●一条vsカルティエ
「よっと。さてと、相手はどこかなーっと」
空中で一回転しながら、コロシアムに飛び込んだのはパメラ カルティエ(
ja0597)。靴紐を改めて締めなおしてから、とんとん、とつま先で軽く地面を叩き、完全に靴を足にフィットさせる。
フリーランナーでもあり、「速度」を武器として戦う彼女にとって、そのスピードを全力で出せるよう、足回りの調整は至極重要なのだ。
一方、
「待たせたな‥‥
――Unchain」
静かに、得物のカットラスを抜いたのは、彼女の相手である一条 真樹(
ja0212)。口数も少なく、その武器を構えなおすだけ。
「さてと、いくとすっかな!」
元気に叫んだパメラが先手を取る。クラス「戦車」を選び、スピードに優れる能力を得た彼女は、四方に置かれた岩を順に踏み、ジャンプ。
空中から下へと蹴り下ろす様にして、真樹の頭部を狙う。
それを強引にカットラスでガードした真樹。靴が刃と接触した瞬間、パメラは即刻その反動を生かしバク転。距離を取る。
「無手での戦法、か‥‥」
「そうさ。この両の脚があたしゃの武器だぜー」
話でパメラの注意を逸らしながら、その合間に密かに詠唱し、岩の裏に火球を設置する真樹。
「休む暇を与える訳にはいかねぇ。もう一回行かせて貰うぜ!」
今度は地上から、岩を左右にかわしながら走行するパメラ。接近したかと思うと、急激に体を後ろに倒し、高速スライディングを仕掛ける。
(「間に合わない‥‥!?」)
パメラの攻撃のリーチ‥‥大体の間合いは、真樹には読めていた。
だが、間合いが読めるのと、それを維持できると言う事は、別であった。圧倒的な速度の差があればなお更である。
後退が間に合わず、足にスライディングの直撃を受け、体勢を崩す。
慌てて追撃に備えるようにして地を転がり、カットラスを構えるが‥‥その追撃はやってこなかった。パメラは深追いせず、ヒットアンドアウェイで堅実に流れを自身の側に持っていく事を選択していたのだ。
スライディングの勢いそのままに地面に手を付け、それを支点としジャンプしたパメラ。
一瞬でフィールドの反対側へ移動し、高度の利も得た彼女には、真樹のセットしたトラップは見えていたのであった。
「なーるほど。そう言う手だったのかぁ。 ‥‥けど、そんな物で、変幻自在の風の動きを捉えきれるかい?」
そのままジグザグの動きを描きながら、コロシアムを走り回り加速するパメラ。残像が残るほどの超高速に到達した後、更に岩を蹴り急激な方向転換を成し、真樹の左側から急襲する。
慣性が残ったまま、空中で横薙ぎに足で弧を描く。急激にそちらに武器を向け、ガードする真樹だったが、流石に速度が違う。不完全なガードとなり、岩に叩きつけられる。
そのまま再度加速し、ジャンプしたパメラに対し‥‥真樹は、にやりと笑みを浮かべた。
「今です、リュド先生!」
虚空から現れるかのように、マリー・ベルリオーズ(
ja6276)が出現する。
「さて、答えてやらないとね」
手をかざすと、目の前に現れる光の網。
パメラは、見事にその網に飛び込む形となってしまう。
「うわっ!? 何だ!?」
急いで脱出しようとするが、高速移動で突っ込んだため、反転はそう速くは出来ない。
その一瞬の間に、真樹は武器を構え直し、それに白き炎を灯らせていた。
横に腕を引き、剣を顔の横に構える。
全てをこの一撃に込め、狙うは一撃必殺。
「これで…Checkmateだ」
閃光のように剣が突き出され、パメラの体に突き刺さり、そのまま後ろの岩を砕く!
「ははっ、参ったな‥‥見事だったぜ」
多少の生命力こそ残っているものの、岩に縫い付けられ身動きが取れないパメラ。
実質上の敗北だった。
暫くして、二人の姿が共に薄れ始める。勝負がついたからだろうか。
「楽しかったぜ。また機会があればな」
「ああ、了解した」
お互いに別れを告げ、二人の姿は掻き消えた。
●常木vs久瀬
次にコロシアム内に歩み出たのは、久瀬 千景(
ja4715)。
(「この世界で居るって事は、俺にも少なからず戦いを望んでいる心があったということだな」)
黒いコートを靡かせながら、フィンガーレスグローブを付け直し‥‥静かに目を開き、相手を見据える。
その相手と言うのは、どこか斜めに構えたイメージのある常木 黎(
ja0718)。
(こういう戦場、得意じゃないのよね‥‥けど、負ける訳にも行かないし)
マイペースに閉じた半目。然しその奥の瞳は、既に相手の分析を開始していた。
「よろしく、だ」
「ええ、‥‥はじめましょ」
交わす言葉も簡潔。そんな二人は、静かに戦場へと進む。
(「逃げ回られると不利‥‥近接戦に持ち込まなければ」)
腕を振るう千景。両袖から飛び出したるは、黒い拳銃。それをしかと握り、足に力を込める。
(「銃か‥‥遠距離型か?」)
障害物の裏からその武装を観察した黎は、そう判断した。
――だが、次の瞬間。その判断が間違っていた事を、彼女は理解する。
一瞬にして距離を詰めた千景が、黎の隠れていた岩を足場にして飛び上がり、両方の拳銃を一斉に彼女に向ける!
