●Night of the Dead
ガサガサッ。
「どうしてわざわざ撃退士を呼び寄せるようなまねをするのでしょう。人質の魂を奪うだけなら必要のない事ですし、わざわざ撃退士を減らすために‥‥?」
指定された建物の直ぐ外の草むら。
唇に指を当て、神月 熾弦(
ja0358)が呟く。
「‥‥今は考える時間ではありません。それを考えるのは、助け出した後にするべきでしょう」
「そうですね」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の言う事も最も、と、彼女は建物を見やる。
古い教会のようなその建物。だが、周囲をうろつくのは、蘇った死者のようなディアボロ。
「危険ではありますが、実に興味深い趣向。堪能させて頂きましょう」
不敵な笑みを浮かべ、立ち上がるグラン(
ja1111)。
同時に、周囲に潜んでいた撃退士たちは一斉に立ち上がり、動く死者たちに襲い掛かった。
●Dance Under the Moon
「ハッ!」
巨大な弓から放たれた一矢。それは完全に不意を突かれた1体のグールを地に縫い止める。
この一撃を放った撃退士‥‥天風 静流(
ja0373)は、直ぐに次の矢をつかえようと手を伸ばす。
「突入経路を確保するから援護よろしく!」
先陣を切って突進するは、名芝 晴太郎(
ja6469)。
低姿勢での突進から、急激に体のバネをフルに使い伸びるように立ち上がり、その勢いで大剣で円を描き袈裟斬りにてグールの一体を断つ。
すぐさま次の敵を探そうとするが、がくんと何者かに引っ張られるように、その場に留められる。
見下ろせば、断ち切った筈のグールが、這うようにして彼の足に掴まっていたのだ。
「しつこいな‥‥」
一瞬の呆れを見せる晴太郎。だが、足に掴まっていたグールは、すぐさま飛来した一矢によって頭部を貫かれ、動けなくなる。
「こいつらの生命力は中々の物だ。油断するな!」
「分かってますよっ」
援護した静流に答えながら、背後から忍び寄っていたグールの頭部に裏拳を叩き込み、ダウンさせる。
「‥‥ッ!」
掃討役の二人がグールの布陣に穴を空けた所で、マキナが疾風の如き速度で走り寄る。
一瞬のみしゃがみ力を溜め、走り寄るグールの頭上をジャンプで飛び越え、そのまま飛び蹴りによって扉を蹴り割り、屋内に着地する。
「今です!中へ!」
マキナが叫ぶと共に、月詠 神削(
ja5265)と熾弦が突入。阻止しようとしたグールの一体をグラン(
ja1111)が光弾で狙い撃ち、動きを止めると共に、
「あら、ごめんね」
月臣 朔羅(
ja0820)が、軽快な動きで踏みつけるようにして蹴り距離を離し、そのまま屋内へ飛び込む。
「さーて、みんなが帰ってくるまでに、お掃除しておきますかね?」
「そうだな。じゃないと、脱出の際に厄介になる‥‥っと!」
薙ぎ払われるハルバードが、付近のグールの首を一閃する。構えなおす静流の目に移るのは、更なるグールの群れ。
2、3体は完全に倒した物の、このディアボロの生命力は、駆除を困難な物にしていたのだ。
「『アレ』の準備も忘れないでよ?」
イヤホンから聞こえる朔羅の声。
「はいはい、分かってますって」
彼らには、殲滅以外にも‥‥もう一つ仕事があったのだ。
●Intrusion
建物内を走る撃退士たち。縮地による速度の差から先頭を走行していたマキナは、前方に二体のグールの姿を目の当たりにする。
「‥‥‥!」
「先ずはこれを喰らっていただきましょう」
マキナがジャンプすると共に、グランが「アーススパイク」の魔術を使用する。地面から湧き上がる石の刃が、グールたちの足に突き刺さり、その動きを止める。
