●When the night falls
「大目玉、食らっちゃいましたね‥‥」
街の入り口、ディメンションゲートのすぐ側。 月夜見 雛姫(
ja5241)は、大きくため息をついた。
彼女が持参しようとした各種アイテムの内、高輝度ケミカルライトと化学薬品は、先生に『申請に時間が掛かる』とされて出発に間に合わず、ガソリンは危険物なので貸し出し許可が下りなかったのだ。
「時間が掛かるで御座るし、他のアイテムは確保できたので大丈夫だと思うでござるよ」
と、こちらもアイテムを準備する虎綱・ガーフィールド(
ja3547)。 彼が準備したのは木の棒に布を巻きつけた、簡易松明と言うべき代物で、彼はこれを三つ携行していた。
「そうですね。それでは、私たちは先に上にあがります。後は頼みますね」
この二人は、今回の作戦で皆の誘導や、敵と目的の少女の位置探索をする役目を請け負っていた。
彼らが屋根裏に上がった後、残りの撃退士たちも侵入の準備を行っていた。
「これでよし、っと」
盾にペンライトを巻きつけた高野 晃司(
ja2733)の声に合わせ、傭兵たちは街中へと向かっていった。
●The search
「迷宮のような廃墟に住まう屈強なディアボロ‥‥まるでミノタウロスね。それに挑む私たちは、英雄テーセウスってとこかしら」
呟くのは蒼波セツナ(
ja1159)。
彼女の所属するA班を含め、傭兵たちは二班に分かれて、違うルートから街を探索していた。
結果的に言えば、この必要はなかった。と言うのも、少女の居場所は、未だ点いていた懐中電灯により、屋上に居る雛姫に明確に示されていたのだ。
結果、その誘導を受けていた二班は、大体同様のルートを通過し、目標地点へと向かう事となる。
「然し、余りにも静かで御座るな。どこかで襲ってくると思ったので御座るが」
雛姫の影に隠れ、奇襲を警戒していた虎綱が緊張した声を漏らす。
単独で行動している彼ら二人に対しディアボロが襲来する可能性を考慮し、松明三つと阻霊陣まで使用して警戒の陣を張ったのだが、未だにそのディアボロの姿は見えなかった。
一方、雛姫の誘導が幸いし‥‥探索班は二班とも迷わずに、少女の元へとたどり着くことになる。
「お兄さんたち‥‥誰?」
「もう大丈夫よ。私たち、あなたの先生やお父さん、お母さんに頼まれてね。助けに来たの」
その言葉で安心したのか、少女は涙を浮かべながら、手を差し伸べた博士・美月(
ja0044)の懐へと飛び込んだ。
カラン。
「‥‥っ!」
この瞬間、物音がした。
それを聞き、警戒した晃司が急いで振り返ると‥‥そこには、空き缶が落ちていた。
「何だ、脅かしてくれてー」
「違うわぁ。上よ!」
晃司は、上方からディアボロが降下するのを、目の当たりにする事となる。
●Nightmare Invades
「やってくれるな」
斧の一撃を盾で受けた晃司が舌打ちする。後ろに転がり体勢を立て直し、キッとディアボロを睨み付ける。
「ふふふ、随分と大物みたいねぇ‥‥楽しみだわぁ‥‥」
妖艶な笑みを浮かべ、最初にディアボロの不意打ちに気づいた者――黒百合(
ja0422)が、ディアボロに飛び掛る。振るわれたショートソードはただのフェイント。本命は‥‥首筋狙いの、サバイバルナイフの一撃!
「ウガァァァァ!!」
首筋に突き刺さるナイフ。その痛みにディアボロは強烈な咆哮を挙げ、同時に大きく斧で黒百合の胴に向かって横薙ぎに薙ぎ払う!
