――久遠ヶ原とは、不思議な所である。
正確な地図が作れないほど頻繁に入れ替わるショップ、気づいたら増えている道‥‥。
いつの間にか生徒が妙な洞窟を作っていたとしても、それは日常の一コマ。
故に私はこう思うのだ。
久遠ヶ原島はまるで、踏み入れる度に変化するダンジョンの様だ――と。
シーゴット・メンドーサ [Sigurd Mendoza] (1985〜 久遠ヶ原島)
出典:『本当は怖い不思議の久遠ヶ原』序文
●
洞窟前に佇む、7人の挑戦者――。
《久遠ヶ原の幻想洞窟》とヘタ文字で書かれた看板を手でなぞると、にんまりと笑みを浮かべる暮居 凪(
ja0503)。
「へぇ‥‥まさにローグライクゲームね‥‥懐かしいわ」
彼女にはこの手のゲームには、懐かしい過去がある。
が、まぁそれは後ほど存分に語ってもらうとしよう。当時の状況を再生していただきながら。
「お兄ちゃんは一番最初ですから、取り敢えずゆっくりフロアを回って、アイテム集めましょうですのっ」
そう言って、ヤンファ・ティアラ(
jb5831)は兄フェイン・ティアラ(
jb3994)に情報を詰め込み始める。
曰く、斜め移動で最短を歩く事。MHは素振りしながらアイテムを拾う事。階段を見つけるまでは無理をしない事。
「石像さんがあれば『矢拾い』もやって‥‥それから」
「ヤンファ早いよー! もう少しゆっくりー!」
やりこみ派のスパルタ妹に泣かされながら、フェインの勉強会は続く。合掌。
●《低階層−1》
「おぉー」
地下1Fに踏み込んだフェインは、思わず感嘆の声を上げた。
部屋の天井にライトやスピーカーこそあるが、見た目は地下遺跡を思わせる出来。
早速部屋に落ちていた符に触れると、アイテムはフェインの体に吸い込まれ。
端末を操作してみれば、アイテムリストにはしっかりと《紫雷符 5》の文字。
「わー、本当にゲームみたいー!」
部屋を出ると部屋の灯りが消え、代わりに頭上にピンライトが灯る。そして一歩動けばライトも動く。
――まぁ、ただの人力(協力:ゲーム開発の会)という、いかにも学生制作なオチなのだが。
え、どこがアウルの可能性かって? 壁走りで必死に天井ひっついてるんですよ言わせんな恥ずかしい////
「先ずは階段探す事を優先ー」
と、次の部屋に入った途端、目の前に1匹の毛玉が! しかも先制の体当たりを食らうフェイン。
「えーと、敵がでたらまず通路に戻ってー」
1歩、2歩と後ろに下がるフェイン。釣られる様に毛玉も通路に入っていく。
「それから攻撃だよーっ!」
元気よく朱華布槍を振り下ろせば、錘が地面を窪ませるほど勢い良く毛玉を襲った。
が、毛玉は『み”っ』と声を上げた(※スピーカー)後、体当たりで反撃。
2発目でようやく『ぴぃー』と断末魔を上げて姿を消したが、フェインはある事に気づいた。
意外と痛い。LPが12から5に減っている。
――覚えがないだろうか。1Fで『死にかけるからLvアップはよ!』とモダモダするあの気持ち――。
だがLvの概念がなく、階数でLPが増加するルール。1Fでは『最弱モブで死にかける恐怖』が常につきまとう。
素潜りの低階層事故死はよくある事だ。ある‥‥はず! あるよね!?(迫真)
「うーん、降りちゃおうかなー? ちょっとの油断が危ないって言ってたしねー」
そう呟くと、フェインは1Fの周回は諦め、フロア一周の後階段を降りていった。
LPに余裕ができたフェインは好調に2F・3F・4Fを攻略し、《天照符》や《透過符》、それから回復用品を揃えた。
中でも運が良かったのは4つも撃退符が出た事だろう。
「装備強化は大事だよねー」
ホクホク顔で蝙蝠をやっつけると、ぽろりと転がり落ちる、薬瓶。
――なんだろ?
と、触れた瞬間。スピーカーの大音量がフェインを襲う!
『クハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!!!』
「!? ‥‥‥なにごとー!?」
まるで呪われたような笑い声ではあるが、確かゲームの説明に『呪い』はないはずで。
『我が汗と血潮とイカス煮汁を凝☆縮した、儂のマークのハイパー回復剤《ギメルタンA》! 有り難く味わうがいい!』
「これが‥‥伝説のあのー‥‥!! ‥‥あんまり嬉しくないー!」
(※なおスタッフが試飲済みであり、毒性がない事は確認されています。安心して服用下さい。)
などとアイテム詳細に注意書きをしてあったとしても。
――むしろ飲みたくない度と製作者へのヘイトが急上昇した事は言うまでもない。
だが無類のダイス運に恵まれたフェインの進撃はまだ止まらない。
デレテテテレーン!!
緊迫した音楽が洞窟を包み込む。踏み入る部屋は敵、敵、敵。
「わ、わ、わー、モンスターハウスだーっ! ど、どうしよどうしよーっ」
妹ヤンファはMHについても注意を言っていた。が。
(大きいMHは即降り‥‥ってなんだっけ? ヤンファ難しい言葉ばっかり使うからー‥‥!)
『落ち着くのですよっ!』
ついに痺れを切らしたヤンファが、端末を通じて兄を叱咤する。
『ティアラ君が動かなきゃー敵も動かないんだし、だいじょぶだいじょぶ』
そして、のんびりカラカラと笑うような調子で、因幡 良子(
ja8039)が窮地の少年を励ました。
「これ、会話できたのー!?」
――そういえば紫蝶と木村少年も通信してましたね。
『でも映像は見られないから、まともな助言はできないわ。大きな部屋じゃないなら通路で1匹ずつ勝負がいいわね』
『あと、疲労度に注意しますですよ。1歩が大事なタイミングで0になったら目も当てられないのですっ』
続けざまに飛び込む助言にわたわたするフェイン。
とりあえず、MHでも平時でも同じ鉄則。まずは通路へ。
それからまだ敵との距離がある内に、久遠サンドを口に押し込んだ。ホログラフだけど。
『遠距離攻撃で削っておくと楽なんじゃないかしら?』
と、巫 聖羅(
ja3916)の一言で、フェインは先程拾った符の存在を思い出す。そう、《透過符》だ。
複数の敵を一気に削る事ができれば、大幅に難易度は下がるわけで。
「聖羅ありがとなんだよー! 朱桜‥‥じゃないけど、頼んだよーっ!」
主の声に応えるように魂魄の腕輪がきらりと光ると、細い通路は光の竜が貫く一閃に包まれた。
●《低階層−2》
「ヤンファ、お願いねー」
「お任せなのですよっ!」
6F――《LP:70》。
兄・フェインが集めたアイテムをしっかり品定めるヤンファ。
MHでゲットした集殺符、ギメルタンA、紫雷符と透過符はまだ使えるし、久遠サンドの在庫は3。
ダイナマ汁も3‥‥これはちょっと邪魔でイラッ。いや、それよりも。
「お兄ちゃん、さっき遠距離攻撃はしてましたですよね?」
ローグライクには矢、魔法本のような遠距離専用武器がお約束だが、それらしきアイテムはない。
(つまり打ち放題ということなのです‥‥? 一応、さぼたんさんで稼げるか試してみますですっ)
言うやいなや。新たな部屋にはいると同時、斜め前方から不意打ちのサボ針アタックを浴びてしまう。
だが良いチャンスだ。『検証は余裕が有るうちに』‥‥それがゲームの鉄則なのだから。
ひょいっと体を屈め、頭上を通過していったサボ針の行方を探してみるものの、見当たらず。
「むむっ。予想通り命中低めではありますですけど‥‥残念ですのっ」
そうは言いますがヤンファさん、確かに矢拾いはローグライクの定番だけど超めんどい作業じゃないですかやだー!
