●
世界には、幾つの願いがあるのだろう。
幾千、幾億の、命の数だけあるのだろうか。
この大雪が埃を拭った夜空の星の数だけ、あるのだろうか。
客として別のテーブルで寛いでいた御堂・玲獅(
ja0388)が、成り行きを見届けると席を立つ。
「こんばんは」
そして晴香に声を掛けた。
長い銀の髪が流れるのに晴香が視線を奪われ思わず姿勢を正すと、玲獅は柔らかく微笑む。
「御堂 玲獅と申します。私にも、キャンドルの作り方を教えて下さいませんか?」
緊張した面持ちだった晴香の表情が、嬉しそうに笑みに変わる。
「も、もちろんです!」
その様子に和泉早記(
ja8918)も別のテーブルから立ち上がった。
寒いのは苦手だけれど、猫への会いたさにねこかふぇへ来ていた一人だ。彼はこの白い猫にまだ名前がなく投票で決めようとしていた頃からミルクに会いに来てくれている。
何かを零したり火を扱うなら安全のために猫を抱いていようと、テーブルの上にいるミルクに手を伸ばす。
けれどミルクは早記の手に僅かに甘えると直ぐに床へ飛び降りた。
気紛れな猫らしいその仕草に早記は名残惜しさを感じるものの、追いかけることはせずに晴香たちへと身体を向ける。
「先輩方、俺にも教えていただけますか?」
その申し出に背中を押された客がもう一人。鳴海 鏡花(
jb2683)だ。こんな雪の日ならば客も少なく、こっそりと猫を撫でられるだろうかとやって来て機会をちらちらと窺っていたが、今は晴香の手にしているキャンドルの花びらの愛らしさにも心惹かれていた。勇気をだし、席を立つと自分も晴香に声を掛ける。
「拙者にも、教えてもらえるだろうか」
そこにからん、とベルの音を立て、新しい客がやって来た。
「どんな猫さんがいるのかな〜」
入って来たのは彼女自身が猫のような印象を覚える、望月 忍(
ja3942)だった。
早速暖房の温風が一際溜まる場所で丸くなっているミルクを見つけ、顔をほころばせる。
看板猫の名に相応しく、ミルクも長い尾を揺らしてご機嫌に歓迎する。
「猫さん、お名前は〜?」
ミルクだよ、と横から良知が答えると「ミルクちゃん、可愛いの〜」と咽喉に優しく指をあてて撫でる。
そこでふと、一つのテーブルに集まっている先客たちに気付いて小首を傾げた。
「…皆さん、何をしてるんですか〜?」
おっとりとした問いかけに答えるより先に、再びベルの音が鳴る。
「すみません、少し休ませて下さい。こんな大雪に見舞われるのは初めてで…」
姿を見せたのは苧環 志津乃(
ja7469)だった。すらりとした長身に着物を纏い、和装用の外套を羽織っている。
温かい場所に辿り着き、ほっと息を吐いて外套を脱ぎ畳む所作から、普段から着慣れていると一目で分かった。
忍は可憐な大和撫子の登場に思わず憧れを抱いて見惚れてしまう。
「…可愛い…。猫さん、私もお邪魔していいかしら…?」
言葉が分かっているかのように甘えた声で鳴くミルクは、正しく招き猫だ。
その姿に和み、良知に注文もしようと口を開きかけたところで志津乃も人の輪に気付く。
「まあ、綺麗なキャンドル」
こうして、一人、二人、と加わって行く様子を星杜 焔(
ja5378)は奥の席でそっと見守っていた。
焔は、去年の夏もキャンドルを作った。その記憶が蘇る。
今、なら…まっすぐな気持ちで、あの子の為に、作れるかもしれない。
キャンドル作りの人数は増えて行った。
●
俄かにキャンドル教室となったねこかふぇの賑わいに気付き、亀山 淳紅(
ja2261)はデートの足を止める。
