「助けて、もらっていいか?」
福沢清彦の言葉にRobin redbreast(
jb2203)は、とりたてて問題視する風もなくあっさりと答える。
「うん、いいよ」
彼女の二つ返事に福沢は笑みを見せる。
「話が早いってのは素晴らしい事だ、ありがとよお嬢ちゃん」
ルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)も特に異論は無いようだが、率直に疑問を口にする。
「助けるのは構わんが……よく我々がいると調べていたものだな」
福沢は少し遠慮気味に言う。
「確かに手間ではあるが、そういう業務だと割り切ってしまえばそれほど苦にもならんさ。言っちゃ何だが、あんた等のその任務に対して過剰戦力気味だったって事も、まあ、一応調べはついてたんでな」
「何とも、周到なものだ」
小田切 翠蓮(
jb2728)は手に持っていた懐中電灯を一つ、福沢に向けて投げ渡す。
「そこな闖入者よ。詳しい話は後で聞くとして――おんしも撃退士なら加勢せい」
「ああ、それはもちろんだが……しかし……」
福沢は皆を見て、ぼそりと。
「俺も含めて、後衛ばっかじゃねえか」
不意にすぐ側で銃声が鳴り、思わず身を竦める福沢。Robinは早速銃を構え、敵に向け発砲を開始している。
青空・アルベール(
ja0732)も彼女に倣って長銃身の銃を構える。
「なら、有利な内にガンガン行こうか」
敵は見るからに近接仕様。なら近づかれる前にヤレという話。
終夜・咲人(
ja2780)は気だるそうに先進的なデザインのオートマ拳銃を手に取る。
「……結構居るじゃねェかオイ。俺らさっきオシゴトしてきたばっかなんスけど」
そしてとりあえずで構えてみてから、暗がりの中を駆けてくる敵影に狙いが定まらず舌打ち。
片手で煙草を取り出し、軽く振るだけで一本のみを器用に取り出し口にくわえる。
当てられる距離まではほんの少し時間があるという事で、その時間の間に煙草をしまってライターを取り出し火をつけ一吸い。
この辺のフリーダムさは、軍隊仕様の福沢の目には斬新に映るようで。
「お前、色々とすげぇなおい」
サミュエル・クレマン(
jb4042)は福沢の前に立ち、明らかに自分の身長よりデカイ大剣を具現化させる。
遠近法を誤ったかと思うような人と武器とのサイズ比であるが、サミュエルが八双に構える様に不安定さはまるで見られない。
その全身にアウルの輝きが満ちていくのは、光纏のみならず、再生の術式も組み上げているせいだ。
銃撃に怯む事なく突進してくる黒い影達。
これに向かい、ルナリティスの声が合図となり、一丸となって迫る黒い影達に皆が一斉に術を撃ち放った。
「纏めて凍てつかせてやろう……!」
やはり、と言うべきか。深夜の時間帯に学校の校庭というシチュエーションには、照明なんて気の利いた舞台装置は期待出来なかった。
それでもアルベールなどは闇を苦にもせず銃撃を続けているが、そうでない者の方が多いのも当然であろう。相手は闇の中の黒なのだから。
Robinは目を凝らしつつ攻撃術を構えながら、頼りになりそうな光源の方を顎で差す。
「ん」
言葉も無い簡潔にすぎる指摘であったが、咲人がその意図を了解しそちらへと駆け出す。
目指すは福沢が乗ってきたワゴンのライト。
「さて、と」
さっさとワゴンに乗り込んだ咲人は、エンジン始動と同時にギアを入れアクセルを踏みつける。少し、重い。
「後ろ何積んでんだコレ?」
しかし加速は悪くない。数度ハンドルをまわして車体を左右に振ってみて、感覚を掴む。
