●
淡く青い花弁は固く閉ざされている。何かを待つ様に、何かを守る様に。
「胸がキュンとなる恋バナかぁ。くぅぅ、いいわね〜♪」
と、教室を出た途端話始めたのは雀原 麦子(
ja1553)。
残念ながら、ビールを煽りながら胸キュンされても、発言と行動が伴ってないと言わざるを得ない。
もしかしたら、青春の恋バナも彼女にとっては酒の肴なのかもしれないが。
「淡くとも純粋な恋の花、是非成就させてあげたいですね」
照れる高市を思い出しつつ微笑んだレイラ(
ja0365)に大崎優希(
ja3762)が全力で同調する。
「でっすよねぃ! 希も超応援したいですゆ!」
まるで自分事の様に頬を染め、黄色い声ではしゃぐ優希。
年頃の娘ならば大概食いつく話題だが、中でも優希は特に恋バナが主食であるらしい。
盛り上がる3人を見て、慌てて引き止める青空・アルベール(
ja0732)と小田切ルビィ(
ja0841)。
「で、でもほら! 強引にはならないよう注意しないとね〜。やっぱ本人達の気持ちが一番だしさ」
「俺達が手を出して逆効果になる可能性もあるしな」
周りが盛り上がって、当の本人達が置き去り‥‥なんて話は、ままある事で。
――そして、往々にして失敗するパターン。
「心配ご無用っ! この黄昏の魔女が、恋の魔法できっちりすっきりハッピーエンドにしてみせるんだから!」
謎の自信を以ってフレイヤ(
ja0715)が胸を張り、顔見知りのイアン・J・アルビス(
ja0084)は後ろで苦笑した。
「‥‥それカオスフラグじゃないですか?」
黄昏の魔女という、その二つ名から既に胡散臭さが垣間見えるのは何故なのか。
青空は、数ヶ月前の自分を思い出しながら、カラ笑いと冷や汗をひとつ。
カオスの末の告白劇、だけは避けねば――。
●
華水庭園。
それは数ある中庭の1つ、各園芸部が花達と噴水が織り成す美しい庭園。
冬でもビオラやプリムラ、クレマチスが咲き並び、庭園の外周を寒椿や薮椿の生垣が彩る。
「た、体験入部ですか?」
眼鏡をかけた素朴そうな女の子は、間の抜けた顔で彼らを出迎えた。
突然現れた男3人組が園芸部に体験入部したいと言えば、驚かれるのも無理はない。しかも。
仏頂面の〆垣 侘助(
ja4323)に、クールそうなルビィ、ニコニコ笑顔の青空――と、またバリエーションも豊かで。
正に青天の霹靂。思わずジョウロを傾けたまま手も止まるというもの。
「ん‥‥何か問題があるのか?」
「あ。私達別に怪しい者じゃないんだよ〜? 侘助はお花が好きだから、ちょっと見学させてほしいのだ!」
無愛想な侘助の発言に、空気を読んだ青空のナイスフォロー。
花への思いは人一倍の侘助だが、花以外への思いは希薄な様だ。
「ああ、宜しく頼みたい。――所でそのカンパニュラ、水やりすぎだ」
呆けてる間もジョウロからは延々と水が流れ落ち、白い花を濡らしている。
あ!と我に返る部員。侘助は急いで花から水を落とし、ついでに花を観察した。
――ふむ葉も花もハリがあり元気そうだ。土壌の水はけも悪くない。これなら花の世話が杜撰、という線はないか。
「へぇ、コイツはカンパニュラっていうのか」
花に意識を傾けながら、ルビィに花の解説を始める侘助。
少女は、花に夢中な侘助を見、そして青空とルビィを見やった。何だか、悪い人ではなさそう。
怪しいには怪しいが、この学園で細かい事を気にしても始まらないのもまた事実で。
それに、男3人が花壇に夢中な様子は何とも微笑ましい。
「ふふ、本当に花がお好きなんですね。‥‥わかりました、OKですよ」
男3人がめでたく体験入部し、温室へと姿を消した頃。
高市の想い人を探るべく動き出した麦子、レイラ、フレイヤは既に彼女と接触を始めていた。
「重たくないかなぁ? 大丈夫?」
心配そうに見つめる女子生徒――名を結城・紗枝という。
