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とある部室棟に併設された、『研究棟』の一角。
普段は陰気なこの場所から、賑やかな声が聞こえてくる。
「説明は以上だ。じゃあ、設定が決まった子から部長の所に行ってくれ」
「はいっ! 私、一番乗りしますっ」
紫蝶の台詞を食う勢いで手を上げる橘 和美(
ja2868)。彼女は燃えていたのだ。
このままじゃ留年だし、アピールしていい点貰わなきゃ!――と。
和美が勇んで部長の元へ向かう一方。
「外見は自由、ね‥‥あ。アスハ! あのさ‥‥」
恋人のメフィス・エナ(
ja7041)に手招きされ、アスハ=タツヒラ(
ja8432)がその耳を貸す。
密々話を持ちかける彼女の顔は、小悪魔ちっくに笑んでいて。
ひそひそ。ひそひそ。
――メフィっつぁんは何を企んでるんでしょうねー?
2人を横目で見る唐沢 完子(
ja8347)‥‥もとい、彼女のもう一つの姿『アリス』。
(まぁ‥‥)
ニヤ、と僅かに口角を上げるアリス。
(どんな作戦でも、そうは問屋が卸さねぇのですー♪)
「クジの結果、シードはクラインミヒェルと唐s」
「誰が唐沢って証拠だよ? ――私の事はアリスか妖精と呼びやがれくださいなのです☆」
ロープロープ笑顔怖いよ笑顔。
「‥‥アリス、だな」
言い直すと、紫蝶は紙にトーナメント表を書いた。3組分の。紫蝶のリアル人脈なんて所詮こんなもんである。
「私達は1回しか遊べないだと!?」
必然的に1回限りとなる事に異を唱えるアルテナ=R=クラインミヒェル(
ja6701)。
だがクジは無情。どれくらい無情かって、ダイスと同じくらい中の人達を泣かせるレベル。
星が屑(ハズレくじ)になって星屑ってか。浪漫の欠片もねぇ。
「それは不公へ――」
はっ!
アルテナに衝撃が走る。もし優勝=加点とすれば、シードが一番高得点に近い――ッ!
目下最下位争いの彼女には最重要項目である。
「ふ‥‥不幸だったなシードに選ばれなくて! 優勝は私達が頂くのだっっ!」
胸(垂直)を最大限逸らし他メンバーに向けて仁王立ちするアルテナ。『へ』は何処にいった。
「さぁて、頑張りましょう麻耶ちゃん! ‥‥て、点数もかかってるし」
小声で本音を漏らしつつ、和美はヘッドスコープを装着して相方を見た。
「って、ええ!?」
そこにはタオルや氷などセコンド用品を並べる與那城 麻耶(
ja0250)の姿が。
「格闘と! 名のつくモノなら! ゲームだろうと血が滾るっっ!! 頑張りましょうね、橘先輩っ!」
例え役に立たずとも、雰囲気大事。格闘には浪漫と夢が詰まっているのだ。
そしてフィールドを挟んで対するは、メフィスとアスハ。
「格闘ゲームって苦手なのよね〜。ま、打ち上げと思えばいっか♪」
「まぁ、私達は進級に不安はない、か」
不安どころか上位30番台のアスハと、一日目で既に安全圏のメフィス。
余裕綽々である。
(聞こえてる、聞こえてるから‥‥!)
ああ見えて実は麻耶も進級確保済み。
チーム戦の筈なのに、一人孤独に涙を流す和美であった。
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QONFighters
―プログレッシブ電脳アリーナ―
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[> START
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「スタンバイ――」
紫蝶の声と共に、フィールドに4体のダブルが現れた。
青と黒を基調としたコスチュームの《麻耶》と、白地に朱の鮮やかな《和美》。どちらも6等身と攻撃寄り。
「あはは、ちびアスハ可愛い〜♪」
対するは、ちまっとした3等身の体が2つ。ちびメフィとちびアスハは防御を高めた形である。
「では‥‥戦闘開始だ!」
「先手必勝ぉ!」
開始一番、麻耶と和美が飛び出した。2人のクラスは戦士。接近戦こそ彼女達のテリトリーだ。
『さーて第1回QFO選手権、実況は可愛い語り屋妖精アリスちゃんDEATH★』
彼女が実況なら隣のアルテナは勿論――。
『解説は私、アル=テナムヒルd』
『おぉっと、早速ちびーずがリリィ麻耶とKazmyに襲いかかるー! あ、名前はアリスが今し方勝手に決めたのですー』
残念、遮られる。苦情はジスウ=セイゲーンまで。
まずは様子見。短銃で敵の反応を伺うちびメフィ。それを上段ガードで耐えつつリリィ麻耶とKazmyは遠距離職であろう彼女に狙いを定めた。
「たあぁぁッ!」
超時空アイドル的レスラー達の銀色のレガースが、ギラッ☆と光の軌跡を描く。
上段、Kazmyの延髄斬りにちびメフィが小さい体を更に屈めギリギリ躱すと、身動きの取れない足元を狙ってリリィ麻耶がドロップキック、かーらーの!
