敵ディアボロ達の中で、やはり大蛇はその巨躯から一際目立つ存在であった。
小田切ルビィ(
ja0841)は皆が射撃準備を整えたのを見て、上空にて自分もまた手にした大剣を振りかぶる。
「とりあえず、アイツを何とかしねえと、射線塞がれて敵後衛に好き放題されちまうぜ……!」
合図と同時に一斉攻撃。着流し、トカゲ頭、忍者の三体にそれぞれ担当が走り、残りは大蛇へと。
法水 写楽(
ja0581)の銃撃が大蛇を射るが、効いているんだかいないんだか。
見ると、大蛇は妙な形にうねくっている。その意味は、すぐにわかった。
全身をバネのように用いた跳躍により、大蛇は瞬きする間に写楽との間合いを詰めて来た。
巨体を物ともせぬ大蛇の俊敏さに反応出来たのは、サミュエル・クレマン(
jb4042)だ。
全長十メートルの体当たりを一身のみで支えるサミュエル。
両足がアスファルトに深く沈みこんでいく。それでも、膝は折らない。
まるで刃のように硬い鱗を両腕で支えた盾で押し返す。蛇がうねると重圧が更に増す。体を硬直させ耐えると、踏ん張りアスファルトにめりこんだ踵が、後ろに引きずられこれを削り取っていく。
「せーのっ!」
のんきな掛け声は蛇の脇へと回り込んだ写楽のものだ。
持ち替えた大剣をいっぱいにふりかぶりながら、蛇の巨体を見上げている。
その超がつく大振りは、防御だのなんだのを一切無視した、ただただ力任せな乱暴極まりない一撃。
それでもこの場では問題ない。大蛇の注意は完全にサミュエルに向けられているのだから。
金属の塊を叩いたような響く音と共に、大蛇の頭部が真横にズレる。
が、近寄ってきた写楽を、捕まえるべく大蛇は首を伸ばす。これを防ぐのはルビィだ。
大剣を両手逆手に持ち、上空より落下しながら大蛇の首を突き刺す。
大蛇からは即座に凄まじい反応が。のたうち暴れる大蛇にルビィは跳ね飛ばされるも、それも計算の内だったのか空中で姿勢を整え再び空へと舞い上がる。
暴れる大蛇に向かい、黒羽 拓海(
jb7256)が走る。
八双にかざした刃が大上段へと跳ね上がる。刀身には薄く青雷が波打つ。
間合い充分からの渾身の振り下ろし。さしもの大蛇の表皮も刃に負け切り裂かれる。
それでも、大蛇の動きを止める程の稲妻は望めず。まだ及ばぬか、と口惜しそうに下がる拓海。
対大蛇に動くは四人。この全員が、既に大蛇との戦闘間合いを概ね把握していた。
人のそれより遥かに広い間合いであるが、それとわかれば出入りで対処出来る範囲だ。そう、思っていた全員が謀られた。
例えるならば、戦車の超信地旋回が一番近かろう。
足で動く生物には全く理解しえぬ挙動で、大蛇はその場で大きく回転を始めたのだ。
近接攻撃を狙う全ての対象を吹っ飛ばせるよう、その体を伸ばしながら。
恐るべき大蛇の筋力は、既に僅かな挙動で信じられぬ速度を生み出していたが、サミュエルはほんの僅かも迷う事無く、飛び出していた。
盾で止めるとかではない、その優れた感性から大蛇の重心の基点となっている箇所を見抜き、両腕を大きく広げてこれを止めに動く。
頬を、腕を、上体を、大蛇の鱗に押し付けたせいで無数の切り傷を作るが一切構わず。
旋回し始めた大蛇を全身を投げ打ち、膂力のみにて無理矢理抑え込む。
踏ん張るサミュエルの全身には、遠心力にて加速した大蛇の全体重がのしかかっていた。それでも耐えるが守護の覚悟、ディバインナイトの有り様だ。
体を再生するスキルを用いているが、今こうして大蛇を支えるはスキルなぞではない。決して折れぬ、強固な意志によるものだ。