口にくわえたままの煙草を、手を使わぬまま一吸い。これは上手くやらないと煙が目に入るのだが、当然熟練スモーカーである咲人にそのような不手際はない。
「せーの、っと」
踏み込んだアクセルそのままにハンドルを回した後、強くサイドブレーキを引き上げる。
タイヤのグリップ限界を超えるよう操作したのだ。当然後輪は勢い良く横滑りを始める。軽くブレーキを踏み重心を前に落としながら、ハンドルでカウンターを当て微調整。
最後に強くブレーキを踏み込むと、後輪は更に勢いを増して横にズレ、車体全体が前輪を中心に半回転。
校庭の端にまで走った車が、ライトを校庭に向けるような形で停止した。
同時に、咲人はくわえてた煙草を割れたままの窓から外に投げ捨てる。窓枠を、黒い手が掴んだ。
暗闇の中、煙草の火が糸を引く。目立つそちらにほんの僅か、黒い影が意識を向けた瞬間、咲人はドア越しにモーゼルをぶちこんでやった。
「ラブコールは嬉しいけど、俺あんま近くに寄られンの嫌いなの」
黒い影達は、最初の範囲攻撃一斉発射をもらった後、遅ればせながら散開を始める。
アルベールはショットガンを顔前に構え、サイトに目を当てたまま銃先を走る黒い影に向ける。
フロントサイトとリアサイトの重なる位置に、黒が滑り込むと同時に引き金を引く。
黒影がびくんと大きく跳ねる。スラッグ弾の直撃は流石に応えるようで。とはいえ広範囲術の一斉攻撃にも止まらなかった足だ。黒影はそのままジグザグに走る。アルベールに向かって。
迫る黒影。その輪郭が奇妙にズレてみえる程の速さ。
『いや、違うっ!』
もう一体が真後ろに居る。これに気付けたのは歴戦の戦闘勘故だ。アルベール風に言うならばヒーローならではの卑劣を見抜く嗅覚といったところか。
咄嗟に、弾倉内のアウルによって作り出した弾丸に、更に力を加える。
狙いを定めてから発射するまでのタイミングをズラすのは射手としては極力避けたい事態であるが、それは戦場で言ってられる類の贅沢ではなかろう。
銃身の上を僅かに黒光が波打つ。
アルベールが引き金を引くと、銃口より飛び出したのは弾丸に非ず、二首の犬だ。
一頭が先頭を走る黒影に喰らいつき、二頭目はその肩上を滑り越え真後ろの黒影の首を捉える。
銃弾の速度で放たれた二頭だ。黒影を一瞬で食いちぎって後方へと突き抜けていった。
それでも黒影は倒れず、しかし、アルベールの前方は分が悪いと更に迂回を狙う。
それは即ち、正面で敵を食い止めるサミュエル、ルナリティスの居る位置から離れるという意味でもあり、アルベールの目論見は完膚なきまでに果たされたのである。
翠蓮の初手は味方全員へのバフから。
「青龍、朱雀、白虎、玄武――四神の名において、この地に護りの加護をもたらさん」
手にした斧槍を頭上で一回しすると、込めたアウルが雫と零れる。
回転でつけた勢いをそのままに、斧槍の柄尻を大地へと突き立てる。土を掻き分ける音ではなく、凛とした涼しげな音が鳴る。
音と共に、四体の獣が四方へと駆けていく。
再び翠蓮が強く斧槍を大地に押し込むと、四体の獣は忽然と姿を消し大気中へと拡散、友を救う加護となる。
前方では既に混戦模様となり始めた。前衛二人は流石に厳しいようで、数体が迂回しながら後衛を狙いに動いている。
隣で舌打ちしながらライフルを構える福沢に、翠蓮は戦闘の最中とは思えぬとぼけた笑みを見せる。
「勿論、追加報酬は出るのであろうな?」
「依頼は出すが、アンタ等に行く報酬額までは俺の管轄じゃねえよ」
「なるほど、道理よな」
打てば返るといった風の福沢の軽快な返答に苦笑する。ネガティブな反応ではあるが、不快なものではない。
