福沢より作戦内容の確認を聞いた小田切 翠蓮(
jb2728)は、その慎重さに思わず苦笑を漏らす。
「福沢殿も用心深い男よのう。まぁ、我等としては有り難い事ではあるが……」
地下鉄入り口から中を覗き込みながら福沢は返す。
「性分でな」
そんな話をしてる二人の後ろでは、法水 写楽(
ja0581)と狩野 峰雪(
ja0345)が、福沢が用意してあった敵の写真を見ている。
写楽は写真を指先でばしばし叩きながら文句を述べる。
「女性型のディアボロはワカル。色々と能力に特化してるのもまだワカル。ただ……容姿がマッチョとか全然分かんねェよ!! 女性型なら、強いて言えばアメリカン以下略の容姿を基本にだな……」
要は愚痴だが、福沢は一々返事をしてやる。
「俺が作ったわけじゃない。後用途を考えたらむしろマッチョのが有用だろ、どう考えても」
峰雪は峰雪でこちらは名前の方に文句があるようで。
「随分とセンスのいい人がいるものだね」
「…………。」
嫌味はスルーな福沢さん。しかし連撃には口を出さずにはいられなかった模様。
「軍人さんも、日々の激務で大変だろうから、きっとお疲れなのかもしれないね」
「……担当者を問い詰めたら、何かのゲームのキャラの名前だそうな。そんなもんから名づける奴も奴だが、そもそも元ネタアリってどういう事かと……」
クレメント(
jb9842)は、とはいえ、と注釈をつける。天魔が名づけた別の名前があったとしても、やはりそちらにもセンスは期待出来ないだろう、と。
元天魔の台詞である。福沢は複雑そうな顔で振り返り言った。
「実に、人間臭い話だ」
終夜・咲人(
ja2780)は福沢と並んで地下鉄駅へと、皆に先んじて潜入する。二人で手分けして敵検索を続けながら進路を確保。皆を招き入れる。
配電盤のある部屋まで辿り着くと咲人はここで福沢と別れる。福沢は小声で呟く。
「……少し意外だったな。お前達はこういうの苦手だと思っていたんだが」
咲人は福沢の褒めてるんだか何だかわからん言葉に、つっけんどんに応える。
「無駄口叩いてんじゃねぇ。点灯のタイミングは出すから外すなよ」
「はいはい」
暗闇の中でも咲人の足元に不安は見られない。
歩くというよりは滑るように通路を進み、駅のホーム、そしてその先の線路内へと。
咲人が小さく手招きし、残るメンバーが配置につく。この暗闇の状態で狙えるのは咲人のみ。両手で愛用のモーゼルをゆっくりと構える。
しんとした静謐の中、咲人の放つ銃の音は殊の他大きく響いて聞こえた。
すぐに、がこんという音と共に地下鉄線路中に灯りが燈る。
うろたえる敵集団の中で、変なTシャツを着た奴が頭を抑えてふらついているのを見て、咲人は口の端を上げる。
「ドンピシャ、ってな」
突然の照明に混乱する敵集団。これに対し、撃退士達は強力な先制攻撃を試みる。
刃の雨が、高速の隕石が、貫く衝撃が、銃弾が一斉にディアボロ達へと襲い掛かる。
線路の砂利が、砕けた枕木が、埃や塵やらが舞い上がり、アウルの嵐でかき混ぜられる。
これで終わったのでは、と思われる程の集中攻撃であったが、巻き上がった埃の中よりまず真っ先に兎達が飛び出して来た。
知能が低い故に単純な兎の方が立ち直りが早かったようで。
なし崩しに乱戦となるのだが、数の利を活かし、獣の蛮勇を駆使した兎が動き回るせいで、瞬く間に撃退士達の陣形は崩され、前衛後衛の枠は失われてしまう。
そんな中でも翠蓮は落ち着いた様子で、武威より美しさを優先したかのような斧槍の柄尻で、床を小さく叩く。