「稼げませんのなら長居は無用なのです!」
遠距離Mobは事故の元。それもローグライクの鉄則。
ジグザグに前進し村雨で斬り伏せると、ヤンファは早々に6Fを踏破した後階段を降りていった――。
5Fでは運良く遭遇しなかったが、6Fでヤンファを苦しめたのは腐って肉が爛れた犬であった。
なんせ出会い頭でいきなり食料を1つダメにされたのだ。怒りの村雨一閃で犬を沈めると、がくりと項垂れた。
「例え疲労が回復しても、腐ったサンドイッチは食べたくないのですーっ!」
腐った食料にいい事はない‥‥というのがセオリーだが、良子はケロッとしたもので。
『お、そうかい? 私が好きなゲームでは人肉も余裕で食料っすよ』
『ちょ、ええええまじか因幡氏!? ソレどんなゲームやねん!? ちょっとあとで詳しく』
――なおSAN値はお察しください☆
良子と七種 戒(
ja1267)による生々しい(肉食的な意味で)通信も気になる所だが、置いといて。
「うう、疲労ヘラズの指輪はないでしょうし、『サンドライズ』も対応してるかわかりませんですし‥‥」
新たに登場した腐犬に対し、ヤンファは距離があるうちから積極的に札を放ち、
「ご飯を腐らせるのは厳禁なのですっ! 作戦名は、さんどだいじに、なのですよっ」
最優先に、そしてなるべく遠距離完封で腐犬を駆逐していく。
そしてフロアを一周した後は階段部屋に久遠サンドを置いてから、
所持中にどうしても近接せざるを得ない時はまず食料を床に置いてから――、
こうしてヤンファは油断なくサンド防衛を徹底して、アイテム集めをしながら10Fまでの道のりを踏破したのだった。
●《中階層−1》
「さて、手持ちの食料は5つ。精錬値は‥‥攻撃が8、防御が5、ね」
天照符で明らかになった端末のMAP表示を眺めながら、凪は徐ろにスナイパーライフルXG1を通路に向けて引き金を引いた。同時、ぴゅうと高い鳴き声。MAPには赤い点が表示されている。
「‥‥さて、どなたかしらね? 噂の子鬼ちゃんなら歓迎なんだけど」
――残念! ただの三尾にゃんこだよ!
倍速で移動するようだが、それだけ。さしたる脅威ではなく、機先を取った凪の完封で姿を消した。
「残念。さて、じゃ‥‥限界まで、いくわよ」
‥
‥‥
どれくらい時間が経っただろうか。
天照符で完璧に敵の動きを掴みながら、子鬼娘を狙って執拗と言っていいほど粘り強く探索する凪。
手元から聞こえる仲間達の他愛無い会話をラジオ代わりに、時に雑談に混ざりながら。歩く。歩く。戦う。歩く。
多勢に無勢なら紫雷符や月蝶符も駆使して切り抜け、手に入れた《撃退符》を使用し、なおも歩く。
(こういう所が、きっとアレだったんでしょうね‥‥)
思い出すは10数年前――凪には仲の良かった男の子がいた。
彼は凪にとあるローグライクゲームを薦めたのだ。面白いよ、と。おまえも買って競争しながら攻略しようぜ、と。
その実、ゲームは面白かった。むしろ、凪にとって面白すぎたのが問題だった。
始めて1週間後には凪の方が武器合成が進んでたり、更に1週間が過ぎるとパラメータ強化マラソンに入っていたり。
(そして気がついたら、彼はやらなくなっていたのよね)
一言でまとめると、『パッシブスキル:やりこみ』が自重しなかったと。
それでもめげる事なくやりこんだ結果がご覧の有様――12F終了時点で攻撃 62/防御 69――だよ!
