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マスター:川上 野溝
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/08/29


みんなの思い出



オープニング


 夏の浜に、赤い夕日が沈もうとしていた。
 世界は今や茜色に染まり、光を反射してきらめく波が、穏やかに白砂を洗っている。
 夕景の美しい海辺だが、なぜか辺りに人気はなく、しんと静まりかえっていた。ただ低くとどろくような潮騒の音と、ウミネコの鳴き声ばかりが響いている。
 そのわびしい浜に歩み寄る一人の少女の姿があった。
 波打ち際まで進み、海と対峙するように立つと、ひどく思い詰めた眼差しで波間を睨みつける。
 ときおり吹く潮風が長い黒髪を幾度も乱したが、彼女は気にも留めなかった。
「また来ようって、言ったじゃない……」
 噛みしめた唇から低い声が漏れる。誰にともなく呟かれたその言葉は、穏やかな潮騒の音にかき消えた。少女は浅く息を吐く。想いが込み上げ視界がひどく滲んだが、それでも堪えてあふれることはなかった。
「優也……」
 少女はかつて愛した人の名前を口にする。
 それは、あらかじめ失われた約束のはずだった。

 ふと、背後で鳥の羽ばたきが聞こえた。同時にウミネコの鳴き声もする。
 ミャアミャアと本物の猫のように聞こえるそれは、少女のずいぶん近くで鳴いていた。
 眉をしかめて振り返れば、ウミネコが数羽、目線の高さで舞っている。いや、ウミネコではなかった。体長一メートル強はあろうかという巨躯に、鋭い嘴と赤い瞳。放つ殺気は尋常のものではない。

 ――ディアボロだ。

「あ……」
 しかし少女は動けなかった。羽ばたく魔鳥の背後に控える人物に、目が吸い寄せられて離せない。
「ゆう、や……」
 一度たりとも忘れたことのない、その顔は記憶よりずっと青白い。眼窩は落ちくぼみ、優しかった瞳が嘘のように暗く、爛々と光ってこちらを射抜く。だらんと力の抜けきった身体に、涎を垂らす口元。
 少女は両手で顔を覆う。堪えていた涙が堰を切ってあふれた。
 それはかつて愛した人のなれの果て。

「馬鹿野郎! 何やってんだ!!」
 ふいに怒号が聞こえたかと思うと、腕に強い衝撃を受けて身体が傾いだ。黒い影がすっぽりと少女を覆い、気づけば砂浜にしたたかに打ち付けられる。
 痛みに顔を歪めると、黒い影が乱暴に少女を肩に抱えあげ走り出した。
「は、離して!」
 頭を逆さにされ、振動で舌を噛みそうになりながら、少女は背中を叩く。しかし降ってきたのは無情な男の声だった。
「嫌だね。死ぬんなら、俺のいないところで死んでくれ」
 そう言うと、少女を抱えた男はちらと背後を振り返る。
「ウミネコ型ディアボロ三体に、グール一体ねぇ。多勢に無勢だな。ったく、面倒な場面に行き遭っちまったもんだ――持ちこたえるぞ、救援まで」
 泣きわめく少女に眉をひそめ抱えなおすと、ヒヒイロカネから大盾を取り出し、視線の先にそびえる岩場へと駆け抜けた。


「依頼です。どなたか至急救援をお願いします」
 腕に斡旋所の腕章を付けた職員が、教室に飛び込んで来る。
 夕陽の差し込む室内に残っていた面々は、一斉に彼女を見つめた。
「救援対象は、フリーランスの撃退士と、一般人女性、計二名。某県の海浜地区でディアボロ四体と交戦中です。この浜は以前、サーヴァントとディアボロの小競り合いがあった場所で、敵は恐らくその残党かと思われます」
「状況は」
 生徒の一人が声をあげる。職員は心得たように頷いた。
「撃退士――ディバインナイトですが――が襲撃に遭った一般人女性を救助し、現在は岩場の洞窟に逃げ込んでいます。洞窟内で祖霊陣を使用し女性を保護しつつ、撃退士は出口付近で防衛戦を展開しています。敵の内訳は、グール一体、ウミネコ型ディアボロ三体。さほど強くはありませんが、ウミネコ型ディアボロは素早く注意が必要です。また撃退士は一般人を保護しているため、防戦一方になっていると考えられます。一刻も早い救出が望まれます」
「敵の討伐の必要は?」
「残党掃討のため、可能であればお願いいたします。ただ……」
 職員がふと眉をひそめる。
「グールは、もとはその女性の知り合いの方だったようなのです。先の戦いに巻き込まれた、犠牲者のひとりでしょう。彼女の目の前で倒すことになるのは、酷なことですが……。ディアボロ化した時点で、すでに人ではなくなっていること、理解して頂かなければなりません」
 辛い戦いとなるでしょうが、どうか助けてください、と彼女は深くため息をつき、頭を下げた。


