●
その日、久遠ヶ原学園は大盛況だった。
世界にも類をみないマンモス校であり、しかも生徒たちは撃退士だ。
彼らが本気を出す年に一度の文化祭が、盛り上がらない訳がない。
メイド喫茶の呼び込み、フランクフルトの焼ける良い香り。
命を削る天魔との修羅場に挑み、瀕死の状態で担ぎ込まれ帰って来た者も。
秋の試験でうっかり去年と同じ学年のまま今日を迎えそうになった者も。
この日ばかりは笑い、食べ、秋の青空にまで響く文化祭の賑わいに心躍らせていた。
派手な炸裂音がするまでは。
がっしゃぁぁああああああああん!!
窓ガラスが吹き飛ぶ音が、前触れもなく響き渡る。
そしてそれに重なる、咽喉を震わせた悲鳴。
祭の場が凍りついた。
瞬時に息を詰める。光纏する者もいる。ヒヒイロカネを握りしめる。
犇めき合う程の生徒と祭り客の注目を浴びながら、尋常ではない緊迫感と共に二階の窓から飛び降りて来たのは楯清十郎(
ja2990)だ。唇が戦慄いている。
何が起きた。一体、何が。
「まさか…、あそこに行ったんですか?」
張りつめた空気の中、人混みの中にいたアニエス・ブランネージュ(
ja8264)が一歩前に出る。
清十郎は頷いた。
「予想以上です……あれは怖すぎですよ……」
皆の視線が、彼の飛び降りて来た窓へと恐る恐る這い上がって行く。
窓からはみ出した黒い暗幕が、死神の纏う装束の裾の如く、不気味にはためいている。
そして他の窓にはこう書いてあった。
“オバケ屋敷やってます”、と―――。
●
タウントで注目を集めた上で小天使の羽を駆使し、清十郎は飛んだ。
清十郎は撃退士すら飛び降りて逃げるという宣伝をやってのけたのだ。
タイミングにあわせ、窓ガラスを割る効果音を重ねたのは龍仙 樹(
jb0212)だった。
黒く日光を遮断する暗幕の陰から、その宣伝効果が絶大だったことを密かに覗き見る。
下では清十郎を支えながら、「ボクもあそこの噂は聞いています」と足を留めた人たちにお化け屋敷の情報をさり気なく流すアニエスの姿があった。
「興味があるんだけど1人では怖くてね。よければ一緒にどうかな?」
そして怖いもの見たさでそそられた顔つきの少人数のグループを誘う、見事な連係プレーだ。
樹は実際には割れていない窓をゆっくりと閉め、再び教室内を暗くした。
ドライアイスはたっぷりある。足元には不気味な白いモヤの絨毯が掛かっている。
そこに光と音の効果は仕込み済みだ。
樹はそっと、そのまま冷たい暗闇に身を隠す。
獲物が掛かる、その時まで――。
●来る、きっと来る
「脅かしてもらおうじゃんっ! た、楽しみだぜっ!」
廊下にて、花菱 彪臥(
ja4610)が果敢にも挑発の声を挙げた。ただし声が微妙に裏返っている。
記憶は失っていてもオバケ屋敷が何かは知っている。驚かすやつが出て来て、こっちも「うおおおっ」とか声出してもいいところだ。怖くなんてない。怖くなんてない。
入口に、「お客様によるスキル・アイテムの使用、教室破壊・オバケへの攻撃・お祓いを禁ず」と物々しい貼り紙がしてあっても怖くなんて…ないったらない。
自分を奮い立たせ、彪臥は入口を入った。
一方、オバケ役の準備を終え、隠れてお菓子をポリポリやっていたシュルヴィア・エルヴァスティ(jb1016)がその声を聞きつける。耳を澄ますとサクラの一人目が入ってきたようだ。
「何でアレ、イベントは楽しんだ人間が勝つのよ。楽しみましょう。最後まで」
ネズミ色のわざと煤けさせたローブを纏い、そっと光纏するとハイドアンドシークを発動する。
スモークのたかれた床を彷徨う、サイレントウォーク。
一体誰が彼女に気付くことが出来るだろうか。
気配もなくシュルヴィアは獲物―――彪臥へと後ろから距離を詰めた。
「コンバンハ。背後に注意よ人間サァァァン!!」
「ぎゃあああああッッ」
野生の動物のように警戒し手探りで進んでいた彪臥は、近隣の教室中に響く悲鳴を上げた。縺れそうになりながらも恐る恐る進めていた足は駆け出し、迷路状になっている暗闇を懸命に進む。
出口、出口、出口…!
