●捕り物なう
進級試験が目前に迫ると、やおら人口過密地帯となるのが、学園内の図書館だ。
いつもよりもぐっと静かに、そしてむっと熱気のこもるその館内へ、今まさに六人の撃退士が足を踏み入れるところだった。
『今から捕り物なう( ´∀`)』
扉を前に撃退士のひとり、ルーガ・スレイアー(
jb2600)は鮮やかな手つきでスマートフォンを叩く。
書き込んだ先はもちろんTwitter。妖艶な悪魔の容貌に思いきり反して、彼女は重度のソシャゲ厨・ついった厨だった。
「ほうほう、テスト研究……そっちのほうの研究かあー」
画面から顔を上げ、ルーガは興味深く頷く。
「しかし、ずるっこはいかんのだぞー。失敗してもいいから全力で取り組むというのが大事なんだぞー(´∀`)」
隣に佇む日比谷日向(
jb5893)がこくりと相槌を打つ。
「機会に乗じて自分…の欲求を満たそうとするなんて…困った人たち…」
表情が面に出にくい日向だが、今日ばかりは瞳に強い意志がこもる。普段から地道に勉強に打ち込む日向にとっては、今回の敵は見過ごせない相手だった。
この進級試験の季節に、跋扈するのがカンニング。
そのカンニングペーパーを密売する組織『テスト研究会』(略してT研)のカンペを押収し、奴らを捕縛することが今回の依頼内容だった。
でも、と隣でごく小さな声がした。
「そのカンペちょっとわしも欲し…いやなんでもないの!」
「私だって出来たら…って邪な思考が!」
うっかり本心が口からついて出たのは、橘 樹(
jb3833)と海城 阿野(
jb1043)。樹はわざとらしくごほんと咳払いをし、あらぬ方向を見やる。阿野はといえば、ぶんぶんと青髪を振って邪念を追い払うのに必死だ。
「カンペくらい自分で作れよ…ってそういう問題じゃなかったね」
ふたりをよそに、高橋 野乃鳥(
jb5742)が微笑みながらさらりと問題発言をかます。ルーガと同じく年長組でありながら、対照的に大人気ない。
阿野がきっと顔をあげ、決然と言い放った。
「とにかく許されないことです! しっかり罰を受けてもらわないと!」
まっとうな理由から依頼を受けた面々と、そしてあらゆる誘惑にかられながら依頼を受けた涙ぐましい面々である。
そのどちらでもないのが、兎の人形を手にした見た目十歳ほどの愛らしい少女、友禅 響歌(
jb6910)だ。
「……? あの、それで準備のほどはいかがですの…?」
ゆっくりと小首を傾け、メンバーを見やる。
「ああ、囮用の? ほら、俺のはこれ」
言いながら野々鳥が差し出したのは、某アイドルの直筆サイン入り写真集。おおっと、周りから声が上がる。
「前にモテなさすぎて勢いでサイン会に行ってゲットしちゃったんだよね」
「これなら、カンペ貰えそうだの」
樹がわくわくと目を輝かせる。
T研の証拠物証であるカンペを奴らに“呑まれる”ことなく、滞りなく押収するため、野々鳥と日向が囮になってカンペを貰い、その後速やかに捕縛するのが今回の作戦だ。その交換材料として、持ってきたのが美少女系のグッズだった。
響歌はまた小首を傾げ、隣に佇む日向を見やる。
「では、日向様はいかがですの…?」
「私? 私のは…これ…」
響歌の言葉に、日向が鞄からそっと差し出す。クマ耳・クマ尻尾を持つファンシーな容姿の少女が取り出したブツに、一部のメンバーは戦慄した。
●いちについて!
