●
「最初に確認させてくれないかな?」
と、誰よりもはやく手を挙げたのは龍崎海(
ja0565)だった。
「船が滞空中でも直接乗り込むことができれば、降下させる必要はないんじゃないか? 前回は転移で潜入したはずだけど」
先の潜入作戦――『Operation;Blitz』に参加していた彼の意見は尤もであった。
転移でエンハンブレに乗り込んだ人数はおよそ30人。それが拡大できるのならば、兵器を必要としない可能性すらある。
「上位天魔のゲートを攻め落とせるほどの兵力を、一度に上空へ運ぶ手立てがあればそれも選択肢に入るさ」
「というと、具体的な人数は――」
レミエルの返事に、間髪入れずに食い下がる海。
ちらりとレミエルが横に目をやると、紫蝶が心得たように
「過去の大規模作戦を鑑みると、大きなゲート攻略戦だと大凡200人から300人ほどの兵力が必要、かな」
と補足した。
兵器に関わる内容はレミエル、作戦に関わる内容は紫蝶から返答するということのようだ。
「転移では‥‥」
「人数に限界がある。前回の30人でも結構ギリギリだぞ」
「では航空機などは」
「今から用立てるのはかなり厳しい。セスナレベルなら何とかなりそうだが‥‥」
過去に富士山ゲートにて降下作戦を仕掛けた時ですら、航空機もろとも片道切符を覚悟しての大掛かりな作戦。
撃墜されれば一網打尽。リスクの高さは、かの作戦でも危惧されたところだった。
そして高山であった富士とは違いエンハンブレは『空の孤島』。
降下作戦を行うにしろ、風に煽られて船に着地できませんでした、では済まない。
「‥‥ちなみに、霊磁砲は船以外を対象にした時はどうなりますか?」
「火力としては特に変わる事はない。その分、地上を狙うのであれば街への被害は甚大だろうが‥‥」
やや間をおいて。
「否定ばかりになってすまない。でも意欲的な意見は歓迎だよ」
海の怒涛の質問ラッシュが一段落したことを認めると、レミエルは苦笑した。
会議も発明もトライアンドエラーが大事だしね、と笑って、自身も円卓に腰をかけるのだった。
●
参加者が資料に目を通し、無言になっているその間。
「そういえばレミエルさんとは先日の作戦以来ですね。あの時はお世話になりました」
「そうだな、あれはなかなか楽しかったぜ。実に興味深かった」
浪風 悠人(
ja3452)は、軽く頭を下げながらその静寂を打ち払った。
そして、その言葉にミハイル・エッカート(
jb0544)が続いた。どちらも海同様Blitzの参加者であり、夏にあの空挺へと潜入した仲間だ。
「礼を言うのは俺のほうさ。危険な任務だったが、君たちはとても心強いパートナーだった。お陰で内部の様子をだいぶ探る事ができたよ」
と、手元の分厚いファイルに収められた探索メモを開いてみせるレミエル。
今は見せられる段階ではないが、兵器開発と並行して、このメモから内部構造のMAPを起こしているという。
子供のように顔を輝かせるレミエルを見て悠人は思わず口元が綻んだが、やがてすっと顔を引き締めた。
「それとは別件ですが。先日、『ケッツァー治療院』という外部拠点を破壊することができました」
「ああ。これで、超回復によるゾンビアタックはできない」
「はい。‥‥正念場、ですね」
参加者皆が、誰からともなくうなずき合った。
「‥‥うーん。どの案も一長一短でメリット・デメリット色々ある‥‥ありますよね」
巫 聖羅(
ja3916)の提案で、まずはレミエルが提案した2案を精査しようという事に。
なおレミエル様ファンクラブ隠れ会員たる聖羅、レミエルの前では淑女で通す模様。
「霊磁砲は、破壊されたら後がない事と、どうしても船を破損させてしまうことがデメリットかしら」
「そういやレミエルはあの船を欲しいらしいしな。わかる、わかるぞ‥‥」
少年の心を抱いた大人たちの熱きパトス。
ミハイルとレミエルが目と目で通じ合う何かを感じている横で、
「それも無くはないけど、Blitz以降に発生したあの『霧』が、エンハンブレの兵器なら――そこが制御不能になったら危険だと思うんです」