しかし暗い視界に浮かぶのは、触れるだけでその指先から呪われそうなおどろおどろしいお札ばかり。
点喰 縁(ja7179)の仕込んだ演出だ。
文化財修復師を目指していた緑にとって、和風のオバケ屋敷を仕立てるのはお茶の子さいさい。手先の器用さは折り紙つきだ。「…腕がなるねぇ」とお札もさらさらと書き上げた。
それを地領院 夢(
jb0762)と山木 初尾(
ja8337)が手伝い、あちこちに暗幕のつなぎ目のカモフラージュもかねて貼り付けたのだ。夢は細工の巧い緑に感心しきりだった。試しにオープン前に歩いて体験してみたが、札に気を取られていると足元のテグスを踏み、不意打ちで鈴が鳴るという憎い効果まであり、分かっていても吃驚した。
でも、それ以上に怖いのは―――。
ガランガランガランッ
「うわわわわわ!!」
ターゲットの呼吸に耳を澄まし、注意深く見計らった絶妙のタイミングで人の手で打ち鳴らす効果音だ。
彪臥の吃驚した声で、驚かせるのは大成功だと分かる。
「ふふっ、うまくいったね」
迷路の仕切りがわりに積み上げられた暗幕のかかった机の下で、夢は叩いたブリキのバケツを手に緑に嬉しそうに笑った。
一方で仕掛けがうまく行っている音や悲鳴を耳にすると、別の机の下に隠れている初尾は仕掛け人の一人ながら溜息を吐く。元々一人が好きなのだ。騒音は嫌いだ。文化祭などいい迷惑だ。
(ああ、うるさいな…、どいつもこいつも、何でそんなに元気なんだ…)
声には出さないし、楽しむ誰かの邪魔はしない。
ただ、次第にイライラとし、その感情に影響されてぼんやりとスモークの中でまるでミイラのように光纏して行く。
まさかその背中が彪臥に時間差で恐怖を植え付けたとを、初尾は知らない。
まるでケモ耳のような彪臥の癖毛がヘタりと怯えた子犬のようになってはいるものの、彼は無事に再び陽の元へ帰り着くことが出来た。
彼と入れ替わりに入っていくのは菊開 すみれ(
ja6392)だ。
折角の文化祭だから、今日はいつもよりお洒落に髪を整え、服も気合を入れて選んだ。
(お化け屋敷を成功させて、皆と素敵な文化祭の思い出を作りたいな)
その為にも誰か一緒に入ってくれる人を探して、少しでもオバケ屋敷に人を呼び込もうと心に決めていた。
けれど人見知りな性格のすみれにとって、見ず知らずの人を誘うのはハードルが高すぎた。
うろうろと声を掛けられそうな人を探したが結局見つけられず、健気にも一人で挑もうというのである。
カラリ、と恐る恐る扉を開ける。
ひやり、と肌に感じる温度が変わった。
扉を閉めてしまうともうそこは暗闇だ。
耳を澄ますと、どこかでぴちょん、ぴちょん、と水の滴り落ちる音がする。
自分でちゃんと体験して怖さを伝えるのが良いだろうと、敢えて中の仕掛けは聞いていない。
予想以上の本格的な暗闇と効果に思わず立ちすくむ。
そんなすみれの知らないところで、更にオバケたちは暗躍していた。
「ふふ……素敵なオバケがまた一体……」
沙 月子(ja1774)が特殊メイク用の筆を手にほくそ笑む。
狂々=テュルフィング(
jb1492)のフランケンシュタインの完成だ。
「さっすが俺様、超イケメン!」
鏡を見て仕上がりに自信たっぷりに胸を張る。
元々が身長141センチの華奢な少女である狂々は、体格こそそのままだが、工夫を凝らして所々に血糊も付けたボロボロの洋服を着込んでいる。顔には継接、頭にはネジが刺さっているように月子にもメイクを手伝ってもらった。
やるなら徹底的に!!!
