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急きょ放送室に増設された迷子センター、仮称“X”(エックス)では、掻き集められた戦士たちが集っていた。
「エリアを区切りましょう」
広大な学園である。正確な地図など無きに等しい。
大体の校舎の配置と既に存在する迷子センターの位置関係をホワイトボードに手早く書き出すと、既存の迷子センターをA・B・C・Dと名づけ、付近を龍仙 樹(
jb0212)が分かりやすくエリア分けする。
「エリアごとに担当を分け、そのエリア内の迷子対応に専念しましょう。ただ、そのエリア内では解決しない場合などは他エリアと連携する必要もありますから、皆さんの連絡先を把握しておきたいです」
様々な意見が出た中から方針を纏める。
「今ある4つの迷子センターは連携を取る余裕は出来ていないようだ。Xはその連携拠点にして情報を集めて整理する」
強羅 龍仁(
ja8161)が補足する。
誰も異論はない。頷くと即座に連絡先の交換が始まった。
そこに息を切らし戻って来たのは月乃宮 恋音(
jb1221)である。
高い事務処理能力を活かし、文化祭運営本部や必要な各方面に、新たに迷子センターを一つ新設する旨の申請、及びそれに伴う迷子たちの個人情報の取扱いについて承諾書類を作り提出して来たところだ。
今回の重要な一手である【迷子シール】の束も抱えている。
「残念な…お知らせがあります……」
大勢の前で話し始めるのは緊張したが、これも大事な役目だと思うからこそ、口を開く。
「迷子のお子さんの顔写真を掲示するのは…、親御さんの許可がないと安全面に配慮できないということで……、認可が下りませんでした」
昨今の時勢を受け、個人情報の取り扱いは一際厳しい。
幼い子供のものとなると慎重にならざるを得ないというのが上の判断だったようだ。
その代り、迷子対応に同じく頭を悩ませていた執行部のコピー機も借りて、迷子シールと、自分たちが学園公認の迷子センターのお手伝い要員であることが一目でわかるシールは大量に刷ることができた。
直ぐに全員に行き渡るよう配られる。
「私は直ぐに…それぞれの迷子センターに、このシールの意味を説明してきます」
恋音の言葉に、気を取り直した皆が頷く。
握りしめる武器は、懐柔用の飴ちゃん、幼心を擽る仕掛け、そして早く安心して欲しいと願う心。
戦場へと、踏み出した。
●
桐生 直哉(
ja3043)は早速そのシールを手に広大な学園内に出た。
実際に迷子に留意しながら歩いてみると、そこかしこで今にも逸れそうになっている親子連れや、今どこにいるのかと電話で連絡を取りながら友人の姿を探す光景が散見された。
これだけの混雑なのだから迷子になっら大変だなと改めて実感する。
たこ焼きの匂いを振り切り、田楽の匂いも気付かなかったことにし、今は歩調を早めて雨下 鄭理(
ja4779)とシール配りの手分けをしながら学園入口を目指した。
事前に恋音が掲示申請許可を取っていたため、すんなりと入口の掲示板に迷子センターの地図を貼り出せた。
それに並び、迷子やお手代スタッフのシールの見本と説明書きも掲示する。
「あの、すみません。ここから一番近い迷子センターは何処ですか?」
すると早速若い男性が声を掛けてくる。子供とはぐれた親のようだ。
直哉が掲示したばかりの地図を使って現在地と最寄りのセンターへの行き方を説明すると、彼は頭をさげて向かおうとする。それを直哉が引き留めた。
「子供の、名前と、服装は?」
聞き出した情報は直哉から一斉にメンバーへと送られた。
直哉からの連絡に目を通し、反応したのはセンターBだった。
センター内に手伝いに来た水無瀬 快晴(
jb0745)は特に入ってくる情報に気を配っていた為、同じ服装の子供がセンターの隅で相馬 カズヤ(
jb0924)と遊んでいることにいち早く気づく。
カズヤは目立つように胸にしっかりと迷子センターの一員であるシールを貼り付けている。応援増員ではあるが10歳にも満たないカズヤはそれがないと自分が迷子に間違われかねないことを、不服ながらも自覚していた。