それに倣って恋人のRehni Nam(
ja5283)も窓越しにカフェの中を覗き込んだ。
「キャンドル作りですかー」
レフニーも興味深げに少し爪先だって中を覗き込んだ。
それから二人は顔を見合わせ、
「楽しそうやね、作ってこーか♪」
「楽しそうなのです!」
仲良く声をハモらせる。お互いの重なった声に笑顔がこぼれるのも同時だった。
「ねこかふぇ、ねェ…。よう、何か、面白ェコトやってンじゃねェか」
二人がねこかふぇに入って行くのと擦れ違いに外に出て来た良知に、通りかかった仁科 皓一郎(
ja8777)が声を掛ける。皓一郎は良知が寮長を務める寮で拾った子猫の里親になった一人だ。良知もあの猫元気か、と気軽な挨拶を返す。
「あァ、黒チビなら元気でやってるわ」
そいつは良かったと言う良知の手には早速自作のキャンドルが一つ握られている。どこに飾ろうかと見渡すと、いつの間にか猫の雪像が一つ増えていた。
「別にギア、猫とか可愛い物が好きなわけじゃなくて、偶々立ち寄っただけなんからなっ」
どうやら猫に惹かれて二つ目の雪像を作ったらしい蒸姫 ギア(
jb4049)が、手の雪を払い、ツンと脇を向いて誤魔化す。
それでも良知の手にあるキャンドルや、店内に猫がいるのが気になる様子でチラチラと視線を向けてくる。
良知はギアの作ったばかりの雪像の前脚の横へキャンドルを置くと、火を灯した。
雪にちらちらと小さな灯火が揺れて乱反射する。
「中でキャンドル作ってんだわ。お前らもやってけよ、な」
そしてニヤリと笑い、店内に戻りがてら、ギアと皓一郎のことも引きずり込んだ。
その光景を珍しい大雪見物でそぞろ歩いていたユーノ(
jb3004)が見かけ、思わず目で追ってしまう。
そのまま、彼女も興味を惹かれて店内へと足を踏み入れた。
玲獅は作り方を聞き丁寧に作業を進める。鏡花は熱心にメモにも書き留めた。
晴香はボタンやストラップの材料になるようなチャームをたくさん持っていた。おはじきやビー玉まである。手芸を楽しんでもらう為に部費で買っているものですから是非使って下さい、とテーブルの上に選びやすいように広げる。
玲獅は小さな青い猫の形をした水晶を選び、鏡花は色とりどりの貝殻を選び透明なジェルで固めることにした。
固まるのを待つ間、ぽつ、と玲獅が言葉を落とす。
「私も、猫好きなお友達がいます」
この猫のキャンドルを見せたい。
「いつ会えるかわかりませんけど、今度会えた時も沢山楽しい思い出を作りたいと思いまして」
完成すると玲獅は繰り返し晴香に礼を言い、そのキャンドルを大切に持ち帰った。
鏡花もジェルが固まると、その場では火をともさず持ち帰ることにした。
自分の部屋で灯りをともそう。
今は亡き恩人達に捧げる灯火を。
一方で早記は自分の持っていたものを飾りに選んだ。財布につけていた猫の根付だ。
真剣な手つきでグラスの中に配置すると、丁寧に仕上げて行く。
「これ、晴香さんが来なければ存在しなかった灯なんですよね」
参加者が増えて賑やかになって行く店内で、早記はぽつりと呟く。
ざわめきの中でもその声を拾った晴香が早記を見た。
「外に灯しますね」
許されるなら、この灯は晴香の亡くした御友人に。
固まり具合を確認して完成したキャンドルを手に立ち上がる早記に、晴香は思わずというように礼を言った。
誰かが居なくなること、誰かが誰かを想うこと。
古今東西にありふれた話だからと言って、ひとつひとつが軽くなるわけじゃない。
ねこかふぇの前に新しく一つ灯火を増やし、揺らめくそれらを前に、早記はそんな当然の事を改めて実感する。