倉庫から肥料土袋を運ぼうとした所、突然『バレンタインに花を渡したいんだけど』――と。
フレイヤが名乗ったのに釣られて名前も名乗るし。それ本名じゃないのだけど。
明らかに怪しい気がするが、天然気味で助かった。
紗枝の代わりに麦子とレイラが肥料土を抱え、庭園へ向かう。
「だいじょーぶ。労働の後のビールは格別美味しいのよ♪」
「ダアトの結城さんより私達の方が楽に運べますから。‥‥それより、花の事ですけど」
「うーん、そうだね〜。薔薇のダズンフラワーとか‥‥チョコレートコスモスもいいなぁ」
と、楽しそうに語りだす紗枝。余程花が好きなんだろう、花言葉も織りまぜて語りだす。
「ふむふむ、なんかお洒落そーな花じゃない!」
「出来れば相談とかしたいし、クラス聞いてもいいかな?」
私達も大学部1年だしね、と微笑む麦子とフレイヤ。
近づく距離。少しずつ、少しずつ。彼女の情報を引き出していこう。
●メール受信履歴
『彼女の名前は結城・紗枝ちゃん。情報通り大学部1年のコだね』
『明日は聞き込みするわ、圧倒的女子力にフレイヤ様今から挫折しそうだけど!』
『例の温室に入る事ができた。レシュノルティアは水分過多と暗期不足だな。改善すれば、まだ何とかなるだろう』
『結城さん、やはり花がお好きみたいですね。‥‥水のやりすぎには、何か原因があるんでしょうか』
『お姉さま達に聞いた所だと、華水庭園の部同士でもトラブルは結構あるみたいですねぃ』
『取り敢えず、僕と大崎さんは告白企画を思いついたので、園芸部の部長さんを訪ねてみます』
『私と侘助は温室メインかな、他の園芸部の様子も見たいし。あと紗枝に軽く探りも入れたいな』
『俺はそうだな、‥‥高市を庭園に引っ張っていくか』
『お、面白そうねぇ。私も湧ちゃんつついてみようかしら♪』
――ふぅ。
携帯を枕元に置いて、イアンは布団に転がり、苦笑を漏らす。こういうのはどうも不得手だ。
「人を好きになっても‥‥伝えられない気持ちは、よくわかりますね‥‥」
一人の部屋で呟いた言葉は、誰に届くでもなく。
●
麗らかな冬の日差しに包まれた温室では、レシュノルティアの再生に手を尽くしていた。
侘助が古い土を払い、根を洗い、死んだ根を取り除き、その横で青空と紗枝は新しい鉢植えを用意する。
「そういえば、もうすぐバレンタインだね。紗枝は誰か渡す相手いるの?」
字面で見ると見事な乙女だが、残念ながらこれは青空である。
そして本物の乙女こと紗枝は顔を赤くし、はにかんだ。
「渡したいなぁ、とは思ってるんだけどね。中々勇気がでないなぁ」
自分がどう思われているのか不安であと一歩が踏み出せない、一言が言えない。
誰にでも覚えのある感情に、ちくりと胸が痛む。
「そうだなぁ、私の友達も同じ事言ってたのだ。紗枝の相手はどんな人なのかな」
「え、えっと‥‥やんちゃな年下の子‥‥って、やだ恥ずかしいよ」
恥ずかしいと言いつつも、年頃の娘。恋話は急に止まれない。あれやこれやと口が滑っていく。
話題に疎い侘助が流れを切るまで延々と続いたのだった。
「後は適度な暗期を与えれば大丈夫だろう。‥‥ここは校舎の反射光もある。陽が当たりすぎだ」
全て植替えの済んだ鉢植えの蕾を見て、青空がぽつり。
「でも‥‥ちゃんと向き合わないと、花は咲かないよね」
綻び始めた蕾は、まだ頼りなげに揺れていた。
「え、俺も行くんですか!?」
ルビィと麦子に呼び出された湧は、庭園の前で二の足を踏んだ。
「お、俺花の事全然解んないしさ!」
「お花って話しかけるだけでも元気になるのよ? ほら、咲かせたいんでしょー?」
高市の足を庭園に向けさせようとするが、足取りは重い。
紗枝に合うのが嫌だとかでは勿論ないが、何せ他人の居る前で紗枝と合うのは初めてだ。
どう話したらいい。自然に話すってどんな感じだっけ?
