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ぎらりと輝く太陽。
灼けたアスファルトから熱が立ち上り、熱は陽炎となって視界を揺らめかせる。
遊園地北東部のサーキットでは、一つのレースが終了した所であった。
「あれは、事故だ‥‥っ」
言って『Orz』になる夏久を、紫蝶は一瞥した。
「ほう、本当に『Orz』となる者がいるとは。実に興味深い」
‥‥と。ぬっと現れる巨大な影。炎天下も物ともしないジャイアントパンダ――ではなく、下妻笹緒(
ja0544)だ。
着ぐるみの上に黒のレーススーツ、更にデパートの屋上によくある風のパンダカーを従えた姿は正に威風堂々。
あまりのイケパン(※イケメンパンダ)ぶりに誰もが振り返らざるを得ない。多分ただの二度見だけど。
「‥‥熱中症か?」
遂に『_O_』になった猫目に秋月 玄太郎(
ja3789)が声をかけるも返事がない、ただの屍のようだ。
「こんにちは先生〜。何かあったんですか〜?」
言って紫蝶の元へ駆け寄る森浦 萌々佳(
ja0835)に飄々と紫蝶が語る。
「やぁ森浦。ちょっとセクハラに制裁をだな」
その内容に萌々佳と玄太郎は。
「猫目くん‥‥‥ご愁傷様〜?」
「裏山死刑」
――味方なんて居なかった。
「わー、これが車か? いっぺん乗ってみたかったのだぞー!」
上機嫌でカートに乗り込んだルーガ・スレイアー(
jb2600)は、愛用のスマホで早速SNSを開いた。
『初クルマなう。どっちがアクセルだっけ』と書きながら、白蛇(
jb0889)と共にエンジンの止まったカートで練習中。
「右があくせるぅ、左がぶれーきぃ‥‥そうだ!」
再び慣れた手つきでスマホに指を滑らせるルーガに、機会が苦手な白蛇は溜息。
「わしが足を引っ張らぬといいのじゃが‥‥」
「楽しければOKだぞー! よし、宣伝おーわり!」
そう言ってルーガは意気揚々とスマホをハンドルに設置している。
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
少し安心して笑顔を溢しながら白蛇がスマホを覗きこむと。
画面には『【実況】Orzでレースやってみた【生】 http://‥‥』という文字が踊っていた。
「〜〜♪ これでよし、っとぉ」
一方、雀原 麦子(
ja1553)はカートにステッカーをぺたり。心のガソリンの元、麦芽ステッカーである。
「さーて! 優勝ビールの味を味わう為にも頑張るわよー♪」
「おっけー麦子センパイ! 一緒に駆け抜けましょー!」
声を返すは麦子の隣のグリッド。相棒の武田 美月(
ja4394)が向日葵の様な笑顔でガッツポーズをしていた。
気迫十分。気合と勢いは十二分。
各々が相棒を決めてグリッドに――。
「ん、俺が余りか。‥‥じゃあ」
玄太郎は一瞬躊躇い、だがやがて意を決して、紫蝶の肩に手をかけた。
「先生、その、付き合ってくれないだろうか‥‥?」 ※数合わせ的な意味で。
「えっ‥‥あ、ああ。私で良ければ喜んで付きあおう」 ※レース的な意味で。
――何はともあれ。
漸く8人揃った所で、萌々佳、玄太郎、美月、麦子、白蛇、笹緒、ルーガ、紫蝶の順で位置につき、
日も燦々と高い午後2時半、長い戦いの幕が開けたのだった。
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スタート一番、飛び出したのは美月。
アクセル全開で第1コーナーへ飛び込み、玄太郎をクッション代わりに無理やりハンドルを切っていく。
「ぐっ‥‥」
『あわわ、ごめーんっ!』
スピンは免れたが大きくラインを外された玄太郎。続いて麦子、白蛇にもインを抜かれ大きく後退。
更に迫るは笹緒。っていうかパンダオンザパンダ。
『カートレース絶対の真理――それは車体の差ッ!』
カッ!
『この愛らしさ! セクシーさ! 王者の風格ッ! つまりジャイアントパンダこそ至上であり、最強の存在であるが故に、私はこのパンダマシン《約束された勝利のカート》を選ぶのだ!』
お、おう‥(動揺)
高らかな宣言と共にスキール音が響き、美しいドリフトで第1コーナーを駆け抜ける笹緒。‥‥って、デパートの屋上によくある風のアレですよね!? 確かに四輪駆動ですけども!?