‥‥‥
‥‥‥‥
13Fは石兵の攻撃力を警戒した‥‥と思いきや、既にこの時石兵のダメージなど高攻撃力(笑)程度になっており。
むしろ食料が残り2個となったため、サクサク(※凪基準)と進行し始めた。
なお11・12Fの2フロアで、現地調達含め6個の久遠サンドを消費した模様。
その消費がなぜ胸にいかn――いやこれホログラフでしたんで無理ですよね!槍おろして下さい!(ほーるどあっぷ)
続く14Fはまさかの通路に落とし穴を作られ、落ちるも八卦落ちないも八卦で足を踏み出し――
\みしっ/\痛ったぁー!/
――落ちたわけだけど。
今更気づいたけど石兵の落とし穴は飛んで回避という野暮な人が居なくて私は本当に嬉しいです(
そんな、わけで。
「それじゃ、次は頼むわね」
凪と、中階層後半担当の聖羅が互いの端末を接触させ、データを転送する。
「お疲れさ‥‥ま‥‥!?」
いくら聖羅がゲーム慣れしていなくても、その数字に驚かずに居られようか、いいや居られぬ(反語)
表示された『攻撃 84/防御 80』のステータスを二度見して。聖羅の頭には某番組のピアノ演奏が流れたという。
――なんという事でしょう。『錬成の魔術師』、匠の洗練された技術によって、不便だった装備が大変身!――的な。
一方そのころ管理室では
「ドロップ率の設定、明らかにミスったな‥‥」
と、Orzる紫蝶の姿があったとか。
●《中階層−2》
「これが“リアルローグライクゲーム”‥‥?」
段々と不気味な雰囲気となってきたダンジョンを見渡し、聖羅は複雑な表情を浮かべた。
(‥‥って、何ソレ。レミエル様って結構ゲームオタクだったのね)
何を隠そう聖羅は隠れレミエルファンである。
アイドルはトイレに行かない‥‥は都市伝説にしても、まぁ大なり小なり思い描く像があるわけで。
針水晶を散らした様な長く美しい金糸の髪に深く落ち着いた黝簾石の瞳、中性的だがあくまで男性らしさを残した美貌の長身イケメン(よしこれくらい書けばいいか)のレミエルが、薄暗い部屋でメガネを掛け、背中を丸めてコントローラーを握りつつお菓子をばりぼり食べていると思うと――あれ、意外とひどくないな。イケメン補正卑怯やで。
まぁさておき、ファンの聖羅としては落胆する光景に違いないのだ。ちょっと見たいけど。
(でも勝手な独り合点は良くないわ。そ、そうよ推理小説も思い込みが一番の敵だしね‥‥っ!)
それにクリアしたらレミエル様にお逢いして、そこから仲良くなっちゃえば――。
妄想に一人顔を赤らめる聖羅だったが、それを重々しい音に遮られ、我に返る。
「実はMMOとかこの手のゲームって一度もやった事無いのよね‥‥まぁ、でも戦闘なんてリアルもゲームも同じだわ」
エクシェレイションから立ち上る光を指先に灯し、空を切る様に描いた残光で風刃と成す。
「先手必勝――ヤラレる前にヤレ、‥‥ってね!!」
聖羅は、なおも近寄る石の巨体に2発目の風刃を叩き込むと、ガラガラと崩れる様にその姿を消した。
(‥‥? 要注意の敵にしては随分あっさりね‥‥?)
石兵。中層後半での要注意Mob‥‥だったもの(過去形)
精錬ドーピングさえなければ、高い体力に加え50〜60のダメージを叩き込むという脅威の存在だったはずなのだ。
――蓋を開けてみたらダメージ15点程度ですよ。ハハッ。
匠の仕事が冴え渡りすぎてつらたんですやで‥‥。
中層では圧倒的な体力を誇る石兵ですら、攻撃2回で落ちる火力である。
その他の雑魚などまさにシューティングゲーム状態で溶けていくわけで。しかも弾数無限の打ち放題。
探索中、危険ならばアイテムも迷わず使う覚悟で挑んだのだったが、
「なんだか拍子抜け。ま、楽だからいいんだけど、ね」
結局、20Fに至るまで階層相応の難易度を感じる事なく、聖羅の手番は終了するのだった――。
●《高階層−1》
「お宝ってなんじゃろうなー。イケ美女とか渋ダンディとかならちょううれしいんですけど」
