●Wind Tunnel
サーバント「ウィンドドラゴン」が占拠しているビル。
その屋上に通じる階段の前に、撃退士たちは構えていた。
‥‥扉に手を当てると、吹き荒れる風の振動が伝わってくる。
耳を澄ませば、巻き上げられた雑物が色々な所に衝突する音が聞こえる。
「用意は‥‥いいか?」
片手を扉に掛け、高坂 涼(
ja5039)が、仲間たちに問いかける。
(「竜を前にして神話の英雄達のように勇ましく、凛としてはいられませんが‥‥」)
僅かに震える自身の腕を押さえ、武器を握りなおすファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)。
(「騎士を自負する者として、アイゼンブルクの名を背負う者として――そして何より、大事な妹の前でそんな情け無い姿を見せる訳にはいきません」)
後ろで構える、アトリアーナ(
ja1403)の姿に目をやる。
姉として慕ってくれる彼女のためにも、恐れを見せるわけには行かない。
そうして彼女は、静かにうなずいた。
全員の準備が完了した事を確認した涼は、ドアをバンっと拳で叩き、開放する。
押し寄せる逆風にも負けず、飛び出す撃退士たち。
「‥‥この戦場を勝ち、皆様の頑張りがこの先へ希望をつなぐと示しましょう」
神月 熾弦(
ja0358)の言葉通り、この一戦は、未だ市内の各所で戦う撃退士たちの士気を挙げる目的もある。‥‥負けるわけには、いかないのだ。
●Try and Surround me
龍の姿を認めるやいなや、撃退士たちは3つのチームに分かれ、それぞれの事前に決められた方角に移動を始める。
三方向からこのサーバントを取り囲み、正面のチームが牽制している間に残りの2チームが叩く、と言う方法を試みたのだ。
だが、龍とてそう簡単に「はいそうですか」と隣から通す訳ではない。長大なその尾が振るわれ、左側を通過しようとした撃退士3人に向かって薙ぎ払われる!
「くうっ‥‥」
「うわっ‥‥!」
三人の内、ファティナと高槻 ゆな(
ja0198)は、薙ぎ払いを回避できず、吹き飛ばされるようにしてその場に足止めされる。
「うわっと、‥‥うちが相手してやるよ!」
迅雷による高速移動を併用し、回避に優れる高虎 寧(
ja0416)はその尾を踏み台にするようにジャンプすると共に、空中で縦にローリング、先ほど踏んづけた尾にショートスピアを突き刺す。
「硬っ‥‥どういう材料でできてるんだか」
大した被害にはなっていない。それ所か、血が出る気配すらない。
だが、彼女のこの一撃の目的は、元からダメージを与える事がメインではないのだ。
尾を刺す痛みは、確かに龍の注意を引く事に成功し‥‥その目は、彼女をギラリと睨み付ける。
「今の内今のうちっ!」
海原 満月(
ja1372)を先頭とし、櫟 諏訪(
ja1215)とアトリアーナが、フェンスを掴みバランスを取りながら右側から龍の後ろへと回り込む。
同時に正面から、與那城 麻耶(
ja0250)が、地面を蹴り、フェンスを蹴り‥‥複雑な軌道を描きながら移動。フェンスを丸でプロレスのロープのように使って反動速度を付け‥‥地面すれすれのドロップキックをドラゴンの足へと叩き込む!
やはりダメージは大きい訳ではないが、衝撃で僅かに止まったドラゴンの隙を突いて、先ほど足止めされていたファティナとゆなも、所定の位置に到着する。
「わわっ!?」
少し慌てすぎたのか、ゆなは到着の際に転倒してしまったが‥‥
「いたたっ‥‥準備完了だよ☆」
ともかく、これで撃退士たちの予定していた包囲圏は、無事形成された。
●Let the storm blow
味方の回り込みを援護するため、派手に武器を光らせながら攻撃する楯清十郎(
ja2990)と、動き自体が派手な麻耶の連続攻撃を煩わしく思ったのか。龍は大きく羽根を広げ、羽ばたく!