何とか皆を守ったサミュエル。そして動きを止めた大蛇は同時に攻撃の好機となる。
深呼吸一つ。刀を構えなおした拓海は、再び全く同じ動きで大蛇へと走る。
必殺の一撃、その為の歩法に問題はなく、剣の術理にも誤りは無かった。問題はその次。
剣に宿りし青雷を、アウルの流れによって操り従わせる。元より拓海は剣のみを頼りに戦う者に非ず。
先ほどと同じく斬りかかり、切っ先が触れてから腕の振りにも変化は無い。ただ一つ、イメージのみを変える。
剣の内にある青い刃が剣撃に添って大蛇の体内目掛けて伸びるイメージ。
届いた。確かな感触。
だが、そこに全身全霊を費やしたせいで、次の動きが取れそうにない。
なので拓海は仲間達に後を任せる。
そしてこちらも先と同じように近接し、乱雑に大きく振りかぶる写楽。敵は痺れて動きが止まっている。
狙い外さず、蛇の首元に駆け寄りながら真横からの一撃。
力任せの一撃では蛇の鱗はそうそう抜けぬ。抜けたとしても柔軟で頑健な筋肉がこれを防ぐ。
写楽がただ腕力頼りに剣士ならば、大蛇の思惑通りであったのだろう。
しかし写楽は駆け寄った勢いを殺さぬよう、大剣を叩き付けた後、肩口をその大剣後ろに押し付ける。これにより、走り寄った勢いも大剣に乗せられる。
当然これは計算の上での動きだ。
ぎちりと鱗に食い込む写楽の大剣。
自らの体重が剣に乗り切った瞬間、写楽はにやりと笑い小さく呟いた。
「鬼神一閃、てなぁ!」
刀身から紅蓮のアウルが吹き上がる。
燃え上がった紅は写楽の全身を包み、その背を押すように噴出する。切っ先が食い込んだまま止まっていた刃は、この加速に押されてより深くへと沈みこむ。
写楽はアウルの噴出に身を任せ、剣を肩で押し込みながら前方に一回転し、大地に着地すると両足を踏ん張って勢いを殺す。
殺しきれず足が滑っていくのはご愛嬌。
蛇の首を真っ二つにした感触を確認すべく後ろを振り向いた写楽は、浮かべていた会心の笑みを苦笑に変えさせられた。
ルビィは、それを見て思わずこう口にした。
「流石は蛇、執念深いってのは本当か……」
首を斬られた大蛇は、頭だけになっていながらまるで闘志衰えず。
斬り飛ばされた勢いそのままに、ルビィへと飛び掛っていったのだ。
ルビィは怖れず慌てずたじろがず。
手にしたツヴァイハンダーを顔横の高さで、突きの構えのまま大きく後ろに引く。
銀緋の紋様が浮かび上がるは、その身にアウルが迸る証。
空から降りて構えるは、両足で踏みしだく大地の力をも用いんが為。
蛇頭が迫る。
ルビィより舞い上がるアウルのゆらめきは、竜巻のように巻き込まれ大剣へと収縮する。
踏み出す一歩。
「くわばらくわばら――ってなモンよ!」
大蛇の下顎を踏みつけると同時に、渾身の力を持って大剣を突き出す。
大剣は上顎の先を貫き引き裂きながら両目の間を走り、脳部を通って首にまで至る。
更にその先へは、直線状に放たれた封砲の暗き輝きが伸び行き、大蛇の頭部を縦にまっ二つに切り裂いた。
トカゲ頭は撃退士の戦力が大蛇に集中したと見るや、そちらの援護に動こうと槍をかざす。
そこで突然、上空に向かって槍を突き上げる。天空より舞い降りてきた紅 鬼姫(
ja0444)の鳳凰はこの切っ先を危なげなくひらりとかわす。
続く二撃、三撃、全てハズレ。トカゲ頭は翼を広げ上空へと飛び上がる。
鳳凰の更に上から、含み笑いが聞こえてきた。
「鬼さん此方、手の鳴る方へ……ふふふ、鬼姫と遊んで下さいですの」
鬼姫は鳳凰の上にぽすんと降り、その頭を小さくなでながらそう言った。