デパートパンダのキャパシティに中の人の期待がマッハだぜ‥‥。
ここでカメラは最後方、ルーガへ。
皆が第5・6コーナー、S字区画に差し掛かった頃の事。運転不慣れなルーガは恐る恐る第2コーナーを曲がっていて。
「わー、進んでるのだー! これでド迫力の映像をお届け! できるぞー!」
うきうきと実況しながらカート内に設置されたモニターを見ると、マップや順位と共に、何やら『黒くてゴツゴツした塊』のアイコンがあるではないか。これは気になる。
「‥‥ぽちっとな!」
押した瞬間、晴天に湧き上がるキノコ雲x7(ドクロ型)――。
ルーガ以外の全員が煙に包まれ、途端、飛び込んでくる通信。
『なにこれ〜!?』
『私の美しいパンダマシンがボサボサに‥‥ッ!』
『なんじゃこれは? あくせるを踏んでおってもすぴーどが出んぞ』
最後尾の彼女が使用したそれは【くずてつ】――。
自分より前のカートをポンコツにしてしまうアイテムだ。ああ恐ろしい科学室爆発しろ。
「えっ、あっ、すまない、悪気はなかったのだ‥‥」
天然、こわい。
更に続くS字を抜けて、第10コーナーのヘアピンカーブへ。
安全運転の萌々佳、アウト-イン-アウトを描く美月が駆け抜けて。3位白蛇はここで笹緒にインを抜かれ4位へ。
続く5位は麦芽号・麦子。螺旋状のコースを見上げ、にやりと笑った。
『優勝への夢を乗せて! 沖縄の空に描く! ほーぶつせんっ!』
通信からは先を走る相棒・美月の実況風の叫びが聞こえる。
『いったーぁ!! バックスクリーン直撃‥・・じゃないしええと、とりあえず逆転アーチぃ!』
彼女は『アレ』に成功したらしい。
ならば、負けては居られない。
「かっ飛ばしていくわよ麦芽号!」
唸りを上げた麦芽号は螺旋コース頂上の『ジャンプ台』を駆け、晴天の空へと飛び出した。
遠く、遊園地の彼方には蜂蜜色の砂浜と縹色の水平線。地上より近く照らす陽は痛いほど白く。
そして――目の前に迫り来る、青。
\ざばあああんっ!!/
デスヨネー。
水柱を上げて着水し、間もなく黒子の載った雲っぽいクレーンがカートごと引き上げ始めた。
「んーっ、残念! ま、水も滴るいい女ってね♪ 次は失敗しないわよ!」
言った瞬間。
\どっばああああああんっ!!/
隣に一際大きい水柱が。
黒子クレーンが2人がかりで吊り上げたのは白黒の巨体。
総重量140kgにもなる着ぐるみって一体何を仕込んでるというんです‥‥?
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レースは2周目。
15時を過ぎた頃、劈くようなクラクションがサーキットに鳴り響いた。
突如コースに飛び込み、先頭を押さえた黒子集団。カートに乗るキング黒子は極度に怯えている上、砂が混じってカピカピの白い液体が体に付着している。一体何があったし。キング黒子、労災(精神被害)おりますか?
