.


マスター:川上 野溝
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/10/24


みんなの思い出



オープニング


 血濡れた一夜が明けた。見上げた空は快晴だった。
 どこまでも広く。澄み透って、青く。無垢で清々しい空の下で、僕は泣きながら理解した。
 神様なんていやしないんだ、と。
 憐れみや救いを求めても、虚しいだけだ、と。
 だって世界はこんなにも無情なのだから。

 とめどなく溢れる涙をそっとすくったのは、深い色の瞳を持つ女性だった。 
 僕と同じ視線の高さから空を見、ため息をこぼし、そして「美しい」と言った。
「悲しくなるくらい、美しい空ね。……昨夜のことが嘘みたいだわ」
「嘘? どうすれば嘘になるんだよ! 簡単に言うなッ」
 激昂した僕をしんとした表情で見つめ、彼女はゆっくりと口を開いた。
「いい。どんなときも、世界から孤立してはいけないのよ」
「なんのことだよ!」
「強くなりなさい、ということよ。憎悪に染まって、自分を棄ててはいけない。ひとりぼっちになってはいけない」
 彼女は呪文のようにそう語り掛け、僕の手をそっと握った。
「行きましょう、一緒に。あなたが目に映る景色を綺麗だと思えるようになるまで、側にいるから」
 瞳を揺らす僕に、彼女は立ち上がり毅然と笑って見せた。
 輝く陽光に照らされたその頬には、ひとすじの涙の痕があった。


 N県S市の閑静な住宅街に、その館はあった。
 三角屋根の塔屋の先に風見鶏が回る、瀟洒な洋館である。屋根は深緑、外壁は翡翠色に塗られているために、周囲の住民は「翡翠館」と呼び習わしていた。
 所有者の絶えたそこへ、ひとりの女と七人の子ども達が転居してきたのは3年前のことだ。戦災地から逃げ延びてきたその一行は、皆血のつながりはなく、女が戦災孤児を引き取って育てているという話だった。
 女は毅然として、美しかった。子ども達も健やかな瞳を持っていた。住民はその一家を好ましく思い、暖かく見守った。翡翠館は息を吹き返し、明るく穏やかな雰囲気を纏うようになった。

 だれも疑うことがなかった。
 そのささやかな幸せが崩壊する日が来るなんて、ついぞ思いもしなかったのだ。


 あの朝見たような快晴が、窓の外に広がっている。
 空は深く、清らかに。澄み透って、青く。三年経った今でも、その色は僕の胸を痛くする。だけど徐々に受け入れられるようになった。僕はひとりじゃないと知ったから。
 リビングで遊んでいる仲間を見やり、親代わりとなった彼女――聡美さんを見やり、僕はまた窓に目を戻した。頬杖をついてぼうっと外を眺めていると、眼前に人影が立ったんだ。ぎょっとする僕をよそに、影はすうっと近づいてきて、固く閉ざされたガラス窓を音もなく通り抜けた。あまりにも自然に入ってきたので、僕らは呆然として〈あいつ〉を見つめた。
〈あいつ〉は朗々とよく響く声で、謳い上げるように言ったんだ。

「ごきげんよう、逃げ延びた少年少女たち。あるいは、屠られ損なった子山羊たちよ」

 ガタン、と椅子を蹴倒したのは聡美さんだった。彼女は「逃げなさい!」と鋭い声をよこし、〈あいつ〉の前に立ちはだかった。僕らは何もできなかった。 〈あいつ〉が手品のように忽然と大鎌を取り出し、彼女を躊躇いもなく刈ったのを、ただ見ていることしかできなかった。
 ゴロンと落ちた、それ。愛する人の、それ。
 七人の子どもが発する壮絶な叫び声と金切り声のなかで、〈あいつ〉はにたにたと笑って言った。
「きみたちを屠るのはボクじゃないよ。それじゃあ面白くない」
 どくどくと血を流す、聡美さんが宙に浮かんだ。禍々しい光のなかで彼女の姿が変化していく。そのあまりの醜悪さに、僕らは泣いた。希望がただちに霧散していくのを感じた。
 〈あいつ〉は紅い唇をゆがめて囁いたんだ。
「ボクは家族が嫌い。家族の幸せが大嫌い。子山羊を狩るのは狼じゃない。母山羊なんだよ。さあ、逃げてごらん。〈彼女〉はきっと君たちを捕まえてみせるから」
 
