●Kill or Not Kill、that is the problem
殺せ、殺せ。
先ほどから、頭の中はそればかりだった。
剣を振ったら、目の前のアイツから血が吹きだした。すっきりした。
――だって、あいつらがあたしにした事に比べれば――
「ねぇ。なんか操られてるっぽいし、あの人ごと斬っていい?」
向かってきている涼香を見て、神喰 茜(
ja0200)が腰の刀に手をかける。だが、前進しようとした彼女を、横に伸ばされた腕が、遮るようにして止める。
「斬るのは‥‥最後の手段よ。まだ助けられるか、分からないんだから」
彼女を止めた月臣 朔羅(
ja0820)が、唇を噛み締めながら、思考を巡らせる。
(「私達に一般人を殺させる気? まるで‥‥誰かさんみたいね」)
彼女の脳裏を巡るは、忌まわしき記憶。
罠に嵌り、一般人の女性を斬殺した、あの事件。
首を振り、記憶を振り払い、目の前の相手に集中する。
「今度こそ‥‥助けてみせる‥‥!」
「‥‥失敗出来ない。もう、しない!」
朔羅同様、先の一件の惨劇を目の当たりにした月詠 神削(
ja5265)も、グッと刃を握り締める。
目に狂気を浮かべ、近づく涼香を止め‥‥そして、救うため。
撃退士たちは、作戦を開始した。
●幕間〜舞台裏の道具探し〜
教室。
既に避難勧告が出されている以上、ここには誰一人居ないはずであった。
だが、その中には‥‥人影が一つ。
「うーん、どこだろう」
刀のような危険物を校内に持ち込めた以上、それには「鞘」があったはずだ。それを探していた雨野 挫斬(
ja0919)は、あっちこっちをくまなく探る。
だが、そこには何もない。散乱していた道具などもあった物の、そこにはあの刀を納められるような、鞘と言う物はなかった。
(「‥‥誰かが持って行っちゃったのかな?」)
一般人が持っていった、と言う可能性も考えた。が、殺されるかもしれない状態で、そんな事に構っている「一般人」はありえない。とすれば‥‥
(「他に誰かがいるのかな? ‥‥皆に伝えようっと」)
校庭へ向かう彼女の足取りは軽い。それもその筈。彼女にとって天魔――「強者」との闘いは、「楽しい」のだから。
●Crazy Blade
一方。校庭。
「はいはーい。慌てないでね、来たら守ってあげるから」
魔女服を着ていたフレイヤ(
ja0715)が、慌てる生徒たちを囲うようにして、避難させて行く。
振り向いた彼女が見たのは、無表情なまま突進してくる涼香。
「この黄昏の魔女に向かってくるとは、大した度胸ね」
護符をかざすと、黒と白の玉が出現し、螺旋を描いて涼香へ飛来する。だが、玉が当たるその直前。涼香の持つ異形の刀が変形し‥‥半円型の盾となり、魔術玉を防ぎ、拡散させる。
「あら、ちょっーと不味いかな?」
後ろには一般人。回避しようにもこの状態では、一般人を危険に晒す事に成りかねない。刃が、彼女の首に迫り――
「斬っちゃだめなら、仕方ないなぁ‥‥」
放たれた「薙ぎ払い」。咄嗟に盾に変化した剣と、正面から衝突し、火花を散らす。
「硬ーっ‥‥」
剣を引き戻し、手をぶんぶん振る茜。
盾に変形した際は硬度も増すのか、衝撃も通りにくいようだ。
この機にフレイヤは急いで一般人を押して後退、攻撃範囲外へと脱出する。
「なら、これはどうだ!」
烈風の忍術書を読み上げる高野 晃司(
ja2733)。 然し、先のフレイヤの魔法玉を防げた事からも分かるように‥‥この盾は、魔法に対しても相当の防御力を発揮する。放たれた風の刃は、盾の表面で掻き消えてしまう。
「‥‥変形する事とも関係があるのかな? ほしいね、こういう武器」
軽口を叩きながら後退し、ハルバードに持ち変える。
元より彼は魔術よりも物理的な攻撃の方が得意なのだ。両方防がれると知れば、無理に魔術を使う必要も無い。
だが、この僅かな隙に、肩から体当たりするように‥‥涼香は彼に迫っていたのだ。