その瞬間、龍を中心として外側に向かって吹き荒れるように、暴風がその場を覆う。
「っ‥‥!」
咄嗟に地面に槍を突き刺し、屋根の縁ギリギリまで滑りながらも、飛ばされるのを防いだ涼。そのまま片手を伸ばし、落下しかけていた熾弦、ゴムが厚い靴を履いたお陰で屋根ギリギリで踏みとどまった清十郎を引き上げる。
だが、体勢を低くしていたとは言え、壁のような風の直撃を受けてしまった麻耶はそのまま落下。地面に叩き付けられてしまった。
「リングアウトか‥‥けど、まだこれからだ。 っしゃー!」
そのまま再度ビルへ全力疾走。階段を駆け上がる麻耶。
龍のこの一撃は、主に正面組を狙った物であったために、後方に位置していた二組が受けた影響は正面に比べれば軽い。
「寒いのです。扇風機屋さんとして夏に出直すべきなのです。アトリアーナさん、この扇風機さんを止めてくださいなのです」
「先ずは翼を頂くのがいいですねー。先に牽制しますよー」
満月が合図すると、先ずは諏訪が翼に向かって銃を連射。それに乗じるように、強大な威力と重さを誇るウォーハンマーを引きずり、アトリアーナが龍の右翼に向け突進。二周ほどその鉄槌を振り回し遠心力を得ると、思いっきり振り上げるようにしてそれを龍の翼へ叩き付ける!
ぽにょん。
「「「えっ‥‥」」」
龍の翼は、確かに翼膜があった。
然し、それは並みならぬ怪力を持つ龍が全力で暴風を引き起こす程振っても、尚破れなかった程の物なのだ。
その靭性、耐久度は、推して知るべきだろう。
ぽんっと跳ね返されるようにして、後ろに軽くジャンプするアトリアーナ。
「手ごたえは‥‥あった。ダメージが無い訳じゃ‥‥ない」
「銃弾は曲線部分に当たったのは殆ど弾かれてますねー。もっと良く狙わないとだめでしょうかねー? ――っと、うわっ!?」
尻尾がまたもや振るわれ、アトリアーナはギリギリでジャンプしそれを回避するが、満月と諏訪は直撃を受けてしまい、フェンスに叩き付けられる。
「ここまで硬いのは予想外だったな。けど、ここならどうだ!」
左後方班。アトリアーナの猛攻が翼膜に通じなかったのを見た寧は、「影手裏剣」を連投し、翼の付け根を狙う。
正に投げられた手裏剣が突き刺さろうとしたその瞬間、龍が咆哮を挙げた。
「ウォォォォォン!」
それに呼応するかの如く、周囲の風が強くなり、手裏剣は横薙ぎの風に煽られ、龍の首の横を掠める。
然し、この手裏剣は囮であり‥‥本命は、セルフエンチャントを展開したファティナが放つ「ライトニング」の一打!
命中に優れるこの技は、乱気流の中を反射しながらも尚本来の目標‥‥龍の翼を狙って飛び、直撃する。
「いっつも張られてる訳じゃないみたいですねっ。物理も魔法も効き具合は同じ、っと。困ったものです」
尻尾で薙がれた諏訪と自身を回復した合間に、物理攻撃と魔法攻撃を一度ずつ打ち込んだ満月が軽く舌打ちする。
相当のエネルギーを消耗するのか、乱気流は常に展開されているわけではないようだ。
麻耶が下へ落下したため、攻め手を欠いた正面組から、龍の注意はアトリアーナの居る後右組に移った。
「‥‥この翼が他人にも使えたら、良かったんだけどね」
万一の際のため小天使の翼を使用しておいた涼が呟く。残念ながら、このスキルは自分専用の物であったため、他者には掛けられない。でなければ、麻耶を素早く復帰させられた可能性もあった。
回復手であるはずの熾弦まで加えた正面組みの猛攻も空しく、回頭した龍の頭は、大きく息を吸い込む。
撃退士たちに緊張が走る。「ブレス」とは龍が吐き出す息の事。その龍が大きく息を吸い込んだと言う事は――
「ヘンドリックさん、出番ですよー!」
片耳を塞ぎながら、銃を真上に向け、撃ち放つ諏訪。
同時に、ファティナも、右手を真っ直ぐ上に挙げる!