リプレイ本文


 赤い夕日が海に沈み、その身を半分ほど隠した頃。
 茜色に染まる景色のなか、浜辺の白砂を踏みしめて走る撃退士たちの姿があった。
「海岸の美化清掃も海のオトコのお仕事だよな」
 駆けながら、マクシミリアン(jb6190)が努めて明るく口を開いた。一瞬目を眇め、懐かしそうに海を見る。
「……けれど。結構やりにくい依頼よね」
 長いローブに緑髪が印象的な蒼波セツナ(ja1159)が、落ち着いた声音で返す。
 同時に重いため息が上から聞こえた。セツナが見上げると、黒翼を羽ばたかせ飛翔するエイネ・アクライア(jb6014)の姿がある。
「分かたれた恋人達、でござるか……。うぅー、悲恋は好きではないのでござるよぅ」
 はぐれ悪魔の彼女は表情豊かな眉をくもらせる。
 ウミネコ型三体、人型一体。計四体のディアボロから、一般人の少女とフリーランスの撃退士を救出すること。それが今回の依頼であった。それだけならどんなに良かったか、とエイネは思わずにはいられない。まさか襲撃するディアボロのうちの一体が、魂を抜かれた少女の恋人だったとは。
「囚われた躰と心の望まれない再会……ということか。解き放てるものなら、双方とも解き放ってあげたいが……」
「……殺すのが俺達にできる供養だ。面倒だが」
 呟いたのは黒いローブ姿の青戸誠士郎(ja0994)。並走する由野宮雅(ja4909)が肩をすくめてそれに返した。一括りにまとめた長い銀髪が風になびいている。
「でも、少女の心的負担がちゃんと軽減されるようにフォローしてから、ですよ」
 眼鏡を上に押し上げ、神酒坂ねずみ(jb4993)が釘をさす。全員がしっかりと頷いた。

 かつて少女の恋人であったとしても、ディアボロとなった以上、もはや人間ではない。それは動く屍なのだ。
 どんなに心から望んでも魂は戻ってこない。となれば、これ以上被害が増える前に滅ぼすしか、道はなかった。

「では、手筈通りに。あとは状況に応じて適宜対応、ですかね。射程圏内入ったら合図しますんで」
 ねずみが淡々と告げる。
 彼らの立てた作戦とは、班別行動だった。まず初撃は、全員でウミネコ型ディアボロに奇襲をかける。次にウミネコ攻撃班、フリーランス撃退士補助班、少女保護班に分かれて行動する。特に少女保護班であるマクシミリアンには、かつて少女の恋人であった人型ディアボロ――グールの討伐を納得してもらえるよう、説得する大役があった。
 それで説得に成功できたなら良い。討伐にかかることができる。
「もし、説得が失敗したら」
 ねずみがセツナと誠士郎に目を向ける。二人は心得たように頷いた。
「まあ、ここは魔女らしくやりましょうか。……無慈悲なのも魔女の本質の一つだからね」
「……叶わぬときはせめてディアボロと化した躰を、その魂を『終わらせ』よう」
 ローブを着こんだ黒魔術師と、死神然とした男は、決意を胸に秘めゆっくりと頷いた。
 岩場が目前に迫って来る。その突端の下で、戦闘するディアボロと撃退士の姿を視界に捉えた。
「あれが女の子の恋人、だったモノでござるか……」
 エイネが苦しそうに呟いた。岩場の前でウミネコが三体飛翔し、撃退士を攻撃している。その後ろで、何もせず様子を眺めている人型が、グールだ。
「人のいたぶられている様を眺めるなんて、まったく趣味が悪いぜ……」
 マクシミリアンがひとりごちる。
 ねずみがヘッドセットを取り付け、ぶるりと身震いひとつ。
「今ですっ。 ウ ミ ネ コ 死すべし!」
 合図を機に一斉に速度を上げる。各々の目指す方向へと、砂塵を蹴って駆け抜けた。



