●オープニング
ガタリ。全員が取り敢えずは椅子に座った。
なんだこの状況。
この面子の中で最もその不幸を噛みしめていたのは鳳月 威織(
ja0339)だ。
片手には確りと対天魔用の愛刀を握りしめている。
そう、彼は正真正銘ディアボロを駆逐するべく駆けつけた撃退士なのだ。
ラジオ自体、まともに聴いたこともない。どうすれば良いのか全く分からない。
しかし目の前にマイクがある。
(………うん、良し。)
威織は一つ息を吸った。
(周囲に埋没して一時間を乗り切るんだ…! )
なんと開始早々イナイフリである。威織は全力で空気に溶け始めた。
その隣で対照的にニマリと笑む女子がいた。南條 真水(
ja2199)だ。
彼女は手ぶらだ。正真正銘の手ぶらだ。武器はヒヒイロカネにしまったの? …違う。
「通りすがってなんじょーさんがラジオ放送することになるとはね…」
ただの通りすがりだ。深夜のラジオ局に通りすがるってなんだ。ていうか戦えよ!撃退士なら!
そして他の閉じ込められた面々も、この状況を大いに楽しもうと、徐々にスイッチが切り替わっていった。
「閉じ込められちゃったけど、どんな時でもどんなことでも明るく元気に前向きに、なんだよっ」
極限まで背景と同化しようとしている威織に、気さくにミーミル・クロノア(
ja6338)が人懐こい笑みを浮かべる。
「おやおやまあまあ、なんたることで! ええ、ええ、何ともまあ愉快な状況じゃないか」
更に棒キャンディを咥えた口元を笑ませ、ジェーン・ドゥ(
ja1442)が愉快に煽った。
「こうなったら皆で盛り上げちゃいましょうなのー☆」
鳳 優希(
ja3762)も気合い充分に両手をぎゅっと握りしめる。
「深夜テンションの準備は良いかー!」
映像でご覧いただけないのが残念な、たゆんたゆんと揺れるアメリカンサイズの豊かな胸をテーブルの上に乗せ、アーレイ・バーグ(
ja0276)がマイクに向かって呼びかける。
これはもう―――やるっきゃない。
「オールナイト久遠ヶ原ー!!」
ミーミルがどこかで聞いたような番組名をでっちあげ、鬨の声を上げた。
「やあ、ラジオをお聴きの諸君ご機嫌よう。さっきのアレでパーソナリティが逃げちまったんで、今宵のお相手はなんじょーさん達が務めさせてもらうじぇ」
通りすがりなのに仕切りはやれるぜ、なんじょーさん!
「こんばんは、こんばんは、こんばんは。夜更かしの皆様。無理強いされたなんて事はないけれど、急遽、皆に声を届けることになった者達だよ。この番組は、誰でもない誰にもなれないジェーン・ドゥと」
「おっぱいDJことあーれいさん!」
「鳳 優希っ☆」
「ミーミル・クロノア、とー!!」
ほら、ほら、とミーミルが威織を急かす。
「……!? お、鳳月 威織……」
空気が喋った!喋らざるを得なかった!