「破損させることで破片や内部のディアボロが無秩序に降り注ぐ事も考えられますね」
聖羅と悠人はぴしゃりと現実的懸念点を突きつけたのだった。
そこに、そういえば、と言葉を繋げたのは龍仙 樹(
jb0212)。
「クラック・ルーティングは、離着陸だけではなく艦内の動力制御全般を奪えるんでしょうか?」
「うぅん‥‥確実に制御下に置けると見込んでいるのは操縦関係だね。『霧』や主砲については‥‥可能性はある、としか言えない」
レミエルの言葉に「ふむ」と一言。
「そうなると、クラックのメリットと言える可能性もありますね」
「デメリットは兵力が分散する事と、術の成立まで時間がかかること、だね〜」
おっとりとした、星杜 焔(
ja5378)の声が続いた。
柔和な笑み、柔らかな物腰。およそ兵器とは縁遠そうなこの青年――
「兵器開発に関われるなんてわくわくするねぇ。もっと工夫できないかな〜?」
結婚以降影を潜め気味ではあったが、割と重度のメカ・銃オタという闇を秘めていた。
さて、焔の発言により一同の論点は『既存の案を改良できないか』というところに移行した。
『霊磁砲を他の乗り物に搭載してはどうか』
『クラックの術成立を短縮する方法はないか』
『飛行スキルを兵器で補助して兵力を空に送る事はできないか』
『防衛用の兵器は作れないか』
『術者を地下に隠すのはどうだろうか』
云々。
それぞれに利点はあるものの、立ちはだかるデメリットを打開できる天啓はなかなか降りないままにじりじりと進む時計の針。
まるで手探りでパズルのピースを探るような。
遠い月明かりを頼りに獣道を進むような。
少しずつ、考える時間が長くなる。
と、その時。
おもむろに立ち上がった焔が、どんっとランチバスケットを机に載せた。
「――頭を使う時は甘いものだよね。小豆トースト作ってきたから、ちょっと休憩しよう〜?」
一同、呆気。
のち、
「‥‥ふっ、はははっ」
笑い声。
ふわっと、空気に色彩が戻った。
●
こぽぽ、と心を癒やす水音が会議室に響く。
各人の前には紅茶と珈琲。それから、
「俺の恋人の手作りだ。美味いぞ。遠慮なく食ってくれ」
「なんだエッカート、惚気かい?」
「ああ。俺、この戦いが終わったら結婚したいぞ。
――おいレミエル、なんか察した顔でニヤニヤするな! フラグじゃない、そんなものへし折ってやるさ」
ミハイルが配ったワッフルとスコーンと焔お手製小豆トースト。
「珈琲とも意外と合うね〜。和洋折衷‥‥こんな感じで天魔ともおいしく共存できたらいいんだけど」
「確かに天魔との軋轢は、文化の違いも大きいみたいだからね」
海はカップの中でゆらめく黒い水面を見つめ、それから目を閉じた。
見果てぬ夢だと思われた平和な世界――それが朧げながら形を得ようとしている。
我々の右手は、『天』の指先に触れた。
しかし左手は、『魔』を認めさせるにはまだ、足りていない。
だから。
「今は‥‥無辜の命が奪われる事のないように、負の連鎖を断ち切るための刃が必要――ですね」
護るだけじゃ世界は変わらない。見捨てられる命は0にならない。天魔による孤児も、また生まれてしまう。
天魔と手を取る――変革の礎となる力がほしいと、樹は思った。
「負の連鎖‥‥鎖‥‥‥‥あ」
それは、何気ない単語からの閃きであった。
否、甘味がもたらした天啓だったのかもしれない。
口の中のワッフルを紅茶で飲み下し、焔は首を傾げた。
「アストラルヴァンガードの星の鎖って、上空の敵を無理矢理引きずり下ろすけど‥‥その仕組みを応用するのは可能でしょうか?」
もぐ。
休憩中の緩んだレミエルの顔が、一瞬でシリアスに立ち戻る――!
「‥‥!!! ふむ‥‥ほう‥‥! スキルの理論と回路を‥‥蓄霊した‥‥核で倍化させて‥‥‥‥」
ノートにペンを走らせ、脳をフル稼働させる。
資材の量。設計。運搬方法。回路構造。エネルギー。条件。射程。
必要資金以外の、今考えられるだけの全てをはじき出していく。
その姿は、おおよそ『V兵器を開発した者』としての力を実感させるものだったが、その一方で
(頬にあんこが‥‥! でも、そんなレミエル様も素敵‥‥っ!!)