『こちらはおっけいだぞー』
ルーガは天魔の能力を使い、樹に思念を送る。
図書館の片隅。最奥の窓際のテーブルに、T研はいる。
ルーガはそのテーブルから書棚をひとつ挟んだ席に陣取っていた。そこからはT研の面々はもちろんのこと、中央の書棚で本を物色している風情の阿野と響歌が見渡せる。
『こっちも位置についたであるよ』
樹からも思念が送られる。樹は敵が窓から逃走するのを防止するため、窓際の席についていた。T研と同じ並びのテーブル席にいるが、植木鉢が双方を遮るように配置されており、姿を隠しやすい場所だ。
『りょーかいだー』
ルーガはソシャゲをする手を止め、阿野と響歌に視線を送る。阿野は微かに頷き、響歌は視線で了承の合図を送った。
それを見て取り、ルーガは野々鳥へと連絡する。
『では、頼んだぞー』
「はいはーい」
野々鳥はぼそりと呟いた。手にしていた本を書棚へと返し、図書館の奥へと進む。
いつにもまして静かな館内は、どこを見渡しても生徒でいっぱいだ。一心不乱に勉強をする生徒達を横目に、野々鳥は足音をひそめてそっと歩く。
樹がきのこ図鑑をガン見している席まで来ると、T研メンバーの姿が見えてくる。野々鳥の顔が引きつった。
(うわ、なんかあいつらの周りだけ、どす黒いオーラが見えるんですけど!)
むろん光纏はしていない。
テーブルの隅にどっかりと腰を下ろしている巨漢のメガネが、恐らく部長の真田光行だと思われた。真田の隣、そして正面には二人の部員がいる。真田とは対照的に痩せ細り、二人ともやはりメガネだった。
何やら話し込んでいるらしく、くねくねと身体を揺らせている。時折三人ともむふっと笑いだし、気色悪いことこの上ない。
野々鳥は若干引き気味に薄ら笑いを浮かべ彼らへと近づく。
「あのー」
呑気な野々鳥の声に、一瞬で和やかな空気が霧散した。先ほどまでの談笑はどこへやら、部員は俯いて顔を上げず、部長の真田はこちらを睨みつけ、上から下まで吟味してくる。
野々鳥は肩をすくめ、そっとモノを差し出す。
「教科は英語と、できれば経済もほしいなぁ」
単刀直入に切り出した。
「フン……サイン入りの写真集とブロマイドか……」
警戒をとき、素早く真田が贅肉のついた指で調べ始める。
ブロマイドは図書館の前で、響歌から借り受けたものだった。囮役のために事前に用意してくれていたのだ。日向の交換材料は、ひとつで十分な力を発揮すると思われたので、野々鳥がブロマイドを預かることになっていた。
「袋とじが開いている……」
「開ける手間省けるでしょ」
「とじてあるから夢があるんだ!」
真田は思わず力説する。チッと舌打ちをひとつしたかと思うと、素早くモノを鞄に押し込んだ。
「……いいだろう。ブロマイドと写真集で、二教科だ」
代わりに取り出したカンペを押し付ける。野々鳥は素早くポケットにしまいこみ、真田がそれをじろりと見やる。
「見つかった場合は…分かってるよ丸呑みでしょ」
意図を察してウィンクをひとつ。何も言わない真田に踵を返し、テーブルを後にした。
「なんかよくわからないけど何とかなったよ」
野々鳥が、きのこ図鑑をガン見していた樹にひっそりと声をかける。樹ははっと顔を上げると、隣の書棚へと姿を隠した野々鳥を見やり、ルーガに結果を伝えた。
『囮第一弾成功だの!』
(ああんまた魔法石だけ無駄にしたー(;´Д`))
勉強しているように見せかけてソシャゲをしていたルーガも我に返って居住まいを正し。
『りょーかいなのだー。日向に連絡頼むー』
と伝え、先ほどと同じように響歌と阿野に合図を送る。
樹はまたきのこ図鑑を手にしつつ、日向へと言葉を送り。とうとう日向がテーブルから立ち上がった。
●ようい!