直後に空中からマキナの拳がグールの頭にめり込むと共に、朔羅が足を掬うような一撃を放ち、転倒させる。
そこへ馬乗りになった神削が、
「さっさと、退け」
グールの胸にショートソードを突き刺し、その動きを止めた。
素早く低姿勢で扇を返すように振るい、接近したもう一体のグールをも転倒させる朔羅。
丸で舞うように、グールを踏みつけた直後。グランの放った光弾がそこに命中。グールの片腕を灰にする。だが、グールはそれを気にする様子はなく、残った片腕で朔羅を殴り飛ばし、起き上がろうとする。
だが、その後頭部に、拳がめり込むのは直後の事であった。
「時間がない‥‥急ぎましょう」
拳に付いた血を拭きながら、マキナが立ち上がる。
朔羅が注意を引き、作り出した隙に、見事に付け込んだ形となる。
「相手はヴァニタス‥‥油断してはいけません」
熾弦が、ヒールを詠唱し、朔羅の傷を回復させる。
万全の体制。これ以上の準備はない。
そうして、彼女らは2部屋目‥‥ヴァニタスと人質が居る、その部屋へと踏み込んだのだ。
●Outside the party
「流石に、数が、多いな!」
薙ぎ払いで前方のグール‥‥3体ほどを薙ぎ倒しながら、静流が僅かに愚痴を漏らす。
生命力に優れるこの敵の大軍を、たった二人で相手にするのは、やや無謀であったと言わざるを得ない。
「これじゃ、突破するのはちょっと難しいかな?」
建物の裏へ突破しようとしていた晴太郎は、然し敵の数に阻まれていた。
静流一人に任せるには数はあまりに多すぎる。せめてもう一人居れば‥‥
「お待たせ!」
体を捻った「ソバット」の強烈な衝撃が、グールの一人を吹き飛ばす。
並木坂・マオ(
ja0317)が、そこには立っていたのだ。
「並木坂さん‥‥突入の準備をしていたんじゃ?」
「へへっ、異常もないみたいだし、こっちの方が苦戦していたからね。助けに来たよ」
「それはありがたいですね。んじゃ、さっさと位置に付くとしますか」
マオの蹴りが再度後ろのグールを一体蹴り飛ばすと共に、低い一薙ぎでグールを転倒させる静流。
「今だ!」
彼女の呼び声に応じ、晴太郎はグールを踏み台にして飛び越えるようにし、返す刃で追うグールの足を斬る。
「しつこいと、嫌われるぞー? まぁ、ゾンビが好きな人も居ないか」
尚も這って晴太郎を追おうとしたグールを、空中からマオが踏みつける。
「恩に着ますよ!」
建物の裏に回り込む晴太郎。後は合図を待つのみ――
「月臣さん、準備完了です」
●The Ultimate Game
「ようこそいらっしゃいました。前の方とは違って、『ゲーム』に参加する意思はあるようですね」
撃退士たちの方に背を向けたまま、ロイの声が伝わってくる。
神削は静かに耳を澄ませ周囲の動静に聞き耳を立て、通路に居たグランは袋に入れた灰を巻き上げ、飛来する「見えない腕」を探知しようとする。
だが、その何れも反応はない。僅かに眉をしかめるグランの横で、熾弦が数々の探知術法を展開する。
「おや、如何いたしました?」
撃退士たちの反応を不審に思ったのか、ロイの声に疑問の色が含まれる。
それでも振り向かず、敢えて背中を向けている。
「わざわざ挑戦状を送るだなんて。大したゲームね」
応じたのは、朔羅。直ぐに攻撃してくる様子はなく、
「霧崎さん、心配しないで、直ぐに助けてあげるからね」
本人であるかどうかを確認するため、呼びかける。
返事はない。
「彼女には少し眠っていてもらいました。騒がれると私も困りますので、ね」
相変わらず、人を小馬鹿にしたようなロイの物言い。
(こちらは写真との違和感は見当たらない。そちらはどうだ?)
