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マスター:由貴 珪花
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/09


みんなの思い出



オープニング

●黄道上のアリア・第9楽章 ―即興変奏《Improvisation》―


『Ich leb' allein in meinem Himmel,
 In meinem Lieben, in meinem Lied‥‥』


 紫黒の帳の中、低く優しく、そして物悲しく響き渡る旋律。
(切なくて‥‥綺麗な歌)
 歌が終わった事に気づくと、主の肩に頭を預けたままエピオネはそっと瞼をもちあげた。
 オフュークスは、時たまこうして独りで歌う。
 それは決まって彼女が眠りについている間の事で。
 起きた事を知ると歌をやめてしまうから、そっと息を潜めて歌を聞くのがエピオネの楽しみの一つだった。
『――盗み聞きとは感心しないな。ちゃんとお代は頂かないと』
 すい、と男の冷たい手がエピオネの輪郭を捉える。
 歌を紡いでいた唇が少女のそれを覆い、長い睫毛に縁取られた天青石の瞳が見開く。
 そして口内に溢れる温度を一頻り楽しむと、オフュークスは薄く微笑ってエピオネの口元を指で触れた。
『私のせいじゃないわ、貴方が勝手に歌うんだもの。それに、とても素敵な歌だと思うけど?』
『これは――私が、嫌いだった歌だよ』
 言うと、アンティークソファに体を預けて白い悪魔は目を閉じる。
『今は、好きなの?』
『‥‥そうだな。今は、なんだかこの人間の気持ちがわかる気がする――』
 オフュークスは暗く静まり返った虚空を見あげた。

(またこの顔か‥‥)
 白い悪魔は、些細な切欠で感傷や物思いに耽る事がある。
 少女はオフュークスに仕え始めてからの5ヶ月程度しか記憶がなく、それ以前の事は何ひとつ知らない。
 聞こうとするとこうして悲しそうな顔をするから、なんだか聞いてはいけない気がして。
 何か、気が紛れる様な話題はなかったか――。
『あ』
『? どうした?』
『そういえば、可愛い使い魔が来てたわよ。茶色い猫ちゃん。コレだけ置いてすぐに帰ったけど』
 それは血で染めた様な深い紅の封筒。
 裏を返してみれば《D.C》というイニシャルと共に、道化の封蝋がされていて。
 四国侵攻で暗躍していたという悪趣味な道化の話は耳にした事があるが、ついぞ関わった事はなかったはず。
 訝しがりながらもオフュークスはその封を切り、メッセージカードに視線を走らせた。
『はっ‥‥どうやら道化が催す見世物への招待状らしい』
 差出人のマッド・ザ・クラウンが言うには、人間は恐怖と恍惚が隣り合わせであるという。
 であれば舞台を提供し恐怖を感じて貰う事で、人間は恍惚を、我ら悪魔は余興を得られるのではないか、と。
 そして今回の舞台に協力してくれないかと。
『人間との接触なんて、私達にはほんの須臾の慰みにしかならないのに、な‥‥』
 そう言って赤い手紙を8本目の蝋燭の火にくべた。
 さらさらと崩れ落ちる灰の中から、すらりとした姿を現す褐色の女・ヴィルゴ。
『さて、道化の真意はどこにあるのか』
 白い悪魔はエピオネを抱き上げ、南西の公園を目指し飛び立った。



●渇望と孤独のカプリス ――鳥取市・森林公園――

『‥‥お互い、巻き込まれる側は大変だよな。人間よ』

 黒の悪魔ヴァンデュラム・シルバが漏らしたその言葉に、オフュークスは思わず笑みをこぼした。
『これは、これは。貴方は、人間が友人かの様に言うのですね?』
『‥‥違ぇよ。俺は平穏で暇な生活が一番だからな、それを乱される面倒臭さは嫌という程知ってんだ』
『おや、何だか遠回しな刺を感じますね』
 長い袖で口元を押さえ、くすくすと笑う道化師。
 わかってやっていれば世話はない。今回も平穏な昼寝から連れだされた強引さは何かの陰謀かと思えるレベルだ。
『ともかく‥‥俺は道化の退屈しのぎを終わらせてさっさと寝直してぇだけだ』
『退屈しのぎ、ですか‥‥』
 永い停滞の中の、ほんの僅かな退屈しのぎ。
 それはオフュークス自身にも覚えがあるものだ。
 刃を交えても、遊技盤を交えても、刹那の邂逅が過ぎればまた退屈が訪れる。
 徒に永きを生きる悪魔にとって、何の変哲もない事。
 それが、いつから。