「お願い…できるか…」
T研の面々の前に立った日向は、最小限の言葉に留めて声をかける。
返ってきたのは、胡乱な表情だ。不審そうにこちらを見やり、しばらく沈黙する。
「今日は随分多いな」
「ほら、試験ももうすぐですし」
真田の呟きに、隣に座っていた部員が都合よく解釈してくれる。日向はただ何も言わず待つだけでよかった。
「で、モノは」
正面に座っていた部員が、顔を上げずに呟く。
「これで…釣り合うだろうか…?」
「こ……これはッ……!!」
突然ガタガタっと三人が立ち上がり、差し出したモノを前に顔を突き合わせる。
「この作家はッ……しかも……新刊」
ハアハアと肩で息をし、脂汗が額ににじむ。日向は静かに後ずさった。
日向がそっと差し出したモノ。それは【うすいほん】。別名【薄くて高い本】ともいわれるそれは、オタクの夢と浪漫の結晶、アンダーグラウンドに隠された秘宝だった。
「教科はッ!?」
「必要な…教科は数学…だ」
「ほ、ほんとにそれだけでいいのかッ!!」
暑苦しいことこの上ない。秘宝の中身をよく知らない日向は、いまいちピンとこないながらも、軽く頷く。
ウオオという地響きのような歓声が三人から送られた。予想以上の食いつきに、さらに後ずさる。
「きみの誠意に感謝する」
真田が敬礼し、カンペを恭しく手渡す。その手を触れないように受け取ると、素早くポケットにしまった。
よくわからないが、【うすいほん】のおかげで囮作戦は大成功のようだ。一歩身を引き、手筈どおりルーガに思念を送る。
『作戦成功、今…だ』
●どん!
日向の合図を受け、樹や響歌にそれぞれ思念を送ると、ルーガは漆黒の翼を顕現させる。
「そーれ、ばさぁっとな(・∀・)!」
同時に響歌と阿野が素早く動き、T研の前に静かに立ちふさがった。
先に動いたのは阿野。光纏し黒い霧を身体にまとわせると、T研メンバーの床に落ちる影から腕を生み出す。
「な、なにっ……!?」
うすいほんに気を取られていた真田と隣の部員は、足元からのびる黒い腕に掴みかかられ、呆気なく拘束された。
異変に気付いたメガネの部員が、T研メンバー三人分の鞄を回収し素早く光纏する。響歌が異界の呼び手を繰り出すが、すんでのところでかわされた。間髪入れず、響歌が樹に思念を送る。
『逃げられましたわ。窓から出ようとしています』
「わかったのだ!」
樹は窓から跳躍しようとする部員を見つけ、翼を広げ後を追う。ぎこちない飛行ながらも、難なく部員の元まで届き、襟元をぐわしと捕まえた。
「うわっ!! 離せ!!」
空中でじたばたともがく部員を、追いかけてきたルーガもしっかり捕捉。
「おとなしくするのだー」
「はなせ、はなっ……!」
『ふ…ここで暴れたらおぬしのフィギュアがどうなっても良いのかの?』
騒ぎにならないよう、すかさず樹が部員に思念を送る。はたと止まった部員に、さらに追い打ちをかける。
『おぬしの自宅は既に把握ずみ。DVDとかうすい本とか燃えるかもしれないがよいかの?』
「くっ……」
頭に小さな角を持ち、にやりと笑う樹はまさに鬼。部員は襟首を掴まれ吊られたたまま、空中でだらりと脱力した。
●捕り物終了なう
「長居すると迷惑になりますし…ね?」
「我慢してくださいまし…」
にっこりと笑った阿野、そして響歌が持って来ていたロープで三人を縛り、カンペを呑まないよう口にタオルを突っ込む。
んー、んー! と言葉にならない声をあげる三人を見下し、阿野の表情はがぜんイキイキと輝いた。それはもう嬉しそうにぐるぐる巻きにする。
「逃げられるとでも思っていましたか? 角砂糖三つより甘いですよ」
うふふふと笑いをこらえられない阿野に、T研三人は凍りつく。捕縛が終わると三人をそれぞれ横抱きに抱え、ハイドアンドシークで目立たないように外へと出た。
「貴殿ら、なかなかよいものをもっているらしいなー( ´∀`)」
外へ出ると早速、身ぐるみチェックが始まる。むーむー! と唸るT研メンバーを横目に、ルーガはにやりと笑い。
「さあさあ、おね−さんによこすのだー」
とさわさわと制服を隅から隅まで検査する。メンバーは心なしか嬉しそうだ!
