●晴天
頭の上には突き抜ける太平洋の青空。
心地よい五月の風。
文句のつけようのないフリーマーケット日和だ。
早くも会場ではシートを広げた参加者が各々売り出しの準備を始め、それだけで賑わって来る。
青空寮の寮長に頼まれた面々は、その中でも運良く角のスペースを割り当てられていた。
人通りも良く、両隣に気を遣うよりも随分やり易い。
「初めましてだぜ! 俺の店は競売形式だが、迷惑はかけねぇつもりだからそこの所よろしくな!」
初めから角のスペースを狙っていた神鷹 鹿時(
ja0217)はその幸運に機嫌も良く、片方のみ隣り合わせになった参加者へと笑顔で挨拶を入れる。
「今日はよろしくお願いしますっ」
折原スゥズ(
ja7715)もひょこっと顔をだし、お隣さんに挨拶をする。
そして高らかに宣言する。
「ハァイ! フリーマーケット会場からDJ@Suzeがお送りします☆」
フリーマーケットの開催を告げるアナウンスと共に、ネットラジオのチャンネルを開いたスゥズのハイテンションで軽快なトークが始まる。
よもや、これだけの人材が集まろうとは、誰が予想していただろうか。
いや、いまい。
誰が欲しがるのか謎でしかない品物にも果敢に挑むトレジャーハンターを自負する鹿時のほか、実に“ガラクタ”を“オタカラ”へと変える面々が、集結していたのだった。
●最強メンバー
「客引きは、知夏にお任せ下さいっすよ! 看板娘ならぬ、看板ウサギになってお客さんをゲットするっす♪」
うさぎの着ぐるみを自ら着込んで売り込む戦法に出た大谷 知夏(
ja0041)が元気にガッツポーズを決める。
その愛くるしい姿と遠目からでも見えるピョンとたった耳に、既に多くの視線が集まっている。
「わぁ、うさちゃんだよ、ママ!」
案の定、一般客の入場時間になると直ぐに子供たちの人気者になった。
普段から着ぐるみをこよなく愛す知夏にとって、自分が着こなすことでこのうさぎの可愛らしさをアピールする……これ以上の売り込み方法はない。同時に客引きも出来るという一石二鳥の作戦である。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃいっすよ! 見るだけなら、タダっすよ! 今なら知夏ウサとハグも出来るっすよ!」
その言葉に子供が遠慮なしに知夏ウサに抱きつこうと、親の手を引いて集まってくる。
開始早々、何処よりも賑わいを見せ始めた。
ここぞと、ファミリー層を狙って鹿時が威勢良くパンパンッと手を叩く。
「トレジャーオークションが始まるぜ! 破格のお値段で始めるから参加していかないか〜!」
うさぎを目指す子供に引っ張られて来た親は、思わずその商品に目を見張った。
「さぁさぁ! 今回の目玉はこの27型液晶テレビだぜ! 使用済みだがまだまだ現役の逸品だ!」
フリーマーケットで安値の液晶テレビと出会えるのはなかなかの好機だ。
しかもリビングに置くメインのテレビには小さくても、二台目としては丁度良い大きさだ。
「最初は1000久遠から始めるぜ! さぁ誰かいねぇか!」
子供たちを知夏が引き受けている間、親が真剣に鹿時へと故障はないかなど訪ね始める。
それに景気よく切り替えし、次第に購買意欲が高まって来たのを感じると鹿時はすかさずオマケをつけた。
「さらに! この液晶テレビに木彫りの熊と未使用フライパンを付けるぜ!」
誰に需要があるのかまったく分からない木彫りの熊は、ここでまとめて引き取ってもらってしまおうという腹だ。
するとまだ寮に入ってからテレビを購入していなかったのか、まず学生が一声あげた。
それにつられて僅かに金額を上乗せし、若い父親らしき30代後半の男性が競りに乗る。
10久遠、20久遠、そして300久遠、と次第に値段が上がって行く。
それをいきなり1000久遠の差をつけて名乗りを上げた女性がいた。
「フライパンも欲しかったところよ、ちょうどいいわ」
40代と思しき主婦が、これ以上誰か競り合うか、と強気の目線で辺りを見回す。
