●Concert
聞き手が居なくなりても、その音はまだ響いていた。
まるで、他者の接近を拒むが如く。それでいて、まるで誰かを誘うようにも聞こえる。
「ったく、ピーピーガーガーと煩ェ天魔も居たもので」
工事現場全域に響く音を耳障りに思っているのか、十八 九十七(
ja4233)が耳を押さえながら愚痴を零す。
言い付けられた通り、携帯に接続したイヤホンはつけている。だが、それが防音に適した専用の物で無いのならば、多少、音が漏れて来るのは仕方ないだろう。
「音楽は癒しであるべきだよ。こう言うのは‥‥ちょっと違うかな」
現場の見取り図を仕舞う。
腰につけた、熊避けの鈴を多少揺らしながらも、サーバントの様子を伺うルーネ(
ja3012)。
音を鳴らし、多少でもサーバントの音を乱し、その効果を減らすというのが目的だったのだが‥‥
「ううん、流石に大音量ですねぇ‥‥」
何時も浮かべている石田 神楽(
ja4485)の笑みでさえ、僅かに引きつっているように見える。
それもその筈。このサーバントが発生させる音量は、最大出力なら物理的な衝撃波を引き起こす事すら出来るのだ。鈴や、因幡 良子(
ja8039)の使うホイッスル程度の音量では、逆にかき消されてしまう。
「やはり、物理的に退場してもらうしかありませんね」
「ひゃっはー、待ってたぜぇぇぇ!」
スチャリと狙撃銃を構える金鞍 馬頭鬼(
ja2735)に、九十七が答える。
天魔抹殺を「正義」とし、それをこよなく愛する彼女にとっては、この戦闘は愉快極まりない物なのだろう。
かくして、騒音と、それに負けず劣らぬ銃声の中で、戦闘は開始したのだ。
●Sound Carnival
「先ずはその○○○に××を突っ込んで、■■にしてから■■■にしてやるぜぇぇ!」
「そうだそうだー!」
先手を切って仕掛けたのは九十七。田n‥‥失礼。馬頭鬼と神楽のペアが回り込みに集中していたので、残りのメンバーの中唯一遠距離攻撃をメインとする彼女が先制で仕掛けていた。そのすぐ後に、彼女とペアを組む御子柴 天花(
ja7025)も続いている。相槌を打ってはいるが、その罵詈雑言の意味はきっと分かっていない。
‥‥大丈夫なのだろうか、この脳筋ペア。
そんな心配なんて何のその。マグナムの精密射撃の一弾は、真っ直ぐサーバントへ飛び、その鎧に直撃――
――する寸前で、見えない水の壁に当たったが如く、減速。 そしてその衝撃で空気が弾け、四方へと衝撃波が飛び散る!
「大丈夫、超護っちゃうぜ!」
接近中だった遠野七生(
ja6455)を守ろうと、良子が加速し、前へ出る。
正面から武器で音の壁を迎撃するように振り下ろし、叩きつける!
「いたた‥‥意外と力があるね」
「ん‥‥無事かな?」
ある程度相殺はした物の、後ろに吹き飛ばされた良子を七生が逆に受け止める。
「やっぱり、巻き込まない事が優先かな」
良子たちと逆側から仕掛けるルーネ。扇子を舞う様にして振るい、自身に纏わりつく金色の光を誘導するようにして一陣の風とし、それをサーバントに叩きつける!
魔術重視の能力のお陰でダメージこそ低かった物の、それでも音波障壁で防げなかったために怯み、隙ができた事には変わりはない。
攻撃を放ち終えたルーネが僅かにサイドステップをすると、その直ぐ後方から狙い済ましたかのような瓦礫弾が飛来する。
「さて、連携攻撃と行きたい所だが‥‥っと。やはりか」
自身が蹴り出した瓦礫をワザと透過せず、音波障壁で防御しショックウェーブにして反撃した獅童 絃也(
ja0694)が僅かに舌打ちする。
眼鏡は既に外している。本気の本気だ。それでも外した物の‥‥ここまでは、ある程度予測していた。
――力を溜める。
「すまんが、援護はよろしく頼むぞ!」
「任せて!」
彼の行動を見、ルーネが回避を重視した行動に切り替える。
舞う様にして周囲を移動しながら、偶に牽制攻撃を入れ、敵の視線を絃也から逸らす。
「‥‥我が武の真髄を持って打ち砕く」
限界まで、力は溜まっている。後は、それを開放するだけだ。
「この一撃、通す‥‥!」
爆発が起こったと錯覚するような踏み込み。猛然と前進の勢いに乗せて、拳を突き出す。
サーバントは素早く音波障壁を展開するが――
ピキ。ピキピキッ。
「‥‥防げると思うか‥‥!?」
音の壁が歪む。その直後、絃也の拳は障壁を貫通し、サーバントの鎧を直撃。その体を後方に吹き飛ばした。
「よしよし、こっちこっち!」
吹き飛ばされたその先で待つのは、天花。
振り上げた大太刀は、サーバントを両断せんと構えられていた。
無論、ここで黙って斬られてやるサーバント、サウンドミストレスでもない。その体が僅かに揺れ動いたかと思うと、金切り声のような音が戦場全体に響き渡る!