一方樹と野々鳥は鞄をチェック。ざらざらと出てくる出てくる。鞄いっぱいに詰め込まれたカンペに野々鳥は目を丸くする。
「すごいな。スマホでカンペを渡す場面も録画できたことだし、証拠はばっちりだね」
「くっ…落第寸前のわしには眩しすぎる代物だの…!」
きのこばっかり探してたらわし、授業でるの忘れてたんだの…と樹がぼそりと呟く。
野々鳥もしみじみとカンペを眺めながら、ため息をついた。
「このカンペはもしかしてもらっていいのかな? …いや、渡さないとだめだよなぁ」
ここぞとばかりにガン見する。その様子を見て、樹は首を傾げた。
「でも……高橋殿。中高の教科のカンペしかないのだぞ?」
「……あ」
野々鳥は大学部二年。とんだうっかりであった。
身ぐるみチェックの間に、見張り役を務めるのは阿野と響歌、そして日向だ。
「わたくし、ここの知識に疎いので教えて下さらない? カンニングペーパーとは、何かを…」
「それは…日頃勉強を怠っていた者…がする最終手段で…」
見張りをしながら、響歌は日向にかねてよりの疑問を問いただしていた。
その横では阿野が、不審な動きをする真田の首に笑顔で大剣をつきつけ、淡々とルーガが説諭を行う。
「若者よー、失敗できるっていうのは、一番大事な勉強なんだぞー( ´∀`)」
悪魔の囁きを使った心地よい説諭と阿野の大剣に、T研メンバーは涙目だ。
「それが試験だ…ずるっこはなし、なんだぞー」
何とも混沌とした風景である。
「捕まえてくれたのか! それもこのカンペの山! よくやったな!」
地歴科教員の浅見が来た頃には、あらかた事は終了していた。
一部始終を見やり、破顔一笑。豪快に声をあげる。
「あと、証拠ムービーもあります」
野々鳥がスマホを取り出して見せる。浅見はさらに大きな声で笑った。
「図書館員の方にも確認を取ったが、ずいぶん静かな捕り物だったそうじゃないか。翼をばさあっとやったのだけはびっくりしたようだが……あとは外で事が済んだようだし。期待以上だ。お前たちに頼んで良かったよ。百二十点だ!」
報酬は弾んでおくぞ、とぐりぐりと六人の頭を撫でまわす。
「あとは、俺に任せてくれ。まあ、こんだけ派手にやらかしてくれたんだ。留年くらいは覚悟してもらわねえとなぁ?」
T研の三人ににやりと笑むと、んー! んー! とタオル越しに言葉にならない悲鳴をあげた。
「相手が悪かったと思って大人しく罰を受けてくださいね♪」
阿野がにっこりと壮絶な笑みを浮かべる。三人の襟首を掴み、連行しようとした浅見に、響歌がすっと近寄った。
「二度とこんなことがないように、きつくお灸をすえないといけませんわね…」
カンペの意味がわかった響歌は容赦がない。
パンパンパン! と小気味良い音がし、気付けば部員の頬に真っ赤な手の跡がついていた。
ぽかんとなった一同に、一番先に我に返ったのはT研部長、真田光行。
「むむむむむ、むんむむんむむむむー!(これだから、三次元は嫌いだー!)」
悲しい叫びが廊下にこだました。
「わしもそろそろ本気出さないといけないの…」
T研を連行し去っていく浅見を眺め、うつろな表情で樹が呟く。はああ、とため息をついたのは野々鳥と阿野だ。樹と顔を見合わせ頷きあう。
それを横目に、ルーガはまたスマートフォンの画面をひたすらに叩いていた。書き込んだ先はもちろんtwitter。
『捕り物終了なう( ´∀`)』
アップされたつぶやきに、ルーガはこっそりと笑みをつくった。