もちろん、本当に自分が迷子になった経験もある。
どうやって助かったのかは思い出せないが、不安だったことはしっかり覚えている。
「大丈夫、絶対パパやママが迎えに来るからなー」
不安をちょっとでも忘れて、待ち時間が少しでも短く感じるようにトランプを使って一緒に遊ぶ。
迷子の子供たちにしても、大人よりも歳の近いカズヤとは遊びやすいようだ。ジョーカーを引いて笑う子供もいる。
その輪の中の一人の少年に、快晴が直哉から一斉送信された文面と本人を見比べ、声を掛ける。
「イイジマ サトシくん、…か?」
呼ばれた名前に反応し、少年がトランプから顔を上げる。それから小さく頷いた。
快晴は確信を得て、少年の傍らにしゃがみ込む。
「お父さんが探してるみたいだ。お父さんの名前、教えてくれるか?」
探している、と分かった途端に子供の目に光がさす。
親と会える。それで活力を取り戻せる少年に、快晴は一瞬瞼を伏せたが、直ぐに子供の顔をもう一度見る。
「いいじま、しゅんいち」
来ている情報通りの父親の名前を言えた子供の頭に、ぽん、と手を乗せ、優しく撫でる。
「みんなのパパとママもすぐ来るぞ!」
羨ましげな、そして不安を思い出した他の子供たちにカズヤは明るく笑いかけた。
●
一人で周りを見回している小学校に入ったかどうかという年頃の男の子がいた。
苛立った様子を見せては俯き、また見回すのを繰り返している。
加倉 一臣(
ja5823)と夜来野 遥久(
ja6843)は頷き合い、迷子だと判断して声を掛けた。
「誰かとはぐれたかい?」
一臣は珍しく学園の正式な制服姿だ。膝を折り話しかける一臣に、子供は喧嘩腰に身構える。
「兄ちゃんが勝手にいなくなっただけだ!」
子供は突っぱねて言い返すが、その言葉が何より迷子である証だった。
「これは私の従者が失礼をしました。いなくなった兄上をお探しになるとは、強いお方だ」
そこに遥久が声をかける。その頭には100円均一で購入してきた冠が乗せられている。少しでも王子らしく、と一臣にのせられたものだ。その王子が真剣に告げる。
「実は、悪の総統アスハと戦うため力を貸してくれる勇者を捜しています」
一臣は従者。遥久は王子。
二人は素直に保護されようとしない子供を迷子センターに連れて行くため、工夫を凝らしていた。それがこの一芝居だ。子供を本気にさせるなら自分たちがまず本気にならなければ。ノリノリなのはそういう心意気だろう、多分。
「アスハ……?」
そして子供が初めて聞く悪党の名前に首を傾げた、その時。
「クク……、迷子は預かった! 返して欲しくば迷子センターBで僕を倒すのだな!」
同じ地区の担当になり、近くで迷子を保護していたアスハ・ロットハール(
ja8432)が態度を豹変させ、ばさりと演劇部から強奪して来た黒のマントを翻した。顔にはファントムの仮面。左目は光纏し光を放つ。
一気にそちらに注目が集まり、勇者に選ばれた子供も、アスハの小脇に抱えられた迷子も吃驚して固まっている。
そのままアスハはわざと目立ちながら、迷子センターBへと誘拐劇を演じ、駆け抜けて行った。
周りの大人たちに対しては、迷子センターが存在するのだという良い宣伝も兼ねている。
「また一人攫われてしまったか…!」
一臣が拳を作って悔しげに語る。
「アスハは桃が苦手なのです。この桃のシールを貼ると倒すことが出来ます。協力してください、勇者よ」
こうして負けん気が強い、迷子兼勇者が生まれた。
一方で、センターBに辿り着いた悪の総統は誘拐――もとい、保護してきた子供に泣かれ、狼狽えていた。
「…いや、怖くないから、泣くな」
一生懸命に子供をあやしつつ、センター側にこの子供を探している親の情報はないかと問い合わせる。
泣きじゃくる子供の頭を撫で、詫びる悪の総統・アスハ。するとその子供に関しては、親が探していると迷子センターCに情報があることが分かった。
次第に迷子センターの存在が知られ、新設されたXの働きかけによって情報網が整いつつあるのだ。