皆のアイディアと共に月子の腕が鳴る。
特殊メイクだけでなく、月子の仕込んだ仕掛けは実に繊細かつ実用的な設計だった。
まだ暗闇に目が慣れていないすみれがそろそろと歩み出すと、爪先に小さな凹みを感じる。躓く程度の凹みではないが、スモークも手伝って全く見えない足元に感じた違和感は、もう前後左右上下斜め、どこを警戒したらいいのか、すみれを過敏にさせるのには充分だ。
入口のお祓いを禁ずる貼り紙も、滴り落ちる水音も、この凹みが実は冷気を逃がさない役目もかっているのも、全て月子の計算なのだ。
ひとは、彼女をこう呼ぶ。“オバケ屋敷の匠”、と。
「うう……」
すみれが冷たい空気と怖さでぶるぶると震えながら、恐る恐る歩み出す。
すると唐突に、小さな赤い炎が傍らに燃え上がり、消えた。
咄嗟に全身でのけぞり、何か仕掛けがあるんだと察知して必死で先に進もうとした。
しかし小さな炎はすみれの隣を燃えては消え、燃えては消える。
逃がしてくれない。追い詰めてくる。
「オォォ、ニンゲンガニクィイ…」
逃れた先に、死装束を纏い、顔に青蛇の鱗を描いたギィネシアヌ(ja5571)の姿が、青白い照明に浮かび上がる。
彼女は購買で売れば久遠になる支給品のノートを惜しまず使い、祈念珠でタイミングよく燃やしていたのだ。
(この魔族(設定)たる俺が本当の恐怖といふものを見せてやろう、なのだ)
ギィネシアヌはククク、と獲物をみつけた愉悦に喉で笑う。
「―――ッ!!」
すみれは声にならない悲鳴を上げた。
(よし、今!)
そこですかさず「どんなバイトも全力投球」の心意気をギィネシアヌから授かった後輩、黒瓜 ソラ(ja4312)がすみれに迫らんとする。イベントは楽しんだ者が勝ちだ。ネア先輩の教えを忠実に守り、楽しむ!?
