●Before the Storm
展開された、狼の戦陣。
それを率いる鎧の将の前に、8人の撃退士たちが立ちはだかった。
「てっきり奇襲を仕掛けてくるかと思ったけど、まさか正々堂々と待ち構えてるとはねー」
ヨーヨーをパシッとキャッチしたのは、犬乃 さんぽ(
ja1272)。既に服の下では阻霊符を発動済み。奇襲対策に抜かりはなかった。ただ、その相手が奇襲を仕掛けてこなかっただけ。
車椅子を推し、前に出‥‥「星の輝き」をその身より放ちながら、少女は名乗りをあげる。
「久遠ヶ原学園高等部1年7組‥‥御幸浜 霧です。」
表情一つ動かさないシュトラッサー‥‥ジェイに対し、御幸浜 霧(
ja0751)が言葉を続ける。
「いくら使徒とはいえ、林に紛れられる程度の小勢。まさかこれだけの手勢で戦況を変えられるとは思っていませんでしょう? あなたの目的は何です」
彼女の問いに対し‥‥薄ら笑いを浮かべるジェイ。
「確かに、これだけの手勢で戦況を変えられるとは思っていないな。‥‥だが、態々答えてやる義理もない。‥‥どうしても知りたいのならば、我らに打ち勝ってからにするのだな」
その一言と共に、指を鳴らす。
狼たちは遠吠えを上げ、戦闘体勢に入る。と同時に、撃退士たちも‥‥それぞれの位置につき、事前に企画された作戦を‥‥実行に移し始めたのだった。
●Team Wars
「くらえっ、大地爆裂ヨーヨー☆ストライク!」
セーラー服に身を包んださんぽが、ヨーヨーを大きく振り回し‥‥地面へ投げつける。
俗に「男の娘」と呼ばれるべき彼女‥‥‥否、彼が放ったそのヨーヨーは、地面に衝突すると共に大爆発を引き起こし、周囲に土石を撒き散らす。
これが普通の土だったのならば、サーバントにはダメージは与えられなかったのだろうが‥‥彼が放ったのはれっきとした「技」であり、撒き散らされた土石はアウルでできた物。それは着弾地点周囲の狼型サーバントに当たり、その身に傷をつける。
「‥‥おまけ」
彼の影から飛び出すようにジャンプした風鳥 暦(
ja1672)が、大太刀を背中から抜き払った勢いそのままに振り下ろし、刃のような衝撃波を放つ。その波動は後退しようとした狼の一体を捉え、そのまま付近の木に叩き付ける。
木は倒れ、葉を舞い上げる。
その葉に紛れ、ジェイの手が上がる。
(「負傷した者は後退。予備役前へ。集中砲撃狙え――ヨーヨー持ち!」)
素早く変わるハンドサイン。
それと共に、サーバントたちは散らばり、半円型に並ぶ陣形を取る。
「狼さんごときであたいの相手がつとまるかな?」
正面から、大きく大太刀を掲げ、突進するは御子柴 天花(
ja7025)。真っ直ぐに振り下ろされたその剣は、しかし地面を抉るのみに留まる。狙った狼サーバントは大きく後ろへ跳び、彼女との交戦を避けたのだ。
「せーせーどーどーと、けっとーしなさい!」
叫んで、挑発的に刀をサーバントに向けるが、それは動じる様子はない。
「あちらは防戦一方ですね。 ‥‥何か企んでいるのでしょうか」
「さぁね?ただ、今は予定通りに進めるしかないさ」
拳を打ち合わせた名芝 晴太郎(
ja6469)が囮となり僅かに狼の気を引いた隙に、別の角度から大神 直人(
ja2693)が銃弾を叩き込む。
苦戦しているように見せ、ジェイの油断を誘うつもりだったのだが‥‥最初のさんぽの派手な一撃で、警戒されてしまったようだ。油断せず防戦に徹するサーバントに、こちらも警戒して飛び込まず迎撃の構えを取る晴太郎。直人の銃弾が確実にサーバントの体力を少しずつ削っていた物の‥‥