そうしている内に、勇者一行も迷子センターBへと辿り着いた。
従者としてこき使われている一臣が王子・遥久の命令で勇者を抱いている。しかも勇者は3人に増えていた。
アスハはさっと悪の総統の顔に戻った。
「来たな。ここで会ったが、一万年と二千年目、だ!」
再びマントが翻されると同時、遥久が勇者たちに配っておいた桃のシールを高々と掲げる。
「さあ、勇者の力を!」
子供たちは一斉にアスハを目指しシールを片手に突撃していく。さり気なくさっき誘拐された子もマウントポジションでアスハを倒しにかかっている。
「……く…っ、潔く負けを認めよう。見事だ、勇者達。一億と二千年後にまた会おう」
自分の上に伸し掛かる子供を丁寧に退けると、額にも桃のシールを貼られたアスハは再び誘拐劇という名の保護をすべく退散した。勇者たちから歓声が上がる。一臣と遥久は、悪を倒した勇者たちに勝利のメダルチョコを配り、再び勇者を探しに外へ出て行った。
アスハのことだ。八千年過ぎる前に、ちゃんと衣装は演劇部に返すだろう。
センターAのエリアでも、子供を楽しませながら保護する作戦の一団がいた。
風船を貰いたくて夢中になっている間に親と逸れてしまったらしい女の子がその紐を握ったまま、座り込んで小さな体を震わせ泣いている。
月居 愁也(
ja6837)とレイン・レワール(
ja5355)は、その子の前にしゃがみ込んだ。
「一人になっちゃったのかな?」
レインが優しく問いかけると、子供は顔も上げないまま浅く頷く。
泣きじゃくる耳も、風船の紐を強く握った手も赤い。
「誰とはぐれちゃった?」
愁也が尋ねると、小さな声で「パパ」とだけ答えが返って来た。
直ぐにスマートフォンを取り出して女の子の服装やだいたいの年齢から、親がセンターに問い合わせた履歴がないかを一斉送信するが、どこにもまだ該当がない。
スマホを仕舞った愁也は、実はね、と女の子に言葉を重ねる。
「実はね、このお姫様が怪獣モチポンを捜してるんだ、手伝ってくれる?」
誰がお姫様だ。内心で臍をかみながらもレインは笑顔を保つ。
和装を好み中性的な柄も着こなすレインだが、性別は自称男である。
しかし今はおひめさまという言葉の響きが功を奏し、女の子の気持ちを擽ったらしい。
子供はやっと顔を上げて涙を溜めた瞳でレインと愁也を見た。
「モチ…?」
「幻の怪獣モチポン! パパを待つところにいるっていう噂なんだ」
「優しい怪獣で、とっても触ると気持ちいいんだよ」
愁也が一緒に行こうと優しく手を差し出すと、その子もお姫様になったように、その手を取った。
センターAでは怪獣モチポンが既に大人気であった。
怪獣の正体は恰幅の良いヒゲをたくわえた四十路の男・久我 常久(
ja7273)なのだが、その堂々とした腹のでっぱりのモチモチとした感触が子供たちに大ウケで、逃げれば逃げるほどにキャッキャと追いかけまわされている。
中にはもう少しで触れそうだったのに邪魔をされた、と喧嘩が始まる程だった。
その言い争いを素早く感知したのは雫(
ja1894)だ。
初等部の彼女は最初から応援スタッフとして派遣されて来たわけではない。迷子だと思い込まれ、ここに強制的に連れてこられたのだ。その結果、なし崩し的に応援スタッフの頭数になっていた。
その後も度々迷子と勘違いされ、応援スタッフのシールを見せて自分は迷子ではないと説明しなければならなかったが、センターAの状況を整理し、最新の情報をXへと送り、また受けとるという作業に打ち込んでいた。
その作業に区切りをつけ、直ぐに険悪なムードが漂う子供に近づく。
「どうしたのです?」
雫は話を一人ずつから平等に聞く。一方だけの味方はしない。
丁寧な雫の相槌に、感情的になって今にも手を上げそうだった子供同士の語調も落ち着いてくる。
片方の子供だけを過度に叱ることはせず、平等に話を聞くことで、雫は喧嘩を鎮静化していった。
そこに他にも見つけ出した迷子や、子供を探している大人を連れて愁也とレインがセンターAにやって来る。
