●
「あれが爆弾付きのディアボロね」
「肘や脛の瘤に攻撃が当たると爆発か……慎重に行きたい所だね」
「んふ、そうねェ」
他のメンバーに先駆けて、闇の翼で工場の二階から侵入した女悪魔たちは、広々とした工場内部の中心に、ターゲットがいることを確認した。
太い腕に短い脚、ずんぐりむっくりとした体躯。
そして、頭に生えるは、鋭く尖った角が二本。
体中が腐ってはいるが、いかにも鬼といった外見のディアボロが、何をするでもなく立ちつくしている。
同タイプのディアボロと戦った撃退士からは、くれぐれも奴の肘と脛には攻撃するなと言われている。
そこには膿で膨らんだかのような瘤があり、破裂させてしまえば大爆発を起こす、とのこと。
そうなってしまえば、自分たちも痛い思いをする上に、『周辺地域に被害を出さずにディアボロを倒す』という任務は失敗となる。
他の何を置いてでも、精密性が求められていた。
「んっふふ。爆発なんてさせないわよォ。んふふ」
「爆発は勘弁だからね。確実に行かせてもらうよ」
魔法書を広げたオフェリア=モルゲンシュテルン(
jb3111)と、アサルトライフルを構えたユリア(
jb2624)は、ディアボロから目を離さずに、二階のキャットウォークを伝い、素早く敵の背後に回る。
「じゃあ、私は下ね」
ハルバードを構えたクレール・ボージェ(
jb2756)は、あえて正面に着地し、敵の注意を引こうとする。
「あら、臭い。嫌だわ、毒って」
腐った鬼から漏れ出た瘴気が、一階フロアに蔓延している。
たちまちクレールは毒に侵されるが、それもどこ吹く風とばかりに、赤毛の女悪魔はディアボロと対峙する。
「ゴォォォオオオオオ!」
そこで初めて、腐った鬼が動いた。
白濁した目をぎょろりぎょろりと動かし、爆弾付きの腕を振り上げて、クレールへと向かってくる。
「やれやれ。自爆上等な覚悟で来られても困るんだがな」
すると、クレールの後ろから、黒髪の男子学生が現れた。
ハンマーの柄で肩をポン、ポンと叩きながら前へ進むのは、向坂 玲治(
ja6214)。
今回のメンバーにおいて、クレールと共に前衛を務める者にして、囮役でもあった。
「さて、鬼さんこちら……ってな」
「グゥゥオオ!」
指をくいくいと曲げて、ディアボロを挑発する玲治。
それが理解できたのか、それとも、自分の前に立つ者は容赦しないということなのか。
腐った鬼は、ますますいきり立ち、玲治に向かって大きな両手を広げてみせた。
「…チッ…くせェ…動く廃棄物…が…ッ!」
そして、ガラ空きとなった背中を、不破 炬鳥介(
ja5372)に切り裂かれた。
●
「ガアアアアアアアアアアアア!」
痛みか、それとも、肉を抉られた不快感か。
腐った鬼は咆哮を上げて、自分を襲った者に向けて、反射的に裏肘を叩きつけようとした。
「グウウウウ!」
しかし、炬鳥介はその反撃も織り込み済みだったようで、すでに大きく距離をとった後だった。
空振りする剛腕に、土ぼこりを立てて逆巻く風。
その粉塵に紛れるかのように、炬鳥介は資材のカバーをフードマントのように被り、積み上げられたブロックの影へと消えていった。
「え、えいっ!」
その間隙を突くように蛇の幻影を放ったのは、巫女装束姿の小柄な少女、久遠寺 渚(
jb0685)だ。
自身に絡みついた幻の蛇に、鬼はうっとおしそうに体をよじる。
「えう、ど、毒を与えることはできませんでした! すみません!」
「ううん、怯ませるだけで十分!」
体に噛みついた蛇を払うために両手を下げたディアボロ。
その頭へ向けて、エナジーアローや、無数の弾丸が撃ち込まれる。