――攻め手を、欠いていた。
撃退士たちの多くは近接攻撃を選択したにも関わらず、相手の接近に合わせてカウンター、と言う構えを取った者が多かった。
だが、ジェイの指揮を受けたサーバントたちは接近せず固まらずの半円の陣を張る。そしてその中央点に居たのは――
(「3・3・4・5・5砲撃。発射せよ」)
「犬乃さん、危ない!」
ジェイのハンドサインと共に、三体の狼型サーバントは一斉に咆哮する。狙うは、迅雷による攻撃を終わらせ、元の位置‥‥霧の隣に戻ったさんぽ。
発せられた音は衝撃波となり、さんぽに襲い掛かるが‥‥間一髪で車椅子から飛び掛るようにして、霧がさんぽを押し倒す形でそれを回避。
「ありがと!」
即座に、再度迅雷を起動。次に放たれた三発の咆哮を回避すると共に、正面のサーバントに肉薄する。だが、振るわれた大剣が目の前のサーバントを切り裂くと同時に。 横から四発の方向が、脇腹に直撃。更に十発の咆哮が、その身を撃ち、地面に叩きつけた。
「広範囲殲滅をされてはたまらないのでな。先に撃破させてもらった。‥‥戦力を4つに分散したからには、4グループでの連携策があるのかと思ったが‥‥期待はずれだったな」
無表情のまま、ジェイが言葉を紡ぐ。
‥‥遠距離攻撃を持つこのサーバントたちにとって。集中攻撃をするのに、固まる必要も‥‥接近する必要も、無かったのだ。
「犬乃殿!」
「前に出すぎ、だ‥‥!」
叫び、接近する霧を援護するように、朱烙院 奉明(
ja4861)が魔法の弾丸を先ほど直人が叩き込んだ一体に叩き込み、撃破する。
その間に、さんぽを抱きかかえ、霧が安全な場所へと移動する。
「そんなとおくにいるなんてひきょーだぞー!」
狙ってか否か、痺れを切らしたのか。天花が、一直線に狼の陣形の中心に向かって突撃。大きく弧を描くように振るわれた大太刀が、狼サーバントの足を折る。
と同時に、その背後にも忍び寄る影が。
縮地で接近した暦が、音もなくその刀を一閃。狼サーバントの首を落とす。
(「ひたすら突撃しているように見えるが‥‥その分他の突破口を作っている。厄介だな」)
再度指を鳴らすジェイ。
(「2前進攻撃。砲撃3・4・4・5」)
「御子柴様、真上です!」
「気をつけろ!突進して来るぞ!」
霧が天花に警戒を叫ぶと共に、奉明の狙い済ました魔弾が、上方から天花に飛び掛ろうとする狼の一体を打ち落とし、天花の振り上げた太刀がそのままそれを両断する。
「右からも来ます!」
霧の言葉に暦が即座に反応。
「‥‥通さない」
一言と共に、逆手で薙ぎ払われた刀が狼の牙を受け止め、返す刃がその胴を薙ぐ。
「へっへー、あたいの方が強いって分かったか!」
誇らしげにポーズを取る天花。
だが、直後、ジェイが腕を振り下ろす。
「ああ、分かった。貴様が脅威だと言うのは良く、な」
放たれた集中咆哮。、計16発のそれは、天花を地に伏せるのには十分であった。
●Let the General come
「急いで片付けなきゃ、だな」
「長期戦は不利だ‥‥!」
奉明の魔法の弾丸と直人の弾丸、二つが同時に後方の、先ほどさんぽの土塊の一撃を受けた狼に直撃、貫く。
残りの狼数は十五体。既に五体倒した‥‥撃退士たちは、次のフェーズに作戦を進める事を決断した。
「‥‥ッ!」