「ワシの腹を簡単に揉めると思うなよ!」
怪獣モチポンが大人げなく全力で壁走りのスキルを使い、逃げ回っている光景が目に飛び込んでくる。子供相手に遊んでいるというより、本気で嫌がって逃げているのだ。だがそこがいい、とは子供の談である。
しかしモチポンは最初こそそうして自分の役回りに不服だったようだが、愁也と手を繋いでいる幼女を見るなり目の色が変わった。むしろ純粋すぎる澄み切った瞳を女の子に向けた。
「この役やってよかったわ、むしろ天職だわ」
久我 常久、堂々とロリコンである。
アハハウフフという声が聞こえてきそうな追いかけっこを少女たち(既に少年は怪獣の視界に入っていない)と展開した後、壁走りのターンが切れると同時に怪獣モチポンはとうとう捕まった。
「モチポンはお腹をもちもちすると喜ぶよ」
愁也の言葉に新しく加わった子も一斉にモチポンの腹に手を伸ばす。
「優しくね。こうやって…そーっと……」
レインも怪獣の腹をそっとお手本でモチモチしてみせた。するとレインに衝撃が走る。
「…このときめき……これがこいっ!?」
怪獣モチポンは奪ってはいけないものまで奪って行ってしまったようです。それはレインの(ry
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センターDでは、不安から黙り込む子供たちが多かった。
迷子で連れてこられた子供たち同士でおしゃべりを始めるきっかけもなく、笑い声もない。
重い空気が子供たちを押しつぶしそうになっていた。
自分の名前すら言おうとはせず、服装も際立った特徴がない子に関しては、親に呼びかけることも難しい。
(この心細さは子供心には辛いですからね……)
子供たちの様子を見ながら、楯清十郎(
ja2990)が自分の経験を振り返る。
そして声も出さずにぽろぽろと涙を零している子をみつけると、安心させるためにっこりと笑みかけた。
「大丈夫。すぐに迎えに来てくれるよ。僕の時もそうだったから」
そしてがさりと音を立て、キャラメルや飴でいっぱいの紙袋を子供に示して見せる。
「じゃんけんでゲームをしよう」
ルールは簡単。先に10回勝ったらお菓子が貰える。1回毎に勝った方の質問に負けた方が答える。
子供から名前や年齢を聞き出すきっかけづくりだ。
子供たちを集め、清十郎はじゃんけんを始めた。
「おにいちゃん、どうしてそんなに強いの?」
「僕ともやって!」
撃退士としての動体視力を活かし試しに一度連勝してみせると、子供たちが口々に凄いと盛り上がる。
清十郎はその後絶妙な手加減を加えて時には負けながら、子供たちから名前や誰と来たかを聞き出して行った。
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みんなのうさたん、大谷 知夏(
ja0041)のウサギの着ぐるみは今回も大活躍だ。
着ぐるみ姿で愛嬌を振りまいて歩いているだけで、特に子供からの注目度は抜群に良い。
通りすがりの子供に抱き着かれると、「お母さんとはぐれないようにするっすよ! あ、迷子がいっぱいいるっす、気を付けるっすよ!」とうさたん声で子供にも親にも注意を促して、文化祭の人混みを練り歩く。
そして早速、不安そうに背の高い大人たちの顔を見上げては視線をうろつせる小さな子供を発見した。
もしかしてと思いながら、元気に明るく、陽気に手を広げて話しかける。
「こんにちはっす! なにか困ってるっすか?」
子供は知夏を見上げると、うさたんだ、と一瞬瞳を輝かせたが、すぐに表情を曇らせた。
「…ママが、いないの……」
心細い声は今にも泣きそうだった。
呼びかけても声がかき消されてしまう人混みは、子供にとってどれだけ大変で不安だろう。
子供は首を竦め泣くのを堪えていた。
「ようし、一緒に探すっす!」
うさたんの柔らかい手が、子供の肩にぽふっと触れた。
「―――ほんとうに? ママ、みつかる…?」
「うさたんといれば、ママも見つけやすいっすよ! それに、見つけるためのおまじないがあるっす!」