 言われるままに逃げるしかなかった。それしか生き延びる術はなかったから。
 幼い子ども達を抱いて、僕ら年長組は走った。背後から獣の咆哮が聞こえたときには、気付けば全員散り散りになっていた。僕は4歳のカスミを抱えて、命からがら逃げ惑った。早く助けを呼ばなければ、隠れ場所を探さなければ。聡美さんだったモノが襲ってくる。僕らを殺しにやってくる。
 救いを求めて天を振り仰げば、ただただ無情な空の青。だれかの悲鳴が蒼空にこだまして、僕の視界がさらに滲んだ。胸にせり上がるは、免れ得ない絶望の予感。
 

 ああ、やっぱり。
 

 神様なんて、いやしないんだ。



リプレイ本文


 現場に急行した麻生 遊夜(ja1838)は、舌打ちをひとつ零した。
 眼前に立ち並ぶ民家は複雑に入り組んで密集し、路地は迷路のような様相を呈している。時折遠い口笛のような風がそこから吹いて、道の狭さを伝えていた。身を隠すには絶好の場だ。
「密集地でとは厄介な…急がねば!」
 急く声に、来崎 麻夜(jb0905)が頷く。
「敵が一体なのがせめてもの救い、かな 。押さえてさえいれば被害は止めれるわけだしね」
 肩を竦めて言いながら、黒き骨組みの翼を顕現させる。そして遊夜を見上げると、彼の腕にそっと自身の腕を絡めた。甘やかな恋人のような仕草で。
 隣に立つヒビキ・ユーヤ(jb9420)もこくりと頷いた。「敵を、足止めすれば、これ以上の、被害は出ない。あとは如何に早く見つけ出せるかが問題 」と。幻想的な翼を広げ、彼女もまた遊夜の腕に優しく腕を絡める。
 遊夜が苦笑混じりでふたりを見つめる。彼の、愛しくも大切な家族を。
「すまんな、何時も通り頼む」
 微笑みを浮かべ伝えた言葉に、「じゃぁ、行こう?」と麻夜が、「ん、ユーヤ、行こう?」とヒビキが首肯した。

 大切な存在がいるからこそ、見捨ててはおけない命があるから。

 見上げれば、深く清い、澄み透った青。
 その青の深みへと、三人は風を切って飛翔した。 



 北の裏路地。
 礼野 智美(ja3600)は胸が潰れそうな想いで、道端に倒れた少女に駆け寄った。美しい黒髪が地に広がるのを、気にも留めず膝をつく。急いで少女を抱きかかえると、その胸には白矢が深々と刺さっていた。息はある――けれど、か細く、弱い。
「大丈夫か!」
「おい、しっかりしろ!」
 智美の声と、屋根から飛び降りてきた千葉 真一(ja0070)の声が重なる。少女は瞳に涙をためながら、それでもとこちらを見つめた。
 中学生くらいの少女だ。十中八九――翡翠館の子どもだろう。
「いま手当を」と。処置を施そうとした智美を、少女は拒んだ。
「いいの……それより、ナオとダイチを救っ…て……」
 けれど、と呟いた智美に、少女はなおも首を振る。
「お願い…隠れてるの…公園に……。わたし…囮になった…けど…駄目だった…行って、しまった」
「――冥魔だな。わかった。俺達が助けに行く。だからもう喋るな」
 真一の必死の説得に、少女はほろほろと涙を零した。
 どうか救って、と。掠れた声で言い。やがて瞳の光が急速に失われる。少女を抱く智美の顔が、痛むように歪められた。

「くそっ!!」

 無情な空に、真一の怒声が響き渡る。



 遺体を発見した、と。智美・真一が属する地上A班から報が入った。
 翡翠館の子の遺体が、路地で一名。そして――公園で二名見つかったと。冥魔の目撃情報は公園付近で途絶えており、依然として不明。捜索を継続するとのことだった。
『こちらも三名。地域住民の遺体を発見しました。冥魔の姿は無く目撃情報もありません。捜索しつつ北上します』
 住民の遺体を前に、天宮 佳槻(jb1989) が冷静に報告する。雫(ja1894)は辺りを見渡しながら、微かに瞳を翳らせた。