恐怖のせいか一目散に逃げるキングに対し、バイク黒子軍団は妨害上等。
堅実な走りで安定していた3位萌々佳、バイクに体当たりされ遂にコースアウト――怖いもの知らずやな‥‥(震え声)
「あらあら。そんなことしてどうなるか、わかってますよね〜?」
にこにこ。にこにこ。
全力でアクセルを踏みしめ、土煙を上げてコースへ復帰する萌々佳。
その間に差を詰めた白蛇と麦子が並走したまま、3・4・5位が団子状態でS字コーナーを駆け抜けた。
と、同時に千里眼で前方集団の様子を見ていた白蛇が全員に呼びかける。
『どうやらわしらを害する腹積もりのようじゃな! 数は親玉と手下が3体‥‥るーが殿、後ろに行ったのじゃ!』
「あだっ!? え、回っ、あろろろろろろ!? ――うぷっ」
言うが早いか、逆走してきた黒子バイクに接触した7位ルーガはコース上で独楽の如くぐるんぐるん。
回転と横Gで危うく放送事故に‥‥ってギリギリセーフ、イチタリテタ(ダイス的な意味で)
「うぬぬ‥‥おのれーい、正々堂々勝負せんかー!」
どふっ、と鈍い音と共に再びあがるドクロ雲。
イライラしてたからついやった。後悔はしてないけど皆の声がちょっと怖いのだ☆(年齢不詳・悪魔)
だが、被害を受けたのは黒子も同様。
「あっ、あいつらもボロくなってるよっ! 麦子センパイ、ちゃーんす!」
美月は後ろの麦子と合流すると、息を合わせてバイクを左右から挟み込む。
以前も共にグラウンドを駆けた二人、その連携は抜群である。
挟まれた黒子は最早ヤケだ。2人を道連れにすべくカートを蹴った。
「痛っ! やったなこんにゃろーっ!」
「まだまだぁ! 美月ちゃん行くわよ!」
左右交互にチャージを繰り返し黒子バイクを大きく揺さぶると、後ろから現れた白蛇が黒子に狙いを定めた。
そして第7コーナー、周りは――水場だ。
「親玉にと思うたが、ちと遠いからの‥‥お主にくれてやるのじゃ!」
白蛇がスイッチを押すと、風切り音とともに黒手裏剣が走った。
被弾したバイクは派手にスピンし、
「わわわ!? わ、私はいいから美月ちゃんは先に行ってー!」
\ざばーーん/
アウトコースにいた麦子を巻き込みながら水没していった――。
悪気はなかった、ちょっと反省はしているのじゃ(自称二千歳・神様)
「始まったか」
玄太郎は、虎視眈々と機会を伺っていた。
現在は6位に甘んじているが、皆の意識が黒子に向いたこの時間が勝負。
ジャンプも失敗していたし、紫蝶が挽回するのは難しいだろう。
「‥‥って先生、また水没してるじゃないですか‥‥」
『いやなに、ルーガに当たり負けしてな』
‥‥自分がしっかりしないと。
何故か、紫蝶の前で失敗したくはなかった。
「そろそろ仕掛けるから、先生は先生で頑張ってくれ。‥‥その、風邪引かないように‥‥」
返事を待たず通信を終えた玄太郎の瞳が、前方で水場から復帰した麦子を捉えた。
(よし、黒手裏剣を)
と、モニターに手をのばし――どす黒いハートのアイコンに、目が点になる。
――いつからアイテムが手裏剣だと錯覚していた?
すまない、魔法回避が一番高い君のアイテムは【嫉妬の心】なんだ‥‥☆
「くっ、俺の心が読まれているだと‥‥!?」
そういう訳じゃないんだけど無意識に反映されたかなって。むしろ美味しすぎて中の人の腹筋つらい。
「まぁいい、ならばこれで優勝を獲ってみせる!」
ゴゴゴゴゴ、とどす黒いオーラを纏った玄太郎のカートが唸りを上げ、麦子に狙い定めて走りだした。
こうして彼は心体ともに嫉妬の塊となったのである。
その頃、黒子キングいじめは激化の一途を辿っていた。
螺旋コースに入った美月、白蛇、萌々佳はほぼ横並びのままキングを追い、
「科学室で散ったアイテム達の気持ち、思い知ってみては〜?」
と、萌々佳がくずてつを使えば、
「こいつを喰らうのじゃ!」
隙をついて白蛇の黒手裏剣が飛ぶ。殺意? いいえ、制裁です。
辛くも直撃は避けたものの、キングの車がよたよたと揺れた。――好機!
「盗塁と体当りは度胸と飛び出しが肝心だーっ! って――」
【星の硬貨】&加速強化のカートに乗った美月が、キングの横っ腹を抉る様にチャージし――あ、足元にジャンプ台。
「しまったあぁぁぁぁ..... 」
\どぼん/ \どぼん/
かいしんのいちげき! きんぐは涙目になった! きんぐは泳いでにげだした!
『大丈夫〜〜?』
「ぷはー、大丈夫っ! ほら、『失敗は何とかの何とか』って言うし!」
曖昧だな!
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美月がキングを撃退したその直後。
嫉妬全開で爆走する玄太郎にチャージされ、白蛇、萌々佳がスピンしながら滑り台を下るという、絶叫マシン真っ青の事案が発生。なお小天使の翼で安定を図る萌々佳だったがカートが重かった模様。重量カートガッデム。
そして1位美月は水没からのリスタート。またとない好機である。
「嫉妬の心は誰にもとめられん‥‥!」
キャラ変わってますけど大丈夫ですか。兎に角玄太郎の独壇場になる――かに思えた。
その時。夏の太陽を、何かが一瞬遮った。
鳥か。飛行機か。――否!