(個人的に願うなら天へ、…もう大雪は勘弁してください)
そんな願いも込めて、早記は家路を歩み出した。
●
楽しみながら作る者、真剣に――想いを形にするように作る者、皆それぞれだ。
番場論子(
jb2861)とリチャード エドワーズ(
ja0951)も晴香に作り方を習った。
論子は一つずつの工程を晴香に聞きながら進める。それでも多少不恰好なのは初めての作業なのだからご愛嬌だ。
それでも灯した様相が見る人たちに良い思い出を浮かべて貰える様になれたら良いと願いを込めて仕上げて行く。
リチャードはチャームを入れる方法も分かったが、それでも何も入れなかった。
(願いを込めるなら、私はこうありたいと言う誓いを込めよう)
芯を真ん中に立て、透明なジェルだけを慎重にグラスに注ぐ。
気泡が出来ないように、誓い以外の何も混ざらないように仕上げて行く。
誓いは余計な飾りなどなく、そのものありのままを誓うものだと、リチャードは思っていた。
弱者の剣であり、盾であり、いかなる時であっても人を救う騎士であることを誓う。
正義でなくともいい、ただそれがリチャードの騎士としてのあり方はこうであるという誓い。
(それを果たせるよう己を律したいね)
ジェルが固まって行くまでの時間を待ちながら、胸の中でその誓いも固めて行く。
その隣で作業するソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)のキャンドルは対照的に華やかだ。
「色や見た目が綺麗なのを目指してみようかな」
いろんな参加者の手元を見ては参考にし、指先を器用に動かしてデザインを具体的にしていく。
一つ目は花びらを入れた後に紫の透明なジェルを注ぐことにした。
二つ目はオレンジ色にしてみようかな、そう思いながら周りを見渡すと、シルファヴィーネ(
jb3747)が凝ったデザインに挑戦していた。
ジェルを少し注いではグラスを斜めにして硬め、そこに持参した紫水晶の細かい欠片で円を描く。その上に再びジェルを注いぎ水晶で円を描くのを繰り返し、螺旋を描いているのだ。
「キャンドルね…その灯火の輝き、まるで短き一生に命を燃やす人の魂の輝きのよう…ってね…」
瞳の色と同じ色の石で螺旋を描きながら、今は人の文化に惹かれ別の生き方を歩んでいるシルファヴィーネは呟いた自分の言葉に軽くかぶりを振る。
「何私らしくもない事言ってるのやら」
それでも、戦いの狂気の中だけでは得られない美しい螺旋が、少女の手で生み出されて行く。
更にソフィアが視線を巡らすと、立夏 乙巳(
jb2955)の手元に目が留まった。
「わ、面白いアイディアだね!」
乙巳はグラス自体をワイングラス型のものを使い、赤い染料をうまく活かしていた。
「拙者はお酒が大好きで御座る」
ワインに氷を入れることはないが、遊び心で氷に見立てたプラスティックキューブを中に入れて固めて行く。
折角の粋なキャンドルナイト。小さいながらも大好きなお酒に見立てたキャンドルを、願いを込めて作ってみよう。
一味違い、乙巳のオリジナリティがたっぷりと詰め込まれ格好良く仕上がったそれが出来上がると、彼女はソフィアと挨拶を交わしてねこかふぇを出た。
猫の雪像にワイン型のそれを飾り、火を灯す。
雪像の周りにはすでにキャンドルが増え始めている。
(この揺れる炎を見ながらの一杯のお酒は、これまた格別な感じではないでござろうかねぇ)
無意識の内にチロリと酒精を恋しがって先の割れた舌が口元を舐める。
それから外の冷気にぶるりと身震いが走った。