撃退士たちの後方で、グランが熾弦に、目線で探査結果を問う。
(「異界認識は反応なし。ヴァニタスの方もレベルが高いみたいで、同じく異界反応はなしです」)
自身より一定以上のレベルを持つ者には効かない、異界反応。これは、同時に相手の実力をある程度測るパロメーターとしても作用したのだった。
今度は生命探知を展開する熾弦。
「これがゲームなら‥‥私達の勝利条件は彼女の救出と言った所かしら。なら、彼女をこの部屋から連れ出せたら、以降は手を出さないと約束してくれる?」
不敵に笑い返す朔羅。元々は、相手がこれに応じるとは思っていなかったのだが――
「フフフ、私にゲームルールの追加を要求するとは、良い度胸です。宜しい、認めましょう。‥‥他に、何かありますか?」
振り向いて、熾弦に目線で確認を取る朔羅。
(「この建物の中には、目の前の二つ以外に生命反応はありません。‥‥どうやら、ヴァニタスにも生命反応はあるようですね」)
(「他の場所に隠しているわけではない。が、見えない敵の隠蔽能力が探知力の上と言う可能性もあるか‥‥」)
その結果を理解した神削が、静かに剣を構える。
(「なら、主を叩き、誘い出すだけだ‥‥!」)
行動の時間だ――
そう理解した撃退士たちは、一斉に各々の行動に取り掛かる!
即座にポイズンミストを通路の所々に展開すると共に、残りの灰を振りまくグラン。
その前方‥‥少女の前で、依然として撃退士たちに背を向けているロイ。
「余裕ぶっているのか‥‥気に入らないわね。今よ、名芝っ!」
朔羅が苦無を振るうと共に、霧が巻き起こり、刃と成しロイに襲い掛かる。と同時に、
「さぁ‥‥居るのなら、出て来い!」
周囲に隠れているかも知れない、「見えない敵」を誘き出すため、神削が剣を縦に構えエネルギーを溜め‥‥大きく振りかぶり、縦に振り下ろす。
と共に、黒い衝撃波が一直線に奔り‥‥ロイを切り裂かんと、向かう!
「‥‥今は不安を捨ててやれることに神経を研ぎ澄ます‥‥ぶち抜けぇぇぇ!」
猛烈な気合の叫びと共に、晴太郎によって、ロイと夕香のすぐ後ろの壁が爆発する。
そこから侵入したのは、彼の他に静流とマオ。
すぐさま武器を構え、この二人は隙を伺うようにしてロイに狙いをつける。
これらの攻撃が行われている間に、熾弦は回り道をするように、少女に駆け寄る。
「今の内に‥‥!」
手を伸ばし、掴もうとする。
●幕間〜純然たる『悪』〜
同時刻。久遠ヶ原学園。
「じゃあ、これを頼むね。なんとなくだけど、そこにこの人の「鍵」があるような気がするんだ。『世界はゲームだ』なんて言い切っちゃう人の、本当の心が」
マオの依頼を受け、交渉し、ロイの出自調査を行っていたヘンドリック・マーベルの元に一通のファックスが届く。
「何々‥‥殺人幇助容疑で逮捕」
ぺらり。次のページへ
「その手口は‥‥‥‥‥‥っ!?!?」
椅子から飛び上がるヘンドリック。
「急いで行ったやつらに連絡しろ! ‥‥ヴァニタスは‥‥あいつらに人質を殺させるつもりだ!」
●Killed under the――
「えっ‥‥」
朔羅の「目隠」‥‥霧の刃と、神削の黒い衝撃波‥‥「封砲」は、何れもロイに直撃した。
いや、その筈だった。
ロイはその背中を向けたまま動かず‥‥そして、その姿がブレると共に、鮮血が噴出した。
「‥‥ゲームはどうやら、私の勝ちのようですね。」
腕を伸ばした筈の熾弦は、まるで何か見えない物に殴られるように、吹き飛ばされる。
と同時に、指を鳴らす音と共に、ロイと少女‥‥霧崎夕香の姿が霧のように散り、変わっていく。
ロイの姿が夕香の居たはずの場所から現れ‥‥夕香は、後ろを向いていた筈の、ロイの居た場所に居たのだ。