ふわぁ、と大きな欠伸をひとつ、戒は端末で仲間に声をかけた。
(自称)淡々と話し(主に体の一部が)儚げに慎ましく揺れるかすみ草の様な『せいじゅんはおとめ』‥‥だそうですが、イケメンイケ女イケ爺成分を年中無休で補給したい模様。もぅマヂ無理、ぉっぉんなιょ。。。
――最深部に差し掛かった頃合いの23Fだが、時折現れるさぼたん以外はさしたる難敵はなく。
しかも21Fで2枚目の集殺符が出てしまったため、アイテム集めをする必要もない。
ローグライク初心者の戒ですら、手持ち無沙汰な状況なのであった。
『宝は確か、ぷらちなむ学園長像‥‥とやらではないのか?』
「やべえ、ランゼからまともな返事が来るとはっていうかむしろお前が目的を覚えてるとおもわなくてぼくわはたしわ」
『失礼な奴だな。おまえが宝が欲しいから付き合えと言ったのだろう』
戒を我が蒼と呼んで慕うランベルセ(
jb3553)としては、戒の望みに全力を尽くす構え‥‥だったのだが、コンピューターゲーム自体をさっぱり理解していないという根本的問題が洞窟突入直前に判明。
結果、補欠として同行しているのだった。
「しちょーせんせぇのお宝だしアレだろ? 新作オンゲのレア武器とかだろ?」
『で、装備やるからゲームやれよっていう勧誘の常套句に続くわけっすな』
あるある、と爆笑する良子と戒。
引きずり込まれて育成されて逃げられなくなるパターンですよね。
『レミエル様が何かご褒b』
『ボクは皆でご飯いっぱい食べられる券がいいなー! 勿論朱桜や紫檀も一緒だよー!』
『美味しいご飯は正義ですのっ!』
‥‥何か聞こえたようですが、大食らい兄妹にかき消されてしまったようです。
まぁ、胸に秘めてるほうが妄想が捗るってもんですよ、うん。
ブラッディティアーズで(ふ、ちゅーにの力をくらうがいい)とか妄想しながらバンシー刻んでる戒さんもいますし。
というか血涙シリーズって名称、厨二というより非モテでぐぬぬで残念な人っぽいんですがそれは(けつるい的な)
――まぁ、気づかない方がいい事って世の中にありますよね。
「食べ物といえばアレな、おもろそうだからバナナ踏んでみたいんだが見つからないかなしみ‥‥!」
『部屋入った1歩目にバナナがあって、MHに全力ダイヴとかスリルたっぷりでおすすめよ?』
「暮居氏ソレ死にますよね!? そういうフラグは全力でご遠慮であるからしてえええ――」
と、踏み出した1歩先。
\みしっ/ \――えっ/
\デレテテテレーン!!/
「はい」
『はい♪』
はい。
バナナじゃないけど入り口落とし穴で24F超大部屋MHにダイヴおめでとう☆
「うん。ちょっと待て落ち着こう。コレでもゲーマーの端くれであるのでな‥‥まずは階段の位置確認‥‥」
その距離凡そ40歩。
階段に向けて、そろっと1歩。
MAPの赤い点がわさっと動き。
更にそうっと、もう1歩。
もさっ。明らかに自分に群がろうとする『赤い点』の群れ。
「‥‥‥‥落ち着けるかああああっっ!! 三十六計逃げるに如かずううううう!!」
《魔女符》の破裂音が部屋全体を包み、それと同時に階段に向かい一目散に走り出す戒。
だが、残念ながら現実の戦闘と違いここはターン制――つまりプレイヤーが動けばMobも動く。
つまり 全力疾走=敵が全力接近。
24Fから出現するドラ娘はすこぶる可愛い上にきょぬーだが、それ以上に目立つ鋭い爪が全力で接近してくるのだ。
「かわいこちゃんんん! けしからんチチ揉みしだきたい‥‥ってかソレより階段に着く前に殺られるううう」
かろうじて《紫雷符》で応戦しながらも、既に涙目の戒。
『七種ちゃんそれはあれだ、このヘンタイ!って罵られちゃうぜい』
『やらなくても十分みたいだけど‥‥それより七種さん、さっき拾った《集殺符》は使わないの?』
「因幡氏はあとで正座させるとして巫氏ソレだ!! いくぜ必殺☆集ー殺ー符ーー!」
ぺかーっと眩い光(※タウント効果つき)がフロア全体を包み込む!!