大振りの、袈裟斬り。
防御に長ける晃司は、盾を構えていなかったとは言え、並大抵の攻撃では傷つかない自信はあった。
(「本当にこれが、人間の力かよ――!?」)
その彼の肩口から脇腹まで、傷が刻まれていた。致命的ではない物の、予想以上だ。
「どこを見ている。お前の相手はこっちだ‥‥!」
涼香の注意が晃司に向いたその瞬間。瞬速の「縮地」で彼女の背後に回りこんだ南雲 輝瑠(
ja1738)が、気を手のひらに集め、剣を弾き飛ばそうと突き出す。
恐らくは、気づいた剣が盾形態で防御しに来る事を読んでの一撃だろう。盾に当てて、剣だけを弾き飛ばそうとしたのだろう。
だが、背後にいる彼に向けられたのは‥‥「銃口」であった。
●Scattering
「ぐううっ!」
涼香の全身に装着された鎧から放たれる散弾。その衝撃力は、接近していた輝瑠と晃司、そして茜を後退させた。
輝瑠が、涼香に直撃を与え殺害しないために、寸止めしたのも打ち負けた原因の一端だろう。
同時に、周囲に無差別に襲い掛かる散弾は‥‥避難中だった学生たちにも、同様に襲い掛かる!
「伏せて!」
フレイヤと共に避難誘導に当たっていた百瀬 鈴(
ja0579)が、付近の学生たちを一斉に強引に押し倒し、そのまま覆いかぶさる。
背中に散弾が突き刺さる。ダメージは軽くはない。だが、これが学生たちに当たっていたらどうなっているかと思うと‥‥ゾッとする。
「‥‥い、急いで!」
血を流すのにも構わず立ち上がり、学生たちの背中を押す。
情報通りなら、100m以外に出れば安全なはずだ。
なら、急いでそこまで‥‥!
「面倒な事になったよね」
歯噛みするフレイヤ。
単体攻撃で襲い掛かってくるのなら、先ほどのように攻撃し誘導する準備はあった。だが、無差別全方位攻撃に対しては‥‥目標の誘導などは、無力なのだ。
同時刻。散弾の範囲外で、神削も、歯噛みしている。
この作戦に於いて、彼は重要な役割を担っている。故に、ここで戦闘不能に陥る訳にはいかないのだ。
‥‥戦況は、思わしくはない。
神削が範囲外待機であり、挫斬は教室内での捜索中。 ‥‥フレイヤ、鈴が避難誘導に回っていたため‥‥涼香の相手をしていたのは茜、晃司、輝瑠と、そして――
「ふっ‥‥!」
体を屈め、振り向きざまの斬撃を逆手で受け、直撃を避ける。
腕の血肉を抉られるが、気にせずに、もう片方の手に黒い毒気を纏い‥‥自身の腕を抉っている刀に、叩き込む!
「月臣流、破月・参之型‥‥蝕露っ!」
毒が刀に纏わりつき、染み込む。限りなく無機物に近い物だったため、表面からは変化は見られない。だが、月臣 朔羅には、確かな手ごたえがあった。
「刀がディアボロで、栗本さんと同化していなければ‥‥彼女には効果が及ばないはず!」
同時に目配せされた晃司は、目を閉じ、頷く。
「‥‥天魔反応は、剣の方からのみ、出ている。彼女は‥‥ディアボロ化していない!」
●幕間〜湖水無常〜
「おやおや、バレたようですね」
さも楽しそうに、ロイがたつさきさんに話しかける。
「あなた自身が、『役者』になった方がよかったのではないですか?」
あざ笑うようにも聞こえるその言葉に、たつさきさんは笑って答える。
「私はあなたのように、ばれない事に拘ってはいませんから。‥‥それに、仕込みはこれだけではありませんし」
クスクスと、笑い声が上がる。
●Line Strike
校舎の中から、挫斬が飛び出す。
「誰かこの周辺にいるんじゃないかな?鞘、持ち去られているみたい」
その報告に、撃退士たちに一気に緊張が走る。だが、周囲に怪しい気配は感じられない。探査系スキルは誰も持っておらず‥‥そして何よりも、目の前の敵は、彼らに探す余裕を与えなかった。
「殺ス‥‥殺スゥゥゥゥ!」
無表情のまま、呪詛の言葉を吐き、新たに出てきた挫斬に斬りかかる涼香。だが、挫斬には、それを回避する様子も防御する様子も見られない!