「おいおい顔真っ赤だぜ? ‥‥園芸部に目当ての娘でも居んのか?」
「――いやっ! お、俺はそんなつもりじゃっ! ‥‥先輩はっ、か、可愛いし。優しいけど!」
顔を真赤にする湧を見て、ルビィと麦子は苦笑した。――こりゃあガチだ。
絵に書いたような純情少年。出来ればこちらの花も咲かせてやりたいが。
「よーし、じゃその優しい先輩のために頑張ろうぜ?」
「じゃ、私は情報収集に行くわね。頑張れ少年!」
純情だからこそ。コイツが傷つくような結果は、避けなければ。
さて、こちらは大騒動。
「お願いしますっ!」
「そう言われても‥‥2月14日はウチもイベント企画してるし、ねぇ」
頬に手を当て、溜息をつく園芸部部長。そして頭を下げる優希。
2月14日に庭園でお茶会をしたい――と、概要としては至極明快だが。学園の敷地とはいえ、一応『園芸部の庭』。
突然部外者が押しかけてイベント日を使わせてくれ、というのは戸惑いを隠せない。
「うう、どうしても無理ですか‥‥」
「バレンタイン以外の日で、誰か庭園に詳しい人が居ればいいんだけど‥‥」
前途は多難。
●メール受信履歴
『高市に少しカマかけてみたが‥‥本気な上に、えらい純な奴だな』
『丁度いいじゃない、彼女のクラスメイト情報では恋人居ないみたいだし!
ふぅ‥‥これからリア充になっていくのかと思うと目から汗が出るわね』
『フレイヤさん、本音が出てます』
『む‥‥リア充というのは俺にはよくわからんが。レシュノルティアは全て植替えが済んだ。
後は適度な暗期を与えながら様子を見るしかない。明日以降は他の花にも手を入れていくつもりだ』
『う〜、お花は順調そうだけど、希とイアンさんのお茶会計画が難航してるのですよぅ』
『お茶会か〜、開催できれば花の世話頑張ったご褒美とかに湧も連れて行きたいけど』
『紗枝さん、スイーツ好きみたいですし、お茶会は喜びそうなだけに残念です』
『庭園に詳しい人がいないと許可できないって言われちゃいました』
『んー、あの応援団のコ達に頼んでみるとか? 常連だろうから顔が利くかも♪』
「――あああ! 成程ですねぃ!」
お風呂上がりの髪をタオルで拭きつつ、優希はぽんと手を叩く。
湯船の中で頭を渦巻いていたモヤモヤがすぱっと纏まった、そんな気分。
「お姉さま達なら力になってくれるはず!」
消えかけた希望が力を取り戻す。――絶対、成功させるんだ。
●
お姉さまあああ、と優希は朝から賑やかに校舎を駆ける。
「あらあら、どうしましたの?」
「お姉さまっ! 希の計画に協力して欲しいのれすっ!」
――斯く斯く然々。
思えば、お茶会用のティーセットはすぐに用意出来る物ではない。
お茶会を開くなら最初から協力は必要だったわけで。ちょっと協力して貰う内容が増えただけで。
「2月14日はダメでも、今週末とかならどうかな、って!」
本当は即売会を手伝いながら‥‥と考えていたのだが、ダメなものは仕方ない。
「恋愛成就の為ならば、私達も協力は惜しみませんことよ。園芸部には私から話をしておきますわ」
放課後。イアンは庭園に程近いベンチに座り込み、お茶会の代替案を考えていた。
と、突如鳴り響く着信音。
『イアンさああん!! お茶会オッケーでましたゆー!』
「あ、本当ですか? じゃあ、色々用意を――」
確か、レイラさんが結城さんとお茶したりケーキ食べに行ってるとか言ってたなぁ。
色々情報聞いておこう、ってか仕事でスイーツ食べて談話とか何それ役得。
