●オークション
お願いを聞いてくれた六人は、わずか三〇分という短い準備時間で打ち合わせを済ませると、役割をはたすために各所へと散っていく。
一番初めに役割を決めていた天険突破(
jb0947)は二〇分ほど前に話し合いの輪から離れていた。特殊なルールなど、なんか、ややこしい話だな。とぼやきなら今は臨時スタッフとして舞台の袖を忙しく動いている。
「でもこれで病気の弟さんが元気になるならやってやるぜ」
彼は情報を掴むために臨時スタッフになったのだ。舞台下で採用されると、雑談交じりで必要な情報を収集、スタッフは携帯禁止のため、簡単なサインを送る手はずだ。
「挑戦券がないと、剣引き抜いちゃいけないのか?」
など、当たり前の話しから入り。
「オリーブオイルを使った料理食べてみたいな」
オイルの状態を調べたりなど、勢力的な活躍をみせた。
「発掘ハンマーなら、岩を砕けるのか」
と今度はハンマーを見て何かに気がついたようだ。突如目が見開き、会場にいる仲間を探す。
そして神宮陽人(
ja0157)を見つけると小さくピースサインを送ってきた。あれはこのアイテムが必要無いというサイン。神宮が担当していたハンマーはいらないらしい。
天険に対して鋭敏聴覚を使用していた神宮の耳には天険がボソリと呟いた。
「ハンマーは古すぎて柄が腐ってる。使い物にならない」
とのセリフが聞こえた。これにより神宮の担当がハンマーから鞘へと切り替わる。
「鞘って、公式のやつか?」
ハンマーの確認を終えた天険が鞘の確認に移る。
こればかりはアニメの本編をしらないと判断のしようがない、たまたま近くにいた正規スタッフに尋ねると、当然本物だという返事が返されていた。
「さぁ、いよいよオークションの開催だぜ!!」
開始が告げられた。
「それじゃ一品目、幻の名人宮大工が、樹齢千年を超えるヒノキから削り出したらしい『ヒノキの棒』だ!!」
天険ともう一人のスタッフが台車に乗せられたヒノキの棒を舞台中央に運んでくる。
ヒノキの棒の担当は田村ケイ(
ja0582)。設置を終えた天険が田村に小さくピースサインをした、これも必要ないとらしい。ハンマーと同じく製作から何百年もたっているためヒノキが腐っている。
「ヒノキの棒はいただくわ(なんちゃって)」
それでもやることは変わらない、券を獲得するためのライバルの戦力を削ることが田村の第一目標だから。索敵を使い、もっとも所持金の多いであろう活劇愛好会の斜め後ろへと移動する。
「あれは絶対に僕たちが欲しい、けどまだ一品目だから慎重にいこう!」
周囲を探る愛好会の背後に忍び寄ったグィド・ラーメ(
jb8434)が愛好会だけに聞こえるような音量で呟く。
「まさかあれは…伝説の勇者が最初に装備する、伝説のヒノキの棒じゃねぇのか…!?」
呟きを聞いた愛好会はグィドに振り向く。
「これはここで見逃したら痛すぎるモンだぜ…」
「や、やはりそうなのか」
射幸心を煽られ慎重にいこうと言っていた愛好会に戸惑いの色が出た所へ、ダメ押しの一言。
「く…あれが勇者最初の装備の…! 欲しい……!」
絶対に手入れると意気込んでいる田村が落札するのは私だと眼があった愛好会にライバル宣言のような視線を送る。
「次回公演にはどうしてもあれが必要なのだ、絶対手に入れるぞ、資金の確認をしろ」