『‥‥オフュークス?』

 肩を抱く手に力が籠もった事に気づき、主の顔を見上げるエピオネ。
 いつから、私の生から退屈という渇きが消えたのか。
『おかしな奴だな。何で泣いてんだ』
『妙な事を。私は涙など流しておりませんが』
 シルバの怪訝な顔に首をかしげる白の悪魔。
 涙なんてないと頬に触れてみせても、切れ長の紅い瞳は見えぬそれを捉えているようで。
『ふふ‥‥きっとそれが私が探している《答え》なのですよ、シルバ。私も‥‥ええ、この想いが伝わる日が来るのなら。もしかしたら、泣いてしまうかもしれませんね――』
『ったく、どいつもこいつも訳がわからねぇな‥‥』
 大きく溜息を漏らすシルバを見て、クラウンは目を細めて再び笑う。
 もしも、そんな日が来るのなら。来るのなら。
 生きる事に飽いたこの心も、彼の様に満たされるのだろうか。

『クラウン。貴方が何を考えているかは知りませんが‥‥少し興味が沸きました』
 そう言うと白蛇の杖をかざしてディアボロ・ヴィルゴを呼び寄せるオフュークス。
『この戯れが貴方の《答え》への道程であるのなら。渇いた魔の生を潤すのなら。この一時だけでも、手を貸しましょう』





●蛇模様の封蝋がされた招待状


親愛なる、人類の『刃』たる皆々様へ――

Herzlich Willkommen!
再び幕をあげる詭劇で奇劇な『マッドサーカス《イカれ道化舞台》』。
道化の奇術に誘われ、参じたるは『白』と『黒』。

さぁ此度の催しは猛獣使い。
『白』の舞台で鞭を振るいし乙女『ヴィルゴ』が従えたるは4つの獣。
獣を屈服させるのは純然たる力か、それとも、それとも。

さぁ、さぁ、どうぞお立ち寄りなさい。天幕の内へ、魔のショウへ。
『お代』を払うは此方か其方か。事の全ては貴方次第‥‥。


                         Aesculapius・Ophiuchus





リプレイ本文




 赤、白、黄色。緑に橙、青、桃、紫――。
 浮かんで、消えて、また灯り、滲む。
 多彩の電飾がちかちかと瞬く様は、まるで万華鏡の様に次々と見せる顔を変えていく。


 蛇印の招待状を受け白の舞台に足を踏み入れた6人の撃退士を、白の悪魔は両手を広げて迎えた。
『Herzlich Willkommen! ようこそ、ようこそ、刹那に華めくイカれたショウへ』
「こんばんわですよー。今度のサーカスは貴方なんですねー?」
 前回もこの『デビルサーカス』で綱渡りを演じた櫟 諏訪(ja1215)が、招待状を片手ににこりと笑った。
 このサーカスに何の意味が、など無粋な事で。ただそう、『お代』を頂くのみ。
『ええ、ええ。貴方達『刃』の煌きで、どうか一時、我ら悪魔のこの渇いた生を潤してほしいものです』
 戦場となるアリーナにせり出した、VIP席らしき観客席に佇むオフュークス。そして傍らには白妙の聖女・エピオネ――。
「無粋者の開く幕に興味はありません」
 だが、ユーノ(jb3004)はその無機質な透石膏の瞳を凛と見据えて言い捨てる。
 誰が悪魔の心慰に喜んで付き合うほど奇特ではない。
 特に――この白い悪魔は美しい魂とその器を、今なお弄び続けているのだから。
「輝きの価値を知らぬ者に、人を魅了する舞台など分不相応‥‥故にこの舞台、私達が頂きますの」
「見世物にされるのは、ちょっと嫌ですけど‥‥でも、手を抜いたりなんかしない‥‥の」
 冴々と光る白銀の槍を構えるユーノに同調し、若菜 白兎(ja2109)も身の丈の倍はある大剣の鋒を悪魔に向けた。
 例えどんな意図が潜んでいようと、全てこの刃の元に斬り伏せる。と。
 貫く様な瞳が撃退士達の――人類の尖兵たる『刃』達の、答えだ。
『――では』
 エピオネに預けていた白蛇の杖を掲げ、トン、と床を叩くオフュークス。
 すると、まるで待ち侘びていたかの様に、ヴィルゴと4体の獣がアリーナの奥から現れた。
『始めましょうか。貴方達が彩る最高のショウを、ね』