「お願いします!」
遠くからスコープを覗き込んでいたヘンドリックは‥‥
「よっしゃ、狙いは首の後ろだったな‥‥任せな!」
超大型狙撃銃から放たれた弾丸。それは首の横後ろから、見事に龍に命中する!
首に衝撃を与えられた事で向きがずれ、放たれた圧縮空気弾のようなブレスは諏訪たちの班の右側に着弾する。直撃は避けられたのでダメージは軽度で済んだものの‥‥その爆圧は依然として強風を引き起こし――
「うわわっ、高いですねー!?」
ヘンドリックに狙撃要請をするために回避行動が取れなかった諏訪を煽り、ビルから落とした。
●Wear it down
「鬼さんこちら、なのです。‥‥今ですよ、アトリアーナさん!」
「これで、折れるの!」
満月のリボルバーが頭部に直撃し、注意を引いた隙に、アトリアーナが再度ハンマーを振り回し、翼を支える骨の部分を強打する。
予想外の高耐久力から、翼の破壊は困難を極めていた。正面組が防御、牽制に徹しており、後ろの2組もそれぞれ1人が回復や防御に手を取られていたのが更に状況を悪化させていた。
だが然し、水滴が岩を貫くが如く、終にアトリアーナと満月が攻撃していた右の翼が動かなくなる。
「グォォォォ!」
咆哮を挙げ、大きく薙ぎ払われた尾が、右後ろ組の撃退士たちに襲い掛かる!
「くぅぅっ!」
銃で龍の後ろ足を撃ち、僅かにバランスを崩させるが、襲ってくる質量が余りにも大きすぎた。
急所外しを使用し受身を取り、地面を転がる諏訪。ダメージは見た程には大きくない。
だが然し、アトリアーナをフォローし、多くのダメージを肩代わりした満月はそうは行かなかった。
「ぐはっ‥‥勇者のボクが‥‥9人の遊び人たち、後は頼みましたっ‥‥」
そのまま、叩き付けられた壁の横に倒れこむ満月。
だが、これと同時に‥‥左後ろ組の目的も、果たされそうとしていた。
「はぁぁぁ!」
再度、放たれる光球。
予定していた二発の雷撃を放ち、セルフエンチャントの効果も切れ掛けていた今。
ファティナは威力重視である通常の魔法に切り替え、翼を焼いていた。
「よーく狙って‥‥おっと!?」
後退しながらリボルバーで翼を狙っていたゆなは、何も無い所でつまづき、転倒してしまう。
だがその拍子に撃ち出された銃弾は、見事に翼の関節部に直撃する。
‥‥これが天然と言う物なのだろうか。
「あー、今の所で羽ばたきされなくてよかったなっ」
――口は、災いの元である。
声も止まぬその瞬間。片翼だけの羽ばたきが行われ、ゆなは必死でフェンスにしがみつく事になる。
「ひーん、誰か助けてー」
暴風の中、槍を地に刺し、その場からは一歩も動かぬ寧。
影手裏剣を準備し、風が止むその一瞬を待つ。
そして、終に、その時は訪れる――
「そこだぁぁ!」
渾身の一投。
飛来した手裏剣は、羽ばたき直後で乱気流がまだ起動できないその一瞬を突き、先ほどファティナが雷撃で焼いた箇所に突き刺さる。
「グォォォォ!?」
痛みの咆哮と共に、羽ばたきが止まる。
両翼の機能を失った龍は、羽ばたきの暴風を起こす事が不可能になったのだ。
●Rush
羽ばたきを封じたからと言って、戦闘が終わったわけではない。
大きく息を吸い込み、ブレスを放つ体勢に入る龍。
「ブレス前には息を吸い込むから、乱気流が出せないみたいですねー。今です、ヘンドリックさん!」
再度上に向かい銃弾を放ち、ヘンドリックの狙撃を要請する諏訪。
「ちぃっ!」
狙い済ませた銃弾が放たれ、再度龍の背中を直撃。僅かに逸れた圧縮空気弾は、足元に潜り込む為前に飛び込んだ麻耶のすぐ後ろに着弾。
直撃はしなかった物の、暴風が涼と熾弦を煽り、熾弦がビル下へと落下する。
だが、麻耶は、この風を利用し更に加速。スライディングから猛烈な蹴りを放ち、龍の足を狙う!