 残された住民達の無事を信じていた。けれど現実はいつだって残酷で。

『B班。一般人だ。北方向から来る』
 複数通話から遊夜の声が入る。目を向ければ、住民の男が走り寄ってくるのが確認できた。
「た、助けて!」。パニックに陥った男に、佳槻は静かに声をかける。
「大丈夫ですか。冥魔を見たのですか?」
「いいや。でも逃げていく翡翠館の子どもを見たんだ。だから思わず――逃げ出してきた」
 俯く男を前に、雫と佳槻は目を見交わした。「その子はどこに」と問えば、「西に」と返る。
「わかりました。物陰に隠れていてください。決して動かないように」
 佳槻がそう言い置き、雫が報告を上げ。風の鳴る路地を、二人は駆けだした。



 路地に一般人を発見した上空班は、麻夜を派遣していた。
「この付近はまだ安全だけど、危ないから隠れててね?」と。麻夜は阻霊符について説明し、隠れることが身を守る最善策だと住民に諭す。
「早めに倒しちゃうからちょっとだけ我慢してねー」
 微笑めば、住民は安堵の表情を浮かべた。

 一報が入ったのは丁度その時だ。
『こちらB班。翡翠館の子どもが西へ逃げていったと情報が入りました。冥魔出現の可能性が高い為、急行します』
 次いで二報目が、すぐさま入る。
『敵発見! B班の情報通り、子どもを追いかけて西に向かっている。A班はそこから八時方向に、B班は十一時方向へ頼む! 敵現在地B班の方が近いぞ!』
 愛しい人の声を耳に、麻夜はくすりと笑んで見せた。
「了解♪」

 +

「敵がいたら、急降下する、良いよね?」
 その言葉通りに。遊夜を抱くヒビキは、最早垂直落下の勢いで高度を下げていた。髪を風に煽られながらも、遊夜は敵影を追い、情報共有を続ける。
 敵は悠然と路地を駆け、逃げる子どもを捕捉していた。もう射掛けることができるのに、それをしない。明らかに狩りを楽しんでいるようだった。
 遊夜の顔が歪む。二度目の舌打ちは、風音に消えてゆく。
 気付けば翼を広げた麻夜が合流し、遊夜に寄り添っている。速やかに屋根に下りると、遊夜はヒビキに“手引きする追跡痕”を撃ち込み、信頼した眼差しをふたりに向けた。
「先に足止めを頼む、俺もすぐに行く」
「はぁい♪待ってるよー」
「ん、早く来てね?」
 クスクスと喉を震わせ、麻夜とヒビキが笑んで応えた。



 カスミを抱いて走って走って。気付けば袋小路に迷い込んでいた。
 聡美さんだったモノが出口を塞ぐ。弓を引いて笑っている。
 鳴りやまない絶望の音。僕達は殺される――



 冥魔――山羊のケンタウロスが矢を放つ、その瞬間。
 銀の影が躍り上がった。紅い光を放つ大剣を手に持ち、渾身の力で振り払う。ドオン、と重い衝撃音。一瞬後には、冥魔は真横に弾き飛ばされている。後に残るは、邪神を身に宿したが如く少女がひとり――雫だ。
 袋小路に追い詰められた子ども――ツバサとカスミが唖然としてそれを見つめる。すると、翼をはためかせ現れた少年にふわりと抱き上げられた。「怪我は?」。素早く訊かれ、ツバサは反射的に首を振る。「カスミも」と言い足せば、少年――佳槻は静かに頷く。

「来る!」 

 雫の張りつめた声がし、振り向けば冥魔が怒涛のように攻めて来る。掲げた両手には禍々しい光球。
 佳槻は即座に無数の小盾を顕現させた。その盾で自身を守り、己も盾となって子を庇う。雫も躊躇なくそこに加わった。
 光球が走る。炸裂する。そして――爆音。
 ぐ、と唸るふたりの声。衝撃は大きく。揺らぐ意識をそれでも留めて。佳槻は流血をそのままに子ども達を見やった。怯えきった顔。が、怪我はない。無事だ。
 冥魔も八卦水鏡による衝撃を受けたが、攻めの姿勢は崩さなかった。生み出すは再びの光球。佳槻、雫が防御の構えを取る、その時。

「変身っ!」

 何処からか明朗たる声が響き渡った。
 青き空に舞う真紅の影。マフラーが風に靡き、真紅のバトルスーツが煌めく。それは軌跡をなして旋回し。
「ゴウライ、反転キィィック!」
 重い蹴撃を見舞う。吹っ飛ぶ冥魔と反対に、紅き影は鮮やかに着地し、右拳を高々と振り上げた。