トカゲ頭はこうした鬼姫の遊び心に付き合う気はないようで、即座に攻撃術の用意を。鬼姫と鳳凰は左右に散開。両者の間で広範囲を巻き込む爆発術が破裂した。
的確に召還術の弱点をついてくる。しかもトカゲ頭は鳳凰には目もくれず、一直線に鬼姫を目指して来る。
「多少は頭が回る様ですの……」
逆に鬼姫の方から翼を一振りして、トカゲ頭に突っ込む。
空中で上下を逆さまに、鬼姫の袈裟斬りがトカゲ頭からは切り上げになるように。トカゲ頭、槍にて受け止める。
受けた瞬間、再度羽ばたいた鬼姫は、斬りつけた右の刀を滑らせ押し込みながら体勢を再び上下引っくり返す。鬼姫の回転により、トカゲ頭の槍は引っ張られ隙間が開く。
この隙間に、滑り込むように鬼姫の左の刀がトカゲ頭を襲う。いや、外した。ここで鬼姫痛恨のミス。
好機、と必死に身をよじり離脱するトカゲ頭。いやさミスではなかった。鬼姫は、これを待っていたのだ。
「……ですが、所詮雑魚ですの」
狙いは背中の翼であった。これを万全の体勢で切り落とす。これで後は、時間稼ぎは幾らでも出来るだろう。
終夜・咲人(
ja2780)は、両手に銃を握ったまま走る。敵は忍者もどき。考えていた以上に、速い。
踏み込んで来たと思ったら、頭上を飛び越え背後に回りこみ一撃。咲人の背より血の飛沫が上がる。次の瞬間、忍者は冷気圧に押し出され吹き飛ばされる。
ざーんねん、とアリーチェ・ハーグリーヴス(
jb3240)は手にした人形を両手でいじり遊びながら、次なる術の準備に。
凍えたか凍ったか、動きを止めた忍者に咲人の銃撃が。しかしそれだけでは押し切れず、動き出した忍者に再び翻弄される。
アリーチェは敵に聞こえても構わぬと、暢気な口調で言った。
「ねえ、これだと先にこっちの手品が尽きるわよ」
咲人が致命的な状況に陥る前に、アリーチェが山程用意してきた各種拘束術にて動きを抑え込んでいるのだが、その分火力は期待出来ず、咲人一人で押し切るには火力が足り無すぎる。
「そうかい、そいつはゴキゲンな報せだ」
しかし咲人はこれといった対策を打たず、忍者が動きを止めている間に攻撃し、動き出したら数撃もらってまたアリーチェが拘束、といった流れが続き、そして遂に。
「はい、これで打ち止めー」
アリーチェによる最後の拘束術が忍者に決まる。ここで忍者を仕留めるか何かしないと、次の忍者の攻勢を防ぐ手段が無い。
咲人は全身に裂傷を負いながら、両手に持った銃をズボンに突っ込み両手を開けて、上着から煙草の箱を取り出した。
手馴れた仕草で一本口に、火をつけ吸い込んだ後、眉根を潜める。
これはアリーチェにも予想外だったようで、大きく目を見開いた後、数度瞬きする。
「え? 何、末期の煙草? 諦め早くない?」
「馬鹿言うな、最後の一本がこんなマズイわけねーだろ。くっそ、口の中も切ったか? 煙草の味がまるでしねー」
忌々しげに煙草を吐き捨てると、ちょうど忍者が動き出す。
ズボンから銃を抜き、両手に持ち直す咲人。
忍者の刃が、首へと伸びる。
首が飛んだ。そう見えたのは咲人の動きが速すぎた為か。忍者の横をすり抜けざまに脇腹に一発打ち込む。忍者、崩れぬまま下段蹴り。
片足上げて蹴りをすかす咲人。体勢は大きく崩れているが、武器が銃なら強い姿勢は不要。銃口が敵に向いてさえいればいい。
もう一発打ち込んでやると、忍者は跳躍して距離を開ける。両腕を突き出し、二丁拳銃を容赦なくぶっぱなしながらゆっくりと歩いて追う咲人。
「何よ、急に動き良くなっちゃって」
「こんだけ見れば、動きを覚えるぐらいは何とかならぁ」
狙うは跳躍後、着地の寸前は如何な忍者とて動き回る事は出来ない。