「ムトーKG直伝、フラッシュウィザーードッ!」
クリーンヒットォ! ちびメフィの足を踏み台にした回し蹴りが顔面に叩き込まれる。
(ふむ、タイムラグは殆ど無い、か)
頭を振りながら起き上がるダブルを見て、彼は思考と動作のラグを分析していた。
彼――そう、実はちびメフィの中身はアスハだったのだよ!!
『のっけから激しいバトルっつーか、大人が子供を虐めてる図ですねー?』
『しかし、ちび達はまだ様子見の様に見受けられる。何か策がありそうだなっ』
アルテナの解説に、今まで後方で沈黙を守っていたメフィスがにやりと笑う。
――策なら、勿論あるわ。
2等身の体に合わぬ重々しいパイルバンカーを持ち上げたちびアスハ。明らかに射程外だ。
「橘先輩、やっぱりあっちは近接みたいですよ!」
「じゃあ、今のうちに弓師の方やっちゃおう!」
Kazmyがちびメフィの腕を掴もうとしたその時。杭のないバンカーに、光が収束していく。
「いつからコレが近接だと思い込んでいたの――?」
そんな装備で大丈夫か?
大丈夫だ、問題ない。割とガチで。
「ちょっ!? ま――」
「撃てぇぇーーい!」
ズドォォォォンッ!
光の杭が突き刺さり、大きく仰け反るKazmy。血の代わりに放電する無尽光。
パイルバンカー(魔法)だと‥‥!? ただし魔法は尻から出るってレベルじゃねぇぞ!
「あんなのアリー!?」
「ふっふっふ、外見に騙されたらだめよ〜?」
ふらつくKazmyを見て、呆然とする和美。一方のメフィスは得意満面。
『このゲームの射程はクラス依存ですのでー。見た目なんて飾りなのでー? 偉い人にはソレがわからんのですー☆』
まぁそもそも魔法で殴るダアト()のアスハを模しているのだから仕方ない。圧倒的仕方ない。
「1対1に持ち込んで、連携させない様にしましょう!」
ヘッドスコープに映るデータを見て焦る麻耶。なんせKazmyのHPが半分近く減っている。
魔防に劣る戦士組。設定も攻撃寄りで、被弾が痛い。
だが、これで敵は術師と弓兵と分かった。つまり、懐は弱い筈である。
「橘先輩は弓兵を! 私は術師を狙います!」
「銃はそんなに痛くなかったし‥‥了解!」
ちびアスハに飛びついて、フランケンシュタイナーをぶちかますリリィ麻耶。
一方、体力の消耗が激しいKazmyは手数‥‥いや足数で勝負。纏わりつく様な接近戦だ。
『だが、リアルにパイルバンカー(魔法)な男だろう? むしろ――』
近 接 上 等 。
アルテナの読み通り、自分からゼロ距離に飛び込むちびメフィ。
「隙あり、だ」
隠していた拳銃を取り出し二丁でKazmyの両足を撃ちぬけば、溜まった必殺技ゲージを見てにっと笑う2人。
「メフィス!」
「オッケー! 一気に行くわよ!」
小さな体を活かして背後を取ったちびアスハが、マジックスクリューでKazmyの体を軋ませる。そして、動きの止まった白朱のダブルはデスペラードレンジの的と化した。
2対1になってしまえば後は集中攻撃。リリィ麻耶がニーバットを繰り出す瞬間ちびメフィの銃弾が降り注ぎ、防戦一方となった彼女に向かってちびメフィがタックルを仕掛ける。確実に倒す為なら、自分諸共撃ちぬいても構わない。