フェイントにソード、本命にナイフを使った黒百合。至近距離からではこの一撃は回避できず、大きく吹き飛ばされる事になる。
「くっ‥‥!!」
「ウォォォォ!!」
更に振りかぶり斧を投擲して追撃しようとするディアボロだが――
「あァ!? 好き勝手にぶん回してるんじゃねぇよゴルァ! 鬼殺しの桃太郎がお迎えに来たぜェ!」
斧を振り上げがら空きになった胴体を、郷田 英雄(
ja0378)が刀で切り上げ、そのバランスを崩す。そのまま郷田は背後に抜け、二連射で放たれた石田 神楽(
ja4485)の銃弾が更にディアボロに突き刺さる。
「ここは不利です。広場へ移動しましょう」
射撃でディアボロの注意を引きながら、神楽が慎重に後退していく。狙いは「先回り」の発動の防止。20m以上離れなければ発動できない、と言うこの能力の隙を突いた物だ。
「っ、見失いましたか!?」
だが、最大の問題はこの暗さだった。10m離れていれば懐中電灯の光度は落ちる。その中で突如ディアボロが動いたならば、見失う可能性があるのも当然と言えよう。
一丸となっていた撃退士はすぐさま防御陣形を展開するが‥‥ディアボロは現れなかった。
●Sudden Strike
一方、観察班。
雛姫と虎綱は、味方に合流し、敵の後方に回り込むべく急行していた。
だが、幾ら雛姫が地図を丸暗記しており、星の位置で方角を大体判断できたとはいえ、この街は長い間放置された為に崩れていた所も多い。彼女らは回り道を余儀なくされ、中々味方と合流できずにいた。
(「不味いでござるな‥‥今襲撃されたら‥‥」)
そんな虎綱の心配は、見事的中する事となる。
探索、戦闘班から離脱したディアボロの「先回り」目標は、範囲外に居た雛姫だったのだ。
視認せずとも、音等の気配で大体の位置が感知できれば、先回りは可能だった。
「下ですか!?」
足元のマンホールから這い上がって来たディアボロに対し、雛姫はとっさに後方にバックステップ、距離を取る。と同時に、虎綱が前に出、先制攻撃でダガー投げ、ディアボロの足を狙う!
「疾ッ!」
「グォォォォ!?」
緩慢なディアボロにそれが回避できる訳もなく、ダガーは見事に足の付け根に突き刺さる。
だが、伊達に頑強な男の姿をしている訳ではないらしい。まるで動きに鈍りは見せずに、逆に斧を虎綱に投げつけるディアボロ。
「危ないで御座るな。‥‥然し、このままではジリ貧で御座るか」
素早い身のこなしで斧を回避した虎綱。
ギリ、ギリと音を立て、床に刺さった斧を回収するディアボロ。
この時、周囲を見回していた雛姫が、妙案を思いつく。
「そこっ!」
二丁拳銃から放たれた銃弾は、ディアボロを大きく逸れ――
――その頭上にあった、多数の看板を支えていた鉄のフレームを折った。
まるで雪崩のように落下する看板。ガラス、プラスチック、金属――ありとあらゆる材質の破片が、一帯に散乱する。
「今のうちです!」
再度合流のために移動する二人。その後ろで、静かに破片の山の中から、黒い影が起き上がる。
●Redirect
ディアボロを見失った戦闘、探索班は、慎重に少女を防衛しながら後退していた。
だが、雛姫の誘導を失った今。 彼らは、このコンクリートの迷宮で、迷子になっていた。
「大丈夫よ。絶対あなたを、ここから連れ出して見せる」
「まァ、大人しくしてりゃ俺が守ってやるさ。‥‥騒いだらあぶねぇからな。 これやるから、静かにしてろよ?」
涙目になっている少女を安心させるように、美月が言葉を掛ける。
と同時に、郷田がおにぎりを取り出し、少女に差し出す。 小さくうなづき、少女はそれを受け取った。
その時、ゴゴゴ、と地鳴りがした。「ひっ!?」とおにぎりを取り落とす少女を美月は抱きしめ、撃退士たちは各々の武器を構える。彼らの居場所は広い広場のほぼ真ん中。先回りされる可能性はほぼなかった。
――その、筈だった。
「ウォォォォ!!」
水しぶきと、瓦礫が破壊される音を上げ、広場の噴水の中からディアボロが起き上がる。
周辺の警戒を怠っていなかった撃退士たちがこれを見逃すはずはなく、セツナが雛姫から事前に受け取ったケミカルライトを周辺一帯にばら撒くと共に、郷田、晃司が陣形から突出。
横薙ぎでそれを攻撃しようとディアボロだったが――
「妨害、させてもらいましょうか」
黒い光を纏う神楽が放った銃弾が斧を僅かに上に弾き‥‥二人は僅かに掠められただけで、ディアボロに接近する事に成功した。
「さて、テメェには十万億土を踏んでもらう!」
回避のため地面スレスレの低姿勢で突進していた郷田。そのまま体を捻り遠心力を突進に追加し、まるで螺旋のような軌道を描き斬撃でディアボロの脇腹を抉った。
同時に逆側からは、ディアボロの視界を盾で覆いながら、晃司がナイフで切り抜ける。
実は、このディアボロの攻撃力を以ってしても、盾でさえ受けられれば、鉄壁の防御能力を誇る晃司には余りダメージとはならなかった。そのため、晃司が注意を引き付ければ、あるいは楽にこの戦闘の勝利は得られたかもしれない。
だが、攻撃力の差からか、ディアボロが脅威と見なしたのは郷田の方だったのだ。
「グォォォォ!」
大きく横に振りかぶった裏拳が、郷田を吹き飛ばす。だが、その影から、後方に回り込み接近していた黒百合が、再度サバイバルナイフを振りあげる!