「トリックゥゥゥゥ……トリッックゥゥゥゥゥ……」
ソラは内側からぼうっと光るジャックオランタンを被り、バトルヨーヨーをぐるぐるとまわし、すみれの恐怖心にトドメを刺さんと畳みかける。
「いやぁぁあああああ!」
とうとうすみれはぶわっと涙を浮かべ、声を出して悲鳴を上げた。
しかしすみれも撃退士。声の残響を残し、ソラの横を必死ですり抜けて逃げる。
一瞬しか驚かせなかったかな。
被ったカボチャの中で少し凹みながら、ソラは次の獲物に備えようとギィネシアヌを振り返る。
その瞬間、完全に油断していたソラの眼前に、凶暴に口を裂く八つの蛇の頭が迫り狂った。
腰が、抜ける。
「アイエェェェェ…ナンデ!? 先輩ナンデーーー!?」
「油断大敵であーる」
アウルで練り上げた蛇をゆらゆら揺らしながら、へたり込んだソラをご満悦で写真に撮るギィネシアヌ。
イベントは楽しんだ者勝ちの精神は、確かにギィネシアヌの方が一枚上手なようだった。
一方、もう限界を越え夢中で出口を目指すすみれの前に、少しばかり開けた空間が現れた。
通路ではくなってしまった分、嫌でも出口はどこかと見まわさなければならない。
すると涙でぼやけた視界の下方に、ぼんやりと浮かび上がる人の影を見つけた。
ひと。
人と言っても、子供だ。
破れたぼろ切れ同然の着物を着た子供が、聞き取れるかどうかの小さな声で何か言っている。
暗闇で過敏になっている聴覚がその声を拾う。
唄だ。
飢えて死んだ子供、間引かれた子供。
賽の河原で延々と石を積み上げなければならない、哀れな子供。
「ひと…つ、積んでは……」
小さな小石が立てる無機質な音。延々、崩れても積み上げなければならない、石の音。
子供はふとすみれに気付くと視線を上げ、すみれを見た。
こんなに暗い中なのに、目があった、とすみれは直感する。同時に背筋にぞっと冷たいものが走る。
「……ねえ、……お母ちゃんに、あいたいよう…」
「いやぁああああああ!!!!!」
相馬 カズヤ(jb0926)、子供扱いされるのは複雑なお年頃ながら、自分の武器は活かし切る。
カズヤがぞろりとすみれへ一歩踏み出すと、すみれは更に加速し全力疾走で逃げ出した。
――――ガンッ
すみれの逃げた方から、何か不穏な音がした。
●来始めた
何がって、本物の客である。
清十郎のパフォーマンスとアニエスの流した噂が徐々に、確実に広まりつつあった。
一般の生徒がスキルは兎も角、お祓いという不気味な単語に引け腰になりながらも、暗い教室に挑む。
チリリン…
チリ…ン……
緑が仕掛けた鈴の細工に引っかかったようだ。
隠れている夢が声こそ出さないが、嬉しそうに耳をそばだてる。
そしてその鈴の音を合図に、新たな仕掛け人、氷雨 静(ja4236)が動いた。
(これはご主人様が呼ぶ鈴の音――…)
帰っていらした。ご主人様がやっと帰っていらした。おもてなしをしなくては。
メイドは待ち続けていた。捨てられてもずっと。野垂れ死んでもずっと。
片目が病んで血液が垂れ落ち続けても。エプロンに染みた血液が乾いて赤茶けても。
「…お帰りなさいませ…ご主人様…」
人魂のように揺れる今にも消えてしまいそうな光源球の仄暗い灯りのもと、音もなく姿を浮かび上がらせる。
朽ち掛けた片手にはティーカップをのせたトレイ。
「―――紅茶は…如何ですか…?」
「ひぃいいいいああああああ!!!!」
客は闇雲に暗幕の壁を辿り、静から逃げ出して行く。
それでも背後にいつまでも微かに「紅茶は…」と迫る声。
その声から逃げ切るのに必要だったのはたった数秒なのか、それとも数分必要だったのか。
狂ったように脈打つ心臓の音が、耳元から離れない。
しかしその恐怖に揉まれる心臓の音に混じり、微かな笑い声が不意打ちで真上から振って来た。
スモークのたかれた何も見えない足元や物陰にばかり這わせていた視線が、竦む首を痛めながら天井を見上げる。
そこには手足を天井に貼りつかせ、微笑む小さな自分自身の姿があった。
