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煌びやかな街の灯り。ざわめく街の喧騒。
賑わう街の人々の顔に、天魔への怯えの陰は見られない。
何せ今日は聖なる夜。響きだけで心が疼く、特別な日。
その、裏路地にて。
「これがクリスマスですか‥‥、皆さん楽しそうですね」
「‥‥その横で私達はお仕事なんですけどね」
対照的な表情で表通りを眺める鳳月 威織(
ja0339)と鳥海 月花 (
ja1538)。
初めてのクリスマスを物珍しそうに、楽しそうに眺める威織。
その華やかな空気と、肩寄せ合う恋人達を見て表情を濁す月花。
まぁこんな日に喜んで労働に勤しむ人は稀であろうし、青春真っ盛りな彼らには尚更目の毒。
とはいえ。待ったの効かない人外どもを放ってもおけないのもまた現実。
「ん‥‥。僕たちは‥サンタ狩り‥‥だね」
そんな2人を見つつ九曜 昴(
ja0586)は、にこ、と柔らかく微笑む。迷惑をかけるのは、良くないことだ。
我ら撃退士。『迷惑をかけたら痛い目をみる』という、この世界の当たり前のルールを行使する。
ただそれだけ。
「えーと‥‥『各自目標のビルを確認したら、作戦を開始しましょう』っと」
鈴代 征治(
ja1305)は短いメールを送信し、一息ついた。
さて、どうなる事だろうか――。随分と各自の判断で動く作戦になってしまった。
一縷の不安。心に纏わり付く黒い陰。されど、戻らない時間に思いを馳せても栓はない。
件のビルを見上げ、口元を結んだ。
「さあっ、ここからが本番だっ! 行きましょう、例の屋上へ」
既に賽は投げられたのだから。
「♪‥♪♪♪‥‥♪♪‥♪‥♪――」
砥上 ゆいか(
ja0230)は上機嫌だった。
街角に溢れるメロディに乗せて、鼻歌を歌いながら。
それは幸せの歌。父なる神を称え、悪魔を祓い、平和を喜ぶ聖なる歌。
信心の有無はともかく、口ずさめば心が踊るもの。
「うんうん、賑やかでいいねー! クリスマスだもん、トーゼンだよねっ!」
それにしても右も左もサンタ服。勿論、女性だったり若い男の子だったりもするのだが――。
ここから特定するのかと思うと、幸先不安というもの。
(まぁ、普通の人ならいきなりプレゼント渡すなんて事ないよ‥‥ネ?)
希望的観測。そして常識的判断である。
一方別地点。
乱暴に携帯の終話ボタンを押し、影野 恭弥(
ja0018)は独りごちた。
「――ったく、頭かてぇ連中‥‥」
被害が出た場合に備えて救急車を要請したのだが、随分渋られた。
『撃退士を騙る者は後を絶たない。証明が必要だ』と――。
撃退士を名乗れなければ、自分達はただの学生。人より大分頑丈で、人より力があるだけの。
悪魔を秘密裏に撃退するよう依頼した事。その存在を知っている事が証明――、と押し切ったが。
(電話じゃ予想以上に手間取る。‥‥これは覚えておいたほうがよさそーだな)
撃退士という名前の重さ。特権。
胸ポケットに入れたままの生徒手帳が、少し、重く感じた。
「はーち、きゅー、じゅー‥‥11人もいるや。えーと、小太りのオジサンっぽいのはー‥‥」
適当なビルの非常階段の上から双眼鏡で街を見下ろし、サンタと思しき姿の数を数える。
流石、クリスマス。『小太りのお爺さん風』に絞っても5人。一筋縄じゃ特定させてくれない。
羽崎 トオヤ(
ja4573)は大きく伸びをし、ひょいと階段を飛び降りた。
目星は付けた。後は飛びきりの夢を貰うだけだ。
思わず心が躍る。得体の知れない幻の夢に。
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冬の夜は寒い。
「缶だとブラックがそれほど苦くないんですよね…」
吹きすさぶ風に頬を切られながら、ホットコーヒーを飲んでほぅっと一息。
吐いた息は白く夜空に浮かび上がり、掻き消えた。
黒尽くめの夜間迷彩で気合十分と見せかけ、月花は隠れて欠伸を噛み殺す。
「僕は牛乳‥‥なの。張り込みには‥‥欠かせないの」
もぐもぐとアンパンを頬張りながら、建物の影から片目をひょいと覗かせる昴。
刑事ドラマさながらの光景だが、あまり緊張感は感じられない。
何故ならここは一番遠く、一番入り口に近く、一番大きな物陰。
そして。
逆に、可能な限り接近した威織と征治は張り詰めた空気に晒されていた。
(本当に動かない‥‥。角揺らしたり鳴いたりするだけ、ですね)
聞いていたとはいえ、威織は拍子抜けていた。いや、それはいい。そんな事よりだ。
(‥‥移動しやすい所ってこんな所しかないのか‥‥な‥‥っ!)