ぺたん、と少年の胸に迷子シールを貼り付ける。
うさたんがもふもふの手を差し出すと、子供は泣きそうだったのをぐっと堪えて大きく頷き、その手を握り返した。
そしてそれと同時に――、まるでその子が双子かのように、服も顔立ちも同じ子供がその近くから離れて行った。
「迷子の迷子の子猫ちゃん、貴方の御家は何処ですかァ…あはははァ♪」
鼻歌混じりに迷子の姿に変化し、駆けだした黒百合(
ja0422)だった。
ぐん、と跳躍すると、わざと木立から校舎の壁など、忍軍のスキルを活かし高く目立つ場所を駆け抜ける。
こうすれば人込みを避けられる上に人目に付く。子供を探す親の目に留まれば話は早い。
そして人混みを上から見れば、子供を探して呼んでいる親の姿も見つけやすくなる。
「アサコちゃん、アサコちゃん!」
周りに向かって声を掛けている年若い母親の姿を見つけると、一際大きく跳躍し、黒百合はその女性の前に変化した姿のままで着地した。女性は一瞬の出来事に大きく目を見張るが、次の瞬間にはもう一度子供の名前を呼び、我が子を見つけたと黒百合の身体を強く抱きしめた。
やはりこの子の母親なのだと確信を得る。
「あらぁ……、ごめんなさいねぇ…ホンモノじゃないのよぉ」
母親の腕をやんわりと退けながら変化を解くと、彼女は腰を抜かしそうな勢いで驚いたが、倒れそうになるその腕を黒百合の細い指が掴んで支える。
そして知夏と迷子センターの両方に連絡を取り、母子がセンターで再会できるように手早く段取る。
黒百合は母親に迷子センターへの地図を手渡すと、また鼻歌混じりに人混みの中に紛れて行った。
迷子センターCの付近では、わっと空を指差し歓声が上がっている。
このエリアの担当になった長幡 陽悠(
jb1350)がヒリュウを召喚し、人混みよりも高い視線から迷子を探していたのだ。
幼い召喚獣の愛らしくも見える姿は一般人も多い今日は特に注目を集める。
時折より高く飛びそうになるヒリュウに、視覚を共有している陽悠は「高すぎ!」と呼び戻す。
自分が転んだりしては元も子もない。
しかし幸いに自分が転ぶより先に、一人でいる男の子の姿を見つけた。大声で泣きじゃくっている。
膝小僧に出来たばかりの掠り傷があるのも目に入った。転んでしまい、その間に親を見失ってしまったようだ。
その子の前まで行くと、背の高い陽悠は腰を落として視線を同じ高さに合わる。
陽悠は自分に貼った迷子センターの一員であるシールを見せてから質問する。
「足、痛くしたのかい?」
すると痛みを思い出してしまったらしく、いっそう大きな泣き声があがる。
センターに連れて行けば、ヒールを使える人手か救急箱はある。陽悠は高いところは怖くないかと気遣いながら、子供の両脇に手を差し入れ、抱き上げた。
身長の高い陽悠の肩車からみる景色に、男の子は思わず泣くのを忘れる。
涙をいっぺんに乾かすように、ぶわっと秋の風を顔いっぱいに浴びた。
自分が一番背が高くなった気分だ。みんなの頭が下にある。
「名前を教えてくれるかな。一緒に探そう。高いところから呼んでたら、お母さんも気づいてくれるよ」
男の子は陽悠の頭にしがみ付きながら、泣いて掠れた声で母親を呼び始めた。
「峰岸 徹くんですね。今、巡回中の係りが保護したそうです。今こちらに向かっています」
肩車をして親を探している陽悠からも、情報は一斉に送信された。
その連絡を受けて対応に出たのはやはり逸れた地点からほど近いセンターCにいた氷雨 静(
ja4221)だった。
メイド服姿で子供を泣き止ませるために淡い光の珠をふわふわと操って見せた時から、すっかり子供たちからは魔法使いのお姉ちゃんと呼ばれている。
もう一度見せてとせがむ子供を撫でて宥めながら、センターを訪れた母親に、無事に保護したことと共に迷子対応に人員を割いていることや自分たちの情報共有システムを丁寧に説明して落ち着ついてもらう。
「万全の体制をとっておりますので、ご安心を」
静はセンターを訪れる他の親にも同様に説明し、子供だけでなく探しに来た親にも丁寧な微笑を浮かべた。