「ローから攻めるのは定石の一つだしね!」
寧の投げられた手裏剣と同時に足に攻撃が命中。龍は右側へよろめく。
「こっちの相手を疎かにして貰っては困りますよ‥‥っ!」
輝く大剣を上段に構え、龍の体を蹴るようにしてジャンプ。頭部に向かって切り下ろす清十郎。
回復の回数に限りがあるこの状態で、正面組の損害が未だ軽かったのは、彼がリジェネレートを使い多くの攻撃を耐えてきた事によるのも大きい。
更に、一打により僅かに下がった頭に向け、アトリアーナが大上段で武器を振り上げる!
「‥‥打ち抜くの」
白く輝く武器。放たれた「Codo:White Shock」の一撃が、頭部へ直撃。一時的に龍の意識を刈り取る。
「次は‥‥目を頂きます!」
2度目の「セルフエンチャント」。直後に放たれたファティナの「ライトニング」は、ジグザグの軌道を描きながら、龍の目に直撃。一時的に視力を奪う。だが、威力が不足しているのか、完全に目を潰すには至っていない。
「はぁぁぁ!」
「小天使の翼」で距離を稼ぎ、浮き上がった所から龍の腕を蹴り、無防備なその顔の前へと飛び上がる涼。
「追撃だ、食らってもらおう」
加速度をつけ、右脇下から突き出される槍の一撃。
先ほどファティナが雷撃で晦ませた片目に、猛烈に突き刺さる!
「グォォォ!」
痛みからか、意識を回復した龍。そのまま息を吸い込み、空中に未だ居る涼に向かい、ブレスを吐き出そうとする。
「「っ、ヘンドリックさん!」」
ファティナと諏訪が一斉に援護射撃要請のサインを出す。 100m先から放たれた銃弾は、龍に直撃するが‥‥然し、ブレスの目標を逸らすには、龍と涼の距離が近すぎた。
「間に合わないっ!?」
復帰した熾弦がライトヒールをかけようとするが、僅かに間に合わず。
「シールド」で盾を構えた涼は、そのまま至近距離での風のブレスを全力で食らってしまい、別のビルの壁に叩きつけられる事となる。
「やりやがったな!」
そのまま再度、飛び上がってからの腹部へのキックを放つ麻耶。それを迎撃せんとばかりに、龍は首を伸ばし、口を開ける。
「やらせはしません!」
熾弦がジャンプ、盾を構え、麻耶を背中で押すようにしてガード。ギリギリで牙を防ぎ、そのまま床に着地する。
だが、正面組への猛攻はあくまでもフェイント‥‥本命は、後ろであった。
「っ!?」
正面へ攻撃が向いたのを見、攻撃を開始した左後組は、然し自分たちに向かって薙ぎ払われる尾を見る。回避に優れた寧すら、不意を突かれた為完全には回避できず‥‥3人とも、壁にたたきつけられる!
ダメージが大きかったゆなは‥‥
「せめて‥‥」
と、力を振り絞り、最後のライトヒールをファティナに掛け、ギリギリで彼女の戦闘不能を回避させる。
だが、これが龍の最後の抵抗。
「よくも‥‥ファティナねーさまを!」
鬼神の如く振るわれしその鉄槌。猛烈な一撃は龍の頭部に直撃し、今度こそ‥‥それを地に沈めた。
●After the war
三人の戦闘不能者を出しながらも、龍型サーバントは撃破された。
然し、撃退士たちも相当のダメージを受けていたため、そのままサーバントの調査はままならず、後に来るほかの撃退士に任せることとなった。
その場を去る前に、熾弦が静かに祈りを捧げる。
それは果たしてサーバントに向けられた物か。それとも、この戦いで被害を受けた人々に向けられた物か‥‥