「ふふふ、切って、裂いて、抉り出してぇ‥‥無残で素敵に死になさいねぇぇ!」
その言葉の通り、突き出されたサバイバルナイフはディアボロの右目を抉る。
「グァァァ!?」
痛みに凶暴性を刺激されたのか、腕を振り上げ至近距離まで接近した黒百合に叩きつける。
黒百合は腕を掴んでその軌道を逸らそうとしたものの、如何せん筋力の違いがありすぎたのだった。
「くうっ‥!やってくれるじゃなぁい?」
叩きつけられた勢いで味方側へと滑り、立ち上がる黒百合。
残りの体力は僅か。もう一撃直撃を受ければ、もう立ち上がれないだろう。
尚も暴れまわるディアボロの目標は‥‥陣の後方に居る、少女に向けられた。
●Self Sacrifice
「させない!」
投げられた斧を、セツナと神楽は迎撃しようと試みる。
だが、高速で動く物体を空中で迎撃しようとするのは日中ですら至難の技。ケミカルライトの光量では不足であり、懐中電灯は照射範囲に難があるこの暗闇の中で当てるのは、撃退士たちの技量を以ってしても困難であった。
それでも命中に優れる神楽の銃弾は2発ほど当たる‥が、質量が違う。斧は依然として少女に向かって飛来する。
ザシュ。
斧が突き刺さったのは、少女を庇った美月の背中。
ぎゅっと、彼女は少女を抱きしめ、
「大丈夫‥‥よ。絶対に、あなたは、安全にここから出してあげる‥‥‥」
「テメェェェェ!」
怒りに震える郷田がディアボロに斬りかかるが、突如その姿が掻き消える。
「先回りか!?」
と神楽が周囲を警戒するが、彼が目の当たりにしたのは、丸で弾丸のように飛来するディアボロ本体。
そう、引力を使って、ディアボロは「斧を回収」するのではなく、「自身を斧に向かって飛ばす」攻撃を行ったのだ。
セツナの光の弾による迎撃をダメージを受けながらも突っ切り突進するディアボロ。晃司が盾で強引にそれを受け止めるが、この質量と引力による加速で、押される形となってしまっていた。
そのまま、崩れ落ちた美月と、その懐で泣く少女に手を伸ばすディアボロだったが――
「お待たせしたで御座る!遅れて申し訳御座らん!!」
大きくジャンプした虎綱が、ディアボロの頭上に落下しながら頭蓋に向かってダガーを突き刺す。頭を逸らして直撃を避けたディアボロだが、肩にダガーが突き刺さる。その隙に晃司がシールドに力を加え、僅かに押し戻す。
それを利用して振り向き、後方から高速接近していた郷田、黒百合を両拳でそれぞれ迎撃しようとしたディアボロ。然しそれは、セツナの光弾により阻まれる事となる。
「あいにく、しつこいやつは嫌いなのよ」
顔面に当たる光弾で視界が一瞬潰され、突き出された拳は空を切る。その一瞬で縫い付けるようにして黒百合のサバイバルナイフを足に突き刺され移動が不可能となり‥‥
「ふむ、今度こそ‥‥‥貰ったァァ!」
視界を補うため、両目を見開いた郷田の刀によって、胴を両断された。
●Hero Returns
「大丈夫ですか、博士さん」
「ええ、何とかね。とりあえず、あの子が無事でよかったわね」
「ええ‥‥」
重いダメージを受けた美月を支える神楽を先頭に、撃退士たちは雛姫の置いたケミカルライトを目印とし、街の外へと向かっていた。
神楽は、どうやらあの少女に、自身の妹のような面影を見ていたようだ。
「この斧、普通の斧だったみたいね。‥‥とすると、引力はあのディアボロの方が発生させてたのかしら」
「そうみたいじゃない?持ち帰るには重過ぎるし、私はパスよぉ」
残念そうにしながらも、ディアボロの武器であった斧を放棄する黒百合とセツナ。
「よく頑張ったね。でも、パパとママに心配かけたらダメだよ」
と、姉のように少女を注意する雛姫。落ち込む少女に――
「ほれ、次は賭けをする、と言われても、こういう危ない所には来るなよ? その代わりこれを見せて言うんだ。『私の勝ちだ』、ってな」
そっと、先ほどのディアボロをの写真を差し出す晃司。「何時の間に撮ったの?」と怪訝そうにするセツナに対し‥‥
「ああ、盾で突進を受け止めた時だ。片手でちょいとなー」
「それをやってたから押されたんじゃ‥‥‥」
「までも、喜んでるからいいんじゃない?」
写真を嬉しそうに見ている少女に、最後に虎綱が話しかける。
「友達も大事で御座るが命の方がよほど大事で御座る。時には断るのも勇気で御座るよ」
「‥‥‥」
「それでも怖ければ此処に八人、友達がいることを思い出して下され」
差し出された小指。少女はおずおずと手を伸ばし‥‥自身の小指を絡め、微笑んだ。