「‥‥ッ!」
放たれた乱射を、右に転がる事で回避する黎。流石は反応能力に優れる「戦車」のクラスだ。
高速移動技を使ったが、その「力」のクラス特性上、直線でしか速度を出せない千景は、次の岩を足場にして何とか停止する。だが、その瞬間、既に黎の姿は遠くにあった。
(「徹底的な接近戦を仕掛ける‥‥それだけだ」)
再度高速移動を行い、接近を試みる千景。岩の陰から銃撃を放つ黎は、然し移動しながらのオートマチック二丁の制圧射撃により、岩陰へ引っ込む事を余儀なくされてしまう。
障害物に接近した千影が横から頭を出した瞬間。銃撃を放ち、そのまま離脱する黎。
だが、ヒットアンドアウェイは、相手の射程が短い場合に最も効果を発揮する。長距離攻撃が可能な銃の前には、余り効果を成さない。
圧倒的な回避能力も、手数によって繰り出される弾丸の雨の前には、効果が薄い。直撃は避けている物の、既に何発かの弾丸は彼女の肌を掠め、血の跡を残している。
たまに放つ銃撃で、相手にもダメージを与えている物の、強い物理防御の前にはそれ程大きな効果とは成していない。このままではジリ貧だ。
(「参ったな。負けるのだけは、嫌なんだよなぁ‥‥あの手しかないか」)
ワザと躓き、そのままその場に倒れこむ。
千影の遠慮のない掃射がその場を薙ぎ払い、黎はそのまま動かなくなる。
「‥‥勝ったか?」
ゆっくりと歩みを進める千影。
銃を構える彼の前に、虚空から人影が現れる。
「彼女はこう言うの、好きじゃないかもしれないけど‥‥勝ちに拘る彼女も、見てみたいのでね」
その意味を千影が理解する前に、正面から長成 槍樹(
ja0524)の光弾が連続で放たれ、爆発。連射、命中を重視したのかダメージこそそれ程大きい訳ではないが、爆発の衝撃は彼のバランスを崩す。
「グッジョブ。後でキスしてあげる」
男なら誰でも喜ぶであろう台詞が聞こえたのと同時に‥‥足元の。既に「倒された」と思われた黎が、突如として動き出す。
それに気づいた千影が急いで銃口を向けるが、握りこまれた砂にを横に掛ける様にして投げつけられ、一時的に視界を失ったがために、放たれた銃弾は僅かに左に逸れる。
そのまま低姿勢でスライディング、足をかにバサミのように伸ばし、彼の足を絡めとり、地面に倒す黎。
反応できる前に馬乗りとなり、ナイフを逆手で振り下ろし、一撃を加える。
だが、致命傷には至っていない。千影は僅かにオートマチックの柄で突き刺しの軌道を逸らしたのだ。
「よく頑張ったけど‥‥殺す気、というのが足りなかったかな。確実に殺すまで油断しちゃダメじゃない」
もう片方の手で自身の銃を取り出し、千影の頭に向かってトリガーを引く。
(「やれやれ、何とかなったわね‥‥戦えない私に、価値なんて無いもの」)
銃声が響くと共に、二人の姿は消えていった。
●桐原vs道明寺
「これが『戦車』なんだ‥‥‥身体が凄く軽く感じるよ」
軽くステップを踏み、戦場の中央へと進む桐原 雅(
ja1822)。彼女が纏っているのは、白銀の軽鎧。速度を重視しながらも、最低限の防御力を維持した形である。
一方、反対側に立つ道明寺 詩愛(
ja3388)の纏う鎧は、それと正反対。無骨ながら、肩当、胸当てなども含め全身を厚めに覆い‥‥防御力を重視した構成だ。
そのまま、真ん中に歩み寄り、手を差し出す。
「全力で闘いましょう」
「ええ、お互いに」
殺伐とした空気はない。寧ろ、純粋な競技、と言った雰囲気を漂わせる。
だが、それが手を抜いた戦いに発展するか、といえば、そうではない。
「はぁぁぁ!」
足に光を集中させ、天を駆ける神の靴のイメージを生み出した雅が、高速で詩愛の周囲を飛び回り、すれ違い様に突きを放つ。
その動きを完全に捉えるのは重装備の詩愛には不可能だった物の、その装備故に雅の突きを肩当の表面で弾く事に成功し、ダメージを軽減する。
彼女の選択クラス‥‥「塔」の防御力も相まって、ダメージは極々軽い。
「避けれなくても防具の使い方次第で‥‥なんとかなります」
そして動きが直線になった所を狙い、装備の重量をも利用し急激に体を沈め、地面スレスレの足払いを放つ。
「見えてますよ!」
高機動の雅は、払われた足の目前でジャンプ。そのまま空中から雨のような連続突きを降らせる。
盾にカンカンと降り注ぐ突きをいなしながら、強引に踏み込む詩愛。少しずつ回復スキルを使用して、自身の消耗を減らす。
(「まずい‥‥削りきれないと、こっちがジリ貧になる‥‥」)
僅かに雅の顔に焦りが浮かんだのを見た詩愛は、更に自身に回復を追加する。
だが、回復術法は多少なりとも詠唱を要する。そしてそれは、一瞬でありながら、詩愛の注意が防御から術の実行に移る事を意味する。
「見えたっ!!」
高速で弧の軌道を描き、内角から詩愛の懐へ飛び込む雅。
突き出されたレイピアは白い光を纏い、詩愛の右脇へと突き刺さる。
「これで‥‥」
「そううまくいくと思いました?」
にこやかに微笑む詩愛。
雅のアタックチャンスであったこの一瞬は、同時に彼女が待っていたチャンスでもある。素早く足を2度程空へと振り上げると、そこに巻き付いていたチェーンが解け‥‥生き物のように、雅に絡みつく!