怖い。怖い。いや高所恐怖症とかそういう問題じゃなく。
商業ビルの屋上、かつ、可能な限り近く近隣ビルへ飛び移れる場所――、と探していたら柵の外である。
眼下はイルミネーションの海。風も吹く。征治は息を呑み、下を見ないようにしたまま祈った。
早く、サンタの充電が切れてくれ、と。
ほら。案の定じゃねーか。
街の死角で昏倒する一般人を見つけては救急車へ搬送する恭弥。
既に3人だ。これが爆弾だったらと思うと洒落にならない。
――しかし、被害者の位置を辿っていけばサンタの位置は特定できるはず‥‥。
「じゃ、後よろしく」
救急隊員に被害者を預け、ため息で風船ガムを膨らませながら、恭弥は再び街の喧騒へ消えていった。
次こそは、止めてやる。
「サンタさーん!」
明るい声と悪戯な笑みを浮かべ、トオヤがサンタに駆け寄った。
虱潰し作戦も流石に4人目。内心うんざりのトオヤは段々興味をなくし始めていた。
なんせ最初の1人など後ろから抱きついたはいいが、危うく悪質なキャッチと間違えられる所だったのだ。
それに懲りて声をかけるに止めていた、が。
どこか不自然で淀んだ雰囲気。この違和感、ぎこちなさ。――こいつだ。
「プレゼント、ちょーだい!」
ギラッ。一瞬、サンタの目が光った、ように見えた。
『メィリイィィィ―――』
おもむろに背中に担いだ白い袋に手を突っ込んだ。
3回程か、まるで綿飴を作る様に手を掻き回すと、ずるりと箱が這い出してきた。
『クリィスマァァーース!!』
陰鬱とした空気はどこへやら。
至極不自然な程に高いテンションでプレゼントを押し付け、足早に雑踏へ消えていく。
落とすフリをする間もなく。手元に残ったのは、怪しげな箱。
「ありゃ、行っちゃった」
ま。目的の一つは達成できたし――よしとしようかな。
残された箱を迷う事なく手早く開封すると、途端、目の前は懐かしき流浪の旅の日々に包まれていった。
ややあって。ゆいかは遂にその瞬間を掴み取った。
『メリィィ〜〜〜、クリスマァーース!』
不意に聞こえた声に振り返ると、昏倒する一般人と怪しげなサンタ。
ビンゴ!こいつだねっ!