「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」

 その姿、まさしくヒーロー。ツバサは瞳を見開いた。
 立て続けに空に影が差す。燃え盛る金炎を纏う者――智美だ。護神姫流の継承者であり、「戦巫女」である彼女の一撃は、瞬速かつ正確無比だった。炎の残像が見え、一瞬後には痛烈な一撃が見舞われている。
 二度の衝撃を受けた冥魔は、その痛みに叫んだ。タスケテエエ、と女の声で鳴く。智美は奥歯を噛みしめた。

「どこまで人を愚弄する――! 護るべき幼い子どもを。どうしてこんな惨い目に遭わせるのか!」

 答えの代りに、冥魔は山羊の蹄を蹴った。身軽に屋根に駆け上がり弓を引く。闇色のそれが智美、ゴウライガこと真一に向かい来る。智美は躱したが、真一は肩に衝撃を食らった。
 笑う冥魔。そこに――鳴る風切音。急降下するは、ヒビキだった。ギガントチェーンを振り下ろし、脚を振り上げて強打を見舞う。が、これは辛うじて回避された。
「外した、でも」
 こうじゃないと面白くない、と。ヒビキは喉を震わせ笑う。
「さぁ、遊ぼう?」
 片手を差し伸べ、小首を傾げて告げた。
 同時にクスクスと、別の声が重なった。やがて空から羽が降り始め、冥魔を包んでいく。
「見えなければ、他の人のとこに行かないよね?」。
 麻夜だった。妖しき浸食の羽が、緩やかに耳目を塞いでいく。冥魔はたじろぎ民家から崩れ落ちた。
「さぁ、夜に嫌われるといいよ!」
 闇色の少女は妖艶に笑んだ。

 暴れる冥魔の肩にはいつの間にか紅い血が流れている。本物ではない、遊夜の撃ちこんだ「手引きする追跡痕」である。ヒビキらの交戦中に彼も到着していたのだ。
 屋根の上。スナイパーライフルSB‐5を構え遊夜がニイッと笑む。
「これでもう逃がさん…腐れて華麗な華を咲かせると良い」
 狙いを定め――放つ。冥魔の悲鳴が轟いた。光弾は過たず山羊の腹部を撃ち抜き。弾痕が蕾を形作る。毒々しき花を咲かす、それは終わりの始まり。――腐爛の懲罰。

 冥魔が啼く。タスケテエエ、と。

 塀の裏に身を潜めた子ども達――佳槻がふたりを隠したのだ――が苦悶の表情でまた耳を塞いだ。
「聡美さんの声…」と。ツバサが目に涙を溜めて呟く。雫は視線を冥魔に注ぎながら、素早く問い質した。
「聡美さん。翡翠館の女主人ですね? もしや――あのディアボロが?」
 ツバサは震えながら頷いた。





 極彩色の光と音が路地に響く。
 冥魔は強かなダメージを各人に与えたが、既に取り返しのつかない傷をその身に受けていた。
 認識障害と腐敗の混濁。両目は遊夜に潰され、佳槻の術によって身動きさえも封じられ。

 タスケテエエ、と。何度目かの悲鳴が蒼空に消えていく。

「ふふ、今宵もボクの嫉妬が疼くよぉ」
 嫉妬の悪魔の名を冠した鎖鞭を、麻夜が振るう。同時にヒビキが硬貨を打ち付ける。「私と遊ぶの、他の人を見ちゃ、嫌だよ?」と。クスクスと二人の笑い声が響き渡る。

 イヤアアアア。最早笑みを失くした冥魔が声を震わせていた。命運はすでに尽き果てようとしている。

「解き放つ」
 ――この辱めから。
 毅然と顔を上げるのは、智美。そして雫。身体中に紅い紋様を、禍々しき魍魎を浮かび上がらせ。己が剣で――穿つ。まさに烈風の如き一撃、二撃。そして。
「聡美さんの願いを踏み躙る行為、俺は許さん!」
 強き感情を声に載せ。真一が飛び上がる。智美の施した「絆」の力が、太陽の輝きが脚部に宿る。放つは渾身の――

「ゴウライ、反転ドリルキィィィック!!」

 冥魔が空に飛んだ。響き渡る断末魔の叫び。それさえも、軌跡を描く白き光弾が撃ち消して――



「さよならだ、良い旅を」



 ライフルの硝煙が揺らぐ。
 黒と赤の翼を広げた「天騙る者」――遊夜は、冥魔を静かに見下ろし呟いた。





「何か知っている事があったら教えて貰えませんか?首謀者に対して報いを与える為に」
 戦闘後。雫が問い、ツバサは顛末を苦しげに話した。首謀者は十五、六歳の少年の冥魔。「家族の幸せが大嫌い」と言って聡美さんを殺したのだという。
 佳槻は、首謀者に対して前々から抱いていた疑問が、その言葉であっけなく解けたように感じた。
 