即ち‥‥霧の刃と黒の衝撃波は――少女の体を引き裂いていた。
「幻影‥‥立体映像の類か。‥‥これがあんたの能力か?」
努めて冷静に、グランが問う。
「ええ、不思議に思いませんでしたか? 私が彼女を殺そうとしたのなら、貴方たちが到着するまでに何十度とチャンスはありました。 それを、何故貴方達が来るよう、挑戦状まで送りつけたのか‥‥こういうことですよ」
「生命反応が他になかったのも当然‥‥ですか」
考えてみれば、攻撃時の兆候がないのは当然だ。「本体」が攻撃している際に、「幻影」が兆候を表すのはありえないのだから。
迎撃に出てこないのも当然だ。自分の姿は、人間の少女になっているのだから。
そして「見えない腕」を使ったのも、また当然。攻撃の出所が見えてしまえば、化けているのが一目瞭然だ。
「くっ‥‥」
受けた一撃を自らヒールで回復する熾弦。思ったほどダメージは大きくはない。
それを見た静流が、冷静に分析する。
「魔力を練り上げた『腕』か‥‥?」
「ご名答です」
すぐさま叩き付けられたその腕は、然し間に入ったマキナによって受け止められる。
至近距離でその腕をロックするように押さえながら、彼女は問う。
「世界はゲーム?‥‥そう思えるなら随分と楽でしょうね。それは死から蘇ったが故ですか?」
「いえ。私は数々の『駒』で遊びましたからね。これもその一つであるというだけの事」
ハッ、と見えない腕を跳ね上げ、ストレートを繰り出すマキナ。だが、それはロイの顔の一寸前で、何か見えない物に止められてしまう。
灰袋を投げ、直ぐに光弾でそれを打ち抜くグレン。散らかった灰は‥‥ロイの背中から伸びる、六本の腕を露にしていた。
「ここなら!」
事前に使用した「壁走り」の効果で、壁を立体的に動き、ロイの背後に回り込む朔羅。再度放たれた霧の刃は、然し腕の一本のパンチにより掻き消されてしまう。
だが、彼女の目的はロイではない。そのまま壁から手を伸ばし、攫うようにして夕香の動かぬ体を抱え、部屋の入り口へ猛進する。
「ふむ。回収させない、と言う事でしょうか」
三本の腕が、彼女を狙い伸ばされる。
然し、マキナが両腕で一本を受け止め‥‥神削の、狙い済ました封砲が一本を弾き、跳びあがったマオの蹴りが、残りの一本と正面から衝突する。
既に灰にまみれ、見えるようになったその腕ならば、奇襲される事はなくなったのだ。
「貴方は己が欲望のカタチを持っている‥‥教えて下さい。貴方は何を望んでいると言うのですか」
マキナの問いに、ロイは薄ら笑いを浮かべる。
「ここまでやったのなら、もう分かるのではありませんか‥‥? 私が望むは、ゲーム。他者の血と涙に飾られた、ね」
「‥‥貴方は、摧滅するに値します‥‥!」
猛然と両腕に力を入れ、押し戻そうとするマキナ。だが、持ち上げるようにして、地面に叩き付けられる。
だが、その隙に、
「っと、長居は無用だね」
マオが連続蹴りで三本の腕を逸らし、マキナを引き上げ、部屋から外に撤退する。
彼女らが時間を稼いでいる間に、既に撃退士は撤退を完了していた。
「毒ガスを撒いていきましたか‥‥まぁ、いいでしょう」
目の前の、ポイズンミストに満ちた通路を見て、ロイが呟く。
●End Game
「――すまん、今回はこちらの調査の落ち度もあった。先ず調査を終わらせてから、あんたたちを送り込むべきだった」
携帯電話を通じ、ヘンドリックがマオに謝る。
結局、霧崎夕香を救助する事は出来ず、――死亡が宣告された。
それぞれの思いを抱え、撃退士たちは帰途につく事になる。
「「この代償は‥‥高くつく‥‥!」」
誰かが、拳を強く握り締めた。