狂気を纏う小さな血まみれの自分自身が、真上に、いる。
「キャハハハハハハハァァアアアアアアア」
「――――ッッ!!」
真上から浴びる、狂った笑い声。
生徒は心臓も止まりそうなほど凍りつき、逃げようにも足が竦んで動かない。
しかし、そこは生徒も撃退士だ。
本物の恐怖に晒された経験が初めてではないからこそ、逃げなければという本能が足を叱咤する。
「本気過ぎるだろォォオオオオ!」
渾身の抗議の声をあげながら逃げ惑う生徒を、変化の術、壁走り、遁甲の術を駆使して蜘蛛の如く天井を這い、追い詰めているのは黒百合(ja0442)だった。
「恐怖と絶望とォ…その他、色々と味わってねェ…きゃははァ」
べ、別にそんなことの為にスキル枠が3つ以上もあるわけじゃないんだからね!と、黒百合に涙ながらに訴えたい。
生徒…田中(暫時)は1秒でも早くここから出ようと出口を目指した。
ここは危険だという、撃退士として、否、生きる者としての本能が警鐘をならしている。
しかし最後の曲がり角をやっと見つけた時。
―――――しくしくしくしく…。
ぼうっと、浮かび上がる、華奢な少女の背。
しゃがみ込んですすり泣く声。
少女が気配に気づいて振り返るのを、田中はもう許してくれと懇願を浮かべた目で見つめるしかなかった。
振り向いたのは、出口で勢い余って顔から転び、痛さと悲しさから薄白く光纏していたすみれだった。
文化祭でお祭りムードの中、曲がり角で偶然出会った異性。
心臓がこんなにうるさいのは、どうして…?
「ひぃぃいいいーーー!!!」
お化けだと思われたすみれさんと田中くんの間に生まれたのは、恋ではなく恐怖でした。
「あっ、大丈夫っすか?」
大谷 知夏(ja0048)がすみれの負傷と田中に気付いて、ひょこっと顔を出す。
ウサギの着ぐるみが暗闇からいきなり出てくるだけで充分ホラーなのだが、特に特殊メイクもしていない愛らしいウサギは、お客さんがパニックになったり万が一怪我をしてしまった場合のヘルプ要員だ。
知夏はヒールを掛けてすみれの傷も綺麗に治した。
田中にも持ち前の明るい口調とウサギの愛らしさで「もう大丈夫っす!」と安心させてやる。
そして安全なルートで二人を出口へと案内していく。
「なにかあったときはちゃんと助けるっす。だから楽しめる本格的なオバケ屋敷だって、宣伝して欲しいっす!」
ウサギさんの明るい言葉と動作に救われた二人は、出口まで辿り着けた安心感から脱力しながらも頷いて振り返った。
「…わかったよ。本当に怖かった、凄い出来だった、て、他のヤツにもすすめてみr…」
振り返った二人が見たのは、ウサギの頭をのっぺらぼうの被り物にすり替えた知夏の姿だった。
「トドメっす♪」
油断させきったところでトドメをさす極悪ウサギもいるオバケ屋敷です。
●来てる
悲鳴が悲鳴を呼び、噂が噂を呼び、オバケ屋敷はサクラで仕込んだ生徒以外にも客が来るようになった。
オバケ役のスタッフも、交代をしたり新しく準備をしたり忙しくなってきた。
「ありがと〜」
そしてまた一人、月子の特殊メイクでオバケ役が完成する。
おっとりとお礼を言う森浦 萌々佳(
ja0835)の口元は、その声音を裏切り耳の近くまでえぐく切り込まれていた。
口裂け女である。
もちろんその口元はマスクでそっと隠し、暗がりの方へとスタンバイに向かう。
今、教室内を通過しているのは中等部くらいの女子二人組のようだ。
「少し慎重に行きましょうか…」
暗闇に潜む桐村 灯子(ja8328)は、以前オバケ役をやって客から返り討ちにされた経験がある。
今回こそは自分が驚かせてみせようと、黒いフードに漆黒の大鎌を握り、慎重に慎重に機会をうかがっていた。
「マ、マジ怖い……」
「ヤバすぎない…?」
女子二人は既に他のキャストの洗礼も受け、身を竦ませながら進んでいる。
次が灯子の見せ場。
彼女たちが灯子の前を通り過ぎた直後、真後ろへ回り込む…それが最も恐怖を演出できる瞬間だ。
そう、……今だ!