 乾いたクラック音が空気を震わせる。
 ヴィルゴの彗鞭が一つ鳴ると、銀色の毛皮を纏った虎と、乳白色の鱗の竜の瞳が赤く光った。
 途端に一足飛び、弾丸の様に白兎へ襲いかかる銀虎。咄嗟にツヴァイハンダーの樋で鋭い爪撃を受け止めるが、体重を載せた一撃の重さに小さな体がころんと後ろに弾かれる。
「お返し、なの!」
 両手で握った大剣を一薙ぎ。電飾を映し込んだ剣閃は虹色に尾を引き、銀虎の肩口を切り裂いた。
「美しい女性には、鞭より麦穂の方が似合うんだけどな」
 猫の様な鋭い瞳、パンキッシュな赤と黒の衣装に長い鞭。麦穂の女神とは真逆の、冥府の女王の姿。
 亀山 絳輝(ja2258)は苦笑して過激な乙女とその獣従らを見やると、イヤーカフを一撫でした。指先に灯る白い無尽光で円を描けば、それは瞬く間に広がり周囲の仲間を包み込む。
「鞭を奪うか力技で屈服させろ、ですかー‥‥」
「乙女は攻撃し難いなぁ〜。やっぱり獣さん達と遊ぶ感じだね♪」
 垂れ気味の目を細ませて藤井 雪彦(jb4731)が赤銅色の魔書を顕現し、諏訪も銃口を獣達に向けた。

 ――さてどうする。
 悪魔の話を聞くに、危険なのはブレスを持つ白竜。そして楽なのは近接物理のみの銀虎だ。
 制空力に優れる黒鳥を仕留めてからじっくり削っていこうかと思ったが。
「‥‥クルティナ‥‥白い子‥‥狙う‥‥」
 そう呟く、クルティナ・L・ネフィシア(jb6029)。大扇が空を裂く様に閃き白竜の頭を打ち据え、諏訪がそれに倣って胴体へと無数の光弾を放ってみせる。
「ブレスがありますし、散開した方がよさそうですねー?」
 と、諏訪の一声で、銀虎と相対する白兎以外の全員がその場から駈け出した。
 敵右面に雪彦と諏訪、左面にはクルティナ、絳輝。残るユーノは正面で距離を詰める。
「危険物を野放しにしておく道理はありませんの」
 クルティナと諏訪の連続攻撃に怯んだ白竜を、雪彦の毒蛇とユーノの雷鎖が縛り上げた。そして。白磁の鱗を貪る様に喰らい、這う2条の無尽光。
 為す術もなく身を封じられるかと思いきや、白の巨体は絡みつく幻蛇を振り払い、雷の戒めを跳ね除けて。
 放つ、氷の嵐。
「冷たいじゃないか!」
 吹き付ける氷嵐がクルティナの足元を凍らせ、絳輝のタージェに薄氷を残す。
 敵の口元を盾で遮ればブレスの被害は減る――と、絳輝は考えていたが、残念ながら考えが甘かった事を悟った。
 早い話、背面を狙う自分の動きと口元の妨害、それを両立させる事は極めて困難だ、という事。
(――そう簡単に完封はできませんわね)
 しかし全てが無駄な訳ではない。
 諏訪の軽快な銃声と共に白い鱗が弾けて散って。顕になった革地に白剳を疾らせる絳輝。
 白兎が銀虎を抑えこんでいる間に付いた数々の傷跡から滴る黎い血は、削れゆく体力そのもの。
 形成不利と見たヴィルゴが再び鞭を振ると、白い竜は主の元へと踵を返す、が――。
「待ってた‥‥の」
 クルティナの放った白雷が竜の巨体を貫くと、全身麻痺を起こした白竜は身動ぎ一つ出来ず、歩を止めたのだった。