今までは力を溜め、牽制として使徒の動きを伺っていたマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が動き出し、苦無を投げつける。
右腕を振るい、裏拳でそれを打ち落としたジェイの無表情だった顔に、笑みが浮かんだ気がした。
「成る程な。俺との戦いを望むか‥‥が、三人だけで猛攻して来るとは、嘗められた物だ」
『アームスロット、ナンバー3』
その両手が光ったかと思うと‥‥その手には、黒光りする、長大な物が出現していた。
六つの砲口‥‥円形の銃身‥‥それは‥‥
「ガトリング砲!?」
「正解だ」
薙ぎ払われるように掃射される銃弾。そのカバーした範囲は余りにも広く、サーバントに対応していた晴太郎、直人、暦ですら、退避を余儀なくされていた。この内晴太郎は、僅かに回避が遅れ‥‥何発かを太腿に受ける事となる。
血の匂いを嗅ぎ付けたのか、狼の内の二体が、彼に直に飛び掛る。
「援護する‥‥!」
そのうち1体は直人の銃弾により打ち落とされ、森の中へ再度逃げ込むが、もう一体は晴太郎の喉元へと噛み付こうとする。それを至近距離で抑えながら‥‥
「ここからなら、外さない‥‥!」
気合と共に、後ろに控えていた狼ごと巻き込むように放たれた「発勁」。
吹き飛んだ狼は空中から最後の咆哮を放つと、そのまま’地に落ち、動かなくなる。だが、その最後の一撃は晴太郎を更に木に叩き付け、その意識を刈り取っていた。
幸運にも、ジェイの掃射は、一部の狼をも巻き込み、負傷させていた。だが、撃退士側の状況も、決して芳しくはない。さんぽが既に戦闘不能になっていたがために空蝉の術での様子見は出来ず‥‥この不意の一撃に、全員巻き込まれてしまったのだ。
既に8人中、さんぽ、晴太郎、天花が戦闘不能となっている。残りのサーバントは13。苦しい戦いとなっていた。
(「くっ‥‥この街で、これを使う事になるとは、な」)
京都出身である奉明としては、思うこともあるだろう。
だが、今はその時ではない。考えを振り払い、再度精神を集中させ、目の前の敵へと向かう。
銃を収納し、護符を取り出す。淡い光が点ると共に、彼は、嫌いだったはずの魔術を発動させる。
「強敵相手では、四の五の言ってはいられないな‥‥っ!」
既に照明としての光球は設置済み。戦場に不安はない。放たれた光の矢は、一直線にシュトラッサーに向かい、その鎧に突き刺さり‥‥
――そして消滅した。
「貫通力が足らんな」
再度ガトリングを振り回し、奉明に向かって連射する。
回避しようとした奉明は、然し足が動かない事に気づく。
――そこには、狼の一体が噛み付いていた。
既にサーバント対応に向かうはずだった撃退士の半分が戦闘不能になっている現状。残った直人と暦だけで対応するにはその数は余りにも多く、指揮統制がなくなった現状、思い思いの目標へと襲い掛かっていたのだった。
「朱烙院様!」
「しまっ――」
霧が雷を纏った杖で足に噛み付いていた狼を攻撃、拘束を解除させるが、僅かに遅い。ガトリングの連射を受け、奉明が倒れる。
元々彼の物理防御力は高い訳ではない。その状態で、シュトラッサーの一撃を受けたとなれば、霧の回復すら間に合わなかったのだ。
「なんとか‥‥しないと!」
全力で軽癒の術を施し、使徒がガトリング砲の砲口を戻す前にマキナと自身の生命力を回復させる霧。それを受けたマキナは、ガトリングの間合いの「内側」、至近距離まで接近するため肉薄する!