たっぷり10秒を数えたのち、鹿時はパンパンパンパンッ、といっそう高らかに手を打った。
「よし落札だ! このテレビセットはそこのお客さんの物だ! 台車を用意したからそれで持ってけドロボー!」
競売っぷりを眺めていた周囲からも拍手が上がる。
「君、君、ゲームソフト安くで売ってるんだけど見て行かない?」
大人たちが競売に夢中になっていた傍らで、うさちゃん目当てに足をとめていた子供の一人に、市川 聡美(
ja0304)は声をかけていた。
サングラスをかけてのんびりと焼きそばパンを食べている聡美の姿に、子供は一瞬怯む。
しかし子供にとって『げえむ』という言葉は魔法の呪文だ。
一人の男の子が誘惑に負けてしゃがみこみ、『ゲームソフト売ってます。初心者からマニアまでどうぞー』とポップのついたソフトを遠慮がちに見始めた。
「…説明書は、ないの?」
やり方が分からなければ、ソフトだけ買って行ってもただの銀色の光る円盤に過ぎない。
そんな男の子の問いかけに、知夏はスッと折りたたまれた紙を差し出す。
そう、彼女はただゲームを無暗に売りつけるサングラスの怪しいお姉ちゃんではないのだ。
ゲーマーの名に懸けて実際に全てのソフトをプレイし、遣り込み、事細かにそのゲームの面白みを五段階評価で採点済みだ。宣伝用のお世辞など一切ない。彼女の鋭い切り口で良い点だけでなく悪い点まで指摘している。
説明書のないソフトには、説明書を作ってしまえばいいじゃない。
最早、聡美に死角はない。
あるのはゲームを遣り込んだせいで消えない、サングラスで隠した目の下のクマだけだ。
早速子供が楽しめそうなゲームソフトを手ごろな1コインの良心価格で売り、更に矢継ぎ早にゲームに関しては一家言持っていそうな、いわゆるヲタな雰囲気の学生たちにも声をかける。
こちらには子供に対してより値段を多少上乗せする。商売上手である。
その学生は初めこそ冷やかし混じりに幾つか手に取っていたが、やがて聡美のゲーム雑誌顔負けの批評に唸った。
同じゲーマーだからこそ、ツボをついてくる批評の勝利だった。また一枚売れて行く。
聡美が目を細める。
「ゲームの評価するのに、つい、やりこんでしまった…」
サングラスを退ける。
徹夜明けの目に、太陽と目薬がしみた。
●それぞれのジャスティス
「どうですか? メイド服は? 彼氏の為に着て上げたり、彼女にプレゼントしたりすると喜ばれますよ」
知夏ウサに子供たちのテンションがあがり、だんだんと知夏が逃げ腰になって子供の客が売り場から離れた頃。
客の中の一人に、メイド服を着込んだ七瀬 桜子(
ja0400)が笑みかけた。
知夏と同じく自ら商品を身に纏うことで、メイド服の良さを余すことなく伝える戦法だ。
メイドさんだ、と、どよめかずにはいられない男子学生に、桜子はにっこりと微笑む。
桜子の本番はここからだ。
メイド服のスカートの端を優雅に摘まみ、「着ているこちらも商品です、ご主人様」と意味深に囁く。
それは、もしや、買うとしたら。いや、まさか。
ゴクリ、と男子学生たちの咽喉が鳴る。
一人は早くも財布に手を掛けている。
「使用済みメイド服になってしまいますけどよろしいですか?」
桜子はその場で、そっと胸元のリボンを解いて見せた。
まさかの、メ イ ド さ ん ナ マ 着 替 え。
「冗談ですよ、ちゃんと物陰で着替えますよ、期待しました? えっちですね、ウフフ」
魔性のメイドさん、プライスレス。
実際は物陰で脱ぐと次のメイド服を着込み、桜子の体温の残るメイド服をご購入になったご主人様にそれを渡す。
「参考書もいかがですか、ご主人様。勉強のオトモになりますよ?」
微笑みが、気のせいか、黒い。どこまでも魔性だ。
相手が学生らしきことも見逃さなかった桜子は、もう「ハイ」としか言えない彼に参考書も売り捌いたのだった。
そして魔性はメイドさんだけではない。
メイドはコスプレだ! 夢の世界の代物だ!
よりリアルな彼女を求めるならば、普段着の方がイイじゃない!