『シロちゃん、負けちゃった。強いのねぇ撃退士』
 戦場から10mと離れていない観客席で、エピオネは身を乗り出してその戦いを見つめていた。
 クルティナの麻痺で自由を失った白竜を、重ねて蝕む雪彦とユーノの彫塑術。最早征く事も退く事もできないだろう。
 もう2年近くなるか、初めて星座を放った時とは比べ物にならない程に、刃たる彼らは強くなっている。
『そうだな。まるで刃を鍛錬する様に、出会う度に研ぎ澄まされていく姿は――ある種の芸術とすら思う程だよ』
 初めは主メフィストに捧げる為に遊技盤を広げた。ただ、名を挙げようと。
 いつしか、刃の煌きに目を奪われて。星座を重ねる度に輝きを増す様を、もっと見たくなった。
 そして、今は――。
 と、オフュークスの思考を遮る様に、舞台の上空でギャアと黒鳥が耳障りな声をあげる。
 白竜が退けぬまま場は第2幕、銀虎と黒鳥の手番。
『今更だけど、あんたって変な奴よね』
『自覚はあるさ。‥‥おいで、これから少し五月蠅くなる』
 ぽす、と隣に座った少女の額に白の悪魔は唇を寄せる。それは星座の眷属から干渉を受けない為の加護の印。
 耳障りな声が和らいだ事に気づき、エピオネは横顔のまま顔を綻ばせた。





 ギィ、ギィ。
 鳥をベースに爬虫類を掛けた様な、異形の合成獣が虹灯のページェントを泳ぐ。
「さて秘密兵器の効果はどうかな、っと――」
 絳輝はイヤホンを耳につけ、愛用の音楽プレイヤーのボリュームを最大まで振り絞った。
 途端、脳の芯を揺さぶる様な喇叭の音――サーカスには欠かせない、Einzug der Gladiatoren《剣闘士の入場》。
 しかし陽気な音色を楽しむ絳輝とは真逆に、集中力を乱される者もいて。
「‥‥耳‥‥痛い‥‥」
「こんな音になんて、負けないの‥‥っ!」
 軽く頭を振って意識を澄まし直す白兎。せめて1体、斬り伏せるまでは油断は禁物。
 白竜を封じる間、銀虎と三度の刃を交わした。そのいずれも、鋭く、疾く。気を緩めたらすぐにでも――。
『ガウゥッ!』
 四度、切り結ぶ。ツヴァイハンダーの鋒を地に刺しソカットを握りしめてその圧に耐えるも、刃を滑って逸れた爪が白兎の左腕を大きく裂いた。真っ白な袖がぱっと赤に染まる。
(――ひとりじゃ、厳しい、の)
 白藍の光で自身を癒やしていたその時、白兎の背後から黒焔の剣が飛来し銀虎の肢を地に穿った。
 振り返ると、雪彦がそこにいて。でも。
「女の子一人にしちゃっててごめ〜んね☆ その傷のお礼は、ボクが――してあげるよ」
 その顔に軽薄な笑みは、なかった。

 一方、依然空を旋回する黒の鳥。
 羽弾を地上に放っては逃げるを繰り返し。それを追ってユーノとクルティナは空中戦を仕掛けていたが、決め手もなく。
「やはり、地上に下ろす必要がありますの」
「了解ですよー。それじゃ、撃ち落とさせてもらいますよー?」
 鳴き声のせいか酷い頭痛に襲われていたクルティナは、諏訪の声にこくりと頷いて一足先に地上へと戻った。
 距離上空凡そ14m。普段行う事のない高角度の精密射撃――。
 立射では厳しいと見た諏訪はその場に膝をつき、少し遠めの上空に狙いを定める。
「ユーノさん、あの赤い大きな飾りの所まで誘導して欲しいのですよー」
「了解ですの!」
 言うと、銀槍を大振りして注意を引きつけ身を一転、指定ポイントへと向かうユーノ。
 その間にクルティナと絳輝は落下予想地点へと先回りする。そして。
 タァンッ! と鋭い銃声が一度、天幕内を貫いた。
 直後、悠々広げていた漆黒の羽根が傾いて。がくりと高度が落ちた所をクルティナの魔箭が、絳輝のセエレが、黒鳥を捉えて引きずり下ろす。そして真上からユーノが槍で縫い止めてしまえば。
「――どうだい。これでもう動けないだろう?」
 ほんの一瞬きの間に。ほんの一手ずつの刃で。
「ごめんなさい、ですよー?」
 ふわり、若草の様な柔らかな無尽光を揺蕩わせ、諏訪は少し申し訳なげに――再び、トリガーに手を掛けた。
 こうして機動力で優位を保っていたはずの黒い鳥は、死の淵へと追いやられたのだった。