ゆいかは逃走するサンタの前に回り込んで、立ち塞がり。
「――メリークリスマス!」
ニッコリと微笑み聖夜の挨拶を一つ。つられてサンタも、にやと嗤う。
背負った袋を再びとかき回し、ピンク色の包装紙に包まれた箱を取り出した。
途端、意識に逆らって箱を開けたくなる衝動がこみ上げる。ヤバい、コレ、受け取ったら、開けちゃう――。
「サ、サンタさん! この箱の中身ってなんですかー?」
一瞬の沈黙。ゆいかは笑顔のまま、問いかける。
『メ‥‥、メリィィ――〜〜〜‥‥』
必死にサンタと箱から目を逸らし、返事を待った。サンタは唸る。そして。
『クリスマスッ』
逃げた。
踵を返して走りだすサンタ。この方向は、例のビル。
「え、っちょ!? このっ、待てー!」
流石に街中で全力疾走もできず、あくまで一般人として、走る。
サンタを追いかける娘、という時点で既に一般的ではない気がするが、走る。
しかしサンタはなりふり構わない。どんどん距離が開く。
と、その時。怪しいサンタを監視していた恭弥が前方に飛び出し、走りだした。
「追跡は任せろ、連絡を頼む」
「――了解っ!」
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「迷惑極まりないプレゼントを配るのはここまでだよっ!」
「こんばんは、‥‥プレゼント強奪に来た悪い子です♪」
バーン!と屋上のドアが開け放たれた。
月花はこの上無いほど笑いながら、そしてゆいかは時代劇さながらの口上で。
そして、駆ける。次いで、恭弥と昴が飛び出しサンタに照準を合わせ、撃つ。が。
恭弥と昴の弾丸はサンタの肩口に当たり、ぽろりと落下した。
「チッ‥‥」
「こいつ硬い‥‥ね」
屋上の隅から駆け寄る威織の打刀とトナカイの剛角が鍔迫り合いし、無尽の光が散る。
剛角の首元が、そして威織の右腕がぱっと赤く飛沫いた。
『ピイイイィッ!』
赤鼻が高く鳴く。耳がざわめき、視界が支配され――。
ゆいかは揺れる視界に耐えながら、音の源‥‥赤鼻を強襲した。大丈夫、当たる。自分を信じて。
「――っやあぁぁぁああっ!!」
ツーハンデッドソードを逆袈裟に振り上げ、赤鼻の胴体に食い込ませた。手応えアリ!
ゆいかの攻撃で空に投げ出された赤鼻にトオヤが追撃し、赤鼻の体躯が更に冬の空に踊る。
その隙にプレゼントをゆいかに放り投げるサンタ。
いち早く恭弥が反応し、箱を撃ち落とすべくピストルの引き金を引く、が。
投擲されたそれをピンポイントに狙撃するのは容易ではない。弾丸は箱を掠めて暗闇に溶けていった。
「きゃあっ!」
その影。エネルギー弾が炸裂したゆいかの背後から、征治もまた、打刀を剛角の脚を狙って振り下ろした。
しかし敵もさるもの。安々と致命的な脚など斬らせるものかと体躯を捻る。
脇腹の毛を赤く染めながらも目をギラつかせ、剛角はその角で威織とゆいかを強く薙ぎ払った。
威織は軽く痺れる左腕をぶるりと振るって。
「ははっ、アハハハッ――! 楽しいですねぇ、こうでなくっちゃ!」
笑う。高らかに笑う。心底楽しいと。心が踊るのを止められないと。
そしてもう1人。眠そうだった戦闘前と変わり、覚醒したように銃を打ち鳴らす月花。
「うふふ、楽しいですねえ!」
視界は幻で歪み、サイトも無用の長物。撃て。信じるべきは己の感覚。
幻夢に包まれながらも尚、向けられた銃口に危険を感じ、赤鼻は口から魔法弾を撃ち放った。
血がずるりと月花の頬を滑り落ちる。そして赤鼻の角が1本はじけ飛んだ。
「あら、お気に入りの帽子に穴が‥‥。これはお仕置きですねぇ?」
「プレゼントくれるはずのサンタが、僕達みたいなイイ子のモノを壊すなんてねー」
トオヤが走りながら赤鼻へ魔弾を双つ。溜息を一つ。
「――てか、クリスマスを過ぎれば、サンタはただの太ったオジサンだよねー‥‥って、硬いなぁコイツ」
一方で、吹き飛んだ威織の穴を埋める様に回りこんだ征治が、剛角の足元を薙ぎ払う。
今度は当たった――が、角を揺らして興奮し、征治の喉元へ狙いを定める。
まずい、と恭弥が剛角のトナカイに銃口を向けるが、他人の心配をしてる場合ではない。