「足を止めて…ガマン比べでもいかがですか?」
そのまま、連続で蹴りを放ち、雅の脚部を集中的に攻撃する。機動力を殺ぐのが狙いだ。
至近距離での足を止めての殴り合いなら、詩愛に分がある。この点は雅も熟知していた。
故に彼女は、この時のための切り札をも、取っておいたのだ。
「甘く見ちゃ‥‥だめだ、よ!」
鎖の合間を縫うようにして、その背中からは白い羽が生える。
よく見れば、実体ではない。光で出来た翼なのだ。
猛烈な加速を持って詩愛ごと空中に引きずり上げ、そのままレイピアで鎖を撫で切り、引きちぎる。
そして、そのまま虚空に向かって呼ぶ。
「久遠先輩、お願いします!」
「よっしゃ、待たせちまったな!」
虚空から、久遠 仁刀(
ja2464)が出現し、一直線に詩愛に向かって走り寄る。
(「本当は盾になってやりたかったんだが‥‥雅はそういうの、好きじゃねぇしな」)
「援護ですか‥‥ならこちらも!」
同様に、詩愛も虚空に向かって手をかざす。と同時に、彼女の後ろから、佐藤 としお(
ja2489)が出現。
構えたその弓が狙うのは、仁刀の引きずる大太刀。
「うまくいったら、今度ラーメンご馳走しますよ!」
「わぉ、ホントに?ゴチになります!」
料理人でも人でもある詩愛の作る物はさぞ美味しいのだろう。としおの顔には喜びの表情がありありと浮かぶ。
精密に狙いを定められた矢は、見事に仁刀の大太刀に直撃。それを弾き飛ばす。
だが――
「武器なんてなくても問題なし!このまま崩れてもらう!」
武器を弾き飛ばされたにも関わらず、仁刀の突進は止まる様子はない。それもその筈。彼の目的はダメージではなく、「体勢を崩す」と言う事であったのだから。
体当たりを食らい、押し倒される形で地面に倒れこんだ詩愛。
「これが‥‥ボクの切り札!」
雅の翼が後ろに収縮する。その推進力は衰える事はなく‥‥寧ろ、速力は上がっている。
その速度を以って、弾丸のように体ごと詩愛に体当たりする!
この一撃の衝撃力はすさましく、地面を割り、土煙を巻き上げる。
だが、土煙が晴れたその中でも、詩愛は立っていた。
「危なかったですね‥‥」
立っているのがやっと、と言った感じだ。若しも前から常に回復で満タン付近の体力を維持していなかったのなら、この一撃で倒れただろう。
土煙が晴れぬうちに、そのポニーテールを翻し、一気に距離を詰める。
そのまま、奇襲気味にサマーソルトを放つ詩愛。大技を放った直後の雅は疲労からか完全に回避できず、蹴り上げられてしまう。
空中で体勢を立て直そうとする物の、その時には既に詩愛の次の攻撃が迫っていた。
「これで…決まってください!」
猛烈なかかと落としで、地面に叩き落される雅。
「だ、大丈夫ですか?」
勝負が決まり、回復を施そうと雅に走り寄る詩愛。
だが、その手が届く前に、二人の姿は、コロシアムから掻き消えていた。
●夢のアト
次の日、起き上がった参加者たちは、自分の体に傷が一つもない事に気づく。
あの闘技場は、果たして夢だったのだろうか。それとも‥‥
誰も居なくなったはずのコロシアム。
人影が、その真ん中に立っている。
うっすらと微笑を浮かべ、その人影は呟く。
「今日の試合も、中々の激戦だったな。 ――さーて、次の対戦カードは、誰かなっと」