「あぅッ」
唐突ですが【漆黒の大鎌】アイテム解説(コピペ)
長さ2m程の柄に対し直角に1m程度の湾曲した漆黒の刃がつけられた所謂大鎌と呼ばれる武器。
扱いは難しいが、使いこなせば非常に凶悪な武器になるという。
そんなわけで扱いは難しく、近くの机に引っかかって、灯子・登場ならず!
恐るべし公式設定! 再挑戦をお待ちしております!
物音だけでもビクッとなった女子二人は、なんとか先に進んでいた。
あの謎の物音(←灯子)を最後に、むしろシン、と静まり返っているのが余計に怖い。
「ひゃぁあっ」
「えっ、なになになに!?」
片方の子が悲鳴を上げると、もう一人もパニックになる。
「何かに背中押された!」
二人は慌てて後ろを振り返る。確かに押された感触が背中に残っている。
しかし誰の姿もない。
「やだー、もう早く出たいーー」
一人の子が半べそで友達の手を強く握りしめたとき、その子の背もトン、と誰かに押される。
あまりの驚きに声も出ず振り向くと、そこには髑髏がうっすらと浮かび上がっていた。
骨は何も語らず、そのまま暗闇にまた溶けて行く。
「見た!?」
「なにを!?」
「骨だよ! 骨が押した!」
「え、なに!? 骨が折れた!?」
混乱してその場を離れようとする二人の会話は噛み合わない。
ちなみに黒い衣装に骨を描いて潜んでいたのは開(jb1239)だ。
彼はそっと背を押してはただ消える…そんな地味だが確実な恐怖を植えつけて行くのだった。
女子二人の悲鳴は教室内にも一際高く響き渡る。
それを待ち構えているのはフランケンの格好の狂々だ。
どっちの女の子にしようかな、なんて贅沢なことを悩んでから、そっと二人の背後を取る。
そして一気に距離を詰め、バッと片方と言わず二人に抱き着いた。羨ましいな、フランケン!
「えっへへ、俺様の花嫁になってくーださいっ♪」
死んだ人間を繋ぎ合わせて造られた怪物男の花嫁は、やはり死体を繋ぎ合わせて造られる。
しかし特殊メイクは一流だったが、狂々の好奇心旺盛な大きな瞳と小柄で華奢な身体とプロポーズは、少女たちにとって違う印象を与えたらしい。
「わっ、かわいーッ」
きゃー、と違う悲鳴をあげさせ、二人から抱き締め返された。
「ちっがーう! 俺様はーっ!」
暴れるほどに可愛い。どこまでも羨ましいフランケンだった。
さあ諸君。彼女たちをこのまま帰していいのか?
―――答えは、否。
フランケン可愛かったね、と余裕を取り戻した二人の背後に、優しく声を掛ける人影が現れた。
ふわふわの髪とゴスロリ服のシルエット。出口を案内してもらえるのだろうかと思いながら少女たちは目をこらす。
数秒かかって暗闇の中で見たものは、マスクをしている萌々佳だった。
萌々佳は片方の女の子に問いかける。質問はちろんアレだ。
「あたしって…綺麗?」
女の子たちは首を竦め、え、え、と答えに戸惑った。
平成生まれは撃退方法を知らない可能性もある、という情報が暗部から手元に届いている。
問われた少女が、訳も分からず、一心に怖い、助けて、もういや、という思いだけで首を横に振る。
それを質問へのNOと受け取った萌々佳はマスクに指を掛けた。
「これでもおおおおお!?」
「いやぁあああああああああ!?」
「き、綺麗ですうううう!!」
もう一人の子が咄嗟に反対の答えを差し出す。
「これでもおおおおお!?」
演劇部で磨いた萌々佳の迫真の演技が少女たちに襲いかかる。
どっちでもダメなんだから女心って難しいよね!