「兎達がお出迎えとは。いつの間にやら月世界に迷い込んでしもうたか?」
柄尻を中心に四方へと伸びるアウルの輝きは正四角形を作り上げると、その内なる味方に穏やかな加護を与えてくれる。
そして翠蓮は、一斉攻撃を行う以上兎達はある程度固まっていなければならないという点を突く。
突進し、攻撃を仕掛けた後は対象の後方へと駆け抜ける兎達。そして次なる標的を狙い方向を変える瞬間、そこに、再び範囲攻撃を仕掛ける余地があった。
翠蓮が片腕で長大な斧槍を苦も無く横凪に振るうと、斧槍の軌跡にある中空に無数の刃が生じる。
それらは並の刃ではないようで、線路の照明を受け紫に緑に或いは黄色へと色を変え薄く淡く発色する。
まるで斧槍ハイドロリックの美しさに引かれるように瞬く刃達は、翠蓮の合図一つで兎達へと襲い掛かる。その瞬間が、最も美しくあった。
七色に輝きながら次々と降り注ぐ刃。兎達は二度この洗礼を受けると、ようやく固まっての行動は危険と判断する。
バラバラに散っていく兎達に、年配者コンビのもう片方、峰雪がお見事とこれを活かして動き出す。
手には一丁の銃。
峰雪は口の中だけで、小さく呟いた。
「早撃ちには、多少自信があるんだ」
兎の一匹が、床を蹴った瞬間に一発ぶちこむ。次の一匹が前衛の後方に回り込もうとするのを一発撃ちこむだけで止める。
自らの背後に回りこんだ兎を脇を通して真後ろを撃ち仕留め、同じく背後下方より駆け寄る兎を低い後ろ回し蹴りで払い上げ、空中に舞い上がった所を撃つ。
前方より飛び込んで来た兎の頭部を、銃を持つのとは逆腕でアイアンクローの如く掴み止め、逆方向より飛び込んで来た兎の眉間を射抜く。すぐに掴んだ兎を放し、そちらにも一発を。
次の兎は既に至近距離に。咄嗟に身を伏せ、右手に持った銃を左手に放りながら右手の親指を下から兎の喉元に突き刺す。動きの止まった兎の顎に一発、二発。
動かなくなった兎を盾に次の、更に次の兎を防ぎ、三匹目は兎の遺体を投げ捨てながら跳躍。飛びかかる兎の頭部を踏みつける程の高さにまで。
そして上から三連発。着地するとそこで一息。
一斉範囲攻撃の後とはいえ、仕留められたのは二体のみ。
小さく嘆息した後、峰雪はゆっくりと周囲を見渡す。その挙動に兎は警戒しつつも再度突入を。
峰雪の足元を薄い霜が覆っている。霜は徐々に範囲を広げ、拡大し、兎達を飲み込んでいくがコレが仲間を傷つける事は無い。
何体かは、この凍気に晒され動きを止める。
「おやすみ、ゆっくり眠るといい」
不知火あけび(
jc1857)が対峙するは、殺意の百合と呼ばれる刀使いのディアボロだ。
資料にあった居合い使いとの言葉通り、百合は納刀状態のままあけびとの間合いを詰める。
間を計っていたあけびは、突如手の内に闇を生み出し放つ。百合は一切の油断無くこの一撃を避けるが、その背後から鈍い悲鳴が。この一撃は別の敵兎を狙ったものであった。
そちらに百合の注意が逸れた瞬間、あけびは勢い良く百合の間合いへと踏み込む。
「尋常に勝負!」
その言葉が通じた訳でもあるまいが、百合は反応の遅れも構わず抜刀。避けえぬ、と受けに回したあけびの刀が悲鳴を上げる。最悪刃が触れるのだけは防いだが、その威力をモロに腕に打ち付けられてしまう。
『剣筋に乱れなし! 強い……!』
腕が悲鳴を上げるのを無視し、強く押し出す事で打ち込まれた百合の刃を弾き、体勢を崩す。
一度止めてしまえば、抜刀術の刃なぞ怖るるに足らず。
下段よりの逆袈裟が百合を切り上げる。上体のみを後方に下げ、仰け反りかわす百合。あけびの連撃、兜割りに振り下ろす一撃を今度は身をよじってかわす百合。そこで、あけびの背筋がぞくりと冷える。