小声で相談し合う愛好会であったが、鋭敏聴覚で田村には相談が筒抜けになっていた。表情はポーカーフェイスなので盗み聞きをしているなど誰にも悟られないだろう。
「それではオークションをスタートします」
「5枚!」
開始の合図と同時に田村がBET。
「10枚だ!」
愛好会が即かぶせるように倍を提示、田村には負けるものかと、完全に競売相手だと思い込んだのだようだ。
「15枚」
「20枚だ!」
それからは周囲から声が上がるたびに、即座に愛好会が被せていく。田村に煽られ、グィドに乗せられ完全な暴走状態。
30枚を超えると周囲から声を上げる者が急激に減少、ここからが本当の勝負、これまで偶に声を上げていた田村が本気を出す。
「32枚」
「34枚だ!」
「クッ35」
枚数だけ端的に言う田村、そして所持しているメダルの袋をながめ、限界が近いと演技。その仕草を見た愛好会が強気に攻める。
「40枚だ!」
一気に5枚も釣り上げ蹴落としに来た。
そして田村の耳には、つぎ込める限界枚数が50枚までとささやく声が聞えていた。
「49」
もうこれが最後の声だと崩れ落ちつつBET。
「なんだと、だったら僕たちは50枚だ!!」
田村は声の代わりに両手をあげ降参のポーズをとった。
「ヒノキの棒は50枚で落札」
歓喜に沸き抱き合う愛好会のメンバーたちを尻目に田村はゆっくりとその場を離れる。
「…さぁ、可能な限りメダルは使わせたわ。後は任せた」
離れる際、素知らぬ顔で持っていたメダルを向坂玲治(
ja6214)に手渡した。
次の出品物であるオリーブオイルは舞台中央に運んできた天険が、品物を宣伝するふりをしてサムズアップしている。このアイテムは剣を抜くためには必要なようだ。
「どれ、ちょいとショッピングと洒落込もうぜ」
今まで忍のように存在を隠匿してきた向坂が舞台近くまで移動する。
彼が担当するのはオリーブオイル、岩の剣を抜くために必要ということは、おのずと使い道が限られる。隙間に流し込み摩擦係数を減らさなければならないのだ。
向坂も鋭敏聴覚を発動してオリーブオイルの獲得に燃えているお料理研究会を探る。そこが最大の難敵であることは一目瞭然である。
相手の上限が分からなければ最悪、会場を調べて分かった最大メダル保持のアームレスリング大好きの会の保有数で勝負するつもりだったが幸いにもお料理研究会のメンバーは隠すそぶりもなく自分たちの上限は40枚だと言いていた。
きっと他に落札に参加する者がいないと思い込んでいるのだろう。
明らかに他の出品物に比べて浮いている品。だから逆に剣を抜くために必要な物だと主催サイドが用意したのかもしれない。
「それでは、オリーブオイルをスタート」
「40枚」
開始直後の高額BET、先ほどの一桁始まりとは大違い。
声を出したのは当然このタイミングを狙っていた向坂、同額であれば先に声を出した方が購入権を得るルールにより、マックス40枚のお料理研究会を封じ込める。
ポーカーフェイスの向坂の顔は、上限枚数がどこまでなのかまったく読み取れない。
まさに瞬殺、シーンと静まり返る会場。
「……オリーブオイルは40枚で落札」
しばらく待っても40枚以上の声は上がらなかったのでオークションは終了、次に商品へと移る。
周囲から唖然とした視線を集める向坂だが、ポーカーフェイスを崩すことはなかった。
ハンカチを咥えて悔しがるお料理研究会はまだ続いているオークションには興味はないと早々に引き上げていった。
