●AM 08:00
9月某日、朝。四国。
とある病院前の一室からきゃあきゃあと漏れ聞こえる声は、まるで女子校のそれのようであった――。
「えへへ‥‥似合いますか?」
「これが噂のナース服ってやつだね♪ ちょっときついけど‥‥どうかな?」
そう言うと、菊開 すみれ(
ja6392)とスピネル・クリムゾン(
jb7168)は看護帽を頭に乗せてくるりと一回りしてみせた。
ぱつんと張った胸元。少し動けばめくれてしまいそうなスカート。
もっちり膨らんだ尻の曲線に、健康的な肌と桃色のコントラストが美しい絶対領域。
大変けしからんその姿の横、食い入る様にその姿を見つめる七種 戒(
ja1267)の顔たるや。
「似合いすぎててどっちも今すぐチチをもみしだきたい‥‥っ!」
「やぁだー戒さんったらー!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
何処見てるんですかお姉さんよだれ拭いて下さいお願いします。あとこれ全年齢なんでおさわり禁止です!
「うう、スカートが思いの外に短くて恥ずかしいです‥‥。こんな服を着れる猫目先輩は凄いですね」
神雷(
jb6374)は丈の短い裾をくいくいと摘んで下げ、教室で見た夏久の姿を思い起こした。
こんな服を着たまま真面目な顔で依頼説明をする姿はまさにプロ。かといって、説明後、寧々美にスカートを捲られそうになった時の恥じらいぶりは最早乙女。胸がトゥンクってなった気がするレベル。
つまりそこまでナース服を使いこなす事こそがこの依頼の真髄――
「あれがギャップの力‥‥私も精進しませんと」
なわけ無いですね!? 真顔で間違った方向に精進しないで下さい!
――と、盛り上がる更衣室の片隅。ナース服を纏った自分を姿見で確認し、胸元をぺたぺたと触りながら呟いた。
「やっぱり物足りないですよねぇ」
彼の名はレグルス・グラウシード(
ja8064)。紛う事なき彼女もちの男性であるが、何故女子と同じ更衣室におんねんって突っ込む前に女子数名の目が一斉に輝く。
「やっぱりお胸が必要ですよね! うふふ、可愛くなるよう私も協力致しますのよ?」
開口一番、笑顔で詰め寄る神雷。そしてお胸ブーストと聞いて戒はそっとあんまんを差し出す。
「だいじょぶ、いっぱい持ってる、から‥‥」
あっ‥‥(察し)(胸元を見た)
レグルスは目を逸らしたまま差し出されたそれを受け取り、胸に詰め――おや、そういえば支える物がないですね。
「あ、詰め物するならブラが必要ですね。こんな事もあろうかと‥‥はい、どうぞ♪」
言って、白地に小花柄が可愛い下着を取り出すすみれ。未使用ですから、と微笑む笑顔が眩しすぎて直視できない。
早速ブラを装着しあんまんをセットするわけだが、レグルスはある事に気づいた。気づいてしまった。
すみれサイズの下着に戒のあんまん1個ではスカスカになるという残酷な現実に――。
「うーん、高さが足りないような気が」
「うわあああんいうなちくしょおおおお!!」
と、そんな騒ぎの中更衣室の扉が開くと、リディア・バックフィード(
jb7300)がひょいと顔を覗かせた。
「皆さんまだ着替えてらっしゃったのですか? そろそろミーティングが始まりますよ」
美しい蜂蜜色の髪に知的な曹柱石の瞳。白衣を纏ったその姿は文字通り白衣の天使‥‥!
――よかった! シリアス担当居てくれて!!
●AM 10:51
さて。朝からひん剥いたり詰めたり絶望したりと忙しい撃退士達だが、本来の目的はそこではない。
軽く導入で満足仕掛けたが、天使と思しき犯人を捜索することだ。
「潜入捜査とかワクワクしますね!」
「そうですね。でもどんな事情があっても天使の好きにはさせません。僕の力が役に立つなら――」
レグルスと神雷は最上階から順に一部屋ずつ訪問し、老人を中心に雑談をして情報を引き出す作戦。
あまり高くない身長と長い睫毛とあんまんのお陰で、意外とレグルスのナース姿を不審がる人はいなかったのだが
「‥‥レグルス様、声が可愛くないです」
「そっ、そんなことないですよぉ↑」(裏声)
それじゃどこぞの目玉妖怪じゃないですかやだー!