そして次第に迷子を探しに来る保護者の対応にも追われ始めた静のフォローも含め、颯爽と現れたのは正義のニンジャ。
魔法使いのおねえちゃんがなかなか構ってくれなくなって、不安を思い出したり大人しくしていられなくなった子供たちの頭上から、ヒーローは現れた。遊園地のヒーローショーでも、天井から現れることができるヒーローはいない。
予想外の場所から現れた犬乃 さんぽ(
ja1272)に、子供たちは背伸びをして上を見上げ、歓声をあげた。
「さぁみんな、ボクのヨーヨーの技、よーく見てね♪」
さんぽの神業がかる巧みなヨーヨー使いに、センターの中で幼い手の拍手が沸く。
不安を取り除いてあげたいと思っていたさんぽは、それだけで自分も笑顔になる。
「おねえちゃん、すごーい!」
「おねえちゃんニンジャなのー!?」
そしてすぐに笑顔が赤面に代わる。
「あっいやボク、お兄さんだから」
度々性別を間違われることはあるが、さんぽはおにーさんなのだ。
顔の火照りを感じながら、気持ちを立て直してヨーヨーの大技を披露する。
「みんなお迎えが来るまで一緒に遊ぼう! ほら、そこの子も…って、若菜ちゃんだった……ごめん」
だからこそ良かれと思ってこちらを見上げていない子に声を掛けたのだが、その少女は小等部2年ながら、立派にセンターの増援スタッフとして派遣されてきた若菜 白兎(
ja2109)だった。
思春期すら迎える前の白兎にとって戦闘はまだ臆す部分も大きいが、誰かを守りたい、役に立ちたいと思う気持ちは本物だ。今も誰と一緒に来たのかなど、迷子から聞き出した情報を、センターXにこまめに報告していた。
白兎はさんぽに少しだけ拗ねた瞳を向けるが、他の子たちもこちらを見ているのに気が付くと、指先を宙に躍らせた。
「ちゅうも〜く」
星の輝きが、きらきら、きらきらと辺りを輝かせる。
また子供たちから歓声が上がる。
さんぽと白兎は子供たちのお迎えが来るまでお菓子を配ったり、優しい笑顔をたくさん、たくさん咲かせた。
●
かくして、新設された迷子センターXは、正しく1分毎に各迷子センターに応援に行ったメンバーから、各所の情報がどっと寄せられて来るようになった。
(迷子ってこんなに居るんですね…)
情報の多さに、戸次 隆道(
ja0550)は改めて実情を目の当たりにする。
息を吐くと、情報を整理し始めた。
探している側、保護されている側。名前が合致するものは直ぐにその情報源へレスポンスを投げる。更に掲示板で保護者が見てどの迷子をどこのセンターで預かっているかを分かりやすくするための一覧作りに取り掛かる。
「写真がNGということは…」
「せめて男女で分かり易いように色分けをして見やすくするのはどうでしょうか?」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)の提案は直ぐに採用された。
更に情報が悪用されないよう、カタカナでフルネームを掲示することにし、それを男女で分けて名前順に並べる。
実際に刷ってみると、ただ情報を渡された時よりも何倍も分かり易い一覧になった。
「これも掲示して来ますね」
刷りあげた端から情報は直ぐに新しいものが舞い込んでくる。
少しでも情報が新鮮な内にと、ファティナは刷り上がった掲示物を手に駆けだそうとする。
すると彼女を呼び止める声があった。樹だ。
「Dエリアの掲示板には私が」
「私もお手伝いします」
樹に続き、神月 熾弦(
ja0358)も申し出る。
(文化祭は多くの人達に楽しんでもらうためのもの…。それが迷子で楽しめないのは残念ですものね)
少しでも自分が手伝うことで、迷った子供が早く親の元に戻れるならばという気持ちは熾弦も同じだった。
「…よろしくお願いします」
掲示板と言っても何か所もある。一人で掲示している内に新しいのが刷り上がるのは明白だ。
ファティナは二人に数枚を託す。
「桐生さんも掲示板の方にいるはずですから連絡をとってみます。私はそのまま捜索にも行ってきますね」