「お酒はやっぱり熱燗で一杯が最高でござるよ!」
今夜は熱燗で決める事にして、乙巳は足取り軽く家路についた。
そんな乙巳の独創的な工夫に刺激されたソフィアは、固めた蝋を彫ってみようと思いついた。
器用なその手つきの向かい側で、焔も細かな細工を丁寧に仕上げて行く。
淡い赤紫の花びらを、まるで風に優しく揺れているように繊細に並べてジェルを注ぐ。
焔は逝く間際に告白をくれた少女を幸せにできなかったことを思い出していた。
去年作ったキャンドルは、その少女との思い出の花に拘った。
妹のようだった子への想いをこめて、ライラックの香りを閉じ込めたキャンドル。
それとは異なる、新たなキャンドル。
自分に幸せになる権利はないと思っていたけれど、今にして思えば、あの子を心配させるだけだったのだろう。
今年のキャンドルは違う。焔には、大切な人が待っている。
キャンドルが出来上がると、彼はそれを持ち帰ることにした。
雪遊びに持っていって灯そう。
そしてその灯りで、妹に、もう大丈夫だよ、と、報告をしよう。
●
「…あれ?」
苺のチャームを入れようとピンセットで何度も挑戦するが、うまく行かずに桜木 真里(
ja5827)は苦戦していた。
その様子に気づいて、一緒に来ていた嵯峨野 楓(
ja8257)が結構不器用なのかと柔らかな笑みを零す。
「…手伝おっか?」
手先なら器用だ、任せろ!という笑顔に、真里も恥ずかしそうにしながら頷いた。
「ありがとう、お願いして良いかな」
真里が入れているのは苺のチャームの他に、ピンクのリボンやレースなど可愛いものが多い。
自然と楓をイメージしたものを選んでいた。
そこに仕上げに気持ちを込めてバラの花びらを入れる。その位置を楓が手伝い、直してくれた。
一方楓も、淡い若緑色のガラスサンドを底に敷き、大きめの山桜のガラス細工をメインにガラスの白兎やエンジェライトを模したビーズをグラスの中に配置する。無意識の内に真里をイメージした物を選んでいた。
自然と笑顔になる。
「あ、これ使って」
そして真里がジェルを流し込み始め、気泡が出来てしまいそうになるのに気付くと、楓はガラス棒を用意し、一緒になって手を添えて手伝った。
当然、手と手は重なる訳で。
「……はっ!? ご、ごめん」
つい慌てて謝ってしまう。
そんな楓に真里は重なった手だけでなく心まで温まるような心地がした。
離れた手が少し寂しいくらいだ。
「ううん、手伝ってくれてありがとう」
手伝ってもらっちゃったけれど、このまま固まれば楓のおかげできっと綺麗に仕上がるはずだ。
固まったら、不器用な分もたくさんの気持ちを込めて楓に贈ろう。
そう提案すると、楓の笑顔はますます明るくなった。
「えへへ…ありがと! 私もね、真里にあげる。大事にしてねっ」
愛情と一緒に、お互いに温かな想いという灯火を贈ろう。
固まるまで、二人は一緒に二つ並ぶキャンドルを眺めて過ごした。
そして反対に、彼氏の方が器用というコンビもいる。
淳紅は紙粘土で紫蘭とシザンサスの花を形作り、手際よく彩色して行く。それを二つのグラスに入れて行った。
紫蘭の花言葉は“あなたを忘れない”。
これまでの依頼で失った人、そして――自分を忘れないために。
その隣でレフニーがうーんと首をひねる。
好きなものを入れる、と言われて真っ先に浮かんだのは…
「ジュンちゃん?」
思わず口に出して言ってしまい、赤くなって慌てて口を閉じた。
それから一生懸命に考え、拾って押し花にしていた梅の花を入れることに決めた。