ともあれ、仕事である。2人は病室を回っては、調子は如何ですかと声をかける。
見た目は意外と違和感のないナースぶりだが、声がアレなのでレグルスは主に周囲の警戒や観察係だが。
「何か心配事とか、気になる事とかありますか? 心労は体に毒ですから、話してすっきりしちゃいましょうね」
「そうさねえ、最近変な事件が多くて怖いのぅ」
「あたしゃ病院内でも被害が出てるって噂を聞いたよ」
口々に声を漏らす患者達。
(思った以上に周知されてるんですね‥‥)
手元のカルテバインダーにメモを取りつつ、レグルスは廊下に目をやった。
ここは最上階だけあって、病院スタッフ以外の往来は滅多にない。そして、患者側の入退院もそう多くなく、いわば近所づきあいの様なコミュニティも形成されているようだった。
自然と、見舞いに来る家族すらも顔見知りになる。ならば。
「――そういえば最近このフロアで、お孫さんくらいの歳の見慣れない女の子は見ませんでした?」
落し物があるんですけど届け先がわからなくて、と付け足す神雷。
天魔の弁論の知恵を遺憾なく発揮し、お年寄り達からお菓子も頂いてのほほんと怪しまれない様に情報を探るが
「いいや、私達は知らんのぉ‥‥噂話なら、4階に入院してる後藤さんがよう知っとるよ」
敵もそうそうすぐに尻尾は掴ませてはくれないようだ。
さて、逆に1階の調べを進めるのはスピネル。
「皆はじめましてだね♪ ナースお勉強中のスピネルだよ〜♪ よろしくね?」
しゃがみこんで子供と触れ合うスピネル。無邪気に笑う艷やかな唇や、見えそうで見えないアレソレが教育上な心配を醸しだして付き添いのお母さんはハラッハラですよ!
「ねーねー、キミはこの病院について詳しいんだよね? 一緒にお話しよっか〜♪」
「な、なんだよねーちゃん、くっつくなよっ! 頭なでるなよーー」
ぷんすこしつつも、顔を赤らめて顔を背ける小学生の男の子。綺麗なお姉さんは正義ですよね、うん。
朝のミーティングで小児科のカルテをざっと確認し、この少年が頻繁に小児科に通っている事は確認済み。
悪戯好きでやんちゃで。病院のあちこちを走り回ってはナースを困らせてるという。――格好の情報源。
「お姉ちゃんに色々教えて欲しいな〜。お化けが出る部屋とか‥‥良く見るけど誰も知らない子‥‥とかね」
カルテにない子が頻繁に出入りしていれば――きっとアタリだ。特定できれば一気に追い詰められる。
「んー、お化けは知らないけど小児科以外にも色んな所で見かけるねーちゃんなら居るよ。皮膚科とか耳鼻科で見た事もあるし、脳の方とか‥‥手術室の方とか」
何科を受けているのかも不明。目的も不明。
いつも同じ服で、ふらふらと彷徨い、いつの間にか姿を消す‥‥。
「ふぅん‥‥ありがと♪ でもでも、変な子には近付いちゃダメだよ? お化けだったら食べられちゃうかもだからね?」
最後に少年の頭をもう一撫ですると、スピネルはくすりと灰重石の瞳を細め、煌めかせた。
●PM 02:17
「今の所は怪しい所はありません、ね‥‥」
研修医に扮するリディアは、ベテランナースを伴って中階層の重篤患者を中心に調査していた。
本来ならセンサーや監視カメラを活用したかった所だが、限られた資金で全てをカバー出来るわけもなく。
せめて出来た事といえば、元々設置されている院内監視カメラに不審人物が映ったら連絡してほしい――そう、守衛のおじさんに頼む位の事だった。
「今朝亡くなった患者さんも‥‥元々重篤ではあったけど、明らかに急死だったんです」
言って、ベテランナースは少し俯く。
天使の仕業と思いたい反面、患者を救けられなかったという点に於いては思う所もあるのだろう。
口惜しそうな彼女を見てリディアもまた唇を噛む。もうあと少し、到着が早ければ――。
「私達が来るこの日に犠牲者が増えるなんて‥‥必ず、捕まえてやります」
と、その時、リディアの瞳がこそこそと廊下を曲がっていく影を捉えた。
見取り図を確認すればその先は行き止まりで人の往来が少ないはずの場所。
――絶対に、捕まえる!