「うるさいうるさいー!」
余りの大音量の騒音。イヤホンをしていても、そう耐えられる物でもない。完全に音を遮断する耳栓等ならまた別の話だっただろうが、後の祭りだ。同時に付近の作成中の建物より建材等が落下するが、事前に全員が接近しなかったため、戦闘に支障は出ていない。
天花が振り下ろした大太刀は、集中力を乱されたせいか、サーバントの右肩をかすめその鎧の一部を切断するに留まる。
反撃とばかりに放たれた音。だが、それは衝撃波ではなく、柔らかく、幼き頃を思い出させるような音色。それは同時に天花と、ペアを組み真後ろで備えていた九十七を包み込む!
目線が、仲間たちに向く。
●Allied Battle
片方が魅了されただけならば、ペアのもう片方が叩いて正気に戻す準備はあった。‥‥だが、各種音波攻撃は小さいとは言え範囲攻撃だ。‥‥二人一斉に魅了されたとしたら?
「皆殺しだぜぇぇぇ! ●●の××にしてやらぁ!」
魅了されていてもそのぶっ飛び具合は相変わらずらしい。ショットガンを構えた九十七が、その銃口を絃也に向け、引き金を引く。
放たれた散弾を体を捻る事で回避しようとする絃也。だが、命中に長けるインフィルトレイターである九十七の攻撃は、そう簡単に回避できるものではない。ギリギリで腕で顔や胸をガードする事でダメージは軽減されたが‥‥
「頼れる味方も、敵に回ると厄介だな」
「そうだね」
ルーネと背中合わせになる。彼女も天花を正気に戻そうと接近した物の、大太刀の一振りで砂塵を起こされ、危うく斬られそうになり後退したのだ。
二対二ならば、ダメージを与えられる技を使えない分、正気に戻そうとする側の方が不利であった。
――そう。二対二ならば。
「いい加減に起きて!」
絃也に集中力を向けていた九十七を背後から引っ掴んだ七生が、手を振り上げる。
ぱっちーん。
やや気の抜けるような音はしたが、平手打ちは確かに、九十七の意思を取り戻させる事に成功した。
同時に、天花の方は、背後からタックルを仕掛けた良子がそのまま馬乗りとなり、こちらも平手打ち。
「早く正気に戻らないと、筆舌に難いいたずらしちゃうぞー!」
手をわきわきさせる良子。この撃退士、ノリノリである。
「うーん? 何か頬がいたいぞー?」
まるで寝ぼけているような状態になる天花。
一方。撃退士たちが魅了されている仲間たちを正気に戻している間。サウンドミストレスは何もしなかった訳ではない。お互い接近した状態になる撃退士たちに狙いをつけ、ショックウェーブを放とうと――
「いやぁ、うるさかったですねぇ金鞍さん」
「まだ耳がキーンってしますよ、キーンって」
軽口が聞こえたかと思うと、二発の銃弾が飛来し鎧に直撃。衝撃でサーバントは前につんのめる。
音波障壁は攻撃を見てから張る、所謂シールドと同様の技だったので、この背後からの奇襲には対応できなかったのだ。
●Positioning
銃弾を放ったのは、神楽と馬頭鬼のコンビ。
彼らはサウンドミストレスの背後を取るため遠回りし、結果として参戦が遅くなってしまったが‥‥見事、狙撃銃による奇襲を成功させたのだ。
彼らが作ったこの隙に、撃退士たちは九十七、天花のコンビを正気に戻して体勢を立て直し、挟み撃ちの形を作る事に成功する。
「挟み撃ちを嫌っているようですね。ビルを背にするように移動してます」
スコープからサーバントの細かい動きを観察していた神楽が、サーバントの動きを随時報告する。
それを受けた絃也、ルーネペアと、七生、良子ペアは、それぞれ違う方向から囲い込むようにして接近。
このままでは包囲される。そう判断したサーバントは、高周波の音を周囲に放つ!