「いざ参る!」
 声と共に、誠士郎がチャクラムを投げつける。月のように淡い燐光を放つ丸い円盤――飛輪は、目にも止まらぬ速さで、撃退士を襲撃していたウミネコの横腹を痛打した。金切り声をあげ、魔鳥がもんどりうつ。
 円盤は弧を描いて戻り、誠士郎がそれを掴むと、素早くセツナが前へ躍り出る。詠唱するは、炎の魔術。
 まず唇。次に声と遅らせて発音し、最後の一小節だけ同調させる。
「(残虐なる火刑) ギルティフレイム」
 唱和とともに二つの魔法陣が重なり、やがて巨大な火球が生まれる。火球は飛び交う魔鳥達のもとへ、光より早く。一瞬の後に、耳をつんざくほどの叫びが浜に響き渡った。三羽とも直撃し、羽ばたくことさえ覚束ない。
 その隙を逃さず、飛びだしたのはねずみだ。
「能除一切苦ぅ〜」
 楽しそうに声をあげ、アサルトライフルを撃つ。狙うは誠士郎が攻撃したウミネコ。アウルの力を込めた弾は、ねずみの光纏色と同じく、虹色の斑模様に輝く。軌跡を描いたスターショットは見事命中。魔鳥は鋭い悲鳴をあげて事切れ、地面へと落下した。
「負けていられぬでござる!」
 岩場の方で声がしたかと思うと、エイネが上空から猛スピードで降下する。
 いまだ迎撃態勢を取ることができない二羽の魔鳥。そのうちの一羽の頭上へ、愛刀“弥都波”を振り下ろす。刀に絡むのは、放電する紫の雷。
「食らえ!」
 轟音がし、地面が震える。雷閃の一太刀に、魔鳥はしたたかに地面へ打ち付けられていた。羽を広げたまま、痺れて身動きが取れない。
「面倒だ全く面倒だ」
 一服していた雅は眉をひそめて呟いた。煙草をくわえ、流れるような動作で素早くアサルトライフルを射撃する。
 一瞬の出来事だった。麻痺した魔鳥の胸に弾は貫通し、あえなく果てる。
「全く面倒だ」 
 雅は煙草をつまみ、紫煙をくゆらせた。
「よし、このスキに飛び込むぞ」
 マクシミリアンは口の端を上げた。仲間たちのおかげで、今洞窟の前に立ちふさがる者はいない。一つ深呼吸をして集中し、五感の感覚を高めていく。目指すは洞窟にいる少女のもとへ。一目散に駆けだした。


「でかしたのでござる! ウミネコはあと一羽でござるよ!」
 エイネの元気な声が砂浜に響く。岩場の頂上まで飛び上がると、素早く祖霊符を発動する。砂浜では残り一羽となったウミネコが、迎撃態勢を整えたところだった。
 ぐるりと旋回し、勢いよく舞い降りてくる。
「来るわ」
 セツナが低く呟いた。後ろに立つ誠士郎は静かに頷く。
 弾丸のように滑空する魔鳥。その敵の位置をはっきりと捉え、セツナは鮮やかに身をかわす。ウミネコの翼は虚しく空を切り、後方に佇む誠士郎のもとへ。防御姿勢を取った誠士郎は、避ける気はなかった。突進する魔鳥の、その体躯を腕で受け流し、傷一つ残させない。悔しそうな魔鳥の鳴き声が空に響いた。
「では。俺は、先に撃退士さん達を補助してきますね」
 何事もなかったかのように淡々と告げる。誠士郎は足に紫のアウルの光を集め、目にもとまらぬ速さで洞窟へと走り去った。

 マクシミリアンは、岩場を沿って進みながら問題のグールを目で追っていた。腐乱していることもなく、その青白い肌を除けば、ほとんど生身の人と変わらない。年は十五、六といったところか。優しそうな少年の面影がまだ表情に残っている。
(おまけに、襲撃をしないのも質が悪い)
 思わず眉をひそめる。動きが鈍重なためか、グールは砂浜を徘徊するだけで、まだ何もしようとはしなかった。
 こんな状況では、少女は混乱するに決まっている。
「せめて……何かとっかかりがあればいいんだが」
「何ですか、とっかかりって」
 独り言に返事を返され、驚いて目を上げれば、洞窟の入り口に立つ誠士郎の姿がある。マクシミリアンは目を見開いたが、その意図を察して肩を叩いた。
「護衛、ありがとよ。にしても、俺より早く来られちゃねえ」
 誠士郎はにこりと笑い、洞窟の奥へ目線をやる。マクシミリアンは顔つきをあらため、中へと入った。
 暗い洞窟のなかには、体中に傷をつくる不精髭の男――フリーランスの撃退士と、十五、六歳ほどの少女の姿がある。
 大きな目に涙を浮かべてこちらを睨んでくる少女に、マクシミリアンは苦笑混じりに手を上げた。
「よう、怪我はないか? 助けに来たぜ」
「お願い、どうか、彼を殺さないで……」
 少女の震える声音に、早速きたか、と内心でひとりごちた。