と、上手く暗がりを利用して一体の黒い影が二人の下へと迫る。
福沢、ライフルをそちらに向けるも、間に合わず。
翠蓮、どんな挙動も間に合わぬと、ただ手にした斧槍を指で弾くのみ。
微かな振動は柄を伝い先端の斧部へと。水面のように揺れた刃から飛沫が跳ね、透き通った液体は、斧から距離を離れる毎にうす黒く変色していく。
更に、この飛沫は体積を増しながら乾いていき、飛び行く先である黒い影の周囲に至る頃には、人一人をすっぽり覆える程の砂霧となる。
黒い影の振り上げられた腕はこの砂霧にまとわりつかれ、ゆっくりと凝固していき、そして完全に動きを止める。
福沢は肩をすくめた。
「石化と来たか。おっかねえの」
サミュエルは一体でも多くを自分にひきつけるために、自身へと標的を向けさせた黒影への攻撃優先度を大きく下げる。
もっとも、一番前に出ている事で、数体は完全にサミュエルに狙いを絞ってきてくれている。
ありがたくも、大変でもある。
サミュエルは意識してかせずか、敵の攻撃を引き付けるに、受けるという選択肢を選んだ。
これは、攻める側からすれば、かわされるより当っている方が攻撃をし続ける意欲が湧き易い事から、今の状況にはより適したやり方であった。
サミュエルと同じように前衛を担うルナリティスは、自分も前で注意を引き付ける役どころではあったが、サミュエルの動きを見て援護型へと切り替える。
サミュエルは巨大な大剣ヴァッサーシュヴェルトを盾に剣にと縦横無尽に振り回す。それだけでも敵の動きを牽制するに十分な動きであろう。
だが、防ぐのみでは盾にはなれども標的にはなりえない。
天高々と掲げられたヴァッサーシュヴェルトを、渾身の力で振り下ろす。何せ大きすぎる為、薙ぐかコレ以外はやりずらい。
黒影は左右に散って避ける。そして正面奥から一体が迫る。
大地に深く突き立った剣。サミュエルはその勢いを殺さぬよう、大地を蹴って飛び上がる。
大剣を軸に、縦にくるりと四分の一回転。棒高跳びの要領で最も高い位置まで飛び上がった所で、身を翻して切り下ろしにかかる。
大剣の重量に加えてサミュエルの体重までもを乗せた剛撃。それでも一撃で倒すには至らぬが、黒影はサミュエルに仕掛ける時、常に強力な反撃を意識しなければならなくなった。
そして届いたルナリティスの治癒術。サミュエルは、このままならば何処までも戦い抜けると確信し、力強く大剣を振るった。
ルナリティスの治癒術が結構な頻度でサミュエルに送られ続けると、サミュエルの奮戦もあってかあちらは完全に膠着してくれた。
突如、ルナリティスは背中に強い衝撃を受ける。敵の動き、把握しているつもりで見落としがあったようだ。
とはいえ。
「こんな時の為にこそ、防御力を鍛えあげていてな……!」
振り向きざまにアサルトライフルの引き金を引く。通常のサイトとは別にレーザーサイトを付けているとこういう時重宝する。
古のガンマンのように腰溜めに、走る黒影を追いかけるように連射。こうしながら他の敵の動きにも注意を払う。
案の定、二体が左右から同時に仕掛けてきた。片方はのけぞりかわす。残る一方が伸ばした手に、ライフル先端の銃剣を突き刺して攻撃を制止させるも、突き刺した手が二つに割れ刃となし、ルナリティスを切り裂く。
最初にかわした黒影が、こちらが崩れた事で再度殴りかかってくる。かわせない、銃を盾に受けるも銃を弾き飛ばされる。
ここぞと嵩にかかって襲い掛かる二体。ルナリティスは冷静に機械剣を手の内に生み出し、一振りで刀身を発生させる。
黒影の腕をかいくぐりながらの抜き胴、続き振り下ろされる腕を下から掬い上げるようにして切り落とす。