梅の花が咲くキャンドルは、火を灯すのが少し勿体ない気もする程、とても綺麗に仕上がった。
「ジュンちゃんはどんなのが出来ました?」
隣を窺うと、完成したシザンザスの花のキャンドルの方を差し出される。
花言葉は、“あなたと踊ろう・あなたと一緒に”。
「めっさ上手いわけでもないけど…もらってくれると、嬉しいな」
レフニーは大事に、大事に、両手で受け取った。
そして店を出て雪の世界へ踏み出す。
二人で雪像にキャンドルを置き、火を灯した。
「……ジュンちゃん、今度、またキャンドル作り、してみましょうか」
未来でも手を取り、一緒に踊ろう。
「わっ、ももかちゃんの天使かわい〜っ!」
ハートを抱えた天使のチャームを入れた森浦 萌々佳(
ja0835)の手元を見て、栗原 ひなこ(
ja3001)がはしゃいだ声を上げる。女の子同士、いろんなチャームを見比べては盛り上がっていた。
ひなこは悩んだ後で星と雪の飾りチャームに決め、早速ピンセットで配置してみる。
それから透明なジェルをそっと流し込み始めるけれど、少しその手元は少しおぼつかない。
「ふむ…こういう風に作るのか。なかなか難しい…あ、おいひなこ、そこ零れてるぞ?」
それを器用に滞りなく作業を進めていた如月 敦志(
ja0941)が気づいて手伝う。
不器用なのを指摘され、ひなこは自分と敦志のキャンドルを見比べる。
「み、見た目より気持ち! そう気持ちが重要…だよね?」
敦志の器用さに少し妬きながら萌々佳に同意を求める――けれど、さっきまで萌々佳が座っていた席には誰もいなかった。
「あれ、ももかちゃん…?」
不思議そうに辺りを見回すひなこに、こっそりと敦志は曖昧な笑みを浮かべた。
「まったく…余計な気を使わせちまってるなぁ……」
二人の関係を知っている萌々佳は、こっそりと敦志にだけウィンクを投げ、二人きりになれるようそっと席を外したのだ。
「火を灯しに行こうか、ひなこ」
固まるのを待って、敦志が微笑んで手を差し出す。
「えっと、うん…」
キャンドルを胸に抱いて、ひなこはおずおずと手を握り、立ち上がった。
完成したばかりのキャンドルに二人で灯をともす。
ひなこは灯火に、散った人の追悼と大切な人達の幸せを願い目を伏せた。
「撃退士は、いつ何があるか解らない。そんな中で大切な沢山の仲間に会えた俺は、本当に幸せ者だと思う」
冷たい風が耳元を吹き抜けて行くのに乗せて敦志の声が聞こえ、導かれるように瞼を上げる。
「何よりお前に出会えたしな。これからはお互いに自分だけの命じゃないからな、気をつけていこうな?」
向き合うと、敦志は微笑んでひなこの頭を撫でた。
ひなこの頬はキャンドルの揺らめき以上に真っ赤になる。
そして誤魔化すように、背伸びをして敦志くんの額をぺちりと叩いた。
「ばか…今も昔もちゃんと大事にしなきゃダメだよ」
そんな二人のやり取りに思わず微笑んでしまうのは、そっと様子を見守っていた萌々佳だ。
揺れている灯火。それを灯した人々。
天使のチャームがハートを抱えていたように。
萌々佳が護りたいもの――それは“みんなの幸せな未来”。
それを護るために戦うし、強くなりたい。
そして、自分はそれをずっと、こんな風に見守っていたい。 
「みんなの幸せな未来が、輝き続けますように…」
白い息と共に、萌々佳の願いが夜空に溶けた。
良知に引きずり込まれた皓一郎は、さて何を作ったものやらとテーブルに肘をつき気だるげに思案する。
「お前さんは何入れるんだ?」
居合わせる格好になったユーノに訊ねると、手順を理解した彼女は少しの思案の末、花が良いです、と答えた。