「以上、6名でお送りするよ」
ジェーンが愉しげにそう宣言すると、深夜の空を割るような激しいロックが流れだす。
一夜限りの、特別なショウタイムの幕開けだ。
●お便りコーナー
「さて、まずはお便りの募集でもするかや。…あー、ラジオの前の諸君。今夜限りの特別放送だ、深夜テンションに任せて何でも送ってくるといいじぇ」
「迷ってる時間なんて、戸惑ってる時間なんてないさ。さあ、さあ、急がなくちゃ1時間なんて直ぐだ!」
真水とジェーンがショウの始まりを告げるや、事件の顛末に不安とある種の高揚とを持ってラジオに耳を傾けていたリスナーたちは一斉に動き出した。メールの受信件数がうなぎ上りに増えて行き、FAXはありったけの紙を吐き出し始める。
真っ先に届いた質問のメールが目に留まり、優希がマウスでクリックしてそれを開いて読み上げる。
「ええとー、さっきはどうやって倒したんんですかー?」
一般のリスナーからの実に純粋な疑問だ。
「なんじょーさんは何もしてないじぇ」
じゃあ何してたの。
三秒ほど全員が黙ったが、放送事故ではありません。
そしておっぱいDJを名乗ったアーレイに、ドキドキワクワクとしたFAXも送られてくる。
「はーい、きょぬーの事について何でも答えちゃうぞっ♪」
アーレイが手に取ったFAXにはやたらと力のこもった文字でただ一言こう書かれていた。
『スリーサイズ教えてください』
こいつ必死だ。
そんな質問にアーレイは胸ごとずずいとマイクへ身を乗り出す。
「男の子らしいストレートな質問ありがとうございます! 上から104・58・89ですっ!」
その瞬間、胸・サイズ・104の三つの単語が大手検索サイトの検索ワード第一位に躍り出た。
しかし簡単に答えは出ない。そう、アーレイの夢と希望が詰まった胸は既にジャパンの規格を越えているのだ。
いくつなんだ! それって結局いくつなんだ!!
全国の男子リスナーの熱い声を受信したのか、アーレイがさらっと答える。
「私の胸を日本式で表記すると70Kです」
この時のAから指を折って数えたラジオの前の健全な男子リスナーの数は推定で1678人だったという。
「ノーブラでたゆんたゆんとサービス……するわけにもいかないのでステイツから輸入してるのです。アメリカの表記で言えば良いんですけどリスナーさんに馴染みがないですしねー」
そして同じブース内でも、思わずミーミルと優希が指を折ってKって何番目、と数えていた。
優希に至っては途中から涙目になり、とうとうすすり泣く声が電波に乗る。
(アーレイさん…大草原の胸的扱いを夫からされてる希には酷なのです…)
しかしここで泣いていてはDJが務まらない。
ぐすっ、と鼻をならした後、優希はテーブルの端に置いてあった一枚のハガキを手に取った。
「気を取り直していきますですよ! ペンネーム、うさぎさんからのエピソードと、それにあった音楽をチョイスです!」
ハガキを手に、真剣に読み始める。
『こんばんは。思えば、自分が学生の頃、勉強をしながら、よく深夜ラジオを聴いていた記憶があります。今は社会人となって、忙しい毎日で、多くの人の中で揉まれ、疲れ、いつの間にか聴かなくなってしまっていました。そんな深夜ラジオが聴ける機会がまた出来て、多くの学生の人たちにも今また聴いてもらいたいと思います。頑張って下さい』
社会人として忙しい日々を送り、それでも夜に癒しの時間を求めて再びリスナーとなったペンネーム・うさぎさん。
お便りありがうございます。日々のお疲れをお察しいたします。
まさかこんな中でハガキを読まれるとは思わなかった、愕然となさっている心中もお察し申し上げます。
そんなことは一切関係ないところで、読み上げた優希はうんうんと深く頷く。
「ん、希たち学生にも聴いてもらいたいラジオ……。頑張るのですよ☆ それでは、この音楽を聴いて下さい♪ 懐かしい昔の情景を伺わせた、音楽です」
優希が曲名を書いたカンペをプロデューサーに見えるよう、すっと持ち上げる。
さすが咄嗟に撃退士を閉じ込めたプロデューサーだ。カンペを見るやその曲をすぐさま掛けた。
曲が始まってすぐ、日本の原風景が、皆の心に浮かぶ。
兎を追う山里のひとびと、竿を繰る川の釣り師。
忘れがたき故郷――――。