そんな嗜好を三日三晩語れる紳士諸君もいるだろう。
そんな彼らのリアル嗜好に見事にお応えしていたのはスゥズだった。
DJの名に相応しく、巧みな話術と大きな手振りで着ているTシャツのプリント柄をアピールする。
誰もが二度見してしまうぱっつんぱっつんな胸と客とのテンポの良い掛け合いも手伝って、時折わっと笑い声も起きる。
「売り物はいま着ているTシャツ☆ お買い上げの方にわぁ、この場で脱いで差し上げますぅ」
テンションの上がっていた今にも鼻血を出しそうな客から、すぐさま「買った」の一声が飛ぶ。
「注目されると、ドキドキしてきますね」
スゥズはにこっと笑った後、わざと恥じらい、焦らしながらTシャツの裾に手を掛ける。
高まる期待と集まる視線を一身に浴びながら、とうとう本当にスゥズはTシャツをその場で脱いだ。
「おおぉぉぉぉぉ」
実は下にスポーツインナーを着込んでいて、Tシャツを脱いでもまったく問題はない。
それでもナマ脱ぎと、露わになった海外サイズの深い谷間は男性諸君の心をぐっと掴んだ。
「おまけに漫画本もプレゼント! あたためときますね?」
その胸の谷間に漫画本を挟んでみせる確信犯。
わっと片やメイド、片やTシャツを求める下心満載の男性客たちが、スペースの前から溢れ出してしまう。
「あっ、お客様、はみ出しちゃ…、いやぁぁぁンッ」
何か違う風にも聞こえるが。確信犯だろうと、この萌えはジャスティス。
スペースは盛況だった。
●ヒーロー
「むぅ、何か先程から、子供たちが割と本気で知夏を、狩りに来てる気がするっすよ!?」
うさちゃんの人気は嬉しいやら大変やら、子供たちの中でヒートアップしていく一方だった。
知夏は子供たちに追い掛け回されるはめに陥っている。
それを助けたのは遊佐 篤(
ja0628)だ。
近くの木にお手製の簡単な的を吊るし終えたところだ。
片手には水鉄砲を持っている。
「へーい、らっしゃいらっしゃい!」
知夏を追い掛け回すのに夢中だった子供たちに、明るく声を掛ける。
水鉄砲を見るや、俄然わんぱく盛りの男の子たちの瞳が輝いた。
「見てろよ…? この水鉄砲はすっげえ水鉄砲で、あんな小さな的だって当たるんだぞ!」
篤が一回空に向けて軽く発射する。
キラキラと水飛沫が太陽の光を浴びて光った。
「一緒に見るっすよ!」
知夏ウサが可愛らしい仕草で子供たちを誘導すると、ショウタイムの始まりだ。
ゲームを売り切った聡美も、ひょっこりと様子を見に来る。
「いいか、いくぞ」
撃退士の身体能力からすれば、軽く地面を蹴り身を翻すなど容易いこと。
それでも子供たちの目からすれば、宙高く身を跳ね上げて自在にバク転し、しかもその最中にガンマンの如く脇の下から的を水で打ち抜くアクロバットな篤の姿は、ヒーロー以外の何者でもないのだ。
「兄ちゃん、すげえ!」
「その水鉄砲ちょうだい! いくら!?」
争うように篤の元に子供たちが集まる。
あまりの人気ぶりに、水鉄砲を巡ってじゃんけん大会が始まるほどだった。
その光景も含めて、聡美はパシャリ、と写真に収めた。
チョキを出して優勝した子供に水鉄砲を渡して笑う、篤の良い笑顔が写っていた。
●たからもの
一度はガラクタだったものたちは、青空の下で、客と笑い、時には駆け引きをし、そして笑顔を交わしながら、それぞれの手に引き取られて行った。
知夏の着ていた着ぐるみも、「うさちゃんと一緒にいる! うさちゃんとじゃなきゃ帰らない!」と大泣きした子供の親が、一度は無理やりに子供を連れ帰ったものの、その後もう一度こっそりと現れ、知夏から着ぐるみを買い取って行った。
近々、その子の誕生日があるらしい。
誕生日ケーキを手にしたうさちゃんの登場に、それこそうさぎのように飛び跳ねて喜ぶその子の笑顔が見えるようだ。
ガラクタは、それぞれの手によって、タカラモノになった。
フリーマーケットを純粋に楽しもう!という心意気で参加したメンバーも、売り切った、という達成感も手伝って、夕暮れが近づくころ、疲れてはいても笑顔だった。
「……若い男性の部屋ですから…」
そして陽がとっぷりと落ちて全てが片付いた――と思われた頃。
青空寮に現れるメイドが一人いた。
桜子だ。
「フリマーケットでは売れないようなモノもありそう……。そういうのは処分しましょうね。」
ふふふ、と黒い微笑を浮かべるメイドさんの、徹底したアフターケアもついていたのは、また別のお話。
この日が、彼らにとっても小さなタカラモノになるといい。