樹が早速スマートフォンを手に部屋を出て行く。
熾弦も迷子センターの一員だと分かるシールを胸元に貼り、足早に外へ出て行った。
「強羅さん、まずはAセンターの情報です」
情報を纏めては折りをつけ、隆道は龍仁に各センターの迷子リストを手渡した。
龍仁は迷子がどこで預かっているかを校内アナウンスする担当だ。
「こんなにいるのか……。手を離したら一瞬で取り返しのつかない事にもなるのに、親は何してんだ…」
リストを見て自然と眉根が寄り表情が険しくなる。
龍仁はまるでリストに並ぶ子供の名前が自分の子であるように、名前を指でなぞった。
「――Aの校内放送を開始する」
そして情報が混乱しないよう、まずはAだけにしぼり、預かっている子供の名前や情報を読み上げて行く。
広い学園中に散らばって、皆が協力している。
楽しんでもらえるために。
逸れた手を、もう一度繋ぐために。
●
文化祭も夕刻に近づき、客足が減る頃。
やっと龍仁がアナウンスで呼びかける迷子の情報も残り三人、二人、と減って来た。
各センターから入ってくる情報も、新しい迷子の情報より、親に無事に引き取られたという報告が上回る。
センターDで最後の一人を見送った清十郎は、しっかりと握られた親子の手とその背中を見つめた。
増援を感謝するセンターのメンバーと労いの雑談を交わす中で思わず呟く。
「久しぶりに実家に電話したくなりましたよ」
最後に、校内にはゆったりとした音楽と共に、今日の文化祭が終了するというアナウンスが流れていた。
掲示板とセンターを何度も往復した功労者たちは、その迷子の一覧が線で一人ずつ消され、無事に全員が保護者と合流できたのを確かめた。
そんな中、糸魚 小舟(
ja4477)は、実際に最後の一人となった子供と、迎えに来た親を校門まで見送りに出ていた。
「ありがとう、おねえちゃん」
夕焼けの中で、小さな少女が手を振る。
小舟と語らい落ち着きを取り戻した少女は、今では笑顔で何度も振り向いて手を振り、親と共に帰って行く。
小さな手が揺れる度、小舟も微笑んで手を振り返した。
親子の姿が見えなくなるまで見送り、やがてそっと息をつく。
戻ろう。
報告のために校内へ戻ろうと、踵を返す。
けれどふと、思わず足を留めて振り返る。
まるで自分も、誰かを探すかのように―――。
一芝居を打ったいた一団も、役目を終えて合流した。
「おいオミィ、怪獣やったら和服美人を紹介する約束だろ」
幼い少女にモチモチされた記憶に浸るのも良いが、約束を思い出した常久が一臣を捕まえる。
忘れてなかったかという顔を笑顔で隠し、一臣はレインをずい、と常久に差し出した。
「こちらが麗子さ…レインさん、です」
その時レインは全員が視線を逸らすしかない容赦のない光纏をしたという。
和風美人とのあんなこんなを期待していた常久は、人生と体重の全ての重みをかけ一臣を睨む。
「オミィ…、禿ろ、毛根から抜けて禿ろ、ごっそり抜けて禿ろ、はげろはげろはげろ…」
「お疲れ様でした」
呪詛が一臣の毛根の抵抗値を削る中、一番駆けずり回ったかもしれないアスハに遥久が労いの言葉を掛けた。
「子供相手の悪役というのは…、疲れるものだな」
疲労感を滲ませたアスハは大きく息を吐く。それからふと思い出し、一臣を呼び止める。
お疲れ、と渡したのはオカカお握りだった。
「わぁ…毛根に効くかな…」
知らぬ。
「そういや、レインさんの性別が迷子のままじゃね?」
力なく微笑んでいる一臣の横で、最後まで迷子になっているものを思い出した愁也が口を開いた。
遥久も真剣な眼差しで「いつ、何処ではぐれたのか覚えていますか?」とレインに問う。
「俺が知る限り、3月頃には既に…」
オカカお握りを片手に一臣も真面目な顔で記憶をたどる。
「…ふむ、全校放送で情報を募るか」
アスハがマントを翻しスマートフォンを取り出そうとするのを、レインは力いっぱい手刀で叩き落とした。
「ちょ、ちょっと旅行中なだけ…!」
レインの性別以外は、今夜も温かい布団で眠れるだろう。
寄り添ってくれた撃退士たちに、感謝を込めて。