 ――何故殊更人間性を嗤う様な事をしなければならないか。
 それは、否定する事で劣等感を覆そうとする想い。自身の渇望の否定だと。

 
 風は鳴る。ひゅうひゅうと。
 



 今回の事件での犠牲者は、近隣住民が七名、そして翡翠館の子が――四名だった。
 孤児で残されたのは、十二歳のツバサ、四歳のカスミ、そして五歳のユウの三人である。
 戦災孤児である彼らは二度目の被災だ。幼い二人は泣き喚いたが、ツバサはじっと堪えていた。

「やっぱり、神様なんていないんだ」
 漏らした声を、雫が聞き取った。そっと彼の前に立ち視線を合わせる。
「貴方の言う通り、神様なんていないと私も思います」
 きっぱりと告げられた一言に、ツバサの顔が歪む。雫は構わず続けた。

「誰かを救いたいなら、祈るのではなく行動した方が良いと思います。貴方が年下の子を連れて危険を承知で一緒に逃げた様に」

「でも」
 どうしようもならないことも、同じ数だけあって。
 ツバサは拳を握りこむ。あらゆる不幸が、否応もなく自分を打ちのめす。なんて理不尽なこの世界。やり場のない怒りが、憎しみばかりが募っていく。
「こんな世界なんて――」
 呟いたツバサの頭上から、ふと静かな声がかかった。
「憎んで殴るだけが戦いじゃない。生きていく事自体が今の世の中そうなんだろう」
 見上げると佳槻がこちらを見つめている。彼は淡々と、低い声音で告げた。「神様なんていないし、いたとしても役立たない。だから、人が生きてどうにかするしかない」と。

「――憎むなとは言わない。それもまた生きている事。一人にならない事は生きる事そのもの」

 ツバサは目を見開いた。聡美さんの言葉と呼応して響く、その言葉。無性に切なく恋しくて、気付けば涙が溢れている。
 わんわんと泣きながら、ツバサはふたりの言葉をようやく受け入れた。
 厳しいけれど、それが真実なのだと、ふとそう思えた。


 遊夜がツバサの頭を優しく撫でる。

「良かったら、俺達の所に来ないか? 神はいない、だからこそ理想に溺れてでも手を伸ばせ!」

 強く告げられた言葉に、ツバサは思わず顔をあげた。麻夜とヒビキが、柔らかに頷いてみせる。
「大丈夫、ボク達も同じだったから…一緒に、行こう?」
 麻夜が微笑む。
 ひとりぼっちの寂しさ、そして家族の暖かさを知っているから。だから手を差し伸べる。苦労なんて三人は百も承知だった。それさえも呑みこめるほどの幸せがそこにあるから。そう信じるから――。
「でも、貴方達の、意思は、尊重する、よ?」
 ヒビキは「どうする?」と青い瞳で問う。ツバサはしばしの沈黙の後、決心した。「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 ひとりぼっちにならない術を。まずはここから――。

 笑んだ遊夜に智美がそっと近寄り。「必要資金なら、ある程度援助出来ると思う」と囁いた。智美は裕福な家の出なので、それが出来るのだ。
「いいのか」
「家族は引き離したくないし」
 告げた智美の脳裏には、姉妹の顔、兄弟姉妹を持つ友人の顔が過ぎっていた。
「……恩に着る」
 真面目な顔つきで遊夜が言い。智美は柔らかに微笑んだ。
 笑いさざめく仲間達を見ながら、真一がツバサの肩に手を置く。

「例え力が無くとも君達を護ろうとした聡美さんの想いを忘れるな」
 言葉を深く受け止めて。ツバサはしっかりと頷いて見せた。

 幼い姉妹達。新しい家族。手を差し伸べてくれた人達。ひとりぼっちではない。強くなる。
 この手で、現実を変えるから。



 さあ、神様との訣別を。



〈終〉


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 夜闇の眷属・麻生 遊夜(ja1838)
 陰のレイゾンデイト・天宮 佳槻(jb1989)
重体: −
面白かった!:6人

天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
夜闇の眷属・
ヒビキ・ユーヤ(jb9420)

高等部1年30組 女 阿修羅