――あ、どうも待機組の皆さんお疲れ様ですー、ゲーム開発(略)の会でーす。
――七種さんが集殺符を使ったので皆さん移動お願いしますねー。
――ふむ。我が蒼が呼ぶならすぐにでも行こう。
――ってか、何でこんな決め技が人力なのよ!? アウルの可能性っていうくらいだから瞬間移動とか‥‥。
――いやほら、あのスキルはワープ先見えてないと無理なんでー‥‥まぁ、円滑な運営にご協力お願いしますー。
‥‥光の中から仲間達が現れた!(徒歩)
「見てはいけない開発の裏側を見てしまった気がしますです」
「要求に対するシステムの限界ね‥‥。プログラマーとしては他人事じゃないけど、脱力感がすごいわ」
「レミエル様のイメージが‥‥ッ」
光に目を奪われていた戒は、脱力し顔を覆う仲間達に何事があったのだろうと思いつつ。
まぁ、気づかない方がいい事って世の中にありますよね(再
●《高階層−2》
24F大部屋MHを全員で全力で潰し、25Fをさらっと終えて。
地下26F――ついに最終走者の良子の出番である。
「これまで皆が繋いできた命のバトン‥‥! 私が必ず最下層まで届けてみせる‥‥!」
くわっ、といつになく真剣な、緊迫した顔をしてみせる良子。
そこにひょいと現れたマーメイドを補足すると
「最高の尻をもつ女のかぐわしいぱんつをくらえーーっ!!」
\べちーーーん/
『えっちょっと因幡氏なんなのソレ!? 投げるぐらいなら私がげふん じゃなくてなんでぱんつ!?』
『おまえ、もう少しこう言葉を‥‥まあ今更か』
呆れるランベルセの声は、恐らく彼女には届いてないのだろう。
戦場の最中ランベルセの心を一目で捕らえた――とは本人談――彼女の蒼い瞳は、喜々と輝いているのだから。
「馬鹿、ぱんつ強いんだよぱんつ。御約束っすぜ。あ、勿論私のではねえけどもさ」
まぁ幻想洞窟では特殊エンチャントついてないけどね!
しかして、ぱんつ()は投げても勝負は投げない良子である。
(ここまできて事故死は流石に笑えないよね。Lv上げの必要もないし、アイテムも十分。これは即降りコースかな)
最大の難関は小妖精。
2匹揃った時にやるという部屋全体睡眠は理不尽な死の元である。
手持ちの《天照符》は2枚、《紫雷符》は残弾7。ゴール目前で出し惜しみなど、しない。
まずは《天照符》で階段の位置とMobの位置、アイテムの位置を確認。
なるべく最短で、かつなるべくアイテムを回収できるルートを決めると、「うっし行くかね」と短く呟き、歩き出した。
‥‥
‥‥‥
斜め移動で最短距離を歩き、交戦は必ず通路で。
部屋の前では素振りに加え、ぱんつをぶん投げ前方の安全を確認。
即降り方針で、あっという間に29F――。
登場するのはドラ娘、マーメイド、小妖精、ダークエルフ、毛倡妓――。
「なんか女の子の敵ばっかり出るんだけどさ。これはアレかな、手を出した瞬間屋根裏からポリスメンが出てくるみたいな対因幡さん用の高度なトラップが――なぜ私は近接武器『生もの製の長棒』にしなかったんだ糞が‥‥ッ!」
あくまでナマモノでできているだけの棒であり、ぶん殴るための武器であり、決して変態じゃないんだからねっ!
『久遠ヶ原は残念美人さんがいっぱいですのっ』
『ちょっとヤンファさん? 何でこっち見てソレを言うのか戒さっぱりわかんないですええ』
『自覚はしているのかと思ったが‥‥手遅れだったのか』
『ヤンファー、かわいそうだよやめなよー』
『君たちまとめて正座ァ!』
「賑やかだねー」
ぎゃあぎゃあと盛り上がる通信の中、
『女の子だらけ、ね‥‥。さて、誰の趣味なのかしら?』
凪がくすりと呟いた。それは開発者の意図なのか、それとも。
その答えは、階段の先に待っていた――。
●30F
『ハーッハッハッ! よくここまで来たね。歓迎しようではないか――』
暗闇。
恐らく1つの大きなホールなのだろう。反響する声が、良子の体を包み込む。
(これが、ボス‥‥!)
びりびりと武器(※ぱんつ)が共鳴(!?)し、重々しく緊迫した空気(未実装ですごめんなさいっ)の中、一筋の光が!
『さぁっ、この《ぷらちなむ学園長像》が欲しくば、私を倒してからにしてもらおう!』
後光の如き光を背に現れたるは、幻想洞窟の王者『タカライ☆ごーるでん☆マサヒロ』――!!
※ただし金ピカ
※ただしブーメランパンツ
‥‥‥。
「じゃ、そういうことで」
回れ右。
『待ちたまえ! 《ぷらちなむ学園長像》が――宝の地図がないと困るのだろう!』
学園長(仮)の攻撃! 良子は混乱した! 良子は束縛(引き止め)された!