担当の仕事を終えた向坂は人込みから外れて一息入れる。
「続きまして3品目は三世紀前に最古の化石を発掘したかもしれない、超古い発掘ハンマー」
御客の前に姿は現したハンマーは天険の情報通り、柄が黒く腐っていてとても実用できそうにない、完全な飾り用のアンティークであった。
またオリーブオイルのオークションが開始されたと同時に裏で活動を開始したグィドは最初の山場を迎えていた。
グィドは挑戦券獲得の最大ライバルであるアームレスリング大好きの会に接触し、挑戦券を諦めるよう交渉していたのだ。
「つまり、貴様は我々に挑戦券を諦めと言うのだな、この鍛え向かれた筋肉を見てもそんなことが言えるか」
一人の男がボディービルのようなポーズを取り盛り上がる筋肉で威圧してくる。暑苦しい脅しであった。
「ほう、お前さんら、いい腕の筋肉してるなぁ」
だがグィドには脅しは通用せず、見せつけられた筋肉を指で突きその固さを確認する。
「ほうほう、首まで鍛えているのか」
とついでに額にまで触ってシンパシー発動、何故券・鞘が欲しいのかを探ると、伝説の剣というネームに惹かれての参加らしいことが分かる、剣の脆さが分かっていない。
「んん? そんなに凄いのに、あの剣じゃお前さんらの強さの証明にはならねぇんじゃねぇか?」
「なに?」
「あぁ、あいつは脆さから希少になっちまった玩具なんだとさ。そんな脆いものを所持してもお前さんらの強さの証明にはならねぇよ」
「本当なのか?」
大好きの会が目を凝らし岩に刺さった剣を見ると、微かにだがヒビが入っているのが見て取れた。
「むしろ、そんな暇があったら、己の腕を! 筋肉を! 磨くべきじゃねぇか! 筋肉が泣くぜ!?」
「なんということだ」
大好きの会メンバー全員が試合で負けたわけでもないのにその場に崩れ落ちたこれ以上話ができる状態ではなくなってしまった。できればメダルも譲って欲しかったのだが、最大のライバルがいなくなっただけでも成功だろう。
そしてちょうどハンマーを30枚で落札する活劇愛好会の姿が見えた。これで愛好会の所持メダルは殆ど残っていないはず。
次の接着剤が用意され天険がサムズアップ、これは必要だとのサインが届く。
交渉を行ったばかりのグィドのまたまたの出番、だが大手はすでに手回し済み。苦戦することもないだろう。
「さぁ、もしかしたらこれから伝説を作るかもしれない、開発者自慢の接着剤だ」
司会の言葉でオークションがスタートする。
はじめに5枚と宣言をするグィド、徐々に値段が上がって行き、20枚をBET、だがまだ他にも声を出しそうな集団がいる。これまでと違いゆっくりとしたテンポで進んでいる。
ここまでやれば神宮から頼まれた時間稼ぎも十分にできただろう。
「30枚」
これで最後だとボーダーの30枚、接着剤を獲得した。
残すは本命の剣と付属の鞘のみ。
残金はメダル60枚+40枚。
これは神宮の機転によるプラスである。
「30じゃ足りないかもだし、ちょっと悪知恵働かせてみようと思う系! ちょいお願いしゃす!」
とオリーブオイルの入札に負けて帰っていくお料理研究会から譲り受けたのだ。グィドに頼んだ時間稼ぎはこれが狙いであった。本当は何かと交換するつもりだったが、もういらないからとタダで貰ってきた。
「それでは本日のメインイベント、伝説の剣を引き抜くための挑戦券オークションを始めるぜ!!」
オオォーー!