 ウミネコが首を上空へと向け、垂直に急上昇する。その先にいるのはエイネだ。
「素早さなら、負けておらぬぞ!」
 矢のように飛んでくる鳥を、エイネは空中でくるりと回転し避ける。露わになった額には小さな角が二本。にやりと笑んで、ウミネコの背後を狙い刀を振るうが、しかしそれも回避される。旋回するウミネコに向け、雅が続けざまにライフルを撃つ。弾は左翼に当たり悲鳴をあげた。ふらふらと揺れるウミネコに、セツナが炎を放つが、これには辛うじて上体を傾けかわされる。
「不生不滅!」
 間髪入れず、ねずみが飛び上がりライフルを放つ。弾は危うげに飛翔するウミネコの横腹に命中した。悲痛な鳴き声とともに、地上へと真っ逆さまに落ちていく。
「やったでござる!」
「あとは――グールね。洞窟へ様子を見てくるわ」
 エイネの声に、冷静にセツナは返し、洞窟へと駆け出した。


「様子はどう?」
 駆けてきたセツナに、誠士郎は首を振る。
「いいかい、落ち着いて聞くんだよ。君の彼氏に見えるアレは残念ながら彼じゃあない。彼のカラダを使って悪さしてる連中なんだ」
「いいえ、優也です! 酷いことしないで……」
 お願いだから、と彼女は首を振る。少女の背中に手を回したまま、マクシミリアンは肩をすくめた。
 先ほどから同じ調子で、どんな説得にもまるで耳を貸そうとはしない。
 誠士郎とセツナは目を見かわした。説得に失敗したときには悪役に徹し、独断専行に見せかけてグールを倒すこと。それが、もう一つの策だった。
「埒が明かないわね。もういいわ」
 決断したセツナが冷徹に言い放つ。呆然とする少女を残し、洞窟の外へと歩き出す。
 状況を理解し、追いすがろうとする少女をマクシミリアンが抑えた。
 セツナは声に耳を貸さず、外へ出てグールを探す。そのときだった。
「危ない!」
 ねずみの鋭い声がし、銃声が響き渡る。岩場の死角となった場所から、不意にグールが飛び出してきた。仲間がいなくなったことで凶暴化したのだろう。鋭い爪を振りかざし、猛然と襲撃をかけてくる。
 初動が遅れた雅とエイネが、急ぎその後を追っている。
 ねずみの放った弾は、グールの腕を掠め飛び、その爪の切っ先をわずかに逸らした。セツナは冷静に回避しようと後ずさる。が、覆いかぶさる敵から逃れることができなかった。
 瞬間、左肩に激痛が走る。グールの鋭い爪が肉を抉っていた。眩暈を起こしそうになりながら必死に耐える。
「セツナ!」
 誠士郎が走り寄る。
 雅は舌打ちをした。加速したその足で飛び上がり、ライフルから持ち替えていた刀“飛天”でグールに斬りかかる。しかしグールはすんでのところで太刀をかわし、たたらを踏む。
 続けざまに、憤ったエイネが雷閃をくりだした。雷撃を避けることはできず、グールはその太刀を肩に浴び、悲痛な呻き声を響かせた。次いで訪れる全身の麻痺に、その動きを封じられる。