 こうなれば後は容易く。
 白竜を拘束したまま銀虎を削り、ヴィルゴの呼び戻しはただ素直に見送って虎の回復を待った。
 ――回復の数は制限があるみたいですし、今の内に使い切らせた方がよさそうなの。
 言ったのは、小さくも慥かな盾だったか。
 ――一番厄介そうな、サーベラスを回復させるよりはいいですしねー?
 言ったのは、柔和に微笑む射手だったか。

 そしてそう長くない間に臙脂の果実は尽き、夥しい血の中に転がる屍体が3つできあがり。
 残るは冥府の守護獣を模した、雄々しき狗。
『ふふ、次が最後ですよ。さぁ、さぁ。あの獰猛な三ツ首の牙を制して見せて下さい――』





 『主に刃が向いた時、最後のサーベラス《番犬》が襲いかかる』。

 そのルールを逆手にとり、万端の準備を済ませた6人は光の障壁を前に視線を交わした。
 作戦どおり、まずは1撃。それでサーベラスが動いてくれれば――。
「あ、ちょっといいかな〜☆」
 と、その時雪彦が声を上げた。
「ねぇ、このまま戦えば君の可愛い子が残念な事になっちゃうよ? だっからぁ〜退いてくれちゃったりしない?」
 にこりと、燿壁の先のヴィルゴに笑顔を向ける青年。
 ディアボロとはいえ人と変わらぬ女型、もしも悲しむ心があるのなら。悼む心があるのなら。
『乙女座の神話は、豊穣の神を母に持ちながら冥府の女王へと転じた娘の話でしてね。残念ながら、死の女王を模したヴィルゴにその様な感情はありません』
 言ってオフュークスはくつくつと笑い。反面、聖女は寂しげな瞳をヴィルゴと雪彦に向ける。
「そっかぁ、ざ〜んねん。‥‥ボク達は、餌でも物語を盛り上げる道化でもないから‥‥遠慮は、しないっ!」
 言うが早かったか。ごう、と音を立てて立ち上る炎の剣が、光の壁へと突き立った。

 三ツ首の狗が反応を示したのは、雪彦が焔を放った刹那の事だった。
 壁を侵す侵入者を捕えるや否や弾丸の様に飛び出し、頭の1つが最前列に陣取っていたユーノの左上腕を食い破る。そしてそれを振り払う暇など与えぬ様に、腹に、脚に、連続的に襲い来る咬歯。
「っぐ、ぁ――」
 灼けた杭を打ち付けられる様な重く耐え難い衝撃。ごぼり、血が逆流して小さな唇を赫く彩った。
 かろうじて意識こそ手放さなかったものの、その場に崩れ落ちるユーノ。
 だが、いい。これで、3つの頭に隙ができる。
「今がチャンスですよー!」
「‥‥ユーノさんの‥‥頑張り‥‥無駄にしない‥‥」
 不幸中の幸い――というのも奇ではあるが、ユーノが臥したお陰で全員の斜線がクリアになった。攻撃の直後、絶対に生まれる隙を逃す手はない。繰り出す剣林弾雨。
 全員が同時に動けるよう間を合わせる作戦が当たり、提案した諏訪自身は勿論、雪彦の、白兎の描く無尽光が中央の頭に集中し、炸裂する。更に合わせて、クルティナの雷蛇が獣の体に咬みつき電流を奔らせた。
「しっかりするんだ!」
 絳輝の体から滲み出た燐光がユーノの体に溶け込み、暖かな熱を灯していく。
 どくん、どくん。脈打つ魂が再び少女を奮い立たせて。緋の瞳をなお紅く輝かせた。
 永を生きるが故に刹那の儚さと眩さに惹かれ、求めた。出来る事なら、自らもそう有りたいと願って。
 だから、足掻く。不屈こそが輝きだと思って、信じて、立ち上がる。斃れる訳には、いかない。
「大丈夫、ですの‥‥っ」
 そしてユーノが再び顔をあげると同時、白兎の大剣が胴を薙ぎ、極限まで無尽光を凝縮して打ち出した諏訪の一発が黎の飛沫と共にサーベラスの頭を撃ち貫いた。
「真ん中の頭は仕留めたの‥‥! 一気に崩しちゃうの!」
 2対となった牙を白兎がいなして隙を作ると、戦線復帰したユーノの白槍がぽかりと空いた中央の首を深々と突いた。
「その肢、貰った!」
 続いて絳輝が金糸を繰り、サーベラスの肢を切り裂く。
 咆哮、啼泣。ステレオで響く絶叫と共に、冥府の狗はがくりと体勢を崩した。
「も〜、邪魔しないでほしいなぁ。直にヴィルゴちゃんと会いたいだけだからさ♪」
「‥‥これで‥‥終わり‥‥」
 宙空に誂えられた白と黒の無数の矢と萌黄の風刃が、左右の首に降り注いだ。