曲がり角に体を付け、連絡用のPHSを握りしめ角の向こう側へとそっと耳を研ぎ澄ます。
「ん‥‥っ」
「君、ちょっと熱っぽいようだね‥‥? 少し心音を調べてみようか‥‥」
漏れ聞こえるのは、熱を帯びた女の声。
そして荒い息遣いで覆い被さり、聴診器で女の胸元をまさぐる、長い黒髪の――
「‥‥何やってるんですか貴方達」
どう見ても戒とすみれです。本当に(略)
「ばばばバックフィード氏!? あのこれわ決してやましいアレとかソレでなく純粋にかわいこちゃんを愛でているだけでしてええとなんだつまりすいませんでしたあああっ!?」
「わ、私は戒さんの演技に付き合っただけですからね〜!」
反射的に土下座の構えをとる戒。しかし時既に遅しといいますかリディアの冷めた視線からは逃れようもなく。
一応検査室関係を見回りをしていた最中に不審者に出くわしての演技だった訳だが。嗚呼、緊張感が行方不明。
‥‥って、肝心の不審者はどうした。
「あ、逃げたっ!」
戒の指差す先、ばたばたと駆けていく男の姿。
だが三段跳びの要領で跳びかかり、そいつを押し倒し拘束するすみれ。
「ここで一体何をしてたんですか!?」
拘束‥‥してる‥けど‥‥。
押し倒した弾みでスカートが捲れ、フリルがついた白花色の下着と桃の様な尻が薄暗い廊下に揺れる。
うむ、けしからん。もっとやれください。
「やべえちょうおいしそう‥‥!」
そこで這い寄るんじゃありません変態淑女!
「恥ずかしいから見ないで下さいー! もうっ、大人しくお縄につきなさ‥‥ひゃっ!?」
すみれが捲れたスカートを直そうと体を捩って尻を振ると、組み敷いた男の手がその尻に伸びた。
‥‥
‥‥‥
「ひょほほ。すまんのう、悪気はなかったんじゃよ」
「やりすぎですよ、もう。女の子に嫌われちゃいますよ?」
拘束されたその人物は、ただの人間というかむしろ出くわしたおなご2人が突如お医者さんごっこを始めたので、ガン見してしまったというだけの健全な爺さん()であった。
目の前で可愛いナース達がイチャコラ始めたら、そりゃあ男としては見ない訳にはいかないよね。仕方ないよね。
「いやぁしかしええもん見れたのぉ、張っておいて正解じゃったわい」
カラカラと笑う爺さん。どうやらこの検査室付近は逢引のメッカだそうで、つまるところただのベテラン出歯亀爺である。
「ふむ。他にこういう人目に付き難い場所って知らんかね?」
「ほほ、いっぱいあるわい。なんじゃ、仕切り直してさっきの続きをするならワシもついていくぞい?」
戒の質問に真顔で食いつく爺さん。そしてそれもいいかもとかちょっと思ってるのをポーカーフェイスでごまかす戒。
駄目だこいつら、早く何とかしないと‥‥。
●PM 04:20
その報せは、突如訪れる。
PHSに舞い込んだ応援要請メールに、神雷は顔を青ざめた。
付近の高速道路で行われていたサーバント群の掃討班が危険な状態だという。
敗退こそしていないものの、残る体力は僅か。万が一討ち漏らせば市街へと侵入してくる――。
「私は予定通り、応援へ向かいます!」
雷の名をその身で表すように、瞬時に駆け出す神雷。その瞳には迷いはない。
「絶賛ログアウト中のハードボイルドな私をかわいこちゃん達が呼んでいるううう!!」
「‥‥それ、自分で認めちゃうの?」
続いて戦場へと向かうは戒とスピネル。