「ほう、もうこれの弱点に気づいたか。大した物だ」
あくまでも無表情で言い放ち、ジェイは唱える。
『アームスロット、ナンバー6』
●Hard Work
二人のみで13体のサーバントと相対する羽目になっていた直人と暦が、背中を合わせる。
二人とも汗が浮かび、息があがっていた。
「さて、どうやって突破しようか」
「‥‥分からない‥‥‥‥っ!?」
飛びのいた所を、2発の咆哮が通過する。
結果として分断された、と気づく前に、狼の群れに飲み込まれる暦。カウンターで刃を一直線に前に突き出し、一体を刺した手ごたえはあった。だが、命を断てていたか、と言えば自信はなく、そのまま、意識は闇に飲まれた。
「くっ‥‥退けっ!」
放たれた黒い弾丸‥‥ダークショットが狼の一体を貫くと共に、散らばった狼の下から、暦の体が出てきたのに、直人が安堵する。
それも長くは続かない。敵は未だ12体居るのだ。
●Weapon Master
『アームスロット、ナンバー6』
「‥‥取り出す前に‥‥!」
猛然と加えられるマキナの拳での乱打を受けながら、強引にジェイは光と共に武器を取り出す。
「お嬢さんはどうやら荒っぽいのが好きなようだな。‥‥なら、これはどうか?」
唸りを上げる。
回る。
その轟音と共に動き出したのは‥‥
「チェーンソーか‥‥!」
正面からナックルダスターでチェーンソーの刃を殴り、その斬り下ろしを阻止する。
そしてそしてすぐさま逆の拳を振りかざし、ジェイの頬を殴りつけるマキナ。だが’、ジェイはそれに動じる様子もなく、強引にチェーンソーで押し切ろうと力を入れる。このままでは押し切られる可能性がある、そう考えたマキナが一旦バックステップ。距離をとった。
「大丈夫ですか?」
すぐさま霧による回復が加えられ、体力を取り戻す。
「個人的に一つ、聞いても良いですか?」
マキナの問いに、ジェイが僅かに眉を動かす。
「此方の情報では、貴方は元軍人と聞いています。――その貴方が、何故、そこにいるのですか。国民を、護るべきものを護る為に、軍に属していたのではないのですか」
彼女の瞳に、その「信念」が見て取れる。
「‥‥見た所、戦狂いと言う訳でもないでしょう。――それなのに、それらを捨てて、何故貴方はそこにいるのですか!」
「終焉」のために戦う少女に、ジェイは――笑って答えた。
「フッ、面白いお嬢さんだな? ‥‥貴様は、軍の意味を履き違えている」
「何っ?」
「軍とは、『自国を守る』とのスローガンの元に他国の民を虐殺する、殺人鬼だよ。
チェーンソーを、まるで見せびらかすように掲げる
「‥‥今の俺は、ただ『天界』を自国としている軍人に過ぎん。‥‥その通りに行動しているだろう?」
「それは――」
「間違っている、と言うか? そう思うなら、俺を倒してみればいい。さすれば、認めよう」
分かり合えない。そう判断したマキナは、奥の手の準備に入る。握り締めた拳で、己の身の封印の解除を願う。黒き力を、全て拳の一点に集める。
「はぁぁぁぁぁっ!」
鬼神の如き、突撃。
魔神が如き、一閃。
正面からそれを受けたチェーンソーに、段々とヒビが入り‥‥砕け散った。
だが、同時にマキナも、その場に倒れこむ事となる。
「相打ちとはいえ、一度アームズを砕くとはな」
前を見やるジェイ。マキナの一撃の間に、狼の群れは霧に襲い掛かり、戦闘不能としていたのだ。
「さて、残りは貴様のみだが、どうする?」
問いの相手は、唯一この場に立っている、直人。
その体に傷は多いが、戦えないほどではない。
「‥‥ここで逃げたら、何も出来なかった自分の弱さが許せなくなってしまう。‥‥やらせてもらうぞ!」
放たれた黒の銃弾。
「よろしい、ならばこちらも答えよう。『アームスロット、ナンバー5』」
敢えて防御せずに直人の一撃を腹部に受けたジェイ。
取り出したるは、穴が4つ空いている黒き箱。
放たれた黒き矢弾が、直人の目の前で炸裂し‥‥その意識を刈り取った。
●End
「これでは、御門の事は言えんな」
鎧を外し、僅かに血がにじむ胸のシャツを触るジェイ。
小さな傷とは言え、マキナの乾坤一擲の一撃と、直人の最後の一射は、僅かながら彼の鎧を貫き、その体に傷をつけたのだ。
「ふむ。‥‥覚えておこう」
マントを翻し、彼の姿は森の中へと消えた。