観客から歓声がわいた。
この挑戦券を担当するのは桜野咲耶(
jc0968)。
「さぁ、今日の伝説を掴み取るのは誰だ!!」
5枚や10枚と同じタイミングで会場の各所から声が上がるが、その中で静かにでも切り裂くような鋭さを持った声で桜野はBETする。
「30枚」
いきなりのボーダー到達、一気に振り落とされる競争相手達。
「あら、少なすぎたでしょうか? 少し上げてもよさそうですね」
それでも本日の目玉である。根性を見せるいくつかの集団が31、32と臓物を絞り出すようにBETしていくが。
「33」
誰かがBETすれば、その一枚上を宣言する。
50枚を超える集団がいたなら、隠れて召喚していたヒリュウで妨害しようとしていたが、その心配もなさそうだ。
「50枚」
そして一枚刻みで一人、一人とふるい落とし、ついに誰も声を出す者がいなくなった。まさに王者の勝利のようであった。堂々と正面から挑む他者すべてを倒すBETは会場にいる者たちを大いに沸かした。
「50枚で伝説の剣を引き抜く挑戦券は落札決定だ!!」
歓声と拍手が挑戦券を落札した桜野に送られる。
「引き続きまして次の商品に移ります。剣の引き抜きに関しては、次の鞘の入札が終わってからとなります」
ラストの出品物、伝説の剣の鞘。
鞘の担当は神宮である。
天険の調査でこれがあの剣と対なる物だと言うことは分かっていた。
鞘だけでを手に入れても意味はないが、咲耶の接戦を制した入札の影響で会場のボルテージが上がってしまい、最後の一品ぐらいは獲得したいという空気が漂っている。
もう後のことは考える必要はない、持っている所持メダル全てをつぎ込んでくるだろう。
影で動いていた神宮が表に出る。
もう裏でやることはすべて終了している後は残高勝負。
駆け引きなど必要ない、此処にいる全ての者が残った戦力の全てを投入してくる。
「最後のオークションスタート!」
「――ッ!!」
同時に飛び交う怒号のような言葉の嵐。
その中で司会者はこのような状況になることも予想していたのだろう。言葉の嵐の中から正確に最高額を聞き分けていた。
「50枚、50枚で鞘を落札です!!」
司会者がはっきりと50枚と宣言し落札者を指さす。
その先にいたのは、神宮陽人その人であった。
●伝説を抜く
今宵最後のメインイベント。伝説の剣の引き抜きに挑戦である。権利があるのは挑戦券を落札した桜野だけだが、舞台上には他の落札者も登ることはできる。
値段の釣り上げ行為を行った田村だけは仲間だと悟られないように離れた位置でポーカーフェイスを続けているが。
舞台に上がったのは桜野以外、オリーブオイルを取った向坂に、接着剤のグィド、鞘の神宮、そして臨時スタッフになっている天険がいた。
「あの接着剤をつけたら、剣も絶対抜けなさそうだな」
天険も仲間と覚られないためだろう。あえて使い道とは逆の事を口にする。
桜野が剣を引き抜く前にオリーブオイルを落札した向坂が、グィドから接着剤も受け取って剣に近づく。
趣味が日曜大工の向坂、手先が器用でヒビ割れの状況を確認して壊れた剣を補強する。
向坂の作業を主催者兼司会者であった男は楽しそうに眺めていることから、この方法が剣を攻略する上での当たりであったようだ。
最後に岩の隙間に自身が落札したオリーブオイルを流し込み前準備を完了。
桜野へ来るようにと手招きをする。
会場中の視線が桜野に集中した。
補強されたとは言え、見るからに脆そうな剣に触るのは誰にだって勇気がいるだろう。その勇気を分けるように神宮がそっと桜野の背中を押す。
仲間たちと協力し合い、剣の前に立った。
優しく卵を包むように剣の柄を掴む。
握力は30以下で壊れないギリギリでの力で握る。何かにつかかった感触があったため、一度は軽く押し込み剣の刺さり具合を真直ぐにすると、オイルの効果を最大限に発揮するため、真上へ垂直に引き抜いた。
剣は抵抗なく岩から解き放たれ、天へと掲げられる。
剣の通った軌跡にオイルが飛び、あたかも魔力でも放っているように見えた。
勢いが付いてしまい後ろへ倒れそうになる桜野を仲間たちが手を伸ばし受け止める。
舞台のスポットライトに照らされる伝説の剣はオリーブオイルを纏いキラキラとした眩しい輝きを反射させていた。
手に入れた剣を引っさげ、弟の元にこのままお見舞いに行こうと神宮が言い出した。そしてヒーローごっこをしようかと。
「僕はヒロイ…冗談です敵でグワーッ」
仲間に若干の白い目で見られたので慌てて言いなす神宮であった。