2人は細く揺蕩う鋼糸を手に、縹の紗が降りつつある空を目指し東へと疾走する。
遠ざかる3人の背を見ながら逡巡し――すみれもまた、錫色の鎖を顕現すると後を追いかけた。
目の前の破壊と忍び寄る略奪。どちらがより危険かはわからないけれど。
「サーバントは任せました。私達は一般人の誘導に入りますね」
「僕も監視カメラの分析が終わったので、避難誘導しながら目標が居ないか見て周ります」
きっとリディアとレグルスが此処を護ってくれる。
そう、信じた。
――と意気揚々と援軍に向かった4人だったが、彼女らを現地で迎えたのは地に転がるサーバントの死体と疲労困憊の撃退士達であり、つまり既に敵は片付いていたのだそうで。
華麗な出オチっぷりにサーバント掃討班が平謝りだったとか、なんとか。
オチが付かなくて割と困ってるとか、なんとか‥‥(ふるえる)
●PM 6:00
応援組が帰還した病院では、レグルスの先導で全員揃ってある場所へと向かっていた。
スピネルが聞いた怪しい少女の存在、そしてすみれが身(主に尻)を犠牲に入手した隠れスポットの場所。
それらの情報から、彼は監視カメラの映像をひたすら調べ、一人の少女を黒と断定した。
とはいえ、『高知くじら』ではない。
ふわりと柔らかい茶色の髪、幼くあどけない顔立ち、その中で爛々と輝く意思の強い天眼石の瞳。
恐らくこれが、犯人の天使――。
「病院に逃げ込んで、弱った人のエネルギーを吸い取る‥‥と思ったら、もっと計画的でしたね‥‥」
この神隠し事件の解明に当たった他班の状況を確認すると、レグルスは溜息をついて目の前の扉に目をやる。
結論から言えば、問題の天使は市内の学校で捕縛された。
そして、捜索願の出ていた高知くじらは海の見える高台で発見された。‥‥『天使の協力者』として。
「では、この病院は完全なるハズレかというと‥‥NO、ですね。ここも天使が使っていたのは間違いありません」
リディアが静かに口を開き、レグルスが大きく頷いた。
噂好きの後藤さんによると、院内の売店で朝方によく姿を見られるが午後に見かけた話は聞いた事がないという。
ならば日中は人気のない所に留まっているのかと思いきや、どうやら時間毎に幾つかの拠点を巡回してるようだった。
その拠点の一つが、この――機械室だ。
生命探知で中の不在を確認してから戒がその扉の鍵を開くと、普段人が立ち入らないその部屋の片隅には、いくつかの雑誌――それも天魔の特集が組まれた週刊誌ばかりがひっそりと置かれていた。
「少しでも外の情報を集めようとしていたんですね」
開かれたままの雑誌を手にとり、神雷はそのページに大きく書かれた見出しを流し読みした。
『四国中央市連続失踪事件』 『犯人は天魔の可能性!?』 『焼失した街との関係性を独占調査』‥‥。
その天使は一体何を思って――何の為に生き長らえ、この記事を読んだのだろうか。
「何か目的があって‥‥必死だったんでしょうか」
人間の協力者を得てまで、プライドをかなぐり捨てる様に生きた『天使』。
その目的は捕縛した天使によって明かされるのだろうけど。
幾度も繰り返される捕食行為。それによって失われた『心』達を思うと、胸が切なく締め付けられる。
「ニンゲンの感情って美味しいのかな‥‥。あたしは‥‥想ってくれる気持ちだけで十分なのに」
ぽつり、呟いたスピネルの問いは誰が応えるでもなく、無機質な機械音に溶けて消えていった。