「――ごめんね、私っ!」
パイルバンカー(魔法)が、煌めいた。
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「いやぁ白熱したのですよー♪」
マイクを放り出し、ヘッドスコープを装着するアリス・アルテナ。
「ふふふ‥‥点数があがるとなれば全力だなっ‥‥いや、どんな時でも全力で楽しむのが私だっ!」
むしろまだ点数について絶望してない事が衝撃だ。不屈の闘志ぱねぇ。
――さて。
フィールドに現れる2等身の戦女神・ミニテナ。その身長ほどある巨大な盾は、正に騎士たらんや。
その傍らには、8等身に高身長のわがまま完璧ボディなのに、殺意の波動に目覚めた妖精‥‥長いから闇アリスで。こちらは棍棒を振り回している。怖い。黒いオーラとか出てる。怖い。
『全国一億二千万人の格ゲーファンの皆様、こんばんわ。さぁ、いよいよ決勝戦! 久遠ヶ原の片隅で繰り広げられるは戦いのワンダーランドッ!』
やたら本格的に実況に燃える麻耶。マイクを握って常に前傾姿勢の構えだ。
『じ、実況は麻耶ちゃん。解説は橘和美でお送りしますー』
『早くも開戦か!? 狂気の少女と、ちびーずの瞳が熱く絡む! さーぁ眼で殺せ、眼で殺せ、視殺戦d――ぁ゛だっ!?』
「ちったぁ黙りやがれなのですよー」
脳天に突き刺さるアリスのチョップ。場外乱闘にはロープもタオルもないのであった。
決勝戦は静かな幕開けであった。
(相手の手札が、わからん、な‥‥)
敵ダブルを観察するアスハは、ホログラフの向こうに座るアリスを見た。
彼はアリスの店の常連客である。その狡猾さとぶっ飛び具合は既知の事実。
「そっちが動かないならこちらから行くのですー♪」
足音を立てて無造作に前進する闇アリス。何か背景に北斗七星が見える気がする。愛でも取り戻しに来たのか。
そしてあの鼻歌なんか歌っちゃってる感じ。絶対何か仕込んでやがる。
とはいえ――。
「睨み合うだけでは、埒が明かん、か」
そう呟いた直後、ちびメフィが側面に回り拳銃を打ち鳴らす。既に手の内がバレてる以上、最初からクライマックスだ。
「銃弾など全て私が撃ち落としてくれる!」
巨大な盾を翳し銃弾を弾き落とすミニテナ。それに紛れ飛来した光輝の杭が盾に接触し、激しい爆発音が場を包んだ。
だが防御特化のミニテナはそれをも耐える。爆風に髪を翻し、鎧の端々を焦がしながら、それでも彼女は揺らがない。
それどころか盾に仕込んだ短槍を片手に、ちびメフィへと突っ込んでいく。重戦車か、おまえは。
「ふっ、守りこそが最大の攻撃!」
そしてミニテナが護りという事は、勿論。
「メフィス、気をつけろ。アリスが動――」
バキャッ。
闇アリスが動くや否や、ちびアスハの足元から礫が吹き上がる。抉れた地面。怪しげな煙を立てる爆心地。
その時メフィスが見た物は――!
「〜♪」
超笑顔のアリス。そりゃもう態とらしい位に。リンクしたのか闇アリスも笑顔(※但し棍棒振りかぶるなう)だ。
そんな笑顔のまま――アウルの球を、ノックよろしく撃ち放つ。
ずどんっ! どかんっ!