サクッ。
血肉を抉り、刃が挫斬の体に食い込む。だが、彼女の顔に浮かべられた表情は、苦しみでも恐怖でもない。
「痛〜い!けど捕まえた〜!キャハハハ!今よ!」
狂気とも取れるその笑み。だが、撃退士たちの作戦を実行するための最大の前提条件――「剣を捕らえる」は、今果たされた。
周囲から飛び掛る撃退士たち。それに対し‥‥異形の刀はその刀身を三等分。真ん中の一本を挫斬に突き刺したまま、残りの二本をワイヤー化し‥‥挫斬の体を引き裂きながら、接近する外敵を迎撃すべく伸ばす!
「持ってたままだと当てないように斬るのが骨だったけど‥‥これなら!」
薙ぎ払いで、全力で横に剣を弾く。と共に衝撃が伝わったのか、この一本のワイヤーが硬直する。
その隙に、避難を終わらせた鈴が、自らの手から放つ赤い糸‥‥カーマインをそのワイヤーと絡み合わせ、動きを封じる。
「そんな偽りの世界より、元の世界に戻ってきてみなよっ‥‥一歩でいい、踏み出して」
渾身の叫びで、涼香に語りかける鈴。
「あたしたちが受け止めるから。友達に、なろ?」
僅かに、涼香の動きが鈍った気がした。
伸ばされたもう一本のワイヤーが狙っていたのは、フレイヤ。
隙を突いてアーススピアを放とうとした物の、地面から攻撃を行うこの魔法では、高い確率で涼香を傷つけてしまう。その一瞬の迷いをついて、ワイヤーは彼女を狙ったのだ。
「ったく、油断は禁物だよ」
ハルバードを回転させると、目の前に光の陣が出現する。「防壁陣」でワイヤーの一撃を受け流した晃司の後ろから、「縮地」の勢いのまま跳び上がる輝瑠が、空中でそのままワイヤーを自らの双剣に巻き付け、引き寄せる。
そして、低姿勢から猛然と迫る影が一つ。それを認めた涼香が、全力で剣を横に引っ張り、振り回す! 体力を消耗しきったのか、その場に崩れ落ちた挫斬の体から剣を引き抜き‥‥残りの一部分をもワイヤーと化し、迫る影に向かって伸ばす!
「甘い‥‥!」
忍刀を盾にするようにして、ギリギリでワイヤーの表面を滑らせるようにして回避しながら前進する朔羅。その接近に対し涼香が次の攻撃を繰り出せる前に。朔羅の背後から、五本の黒い鞭が発射され、ワイヤーに絡みつく。
「‥‥準備は整ったわ。今よ!」
彼女が呼んでいたのは、戦闘開始から今までずっと機を伺っていたその人物。月詠 神削は、己の出せる全速を以って、背後から飛び掛る。
「すまない。ちょっと‥‥眠ってもらうよ」
振るわれた忍刀。回避しようにも、手に持つ剣の動きは、完全に封じられている。
「ァァァァ!」
最後の叫びを挙げ、涼香は地に倒れ付した。
急いで朔羅が駆け寄り、生命反応を確かめる。
「‥‥無事‥‥みたいだね」
「ああ、手加減はしてる」
●「Director」
「あら、どうやら終わったみたいね」
急に戦場のど真ん中に上がる声に、撃退士たちに緊張が走る。
(「気配すら感じられない‥‥これは一体‥‥?」)
「どこにいるんだ?出て来い」
武器を構え、周辺を警戒している晃司。そのすぐ後ろに、背中合わせになるように、フードを被った人影が出現する。その手には、涼香が持っていた剣と‥‥その鞘が。
「ううーむ。困りましたね。折角幻影を使って隠していましたのに」
別の場所からも声が上がると共に、空気が揺らぎ、スーツの男の姿が現れる。その姿を見た瞬間、神削と朔羅の顔色が変わる。