 終わった、と。横たわる犬を見て、各々は滴る汗や血を拭った。
「これで獣さんは全部制したの‥‥」
 後方、観客席へと振り向いた白兎の目に入った光景。
 杖を掲げたオフュークスの頭上に浮かぶ、金銀砂子を一条の矢に固めたかの様な、巨大な光の嚆矢。悪魔の笑み。
 まさか、と咄嗟に円盾を構えるが――放たれた嚆矢が貫いたのは、ヴィルゴの細い体で。崩れ落ち、絶える。
『Fantastisch――!』
 くつくつと、悪魔は笑う。
 その手で配下を屠った事すら、何の感慨もない様に。
『鮮麗で勇壮な猛獣使い達、対価を支払うに相応しいショウでした。‥‥さて、さて。約束通りお答えしましょう。何なりと』
 その言葉に、真っ先にユーノが口を開いた。
「次は――何処を闇に閉ざす気ですの、無粋者の幹部連中は」
 高松は陥ちた。阻止する事も、崩す事もできずに。
 いつか京都の様に奪還する事ができたとしても、それは最善ではない。
『それは誰も知りえないのですよ、白雷の刃。我が君のお考えを知るのは――副官のファウスト嬢くらいでしょうから』
「じゃあこの星座の舞台の、ラストゲームの星座は何だい?」
 と、畳み掛ける絳輝。質問は1つ。だけどユーノの問いには答えていないはずだから。

『――蛇遣い座――』

 漏らした答えに、一番表情を変えたのは他ならぬエピオネで。白の主と組んだ腕がびくりと震えた。
『の予定だったのですが。そう、ですね‥‥では、今はこう予告致しましょう。《射手座の終焉と共に、十二宮の遊技盤は役目を終える。星座の骸は礎となり大地を簒奪するだろう》――と』





『意外と『お仕事』をしてるんですね貴方は』
 くすくすと、道化が笑った。
 一夜の戯れは終わり、ショウを彩る虹色の光は砂粒の様に夜空に溶けていく。
『‥‥最初はそうだったのですけどね。もう、目的は変わってしまいました』
『それでも仕事は続けてるあたり、苦労性だな‥‥』
 何やら己の身にも覚えがあるような話だ、と。黒の悪魔は溜息をつく。
『いっそ隠棲してしまいたいですね。――ああ、そう。貴方が気に入りそうな詩がありますよ、シルバ』

 世界中が私は死んだと思い忘れ去っても、私には関係ない事だ。
 私はこの世の喧燥から死に別れ、静かな場所で安らいでいる――。

 そんな憧憬を見ている、悪魔の、夢。






依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
いつかまた逢う日まで・
亀山 絳輝(ja2258)

大学部6年83組 女 アストラルヴァンガード
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
魔群打ち砕く第一撃・
クルティナ・L・ネフィシア(jb6029)

大学部2年158組 女 アカシックレコーダー:タイプB