「優也……」
 洞窟のなかでは、少女がただ立ちすくんでいた。
 セツナの負傷と、彼の負傷。目の前で起こった出来事に、少女は混乱する。
 彼を呼ぶその声には先程のような力はなかった。戸惑いに揺れる少女の瞳をマクシミリアンは見逃さず、両肩を強く掴む。
「君の彼は、こんなに残酷な奴なのか? 簡単に人を傷つけられるような奴なのか?」
 外からはグールの――彼の咆哮が聞こえる。少女は目をそらそうとするが、マクシミリアンは離さない。
「本当は君もわかっているはずなんだ。……そうだろう?」
 こらえようとした涙が、ぽろぽろとつたい落ちる。一目見た瞬間、本当は誰よりもわかっていた。わかっていたけれど、認めたくはなかった。少女は彼を思い出す。優しかった彼の笑顔を。
「彼を、解放したいんだ」
 真摯な言葉に、少女は震えて俯き、やがてゆっくりと頷いた。マクシミリアンが微笑む。
「よしよし、いい子だ。あとはここでじっとしているんだぜ」
「……俺たちが、彼を『終わらせ』ます」
「災い転じて福となす、ってところかしら」
 呼応するように呼びかけたのは、洞窟の出口にいた誠士郎とセツナ。動きを封じられたグールに相対する。
 ため息交じりに、まず動いたのはセツナだ。負傷する左肩を庇いつつ、詠唱を行う。燃え上がる炎の剣がグールを貫き、悲痛な唸り声をあげる。
 間を置かずよろめくグールに、誠士郎が対峙した。両手に持つは一対の曲剣。身体に纏う紫のアウルの光がいっそう強く輝き、放つ闘気は尋常のものではない。
 グールと目が合う。青ざめた顔に、落ち窪んだ瞳。けれど“優也”であった頃の優しそうな面影を、そのままに留めている。悲しい唸り声が響き、わずかに眉をひそめるが、しかし誠士郎は揺らがなかった。
「囚われの躰と魂に無情の終焉という慈悲を……」
 グールの頭上に飛び上がる。出来るだけ苦しまないように。この一振りで終わらせると決めていた。
「南ァ無阿弥ィ陀ァ仏ゥッ!」
 巌のごとく重い一撃が、グールの頭上に振り下ろされた。


「優也殿を……拙者の炎閃で荼毘にふしたいのでござるが……」
 エイネの一言に少女は頷き、少年の遺体を火葬することになった。
 少女は泣きながら彼のことを話してくれた。
 ディアボロになった少年、優也は天魔によって両親を失い、身寄りがないところを、親友だった少女の両親が引き取ったのだという。少女はずっと彼に片思いをしており、ようやく想いが実った矢先のことだった。遊びに来た海で天魔の争いが起こったのだ。安全な場所に逃げ延びたにも関わらず、取り残された子供を彼が見つけ助けようとした。“すぐ戻る”。そう言い残して、彼はそれきり戻って来なかった。

「馬鹿だと思います。一般人が、天魔にかなうはずないのに……自分のような境遇の人を、これ以上増やしたくなかったんでしょう。私の知るなかで、誰よりも優しくて、誰よりも天魔を憎んでいた人でした」
 一瞬口をつぐみ、泣きはらした目でこちらを見据える。
「沢山迷惑をかけて、ごめんなさい。そして――優也を解き放ってくださって、本当に、ありがとうございました」
 深々と、頭を下げた。



 燃え尽きたあとに残った遺灰は、そのほとんどを海へと還し、一部を少女が持ち帰ることになった。
「あの者、大丈夫でござるかなぁ……辛い死を乗り越えて、前に進んでほしいものでござるが」
「……そうだな。でも、きっと大丈夫だろう。あの子なら」
 エイネの言葉に、マクシミリアンが煙草を吹かしながら呟く。セツナ、誠士郎、ねずみも静かに頷いた。
 最後尾を歩く雅が、ふと夜空を見上げる。澄んだ星空は美しく、波音が心地よく響き渡る。
「全く。人ってものは……面倒な生き物だな」
 そうぽつりと呟いて、ひとつ小さなため息をこぼした。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ルーネの花婿・青戸誠士郎(ja0994)
 フェミニストな交渉人・マクシミリアン(jb6190)
重体: −
面白かった!:3人

ルーネの花婿・
青戸誠士郎(ja0994)

大学部4年47組 男 バハムートテイマー
憐憫穿ちし真理の魔女・
蒼波セツナ(ja1159)

大学部4年327組 女 ダアト
撃退士・
由野宮 雅(ja4909)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
猫殺(●)(●)・
神酒坂ねずみ(jb4993)

大学部3年58組 女 インフィルトレイター
撃退士・
エイネ アクライア (jb6014)

大学部8年5組 女 アカシックレコーダー:タイプB
フェミニストな交渉人・
マクシミリアン(jb6190)

大学部3年205組 男 アカシックレコーダー:タイプB