「別に接近戦がこなせない訳ではないぞ、射撃戦のほうが得意なだけで」
後退し、体勢を立て直そうとする黒影。そちらに、ルナリティスは剣を握らぬ方の腕を伸ばす。
「不味そうな魂だがまぁ文句を言える状況でも無いしな……」
伸ばした腕が更に伸びる。ルナリティスの手の平より生じた黒い腕が、逃げる黒影の背後から襲いかかり、その全身を握りこむ。
ぶちゅりという音と共に生まれた光が、黒い腕を這い登っていき、ルナリティスの元へと辿り着くとその体内へと吸い寄せられる。
「喰らわせてもらうぞ」
Robinの淡々とした戦闘処理は、福沢には馴染みの深いものであった。
なのでこれはどうか、と福沢が援護射撃してやると、Robinは援護で踏み込める限界の距離まで躊躇無く前進する。
「ほう」
福沢もまたアサルトライフルを構え、射撃を行いながら前に進む。
Robinはちらとこちらを見た後、福沢とは逆方向に展開し始める。
「ほうほう」
感心したように頷く福沢。敵の周囲を囲い込むように銃撃を行い、一方にソレらを集める。
数が揃った敵達は、ちょうど近くで取り囲み易い位置にいるRobinを見つけると三体でこれを包囲する。
「で、まとめて、と」
福沢の言葉に合わせるように、Robinの氷術が成立する。
Robinを中心にした同心円状に、大地の上を霜が広がっていく。
大気は刺す様な冷たさを湛え、急激な温度変化により風が起こり氷風は黒影を撫で付ける
唯一、中心に佇むRobinのみは一切の影響を受けず。黒影が身もだえしながら氷結の範囲より逃れんとする様を、これといった感情を込めぬ、無機質な目で見つめている。
内の二体が、氷の誘いに抗しきれずその場に崩れ落ちる。
Robinが動く。手にした青銅の護符をかざすと、球形の薄気味悪い何かが残る一体へ襲い掛かった。また福沢もここぞとアウルを込めた必殺の弾丸を放ち、仕留めにかかる。
敵もしぶとく抗してくるが、二人の集中攻撃により敢え無く砕け散る。そして残るは睡眠に落ちた二体の黒影。
二人共、下手にこれには手を出さず他所の援護に向かい、他を処分してからこの二体を処理する。こう動く間、二人の間に会話らしい会話は一切無い。
戦闘が終わると、福沢はRobinに笑いかけた。
「いやはや、本当に話が早いな、嬢ちゃんは」
一段落した所で、翠蓮が福沢に改めて正体を尋ねると、福沢は撃退庁の者だと名乗る。
そしてこうなった事情を説明すると、アルベールなどは失われた福沢の部下達の事を思い、殊勝な表情になる。
ルナリティスは皆の治療を終えた後で福沢に申し出る。
「乗りかかった船とやらだ。残りの処理も手伝おう」
これに対し、福沢は至極真顔でこう答えた。
「気持ちは嬉しいんだが……立場上、アンタが行くのなら俺も行かなきゃならん。そいつは、正直、ごめん被りたいんだよな。わかってもらえるかい?」
福沢の言葉を、咲人は煙草をふかしながらせせら笑う。
「めんどうくさがってる奴ぁ、もっと嫌そうな顔するもんだ。演技したいんならもうちょい気の利いた事言いな」
見透かされた福沢は、今度は正真正銘嫌そうな顔になる。
前後の状況を鑑みたRobinが推測を述べる。
「勝てない数が居る。その上で、救助すべき人員も残ってない」
アルベール同様、福沢の部下の去就を心配していたサミュエルは、深く嘆息した後、福沢を見つめる。
福沢は頭をかいた後言った。
「その通りだ。後は撃退庁の援軍に処理させる。……そう辛気臭い顔するな、人間大人になると嫌な事も我慢出来るようになるもんなんだぜ」