ちなみに口裂け女に出会ってしまった時の撃退方法は、商標登録の関係でここでは言えないよ!
疲弊して出口にたどり着いた二人は、やっと見つけた扉に慎重に手をかける。
ダミーの扉だとも知らずに。
扉を開けると一際狭い通路がまだ待っていた。その向こうに、本物の出口らしき扉が見える。
この逃げ場のない狭い空間を通らなければ、表には出られないようだ。
逃げ場のない通路……それだけで再び少女たちは身構える。
それでも行くしかない。二人はお互いの手を握り、呼吸を押さえつけながら通路を進んだ。
その繋いだ手の上に、パラリ、と何かが落ちて来る。
知らない感触ではない。知っている感触だからこそ、気味が悪い。
これは、髪だ。
上から、髪が、ぱらり、ぱらり、と落ちて来る。
「やだ…、やだ……っ」
「気持ち悪い…!」
二人の少女が繋いでいた手を解き、手や顔に掛かった髪を払い落とす。
そして見なければいいのに、どうしても髪の舞い落ちる上を、見上げてしまう。
そこには、まるで井戸から這い出てくるあの子のように。
天井の隠し棚から、ずるッと這い落ちる、髪が血液に濡れた、少女の霊。
「…ねぇ…一緒に…いてくれるよね?」
古典を踏まえた典型的なジャパニーズホラーほど生理的に恐ろしいものはない。
「――――――……ッ」
伸ばされる手に、二人は悲鳴すら上げずに気絶した。
それに、成功です、と喜びを噛み締めるのは道明寺 詩愛(
ja3388)だ。
ホラーやパニックものと呼ばれるジャンルの映画は1000本観ているという実力(?)は伊達ではない。
その知識と研究に基づいた仕掛けはまんまとうまく行った。
ところでトドメをさすのは久遠ヶ原の文化なのだろうか。
詩愛は気絶してしまった二人の周りにそっと桜の花びらを咲かせ、スキルで意識を戻させてやる。
「一緒にいて……くれるよね…?」
そして黒髪の隙間から覘く目で、トドメをさした。
文化のようです。
●とうとう来た
何がって、オバケ屋敷中のスタッフが滾る標的、ザ・カップル客である。
星杜 焔(ja5391)と雪成 藤花(ja0295)はスタッフとしても準備に参加したが、当日はサクラ役に回ることになった。
二人の関係は恋人と呼びきって良い段階なのか、いまいち明確ではない。
だが、いざ入るとなると暗闇への怖さも出てくる藤花の手を焔が握って入口を潜った時点で、取り敢えずスタッフは二人をカップル参加者と認定した。
もちろん、オバケ屋敷効果でいい雰囲気が深まるという、重要な客寄せ的な意味合いg(デリートキーの連打音)
ス タ ッ フ 全 員 本 気 出 せ。
裏方に誰からともない伝令が走る。
しかし焔は怯える藤花の一方で怖がる様子はない。
(幽霊とお茶会した事もあるし…もっと怖い体験してきたし、別に…)
彼の過去に一体何が。
兎に角オバケ屋敷の仕掛けの類は怖くない。むしろ日曜大工が得意なので、準備の段階ではトリックミラーを仕掛けてみたりと様々にあらぶったくらいだ。それよりも最近やっと恋人のような存在を周囲にも紹介できるようになってきた現実の方が信じられず、焔はぶるぶる震えてしまう。
そんな二人をまず出迎えたのは、やる気まんまんの犬乃 さんぽ(
ja1272)だった。
「ハロウィンも終わっちゃったし、今日はボク、オバケ役でみんなに楽しんでもらうんだもん!」
ここでも月子の特殊メイクが冴える。
青白い顔に仕立ててもらい、白い着物を着こんでジャパニーズ・ユーレイの出来上がりだ。
壁走りを使って天井へと位置を移すと、暗闇の中で気配を消して時を待つ。
準備中のときよりも(ついでにほかの参加者の時よりも)本気を出しているスモークや効果音に震える藤花と、彼女を宥める焔が下を通る時、上から不意打ちでさんぽが天井からぶらさがって現れる!