「ああ、ウサギなだけに……って!?」
「学生時代よりもっと古いところ振り返っちゃったよね、今!?」
威織とミーミルが思わず突っ込んだ。
ジェーンがじゃあ自分も一枚読んでみよう、とハガキを手に取る。
「ペンネーム、没個性な高校生さん、と。おや、学園の生徒からのお便りだ」
するとそれは自分たちと同じくらいの年齢の、久遠ヶ原の生徒からのお悩み相談だった。
飴を咥えたままジェーンはつらつらと読み上げる。
『うちの学園は服装、髪型、口調に性格と個性的な人が沢山います。その中に居ると自分があまりにも詰まらなく思えて…もっと自己主張を頑張るべきでしょうか』
久遠ヶ原学園の生徒たちと言えば、髪の色は金、銀、ピンク。国籍不明から男の娘まで。【個性】という文字がひしめき合って生活しているような場所だ。そう悩んでしまう学生がいても不思議ではない。
「なるほど、なるほど、没個性か。僕も同じだからその気持はよく分かる」
え。
全員がジェーンの顔を見た。
また三秒の沈黙があったが、これも放送事故ではない。
「そういえば、さっきからあんまり話してないけど……」
その沈黙を破ったのはミーミルだ。チラッと威織の顔を見る。
必死に自ら空気と同化しようとしている威織は、ある意味では今、没個性に一番近い。
白羽の矢を立てられた威織はサッと顔を反らす。その横顔にははっきりと『逃げたい』と書いてあった。
「何かアドバイスとかないかな〜っ?」
それでもミーミルはにこにこと訪ねる。
「い、いや、僕はずっと田舎にいたので…! 学園の人たちが特殊と言いますか…っ、その…!」
刀を振るっている時は微塵も気にならなかったのに、光纏をといた今ではラジオ局にいること自体に落ち着かない。
それでも無情にもオンエア中だ。何か言わなくてはと、ええと、と一生懸命考える。
「流行とか、僕も分からないですけど。あの、自分が好きなものを大事にしていたら良いと、思い、ます…!」
場馴れしない緊張した声が、マイクに向かって紳士に答えた。
いい人だ、この人、いい人だ!
聴いていたジェーンは芝居がかった仕草で拍手を送る。
「もうひとつ、同類から忠告させて貰うなら」
だから誰が同類?
そう突っ込む声も瞬時にメールで届いているが、気にしない。
「君らしければそれで良いのさ。比べても仕方がない、張り合っても仕方がない」
カラリ、とジェーンの歯の隙間で小さくなった飴が鳴る。
「それに、それに、それにそもそも。あれらは個性的と言うより──ええ、ええ、見ていて面白いとは思うけれどね」
何かぼかした。心当たりのある生徒さん、手を挙げてください。そうですね、あなたのことです。
「自分らしくいればいーんですっ☆」
優希が明るくマイク越しに『没個性な高校生さん』に呼びかける。
思わぬいい放送になってきた。
「よし、じゃあここでこの曲をかけんかや?」
再びカンペが取り出される。
そこに書いてあったのは曲名は、我らが久遠ヶ原学園の校歌だった。
●エンディング
ディアボロやサーバントってなに?
遭遇したらどうしたらいいの?
彼氏いますか?
久遠ヶ原学園の保健の先生は美人ですか?
次々に舞い込むそんな質問に答えている内に、時間はあっという間に過ぎた。
「…ん?ああ、もうこんな時間かや。ラジオの前の諸君、今宵の放送はそろそろ終わりだ」
途中から深夜の眠気に負けて寝ていたどこまでも自由な真水も、エンディングの気配にむくりと起きる。
「もう直ぐ帰るですよー☆」
優希はご機嫌に、マイク越しに家で待つ夫とひらひら手を振る。
「肩凝りに負けたらきょぬーはやってられないのでこれからもKIAIで頑張ります!」
最後まできょぬーについて熱烈な質問を受けていたアーレイが、たゆんッと胸を揺らして谷間を強調する。
「今夜は聴いてくれてありがとう!」
すっかりDJっぷりが板についたミーミルが滑舌よく元気いっぱいに挨拶する。
「あ、ありがとうございました!」
周りの勢いに任せ、なんとか最後の方で慣れてきた威織も声を出す。
「おやすみ、おやすみ。紳士淑女の皆さん、今宵素敵な夢を」
こうして一晩限りの放送は、深夜の夜空からふつりと失せた。
終了を惜しむメールやファックスだけは、明け方まで途切れなかったのだとか―――。