フェンスに寄った今が好機。
黄昏の魔女は、その頭上に火球を練り上げる。
「‥‥もうこれ以上、誰も死んで欲しくないもの」
既に死した者は、もう戻らない。せめて今は、生者を守りたい。
その思いを込めて‥‥火球が放たれ、爆発する!
その爆破は範囲内の全ての死体を薙ぎ払い、緑色の霧と化す。
「思い切った方法に出た物だね」
少年の台詞とは裏腹に、その笑みが消えない事に、千鶴は嫌な予感を覚える。
緑の霧が一帯を漂い、唯でさえ暗い夜を照らしている、撃退士たちのライトの光を遮る。その中に何があるかは見えず、ただ金属を曲げるギリギリと言う音が響くだけで――
――金属を曲げる音!?
「グールが混じっとったんや! 皆、出られる前に打ちぬいたれ!」
その声に、その場に居た撃退士全員が一斉に各々の武器を構え、雨あられのように弾丸や矢を降り注がせる。
だが、霧の範囲は余りにも広く‥‥その中に居る1体のグールを狙うのは困難だった。
何発かは当たる物の、生命力が高いグールを撃破するには至らず。風が吹き、霧を散らす事を誰もが願った物の‥‥この日は、晴れており‥‥無風だったのだ。
かくして、音は静まり‥‥霧は晴れ。
そこには、曲げられた鉄柵のみがあった。
「1体、抜けたみたいだね」
再度手を上げ、死体を3体召還。出現したのはアイリスの足元。どうやら、体力が減っている者から撃破しようという魂胆らしい。
「‥‥「死」を弄ぶとは‥‥全て元の安らかな眠りにつかせてあげます‥‥」
大剣の一閃。と共に反動で後退。死体2体の間を抜けて脱出しようとするアイリス。だが、彼女が通過するより早く、死体が爆発し、毒の霧が彼女を包み込む。
千鶴が再度迅雷を運用、突入し彼女を引っ張り出すが、ダメージの累積からか、アイリスは既に意識を失っていた。
「そろそろもう手札切れなのではないか、下僕?‥‥いい加減、尻尾を巻いて逃げ出したらどうだ?」
挑発の言葉を掛けながら、一歩踏み出すフィオナ。だが、次の瞬間、彼女は二本の腕につかまれていた。
「もう少し、あるよ‥‥一体、封じられたみたいだけど」
フィオナを掴んでいたのは、先ほど倒したグール。
ディアボロとしての死を迎えたことで、元材料の「死体」に戻り‥‥それを、レオンが操作したのだ。
もう一体居たはずなのだが、先ほどアイリスが頭部に剣を突き刺したことで、動けずにいた。
緑の霧を生み出す、爆発。
何とか後退し霧の範囲から脱出する物の、フィオナもやはり、毒を受けていた。
「瘴気も満ちたし‥‥頃合かな」
背を向ける少年に、諏訪が語りかける。
「たつさきさんとかロイとはお知り合いですかー?」
その言葉に、少年がピクリと反応する。
「ああ、そうだね。たつさきは‥‥いけ好かないけどね」
この言葉によって、彼がヴァニタスである事が実証される。手出しせずだったのは正解と、撃退士たちは胸を撫で下ろす。
「わざわざ中途半端に手を出して、鳥取、岡山とこの辺りで何を準備しているのですかー?」
「大人しく答える義理はない。‥‥次に会う時には、分かるだろうけどね」
そして、少年の姿は、闇へと消えて行った。
●幕間〜潜む物〜
「如何でしたか?レオン」
「『瘴気』が満ちたからね。準備は完了している。何時でも発動できるよ」
「鬼機を破壊されましたが‥‥轟天斎も『展開』は終わらせておりますし。次の段階‥‥でしょうか」
「それだと‥‥」
「ええ。カインとバートの出番です」
「また癖の多い人を選んだね」
「片方は貴方のお兄さんでしょう?」
「そうだけど‥‥偶に、本当なのか疑わしくなるね」
「違いありませんね」
●End Report
報告書追記
「逃げ出したグール一体は、クラブ帰りの通行人3名を負傷させる物の、付近に駐在していた撃退士により討伐。他に人員の損害はなし。学園からの撃退士に感謝を」