レミエルに接するほどギャップを発掘している気がする聖羅だった。
ややあって。
「――うん、いける。星杜、面白い案かもしれないぞ!!」
上気した顔で返事を返すレミエル。
新たなピースが、かちりとはまった。
●
それからのディベートは、弾むように進んでいった。
新案・星の鎖兵器を含め、3つの案の実戦を想定した上でよりよいのはどれか――と。
「霊磁砲かクラック・ルーティングなら、クラックのほうがいいと思う。再利用できるなら霊磁砲推しだったんだけど」
「その2つなら俺もクラック案に1票だよ〜。船を乗っ取れるって面白そうだしね?
でも失敗した時のタイムロスが、うーん‥‥触媒を多く作って、2段構えにしたりできないかな」
「それはいい案だな。2セットなら用意できるぞ。術も継続できる」
「一箇所を崩しても術が止まらない、全て崩す必要がある――と思わせる事ができればあるいは‥‥?」
先々の転用を考慮した上で意見を述べる海。に、続いて焔がまた改良案を示して。
新案を思いついたとしても凝り固まらない柔軟な思考。一つの食材から無限の料理を生み出すように、新たな可能性を探していく。
「でも、術者の重体がある上に戦力を分散させるのは危険じゃないですか? 2段構えってことは、重体や戦力分散も2倍ですからね」
戦力が散るということは、悠人の戦友達もまた手の届かない所へ行くだろう。厳しい局面も増えるだろう。
それは自分にとってだけではない。誰もが親しい誰かを喪うリスクが増えるのだ。
悠人もまた、その根幹は『護りたい者』だった。
「星の鎖案は一箇所でいいのか。守るならそっちのほうが楽だな」
最初はクラック案を推すつもりでいたミハイル。
悠人や焔の案を加味した上で戦況を思い浮かべると――なるほど、星の鎖案のほうが布陣しやすい。
だが当然ノーリスクではない。樹は資料の裏に鎖兵器についてまとめながら、問いかけた。
「しかし問題は人数確保ですね。レミエルさん、星の鎖案を成功させるには何人くらい必要でしょうか?」
「実際兵器が完成しないと正確な数字は出せないが、確実には私を含め30人。15人を切ると失敗する可能性のほうが高いと思うよ」
「リチャージにかかる時間は――」
「数分で打てるさ。ただ、スキルである以上術者に依存する比重が大きい。何度も撃つと術者の疲労が成功率に影響するだろう」
「術開始から発動までの想定時間はどれくらいだ?」
樹に援護射撃するように、ミハイル。
「術者が身動きできない時間、という意味でなら30秒かからない程度じゃないかな。
実際の準備としては説明や器具の装着なんかの時間もあるが、その間は一応身動きできるからね」
となると――ストレイシオン、四神結界、円卓の騎士。
1人ずつにはなるが庇護の翼も選択肢に入る。
現実的に算段を組み始め、サングラスの奥の藍宝石が瞬いた。
一滴の雫が波紋となり、他方の波紋と重なり、響いて、模様を描いていく。
意見はおおよそ鎖案に収束の気配を見せていた。
が。
「個人的にはクラック・ルーティング、星の鎖、霊磁砲――の順で推させて貰うわね」
これまでほぼ聞き手に回ってきた聖羅だったが、凛と鈴音を響かせるように、きっぱりと告げる。
新たな雫が円卓に落とされ、集まる視線。
しかしそれに動じる事もなく。
「術式を護るために戦力が分散する事。
これはどの道一度に突入出来る人数は限られてる筈だし、予め突入部隊を選定しておく事で、突入時の問題はほぼ解消出来るはず」
「‥‥ボトルネックにならないよう、戦力分散を逆手に取ってスムーズな乗船をしようって意味であってる、かな?」
確認するような紫蝶の言葉に、少女は頷いた。
確かに防衛時には難がある。しかしその先の侵攻では利にできる――と、聖羅は考えたのだ。
「問題は敵に一点突破を狙われた際の対処法だけれど‥‥。
敵が30分間で術者の位置を特定し、戦力を投入するのは難しいと思うんです。あとは、さっき星杜さんが言ったとおり、ね」
「全て崩す必要があると思わせられれば、ってやつだね〜」