「いや何か、困る困らないっていうか拒絶反応っていうか、因幡さんホモも百合もロリショタもなんでもこいだけどちょっと現実に理解が追いつかない時ってあると思うんだよね。逃げてもいいじゃない にんげんだもの」
頭を抱えて苦悩する良子。崩れ落ちたとおもいきや
ズガァッッ!!
地面にめり込むほどに拳を打ち付ける。悲憤と怒気、絶望の気を纏って――
「金ピカ学園長が銀ピカ学園長の護衛とか自分×自分かよ! あんだけかわゆい子侍らせてハーレムエンドですらないとはどういう了見だ! うすいほんですらこんな展開ねぇよ!!!!!」
そっちなんですね!
尚、金ピカも銀ピカも紫蝶が給料増えない恨みを込めて作ったホログラフであり、本物の宝井♪ナイスミドル♪正博とはあくまで全くの別モノでありますことをご了承ください!ね! ゆっきーとのゃくそくだょ★ミ
『疑問なのだが、人間の残念とか変態というものは伝染病かなんかなのか?』
『だから何で私を見るんだねランゼや!?』
『‥‥ボスって集殺符で倒す作戦だよねー、なんか呼び出されるのが怖いんだよー』
なお通信で実況を聞いていた聖羅は、それをレミエルが作ったと思い無言で顔を覆っていたとか。
まぁ理想像が木っ端微塵ってレベルじゃないよね。流石のイケメン補正でも補いきれませんわ‥‥。
「そうは問屋が降ろさんぜ! 皆の者共、覚悟を決めてこの地獄へ来やがれってんだーーーい!」
ぺかーっと眩い光が――(略)(安定の人力)
−−− シリアスがログインしました −−−
「みんな! 来てくれたんだね‥‥!」
光がやんだ洞窟を振り返る。
固い絆で結ばれた仲間達の参戦が、崩折れた心の良子を再び立ち上がらせる。
「やはり‥‥貴方だったのか――」
ひゅう、と冷えた風が吹いて戒の髪を飾る青薔薇を揺らした。
それは愁いを宿して揺れる藍方石の瞳のようで。
何故、貴方が。信じたかった想いが、胸を締め付ける。
「どうしても、戦わなくてはいけませんのでしょうか」
「戦いは痛みしか残さないんだよー‥‥。傷つけあうだけが解決の方法じゃないはずなのに‥‥」
声が震える。お互いの手を固く握って、その存在を確かめ合うフェインとヤンファ。
争い事は好きじゃない。だが妹を護るため、そして刃の先にある光を掴むため、少年は辛い現実と戦うのだ。
2人の柔らかな珊瑚色の髪をひと撫で、聖羅は暖かな笑みを浮かべ――それから悲しげに瞳を伏せて、首を振った。
「世の中は綺麗事ばかりじゃないわ。‥‥そうでしょ。いつだって現実は残酷なの」
だから。
「倒さねばならないのだろう。『タカライ☆ごーるでん☆マサヒロ』とやらを――」
ブフーーーッッ(数名吹き出した音)
−−− シリアスがログアウトしました −−−
「あはははっ! 我慢できませんですのっ」
「アカンだめふっきんしぬ‥‥っ、真顔でそれ言えんのすげえなランゼ‥‥!」
腹かかえて転げまわる面々を見下ろし、仏頂面のままでランベルセは首をかしげる。
――お前がこの台詞を言えと言ったのだろうに。
そもそも、折角の必殺技だしと寸劇をやらせたのは戒だったはずだが。
最後に控えた凪の台詞を待たず、真っ先に吹き出したのも戒だった。
「まぁ、これが噂の『宝井狩り』の正体って事かしら。趣味がいいとは言えないけど――やるなら本気でいくわよ」
笑いを堪えて頬がひくつかせつつも、常識派の凪はなんとか冷静を保っていて。
この一言で漸く全員が攻撃体勢へ移行したのだった。じゃないと収集つかねえよ!