「っと、レイラさんに結城さんの好みを聞いてから、色々用意する事にしましょう」
『はーい、了解でっす☆』
●
「ようこそティーパーティーへ☆」
数日後――応援団御用達のテーブルに集まる一同。
湧に紗枝、レイラ、ルビィ、青空、フレイヤが座り、優希とイアンが給仕を務める。
尚、応援団は応援団らしく外から見ていて貰う事にした。
イアンが作ったガナッシュケーキに、優希が焼いたチョコクッキー。紅茶はディンブラであっさりめに。
「ふふ、綺麗ねぇ。庭園も、お茶しながら見るとまた雰囲気が違うね〜」
「な、なんか俺場違いじゃ」
洒落た雰囲気に湧はそわそわ。勿論それだけではないけれど。
クッキーを食べてはちらり、紅茶を飲んでは顔を紅らめて。ただただ、混乱していた。
庭園でお茶会が始まる頃。温室を訪れた侘助と麦子は、根腐れの原因に遭遇した。
園芸部の一つに最近入部した新入生が、独断で温室の花に水をやっていたのだ。
大は小を兼ねる思考。つまり温室の花は水を二重に与えていたという事になる。
「人間も必要以上の水を無理矢理与えれば体調を崩す」
「まぁまぁ、悪意はないっぽいし。原因分かったならいいんじゃ――‥‥侘助ちゃん、あれ」
麦子が指さした先にはレシュノルティアの鉢。
そして、小さな蒼い花がひとつ。
徐々に陽が落ちる。冬の陽と楽しい時間はあっという間だ。
結局――進展もないままお茶会を終えようとしていた。
(むむ‥‥切欠がないですねぃ)
もう一押し。もう一押し必要だ。
バレンタインならチョコレートを渡す、という事もできるが‥‥。
もだもだ。もだもだ。
その場に居る誰もが、きっかけを待っていた、まさにその時。
「紗枝ちゃんっ! 初恋草――咲いたわよ!!」
ガタッと全員が立ち上がる。そういやメインの依頼は花だった!
花をつけたレシュノルティアの鉢をテーブルの中央に置いて、よかったわね、と微笑う麦子。
そしてフレイヤが仁王立ちになってレシュノルティアを指さす。
「実はこの花に、素直に告白できちゃう魔法をかけておいたわ! フレイヤ様の恋の魔法は強力なんだからねっ!」
恋の病も気から。それで気が乗るなら儲け物。
全員の意識が花に向かっている中で、優希はこそっと湧に耳打ちをした。
『この花は初恋草と言うですよ。――紗枝さんが一生懸命育てたその花の意味、気づいてあげて下さいねぃ』
紅くなりっぱなしの顔が更に熱くなっていく。
言いたい、伝えたい。
蕾のままじゃ、本当の気持ちを閉ざしたままじゃ、カッコ悪い。
握りしめた拳。汗ばむ掌。
「せ、先輩‥‥あの、俺っ――!」
●メール受信履歴
『最近よく庭園で2人を見かけますね』
『あ、僕もよく見ます。楽しそうですよね』
『何とか上手くいったみたいですねぃ!』
『あん時花が咲かなかったら、どうなってたかわかんねーけどな』
『侘助もお疲れ様なのだ! 花が咲いたから湧も頑張れたんだしね〜』
『ん‥‥特別な事はしてないが。まぁ、水やりの件も解決したし、残りの花も心配ないだろう』
『しかしフレイヤちゃんは名演技だったわね〜♪』
『恋の魔法って何よ! そんなのあったら私がとっくに使ってるっつーの! あーもう爆発しちゃえばいいのにっ』
とある教室。窓から外を見ると、丁度華水庭園が見下ろせる位置だ。
夕日に照らされた庭園には、今日も2つの影が伸びている。
「出会いは偶然でも、生まれた絆は必然。‥‥よかったですね」
庭園を一瞥し、にこりと微笑んで。レイラは教室を出ていった。