悪魔である彼女にとって、時間はゆるゆると流れる。その永劫の時の中で一瞬に等しく短い命を咲かせ散りゆく花には、強く惹かれるものがあった。特にこの季節の花が良いと思い立つと、反対に皓一郎に相談してみる。
「短い時に輝く花を、しばし灯りと温かさを供して燃え尽きるキャンドルの飾りとする……ふふ、楽しみです」
「花、ねェ…」
皓一郎もなるほどなとその案に頷くと、ビーズの他に花びらをグラスの中へ落とし込んだ。
気泡を作らないようアドバイスなどを交わしつつ、今この瞬間も二度と繰り返されない時間が流れて行く。
やがて固まり完成すると、二人はカフェを後にした。
「雪もまた儚く一瞬の美…。素晴らしいですの」
ユーノがキャンドルを雪像に置き、花と灯火の儚い命が揺れるさまに瞳を細める。
「あら、こんばんは」
自分のキャンドルは帰って家で待つ黒猫にでも見せてやろうと思っていた皓一郎に、おっとりとした声が掛かる。
砂原 小夜子(
jb3918)が、完成した自分のキャンドルを手に立っていた。彼女のキャンドルは琥珀色の天然石と本物の砂漠の砂を下に敷き詰め、ジェルは上へ行くほど紫が濃く、砂漠の夜を象っている。
「ちょうど良かった。…火を、貸してくれないかしら…」
あァと返事をし、皓一郎は小夜子のキャンドルを預かると愛用の喫煙具で火を灯した。
「へェ…砂漠か、器用だねェ」
間近でキャンドルを見、灯火を消さないよう、静かに彼女の白い手に返す。小夜子はそれを雪像の隅に置いた。
風に灯が揺らされると守るように手で囲う。
「こんな夜も素敵ね」
小夜子は微笑み、夜空を仰ぎ見た。見える?、と満天の星たちに語りかけるように独りごちる。
ひとつ、ひとつとキャンドルの灯りが増えて行く。
空の星々には、この灯りが地上の星空に見えるだろうか。
●
「話聞いてきたよ。一緒させてね!」
持参した材料を見せながら明るく晴香に挨拶したのはレイラ・アスカロノフ(
ja8389)だ。
一緒にやって来たファラ・エルフィリア(
jb3154)も気さくな笑顔を向ける。
「へぇ〜……そうやって作るんだねぇ」
ファラはキャンドル自体使ったことがないのだが、晴香に手順を教えてもらったり他の人の作業工程を見て作り方をだいたい把握すると、早速二人は作業に取り掛かった。
「せっかくだから雪化粧っぽいの作ろう♪」
晴香が亡くした友人も、今日みたいな大雪の珍しい日のことだって、きっと知りたいよね。
レイラはテーマを冬景色に決め、メインの雪だるまと小さな雪の玉に見立てるため白い蝋を溶かし始める。
「いつもと変わらない日常ってさ、あとで振り返るとすっごい特別だったりするよねー」
今日という日を、このキャンドルの中に映し込めれば良い。レイラは雪玉を作りながら少ししんみりと呟いた。
「ファラは何作るの?」
「どうせだから秋の風景つくろっか」
連れが冬だから、自分は秋でも良いかもしれない。
ハサミを手に取るとチマチマと細かく切り始める。紅葉だ。下を地面と見立てて紅葉を積もらせ、ジェルを入れる途中でも落ち葉のようにちらちらと散らす。
レイラが小さな雪の玉を散らすのと対のような秋・冬の景色が出来て行く。
「蝋燭の火って独特よねぇ。ほわんってしててさ、ちっちゃいくせに暖かい感じがするんだよね」
少し人間の魂にも似てる。ファラは胸の中でそう思った。
誰か春や夏も作ってくれるかな。
季節は巡るよ。
日々も巡るよ。
肉体は死んでしまったかもしれないけれど、誰かが亡くした人を想って灯を灯す限り、一緒に時は巡るよ。