「行くぞ合体攻撃! アウルの力を極限まで高めるんだ! はぁああああっっ!!」
「「「了解!」」」
良子の号令に、凪、戒、ヤンファが一斉に応える。
その間、4人のKIAIゲージ――勿論そんな機能はないが――が貯まるまでの間に
「――派手に行かせて貰うわ‥‥!!」
いの一番、聖羅の細い指が無数の風の光刃を放ち、ランベルセがそれに天翔弓で追随。
弾幕型の2人の中央を
「いっくよー!!」
と、フェインの愛竜・朱桜を模した桜色の光砲――いわば竜砲が奔る。
直撃。
なのに土煙に霞む先には、まだ悠々と仁王立ちする彼奴の姿があり、微笑っているようにすら感じるほど。
だが、冒険者達の連鎖攻撃はまだ繋がっていて。煙の中から突如現れた紅の刀身が、学園長の胸部を貫いた。
「我が剣に宿る悲しみの雄たげぶっ!?」
厨二台詞に浸る間もなく返り討ちに遭う戒。
ちなみにごーるでん☆マサヒロの攻撃はハグ(近接)と投げキッス(遠距離)である。誰得やねん。金ピカ全裸やぞ。
戒がハグと『夏休みの課題を5倍増し』という囁き(重圧)を受け、精神的に瀕死になりOrzると、
「ふ、だが我は四天王の中でも最弱…いわゆる囮y「七種さん!」ブゴフッ!?」
その背を踏み台に、凪が跳躍。
槍というよりはまるで薙刀をふるうかの様に、最上段からディバインランスを全力で振り下ろす!
「まだ、終わらないわ!」
凪の遠心力たっぷりのフォロースルー、それを足場に良子が中空高く飛び上がる――。
そう。槍なのに振り下ろしたのはこのためだったのだ。
最高到達点まで飛んだ良子は、目標、ごーるでん☆マサヒロを見定め、
「俯角80度‥‥っつーかほぼ足元! くらえ――」
KIAIを極限まで込めた右腕を、大きく振りかぶり、
「ギャルのぱんつうううううううう!!!!!」
\べちっ/
『ふっ‥‥君達がこれほど成長しているとは‥‥教育者の端くれとして私は嬉しく思うよ』
フロアが地鳴り(※スピーカー)に包まれ、タカライ☆ごーるでん☆マサヒロの姿が薄れていく――。
「終わったの、かしら‥‥?」
「恐らくぱんつで最期を迎えたかったのですよ‥‥きっと本望ですのっ」
聖羅の声に、〆の一太刀を担当するはずだったヤンファが村雨を鞘に収めながら頷く。
ごーるでん☆マサヒロの、恐るべきぱんつへの執念――。
道中の女性モンスター達も、彼奴にぱんつを奪われてしまったために言いなりとなって攻撃してきたのかもしれない――というのは勿論今でっち上げましたけど。
「このヘンタイっ!」
(ちょっとわかる)て顔をした戒を他所に、すっごい汚れたモノを見る目で消え行く学園長を睨む聖羅。
なお金ピカも銀ピカも紫蝶が給料増えない恨みを込めて作ったホログラフであり(略
『これで学園長像は君達のものだ。‥‥さら‥‥ば‥‥‥‥』
「そう、いつだって正義《ぱんつ》は必ず勝つのさ‥‥」
良子渾身のドヤ顔により、彼女たちの冒険は幕を閉じた――。
●
「これが約束の『宝』だ」
地上で一行を出迎えたのは、諸悪の根源。
銀ピカ像を渡そうとするランベルセだったが、紫蝶は言う。
「『いいこと』はその像の中にある。あとで見てみるといい――それより、幻想洞窟は楽しめたかい?」
「‥‥一度ご自分でプレイされる事をお勧めします、とレミエル様にお伝えください」
最早げんなり感を隠そうともしない聖羅。
仕方ない。ご褒美どころかレミエルはこの場に居ないと知ってしまったのだから。
「ふむ。成程、プレイすればあいつもゲームの楽しさにきっと目覚める‥‥という事だね。よし、早速声を掛けに――」
だめだこいつ窓際空気教師のくせに空気読めてない。
と一同が思う中、紫蝶は洞窟を後にした――。
残されたのは精神的疲労と、呪われてそうなぷらちなむ学園長像。
『いいことは像の中にある』。
その言葉を信じ、恨みを(訂正線)本物の学園長に些かの申し訳無さを感じながら。
「「「「せーのっ!!」」」」
全員でそれを叩き割ると、中には『蝶』が描かれた1枚のカード。
その裏には、『トレハンクエスト開放』と書き記されていたのだった。