奇しくも左右前方から一気に赤鼻の魔法弾とサンタのプレゼントが迫る。
理想は。箱を撃ち落とし、魔法弾を回避する。が、現実はそう甘くない。
魔法弾を避けてバランスを崩した体では、正確な射撃など出来るはずもなく。
(――決め手がない)
サンタの爆撃を受けつつも、恭弥は冷静に戦況を見ていた。
3対7。数で押せる程の差でもなく、敵は物魔両面を織りまぜてくる。
サンタは2匹の能力を引き継ぐのか、物理にも魔法にも打たれ強い。それに、そうだ。敵には回復がある。
打開策を考えていたその時。恭弥の正反対――サンタと赤鼻の背後から動きを見ていた征治が叫んだ。
「サンタの動きが急激に鈍くなってます!多分充電が――って、喋ってる間は攻撃しないお約束は通じません、かっ!」
対峙していた剛角の角が目の前を掠め、ひやりと肝を冷やす。
「じゃ、サンタは後回し‥‥だね」
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♪・♪・♪―‥♪・♪・♪―‥♪♪♪・♪♪――‥‥
微かに、賑やかな音楽が聞こえる。
剛角が最後に崩れ落ち、張り詰めた空気も共に崩れ落ちた。
喧囂の後に残ったものは、横たわる3つの骸と疲弊しきった多数の人影。
「…やっと、本当に、終わったぁ」
ぐら、と足元がよろめき、征治は床にへたり込んだ。
あれから。事態は好転すると信じていた。
サンタは完全に動きを止め、その躰はただの置物と化していたのだから。
しかし――。
「なんか‥‥全然削れてない気がしませんか?」
月花がぽつりと呟いた。
剛角優先に攻撃を繰り返してきた撃退士達だが、どうも展開が悪い。
削っては赤鼻が回復し、削っては赤鼻が回復し。の繰り返し。
なれば、赤鼻を叩くのが先か。剛角を叩くのが先か――考えるまでもない。
「ちょっと気づくのが遅かったですかね」
既に多数の傷を負っていた威織は、苦笑い。その横でトオヤが手早く応急手当を施していた。
ダメージに比べれば気休めだろうが、ないよりはマシだろう。
「僕は赤鼻狙ってたけど、魔法じゃ全然ダメ。――はい、これで大丈夫、っと」
「もしかして‥‥ツノの方は物理に、赤鼻が魔法に強い‥‥かな?」
ひらりと剛角の突進を交わし、昴が漏らした一言に全員が顔を上げた。そうだ、忘れていた。
戦士には魔法を、魔法使いには打撃を。弱点を突くのは戦いの基本。王道中の王道だ。
「よし――物理全員で赤鼻を潰しましょう!」
「やれやれ、だ‥‥」
随分長く戦っていた気がする。
張り詰めた緊張感が溶け、恭弥はふぅ、と一息ついた。
これで5分も戦ってないなんて、どれだけ凝縮された時間なのか。
「でも、考えてみれば王道だったよネ‥‥」
ゆいかは立っているのもやっとという塩梅で、ツーハンデッドソードにもたれかかる様に立ち尽くしていた。
「うん。‥‥でも、皆無事でよかった‥‥の」
終わり良ければ全てよし、ではないが。それでも、命があるならば。
素肌むき出しだった足に数カ所の傷はあるものの、前衛よりはいくらか軽度で済んだようだ。
「無事、なんでしょうかね。かなりの辛勝でしたけど」
「まぁ終わったんだし、いいんじゃないかな。ほらほら、人間サンタからのプレゼントだよ」
屋上の入り口に置いてあったホットコーヒーの缶を、トオヤが配って回った。
ずっと置いてあったせいで随分冷えてしまっているけれど。
冷え切った上に満身創痍の体には十分な程、暖かく染み渡っていった。
「ありがとうございます。‥‥なんだか、いつもよりずっと美味しく感じますね」
征治は屋上の柵にもたれかかって夜空を仰ぎ見た。聖なる夜は更け、そろそろ日付も移り変わるだろう。
きっとサンタは空を駆け、世界中の子供に夢を届ける。――本当の夢を。
「さぁて!折角のクリスマスですし、ケーキでも買って帰りましょうか!」
コーヒーを飲み終えた月花が、拳を振り上げて立ち上がった。
ここで戦闘の余韻に浸っていても、きっと風邪をひくだけだ。そんな夜じゃ、つまらない。
何せ今日は聖なる夜。響きだけで心が疼く、特別な日。
年に一度の、お祭りなのだから――。