上体のみで回避を行い強い下半身を維持したまま、百合は再度の納刀を済ませているではないか。
そして気付く。百合の全身より黒い瘴気が漂っている気配に。
あけびの周囲を、風が吹きぬける。
一閃。百合の刃が下方よりひらめき、あけびの銀閃が上方より降り注ぐ。
倒れたのは、百合の方であった。勝敗を分けたのは見たか否か。
百合の居合いをあけびは見たが、あけびの袈裟を百合は見た事が無かったのだ。
翠蓮の蟲毒の術は、確実に生身にその効果を与えていると確信出来た。
元体力が大きく防ぐ能力に長ける生身に対し、この術はより効果が高いのだが、少なくとも見た目からその効果を感じえる事はまるで無かった。
そんな雄々しきマッチョレディを真っ向より受け止めなきゃならないハメになった写楽は、両手持ちの大剣をゆっくりと振るう。
乱暴に振り回すのではない。剣先にまで神経が行き届いているような、拙速さはなく優雅さすら感じられる動き。
素早く振り、大きく動き、細かくまとめる。
生身は写楽のペースが掴めず、翠蓮の継続的な援護があるとはいえ、写楽は地力的には格上の生身と互角以上に渡り合っていた。
相手の戸惑いが見て取れた写楽は、やっぱりかとほくそ笑む。
『ディアボロにゃ七五調は理解出来ねーか』
生身状態不利のまま互いに削り合いとなり、写楽は表面上は余裕の表情のまま、内心いつ対応されるかとひやひやしながら戦闘を続ける。
元々近接戦闘より中距離での撃ち合いを狙っていたのだが、生身には牽制がまるで効かないのでその接近を防げなかったのだ。
それでもどうにかこうにかその体力を削りきり生身を倒し、自らもほぼ出涸らしとなった写楽は、その行動を特に意図があってやった訳ではない。
自分の肩に手にした大剣を担ぎ、ふうと一息つく。
それが歌舞伎で良くある殺陣のラストであると気付いた写楽は、自らの仕草に思わず苦笑してしまうのであった。
焔・楓(
ja7214)が手にする武器朱華布槍は、槍と名が付くが極めて特異な武具であった。
先端に錘の付いた布、といった表現が一番適切か。槍というよりは中国武術で用いる流星錘がより近かろう。
そんな珍しすぎる武器を楓は器用に操り、上から下から斜めからと縦横より攻めたてるのだが、変ティーはそれら全てを危なげなくかわし続けていた。
「うー、ふらふらと避けるんじゃないのだ! 足を止めて当たるのだ!」
嫌ですー、とばかりに変ティーからの衝撃弾が楓へと。楓は手首を返し、布を正面に円状に展開して防ぐ。
すぐに全身を回転させる。楓の挙動は布を伝ってその先の錘を動かし、波打つように先端が変ティーへと伸びる。
変ティー、くるりと横に一回転してかわし、伸びた布に沿いながら踏み込んでくる。
楓が腕を振ると、伸びる布に大きな波が一つ生じる。これから離れるように変ティーが動いた所で、楓の目論見は果たされる。
「いったのだ!」
楓の誘導に誘われた変ティーは、モーゼルを両手で構える咲人の真正面に飛び出す事になった。
「あいよ、任せな」
再びその頭部を銃弾で強打された変ティーに、楓はたった今切れた集中力を再度研ぎ澄まして狙う。
敵が崩れたと見るや一気呵成に攻めかかる。この辺りの動きは考えてのものではなく本能的なものであろう。
咲人は走って位置を変えながら変ティーに銃撃を続ける。これと、楓は全く連携を取らぬままに変ティーを攻める。連携を取らぬが故に、変ティーは二人の攻撃にリズムを見出す事が出来ない。
少しづつ、変ティーの回避が破綻していく。