「んふふ。背後からなら…当て放題よォ」
キャットウォークからはユリアが、工場の天井付近からは翼を広げたオフェリアが。
それぞれに遠距離攻撃をもって、ディアボロの頭部や背中へと集中砲火を浴びせかける。
「おっと、危ない!」
それでも、爆弾を抱えたガードが上がれば、誤爆が恐ろしくて遠距離攻撃など仕掛けられない。
金髪少女悪魔はアサルトライフルの銃口を天井へと向け、空に浮かんでいた女悪魔は、溢れんばかりのバストを揺らし、キャットウォークへと着地した。
「あら、私のことは無視なの? 構ってくれなきゃ寂しいじゃないの」
今度は、赤毛の女悪魔の攻撃だ。
ロングコートをはためかせて突撃したクレールは、悪魔のどてっぱらへとハルバードを叩き込んだ。
「ガアアアアアアアアア!」
反撃とばかりに突き出された敵の拳は、己の武器を盾として防御し、防ぎきれない衝撃すら利用して飛び退る。
「不可視の矢を防ぐことはできないでしょ」
「え、えいっ!」
「んふ。これはどうかしらぁ!!」
すると、その背後へと渚たちが攻撃を仕かける。
「死ぬ為に…その体に生まれた、なら。テメェは…生きるゴミ、だ。
…失せろ、生ゴミ…ッ!」
ガードが上がれば、炬鳥介が影から飛び出してきて、強烈な一撃を加える。
「防御は、」
「お任せ、ね」
そして、接近戦に挑む仲間たちを、玲治とクレールが護る。
「ゴオ、ガアア……!」
対するディアボロは、有効打を与えられないまま、着実にダメージを蓄積させていく。
その弱々しい姿に、撃退士たちは、この時点で『勝利』を確信していた。
●
戦いは撃退士有利のまま、順調に推移していた。
腐った鬼の背中は光の矢や銃弾を浴び、至る所に穴が開き、正面の腹や胸板も、幾条もの裂け目が走っていた。
それでも、さすがに見かけ通りの体力をも持っているのか、鬼は依然、健在でもあった。
「や、やっぱり、大きな一撃を加えなければいけないのでしょうか……?」
「だね。頭を潰すぐらいのことをしなきゃ、ああいった類のディアボロは倒れないよ」
不安そうな渚の呟きを拾ったユリアは、大きくうなずいてみせる。
「んふ、それに、ちまちま攻撃するのも、そろそろ飽きてきたわぁ。下の人は、毒も辛いでしょぉ?」
「まあ、確かにね」
際どい角度で宙を舞うオフェリアと、毒混じりの腐敗臭に顔をしかめるクレール。
背後からの攻撃を可能とするために引き受けた前衛だが、長引くほどに体力が削られていくのだ。
他の前衛メンバーも、誰もが皆、短期決戦を望んでいた。
「オオオオオオオ……!」
タイミングよく、ディアボロがグッと体を前に倒し、力を貯め込むような姿勢を見せた。
撃退士たちが事前に得た情報によると、それは大技の前兆だった。
「予備動作に入りました! 気をつけてください!」
鬼の背中にゼロ距離から銃弾を撃ち込んだ渚が、大声を上げながら距離を取る。
「あーら! そんなに力を込めて何をしようとしてるのかしら?」
翼を広げて飛び上がったクレールが、仲間の注意を喚起する。
その声を受けて、全員がディアボロから一定の距離を保つように動いた。
「よし、チャンスだな」
しかし、玲治だけはシールドを構えて、鬼の前に立ちふさがった。
「オオオオォォォ……アアッ!」
それを格好の的だと思ったのか、ディアボロは玲治に向かって、爆発するような勢いで蹴りを繰り出した。
爆弾付きの脛を、敵にぶつける必殺の一撃だ。
受けるわけにはいかない。
だが、好機を見逃すわけにもいかない。
「グオオッ!?」
「おっと、この距離なら蹴れないだろ?」
玲治はあえて、前に出た。