「くぅっ‥‥!」
先ほどの騒音とは違った不快感に、思わず片手で耳を押さえる絃也。
「周りの物が‥‥揺れている!?」
それに気づいたのはルーネ。自分の服、装備など‥‥全てが細かく震動している。
そして‥‥それは、サーバントが背にしていたビルとて、例外ではなかった。
「皆、離れて――」
叫びは僅かに遅く、鉄筋やコンクリートなどが、一斉にビルの上から落下する。
だが、この事態は、撃退士たちの予想外と言うわけではない。
「だぁぁぁ!めんどくせぇな!」
マグナムにより、ビーンバッグ弾‥‥袋に入ったショットガン用弾を放つ九十七。 重量を増加させ、攻撃を「逸らす」事に特化したこの一撃は、見事に一番大きい瓦礫の落下をずらす。
「私も手伝いましょうか」
同様に瓦礫を狙い、射撃する神楽。攻撃を逸らすのに向く攻撃ではなかった物の、放たれた弾丸は、コンクリートを「粉砕」する事で、下に降り注ぐ事を防いだ。
「っとと、危ない危ない」
七生を庇い、ロッドを振り回し降り注ぐ瓦礫を迎撃する良子。
振り向いてサウンドミストレスの様子を見れば、透過能力で降り注ぐ瓦礫を回避している。
(「阻霊符、使っておけばよかったかな」)
一方、庇われた七生はと言うと‥‥
(「今がチャンス、みたいだね」)
逆側に居る絃也と目が合う。うなづく。
「ルーネ、もう一度、よろしく頼む」
「ん、またやるの? 了解!」
撹乱のためにルーネが前へ出、再度移動しながら扇から魔法攻撃を放つ。
サーバントの注意がそちらに向いた瞬間、
「因幡さん、お願い!」
「了解了解!」
ロッドを盾のように構える良子に向かって、七生が跳び蹴りのようにジャンプ。ロッドを踏みつけ全身のバネを溜め‥‥反動力で猛然とサーバントに向かって突進、そのまま空中からかかと落しを放つ。
音により、これはサーバントに気づかれ‥‥音波障壁を展開しようとするが‥‥
「面倒くさいんですよ、一々衝撃波を放たれると」
銃声。射程外から飛来した弾丸がサーバントに直撃、その行動を中断させる。
七生のかかと落しがサーバントの頭部に命中、地に叩き伏せたのを見て、銃弾を放った者‥‥馬頭鬼が、にやりと笑いを浮かべる。そして、その機を逃さず‥‥絃也が、溜めた気を一気に開放する!
「砕けろ‥‥!」
目くらましの瓦礫を蹴りつけると、そのまま瓦礫ごと、背中合わせの状態で猛進。鉄山靠だ。
自らのアウルを燃焼させ推進力と化したその勢いを見たサーバントは、両手を掲げ‥‥全力で音波障壁での防御を行う!
「ぬう‥‥っ!」
流石に反撃を行わず、全ての力を注いだ防御は強かったのか、貫通できず拮抗している。
「さっきはよくも頭かき回してくれやがって‥‥この○○○がぁ!」
再度ショットガンに持ち替えた九十七が、カチャリとカートリッジを鳴らす。
充填されたのは、彼女最強の弾丸。
「龍の咆哮で、いっちまいな!」
爆音。爆音。
周囲の雑音すらかき消す連続爆発。じりじりと後ろへ押されるサーバント。
だが、それでも障壁の完全破壊には至っていない。
「どいたどいたー!」
元気な声と共に、天花が跳び上がる。彼女は‥‥何を、とは言わないが、「はいていない」ので‥‥跳び上がると‥‥まぁとにかく絃也が見上げなかったのが幸いか。
「音波だか障壁だか知らないが、まるごとさっくり斬るぜー!」
空中からの、全体重を掛けての縦一閃。
既に重い連撃を受けた障壁はこの一撃で、終に爆音と共に崩壊した。
追撃を行おうとした七生は、然し土煙の向こうから放たれた衝撃波によって、吹き飛ばされる。
「おっと、七生ちゃん、大丈夫かな?」
後ろでそれをキャッチ、素早くライトヒールを施した良子。
●Finale
最後の衝撃波で近接した者を吹き飛ばし、距離を離した物の、サーバントの状況は決して良いとは言えなかった。既に体力が尽き掛けているのか、まともに移動も出来ない状態だ。それでも再度音を発し、攻撃しようとするが‥‥
「あ、もう止めて下さい」
神楽の放った弾丸が、驚くべき精密さで、彼の狙った場所‥‥サーバントの左腕に直撃、弾きあげる。直後、同様にやや遠距離に居た為衝撃波の影響を受けていないルーネが、自身の術式を練り上げる!
「左手に祈りを、右手に救いを」
白と黒の短剣が、彼女の両手の内に形成される。
「混沌をも滅する終焉の刃よ――」
上に上昇すると共に、二つの刃が螺旋を描き、一本の矢と成る。
「――穿て」
命ずると共に、螺旋の矢は一直線に飛んで行き‥‥サーバントの鎧を貫いた。
●Another Day
暫く後。撃退士の内、希望者は、工事現場の片付けを手伝っていた。
「あちゃー。こりゃ相当揺らされてるな。一旦建て直すしかねぇな」
「ごめんなさいね。出来るだけ気をつけたつもりだけど」
ビルを見上げる責任者と思われる男性に、良子が頭を下げる。
「ああ、良いって事よ。そもそも、こうやって建設を再開できてる事が、嬢ちゃんたちのお陰だかんな」
「せめて、少しでも手伝わせてください」
「あ‥‥ああ、そういうんなら大歓迎だぜ。怪我した作業員もいるしな。人手は一人でも欲しいとこだ」
かくして、工事現場の一日は過ぎていく。
暫しの平和かもしれない。然し、確かに、「平和」が、この場に戻ったのだ。