最後は、縦横に動く布槍の動きで幻惑しておいての楓の飛び蹴りを顎に受け、変ティーは倒れるのであった。
クレメントの持つ長物である斧槍は、アメリカンファックイェアに対しては逆に使い辛い武器となった。
何せ小回りが効き、あっという間に懐に入り込まれるのだから、逆に斧槍の長い間合いがクレメントにとって不利に働く。
それでも引かず、斧槍の柄を棍のように用い乱打される拳を受けて止めるクレメント。
相手は拳だからと力任せに柄を押し付けているのだが、アメリカンの拳からは鋼より硬そうな感触が返ってくるのみだ。
それでも耐える。引かず、下がらず、前へと進む。
フローライト・アルハザード(
jc1519)が援護の鎖を飛ばす。致命的な状態になる前に、この鎖がクレメントとアメリカンの間合いを引き剥がしてくれる。
アメリカンはこのせいでクレメントを崩せず、苛立たしげに声を上げると、兎が数体こちらに援護に駆けて来る。
フローライトがこの対応に向かおうと動きかけた所で、クレメントはアメリカンの前から戦闘開始以来初めて下がった。
その目がフローライトへ言っている、後は頼むと。
それでフローライトもようやく察した。クレメントは無理にアメリカンの得意距離での戦闘を続ける事で、その動きを距離を置いて援護するフローライトに見せ続けていたのだ。
フローライトは、ならば先に言えば良いだろうに、と思ったが同時に、言われたとて不要だの一言で済ませてしまうだろうとも思えたので、これはこれで正解か、と何処か他人事のように考える。
前へと出たフローライトに対し、アメリカンは凄まじい速さで踏み込む。が、その動きは既に見た。
フローライトの布槍が翻ると大きく広がって、アメリカンの視界を奪う。
動きの止まったアメリカン。次の瞬間布が消失し、今度は鎖が弧を描き襲い掛かる。スウェーバックでかわし、届かぬ距離で拳を握るアメリカン。
そんな苦し紛れな攻撃なぞ通じる訳もなく、槍布が螺旋を描いて伸び、アメリカンより放たれたミサイルパンチと正面より激突し完全にコレを防ぎきる。
爆煙に紛れアメリカン再度の突進。しかし煙を切り裂いて伸びた白光を放つ黒鎖が胴を強打し足が止まる。
白光はフローライトの意思に応え更に輝き、まっすぐに伸びた鎖はまるで生き物のように動きを変え、アメリカンの頭上より襲い掛かる。
頭頂に痛打を受けながら、アメリカンはそれでもと前へ走る。フローライトがそう操ると鎖はあっという間に手元に戻り、アメリカンへ再びまっすぐに伸びる。
アメリカン、走りながらこれをかわす。否、波打った鎖は円を作ってアメリカンの首に巻き付き前進を止めてしまう。
そのままアメリカンを振り回し、壁面へと叩き付けるとそこでフローライトは攻め手を止めた。
クレメントがお任せを、と小さな流星を叩き込もうとするのが見えたからであった。
全ての敵を倒すと、咲人はようやくかと口にした煙草に火をつけながら、福沢に文句を付ける。
「……アンタは何だってこう面倒な敵ばっか引き寄せて来やがるんだ」
「俺に言うな。好きで選んでる訳じゃない」
とはいえ、と続ける福沢。
「楽な仕事はまあ、他の連中がやっちまうだろうからなぁ」
けっ、と煙と共に吐き捨てる咲人。しかし写楽はというと、福沢の準備を評価したようで礼と共に上機嫌に声をかけている。
二人の対応の差は、別に敵が女ばかりだったもんで、女性が得意か不得意かで分かれている訳ではない、だろう、きっと。
最後に福沢は満面の笑みで言った。
「これで、この意味のわからん不愉快な名前ともおさらばって事だ。重畳重畳」