大 熊 猫 だ ッ !
――
―――
そんなわけで。
先頭の玄太郎に僅差で笹緒、そして萌々佳、白蛇、美月。
ジャンプ成功し差を縮めた紫蝶、麦子と、逆にルーガが6位から最下位転落――といった状況で、勝負は3周目終盤戦へともつれ込んだのであった(意訳:字数がやばい)
「えーい、ルーガちゃんのどーんといってみよーお!!」
2周目でジャンプで失敗したルーガ、何度目かのドクロ雲が晴天を貫く。くずてつユーザー多すぎィ!
全員ほぼ等速となる間に、カーブ性に優る麦子がコーナーで紫蝶をかわし、だが紫蝶も負けじと星の硬貨で抜き返し。
一方4位萌々佳は、後ろから飛来する黒手裏剣を回避する事に必死である。
あとコーナー3つでゴールなのに、白蛇が水場前後で狙ってくるため食らえば順位転落は免れない。
神様容赦無いな流石神様。
そしてジャンプに成功して5位から3位、再び首位争いに浮上した美月は、13コーナー前を疾走していた。
「もうっ、速さが全然足りてなーい! これじゃ扇風機の方がマシだよっ!」
アクセルは全開。でも足りない、もっと風を感じたい。広いグラウンドを吹き抜ける様な、あの風を。
水場は抜けた。笹緒と玄太郎の背中を視界に捉えた最終ストレート、ここなら――いける!
「ぎぶみーべろしちー、カモーンハリケーン! いえぇぇぇえぇぇええええっ!!」
星の硬貨がコースを輝かせ、光に押される様にカートが加速した。
先を走る玄太郎の背が大きくなる。迫る、迫る。
だが、足りない。
あともう少しの所で、星の輝きが失せて。
「後は重そうなパンダカートだけ‥‥優勝は俺が頂く!」
言って、玄太郎は嫉妬の心を解き放つ。
後は直線。チャージしてくるならスピンさせてやる。
最早妨害も不可能、それは優勝に手が届いたようにも思えた。
だが。
『パンダは鈍重ではない――ならば見せてやろう、音速の彼方の景色を』
直後、後方から伸びる星硬貨の光道《スターロード》。
溜め込んだ3枚の硬貨を流星群の如く輝かせ、白黒の巨体は陽炎の向こうへと加速していった――。
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かくして、笹緒の勝利で幕を閉じた仁義なきレース。
カート1つ分遅れた玄太郎と、以下美月、白蛇、萌々佳、紫蝶、麦子、ルーガでフィニッシュを迎えた。
1位の笹緒には賞金が、相棒の萌々佳には『特別招待券』と書かれたチケットが手渡され、2位の玄太郎、3位の美月にも賞金が授与された‥‥のだが、何故か別枠でルーガに金一封が贈られる事件発生。
「お客様のお陰で、当遊園地HPへのアクセスが非常に増え‥‥」
係員の話を要約すると。逆走黒子と接触でカメラがずれて、乳揺れ&濡れ乳動画(推定Fカップ)を配信し続けた結果、何故か遊園地公式サイトへのアクセスが異常な伸びを示したのだとか。そんなバカな。
乳動画の広告効果で謝礼が出る。そんな前代未聞の事件も、後日新たな都市伝説となるだろう。
「で、先生は土左衛門ですかー、いいザマですねー」
ここぞとばかり仕返しを楽しむ夏久に迫る影。勿論玄太郎だ。シットマシマシコブシカタメである。グーパン的な意味で。
「猫目君、何も言わず俺に制裁されてくれないか。いいやされるべきだ」
「不条理だーー!!?」
追いかけ回す玄太郎に逃げる夏久。
転んで紫蝶の足元に転がり込み、2人揃ってヒールで顔面を踏まれたとかなんとか。ラキスケ属性マジ安定。
峠最速のパンダ伝説も、キングと共に海原へ消えた勇姿も、
顔にヒール穴の開いた男達も、後日CMに採用されたけしからん動画の事も。
全ては夏の空の下で想い出へと変わるのだろう――。
‥‥ごめん綺麗に纏めるのは無理があった。
そして騒がしい昼が沈み、――夜が始まる。