盾を鬼へとぶち当てて、至近距離から当て身を喰らわせたのだ。
体勢を崩されて、ふらつくディアボロ。
その絶好の機会に、撃退士たちは渾身の一撃を繰り出そうとして――――
「なっ!? ぐっ、ああああああああああ!!!」
玲治の骨が砕ける音を聞いた。
「こ、の、離せ、ぐううっ!!」
玲治は確かに、敵の蹴りを打ち消した。
体勢も崩せたし、仲間が攻撃する機会を作ることもできた。
しかし、腕力だけは侮れない敵に近づきすぎた。
ディアボロは、自由に動かせる両腕で、自分に密着する玲治を力一杯抱きしめたのだ。
「こ、向坂さんっ!?」
鯖折りにされる玲治の姿に、渚は悲鳴を上げる。
だが、悪魔たちと、悪魔のような男は違った。
彼らは、これを『好機』として見ていたのだ。
「んふふ、とっても無防備ぃ」
体勢を崩して尻もちをつき、かつ、腕を玲治の締め付けに使っているため、腐った鬼はこれ以上ないほどの隙を晒していた。
だから、エナジーアローが後頭部に易々と突き刺さる。
「さあ、終わりにしましょうか」
「ここは攻撃あるのみだね」
だから、武骨なハルバードと機械剣が、己の脊椎を砕くのを許してしまう。
「…潰れろ、砕けろ…みっともなく…死ねよ…!」
だから、目を爛々と光らせた、赤い男の一撃を受けてしまう。
「ガッ!?」
二階から飛び降りた炬鳥介が、渾身の力を籠めて振り下ろした斧。
それは、魔法の矢でぐずぐずになっていた鬼の頭を粉々に砕き、首の下までめり込んだところでようやく止まった。
腐った鬼の断末魔は、トドメの破壊力に反比例するかのように短いものだった。
●
「…………次、だ…」
ディアボロだったモノの、原形を留めていない頭部を、炬鳥介が踏みにじる。
「もう怯えなくてもいいのよ。私の血となり肉となって共に楽しみましょう」
ディアボロの死体へ、クレールが妖艶に微笑みかける。
「んふ、この瘤には手を焼いたわねぇ」
オフィリアが、ディアボロが抱えていた爆弾にも劣らぬビッグバストを揺らしながら、ふう、と息を吐く。
「毒にも参ったよね。効果もそうだけど、臭いがきついんだもの」
未だ微かに毒の空気を生み出しているディアボロの体を、ユリアが機械剣でつんつん、とつつく。
「んふふ、早くシャワーでも浴びたいわねぇ」
「賛成!」
盛り上がるユリアとオフィリア。
その様子に、クレールは嬉しそうに笑みを漏らした。
「うふふっ、こっちに来ても何だか変わらない雰囲気ね」
「こっち? あぁ、学園でも悪魔をちょくちょく見かけるしね」
「んふっ、何だかいい感じよねぇ?」
「そうね。あ、でも、アレを奪えないのはちょっと残念」
「いくら残念だからって、誘惑に負けたら駄目よ?」
「あはは、わかってるよ」
もし信頼を破るような事があれば、今居る場所は途端に敵地に変わるのだ。
「……っ」
「あ、あ、目を覚まされましたか。よかったです」
渚の治療が功を奏したのか、玲治は自力で上体を起こした。
そして、見た。
悪魔のような男が、ディアボロの死体をゴミ屑のように踏みにじるのを。
女悪魔たちが、その行いに眉をひそめるどころか、死体の傍で故郷トークに花を咲かせている。
ここが魔界かと見紛うばかりの光景だ。
玲治は、頭がくらくらしてくるのを感じた。
「こうしてみると、人も悪魔も対して変わらないのかもしれないな」
「はい?」
「いや、なんでも」
喩えそうだとしても、それが全てではないはずだ――人も魔も…きっと天も。
「ふぅ、神経使う戦闘だったな……お陰で肩が凝って仕方ない。」
玲治は、工場の中から視線を空へと移す。
そして、大きく息を吸った。
毒混じりじゃない空気は美味しかった。