「ええ。術さえ成れば、船を下ろして戦力を送り込むという最大の目的の足がかりとして、安定度はダントツに高いはず」
霊磁砲は船体の破損が伴うから想定外の問題が発生しやすい。
星の鎖はスキルである以上効果時間の限界があるし、ゲート破壊までの間に敵悪魔が鎖を処理できれば船は空へ戻り、再び優勢を取られるだろう。
であれば。完全に操縦系統を掌握できるクラック・ルーティングが一番盤石なのではないか――、と。
「巫は、聡い女性だな」
にこりと、微笑みかけるレミエル。
「この作戦が、兵器が、何のためにあるのか‥‥きっと誰よりもその意味を、よく考えてくれたんだろう」
始めは見惚れたものの、前のめりで熱弁していた事に気づき、聖羅は慌てて席についたのだった。
●
会議を始めてからおよそ2時間。
ブレイクタイムを挟みながらも様々な意見が場に集った。
先の聖羅の意見も、真実他の者が見えて居なかった『何か』を確かに突いたのだろう。
一度纏まりかけた話がより具体的に、現実的に、そして切り口を変えて。より深く、隅々まで討論された。
特に樹は、元より聖羅と同じく術後の展開に関する意見を持っていたのもあり、鎖で降ろした後の動きについて一層雄弁になっていった。
「――そろそろ、煮詰まったかな。最後にそれぞれ意見を聞こう」
レミエルが周囲を見渡した。
「鎖案に賛成だよ。射程がやや短く、術者をある程度限定しちゃうけど、準備時間の短さと戦力集中できることのメリットは大きい」
全ての案を経由した上で、海は最終的に鎖を選び、
「同じく、僕も鎖案です。戦力の分散を防ぎつつ拠点防衛に近い形になるので、護衛がしやすい点で多少はリスクは低めだと思う」
焔は兵器を拠点とした陣形を想定して――
「そうだな、護衛を考えると1箇所にまとめられる星の鎖案を推す」
具体的に範囲防衛の手段を挙げたミハイルは、焔に同調を示した。
「戦力分散がなく30人で成功が望めて、再チャレンジが容易‥‥うん。俺も鎖兵器に賛成かな」
「鎖案に賛成ですが、術者を把握しやすようレミエルさんを隊長とした部隊を設置してもらうのが前提、という感じです」
事実上一発勝負のリスクを回避できる点を評価した悠人と、あくまでそれらは部隊としてまとまってこそと条件をつけた樹。
そして、
「私は先程話した通り、クラック・ルーティング、星の鎖、霊磁砲の順が適切だと思います」
聖羅はクラックが最も盤石だと、己の意見を最後まで通した。
難点の先の利点に価値を見出すか。
それとも、まずは先に進むための初手に確実性を求めるか。
「多数決、なんて言うつもりはなかったけど――無尽光研究委員会筆頭研究員たる我が名において、星の鎖兵器案を採用したい」
円卓の上座についたレミエルの宣言に、各々が顔を少しほころばせて見合わせた。
だが、と続けて言葉が続く。声を発したのは紫蝶だった。
「全体の指揮を預かる私としては、聖羅の意見も尤もだと私は思う。
‥‥方法が何であれ、術が成功した後、その効果を持続しなければ意味がない。
これは兵器開発とは論点が異なるが、聖羅が投じた一石は無駄にせず、戦略で以てカバーしていこうと思うよ」
聖羅を含めた参加者全員が力強く頷いた。
●
「――人間はすごいな」
参加者が退出した後の会議室で、レミエルは呟いた。
「俺がここに来たばかりの頃、こと戦いに関して俺は教えるばかりの立場だったはずなのにね」
「ふふ、今日は学ばされたか?」
机を拭きながら、紫蝶は笑った。
「学ばされたさ。祭器のときも思ったけど‥‥人間の発想力と順能力は、天魔のそれを軽く超える」
学園に帰順した天魔生徒達もそうだ。
来た頃はぎこちなかった彼らも、今では心のままに自由に生きている。
人間の持つ真の力はきっと、ソフトパワーなんだろう。
「俺もうかうかしていられないな。早速あの子達の想いを形にするよう、作業に取り掛かるよ。――お先に」
言って、レミエルは扉の向こうへと消えていき、
「そうだな、人間は強いんだよ。レミエル」
独り窓の外の嵐を見ながら、紫蝶はそう呟いた。
この会議よりおよそ半月後――作戦決行の報せが学園内のあまねく人に知れていくのであった。