「せ、戦略的撤退ーっ!!」
メフィス操るちびアスハがフィールドを逃げまわり、それをちびメフィが庇って走る。
無理無理無理無理。なんだあの火力。
「アリスッ、その武器はペr」
「塵と共に滅せよー☆」
言いかけた所でちびメフィにめきょっとめり込むデッドボール。無慈悲な鉄槌とはこの事か。
『恐ろしいまでの破壊力ー! これは地獄のICBM弾か、はたまた人間エグゾセミサイルかー!』
『ま、麻耶ちゃん落ち着いてー!』
それもその筈、アリスの武器はペルクナス。物魔両面に優れた火力を持つV兵器だ。
更に偶然にタッグを組んだアルテナは防御に身を賭す撃退士。普段通りに動くだけでも最良のペアといえる。
部活仲間ペアにカップルペア、残った2人が組んだだけなのに運命の女神とは斯くもドSなのである。
「さぁ、どんどんいくぞ!」
「これからが本番なのですー」
詰んだ予感しかしない。
「アスハ危ないっ! ‥‥自分の背中守るって変な気分ね」
ちびーず2人は互いに庇い、隙を作ってはミニテナに銃や杭を打ち込んでいく。
闇アリスの火力は脅威だが――自滅がある。8等身ダブルの維持は、水道の蛇口を開けっ放しにする様なものだ。
(そろそろ、きつくなって、きましたねー‥‥)
活動限界を感じ始めるアリス。
しかし、倒れるならば前のめり。死なばもろとも道連れで。
「これでもっ、食らうがいいのですー!」
ド、ド、ドンと凶弾が3つ、ちびーずに襲いかかる。
左半身に直撃したちびアスハが吹き飛ばされ、空中でその形を失って光の粒となった。
だが一方で、必殺モーションの隙を狙ったちびメフィからの二丁拳銃6連射。
被弾と同時に、ダブルを保つ体力の無くなった闇アリスが弾けて電子の海に溶けていく。
「ぬ‥‥アスハすにやられるとはー」
「メフィスの仇、か。‥‥僕の姿、だが」
さて、残るはちびメフィとミニテナ。
防御寄りダブル同士の泥仕合かと思われたその時、ミニテナの槍が神々しい光を纏い始めた。
必殺技ゲージが点滅し、槍に集積されたアウルが眩い光を放つ。
「防御ばかりが私ではないっ! 秘奥義!Walkure Wurfspeer!」
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「ぎゃー捕まったー!? ちょ、セコンドー! タオルを所望するのですー!? 弓兵でホールドはフラグなのですー!」
アリスがバンバンと机を叩く一方、ステージ上のリリィ麻耶は高々と天を指さした。
所謂、勝利予告――。
「ふむ。これはアリスの負け、か」
「むっふー♪ いっちゃうよぉー、しゃぁあいにんぐぅ!めーごーさー!」
「さっすが麻耶ちゃん! かっこいー!」
ファイナルムーブで華麗に勝利を収めた麻耶は、拳を天に突き上げた。
「いやーこのゲーム面白いねー! 毎日でも遊びたい!」
「むー、私は優勝したかった! まぁ一歩及ばずってとこかな」
顔を上気させて喜ぶ麻耶と悔しそうなメフィス。感触は良好。紫蝶と部長は顔を見合わせ頷きあう。
外見で遊べたり、作戦の一環として組み込めるのもウケたようだ。
後は強いサーバーを用意して‥‥まぁこの辺は紫蝶の得意分野(職権乱用とも言う)だろう。
「あ、先生も一緒にやりましょうよ!」
和美がぐいぐいと紫蝶の腕を引っ張る。‥‥どうやら、負けが込んでいる様だ。
「何っ! 月摘殿と対戦‥‥つまり、勝てばテストで加点だなっ!?」
最下位へひた走る現実とは裏腹に、意外と貪欲だなアルテナ。いや和美も同類だった。これが現実逃避か‥‥。
「ん。じゃあ、今度は私と――」
バァン!!!
乱暴な程の勢いで、背後のドアが開け放たれる。
振り向かずともわからいでか、床に写るそのシルエット。
たなびくマント、巨大な帽子、だs(修正線)古き良きかぼちゃぱんつ。
「私 が 相 手 ぢ ゃ」
そわぁ。
全身の毛が総毛立つ。振り向くなと全身の細胞が告げている。
「風の噂に聞いたのぢゃが、私の姿のキャラをブチのめして喜んでいたそうじゃのぉ、しちょーや?」
少しずつ近づく足音と声。
そして何処からともなく流れるジョーズのテーマ(ボスステージ曲)。そんな演出要らねえんだよ空気読むな部長!!
「お主らもテスト期間にゲームとは不届きぢゃのう?」
蟻の子を散らす様に、参加生徒達の姿が部室の隅へと引いていく。
ああ。今すぐ鬼道忍軍に転職して空蝉と遁甲と無音歩行と壁走りを駆使して逃げられたら――。多いな。
だが、そんな儚い思いは霞と消える。
「全員減点ぢゃ、この大たわけ者―――!!」
数時間後、職員室にて。
アリス(教師のほう)によってメインシステムから周辺機材まで闇に葬られた上で
首謀者の部長にはマイナス100点が、紫蝶には山の様な始末書が与えられたのであった。
合掌。