「でーきた♪ 飾ってくるね♪」
「こっちもでーきた、っと」
二人が完成するのはほぼ同時だった。
外へ向かう途中、ファラが晴香のいるテーブルに歩み寄る。
「ねぇ。あんたの友達に、届いてくれるといいねぇ」
晴香は顔を上げ、直ぐにうまく言葉を見つけられなかったが、くしゃりと笑った。
外は続々と増えて行くキャンドルに、一帯は幻想的な灯りに包まれていた。
風が吹くごとに揺れ、儚く消えそうで、それでいて確りと雪を照らしている。
「素敵だねー。ね、届くといいねー」
レイラが願いを込めて、雪道を歩き出す。
「嗚呼、明日は天気かな」
夜空も地上にも、こんなにも命の灯が瞬いているのだから。
「教えてくれて、どうもありがとうなの〜」
やがて忍と志津乃もキャンドルを完成させて外へ出て来た。
志津乃が作った地球色の花を浮かべたキャンドルが、雪景色の中にまた一つ灯る。
何もかもを覆い隠すように積もった真白な雪は、志津乃の瞳にはまるで天界の支配のようにも見える。
(必ず融けて消えますように…)
彼女の胸には、自ら天使の元へ行くことを選んだ少年のことが深く刻まれていた。
見ていることしかできなかった。
無力さと後悔が胸の底に焼きついている。
けれどこの痛みごと抱き締めて、忘れないとこの灯に誓おう。
精一杯、今を生きることが、未来に光を灯すと信じよう。
志津乃は黒い瞳を伏せ、失われた命と尊厳に祈りを捧げた。
作り方のアドバイスに俄かに忙しくなった晴香が落ち着く頃合いを見計らい、ラウール・ペンドルミン(
jb3166)は晴香のテーブルに近寄った。
晴香はぼそりと小声で話しかけられたのは分かったが、一度では聞き取れずに首を傾げる。
「…どういうのが好きだったんだよ、その子」
ラウールは気を取り直し、もう一度同じ言葉を繰り返した。
猫に癒されに偶然ねこかふぇに足を運んだ立場に過ぎないが、彼自身は悪魔だ。
晴香の友人の命を吹き消したのは自分の同族かも知れない。そう思うと居た堪れないものがあった。
(べ、別に人間のためにやってやろうなんざ思っちゃいねぇよ…!)
言葉には出さずそう言い訳をするものの、どうせなら、その友達が好きだったやつを作ってやりたい。
晴香は二度目には聞き取れると、青く細かなビーズに指を伸ばした。
「ええと、…海とか、好きで……」
「海、な」
ぶっきらぼうに答えると、使えそうな材料を貰い受けてラウールは作業を始めた。
砂浜に見立ててビーズを敷き詰めて行く。
細かな作業は嫌いではない。波打ち際を丁寧に作り、香りまで伝わるようにと花もあしらう。
「こんなで、いいか」
ジェルが固まると、出来上がったものを晴香に見せに行った。細かい細工に晴香は目を輝かせる。
「…人間の魂ってやつぁ不滅だ」
ぽつ、とまたラウールは普段の偉そうな物言いよりも僅かに小さな声で呟く。
「誰かが覚えていりゃあいつまでだって在り続ける…。そいつの胸の中にな…忘れねぇことだ」
今を大事に生きろよ。
そう願ったのはラウールだけか、夜空の、友人もか。
出来上がったキャンドルは、丁寧に丁寧に雪像の一角に置いた。
全員の作業が片付いて、晴香が店の外の様子を見に行く。
良知がそれに合わせて店の照明を落として暗くした。
浮かび上がる、たくさんのキャンドル。
涙でぼやけると、更に幾つにも、幾つにも灯りは増えて。
「美希…、美希……」
亡くした親友の命は、この灯火の数だけ今も輝いている。
白銀の世界の一角を照らす温いキャンドルに、晴香は深く息を吸い込んだ。
「―――綺麗だね」
うん。
とっても、綺麗だね。