忘れもしない。この男は、先の一件で彼らを罠に掛けた――
「ロイ・シュトラール。今日は観戦?観るのも好きなのね、貴方」
皮肉たっぷりに、朔羅が言い放つ。それを気にする様子もなく――
「ええ、私と違って、あちらさんは、直接参加しない性分でしてね。私もその流儀に合わせただけです」
それを聞いたフードの女性が、優雅に一礼する。
「都市伝説‥‥等たいそうな呼ばれ方もされておりますが、お見知りおきを」
それを聞いたフレイヤが声をあげる。
「はいはーい!私も愛されモテガールにしてくださーい!」
フードの下から、笑い声が聞こえると共に‥‥
「それは無理でございますわ。私は、私が気に入った方にしか協力しませんので」
と同時に、空中に剣を投げ上げる。
「役目が終了した役者さんは、舞台を降りるべきですわ」
その声と共に、命令を受けた剣が、一直線に涼香に向かって飛んでいく!
「やっぱりこう来るか!」
再度、防壁陣を展開した晃司が、正面から立ちはだかる。油断はない。武器を構え、鉄壁と言える防御を展開した彼の前に、剣は弾かれ、再度空中に舞い上がる。が、そこからは三本のワイヤーが伸び、晃司の頭上を越え、再度涼香を狙う!
「やらせは‥‥しないんだ!」
両手を広げ、涼香の前に飛び出す神削。二本のワイヤーは、彼の体を貫き、その場に留められる。
残り一本は‥‥
「キャハハ、痛いじゃない?」
意識を取り戻した挫斬に、受け止められていた。
「なるほど、読まれていたみたいですわね。‥‥大人しく、負けを認めましょう」
直後、毒で既に体力を削られていた剣のディアボロが茜の一閃で粉砕されたのを見て、「たつさきさん」は撃退士たちに背を向け歩き始める。
「待て。何のために、こんな事件を起こしたんだ?」
晃司の問いかけに、「たつさきさん」は足を止めた。
「私は、あの子の望みを叶えただけの事」
「彼女が望んでたのはこう言う物じゃないはずだ!」
「ええ、そうよ」
その表情には、一片の変化も見られず
「私が望むのは、こうやって、彼女自身の手で破滅を招く事‥‥」
「‥‥っ」「この人、斬っていいよね?」
「待って」
攻撃を仕掛けようとした茜と晃司を止めたのは、朔羅。
「どうして‥‥」
「相手の能力次第で‥‥ここで戦えば、涼香ちゃんを巻き込むかも知れない。少なくとも、そこのロイならそれが出来る」
ならば恐らく同等の実力をもつ「たつさきさん」も‥‥と言う予想だ。
「賢明ですわね」
再度振り向き、歩き出す「たつさきさん」。
「この遊びはいずれお前達の破滅を招くだろう。他の誰でもない‥‥俺達の手でな‥‥!」
「ええ、滅ぶのがどちらかは‥‥分かりませんけどね」
ふふっと笑いを浮かべる「たつさきさん」の前に、然し、挫斬が立っていた。
「次はこんなお遊戯じゃなくてガチで殺しにきてね。ふふ、これなら叶えてくれるかな?」
「‥‥ふふ、貴方、気に入りましたわ。‥‥よろしいですわ。約束しましょう」
次の瞬間、「たつさきさん」姿はスーッと消えた。
「さて、主役が舞台をさりましたので、私も失礼致しましょう。またご縁があれば‥‥」
すーっと消え行くロイの姿に向かい、フレイヤも言葉を投げかける。
「魔女様とゲームをしたいならそれ相応の対価は、用意しておきなさいよ」
「‥‥分かりました。次はもっと大きな『チップ』を用意すると致しましょう。それでは、御機嫌よう。皆様」