「裏メシア〜!」
「きゃあぁっ」
藤花は思わず焔の背後に隠れた。
(うん、成功っ!)
散歩はぽんッと空蝉の術でその場から消えて見せる。そこでもう一度藤花の悲鳴が上がった。
(でも何で日本の幽霊って、アンチ救世主って言うのかな?)
さんぽの代わりに現れた着物を着せられたマメ芝のぬいぐるみの瞳が、そうじゃない、裏の飯屋でもない、と語りかけるように暗闇の中で虚空を見つめていた。
新しい客がカップルらしいと知った彼には、密やかにスタッフに走った伝令など必要なかった。
ラグナ・グラウシード(
ja3538)、その人である。
「くくっ…! 最近イラつくことばかりだからな!」
ホラー映画のモンスターマスクの下で、極悪に咽喉を鳴らして笑う。
「ここはストレス解消の機会とさせてもらうか!」
スキルでも光纏でもない、非モテの八つ当たりという負のオーラが実装された。
迷路の物陰に身を潜め、斧を手に握り直す。
ターゲットはカップルの男の方だ。
いつでも来るがいい。
カップルというカップルの男の方に、斧で全力の脅しをかけ、彼女の前で情けない姿を晒させるのだ!
だからッ! ラグナはッ! モテないッ!
そんな現実と向き合うよりも、今のラグナはカップル潰しに全力を注ぐ。
しかしターゲットが近づくにつれ、ふとその声に聞き覚えがあることに気付いた。
特に男の方。この声は、憎んでも憎み足りないあの男のものか。
ぎりッ、と奥歯を噛み締めると、ラグナは方針を変える。近くの暗幕を捲り、机の下へ物音を立てないように入り込む。
(何だか嫌な予感がしなくはないけど…大丈夫ですよね…?)
藤花はキャストが驚かせる度に焔の後ろに隠れながらも、なんとか道を進んでいた。
しかし進むほどに、言いようのない不安が胸に募っていく。
きっと、ひんやりとした空気や、本格的な演出の数々がそう感じさせるだけに違いない。
大丈夫、大丈夫――。
ラグナがキャストだと……、ましてや机の下で個人的に狙いを澄まして隠れているとは知る由もない藤花は、焔の手の温もりを頼りにひたすら出口を目指す。
しかし、女の嫌な予感というものほど、当たるものはない。
「わ……!?」
ラグナの足が机の下から不意打ちで伸び、焔の足を引っ掛けた。
オバケ屋敷でご法度の攻撃(物理)!
ラグナは正々堂々卑劣だった!
「大丈夫ですか、焔さん…っ」
ドライアイスの海に転ぶ焔を、藤花が慌てて抱き起す。
ラグナの怨恨による足技だと知らない藤花は必死だが、幸いにも焔は打ち身で済んだ。
「大丈夫だよ、行こうか」
何処からともなく思い切り舌打ちが聞こえた気がしたが、焔は立ち上がると出口へと進んでいった。
焔は痛む膝に、内心で後で自己回復しておこうとそっと思った。
ずっと手を握りしめたままだったことに気付いて藤花が真っ赤になったのは、廊下へと出た後だった。
その光景に、カップルを狙った悪魔の棲む家だと知らず、入ってみようぜ、と彼氏が誘い、怖いのやだーと言いながらも手を繋いで入っていくカップル客が増える。
アニエスが外から連れて来たグループ客の姿もある。
気付けばオバケ屋敷の入り口は行列ができていた。
オバケ屋敷の盛り上がりは、正しく“予想以上”だったのでした。