一気呵成に攻め立てると、忍者は何と標的をアリーチェへと変えてきた。
その切り替えの早さに驚き、咲人は対応が遅れる。
「まずっ」
そしてアリーチェだ。一生懸命に走る忍者を不思議そうに眺め小首を傾げた後、手にした人形を眼前に持ち上げ、人形も同じように傾ける。
「かーわいいの、信じたんだ」
堪えきれぬと笑うアリーチェ。
走る忍者の足元から、黒き手が伸び忍者の足首を掴む。掴んだ腕から別の腕が生え、忍者の膝を、更に生えた腕が腿を、腰を、胴を、腕を、首を、頭部を、無数の腕が忍者の全身を覆い尽くす。
そう、つまり、束縛の術は打ち止めではなくもう一発残っていたのだ。
流石にこれは予想外で、呆気に取られる咲人。
「……お前」
「ふふっ、これで本当に最後だから後よろしくねっ」
咲人がアリーチェの前に立ちはだかると、忍者は拘束を振りほどいてこちらへ駆け出す。
そこに、咲人の背後より、その肩上から手を伸ばしたアリーチェが、今度は氷の拘束術を打ち放った。
吹雪に飛ばされた忍者を見て絶句する咲人に、イタズラが上手くいったと屈託無く笑うアリーチェであった。
神喰 茜(
ja0200)がだらりと刀を下げて近づくと、着流しは腰に下げた刀を抜き、やる気ならば受けて立つまでだと態度で示す。
その単純明快なあり方を、茜は気に入ったようだ。
「悪魔の趣味か知らないけど、いい趣味してる。面白そうだよ」
茜の髪の色が金色に燃え上がり、素人目にもわかるほどの剣気を纏う。すると着流しもまた全身から黒い何かを噴出し、それがゆっくりと刀身を伝いその先端までを満たし尽くす。
先手は茜だ。牽制も何もない、いきなり全速の一刀。着流し、下がらずその場に留まったまま大きく屈み込んでこれをかわす。同時に伸びる着流しの刃。
こちらもまたかわされる事を一切考慮していないだろう全力の一刀。逆袈裟に振り上げられた刃を茜は横に回り込むようにして外す。
距離は開けない。それでは、こちらの刀が一番強い距離を外れる事になる。
茜の刀が着流しの頬をかすめる。着流しの刀が茜の脇腹をこする。
二人は打ち合わない。受けてる暇があったら、刀には切る仕事をさせたいと言わんばかりだ。
見ている方の肝が冷えるような剣戟のきらめきが続く。
均衡が崩れたのは突然だ。茜の腿から鉄砲水のように血が吹き上がる。
この斬り合いはディアボロならではの優れた体躯と身体能力で、着流しの方に分があるようだ。
だが、着流しはこれで茜が下がるとは思わないし、茜も茜で戦い方を変える事もない。
どちらも、勝つだの負けるだのなんて理由で刀は振るっていないのだ。ただ相手を斬る為だけに振るう刀に、後退の二字なぞありえようか。
両者共、最初からそうなっていたのではない。
刀を合わせ、互いにシンパシーを感じる程の濃厚な刃のやりとりを経て、いつしか引き下がれぬ領域にまで入り込んでしまっていた。
これを止めたのは、この領域に力づくで割って入れる実力者、黒羽拓海が声をかけてきたからだ。
「神喰、それまでだ」
見るからに不満顔の茜に、妙に真面目くさった顔で拓海は言う。
「俺にもやらせろ」
刀を手にした拓海から、ほとばしらん程の闘気を感じ取った茜は、ああ、この人も盛り上がっちゃったんだなーと納得してしまう。
それほどこの着流しは、イイ敵であったのだから。
全ての敵を撃破した後、福沢の影働きをそれぞれのやり方で評価する撃退士達を見て、彼は監視カメラを回収しながらぼやいた。
「お前等ってさ、存在からしてものすげぇ雑に見えるけど、要所要所じゃきちんと細かいのな。ホント、おもしろいよお前等は」